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古琴之友(こきんのとも)

     ※自分のことをよく理解してくれる友人のこと。

セイ・シラナミは大学2年生である。

工学部機械科に所属し、成績ははっきりいって上位、教授たちからの評価も高い。が、唯一の欠点が、極度の人見知りであった。
初対面の人になにを話したらいいのかわからない、頭が真っ白になって緊張で心臓が口から飛び出てきそうとは本人の談で、おかげ様で友達は少ない。

見た目は悪くないというより、その線の細さと、物腰の柔らかさで、今でも時々女性に間違われるほど綺麗な顔立ちをしており、女性の方から声をかけられることがないわけではない。
そんなセイの、ほぼ唯一の親友をスオウ・カグツチという。

世の中には、人見知りもいれば、むしろ人見知りなにそれ美味しいの?というほど、物怖じしないタイプも存在し、そういった意味ではスオウはセイの正反対になる。
スオウは誰とでも仲良くなれたし、話題には事欠かなかったし、そもそもスオウの人生で、自分から話しかけて仲良くなれなかった人物はいなかった。

そう、自己紹介をしようとしただけで、走って逃げられたのはセイが初めてであった。
最初数秒唖然とし、それから沸々と、スオウの中で何かが燃え上がる。絶対あいつと仲良くなってやる、と。

セイもセイで、人見知りとは言え、知った人と話すこと自体や、話すべき内容が決まっている時などは特別問題もなかったから、毎日のように追いかけまわされているうち、スオウに慣れたというのが本当のところである。

慣れてしまってからは、スオウのお化けのようなコミュニケーション能力のおかげで回ってくる情報がセイにとっても重要なものだったし、スオウはスオウで、セイに勉強を教えてもらったお陰で落とさずに済んだ単位もあって、いつの間にか二人は親友になっていた。

当然、時間割は一緒に作ったし、毎日昼食も一緒に食べた。このまま研究室も、同じ所に所属することになるだろう。

「なぁ、セイ。…お前もしかして、彼女でもできたのか?」
いつも他愛のない話でセイを笑わせてくれるはずのスオウが、なぜだかその日は、神妙な顔つきで、テーブルの上に顎を乗せてセイを見上げていた。

「そんなこと、あるわけないだろ?…なんで?」
セイは、触っていたスマートフォンを置いて、心底驚いたような表情でスオウを見返した。

「だってお前、最近ずーっとスマホ弄ってんじゃん?しかもなんかすげー嬉しそうな顔してんじゃん?」
「……そんな顔、してる、か?」
無意識の自分の行動と表情に、セイ本人が一番驚いたようだった。

「誰とやり取りしてんのか知らねーけど、俺とミコトより、多いんじゃねぇ?」
「そ、それはお前たちが少ないんじゃないのか?」
「そうかなぁ?」
ミコトとはセイも何度か会ったことのあるスオウの彼女である。同じ学内にはいるものの、学部が違うため昼休みに会うことはあまりない。授業の後は、毎日会っているらしいのだが。

「だってよ、学校の後は毎日会ってるし、毎日一緒にいるんだぜ?そんなに話すことなくね?」
「ま、毎日会ってるなら、そうかもしれないが…」

断りきれなかったり、断ったつもりが上手く伝わっていなかったりで、セイも一応異性とお付き合いをしたことはある。が当然それは、相手に会えなくて辛いだとか、連絡がなければ不安だとか、そういった感情を伴ったものではなかった。

「なぁ、ぶっちゃけ、誰とやり取りしてんの?こないだ言ってたかっこいいサラリーマン?」
「う、うん」

慣れないバイトで疲れていた時に、たまたま駅で再会したサラリーマンがタクシーで送ってくれた話はスオウにはしてあった。
サラリーマンではなくて、実は若社長であったことにセイは気づいていたが、そこまでスオウに説明することはないだろうと、そのあたりは曖昧に濁してある。

「どんな返信くんの?」
「えっ?…えっと、今日は、昼休みにヒレカツ定食食べたよ、とか…」
セイが差し出したスマホの画面には、確かに大盛りらしいヒレカツ定食の写真が表示されていた。

「…全然食わねーから心配されてんのか、そういうことか」
「お前の食べる量が多いだけだろ?」
「いやいやいや、俺は普通。お前いっつもおにぎり一個とかパン一個じゃん?あんまり食えないってのは聞いたけどさ、同い年の男だろ?心配にもなるわ」
ちなみにスオウは毎日、学食で定食やらカレーライスの大盛りやらを食べている。確かに二十歳の男性としては普通かもしれない。

ポンと、セイのスマホから通知音が鳴り、新しく届いたメッセージには、先ほどの定食がすっかり空になった写真が添付されていた。
『キャベツとご飯はおかわりしたぞ!』

早速。なにやら嬉しそうに返信する親友の表情を見て、スオウはちょっと心配になってしまった。
(お前、今自分がどんな顔してるか、わかってるか?)

************

セイ君に会いたい。
なのに、どうして今自分はこんなところにいるのだろうか。

たまたま会社の決算期だった。正直修羅場だった。
やっと終わった、これで帰れる!と思った途端、スクナがアポなしでやってきて、飲みに連れ回され、すでに何軒目かもわからぬ。

「ねぇ、なんでそんな渋い顔してるの?恒例の打ち上げでしょ?」
言われて気づく。確かにそうだ、この時期は毎年、修羅場から解放された勢いでスクナと朝まで飲んでいたんだった。

もう東の空が明るくなってきている。そんな時間に連れて来られたのは、スクナには珍しい、いわゆるキャバクラだった。
「はーい、みんな飲もう飲もう!とりあえずー、今日はお祝いだからドンペリ持ってきて!」
「…お前なぁ」

ため息を零すと、スクナは心底驚いた表情で。
「えっ?なんで?毎年やってんじゃん?」

いつもの行きつけの高級クラブは、曜日の巡り合わせが悪く、今日は自分の担当の子が休みでこっちに来たらしい。
「…そう言われれば、そうなのだが」
さすがに寝たのだろう、2時を過ぎたあたりからセイくんからの返信はない。

『飲み過ぎないでくださいね』
そんな何気ない一言がここまで嬉しいとは思わなかった。

「ねぇ、カタバくん!…今日さ、ずーっとそっちの携帯見てるよね」
「……は?」
グラスを押し付けられて、ぐいっと飲み干したら、わざわざスクナの手ですぐに注がれる。もっと飲めということらしい。

「そっちってプライベート携帯でしょ?なにがあったのかそろそろ白状しなさい!」
「なにが…ってなにがだ?」

スクナは当然のことながら、空気は読める男だとこの腐れ縁の友を評価していた。
いつもなら、連絡先を交換するときくらいしか携帯は出さず、豊富な話題を提供して会話を楽しむはずのカタバが今日は違う。気が付くとスマホの画面を見ている。しかも、誰かとメッセージのやり取りをしている。

肝心なことに限ってはとことん口が堅いこの男も、酒が入れば少しくらいは話してくれる気になるだろうと思って飲ませているが、いかんせんザルである。スクナ自身も相当酒には強いが、そろそろ面倒くさくなってきた。

「君とはいい加減長い付き合いになると思うけど、そんなふうに、ずっとひたすら携帯触ってる姿なんて、初めて見たからね?」
ムッとした表情で詰め寄るスクナをポカンと数秒見つめた後。

「そういえば、初めてかもしれん」
言われるまで、自分でも気づかなかった事実を、カタバは口にした。

そうだ、初めてだ。こんなにも、相手からの返信が待ち遠しいと思うだなんて。
どんなに眠くても、メッセージが来てないかどうか確認して、返してから寝るだなんて。朝起きたら必ず、毎日『おはよう』というメッセージを入れるだなんて。

そもそもだ。朝まで飲むことなんて、自分にとっては別に珍しくもなんともなかった。
朝まで飲んだ日は、いつもそのままシャワーだけ浴びて出勤していた。時間を忘れて飲むのが楽しかったし、酒も好きだったし、スクナと2人で話すのも楽しかった。

だが、今日は帰りたいと思ってしまった。セイくんのたった一言で、早く帰って寝ようと思ってしまった。飲み過ぎてないから大丈夫だと報告せねばと思ってしまった。

「相手は誰?僕の知ってる子?…っていうか、まさかと思うけど、こないだ言ってた、一目惚れした子じゃないだろうね?」
スクナが周囲を気にして性別がわからないような言い方をしてくれていることはわかっている。なんだかんだ頭の切れる男であることは間違いない。こいつに話したところで害はない。

カタバはグラスに注がれた酒を飲み干した。
「そのまさかだ。先日、偶然再会して、連絡先を交換した」

じいーっと、かなり長いこと、スクナは無言のままカタバを見つめて。
「今度その子紹介して、連れてきて。…君をここまで夢中にさせるって、どんな子なのか、純粋に興味あるんだけど」
「多分嫌がると思うぞ。人見知りだって言ってたからな」

スクナにすごく可愛いんだぞと、自慢してやりたい気持ちは確かに、少しだけある。とは言え、まだ2回しか会っていない、写メの1枚も持っていない。自撮り写真を送ってくれという勇気もない。

「じゃあ、どうして君とはそんなことになってんの?」
「……さぁ?」
「なにそれぇー!」
不貞腐れた表情のスクナの肩をポンポンと叩く。が、スクナは納得出来ないようだ。

「もうー、僕今まで、君に何人女の子紹介してきたと思ってんの〜?」
「まぁ、そうだな。…すまん」
「もういい!飲んでやるんだから!ちょっとドンペリもう1本持ってきて!」
「…まだ飲むのか」

ため息を落とすとキッと睨まれたが、いやな気はしなかった。
むしろスクナに指摘されたことによって、自分はそこまでセイくんのことが好きだったのかと、改めて実感してしまったのが、なんだかくすぐったかった。






















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