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何故だか朝から気分が悪くて、授業を全てサボった。

LOVE ME TENDER SIDE-S


だからと言って、この狭いワンルームに、1人でいる気にもなれなくてシャワーを浴びた後、たいした荷物も持たずに終電に駆け乗った。
梅田の駅で地下鉄を降りると、周りの人はみんな、こぞって走りだす。最終から最終へ、乗り換えてみんな家路に着く。終電で家から出てきた俺は、本当は急ぐ必要なんてさらさらないのだけれど。

『閉鎖しますから地上に上がって下さい』

警備員に誘導されて、仕方なしに予定していた場所とは、別のところの出口から階段を上がる。駅が、その日1日の勤めを終えた今、地下街のシャッターが締まろうとしていた。

一度、信号待ちの間に、携帯電話を開いて、着信履歴を見て。
そして俺は、再び携帯を閉じてポケットに放り込んだ。

(連絡、してみようか)
そう、思ったのはたったの一瞬で。

大学生とは違って、社会人は忙しい。俺達みたいに、時間がたくさんあるわけじゃないってことくらいは、よくわかっているつもりだったけれど。

会いたい時に会えないなんて遠距離恋愛と変わらないじゃないかなんて、思ってしまってもなるべく口には出さないように頑張っているつもりだけれど。

もう、かれこれ2週間は連絡がなかった。付き合っているはずの、彼氏から。

毎日会いたいだとかせめて声が聞きたいだとかなんならメールだけでも欲しいとか。それは全て、時間を持て余す大学生のワガママなのだろうか。

ただただ、寂しい、と思った。そして、寂しくて寂しくて寂しくて、誰かに側にいて欲しくて、深夜の繁華街なんかに出てきてしまった。
とっくに日付は変わり終電もなくなった時刻だというのに、けっこうな数の人が歩いてる。そして、いくら街中にたくさん人がいようとも、それはみんな知らない人で、結局俺はやっぱり1人なんだと、出てきてから思い知る。
そんなこと、最初からわかっているはずなのに、それでも、部屋に1人でいるよりは、気が紛れるんじゃないかとか、俺は何を期待しているのだろう。

とりあえず酒でも飲もうか。酒を飲みながらなら、誰か1人くらい、俺の愚痴を聞いてくれるかもしれない。1人くらい、あまり多くはないけれど知ってる子が、どこかの店に出勤してるかもしれない。

堂山の交差点で、再び取り出した携帯のアドレス帳を探しながら信号待ちをしていたら、携帯が鳴った。それも、有り得ないはずの着信メロディで。

ディスプレイなんか見る必要はない。だってその着信メロディは、特別な人の、特別な人からの電話の時にだけ鳴る、特別な音。

震える指で、通話ボタンを押した。

『晋助?』
もう、1ヵ月近く聞いていなかったその人の声は、変わらなかった。

『今、家?…タクシー代出すから、出て来れんかの?』
こっちは今梅田なんじゃけど、と話す彼の声の後ろに有線の音楽が流れている。

『忙しすぎて、全然連絡できんかって、ごめんの』
やっと仕事が一段落着いて、今日はその打ち上げがあって。会社の人達と飲んでいたのだけれど、終電がなくなってしまったと彼は恥ずかしそうに話した。

「お前、今、梅田のドコにいんの?」
『わしかぁ?中通りからTSUTAYAに向かって歩いちょるぜよぉ』
「…!!」

話しながら買った煙草を落としかけた。なぁ、だって、お前、それって。

辰馬が歩いているはずの路地を挟んで、TSUTAYAの真向かいなのだ、今自分がいる煙草屋は。

『晋助が来てくれるんじゃったら、わし、お好みでも食べて…』
どこだ、どこだ?週末でもないのに、この時間のこの辺りはいつも人が多くて。

『晋、どう?来れる…?』

携帯電話で話しながら歩いてくるスーツの長身を、人ごみの中から、ようやく見つけて、声が出なくなった。向こうは、まだ全然俺には気付いていないのだけれど。当然か。実は俺も梅田にいるだなんて、言ってない。

『久しぶりに、会いたいんじゃけど…』

だんだんと、距離が近づいてゆく。2人の間が、2メートルくらいになった時、顔を上げた辰馬が、信じられないものを見たような目でこっちを見た。

もう、歩けない。声が出ない。

左耳からは、ツーツーツーという電子音しか聞こえなくなって。
パタンと携帯を折りたたんだ辰馬がゆっくりと俺に近づいてくる。

「晋も、梅田出て来とったんか」

本当に久しぶり過ぎてごめんねと微笑む辰馬に頭を撫でられて。ぎゅっとくちびるを噛み締めたけど、溢れて来るものは抑えられなかった。何やってんだ俺!こんな人通りの多い場所で泣くなんて!こんな街だから、都会の繁華街だから、行き交う人はさほど、俺達のことなんか見てないし、気にしていないとしても。

「晋、泣かんといて」
辰馬は、携帯を握ったままの俺の左手を掴んで、今自分が歩いてきた路地を逆に戻りはじめる。

「晋、ご飯は?」
「食べた」
「飲みに来たの?」
「うん」
「1人で?」
「うん」

腕を引かれて歩きながら、短い単語だけの会話を交わす。だけど小さすぎる俺の声が、ちゃんと届いているかどうかはわからない。

「どうしよ、飲みたい?」
中通りまで戻って、立ち止まった辰馬が、まだ泣いている俺の顔を、屈んで覗き込んできた。

「イラナイ」
酒が飲みたかったのは、ただ寂しかったからだ。誰かと話したかったからだ。誰かに側に居てほしかったからだ。

だけど、今はもう、そんな誰かは必要ない。

「わかったぜよ」

長袖Tシャツの袖で、涙をゴシゴシ拭いた俺の手を取って、もう一度指を絡めてしっかりと繋ぎ直して。辰馬は中通りを通り越して、そのまま真っ直ぐ、パークアベニューを進んで行った。

「今日は奮発」
今日という日は平日で。だから、ドコに連れて行かれるかなんて、わざわざ聞かなくてもわかっていたから黙っていた。

「お前、明日仕事は?」
「代休。わし、もう1ヵ月以上、ほんとに休んどらんのじゃ」

やっと休めると、安堵の表情を見せた辰馬に手を引かれて、予想通りファインに入って部屋を決めて。待ち切れなかったのかエレベーターの中で思い切り抱きしめられた。俺とは全然違っていて、太くて逞しい腕に痛いくらいきつく抱きしめられて、せっかく止まっていたものがまた溢れてくる。ちょっと、お酒の匂いがするし、ちょっとだけ、煙草臭い、吸わないくせに。あ、会社の人と飲んでたって、言ってたっけ。

部屋に入ったら、靴を脱ぐ前にまた抱きしめられて、唇を重ねられた。

「会いたかった」
耳元で囁かれた俺も、囁いた方の辰馬も、しばらく動けなかった。

大学生とは違って、社会人は忙しい。会いたい時に会えないなんて遠距離恋愛と変わらないんじゃないかなんて、思ってしまってもなるべく口には出さないように頑張っているつもりだけれど。

「寂しかった」
会いたかった、声が聞きたかった。抱きしめて、キスしてほしかった。これって、時間を持て余す大学生の、ワガママなんかじゃないはずだ。

擦れ違いだらけの生活で、1ヵ月以上会えなくて2週間以上連絡もなくて。だけど、それでも。俺は痛いくらいに辰馬のことが好きで今は全身すべてでそれを感じていて。

だから今日くらいは、思い切り甘えさせてほしいと思った。


END



坂高じゃなくてもいいんじゃないかトカ言わないように!堂山町を書きたかった






















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