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フォルテシモの鼓動




どうせ半年後には自動的にそちらの校舎に通うことになるのだから、見学に行く必要などないと言っていたもに関わらず、アリオテスによって強引に参加者にされてしまい、渋々サクトは高等部の校舎を訪れていた。
ところが、だ。

「悪ィサクト!俺、陶芸部行ってくるな!」
渡り廊下を過ぎて早々に、アリオテスは一人でいなくなってしまった。

さすがにそれはどうなんだ!と、追いかけて行きたい気もするが、アリオテスがなぜ、わざわざ陶芸部などという、あまりメジャーではない部活の部室なんかに行ったのか、その理由をサクトは知っている。その理由を考えると、あまり行きたいという気にはならない。

アリオテスは三つ年上のオメガを追いかけてこの学校に来たと言っていた。小さい頃に出会ってそのままずっと好きなんだと。出会ったときにビビビっときたんだからもうあの人は絶対に俺の番!と。

「どこか、見たいところはあるのか?」
一緒に来た数人のクラスメート達に問うたところ、とりあえず一周してみようということになってだらだら歩く。特に見たい部室や教室はなかったが、中等部より食堂が広く、メニューも多そうなのは純粋に楽しみだった。放課後ということもあって、食堂は開いてはいなかったが。

高等部の学生達も、部活や生徒会などの活動がなければ帰る時間になっている。何人もの学生とすれ違うが、お互いそんなに気にすることはなかった。中等部と高等部では制服が違うため、一目でお互いを判別することができるとしてもだ。

「!!……カタバさん?……カタバ・フツガリさん!?」
そんなサクトだったが、いかにもこれから帰宅しますという二人組とすれ違ったとき、驚いた顔をして、慌てて振り向き、去っていった二人を追いかける。

「カタバさんですよね!ボク、サクト・オオガミって言います!ボク、剣道やってて、ずっとカタバさんに憧れててっ!」
サクトの声で並んで歩いていた二人組が振り返った。サクトが詰め寄ったのは背が高い方の短髪で、目鼻立ちのくっきりとした、まごうことなき男前であった。小学生の頃映像で見ただけ。 それでも彼の強さを忘れたことなんてない。三つ歳が違うから、追いかけてこの中学校に入ったところで彼はもういない。そんなことわかっていたけれど、憧れの方が上回った相手。

「いかにも、私がカタバだが」
「お会いしたかったです!」
憧れの人を見上げて、興奮しているサクトの目の前に、遮るようにすっと、腕が割り込んだ。

「サクトとやら。悪いがこいつは俺のものだ。それ以上近づかないでもらえるか?」
もう一人。そう、カタバと並んで歩いていた生徒だった。こちらは、男前とかイケメンというよりも、どちらかというと性別不詳なほどの美人であったが、その声は間違いなく男。
そして、そこでようやく、サクトは目の前の事実に気がついた。

「こら、セイ、いいだろ、少しくらい」
「いーやーだ」

セイと呼ばれた美人は後ろからカタバに抱きつくような格好になっている。たしなめるような言葉を言っておいてカタバも少し嬉しそうだ。『俺のもの』という言葉に集約される独占欲と縄張り意識。そうだ、アルファとは、こういう生き物だったし、話に聞くオメガとは、アルファに所有されることに喜びを感じる生き物のはずだ。

「待ってください、嘘でしょう?カタバさん、あんなに全国大会出てたのに、まさかあなたがオメガ……?」
「サクトとやら、そのまさかだ。だから高校では部活はやめた。すまないな」
ショックのあまり、サクトが震えている。

「お前剣道やってたのか、初耳だな」
「中学までだからな」
「まだ俺の知らないことがあったのかと思うと」
その先はサクトには聞こえなかった。セイがカタバの耳元でささやいたからだ。カタバの反応から察するにロクなことじゃないんだろうとわかったけれど。

『オメガなんて産むための人種だろう?』
世間一般でよく言われる言葉である。ただ、それは人権侵害だという声が昨今は強くなってきて、表だって言う者は少なかったが、それでも大半の人間が今でもそう思っているのは事実だ。表向きないと言ったって差別もある。

もちろんサクトもそう思っていた。アルファとオメガは番になれると言われたところで、遺伝子で、生まれた時から運命の相手が決まっているなどと言われたって納得できなかった。番なんかいらない、オメガなんかとは付き合わない。そう、思ってきた。

だから、ずっと憧れていたカタバがオメガだったという事実は、サクトを打ちのめすのには十分すぎる情報だった。
「どうして、そんな……」

自分の気持ちがまとまらず、頭を抱えてしまったサクトの前に相変わらず立ちふさがるカタバとセイ。サクトと一緒に来た中等部の学生達は、そんなサクトを遠巻きに見守ることしかできない。そもそもベータである彼らには、なにが起こっているのか理解ができない。

「ボクは……っ!」
しかし。サクトの思考はそこで強制的に途切れることとなった。殴られたかと思うほどの強い衝撃がサクトを襲った。

「おーい、お前らこんなところでなにやってんだ……っ!」

人だかりを見つけて寄ってきた高等部の生徒はどうやらセイやカタバの知り合いのようである。好き勝手な方向に跳ねた真っ赤な髪の毛と、くりくりした大きな瞳。セイとは違う方向に性別不詳なほど、可愛い人だった。可愛いと、思ってしまった。番のいないオメガが貞操帯として付けるチョーカーに、手を伸ばしてしまいそうになる自分を必死で抑え込まなければならないほど、それは暴力的で、激しい衝動だった。

「おい、大丈夫か、スオウ」
突然心臓のあたりを抑えて立ち止まったスオウに一番敏感に反応したのは、すぐ後ろを歩いていたキュウマだった。

「どうしたスオウ?」
「な、なんだ、これ……」
うずくまるスオウを両脇からキュウマとトウマが支える。

「おい、トウマ」
「そうですね、あの子アルファですね。間違いない」
すぐ隣で話しているトウマとキュウマの声すらスオウの耳には届かない。心臓を杭で打たれたような強い衝撃。脈拍上昇心拍数上昇、顔が、熱い。

「おい、セイ」
スオウの異変に気づき、心配で振り返ろうとしたところでカタバが、目の前に立っていたサクトも同じように心臓のあたりを抑えていることに気がつく。

「い、遺伝子にすべて決められているだなんて、ボクは認めない!」
見上げたサクトの視線は、セイとカタバを通り越して、その後ろのスオウだけを見つめていた。

「ボクのことはボクが決める。だから、こんなの、認めない。……ボクは、番なんて、いらない!」
そう、叫ぶように言い放つと、サクトは中等部の校舎の方向へ一人で走り去ってしまった。中等部の学生たちは、サクトを追うようにぞろぞろといなくなって、その場には五人だけが残される。

「どっかで聞いた言葉でしたね」
スオウを心配そうに覗き込むキュウマの隣でトウマが呟いた。

「そうだな、昨年よく聞いた言葉の気がする」
「……なんだか、懐かしいな」
トウマとキュウマの視線の先で、未だセイに抱きつかれたままのカタバまでもが言うものだから、セイはそのままふいと横を向いてしまった。

「番なんていらない、ですか。……それがどれだけ、残酷な言葉なのか、あの子はまだ知らないんでしょうね」
なんとか立ち上がったスオウの頭を、何故かトウマがよしよしと撫でていた。

「どうしてスオウにする?」
「キュウマには毎日してるでしょう?」
ぶすっとふてくされたキュウマの頭を撫でて、ついでに頬に唇を寄せた。

「そこまでしろとは言ってない!」
トウマとキュウマは万事、この調子。
「な、なんか悪ィな!俺のせいで!ごめんな!」
この場に、スオウのせいだなどと言う者は一人もいなかったが、それでもいたたまれなくなったのかスオウはそのまま、走って玄関から出ていってしまった。

「……帰りましょうか、キュウマ」
スオウが走って行った先を暫くぼうっと見つめていたキュウマだったが。

「そうだな。もし本当に今のあいつがスオウの番だったとしても、俺たちがしてあげられることは少ない」
キュウマとトウマの背中を見送って。未だカタバにくっついたままだったセイは。

「帰るか」
「……そう、だな」
ようやくその場から離れたのだった。

************

人間は、頭で考えて、行動する生き物だと思ってた。
将来の相手が遺伝子によって決められているだなんて認めたくなかった。
それなのに。

真っ赤な髪の毛の彼を見た瞬間、時間が止まった。
目の前にいた、憧れのはずのカタバさんでさえ、見えなくなった。

周囲の声もなにもかも聞こえなくなって、ただただ、あの子が欲しい、手に入れたい抱きたい、噛み付いてしまいたい、今すぐ連れ去りたい。それしか考えられなくなった。

自分の部屋に戻って、ベッドの中で布団を被ってとりあえず自分で処理してみたけれど、収まらなかった。抱きたい、抱きたい、抱きたい。あの子が欲しい。

こんな衝動が、自分の中に眠っているだなんて知らなかった。アルファがモテるのは当然のこととして受け入れていたサクトは、今まで言い寄られて何人かの女性と関係をもったことがある。しかし、あんなものは、とんだままごとだった。これが本物だとしたら、これを知ってしまったら、あの子と次に会ってやっぱり勘違いじゃなかったら。

多分もう、ボクは戻れない。

************

「なぁ、セイ」
「ん?」
二人一緒にセイの部屋に帰って、カタバが作ったご飯を並んで食べているときだった。

「そういえば、スオウは大丈夫だろうか。もし、サクトが本当にスオウの番だったとしたら、今頃体調に変化が起こっているかもしれん」
「……は?」
今更思い出したのは、すっかりこの、セイと一緒の毎日に慣れてしまっていたおかげだと気づいてカタバは幸せを噛み締めた。

「俺がお前に会ったときそうだった。今思い出したんだが」
身体が熱くてぼうっとしてなにも考えられなくなって、また発情期が来たのかと思って病院に行ったら違うと言われた。大事を取って一日病院で休ませてもらったところで、熱っぽさは引いたが、その後すぐに、また同じ症状が出た。

「一日寝れば治るとは思うんだが」
「そうか。……それではやはり、サクトがスオウの番なのかな。番なんていらないと言っていたが」
「遺伝子に決められたくないって、お前もなかなか俺を番にしてくれなかったがな」
「しかし俺は、番はいらないとまでは言ってない」

カタバは、どっちもどっちだと笑える現在に心の底から感謝したいと思った。薬の効かない特異体質。きっと一生、自分がどれだけ努力しようとも発情期に振り回されるのだろうと覚悟していたというのに、今はどうだ。不規則にある日突然やってきていたものが、今は計算できる。ほぼほぼ三ヶ月に一度だし、万が一突然来たとしても、無関係な他人を誘惑してしまうことはもうない。自分が出すフェロモンはもはや、セイにしか作用しない。

「本当は、初めて見た瞬間から、お前が欲しかったんだ」
「セイ?」
「だけど、番になるのは簡単だけど、万が一俺が先に死んだりしたときのことを考えたら、あまりにも、お前にかかる不利益が多すぎると思った。お前の人生を、俺が狂わせるかもしれないと思ったら、怖かった」

セイはカタバと出会って、オメガは誰かに所有されたいと思っていることを知ったし、カタバはカタバで、アルファに生まれたから人生イージーモードというわけでもないということを知った。アルファに生まれて、転校してくるまでオメガを見たこともないような環境で育って。全員アルファの学校にいれば全員が満点を取ると思ったら大間違いなんだそうだ。

そもそも、アルファは頭も良くて身体も強くて、なんでもできると聞いていて、同級生のトウマなんかはまさにそのとおりだなと思っていたけれど、セイは壊滅的に料理ができない。米の研ぎ方から、カタバが教えたくらいだ。

「一応スオウに電話してみるか。……とは言え、あいついつも出ないからな。ラインでも送っておくか……うーん」
考え込んでしまったセイの携帯を横から覗くと、先週のメッセージにさえ、既読が付いていなかった。

「とりあえず明日、ダメそうだったら、病院に行かせるようにする。なんなら俺が連れていくし」
「そうだな。……もし本当に病院に行くことになったなら、俺が連れて行ってもいい」
セイもカタバも、どちらも成績優秀者に名を連ねている関係で、出席日数は一切問われない。

「それは助かる、かもしれない」
それでも毎日学校に行っている理由は二人それぞれだったが、セイの場合は飛び級試験を控えているからで、カタバよりも、余裕がなかった。

「ところでカタバ。食後のデザートが欲しい」
「は?……なにも買ってこなかったぞ?先に言ってくれればなにか見繕って……」
「そうじゃない」
立ち上がって冷蔵庫を確認しようとしたカタバの腕を引っ張って隣に座らせるセイ。

「ここにあるだろ、甘いものが」
頬を両手で包まれてようやく、カタバはセイが言っている言葉の意味を理解した。

「なっ、お前、なに言っ………」
唇を塞がれてしまっては、それ以上の言葉は紡げなかった。セイの瞳に欲の色が宿っている。

「しようか」
「……先に食器、洗ってしまいたかったのに」

************

「おっはよー!」
いつも元気だが、なぜかいつもの数倍うるさい気がするアリオテスが登校してきて、サクトの前の席に来る。この席順もどうかと思うが、くじ引きの結果だから文句は言えない。

「よっ、サクト!聞いたぞ?番に出会ったそうじゃないか、おめでとう」
「なんの話だ」
「良かったじゃないか、番はいいぞ?」
「まだ番にしてないくせに言うな」

あの場で昨日、なにが起こっていたか、ベータ達にはわからないはずだし、サクトは昨日、中等部の校舎に戻るなりそのまま帰ったし、一体アリオテスはどこからそんな話を聞いたのかと疑問はわいたが、気にしないことにした。

「うつせー!今日こそ襲う!今日こそ俺のものになってもらうんだ!」
「今日ってなんだよ、今日って。お前それ毎日言ってるだろ?」
「ふっふーん、それが、いつもと違うんだなー」
やけに、アリオテスは自信たっぷりだった。

「実はサクトのおかげで昨日初めてアシュタルから電話もらったんだ」
「だからなんだというんだ」

嬉しそうに着信履歴の画面を見せてくるが、正直そんなものどうでもいい。とは言え、見てあげないといつまでも引っ込めてくれなさそうだから、仕方なしにスマホの画面を見てあげる。登録されているアシュタルとやらの顔写真を見ても、全くなにも感じなかった。

「ちなみにー、昨日サクトが出会ったオメガ君はスオウ・カグツチって言うんだってさ。二年生だって」
「……なっ!」
スオウ・カグツチ。昨日見た彼の真っ赤な髪色を思い出して顔に血が昇るのを抑えることができなかった。彼に似合いの名前だと思った。

「名前まで可愛いとか卑怯だ……」
机に突っ伏してしまったサクトが呟いた言葉をアリオテスは聞き逃さなかった。

「いいじゃん、もう遺伝子がーとか運命がーとか言うのやめて開き直っちゃえよ。ストライクゾーンど真ん中の好みだっただろ?そういうもんなんだってきっと」
「ボクは、運命なんて認めない」
「うーん、相変わらず頑固だなぁ、サクト・オオガミ」

いや、むしろお前が軽いんじゃないかとは思ったが、そういえばアリオテスは十年追いかけていたんだと思って、サクトは口を閉ざした。確かに十年も同じ人のことが好きだったら、それは運命なのかもしれない。けれど、自分とスオウは、昨日出会ったばっかりだ。十年、二十年先のことなんて、さっぱりわからないし、サクトには、想像もできなかった。

************

「スオウなら、教室にはいないぞ」
こそこそと、高等部の校舎にやってきていたサクトは、上から突然降ってきた声に驚いて走って逃げそうになった。逃げなかったのは、それより早く、声の主に腕を掴まれたからである。

「自分の番となるべきアルファに出会うと、オメガの体質が変化するということはまぁよくあるそうだ。大事を取って、スオウは午後から病院に行った。俺は今から見舞いに行くんだが、お前も来るか?」
聞いてもいないのに、必要な情報を的確に話してくれたのは、昨日会ったカタバさんの番のセイだった。

「どうしてボクを誘うんですか?」
「スオウのことが気になって様子を見に来たんじゃないかなと思ったからだ。違ったらすまない」
来るなら来いと言われてセイはそのまま玄関へ向かったようだった。会えなきゃ会えないでいい、そのまま帰ろうと思って鞄を持ってきていたサクトも続く。

どうやら二駅だけ、電車に乗るらしい。サクトは黙って、セイに着いていった。
「正直俺も、相手が遺伝子に決められているだなんて、納得がいかなかったよ」
ホームで電車を待っていると、不意にセイが話し掛けてきた。

「昨日の今日でいきなり番になれとは、多分誰も言わない。もう少し、お互いのことを知ってからでもいいと思う」
「あなたに、なにがわかるって言うんですか?」
「お前達のことは、お前達にしかわからないさ」
ムキになって声を荒げるサクトに対し、セイはどこまでも静かに答えた。

「ただ俺も、カタバと出会って、こうして番になるまで、一年くらい、ただ付き合ってたから」
ホームに滑り込んできた電車に乗ってからは、少し声を小さくしたものの、それでもやはり、サクトはセイに食って掛かるような話し方をした。そもそもサクトとしては、憧れだったカタバがオメガだというその事実すら、まだ受け入れられていなかった。

「カタバさんみたいにかっこよくて、勉強もできる人の何が不満だったんですか。ボクにはわかりません」
「そうじゃない。カタバに不満があったわけじゃない。俺が、あいつの人生を縛ってしまうことに、不安があったんだ。もちろん今も、あいつを幸せにしてあげられるのかどうなのか、あまり自信はない」
「あなた本当にアルファなんですか?」

少なくともセイは、サクトの知るアルファにはいないタイプだった。アリオテスのように自信たっぷりに、『結婚しよ!』と言っている方がまだ、自分も含めた一般的なアルファの性格のような気がする。アリオテスはまだ一五歳だから結婚できないんだけれども。

「残念ながら。よく、アルファらしくないと言われるから、それは慣れているよ。さぁ、着いた、降りるぞ」
各駅停車しか止まらない小さな駅は、降りた客もそんなに多くはなかったし、サクトは初めてくる駅だった。降りてすぐに、オメガ専門フルクマクリニックという文字の看板を見て、そういう病院があるのだと、サクトは初めて知った。

「スオウはいいやつだぞ」
改札を出て。唐突にその名前を出され、かあっと頬に血が昇った。

「うるさい……!うるさい、うるさい、うるさいっ!それはボクが決めることだ!」
「それは悪かったな。さぁ着いた。こっちだ」
慣れた足取りで、外来受付の前を通り過ぎ、セイは病棟と書かれた階段を昇っていく。入院しているのか?自分のせいで?と、さすがに緊張の面持ちでセイに着いていったサクトだったが、病室の外まで聞こえてくる騒がしい声に拍子抜けしてしまった。

誰か来ていて、明らかに、遊んでいる。スオウの笑い声が聞こえる。
「失礼する」
「おお、セイか!」

スオウの病室にいたのは、カタバと、それからサクトが初めてみるアルファだった。金髪の長い髪を頭の高い位置で結っている。ひと目でアルファとわかる美形。その三人で、テレビゲームで遊んでいた。

「おやおや、君が噂のアルファ君だね。僕はスクナ。一応ここの人になるのかな。まだ学生だけどね」
セイの後ろから現れたサクトを見て、スオウは黙りこくった。昨日のような激しい動悸はない。が、平静ではいられなかった。それはサクトも同じ。

「二人っきりで少し、話すといいんじゃないかな」
「そういう、ものか?」
あっけらかんと提案したスクナの言葉に、カタバが疑問の声を投げかける。

「そーそー。僕の部屋でお茶でもする?」
「スクナさん、そうやってさり気なく俺のカタバに触るのはやめてください。セクハラで訴えますよ」
「えーっ、ちょっと腕つかむくらい、いいじゃない!!」
「あなたはだめです」

これがアルファの縄張り争いか、やれやれと思いながら、カタバはベッドの横に椅子を出し、サクトに座るよう促した。
「じゃーね、スオウ君、なんかあったら呼んでね」
騒々しく三人が病室から出て行って、沈黙だけが残る。いきなり二人きりにされて、どうしろというつもりなんだろうか。

「えっと、あの。……俺、スオウ・カグツチっていうんだ」
「ボクはサクト・オオガミだ。……どこか、具合、悪いのか?」
「ああ、いや、自覚症状はあんまりないんだけど、どうもホルモンバランスが不安定みたいでさ。様子見るって言われたから」
「……それはやはり、ボクのせいなのか?」

「俺も初めてのことだからわかんねーんだわ。……って、当たり前か。一生に一回のことだもんな」
なんでもないことのように言う割には、スオウの病院着の合せ目から、なにか身体に機械を付けられているのは見える。なんでもないことはないのだろう。それを原因である自分に話してくれないのは、信用されていないからか、それとも心配させまいというただの気づかいなのか。

スオウの本心が知りたくて、どうしたら話してもらえるかと考え込んでしまった瞬間、どうしてそこまでして本心が知りたいのか、そもそもなぜ自分はこんなところまで来てしまったのか、唐突に冷静な自分が帰ってきてサクトは頭を抱えた。

スオウの顔が見たかったのも、会いたいと思ってしまったのも話したいと思ってしまったのも事実だ。スオウがなにを考えているのかわからないだけでこんなに不安になる。普段の自分ではあり得ないことだった。スオウが番ということはむしろ、これが本当の自分だったのではないだろうか。

「調子狂う」
「えっ、俺のせいか?」
「ほかに何があるって言うんだ?君はボクをどうしたいんだ?どうして、こんなことに、なったんだ?」

サクトが立ち上がってスオウに迫る。どうしたいと言われても、答えるべき言葉を持っていなくて、スオウは返事をすることができなかった。
「お前こそどうなんだよ?昨日は、番なんかいらないって言ってて、今日ここに来るって聞いた時は、嘘だと思ったんだけど」
「ボクは番なんていらない。いらないと思っていた。なのに、どうしてなんだ。どうしてボクは」

こんなにもお前を欲しいと思ってしまうんだ。
その言葉の続きを無理矢理飲み込んで。サクトは鞄を抱えて病室を飛び出した。あれ以上同じ空間にいたら、確実にキスしていた気がする。スオウが欲しい、抱きたい、その首筋に噛みつきたい。

サクトの中に生まれた欲望は、この先、一生、消えることはない。



























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