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萍水相逢(へいすいそうほう)

     ※浮き草と水とが出会うように、人と人とが偶然知り合いになること。

side-K

玄関の電球が切れた。
ただでさえ一人暮らし。迎えてくれる人もいない部屋が真っ暗で、なんだか無駄に、気が滅入る。
真っ暗な中、なんとか手探りで廊下を進み、リビングの明かりをつけると、たいして家具もない、殺風景ないつも通りの自分の部屋だった。

周りはそろそろ結婚しろと煩い連中ばっかりだから、こんな愚痴をこぼそうものなら大量のお見合い写真が届くに決まっている。
カーテンを閉めた後は、スーツを脱いで、夕食の準備。
料理は嫌いじゃないから、全く問題はないのだが、気づけば何年も、仕事や、たまに数合わせで呼ばれる合コン以外で、誰かと食事なんてしていない。

ひき肉を炒め、みじん切りにしておいたしょうが、ネギ、にんにくを入れて更に炒めた後は、手の上で器用に切った豆腐を投入。
豆板醤は多めに入れて、とろみをつけたら麻婆豆腐完成。

あとは昨日の残りのコールスローに缶ビールがあれば十分。酒には強い方で、浴びるほど飲んでも記憶をなくしたことがない。平日の今日は、せいぜい1、2本で十分だが。
ダイニングテーブルの上のノートパソコンを開きニュースサイトを閲覧しながら、カタバ・フツガリはいつもどおりの夕食を食べ始めた。

別に自分が恋愛に消極的なつもりはない。
…とは言え、自分をしょっちゅう合コンに誘う腐れ縁の友人ほど積極的でもないかもしれないが。
とりあえず今、カタバに相手がいない理由はただひとつ、面倒くさいからである。

正直に言うと、言い寄ってくる女がいないわけではなかった。
ただ、彼女達が欲しいのは、社長夫人という肩書なのであって、それを与えてくれるのならば恐らく自分じゃなくてもいいのだろう。

理想を押し付けるつもりはない。
恐らく立場とか年収とか、そんなもの全く関係なく自分を見てくれる人がいるのならば、きっと面倒くさいなどとは思わないのだろうと、いつも思っている。
『カタバ君、多分それ超贅沢〜』

腐れ縁の友人の声が脳内に響いた気がして、カタバはふうと溜息をこぼした。
とりあえず、明日電球を買いに行かねば。
使っていない部屋ならいざ知らず、玄関というのは、真っ暗な時間になってからしか帰ってこれない者としては、ちょっと切ない。

「ついでに食材も見てくるか」
誰が聞くともない独り言を呟いた後、食洗機に食べ終わった食器を突っ込んで、カタバは持ち帰った仕事に取り掛かった。

************

早めに会社を出て、駅前の大型スーパーにやってきた。
はいいが、たかだか電球一個が欲しいのに、広すぎる。地下の食品売り場は、よく来るから配置がわかっているのだが、こんな寝具や自転車の売り場など、初めて足を踏み入れた気がする。

「すまん、ちょっといいだろうか?」
おまけに平日で店員も少ないときている。ようやく見つけた店員に声をかけて、カタバは電球の売り場を尋ねようとした。

「はい、なにか、お探しですか?」
振り返った店員は、カタバから見れば完全に『若い男の子』だった。恐らく学生なのだろう、少し長めの髪で、にこっと笑いかけられた瞬間、カタバの中で何かが弾けた。

「えっと、なにか、お探しですしょうか…?」
困ったように首を傾げる姿にようやくハッとなって、カタバは慌てて鞄の中から、今朝持ってきた玄関の電球を差し出した。

「これと同じものを探している」
「ああ、電球ですね、こちらです」
少し、ホッとしたような表情を見せた店員に促されるまま着いていく。

声をかけて、彼が振り返った瞬間から数秒、カタバは自分の中になにが起こったのかわからなかった。
周囲の雑踏が全部消え、周りの背景も全部見えなくなって、視界に彼しかいなかった。

「普通の白熱電球のタイプなので…これですね」
「ああ、ありがとう…」
「LEDにしなくていいですか?」
「いや、いい、これで」
彼が触れたというだけで、渡された電球まで、なんだかとてつもなく大事なものに見えてくる。魔法にでも掛けられたのではなかろうか。いや、なにを非現実的なことを考えている、しっかりしろ自分。

「他になにか、お探しですか?」
「……い、いや、別に!」
「じゃあ、レジまでご案内します」
「あ、ぁあ、頼む」

約30年生きてきて、一目惚れなどあるわけがないと思っていた。
そんなもの、気の迷い、もしくは自分の気持ちを肯定したいだけの言い訳だと思っていた。

「大丈夫ですか?ぼーっとしてますけど…?」
「あ、ああ、なんでもない」
どんなに心の中で否定してみせても、これはもう無理だった。
そのまま彼がレジを打ってくれる。受け取ったお釣りすら、今日は使えないかもしれない。

「ありがとうございましたー」
よりによって、人生初めての一目惚れの相手が、男だとは。

************

side-S

やっぱり人見知りの自分が、接客業をしようなんていうのが間違ってたんだと思う。
平日の寝具売り場なんて、そんなに人が来るわけないと思うじゃないか!だから大丈夫かなって思うじゃないか。

いや、確かに平日はお客が少ない。土日祝日に比べたら断然少ない。
多分平日の昼間ならもっと少ないんだろうけれど、学校があるからどうしても夕方からしか入れない。

お金がどうこうよりも、知らない人と話さなきゃならないのが苦痛で、とうとう先月辞めると言ってしまった。
次はどうしよう、新しいバイトの当てなど、あるわけがなかった。

でも、たまにいいこともある。
今日、電球を買いに来たちょっとおしゃれなサラリーマン。

うわぁ、かっこいい人だな、それが第一印象。
自分より背が高くて、体つきががっちりしてて、清潔感のある短髪で。
俺ああいうの似合わないからな、羨ましいな、仕事できそう…って思って見ていたら、一瞬自分がバイト中だってことを忘れてしまった。

「これと同じものを探している」
「ああ、電球ですね、こちらです」
顔や身体だけじゃなくて、声までかっこいいと思った。もっと、この人の声を聞いていたいと思ったら、自然と笑顔になっていた。

あんなの初めてだった。
また来てくれないかなと考えて、それからすぐ、明後日が最後の出勤日だと思いだした。
最後の思い出にでもしておけってことなんだろう、きっと。

「シラナミ君、上がっていいよー」
「ありがとうございます!お疲れさまです」

いつもより数段、明るい声が出ていることに気づきながら、セイは寝具売り場を後にした。

************

side-K

肉も野菜も納豆も牛乳も買った。
確か卵があと一個しかないが、明後日の土曜日に買いに来れば問題ないはずだ。

たいした物も入っていない仕事鞄と、マイバックを片手でまとめて持ち、そのまま地下から外に出ようとすると。
「…あ」
ちょうど、従業員用の通用口がそこにあったらしい。出てきたのが、さっきの、寝具売り場の男の子だった。

「さっきの…?」
「ああ。…バイト、終わりか?」
自然と、言葉が口を突いて出た。

「はい、そうなんです。これから、お惣菜買って帰ります」
にこっと微笑む彼の姿が、この世のものとは思えぬほど、輝いて見えた。

「そうか、気をつけてな」
「ありがとうございます」
自分とは入れ違いに、店舗の中へ消えていく後ろ姿を見送ってから。

「ああ、せめて名前を聞いておくんだった!」
カタバは猛烈な後悔に襲われていた。

「いや、待て!最近のレシートには担当者の名前が印字されているではないか!」
夏の終わり。

街頭の下に集まる虫達を避けながら、カタバは先ほど仕事鞄の中に突っ込んだ電球を取り出したが見つからぬ。
財布の中で、お札の間にようやくさっきのレシートを発見して。

「シラナミ、君か…」
何故かこの日は、とても満たされた気分で、一人暮らしの部屋に帰ったのだった。






















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