□title list□
 ※水色部分にカーソルを合わせると
 メニューが出ます

秉燭夜遊(へいしょくやゆう) R-18

     ※人生は短くはかないものなので、夜も灯りをともして遊び、人生を楽しもうということ。

週末は本当に、充実していた。
作ったのは自分だったが、セイ君と一緒に食べた朝ごはんは、これまでの人生で一番美味しかったかもしれない。

そもそも、酔いつぶれたセイ君の寝顔を見てしまった。
可愛かった。それしか言葉が浮かばない。

…ん?
待てよ、寝顔を見た、隣で寝てた。ということは、はからずも添い寝してしまったではないか。

いや、それよりも、だ。
添い寝以前に、セイ君が戻したものを片付けて、着替えさせたのだ。しかも、下着まで。
ということは、全裸を見てしまったということではないか。

それどころではなかったせいで、全く意識していなかったが、もしかして、とんでもないことにをしてしまったのではなかろうか。

セイ君を迎えに行ったところから、順番に振り返ってみることにする。
連れて帰ってきて、玄関に座らせたところ、意識が戻った。一安心だと思った瞬間、セイ君が吐いた。
左腕で背中を支えていて、右手で靴を脱がせていたところだったから、正面から盛大に被ってしまった。恐らく、吐いた本人よりも、自分の方がいっぱい被ることになってしまった。

それは全然問題ない。不思議なことに、微塵も怒りを覚えなかった。
むしろ、慌ててタオルと雑巾を取りに行き、汚れた服を洗濯機に突っ込んで戻ったら、まだまだ苦しそうに肩で息をしていたものだから心配になってしまった。
セイ君が吐き出したものはほとんどが液体、恐らく、酒と水。

写真はいっぱい送ってくれていたが、ちゃんと食べたのだろうか?と不安になりながら、抱きしめて、背中を擦っていると、その後も数回液体を吐いて、落ち着いたのかそのままがっくりと力が抜けて静かな寝息が聞こえてきた。

それから、汚れた服を脱がせて、廊下に敷いたバスタオルの上で身体を拭いてあげて。ベッドに連れて行ったところで、自分の下着じゃ明らかにサイズが合わないことに気がついた。
いや、サイズの問題云々以前に、自分が一度でも履いたものはさすがに嫌だろう。

幸いコンビニは隣のマンションの1階にある。走って行けば3分もかからず戻って来れる。Tシャツは申し訳ないが自分のもので我慢してもらおう。
セイ君をベッドに寝せて、布団をかぶせ、軽く身体を拭いて服を着た後カタバは走った。下着を履かせて、ちょっとサイズの大きい自分のスウエットを履かせて。それからようやく、ホッとしてシャワーを浴びた。

そもそもだ。セイ君に電話をした時、まだ楽しんでいるだとか、もう帰って寝るところだったりした場合は、自分も休もうと思っていたのだ。
それくらい、一人で映画を見ながら飲んでしまっていた。

そこから急にセイ君を迎えに行くことになったのだ。自分が好きでやったこととは言え、正直疲れていた。
セイ君の寝顔をじっくり見る暇もなく、ベッドに横になるとあっという間に眠りに落ちていた。

つまりだ。
セイ君の寝顔をじっくり見ていない上、せっかくのチャンスだったのに裸も見ていない。
いや、見た。見たけれども全く記憶に無い。いっそ、寝顔の写真、1枚くらい撮っておいたところで、罰は当たらなかったかもしれない。
なんということだろう、もう二度とチャンスがないかもしれないというのに。

ちょっと待て。
そこで、カタバは自分の思考にストップをかけた。

男が女の裸を見たいと思うのは、本能だしごくごく自然な感情だと思う。
だからこそ、世の中にはエロ本があり、グラビアがあり、AVがあり風俗があるのだと思う。そこを否定する気はない。種の保存は本能だ。

だが、セイ君は男だ。
自分と同じものしかついていないはずなのに見たいのか?見たいと思うのか?

ややしばらく自問自答を繰り返し。カタバは結論に辿り着いた。
(セイ君のだったら見たい)
そう、彼の笑った顔や喜んだ顔、嬉しそうな顔を見たいと思うのと同じような感情で、彼の裸も見たいと自分は思うのだ。

自分が自分で想像していた以上に重症であることに気づき、せっかくだからとカタバは思考を深めてゆく。
いったい自分は、彼とどこまでしたいのだろうかと。どうなりたいのだろうかと。

まずキスだ。
うん、したい。すごくしたい。これは恐らく、自分の側にはなんの問題もない。彼さえ許してくれるならすぐにでもしたい。

じゃあその次は?
次ってなんだ次とは。次はなにをしたらいいのだ?これがもし普通の男女の恋愛だった場合で考えたらどうなる。

スクナに合コンに連れ回されたり、女の子を紹介されたりしなくても、実はそれなりにモテるし、経験もあるカタバである。だから、その先の内容を想像するのは難しいことではなかった。

さっきもその結論に達したが、女性の身体を触りたいと思うのは本能だと思う。
同じ男同士であるはずのセイ君の身体を触りたいと自分が思うのも、これはどうやら仕方ないことであるらしい。
では触ったその次は?
そもそも、男同士でどうやるんだ?できるのか?

眉間に深くシワを寄せて、カタバは尚も頭を悩ませる。カタバが見える席に座っている社員たちからは、マジメに仕事をしているようにしか見えないだろう。
…そもそも、仕事が暇なのである。

来週あたりから、また大きな仕事が入ってくる予定ではいたが、ちょうど谷間の時期で、他の社員達もここのところは、ほぼ全員が残業無しで帰っているくらいだ。

暇だから余計なことを考えてしまうのだし、ふとした疑問を、ググってしまう余裕もあるわけで。
心の中で言い訳をしながら、カタバは目の前のパソコンでブラウザを立ち上げ、こっそりとキーワードを入力した。

まぁ、なんとなく想像はしていたが、そうだよな、うん。使うとこ、そこしかないよな。

そして、肛門括約筋には自らの意思で収縮・弛緩させることのできる(随意筋)外括約筋と、意図的に弛緩させることのできない(不随意筋)内括約筋とがあり、十分な準備をせずに肛門性交を行ったり、本人の意に反する形(場合によってはレイプなど)で行うと、表皮のみならず皮下組織、筋肉組織をも損傷し、甚だしい場合には便失禁に至ることもある。

そのため、肛門性交する前には、浣腸などによる腸の洗浄と避妊具(コンドーム)の着用、十分な量の潤滑剤の使用などの対応をする必要がある。また、挿入する側は、挿入される側の体調に配慮し、挿入される側の意思をできる限り尊重することが望ましい。 Wikipediaより引用

表皮のみならず皮下組織、筋肉組織をも損傷し、ときたか。そりゃそうだろう。本来、そういうものに使う場所じゃないのだから。
うん、つまりだ。
もし、万が一、セイ君とそのような関係になった場合、彼に痛い思いをさせる訳にはいかない。

彼がもし、仮にもしだ。彼がいいと言ったところで、自分が嫌だ。彼がなんと言うかは未知数だし、そもそも自分とそんな関係になることなど望まれないかもしれないが。

ただ、万が一ということは考えておいて損をするものではない。その万が一の時が来た場合は、黙って自分が受け身に回るしかないのではなかろうか。
全く想像できぬものではあるが、まぁ、致し方あるまいと思いながら、開いていたウィキペディアのページを閉じようとしたその手を、誰かに掴まれてぎょっとした。

「ねぇ、カタバ君ってば!何回呼べば気づいてくれるの?」
「ス、…スクナっ!?」
「もう僕、10回くらい名前呼んだけど?」
「じゅ、10回、だと…?」

例えば。
電車を待っている時間、移動している時間、なにかをしている時間、そんな1分ならあっという間だ。
だが、俺を呼び、返事がなくて何度も呼ぶ。おそらく1分かそこらだろうが、その1分は、果てしなく長いのではなかろうか。

手を捕まれながらも、タブの×印は押せたが絶対に見られたと思う。今調べていたページの内容が。

「ねぇ、カタバ君。僕ね、ちゃんと用事があってきたんだけど、それどころじゃなくなっちゃったんだー。っていうかさ、もう定時でしょ?今暇なんでしょ?帰る用意してちょっとついてきて」
スクナのその表情にも口調にも、嫌だとは言わせぬ強さがあった。

「いや、まだあと定時まで5分…」
「なんか言った?」
「社長、大丈夫っす!問題ないと思います」
「だよねー。ほーらカタバ君、早く用意して」

空気を読んで、割って入ってくれた部下に、スクナはにこやかに笑いかけている。多分もう逃げられない。いや、逃げても仕方ない。恐らく自分が何を調べていたのか見られた以上、ちゃんと説明しておかなければならない。

説明するためにはノートパソコンも必要だと思う。カタバは身の回りを軽く片付けて、社員たちに声を掛けると、半ばスクナに連行されるような状態で会社を出た。

スクナのベンツに乗せられて、やってきたのはスクナの親の会社の事業の一つである高級ホテル。いや、実は、途中で助手席の秘書が電話をかけていたから、ここに連れてこられることはわかっていた。

フロントで『急に来てごめん』とは言っていたものの、言うなればここはスクナの親の持ち物。
当然平日月曜日、満室ということはない。いくつかある最上階のスイートルームの一部屋にそのまま連れて行かれる。
スクナと秘書に挟まれて歩くことになったせいで絶対に逃げられない。ここまで来て、いまさら逃げるつもりもなかったが。

ちょっとしたパーティに招かれたりして、こういう高級な部屋に来たことがないわけではなかった。だがそれでも、小さい頃からこういった部屋が遊び場だったスクナとは違い、元はただの庶民だ。慣れるはずがない。部屋に入ってすぐのダイニングルームを抜け、秘書に促されるままリビングルームに歩いては来た。しかし、なんとなく落ち着かなくて立ち尽くしていると、スクナがポンポンと自分が座った隣の、ソファを叩いた。

「とりあえず座って」
「あ、ああ」
恐らく10人近くは座れるだろう、長いL字型のソファ。その真ん中、黙ってスクナの隣に座った。

開放的な、大きな窓の向こうはウッドデッキになっていて、都内の景色が見えている。まだ明るい時間だが、恐らく夜景が綺麗なのだろう。こういうところは、男同士で来るもんじゃないと思う。

「なに飲むの?コーヒーでいい?」
酒を飲む気はないらしい。静かに頷くと、スクナは秘書にコーヒー2つと言いつけ、それはすぐに運ばれてきた。
スクナがコーヒーを飲むのは珍しいような気がする。いや、初めて見る気がする。しかも自分と同じブラックだ。すっかり自分が飲むのも忘れて見つめてしまう。
そう、スクナがいつもと違う、すなわち、どうやら怒っているらしいということはわかる。ただ、その理由がさっぱりわからない。

「ありがとう。もういいよ。あと、呼ぶまで来なくていいから」
かしこまりましたと、一礼して秘書がスイートルームから出て行く。これで、この白を基調として、家具やなんかがすべて木目調の豪華な部屋に不釣合いな男2人。
いや、スクナが似合わないということはないかもしれないが。

「ねぇ、カタバ君。例の一目惚れした子と、なんか進展あったんでしょ?教えて」
ぼんやりと天井のシャンデリアを見上げていると、スクナの直球が飛んできた。静かにコーヒーを飲みながらではあるが、自分を見つめるその瞳には、有無を言わせない迫力が宿っていた。
「どうしてそんな…」
正直、いずれはちゃんと話そうと思っていた。

自分とセイ君にこれからなにかあったとして、本当に進展したとして、それを報告できるような相手が、自分にはスクナしかいない。報告しなければいけないことはないのかもしれないが、あまり一緒に遊べなくなるかもしれないこと位は伝えておいてもいいと思う。

ただ、今のスクナは目が据わっていて、興味本位で自分たちのことを知りたいという、それだけじゃないような気がする。ただ、理由はさっぱりわからない。
「なんにもないなら、アナルセックスなんて単語調べないでしょ?っていうか君、本気でそっちに行っちゃったの?」

やはり、パソコンの画面はしっかり見られていたようだ。10回も呼ばれていることに気づかなかったのだ、仕方ない。暇だったとは言え、仕事中にそんなものを調べていたことを、あの場で言わずにいてくれたことだけでも感謝しなければならないかもしれない。

「正確に言うと、まだそこまでは進んでいない。と言うより、まだなにもしていない。一緒に朝ごはんを食べて、今度また会う約束をしただけだ」
「待って朝ごはんってどういうこと?君、自分で作って家で食べてるよね?順番おかしくない?」

なんだかいつもと違う様子のスクナに戸惑いを感じながら、金曜日の夜のことを話した。
セイ君が酔いつぶれて、連れて帰ってきたこと、そのまま朝までベッドで寝かせて、一緒に朝ごはんを食べたこと。セイ君は結局夕方までうちにいたことなどをかいつまんで。

「それでなんで、急にアナルセックスまで飛躍しちゃったの?」
「そ、それはだな、つまり」

もし、万が一。このままいい感じにことが進むかもしれない可能性を考えておこうと思ったのだと説明した。いざとなってからやり方もわからんようでは困るではないかと。備えあれば憂いなしと言うではないかと。万が一にでも、可能性があるなら、知っておいて損はないではないかと。なんだか言い訳がましい気がしたが、とにかく、言葉を選んで、力説してみた。

「つまり。君は、その子と、そういう関係になってもいいと、思ってるんだ。むしろ、そういう関係になりたいくらいまで、もしかして思ってる?」
とん、と。カタバの頭の後ろの壁に手をついて、至近距離で正面から見据えたスクナの顔があまりにも真剣だ。恐怖さえ覚えるほどに。こんなスクナを見たのは、長い付き合いの中でも初めてだった。

「しょ、正直、彼ならいいと、思ってる。…むしろ、彼が俺を好いてくれるのなら、付き合いたい」
ここまで来て嘘をついても仕方がない。ただ、スクナの強い視線には耐えられなくて、目を逸らしながら、なんとか本音を語る。
ガンッ!!!と、一度。カタバの頭の横の壁を殴ったスクナはすぐに離れ、最初にここに来たときと同じように、ソファに正面を向いて座り直した。

「…スクナ、どうしたというのだ?なにをそんなに、怒っている?」
そんな姿は見たことがなくて、恐る恐る声をかけてみる。すっかり冷めてしまった自分のコーヒーを、今更口に運んでみた。そうでもしないと、初めてずくしのスクナに緊張して、声が出なくなりそうだった。

「あーっ、もう!」
本当に今日のスクナはどうしたというのだろう。髪の毛をかきむしるような仕種をみせたかと思うと、一旦深く息を吐きだし、がっくりと肩を落としてそれから。すごく真剣な表情で、こちらを見つめた。

「僕、ずっと君のこと好きだったんだけど」
「………は?」
意味がわからない、思考が追いつかない、理解ができない、果たして今のは日本語だったのか?それくらい予想もしていない言葉だった。

「だから、ずっと好きだったの。でも君ノンケでしょ?だから一生言うつもりなかったの。女の子紹介してたのだって、さっさといい人作って結婚でもしてくれれば諦め付くかなって思ってたからなのに、どうしてそうなっちゃうの?」

スクナの言葉を頭の中で反芻する。
ずっと、スクナは俺が好きだった?いや、待て待て、お前こそ、いつも違う女を連れているではないか。待ってくれ頼む待ってくれ、考えがまとまらない。そもそもノンケってなんだっけ。ノン・ケ、ノンケ、ノンケ。そのケがないってことか、そうか、そうだ、確かそうだ。そんなような意味だったはずだ。

「い、い、いつから…?」
ただ、動揺する俺の口から出てきたのは、そんな言葉だけだった。

「いつからって?そんなの覚えてないよー。まー、大学行ってる時に、もう好きだったのは間違いないけどねー」
聞かなければ良かった。お互いに大学生だった頃、つまり、もう、かれこれ10年にはなるということだ。
「で、でもお前、それこそ知り合った時からいつも、違う女を連れていたではないか!それも、いつも複数!」

「ああ、それはねー。だって僕、女の子も好きだし。そうだなぁ、どっちかっていうと女の子の方が好きかなぁ?好きになった男は数えるくらいしかいないからね。そもそも、ここ10年、男は君しか好きになってないし。そうだな、自分でも気持ち悪いと思うけど、僕、君にだけは一途なんだよね」

告げられた『女の子も好きだし』という言葉の意味。それから、自分に向けられた言葉の意味をようやく理解して、カタバは頭を抱えた。男も女もどっちも大丈夫。所謂バイセクシュアルという性的指向を持つ人がいることを、もちろん知識としては知っていた。だが、自分には縁遠いものだと思っていたし、ましてや常に女を途切れさせないスクナがそうだなんて、夢にも思わなかった。そのスクナの想い人がまさか自分だなんてもっとだ。

「なんでそんなにショック受けてるのー?考えてみてよ、遊びに行くときだって、君だけ絶対迎えに行くでしょ僕。もう、全然気づいてなかったわけ?」
「いや、だって、まさか、そんな…」

同性愛者だとか、両性愛者だとか、そういう人たちに偏見は全くなかった。ただ、身近にいなかったせいで、そういったものとちゃんと向き合ったことがなかったのだと告げると、スクナは一瞬びっくりしたような顔をして、それから肩を震わせて笑い始めた。

「あのさぁ、カタバ君。君だって、一目惚れした子、好きなんでしょ?男同士だってわかってて付き合いたいって思ってるんでしょ?君、僕と一緒だからね?」
目から鱗の気分だった。

ああそうか、自分もそういうことになるのかと。
セイ君が好きで、セイ君と付き合いたいと思ってしまった以上、彼に出会う前までの自分とは違うのだと。

「し、しかし、俺は、まだ好きになったのはセイ君だけで、別に」
「あ、一目惚れの子セイ君って言うんだー、可愛い名前ー」
しまったと思ったがもう遅い。聞き逃してくれるようなスクナじゃない。思いつめていたことを言ってしまったおかげで、どうやらすっかり、いつもの調子を取り戻してくれたようなのはありがたいのだが。

「写メとかないの?見せてよー!どういう子が好みなのか超気になるー」
「う、うるさいっ!別にな、俺はセイ君が男だから好きになったとかじゃなくてだな、彼だからいいのであってだな!」
ただ、まだ自分の中で整理がつかない。セイ君だけが例外ということがあるかもしれないではないか。

「あのねー、僕だって、君が男だから好きになったわけじゃないんだよー?君がカタバ君だから好きなの。君が女でも、もしかしたら………いや、こんな、いっつも眉間にしわが寄ってて、こんなガタイのいい女の子なんていないよね。うん、想像しようと思ったけど無理だった」

スクナが口を開けて声を出して笑う。さっきまでの怒っている姿よりも全然その方が見慣れていたし、安心できた。さっきまでのスクナは正直、怖かったから。
「悪かったな!ガタイで言うなら、お前こそ!優男のフリをして、ベンチプレス俺より上げるだろうが!」
「だーって、ある程度鍛えておかないと、女の子にモテないしー?あ、そうそう、男にもモテるよ、鍛えてると。今度ゲイバーとか行ってみる?」

「お前、そういうところにも行ってたのか…?」
「そりゃ行くよー!たまには女の子ナシで遊びたいときもあるじゃん?」
「意外すぎる…。お前から女を取ったらなにも残らないかと思っていた」
「うわっ、ヒドイ!女の子なんていなくたって僕のこの美貌は変わらないのに!」

ああ、そういえば、スクナは自分の顔が大好きなんだった。好きだというだけあって、肌の手入れやなんかも相当丁寧にやっていたはずだ。

「…まさか、そういうところに、アツマやテルイとも行くのか?」
「あの2人と行ったことあったかなぁ?まぁ、1回くらいはあるかもしれないなぁー。あの二人は、本当に男には興味ないみたいだけど?って、僕が知らないだけかもしれないけどね。僕だって、実はカタバ君のことが好きだなんて、あの2人には言ってないしー」

「そ、そうなのか…」
「だから言ってるでしょ?僕、君にだけは一途なの」
ずいっと、スクナが二人の距離を詰めてくる。今まで約10年友達として付き合ってきて、こんなに目の前で、アップで顔を見たのは初めてかもしれない。

「ねーカタバ君。…マジメなこと、聞いてもいい?」
「な、なんだ」
すっかりいつもどおりへらへら笑っていたスクナが急に神妙な顔つきで改まって、こっちも座りなおしてしまう。

「君、そのセイ君と、どっちするつもりだったの?」
「どっち、とは?」
尋ねられた意味がわからなくてそのままオウム返しで聞き返す。同性と付き合うとかするというのは、どうやら相当ハードルが高いものらしい。とは言え、面倒だから諦めるという気には全然ならないのが不思議だった。

「だからー、される方と、する方。えっちするときに、男役なのか女役なのかってこと」
さすがの自分も、そういう言われ方をすれば、スクナが聞きたかった言葉の意味はわかる。そんなものを聞いてどうするのか、スクナの真意まではわからないが。

「…セイ君に、痛い思いは、させたくないなと、思っていた」
「じゃあ、女役やるつもりだったんだ、そうなんだ」
「まぁ。…恐らく、そうなるのかな、と。わからんが」
「それもそっか。そうだよね、だって、そのセイ君が、実はゲイで、ネコかもしれないもんね」
「猫とはなんだ猫とは!それに、セイ君が、そうなのかどうなのかは、…わからん」

そもそも、考えないようにしていたが、あの親友のスオウ君との関係はどうなのだ。本当にただの親友なのか。
ついさっきまで、ただの親友だと思っていた相手に告白された後では、いろいろと不安にならない方が不思議というものだ。

「ネコってのは女役専門ってこと。ねぇ、カタバ君。セイ君とくっつくの、応援してあげるから、その代わり、君の初めてだけ、僕にちょうだい」

「……は?」
何を言われているのかわからない。理解できずにいるうちに、ソファに押し倒され、キスされていた。
「んーっ!!んっ、っっ!!」

逃げようともがいても、さっき言ったとおり実は一見優男のスクナの方が腕は太いし力だって強いのだ。まして、押し倒されて完全に不利な体勢になっている。ここからこの、自分と体格の変わらないスクナを押しのけるのは多分無理だ。

もう、どうにでもなれ。
ゆっくりと、俺の唇をついばんでいたスクナだったが、抵抗をやめると静かに舌を差し込んできた。舐め溶かすように、ゆっくりと入ってきた舌で口腔内をなぞられて、それと同時に頬や首筋を撫でられて身体が跳ねた。

「んっ、ァ…」
正直、自分の喘ぎ声とか絶対聞きたくないと思っていた。こんなにも簡単に出るものだとは。

「ねぇ、カタバ君。別に僕ね、親友の一目惚れの邪魔するつもりはないんだ。でもさ、こんなにずっと好きだったのに、急にポッと出の子に取られるのも癪じゃない。女の子なら許すけど、男でしょ?」

耳元で熱い吐息とともに囁やかれた言葉に目眩がする。
「ぁ、やめ…、っ」
耳を、それから首筋をスクナの唇と舌が這っていって、また、声が漏れた。スクナの柔らかい、ふわふわの猫っ毛がくすぐったい。

「僕、ほんと好きなんだよ、君のこと」
「そう、言われても、だな…」
するすると、首筋から身体の上を這っていったスクナの指が、いつの間にか熱を持っていた中心に触れた。

「なーんだ、ちゃんと反応してんじゃん。良かった」
「うるさいっ!耳は、弱いんだ…!」
嬉しそうに下半身をぐりぐり擦りつけてくるスクナも同じようなことになっていて、本当なら他の男のものなんて気持ち悪いはずなのに、どういうわけか嫌悪感はなかった。好きだ好きだと言われてほだされたのかもしれない。

「いいこと聞いちゃったー。いっぱい舐めてあげる」
腰のあたりにしっかりと体重を掛けて座り込んだまま、スクナがジャケットを脱ぎ捨て、しゅるっとネクタイを外す。それから、こちらのも。

「ま、待て、まさかここでするつもりか?シャワーとか…そういうのは…?」
「あ、そっか。初めてだもんねー、いろいろ教えてあげるよ!」
墓穴を掘った気がする。というか、いつの間にかするのが決定事項のようになっているが、どうしてだ?俺に拒否権はないのか?

「一緒にシャワー入ろうか」
「い、一緒にって…」
「そんな嫌がらなくても、今までもあると思うけど?」

あるかないかで言ったらある。一緒にゴルフに行った時なんかは、当然、ゴルフ場で風呂に入る。2人きりということはなく、アツマやテルイも一緒だが。

「それはそうだが…。そもそもいろいろ教えてあげる、とは…?」
「さっきのウィキに書いてあったでしょ?浣腸などによる腸の洗浄とコンドームの着用、十分な量の…」
「言わんでいいっ!!」

そうだ、確かにさっき調べてたページに書いてあった。
「まさか、浣腸、されるわけじゃないだろうな、お前に…?」
「して欲しかったらしてあげる」
「全力で拒否したい…」

ようやくスクナが俺の上から降りてくれて、起き上がったが、もう逃げる気力もなくなっていた。
「ねぇ、カタバ君」
ぎゅうっと抱きしめられて、もう一度、さっきより深く口付けられた。残念なことに、嫌な気はしなかった。

************

身体がだるい。
さすがにお前に、正面から抱きしめられて腕枕で寝るとかそれは嫌だと暴れたら、諦めたのかスクナは俺を後ろからぎゅうっと抱いた状態で横になっている。

時々首筋や背中に吸い付いてくるが、なんだか疲れてしまって振り払うのも面倒くさいから好きにさせておいた。
「ねぇーカタバくーん」
「なんだ?」
背中にくっついていたスクナが上体を起こしたのがわかった。

「セイ君の写メとかないの?あったら見せてよ」
「ああ、スマホに…」
持ってきた鞄も脱がされたジャケットも、この部屋に来た時にソファの足元に置いたそのままになっていた。

「あっ、起きなくていいよ、僕持ってくるから。鞄の中にある?…疲れて動きたくないでしょ、今」
起き上がろうと思ったら肩を押され、再びベッドに沈みながらスクナが全裸のままさっきのリビングルームに歩いて行くのを見送る。

つい何時間か前まで、『男同士でどうやるんだろう』とか思っていたはずなのに、いきなりフルコースで3回もされた。うわ言のように、終始『好きだ好きだずっとこうしたかった』と言われていては、邪険にするのもなんだか可哀想で、なんとなく流されてしまった。が、さすがに4回めはもう無理だ、せめて休ませろと言ってやった。

「プライベート携帯持ってきたよ。セイ君見せて見せて!」
俺に携帯を渡した後、スクナはそれまでのように俺の後ろに横になって、背中にくっついてきた。

「言っておくが、今はまだ、これしかない」
先日居酒屋から送ってくれた、親友と一緒に写っている写真を画面に表示して、スクナにスマホを渡してやる。
「どっち?…あ、待って!当てる!……左?」
俺のスマホを両手で受け取って、まじまじと見つめた後。スクナはすぐに判断を下した。

「…正解だ。よくわかったな」
「良かったぁー!右だったら落ち込むとこだった!」
「どういう意味だ」

スクナの言い分はこうだ。
向かって右の、スオウ君は普通の男の子だと。もし、一目惚れしたのがこの子なら、ストライクゾーンがちょっと広くなれば自分でもいいはずだから、もっと早く告白すれば良かったと、絶対に今頃後悔していたはずだから、左の子で良かったと。

「左の子はあれだね、なかなかいないタイプだね。おとなしそうだし、きれいな顔してるけど、あんまりモテなさそう。人見知りだって言ってたっけ?わかるわかる、なんかにじみ出てる」

スクナが言うには、セイ君と自分は正反対のタイプだろうから、俺が一目惚れした相手が彼なら、俺の好みがこういうタイプの子ならば仕方ないと諦めがつくという。

「そういうものなのか?」
考えてみれば、あまり好きなタイプがどうとか考えたことがなかった。自分から積極的に声を掛けた女性もいないし、付き合う時も告白してくるのはいつも女性の方からだった。

「そういうことにしておいてくれないなら、応援するのやめるけど」
「……すまん」
どうやら、それ以上あまり突っ込んで聞いたりしない方がいいらしいということだけは理解して、俺は、スクナに返してもらったスマホをベッドサイドに置く。

「ところで今さ、見ちゃったんだけどさ。…土曜の夜から急に返信の量、減ってない?」
「なっ…!おまっ、勝手に見るなっ!」
「見えちゃったのーー!画面消えたから付けようと思ったら戻っちゃって!メッセージの画面から開く方が悪いー!」

実は、スクナが言うとおりだった。
それこそ直前の飲み会まで、授業中や寝てる時間以外はひっきりなしに送られてきたメッセージが来ない。土曜日の夕方無事に家に着いたというあたりから、『おはよう』とこちらが送っても、今朝は『おはようございます、これから学校行ってきます』という、定型文のような返信しか来なかった。

「忙しいのかもしれん。仕方なかろう」
別に自分とセイ君は、今はまだ特別な関係でもなんでもない。
返事が欲しいと思うのは当然だが、催促する権利は自分にはない。もっと言うなら、あまりしつこくメール送りすぎて嫌われるようなことだけは避けたい。

「その割には、カタバ君めっちゃこっちからメッセージ送ってるよね。今日のお昼は海鮮丼?なんか美味しそうなもの食べちゃって」
「どうせお前は、もっといいもの食ってるだろうが。…それに、返信がないから、普段よりは減らしてる」
「今日は忙しくてお弁当だったんですぅ!…まぁ、美味しかったけど」

スクナが食べるお弁当だ。恐らく最低でも1個5千円はするのだろう。美味しいに決まってる。ただ、毎日高級なものばかり食べているわけでもなく、たまにファーストフードやコンビニのおにぎりを食べたいとか言い出すのもスクナではあるが。

「ねぇ、カタバ君」
「なんだ?」
振り返った瞬間、頭の横に両腕を着いた状態で見下されて、しまったと思った。

「そろそろ休憩終わりでいいかなぁ?」
「おまっ、まだする気かっ!」
「ええっ、ダメなのっ?…僕、何年好きだったと思ってるのさ、足りないよ」
好きだと言えばいいかと思って。

拗ねたような表情のスクナが可愛いとか思い始めている自分がいる。完全にほだされているのはわかっていたけれど、振り払えない。

「い、いっかい、だからな」
「ええーっ。…わかった、超時間かける。めちゃくちゃ濃厚な1回にする」
「お前っ、ァ」
首筋に舌を這わされて声が出た。

「もうさ、今日はここ泊まっちゃお?」
「なにを言ってるんだ…!」
「でもここホテルだし?本来泊まるための部屋だし?」
「ん、…んんっ!」

耳の縁を舌でなぞりながらしゃべるものだから、口を抑えていないと声が出る。どうせ、わかっていて、わざとそこで声を出しているんだろうけれど。
「ねぇ、カタバ君。…好きだよ」
そう言われて。こいつとキスをするのも、もう何回目だろうか。

結局。本当に、1時間以上かけてじっくり攻められた後、夕食にして。さすがに帰ると言い出す前に再び押し倒されて、ほぼ一晩中喘がされた。
朝イチでスクナの会社に顔をだすことになったから、出社が遅れることを、明日の朝俺の会社に連絡するよう秘書に言いつける手際の良さを見てると、確信犯だったんじゃないかとまで思えてくる。

とにかくもう、動きたくなくて。そのまま気がつけば、スクナに後ろから抱かれたまま、俺は眠りに落ちていた。






















このページの文章・画像は引用を含んでおり、著作権は株式会社コロプラに帰属します。 文章・画像の無断転載は固くお断りします。
All fanfiction and fanart is not to be used without permission from the artist or author.