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海よりも深い青 R-18




トウマが仕事から帰ると、屋敷の中が慌ただしかった。
「どうしたんですか?」

玄関で出迎えてくれた家政婦に問うと、彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。
「実は、晩御飯でお呼びしたのに、キュウマ様がお部屋にいらっしゃらなくて」
「キュウマが、ですか?」
「はい。帰宅されたのは間違いないですし、その後出掛けられた様子もなかったのですが……」

キュウマはもともとこの家の住人ではない。が、時期当主のトウマの番とあって、それはそれは過保護なくらい大事にされている。キュウマに対して、オメガだなんだという発言をする者はこの屋敷にはいない。
靴を脱いで、コートを預けて。一階も二階も慌ただしく数人の家政婦が動いているのだろう足音を聞きながら、リビングへ向かう途中の廊下でトウマの嗅覚はキュウマの匂いを捉えた。

「あ、いましたね。……大丈夫ですよ。キュウマはこの家の中にいるようです。探さなくていいと皆に伝えてください」
「わかるのですか?」
「ええ。あの子は私のものですからね。そうだ、今日の夕飯はおそらく、夜食になると思います。今すぐは食べられないと思うので、申し訳ないですが下げておいてください」
「はい、かしこまりました」

アマノ家の一族、つまりトウマの家族や親戚はほとんど全員アルファだったが、使用人は当然違う。自分の番となるものの匂いはわかるのだと説明しても、理解してもらうのは難しいだろう。
トウマと番になったことで、キュウマの首筋から、ベータさえも寄せ付けるようなフェロモンは、一見出なくなった。が、今でもキュウマからは甘い匂いが出ているし、発情期だってある。ただ、その全てがトウマにしか影響がないだけで。

一旦自分の部屋に戻り、部屋着に着替えたトウマが向かったのは離れへ続く廊下。この途中に、今はほとんど使われていなくて、物置のような扱いになっている部屋があるはずだった。
「家が広いというのも考えものですね」
この部屋に置かれているのは当然、すでに使われなくなったもの。小さい頃に見覚えのある絵本や、古いアルバムを見つけ、自分の代になったら片付けようなどと思いながらトウマは部屋の奥を覗き込む。

畳一畳ほど。ほんの少しのスペースで、キュウマは丸くなって眠っていた。
キュウマの周りにあるのは古典の教科書と、トウマのシャツ、いつの間にか一個減ったと思っていたクッション。それからTシャツやネクタイや靴下と、極めつけは昨夜風呂上がりに一時間だけ履いていた下着。脱ぎ捨てた後はそのまま全裸で抱き合って寝、朝は新しく箪笥から出して履いたものだからすっかり忘れていた。

自分の番の持ち物を集めて自分の身の回りに置いておくと安心する、いわゆる、オメガの巣作りというやつだった。
「かわいいことしてくれますね」
自分のシャツを避けて、隣に座ろうとしたところで、無くしたと思っていた自分のボールペンまで発見してしまった。

抱いて部屋に連れて帰るつもりだったが、すっかり安心しきった表情で眠るキュウマを見ていたら、なんだか起こすのが可哀想になってきた。確か、この部屋には普段あまり使わない毛布もあるはずだと思い出したトウマは、キュウマの横に座って、箪笥に寄りかかりそのまま起きるのを待つことにした。

オメガの巣作りは特段珍しい行動でもなんでもない。ただ、トウマとキュウマのように、アルファ側の家で一緒に暮らしていれば、生活スペースのあらゆるところにアルファの匂いのするものがあるはずで、家そのものが巣のようなもので。そのせいか、キュウマがこのように、巣作りをすることは今まであまりなかった。

とはいえ、これだけの量のトウマの私物を、今日一回でここへ運んできたとは考えにくく、これまでも度々、この部屋で過ごしていたのだろうということはなんとなく想像できる。
自分の気配に気づかないほど、ぐっすり眠っているキュウマが握りしめている自分の下着。

「そんなに、寂しい思いをさせている自覚はなかったのですが」
成績優秀者に該当するトウマは、ほとんど学校に行くことはない。だから、陰陽師の仕事も、なるべく昼間、キュウマが学校に行っている間にするようにはしていたが、今日のように遅くなることもある。泊りがけになることもある。

「発情期も近いのでしょうかね」
発情期を抑制するための薬は、毎日飲んでくれているはずだが、それでも、飲まなければいつ頃来るかという日程は、トウマもだいたいは把握していた。
カレンダーを思い浮かべてみるが、確かにいつもより少し、甘い匂いが強いような気もする。ただ、この閉ざされた狭い空間にいるせいだという可能性も否定はできない。

番の匂いで精神が落ち着くのはなにもオメガだけではない。キュウマの甘い匂いを嗅いでいると、トウマにも、だんだんと睡魔が襲い掛かってきた。
「今夜は一回じゃ許してあげません」
箪笥にもたれかかったままいつのまにか、トウマも静かに寝息をたてていた。

************

いつもどおり、ちょっとだけ昼寝のつもりだった。

高校生でありながら、有能な陰陽師でもあるトウマは、家業を手伝っていて、時々家を空ける。
番になった時お互い中学生だったにも関わらず、トウマがいろいろ裏で手を回してくれて、あっという間にキュウマはこの屋敷で暮らし始めた。まだ籍は入れていないが時間の問題である。部屋を改装してくれて、トウマとキュウマ二人の部屋にしてもらったお陰で、勉強用のスペースと、ベッドのある部屋と二間続きの二人の部屋は、機能的で、勉強もちゃんとできるし、居心地がよかった。ただし、それはトウマと二人で過ごす場合の話だ。

「……えっ!?」
起き上がったキュウマは、自身の背にかかっていた毛布にまず気づき、それから、すぐ横で箪笥に寄りかかってうとうとしているトウマに気がついて声を上げた。
叫んでしまうかというほどの驚きだった。

「な、な、なんでいるんだよ!?」
その声で、トウマがうっすらと瞼を上げる。

「起きたんですか」
「お前、なんで、いるんだ!」
「キュウマがここで寝ていたからですよ」

両手を広げて、おいでという身振りをするトウマにキュウマは逆らえない。もじもじと膝で近寄っていくと、ぎゅうっと抱きしめられて、唇が重なった。
すぐに深く口付けられて、舌を絡め取られる。瞳を閉じて、されるがままになっているだけだが、これ以上に甘いキスをキュウマは知らない。

「同じ部屋で一緒に暮らしていれば、巣作りはしないのかと思ってました」
トウマの手のひらがキュウマの頬を撫でる。頬から伝わる体温だけで、キュウマの身体は熱く、疼いた。

「そ、それは、その、なんていうか、別に」
二人の部屋になんら不満はない。ただ、一人で過ごすには広すぎる。広すぎて、寂しいから、狭いところにいると落ち着く。トウマの匂いがすればなお落ち着く。そんなこと、キュウマは言えなかった。

「なんでもない」
キュウマがなかなか言おうとしない時は無理矢理聞き出しても仕方ないということをトウマは知っている。

「私の匂いがするものと、私本人だったら、どっちがいいですか?」
「そ、そんなの、お前本人に決まってるだろうが!」
腰のあたりをぎゅうっと抱かれているから逃げられない。それでも、照れ臭くて恥ずかしくて、キュウマは精一杯顔を反らして言った。

「良かった。……自分の下着に嫉妬するところでした」
「下着……?」
「ええ。寝てるときから、ずっと握ってますよ?」

言われてようやく、キュウマは自分がトウマの下着を握りしめていたことに気がついた。ちなみにハンカチかなにかだと思っていた。同じ布でありながら、下着と言われたことで、連想がセックスに直結し、キュウマの身体はますます熱くなった。

「こ、これは!」
「直接私の肌に触れていたものですから、一番匂いがするんでしょう?かわいいですね、キュウマ」
身体を捩って逃げようとするキュウマの背中に腕を回してキス。舌を絡めて、キュウマの身体から力が抜けたところで、トウマはシャツの裾から手を突っ込んだ。

「あっ、ゃ、ぃっ、……っ、だめ」
今直接触れられたら、我慢できなくなってしまう。オメガの本能が、番の精子が欲しい、孕みたいと言っている。後ろを向いて逃げようとしたが、どうやら逆効果だったらしい。ぐいっと腰を抱かれて、首筋を舐められながら胸を触られる。

残念なことに、身体を震わせながら喘ぐキュウマの乳首を攻めるトウマにはドSの自覚があった。ドSと言っても、縛りたいとか痛めつけたいなどというものはない。ただただ、キュウマが感じている姿を見るのが好きだった。気持ちよくなって、半泣きで達する姿を見るのが好きだった。一緒に住み始めてからほぼ毎日しているせいで、キュウマが感じるところは、たとえ目隠しをされていたとしてもわかるだろうという程、知っていた。

「トウマ、やだ、無理、もうだめ」
「キュウマがあまりに可愛いことをするものだから、ベッドまで我慢できそうにありません」
「え…?」

向き合うよう、前を向かされて、キスされる瞬間に見えたトウマの表情は、キュウマですらあまり見たことがないほど、余裕のない顔をしていた。学校で、女子達が騒ぐいつもの涼しい目元はどこかへ消え失せ、眉根を寄せて、少し苦しそう。トウマのこんな表情を見れるのは自分だけなんだと思うと、オメガに生まれてきて良かった気さえする。

長袖Tシャツをたくしあげられて、トウマの唇がキュウマの胸の飾りを刺激した。時々歯を立てられながら舐められるのは、指とは比べ物にならないほど、強烈な快感だった。毎日毎日触られ過ぎて、少し痛くなっていることさえ、キュウマには快感だった。

「あああ、やだ、トウマっ、トウマっ」
びくんびくんと、背中を仰け反らせながら、快感に震えているキュウマが愛おしかった。時々声を我慢するように、ぐっと腕に力を入れて、それでも耐えきれず上げる声を聞くのがトウマは好きだった。

「トウマ、い、いれて。も、我慢できな……っ」
散々開発されたキュウマの身体はこのまま乳首を弄られるだけでもイケる。が、一人だけイカされるのが、今は嫌だった。見ててやるから一人でイってみろと言われれば、いくらでも一人でするのだが。余談だが、オナニーシヨーを強要した後のトウマはいつもよりねちこく抱いてくれる。抜かずの二発も当たり前で、なにがトウマをそういう気分にさせるのかはわからなかったが、とりあえずキュウマが拒否することはなかった。

「ここでは駄目です」
「でも、欲しい……」

返事はわかっていたが、それでもキュウマはねだるしかなかった。正直前より後ろの方が気持ちいい。とりあえずセックスするなら入れてもらわなければ気がすまないのはたぶん本能だったけれど、相手がトウマならそれでもいいような気がした。トウマの青い、綺麗な色の瞳が、欲情する時、そこに映っているのは自分だけなのだ。この、青い瞳の色が好きで、持ち物や服にはなるべく青いものを選んでいることをトウマは知っているのだろうか。

「とりあえず一回、出しましょう」
とん、と背中が床について、頭の後ろにクッションがあてがわれる。スウェットパンツを下着ごと、膝まで下げられて、同じような格好になったトウマと中心を二つ重ねて扱かれる。

「キュウマ、愛してますよ」
「ば、ばかやろう!……っ、ばかっ、ああっ」
不意打ちで愛を囁くと、憎まれ口しか返ってこない。そんなところもかわいくて仕方がないのだからどうかしていると思うが止まらない。

「……っ!」
連日しているだけあって、出るものはそう多くはない。ほとんどがトウマの手のひらの中に収まって、とりあえず安堵の息を吐いた。さすがにこの場で着ているものを汚したくはなかった。

「トウマ」
キュウマが腕を伸ばし、首の後ろに回して呼ぶものだから、そのまま唇を重ねる。キュウマの口の中は、はちみつのように甘かった。やはり発情期が近いのだろう。

「キュウマ、その下着、貸してください」
「は?……えっ?」
結局ずっとキュウマに握られていた昨夜の自分の下着でとりあえず、出たものを拭った。

「あー、もったいない」
「もったいないじゃないでしょうが、まったく」
自分の番であるアルファの体液を欲しがるのはオメガの習性なのはわかっているが、こんなベタベタの手のままでは戻れない。

「ところでキュウマ。疼いてるのはわかってますが、私は、あなたを抱くのはベッドの上がいいんですが」
「わ、わかってる」
要するに早く部屋に戻ってしようと誘っているわけなのだが、するすると下着とスウェットパンツを上げたキュウマが、なかなか腰が重く、立ち上がらない。

「……キュウマ、一人部屋が欲しいんですか?」
トウマは、座り込んだままのキュウマの前にしゃがんで顔を覗き込んだ。
「そういうわけじゃないんだが……」
「まさか、私と一緒の部屋は嫌ですか?」
「そんなわけないだろう!」

間髪入れずに返ってきた言葉に、トウマは安堵したように微笑んだ。
「良かった。一緒の部屋が嫌だと言われたら、泣くところでした」
「お前が泣くところなんて見たことないわけだが」
「おや、そうですか?」

あなたになにかあったら普通に泣くと思いますよと、さらりと言われて悪い気はしない。それどころか、トウマの言葉が本心だとわかるからこそ、なんだかくすぐったくて仕方ない。

「キュウマ。そろそろ教えてください。どうして、こんなところで寝ていたのですか?」
キュウマが考えていることは、できれば全部知りたいそれなトウマの本心だったから諦めない。

「……お前が、いないときの、二人の部屋は、広くて寂しい」
「……え?」
長い沈黙の後の、キュウマの告白は、トウマにはあまりにも予想外だった。

「狭いところにいると落ち着くんだよ!なんか、子どもの頃のお前の写真とかあって、それでつい、ここで」
「見たかったんですか?」
「そうじゃない、たまたま見つけただけだ」

ぷいと横を向いてしまったキュウマの頭を撫でて、長い髪の毛に指を絡めると、キュウマは観念したようで、じいっとトウマの目をみて言った。
「お前が、俺を一人にしなきゃいい話だろう。別に一人部屋が欲しいわけじゃない!」
「わかりました」

照れくさいのか恥ずかしいのか、再び横を向いてしまったキュウマに触れるだけのキスを落として、トウマが立ち上がる。
「わかりました。この部屋は片付けなくていいですよ。この下着だけは持っていきますけど。あ、教科書は持ってきて下さいね」

クッションやシャツやネクタイや靴下。それはそのままでいいという、予想外の言葉にキュウマはぽかんと立ち上がったトウマの顔を見上げるだけだった。
「現状ここはただの物置ですからね。もう少し、キュウマが快適に過ごせるように工夫してもらいましょう。もちろん、狭さはこのままでね」
勝手にトウマの私物を持ち出して、勝手に物置を使って、怒られることまで覚悟していたキュウマは拍子抜けして言葉を失った。

「あとは、そうですね。寂しい思いをさせた穴埋めをしなければなりませんね。なんなら部屋まで抱いて行きますよ」
「恥ずかしいからやめろ」
「この家の者は今更なんにも言わないと思いますが」
「そういう問題じゃない」

脱衣所に寄って下着を洗濯機に放り込んでから部屋に戻るまでの間、二人はずっと手を繋いでいて、繋がった指先から、幸せが溢れてくるようだった。
「そう言えば、今夜は一回じゃ済ませてあげられそうにないので、覚悟してくださいね」
そう、微笑みながらも強い意志を持って光る青い瞳に、逆らえるはずが、ないのであった。

























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