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「ただいま」
玄関を開けて、靴を脱ぎながら声をかけると、ぱたぱたと廊下を走ってくる音がする。鞄を床に置いて、両手を広げて待つこと数秒。

「カタバ、おかえり!」
首に腕を回して抱きついてくる可愛い恋人の背中と腰に腕を回してぎゅうっと抱きしめ返すと、今日の、いや一週間の疲れがいっきに飛んで行くようだ。
「ただいま、セイ」

もうずっとそのままでいたいがそういうわけにもいかぬ。名残惜しいが身体を離し、鞄を取って廊下を歩き始めた。
「セイ、晩御飯は食べたか?」
「食べたよ?」
他愛もない話をしながら、2人でリビングに向かう。たいして荷物もない殺風景な部屋も、セイが居てくれるだけで全く別のものに見えてくるのだから不思議だ。

「何を食べた?」
「コンビニの、チャーハンだけど…」
隣にある、一番狭い衣装部屋として使っている部屋とリビングの境目でコートとジャケットを脱ぎながら、カタバはふうっと息をこぼした。

セイは料理が苦手だ。というより家事全般、基本的に苦手だ。そのことについては全く問題はない。
料理なんて自分が作ればいいことだし、洗濯だって今は乾燥までやってくれるから、休みの日にまとめて回せばいい。

ただ、今日のように、カタバが仕事で遅くなって、なおかつビジネスディナーを食べてくることになってしまったような日は、どうしても作ってあげることができない。
ちょっとだけ、タバコの臭いが付いてしまった上着とコートをファブリーズしながらカタバは、ソファの上でもじもじと下を向いているセイになおも声を掛けた。

「別にコンビニが悪いとは言ってないぞ。無理になにか作ろうとして、怪我をされるよりはマシだ」
「そこまでじゃないもん!」
ぷぅっと頬を膨らませて、不貞腐れるセイが可愛くてたまらなくて、カタバは自然と頬が緩んだ。

「明日はなにか作る。…なにが食べたい?」
「ええっ!なんでもいいよ!」
「なんでもよくないだろうが」

好き嫌いが多いくせに気を遣う。それが性分なのは百も承知なのだが。
スラックスを脱いでハンガーに掛けてから、カタバはリビングのソファで下を向いているセイの横に座った。部屋着に着替えようかとは思ったのだが、どうせすぐシャワーに入るつもりだったから、もう一度脱ぐことになるのが面倒くさくて、クリーニングに出す予定のシャツと、下は下着姿のままで。

「明日買い物に行くか?セイが食べたいものを作ろう」
「それはいいけど…。なぁ、カタバ」
「どうした?」
ぷちぷちと、1つずつシャツのボタンを外していたカタバはセイの顔が赤いことには気づかなかった。

「俺、もう、シャワー入ったよ?」
「え?」
カタバが慌てて顔を上げると、言ってしまってから恥ずかしくなったのかセイはクッションを抱えてぷいっと背を向けてしまった。

「そ、それはつまり、そういう、ことだと思っていいんだよな?」
「知らない」
顔を背けたままのセイがどんな表情をしているのかカタバには想像がつく。無理にこっちを向かせようとすると、とんでもなく怒ることも。

「すまん、セイ。シャワー浴びてくるから、寝室で待っていてくれ」
一度後ろから、セイの肩をぎゅうっと抱いて。カタバはソファの上にシャツを脱ぎ捨て、リビングを後にした。

「言ってしまった……」
リビングに残されたセイは、肩を抱かれた腕の余韻に浸りながら、一人呟く。

明日は土曜日で休みのはずだから、絶対してくれるだろうとわかっていて、わかってはいたけど我慢できなくて、あんな言い方で露骨に誘ってしまった。

むしろ、おかえりと言って玄関で抱きついたその場で押し倒してくれてもいいのになとまで思ってしまう自分の気持ちに、少しだけ呆れていた。
とてもじゃないけどカタバには言えない、言いたくない。

それに、言ったところで、いきなり玄関で押し倒すなんて、きっとカタバはしないと思う。
寝室で待っていろとカタバは言っただろうか。

こういうとき、短髪のカタバがシャワーに入っている時間は本当に数分である。頭も身体もまとめて一気に洗ってしまうらしい。そろそろ出てくるだろうから行こうかと、それまで抱いていたクッションを置いた時、セイの目に止まったのはカタバが脱ぎ捨てていったシャツだった。

シャツは、まとめてクリーニングに出してしまうから、洗濯機の中に入れたり、掛けておいたりしなくて大丈夫だとは言われていたけれど。
セイはそうっと、薄い水色のストライプが入ったシャツを両手で取った。

「カタバの匂いがする…」
両手で抱えて、顔を埋めると、セイの大好きなカタバの匂いがした。
帰ってきたとき、ちょっとだけ煙草の臭いがしたし、お酒の臭いもしたけれど、どうやら今日一緒に夕食を食べていた相手が喫煙者だったわけではないらしい。

寝室で待つよう言われたのだから、行かなきゃという思いはある。頭ではわかっているが、今手の中にある大好きな人の匂いを、もう少し嗅いでいたかった。

「…ちょっと着てみようかな」
長袖Tシャツのままそうっと袖を通してみる。シャツの上からだというのにすんなり着れてしまって、知ってはいたけれど、改めて体格差を思い知ってしまった。

首周りにしろ肩幅にしろ袖の長さにしろ、セイより一回り大きい。
カタバの匂いがするシャツを着ていると、カタバに抱かれているような気になった。

二の腕や肘のあたりを顔に押し付けてみるとやっぱりカタバの匂いがする。安心するし、落ち着くし、でも少しだけ、エッチな気分にもなる不思議な香り。たぶん体臭なんだろうけど、誰かのものをこんなに好きだと、愛おしいと思うのは初めてだった。

一通り、カタバのシャツを満喫して、ふとセイは、カタバがシャワーを浴びに行ってから10分以上は経っていることに気づく。
いつもならカタバはとっくに上がっているはずなのに、どうしたんだろう?まさか寝室で待ってるのかな?それとも、疲れてたみたいだからまさか寝ちゃった?

セイは慌てて、カタバのシャツをそうっとソファの上に置いて、立ち上がる。が、すぐに足を止めた。
と言うのは、寝室に向かう廊下の前で、腰にバスタオルを巻いただけのカタバがしゃがみ込んで、壁に額を擦りつけていたからだ。

「…なにやってるんだ?」
「い、いや、なんでもない!すまん、寝室にいなかったから、迎えに来たのだ…」
そこでようやく、普段あまり表情を変えないカタバが真っ赤になっている理由に、セイは気がついた。

「ま、まさか、今の見てた…?」
「いや、す、すまん!そんなつもりはなかったのだ!いや、ただ、その…」
「カタバの馬鹿ぁっ!!」

どこから見られていたのか知らないが、『カタバの匂いがする』とか、声に出して言ってしまっていたような気がする。急に恥ずかしさがこみ上げてきて、セイは考えるより先に、カタバを思い切りグーで殴りつけていた。

「す、すまん!あまりにも可愛いことをしてくれるものだから、つい、声をかけづらくて!本当にすまん!ごめん、セイ」
すまん、すまん、ごめん!とひたすら謝り続けるカタバの肩を隣に座り込んだセイは泣きながら叩いていた。

恥ずかしいやら頭にきたやら泣きたいやら、もう感情がぐちゃぐちゃで、どうしたらいいかわからなかった。なんと言ったらいいかわからない分、涙がボロボロ溢れてきて、カタバの肩をバシバシ叩くことしかできなかった。カタバの肩は、それはもうすっかり赤くなっているのだが、避けようともせずに黙って叩かれながら、ごめんと繰り返すばかりである。

「うっ…馬鹿、カタバの、馬鹿…!っく」
散々暴力に訴えて気が済んだのか、ようやくセイの嗚咽が治まってきた頃。

「セイ、ごめん」
カタバの大きな手がセイの両頬を包み、そっと、唇が重なった。
「!!」

予想していなかったのか、セイは目を見開いたまま、息をするのも忘れて身を強張らせる。
「これで、機嫌を直してくれるか?」
真剣な瞳に見つめられて、セイはずずっと鼻水をすすってから、小さくこくんと頷いた。

「そうか。良かった、それじゃあ、寝室に行こうか」
手を取って、立ち上がろうとしたカタバの腕を逆にセイは引っ張り返す。俯いたままで。

「どうした?」
「俺の方こそ、殴ってごめんなさい」
座り込んだままのセイの目の前にもう一度膝を着いたカタバは。

「大丈夫だ、これくらいなら、慣れてるからな」
「慣れてるって!それじゃ、俺がいつも殴ってるみたいじゃないか!」
明らかに左頬も左肩から二の腕あたりも真っ赤に腫れているのに、カタバはセイの頭を撫でながら笑ってみせたのだ。

「まぁ、いつもということはないがな。…でも初めてでもないぞ?」
「うっ…」
それを言われると反論できない。喧嘩になると、いつも手や足を出すのはセイだけだった。恐らく、カタバが本気でセイを殴ろうものなら、細身のセイの身体は吹っ飛んでしまうだろうけれど。

「さぁ、行こう。立たないのなら抱いていくが」
いつもいつも、自分を軽々と抱き上げてしまうカタバに向かって、セイは両手を広げて差し出した。小さい子が抱っこをせがむようなポーズで。

「なんだ、本当に抱いて欲しいのか?仕方ないな」
仕方ないなどと言いながら、セイの両腕を自身の首に回し、背中と膝の裏で身体を支えて少し嬉しそうなカタバは二人の寝室となっている部屋に歩いてゆく。

ゆっくりとベッドの上に降ろし、そっと押し倒して口付けてやると、しがみつく腕に力が入り、静かな部屋に濡れた音とセイの吐息だけがこぼれた。

「セイ、好きだ」
「んっ…」
耳元で囁かれて声が漏れる。
裾をまくり上げられて、するすると部屋着が慣れた手つきで脱がされていく。

もう一度好きだと囁く熱っぽい声を耳のすぐ近くで聞きながら、セイはカタバに身体を委ねた。






















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