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愛及屋鳥(あいきゅうおくう)

     ※人を愛すると、その人に関係するすべてのものに愛情が及ぶということ。

キスがこんなに気持ちいいものだなんて、知らなかった。
カタバさんが開いた脚の間に横向きに座って、体重を預けて。二人でずっと、他愛もない話をしていた。

カタバさんは、本当に、電球を買いに来て、初めて会ったあの時に、もう俺に一目惚れをしていただとか、2回めに会った時に、俺に連絡先を聞かれて、上手く行きすぎてどうしようかと思っただとか。

「俺は、はっきり好きだって、自覚したのは、朝ごはん食べた時でした」
「ええっ、そうだったのか?…良かった早まって告白しなくて」
カタバさんのその言い方があまりにも大袈裟だったから、俺はついつい声を出して笑ってしまった。もしまだこの気持ちに自分が無自覚なうちに、いきなり告白されてたら、どうしていただろう。案外それならそれで、そこで自覚したかもしれない。

「そうだ、ここ何日か、ほとんどメールに返信できなくてすいません。…好きだって自覚したら、急に恥ずかしくなっちゃって」
顔を見れなくなって、きゅっとカタバさんにしがみつくと、そうっと頭を撫でてくれた。

「きっと忙しいんだろうなと思っていたんだが…そうだったのか」
「気を抜くと、会いたいとか好きですとか、送信しちゃいそうで、どうしようかと思ってました」
こうなった今だから言えるけれど、むしろ送信しても良かったのかもしれない。そんなメールを送っていたら、カタバさんはどういう反応をしたんだろう。

その答えはすぐに返ってきた。
「そんなメールが来たら、仕事を放り出して会いに来たかな。俺も好きだ、一目惚れだったと、そのときに告白していたと思う」
だから送ってくれても良かったのにと言われて、あんなに悩んだのはなんだったんだろうという気にはなったが、それはほんの一瞬だった。今が幸せだからそれでいいやという気持ちの方がはるかに強い。

「だってまさか、俺みたいなただの学生が、こんなカッコイイ人に一目惚れされてるだなんて、思わないですよ」
「俺がカッコイイかどうかは置いておくとしてだな。そうだな、俺も一目惚れなんてないと思ってた。そんなものは気の迷いで、自分の弱い気持ちを肯定するためだけにある言葉だと、本当にそう思っていた。君に出会うまでは」

その言葉が、嘘か本当かなんてわからないけれど、今は幸せだからもう、それでいい気がする。思いが通じると、どうやら細かいことはどうでも良くなるらしい。静かに唇が重なって、俺はもう、ごちゃごちゃ考えるのはやめることにした。

「それにしても、よく、今日は呼び出してくれたな。まぁ、告白するタイミングをなかなか掴めずにいた俺も悪いのだが」
「…お節介な友達に、なんか悩んでるんだろ、話せ!って、すごくしつこく言われて。…あ、こないだ会いましたよね。スオウです」
「ああ、スオウ君か…」

スオウの名前を出した瞬間のカタバさんの声が、ちょっとだけ暗い気がしたけれど、理由もわからないし、気のせいかもしれないからそのまま続けた。

「はい。俺、メール送ってる時の顔が完全に恋してたらしくて。男の人好きになっちゃったどうしようって。もう、引かれたり、絶縁されるの覚悟で相談したのに、スオウは、その前から気づいてたみたいで」

「なるほど。今日はスオウ君に背中を押されたというわけか」
こくんと頷くと、いい友だちを持ったなと言われて、なんだか自分まで褒められているような気になった。

「…俺が珍しく人見知り発動しない上に、あんまりにも嬉しそうにメールしてるから、もし騙されてたらどうしようって、最初は心配してくれてたみたいです。会ったらいい人そうだったから安心とか言ってましたけど」

「失礼だなぁ…。とは言え、実はこっちも心配はしたんだが」
「え…?」
「いや、それがな、言いにくいんだが…」

人見知りの俺が、スオウと一緒なら飲み会に行くと聞いて、正直どういう関係なのかとカタバさんは気をもんでいたらしい。まさかそんな心配をされるだなんて、夢にも思わなかった。

「それはないと思います。…スオウ、彼女いますし」
「そうなのか!だったらとりあえずは安心だな!」
カタバさんの声がすごく明るい。どうやら本気で、俺とスオウのことを疑っていたらしい。だから念を押すことにした。

「はい。…スオウの彼女も、同じ大学なんで、会ったことありますけど、あいつらは絶対別れなさそう。どっちも天然なんですよ」
心配する必要はなさそうだな!良かった!と言いながら、ふうっと息を吐き出すカタバさんの、俺を抱く腕の力が強くなる。

「ふふ…。大丈夫ですよ、心配しなくても。……あ、でも、なんかカタバさんにヤキモチ焼かれてるみたいで、なんかちょっと嬉しい」
「焼きもち………かもしれん」
「えっ?」

びっくりするほど、真剣な表情のカタバさんの顔がゆっくり近づいてきて、俺は黙って瞳を閉じた。
キスがこんなに、甘いものだなんて知らなかった。

「なんか嬉しいです。…俺、こんなに誰かを好きになったの、多分初めてなんで」
俺の言葉に、カタバさんは一瞬びっくりしたような顔を見せて、それからものすごく真剣な表情になる。

「俺もだ。…うちの玄関の電球は、俺とセイ君を出会わせるために、あの日切れてくれたんじゃないかと、本気で思った」
「そ、そんな…」
なんだか、とてつもなく恥ずかしいことを言われたような気がして俺はちょっとだけ目を伏せた。

「セイ君。どんなものからも守ると約束する。俺の恋人になってくれないだろうか。さっきも言ったが俺は同性と付き合うのは初めてだ。多分至らないこともたくさんあると思う。それでも、俺は君が好きだ」

目を伏せていた俺の顔を下からまっすぐ覗き込むように。カタバさんの真摯な表情が真っ直ぐに向けられていた。
こんな風に言われて落ちない女はいないと思う。俺は男だけど。

「俺も、カタバさんの、側にいたいです…」
自分の左手をカタバさんの手に重ねて頷く。自分より少し大きなこの手が、もう大好きになっていた。
「良かった。こんな可愛い恋人ができて、今日の俺は世界一の幸せものだな!」
「俺、男なんで、可愛いとか言われてもあんまり嬉しくないですよ」

ぎゅうっと強く抱きしめられて身を任せながら憎まれ口を叩いてしまう。そんなもので照れ隠しになるのかどうかはわからなかったけれど。

「おお、確かにそうだな、すまんすまん。……では、きれい、かな。セイ君は本当にきれいだ」
「なんか恥ずかしいです…」
広い肩に顔を埋めると大きな手で頭を撫でられた。好きな人の体温を感じることでこんなに幸せな気持ちになれるなんて、知らなかった。

「恥ずかしいと言われてもな、事実だからな。本当に、どうやら俺は、セイ君しか見えなくなったらしい」
「嬉しいです。…でも、俺も男の人と付き合うの初めてですから、よろしくお願いします」
「あれっ、そうなのか?…な、なんか、急にいっぱい、キスして、すまん」

チラっとカタバさんの顔を見上げると、目を逸らされてなんだか少し赤くなっている気がする。恥ずかしそうな、照れくさそうな、そんな面持ちに見えて、それらの表情が全部愛おしい。これからたくさん、いろんな顔を見れるんだろうけれど、もっと見たいし、たくさん見たい。

「それは、俺もしたかったから大丈夫です。男の人としたのは、さっきのが初めてですけど、なんか、気持ち良かったし…」
言葉を紡ぎながら、自分何言ってるんだろうという気になってきて、最後の方はどうしても声が小さくなってしまった。顔が熱いのがわかる。
でも、そんな俺以上に、何故か赤くなっているのがカタバさんだった。それまで抱きしめられて、くっついていた俺の身体を離して、手のひらで額を抑えている。

「そうだったのか…。ええと、だな。…すまん」
そしてなんだかものすごく、歯切れが悪い。なんだか苦悩しているような表情に見える。
「もしかして、カタバさんって、男にもモテるんですか?」
「いやっ、そんなはずはないのだが!」

声が裏返っているのが余計怪しいと思う。っていうか、別に隠さなくてもいいのに。だって、カタバさん、男の俺から見てもこんなに格好いいんだから、男にもモテるって言われたって、多分驚かなかったと思うんだ。

「というか、だな。同性を好きになったのは、セイ君が初めてだという、さっきの言葉に嘘偽りは一切ない。ただ、男とキスしたりしたことがあるかどうかと言われると、すまない、あるんだ。いずれ、ちゃんと話す、本当に」

「カタバさん」
「はいっ!」
そんなに急に畏まらなくてもいいのにと思って、ついつい笑ってしまった。

「別にいいですよ。今日より前のことで俺がとやかく言う筋合いないですし。……でも、これからは、嫌です」
「セイ君…。そ、それは大丈夫だ、約束する。男にも女にも浮気はしないし、大事にする。君を泣かせるようなことはしない」
「…はい」

なんかプロポーズみたいだなと思っていたら、また抱きしめられて、唇が重なった。もう何度目なのか覚えてないくらいしてるけど、全然飽きないし、すればするほど、もっとしたいと思う。

「セイ君、すまん。……これ以上なにもしないから、気にしないでくれ」
なんのことだろうと思った瞬間、カタバさんの恥ずかしそうな表情の理由を知る。カタバさんにくっついている方の太ももに、固いものが当たっていたからだ。

そんなことを言ったら、横を向いているせいで多分バレてないけど俺だってとっくに同じことになっていて、むしろ。
(これ以上のことしてくれてもいいんですけど)
言ったらカタバさんはどんな反応をするんだろうと思うより先に、照れ隠しのような表情の顔が近づいてきた。

むしろして欲しい。したい。
今日、しかもついさっき想いを伝え合ったばっかりで、いきなりそんなことは言わない方がいいんだろうか。

お互い、同性と付き合うのは初めてだけど、でもなんか、さっきのカタバさんの口調だと、男としたことありますって言ってるように聞こえたんだけど。
いずれちゃんと話すって言ってくれたから、きっといつか話してくれるんだろうと考えながら、カタバさんの口づけを受け止めて、喉を鳴らす。

「あ、そうだ。…セイ君、呼び捨てで、呼んでも、いいだろうか。…もちろん、君にもできればさん付けはやめて欲しいんだが」
「えっ?………えっと、もちろん俺は問題ないんですけど」
唐突に言われたのは予想もしていなかった言葉で。でも確かに、恋人として付き合うのに、いつまでもさん付け君付けはおかしいのかもしれない。

「では呼んでみてくれないか?」
「…カ、…カタバ?…なんか、恥ずかしいです」
俯く俺の頭をあやすように撫でながら。
「セイ」
「は、はい」

俺自身が呼び捨てされることは問題なかったけど、10も年上のカタバさんを呼び捨てにするのはなんとなくまだ照れや恥ずかしさがあった。
「恥ずかしがる必要はない。さん付けだと、なんだか他人行儀な気がしてな。少しずつでも慣れてくれればいい」
「あ、は、はい」

「敬語も徐々にやめてもらおうか」
「えっ?敬語もですか…?」
「ですか、じゃなくて」
「け、け、敬語も、やめろって、いうのかよ?」
「うん、そのほうが嬉しいな!」

なんだか照れくさくて、恥ずかしくて、くすぐったくて、でもカタバさんは嬉しそうで、そっと視線を伏せると会話が途切れる。そして、会話が途切れると、カタバさんの指で、そっと顔を持ち上げられて、また、唇が塞がれた。舌でなぞられて、吐息が重なり、頭の中が真っ白になってきて、時間を忘れる。

「しまったなぁ…」
ようやく唇が離れたときに、耳に届いたカタバさんの小さなつぶやきの意味がわからなくてじいっと見つめると。

「帰りたくなくなってきた。まだ水曜日だというのになぁ」
カタバさんの大きな手が俺の頬を撫でる。
「離れがたいとはこういうことを言うのだな」

そう、まだ水曜日なのだ。
俺自身も、このまま朝までくっついて、キスしながらずっと話していたいなんて思い始めていたけれど、まだ今日は平日なのだ。俺だって明日も大学があるし、カタバさんは仕事がある。ヒドイ言い方をしてしまえば、学校は、休んだって困るのは俺一人だけれど、カタバさんが休んだら、きっといろんな人が困るんだろう。

「そうです……そうだね。……もうすぐ、電車もなくなっちゃう」
どうやら俺は、相当落ち込んだ顔をしていたらしい。ぎゅうっと再び抱きしめてくれたカタバさんに頭を撫でられた。

「そんな顔されたら帰れないな。わかった、セイが眠るまでは一緒にいよう」
「えっ?…でも、俺、いつも寝るの、2時くらいだけど」
「それなら問題ない。なんなら、始発で帰るかな。……そうと決まれば、ちょっとこれ、脱いでもいいだろうか?」

この部屋に着いたときすぐに、スーツのジャケットは脱いでもらて、掛けてあったけれど、下はそのままだった。スーツのスラックスなのに、その上に散々乗ったりしてしまったことに、今更気がついた。

「ご、ごめんなさい!俺、全然気づかなくて」
「気にしなくていい。明日の朝、一旦帰って着替えればいいだけだからな。しかしまぁ、下着にシャツに靴下というのもなんだか間抜けだなぁ」

カタバさんにハンガーを渡すと、ちょっと引っ張って伸ばしてからスラックスを掛けている。どう考えても俺とカタバさんは服のサイズが違う。カタバさんが履けそうなズボンなんてうちにあっただろうか。

「あ…!これならどうですか?」
思い出して衣装ケースから引っ張りだしたのは高校の時のジャージ。1年の時に、きっとまだ身長が伸びるだろうからって、大きめのを買ったのに、案外伸びなくて、結局3年間ブカブカだったもの。

「ありがとう。…おっ、ちょっとキツイが履けないことはないかな。裾のチャック外せば多分」
自分のブカブカの高校ジャージを、カタバさんがけっこうキツめで履いてるっていうのが、なんだか不思議だった。シラナミって名前も入ってるし。
「今度から、着替え持ってこようかな。ここに置いておいてもらおうか」

スラックスと一緒にネクタイを掛け、座り込んで、シャツのボタンを外しながら言うカタバさんの横に俺も座った。本当は、シャツも着替えた方がいいんだろうけれどこの部屋にカタバさんが着れるようなサイズの服が本当に1枚もない。

「うーん、でも」
「でも?」
「今度からは、俺がカタバさんの家に行きます。この部屋、なんにもないし、俺が行けば、カタバさんが作ったごはん、食べられるし…」

ひょいと両腕を掴まれて、カタバさんの首に回すように持って行かれた。
「さんはつけない」
「あ、えっと…カタバ?」
言い直すと抱き上げられて、向かい合わせで膝の上に乗せられて猫背の俺と顔の高さが同じくらいになる。

「そう。…そんな可愛いことばかり言われたら、もう一生離してやれんぞ?」
(いいですよ)
返事をするより早く、カタバさんの唇と俺の唇がくっついて、濡れた音が響いた。

お互いに反応してるのがわかっていたけれど、とにかく今はただ、互いの唇を味わっていたかった。
キスだけでも十分に、お互いの好きだという気持ちと体温が伝わるような、そんな気がしていた。

************

目覚めた時、隣には誰もいなくて、もしかして全部都合のいい夢だったんじゃないだろうかと、心配になったけれど、寝起きの頭が働かない状態で上体を起こした俺の目に映ったのは綺麗に畳まれた俺の高校ジャージだった。

そして、その上にメモが乗っている。

何回か声を掛けたんだが、目覚めなかったので、起こすのはやめようと思った。
名残惜しいが時間なので帰ります。
部屋の鍵は郵便受けの中に入れておく。申し訳ないが、勝手に鞄の中を探させてもらった。

週末、時間が取れるはずだから、一緒にどこかへ行こう。
行きたいところや食べたいものがあったら考えておいて欲しい。
また連絡する。

好きだ  カタバ

達筆な字で書かれたそのメモを、俺は何回も何回も読み返した。
そのまま床に倒れこんで、ごろんごろんと転がってみる。恥ずかしいけど幸せだ、夢じゃなかった。

カタバさんが書いたんだって思ったら、ただの紙のはずなのに、このメモすら愛おしく感じてしまう。
これは、一生大事に取っておこう。とりあえず、今日は学校にも持って行こう、手帳に挟んでおけばいいかな。

かつてないほど浮かれた気持ちでシャワーを浴びた後、俺は学校へ向かった。
どうやら嬉しいのは顔にも出ていたらしい。スオウに開口一番『いいことでもあったのか?』と尋ねられた。

「うん。…後で、ちょっと時間、いいか?」
「おう、いいぜ!授業の後、バイトまで2時間くらいあるからな!」

とは言ったものの。
授業中にもこっそり、何度もメモを取り出して見ていたせいで、すっかりスオウには、話す前にバレてしまっていた。
昨日と同じ道をたどって、コンビニに寄ってからスオウの部屋へ行く。ミコトは、今日はまだ授業があるそうだ。

「昨日、カタバさんと会って、話したんだ」
「そっか。上手く行ったんだ」
「うん。…恋人に、してくれるって」
そう言った途端、スオウに背中をポンポンと叩かれた。

「これでお前もリア充かー!おめでとう」
「あ、ありがとう。…で、いいのかな?」
なんせ、学部内で一番のリア充と誰もが認めるスオウだ。そのスオウに認められると、なんだか照れくさいような恥ずかしいようなくすぐったいような複雑な気持ちになってくる。

「いいに決まってんだろー?…あーあ、シラナミ君合コンに連れて来いって言う奴いっぱいいたのになー」
「……は?」
時々、スオウは本当に同じ人間なんだろうかという気にさえなってくる。どうしてこう、突拍子もない言葉が出てくるんだろう。時々だけど。

「だってお前、見ず知らずの人間と一緒に飲むとか絶対嫌がるじゃん?だから人見知りが治ってからなー、なんて先延ばしにしてたんだけど、永遠にないな、こりゃ」

スオウはケラケラと笑っているけれど、俺の頭のなかでは理解が追いつかない。
「ミコトがいるのに、合コンとか行くのか、お前は?」

「フツーに行くぜ?ただの飲み会だもん。ミコトも行くしなー。だいぶ前なんか、相手が若社長ばっかりだって張り切ってたぜ?ある意味就職活動だよ!って」

あっけらかんと言われれると、自分の方が間違っているんじゃないだろうかという気になってくるから怖い。
「お、俺は、嫌だ!」
スオウに飲まれて、俺の中の信念が揺らぐ前に精一杯否定してみた。

ところが、そんな俺の精一杯の言葉にも、やっぱりスオウは全く意に介さない様子で。
「お前ならそう言うだろうと思ってるから誘ってねーじゃん。これからも、誘わねーし、頼まれても恋人できてラブラブだから無理って言っとくわ」
「そ、それなら、いいけど…」

なんだろう、スオウが俺の性格を理解してくれているのは嬉しいんだけど、なんとなく、手のひらの上で転がされているような気にもなってくる。
「で?それで?キスくらいしたのかよ?どうだった?」
「えええっ!?……い、言わなきゃ、ダメか?」

「ああ、悪ィ。言いたくないんだったらいいぜ。実は俺さー、高校の学祭の、罰ゲームで男とキスさせられたことあんだよなー!」
また、突拍子もないところに話が飛んだと思って、ポカンと口を開けたまま、俺は黙ってスオウの話を聞いているしかできなかった。

「高校の学祭で、罰ゲームさせられてよー。相手がクラスで一番女顔のやつで、しかも俺もそいつも女装してたから、大丈夫かなって思ったけど、俺は無理だったわ」
学祭の罰ゲームだ、当然スマホで動画を撮ってるやつもいて、それが広まってミコトに見られてひっぱたかれたとか、誤解を解くためにもう一度2人で女装しなきゃならなかったとか。スオウに取っては、男同士でキスと言うと、すぐにそれが出てくるということらしい。

「それでお前、よく、ツクヨの漫画とか平気で読めるな…?」
「ああ、2次元は全然平気!なんでだろうな?」
なんだかよくわからないけれど、とりあえず、スオウは、2次元は平気だけれど自分自身は、男同士でキスしたりするのは一切ダメだということだ。そんなこと知らなくたって、スオウとキスしたいと思ったことがあるかと問われると、一度もないわけだが。

「それよりさ、その。…俺がなに悩んでたのかって、ミコトには話したのか?」
「あ?ミコトに?…話して良かったのか?……つーか、忘れてたわ!」
やっぱりまた、何事も無かったかのような顔で笑うスオウを見て、俺はなんて言ったらいいのかよくわからなくなってきた。

「でも、昨日ミコト、ここに泊まったんじゃないのかよ?」
「おう、泊まったぜ?お前と別れた後なー、メシ食って帰ってきてー、それからテルマエ・ロマエ一気に見て寝たわ」
「なんで、テルマエ・ロマエ?」

「おう、こないだWOWOWでやってたんだよ。んでミコトが録画しといてくれてなー。めっちゃ面白かった!お前見たことある?」
「いや、ないけど…」

毎日会ってたら話すことなんてないからそんなにメールなんてしないとか、前にスオウは言ってたような気がしたけれど、それはどうやら大嘘らしい。ついさっきまで一緒にいた俺の話題を忘れるほど、スオウとミコトには共通の話題がたくさんあって、一緒に楽しんでいるっていうことだ。

自分とカタバさんは、これからもっとたくさんいろんなことを話して、そういう、共通の話題を見つけていかなきゃならないんだろうなっていうのを、漠然とではあるけれど、スオウを見ているとそんなことを考えた。

「まぁ、ミコトには、そのうち話す、かも。でもあれだぜ?ミコトやツクヨに知られたら、根掘り葉掘り聞かれるぞ?」
「いや、うん。…そんな気がするから、もう話したのかどうなのか、確かめたかったんだが」
「ああ、そういうこと?わかった。…すぐには言わねーで、ちょっと様子見るわ」

その後は、少しだけダラダラ過ごしたけれど、スオウがバイトに行く時間になって俺たちは別れた。
俺もこの日はバイトが入っていて、夜11時から夜勤。まだ新人だから、朝6時には終わる予定だけれども。

一旦自分の部屋に帰って仮眠を取ろうと思ったら、夜勤を心配したカタバさんからのメールが届いていた。
そういえば、2度めに会って、終電がなくなったときから、心配ばっかりされてるなと、今更気づいて幸せな気分になる。

早く、週末にならないかな。






















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