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「戦神に戻った後のはなし」及び「戦神に戻った後のはなし・後日談 R-18」から、ほんのり続いてます。戦神の面々が住んでいるところは、大きな和風の温泉旅館でも想像していただければ。
カタバさんとセイちゃんの部屋だけ、渡り廊下の先の、別棟になってます。部屋っていうより一軒家です。

にゃんにゃんにゃん R-18


暖かい腕の中で微睡んでいた。
とうに陽が高く昇っていることは感じていたが、それでもまだ、肩と腰を強く抱かれていたから起きなくてもいいのだろうという思いと、まだこの温もりの中にいたいという思いが、セイをこの半覚醒状態の意識の中にとどまらせていた。

ただ、時々不思議な感触がある。
もふもふしたものが、言うなれば動物の毛のようなものに包まれたなにか柔らかいものが、時々頬を撫でる。まさか、このカタバの寝所に、動物が紛れ込むようなことはあるまい、と思うのだが。

何度目だろうか。もふもふしたものに頬を撫でられて、ようやくセイは重たい瞼を上げた。
一番最初に目に入ったのは、やはり自分を抱いてくれているカタバの顔で。わかっていたけれど嬉しくなってセイは『おはよう』と声をかける。

恐らく先に目覚めてからずっとセイの寝顔を眺めていたのだろうカタバに触れるだけの口づけを落とされて、それから。ようやくセイは、カタバの頭に見慣れぬものがくっついていることに気がついた。

「…なにそれ?」
どこからどう見ても、動物の、敢えていうなら黒猫の耳にしか見えないようなものがカタバの頭の上からぴょこっと飛び出している。恐る恐る手を伸ばして触れてみると、本当に頭から生えていて感覚があるようでカタバの身体がぴくんと跳ねた。

「セイ、くすぐったい」
「あ、ごめん」
引っ込めようとした左手を捕まえられて、手のひらにもカタバの唇が押し当てられた。

毎晩一緒に寝て、毎日こうやってくっついているというのに、カタバはすぐ、なにかあるとこうやってセイの身体にキスをしたがった。それが嬉しくもあり、くすぐったくもある。
「そういえばセイ、気づいていないようだが、お前にも生えてるぞ、耳」
「へっ?」

未だ左手はカタバに握られたままであったから、もぞもぞと布団の中から、身体の下になっている右腕を出そうとして動いた時、首筋にもふもふした柔らかいものが触れた。
そうだ、なにかに頬を撫でられていたんだった。それが気になって起きたんだった。
視界に入ってきたそれは、カタバの耳と同じ真っ黒で、細長くて、ゆらゆらと布団の中で、動く毛に包まれたもの。

「もしかして、耳だけじゃなくて、尻尾も生えた?」
「そのようだな。これがまた、案外思い通りに動かせる」
カタバは自分にも耳が生えていると言った。もしかして尻尾も同様なのだろうかと思い、左手を離してもらってゆっくりと起き上がると。確かに自分の腰の下にも、獣のような感触があった。

まだ眠気の抜けきらない重い身体を起こし、這うようにして、のそのそと隣の部屋の隅に置かれている鏡台まで行ってから己の姿を鏡に映し出して見る。
カタバと違うのは色だけだろうか。カタバのは真っ黒だったけれども、セイのは全体的に青みがかった灰色っぽい色に、黒い筋が入っている。要するに、二人共、それぞれの髪毛の色に近い色の、猫耳と尻尾が生えていた。

「なんだよこれ…」
そうっと手で触れてみると、確かに触られているのがわかる程度には感触があって、カタバが言ったように少しくすぐったい。いや、くすぐったいとは少し違うかもしれない。それは、着物の裾から飛び出した灰色の尻尾に触れてみたことで確信に変わった。

背筋がぞくぞくするのだ。

意図せぬ声が漏れてしまいそうになる感覚。今は自分の手で触れたのだから、なんとか堪えたものの、他人の手ならこうはいかないだろうという予感。そう、敢えていうなら、一番近いのは、カタバと褥を共にして、身体に触れられているときかもしれない。

こんな状態で外になんて出られない。この社の中で、カタバ以外の他の戦神の仲間に見られるのも嫌だ。もし万が一、不用意に誰かに触られてしまったら。
セイが一人、鏡台の前で唖然としていると、同じように褥から出てきたカタバが隣に座り込んだ。まじまじと鏡を通して自分を見ているのがわかる。耳や尻尾に触れられたくないと、どうやって伝えたらいいのだろうか。触られたら変な気分になりそうだから嫌だ?まさか、そんな言い方をしようものなら、ますます触られるに決まってる。

「カタバ、どうしよう、これ」
「俺が目覚めた時からこれだったからな。一応スオウに、スクナを呼びに行ってもらってはいるんだが」
カタバの返答を聞いて、セイは明らかにホッとした表情を見せた。

良かった、見た目や性格はともかくスクナの腕が確かであることは間違いない。それならばなんとか乗り切れるかもしれないと胸を撫で下ろすセイの隣で、カタバは悶々と悩んでいた。
自分のは、ただただ気持ち悪いとしか思わなかったが、なぜだろう、同じものなのにセイに付いていると、可愛くてたまらないではないか。

明け方、初めてこの状況に気がついて、スオウを起こしに行った時は、面白がってぐいぐい引っ張ってきたからとりあえず『くすぐったいからやめろ』と言って殴っておいた。が、自分で触れてもスオウに触れられても、特になにかを感じたわけでもなかった。が、さっきセイに触れられたときは、背中に電気かなにかが走ったようだった。

セイにはくすぐったいと言ってみたものの、本当はそんな生ぬるい感覚じゃない。もしその、触られた時の感覚までセイも同じなら、触れてみたい以外の選択肢が自分には存在しない。
スクナの腕は確かだ、恐らく数日のうちにこの耳も尻尾も消えるだろう。できればその前に、セイの身体の一部になった部分を堪能したい。

ところがセイの鏡に映る表情を見るに、あまり嬉しくなさそうではないか。
いや、わけのわからないものが突然生えてきたのだから、嬉しくないのは当たり前だが、心底迷惑そうな表情に見える。可愛いから触らせて欲しいなどと、言い出せそうな雰囲気ではない。今の状態で空気を読まずに可愛いなどと言おうものなら拳が飛んできそうだ、困った。

「なぁ、カタバ」
「セ、セイ」

お互いに、鏡越しに顔を見合わせて続く沈黙。なんとか解消したいと、声を上げたタイミングが同時だった。

「ど、どうした、セイ」
「カタバから、先に言えよ」
「たいしたことじゃない、俺は後でいい」
「お、俺も別に…」

そうしてまた、お互いに鏡ごしに目が合ったまま沈黙してしまって、思わず俯いた。
なぜ、こうなるのだろう。

この部屋で、一緒に暮らし始めてから、セイもいろいろ言いたいことを言ってくれるようになって、だいぶマシになったような気がしていたがやはり、気のせいだったのだろうか。
いや、マシになってきているのは恐らく事実だ。それでもまだ、自分はセイに気を遣わせているのだろう。もっとワガママになって、言いたいことを言って欲しいと願ったところで、急に性格が変わるわけはない。

「セイ、すまん」
「…なにが?」
謝られる理由がわからなくて、キョトンとした表情で見上げるセイの肩を後ろから抱いて、膝の間に閉じ込めた。

「きっとまた、余計な気を遣わせているのだなと思っている」
「別に、そんなことは…」
何かを言いかけたセイの身体が、カタバの腕の中でビクンと震えた。

「やっ、だめ…!」
「え…?」
「やだ、だめ!尻尾、触らないで!!」
くっついて座ったことで、セイの尻尾と、自分の尻尾が絡み合って、くっついていた。

「あ、ああ、あ、すまん」
慌てて手で、自分の尻尾を引き寄せて離したが、抱えた自分の膝に顔を埋めたセイの耳がやけに赤い。

「…セイ?」
「だから今、言おうと思ったんだ…」
「カタバー、入ってもいいかー?」

セイがようやく何かを話してくれそうだったというのに。脳天気なスオウの声が響いて、セイは再び、自分の膝に顔を埋めてしまった。
「セイ、スオウを入れてもいいか?」
「スオウだけ?」
「ああ、ちょっと待て。…スオウ、お前一人だろうな?」
声を張り上げて、襖の向こうに確認を取る。返事はすぐに返ってきた。

「当たり前だろー!っていうか、メシ持ってきたから襖開けてくれよ」
セイが頷いたのを確認してから、立ち上がって襖を開けてやると、確かに両手で、二人分の膳を運んできたスオウが立っていた。ずかずかと部屋に入ってきたスオウが、持ってきた膳を部屋の隅に下ろす。

「サンキュー!ここ置いとくぜ。うおお、ホントだ!セイにも猫耳生えてる!しかもカタバと違ってめっちゃ可愛いな!」
一仕事終えたというような、満足気な表情を浮かべて肩を回したスオウは、カタバが今まで言えずにいた言葉をあっさりと口にしてしまった。

「か、かわいいって、なにが?」
「え?そのままの意味だけど?つーかなんだよその顔?また喧嘩したのか?おいカタバ、お前どんだけセイを泣かせば気が済むんだよ?」
セイの瞳が潤んでいたのも、顔が赤かったのも認める。ただ、それだけで喧嘩して泣かせたと決めつけられたカタバは、そこまで日頃の行いが悪かっただろうかと、顔にも口にも出さないが少しショックを受けていた。

「喧嘩など、してはおらぬわ!」
「本当かぁ?だったらいいけど」
一度ジロっとカタバを睨みつけて。それから視線を移すとセイが何度も頷くものだから、スオウはようやく納得したらしい。

「でもほんとセイのは可愛いなー」
喧嘩じゃないということは理解しただろうが、二人の微妙な空気には気づいているのかいないのか。未だ立ったままのカタバを差し置いて平気な顔でセイの隣に座ったスオウが、まじまじとセイの猫耳を見つめているが、手は出さない。先ほど、引っ叩いておいたのが功を奏したようだ。だが、そんな呑気なことを言っている場合ではない。スオウには、お使いを頼んだはずだった。

「おい、スオウ。スクナはどうだったのだ」
セイの隣にはスオウが座っている。仕方なしに、少し離れたところにカタバは腰を下ろした。

「ああ、いってきたぜ!それがな、一昨日から同じような症状で呼ばれまくってて、順番に回ってるんだと。だから、ここに来れるのは、早くて明日の昼だってさ」
「明日の、昼だと…?」

あわよくばスオウが連れてきてくれることを期待していた。それでなくとも、今日中には来てもらえないかと思って、わざわざ夜も明け切らないうちからスオウを叩き起こし、使いに出したというのにだ。明日の昼までスクナが来ないとわかって、絶望したような表情になっているのはセイも一緒だった。ただ一人、スオウだけが明るい声を出す。

「いいんじゃねーの?二人でゆっくり、明日まで休めばいいじゃねーか。そうそうないぜ、こんなこと。みんなには風邪だから近寄るなって言っておいたし、夕飯はまた持ってきて入り口に置いといてやるよ」
スオウの言葉に、セイとカタバは揃って顔を見合わせ、2、3度瞬きをしたところで、ほぼ同時に顔を伏せた。どうやら同じことを考えたらしい。

(なんだよ、俺に言われるまで気付かなかったとか?)
相変わらず、変なところがマジメで変なところが抜けている。全く似たもの同士でお似合いだと思うのだが、スオウは口には出さなかった。

「さぁーて、俺は誰かさんに夜明け前に起こされて、走らされて疲れたから一眠りするわー」
「夜明け前?」
セイが驚いたような声を上げた。

「そ。目覚めたら猫耳と尻尾が生えていたとかって起こされてさぁ。冗談だろって思ったら本当なんだもんな」
ケラケラと声を上げてスオウは笑った。そこから急いで着替えてスクナのところを訪ねたものの、早朝からスクナは診察に出ており、やっとのことで明日の往診の約束を取り付けて、帰ってきたのだそうだ。

カタバが目覚めたのがまだ早かったため、スオウ以外の戦神の仲間は誰一人、猫耳姿は見ていないらしい。
「じゃ、俺戻るわ!喧嘩すんじゃねーぞ」
いつもどおり、余計な一言を残してスオウは去っていった。

「…ったく、そんなに喧嘩ばかりしているイメージなのか?」
カタバの舌打ちに、珍しくセイが笑った。
「最近してないのにな」
「その通りだ!」

スオウがいなくなって、再び二人きりになった部屋で、カタバは一旦立ち上がり、セイの隣に腰を下ろした。
「セイ、さっき、言いかけた言葉を、教えてくれ」
「さっき、って?」
相変わらず膝を抱えたままではあるが、スオウが来る前よりはだいぶ落ち着いた表情のセイが首を傾けた。

「さっき、尻尾を触った時に、何か言おうとしていただろう?」
「いや、その、そ、それは別に…、その…」
一瞬驚いた顔を見せたセイは、急にまた頬を赤く染め、もじもじしながら視線を落とす。

「セイ。こんな事を言うと、怒られるかもしれないが…。もし、嫌じゃないのなら、耳も、尻尾も触ってもいいだろうか」
「ええっ?」
セイが驚いた声を上げて、少し、後ずさった。

「スオウに先を越されたが、俺も、可愛いと思っていた」
「え?な、なにが?」
「お前の、その耳と尻尾だ。…自分のは正直、気持ち悪いとまで思ったんだが」
「気持ち悪くはないと思うけど…」

そうっと手を伸ばし、恐る恐るカタバの猫耳に、セイはもう一度触れてみる。
「ん…」
眉間に皺を寄せてカタバは低くうめいた。

「やはり、くすぐったいか?」
「いや、そうではない」
顔をしかめていたカタバが耳を触っていたセイの腕を掴んで引き離してから、ゆっくりと答えた。

「自分で触っても、スオウに引っ張られてもなんともなかったのだが…。セイ、お前に触られると、変な気分になる」
「変な、気分…?」
「なんと言ったらいいのかわからん。……ただ、抑えが、効かなくなる」
言葉の意味が理解できなくて瞬きするセイの顎を掴んで、普段なら絶対にしない強引さでキスを奪った。びっくりして固まっているセイの唇をこじ開けて舌を絡ませる。

「んっ、…んんっ、ぁ、ゃ、待って、カタバ、待って」
キスにとろけて力が入らなくなる前に。セイは力いっぱいカタバの身体を押して、逃げようとした。キスが嫌なわけじゃない。ただ、まだ大事なことを伝えていない。自分も、生えてきた耳や尻尾を触られると大変なのだと。変な気分になるどころではないのだと。

「待って、カタバ」
「待てん」

一旦離れてなんとか説明しようとするが、慌てていたせいで自分の着物を踏んで思い切り転んでしまった。
転んで投げ出されたセイの足は思い切りカタバを蹴って、脚を払った格好になってしまう。追いかけようとして上体を起こしていたカタバが躓いて、覆いかぶさってくる。

「…!!」
本当なら、セイの細い身体の上に、カタバの全体重が容赦なく降ってきたはずだった。セイはぎゅうっと目を瞑って、のしかかってくる衝撃に耐えようとしたが、一向に衝撃は襲ってこなかった。

「…っ。セイ、大丈夫か?」
寸でのところで、自身の肘と腕を着いて、なんとかセイに、痛い思いをさせることだけは回避できたようだった。

「カタバ、肘、血が…」
「こんなものはどうでもいい。…それより、セイ」
畳で擦りむいて血が滲む自身の肘など目もくれず、カタバはまっすぐにセイだけを見下ろしていた。今までに見たこともないような、獰猛な目で。

(ああ、もうきっと無理だ)
突然生えていた謎の猫耳。自分がどうなってしまうかわからない恐怖が消えたわけじゃない。
ただ、セイはもう、触らないで欲しいと言うのを諦めた。自分が自分じゃなくなるかもしれない、けれど、カタバと一緒ならいい。そう、きっとだいじょうぶだ。

「いいよ、カタバ。…触りたいん、だろ?」
一瞬驚いたように目を見開いたカタバは、セイの目元に触れるだけの口づけを落としてから。セイの頭の上の耳を静かに口に含んだ。

雷に打たれたのかと思った。
変な気分になるとか、くすぐったいとかそんな生ぬるいものではない。
そう、間違いなくこれは、性感帯だ。予想通り、いや、予想以上だ。気持ちいい、感じる、くすぐったい、身体が跳ねる。そのすべての感覚が一気に襲ってきて思考が追いつかない。

「あ、ァあっ、だめ、んぁあっ、ぁぁ、やだ、やだやだ、だめ、だめぇっ!!」
耳を、縁から順に、ゆっくりと舐められただけで達してしまいそうになるほどの快感。しかも、タチが悪いことに、ただ出すことさえできれば満足とかそういうものではなくて、とてつもなく、欲しい。疼く、欲しい、入れられたい、抱かれたい、したい、欲しい、したい、したい、したい。

「やだっ、っく、…ひっく、カタバ、やだ、…ぁっ」
なにかよくわからない衝動に突き動かされてひたすらセイの猫耳を舐めていたカタバは、ボロボロ涙を流して泣き始めたセイにようやく気がついた。

「セイ…?す、すまん!やりすぎた!」
「そうじゃ、ない…。っ、カタバ、っく、…して」
「…セイ」
そうっと涙を拭ってくれた指を掴んで引き寄せてカタバの首に両腕を回す。

「カタバ、欲しい。…して欲しい。おかしくなりそう」
初めて、自分から先に、口にしたかもしれない言葉だった。『俺も』は何度かあるような気はするが。
そして、言われた側のカタバも、既に限界を超えていた。

セイの背中と膝の裏に腕を回して抱き上げる。大股で一直線に褥に向かい、できるだけゆっくりと、優しくセイを布団の上に降ろす。

「セイ、すまん。…恐らくこれ(猫耳)のせいだとは思うのだが…加減できる、気がしない」
「いい。…無茶苦茶にして欲しい」

まさかあの清廉なセイが、そんな言葉を口にするとは夢にも思わなかった。
真っ赤に頬を上気させて、潤んだ瞳ですがるように自分の名前を呼ぶ。早く欲しいと。
これは現実なのか。夢ではないだろうか。

いや、突然生えた猫耳と尻尾が見せた幻だとしてもいい。そんなものは最早、どうでもいい。
深く、口づけを落としながら、自身の着物を脱ぎ捨て、セイの着物の帯を解いた。

************

途中から記憶が無い。
いつものことと言われれば、いつものことのような気もするが、今日はとりあえず、頭の中の、芯からどこか、痺れているように重い。

加減できないなんて言っていた割に、身体が痛いところも辛いところもないから、相変わらずカタバは優しく抱いてくれたんだろうと思う。
でも、隣にいないのはなぜだろう。

さすがに気だるさは残る身体を起こした瞬間、下半身を違和感が襲った。
自分の中から溢れて来たものが太ももを伝って落ちる。初めての体験だった。

「セイ、大丈夫か!」
太ももを伝った白く濁った液体を手にとってまじまじと見ているセイの姿に、自分がいない間になにが起こったのがすぐに察したカタバが駆け寄って、素早く手と身体を拭いてくれる。

「すまん。どうにもならなくて、お前の中に、出してしまったのだ」
だから今、風呂の用意をしてきたのだと肩を落とすカタバの姿を見て、怒るどころかむしろ嬉しいと思ってしまう自分がいた。

自分としている時、カタバはいつも、理性を残していて、つまりそれだけ余裕があるってことだと思っていた。
感じすぎておかしくなる、わけがわからなくなる、記憶がなくなる。そんなのは自分だけだと思っていた。事実カタバがこうして、自分の中に出したことなど今まで一度もなかったのだから。

「何回くらい、したの?」
「えっ?……片手で足りなくなってから、数えていない」
つまり、最低でも5回は出されたってことなんだろうと思う。

「どうしよう、カタバ。…嬉しすぎて、またしたくなってきた」
「は?」
あまりにも予想外の言葉だったのか、カタバはポカンと口を開けてセイを見つめたまま固まっている。

「この耳と尻尾のせいかもしれないけど、それだけ良かったってことだろう?」
「ああ、まぁ。…そうなるな」

自分のとは度合いが違うかもしれない。
それでも、ほんの少しでも、カタバが自分との行為に溺れて理性をなくしてくれたという喜びが、素直な言葉となって口からあふれた。今日はそれだけ、愛してもらったということだ。カタバも自分に、夢中になってくれたということだ。

「いや、ま、待て!もう一度するのは全く構わないが、まずはだな、さっきの分を洗ってしまわないとお前の体調がだな…」
「じゃあ、お風呂でしよう」
「!!」

普段あまり表情を変えないカタバが耳まで赤くなっているのがおかしかった。
カタバのことが好き過ぎて好き過ぎて、なにをされてもいいだとか、むしろ酷くされたいだとか。冷静に考えてそこまで好きだなんておかしいと自分でも思うほど好き過ぎて、そんな本心を見せてしまったらきっと呆れられる、嫌われる。だから言えないと思っていた言葉だったけれど、今日ならこの耳と尻尾のせいにしてしまえる。

軽々と抱き上げられて、お風呂場に運び込まれた。
カタバが中に出したものを掻き出すと言われても、初めてのことだからどうしたらいいかわからない。簀子の上に膝を着いて、後はカタバに任せることにした。

「冷たく、ないだろうか?」
カタバの指先からぬるま湯が出ている。そういえば、自分もカタバも、水属性の力を使うんだったと、当たり前のことに今更驚いてなんだかおかしくなった。この力を自分たちのためだけに使うのなんて、初めてかもしれない。

「多分大丈夫」
「…そうか。だったら、俺につかまっていろ」
意味がわからないまま、向かい合わせに膝で立ったカタバの背中に腕を回してしがみついた瞬間、カタバの指で後孔を押し開かれ、勢いよく自分の中に、さっきのぬるま湯が入ってきた。

「や、やだぁっ、なにこれ!カタバ、やだ、やだあ」
「もう少しだから、ちょっと我慢しろ」
お腹苦しい、限界だ!と思ったところで、今度は大量のぬるま湯が逆流して外に出て行く。要するに中を洗っているのだということは理解できたけれど、苦しいやらカタバに触られているのが嬉しいやら恥ずかしいやらで、もうなんと言ったらいいのかわからない。

同じことを2、3回繰り返されて、ほんの数分のことなのに、ぐったりと座り込んでしまった。
「大丈夫か、セイ?」
心配そうに、身体を抱きしめてくれるカタバにそうっと体重を預ける。

「セイ、今日はもう疲れただろう?温まったら少し休もう」
言いながら、カタバはセイを抱き上げ、湯船に浸かるつもりだった。

「ぁっ、っぁ、ひゃっっ!!」
さっき、この風呂場に運んできた時も、今、中を洗う時も慎重に気をつけていたのだが、つい、触れてしまった。セイの尻尾の付け根に。
何度目だったか忘れたが、している最中に気づいたのだ。耳は確かに相当な性感帯らしい。舐めてやれば大きな声を出して喘いだし、痛いくらいにぎゅうぎゅう締め付けられた。

ただ、尻尾の付け根はどうやらその比ではないようだ。
「な、なにこれ」
ぶるぶる震えながらカタバにしがみつくセイの視線が己の尻尾に注がれている。無理もない、さっきまでの最中のことは記憶にないのだろう。

「カタバぁ…」
最初に、入れて欲しいと懇願してきたときと、セイは同じ顔をしていた。
とは言え。自分の方は、もう散々出すだけ出して反応が悪くなっている。据え膳食わぬは男の恥と言うし、なによりセイの希望には応えてあげたいのだが。

「俺、するから。そこ座って」
「は…?」
二人で入れば脚を伸ばすことはできないだろう、さほど広くはない湯船の縁をセイは指差していた。

「す、するって…」
「いいから、そこ座って」
早くしろと言わんばかりにふくれっ面で睨まれたから仕方なく言われたとおり、一旦立ち上がり、湯船の縁に腰を下ろした。

ゆっくりと近づいてきたセイがカタバの膝を割って、おずおずとカタバの中心に顔を近づけ、舌を這わせた。
こんな積極的なセイは初めてではなかろうか。いや、そもそも、セイの方からしてくれたことがあっただろうか。

卑猥な音を立てながら、セイの頭が前後に動く様を見ているだけで、カタバの中心には熱が集まり、固く、大きくなってくる。さっきまでは、しばらく無理だろうなんて思っていたというのにだ。
「セイ…」

セイが頬を染めて、涙目になりながら必死で自分のものを舐めている姿に興奮しないはずがない。そして、そんなセイの姿を見ていると、同時に目に入るのが、猫耳と尻尾だ。
きっと触ったらセイは怒る、ような気がする。だがなんだろう。先ほど抑えが効かなくなった時のように、セイの猫耳に触れたくて仕方がない衝動が湧き上がる。触れたくて触れたくてたまらない。むしろ手で触れたいというよりは舐めたい、食べてしまいたい。

結局カタバは内から湧いてくる本能のような感情には勝てず、必死で自分のものを咥えているセイの頭の猫耳を、そっと撫でた。せめて優しくしよう、と。

「ぁぁっ!!」
しかし、どのように触ろうと、どれだけ優しく触れようと結局性感帯であることには変わりない。びくんと身体を震わせて、セイの身体が崩れ落ちた。

「さ、触るな、馬鹿っ」
「すまん。…セイ、おいで」
肩で息をするセイの唇の端からは、透明な雫がこぼれ落ちている。身体は熱い。けれど肌は冷たくなっているセイを抱き上げて、カタバは口づけを落とす。いつものことだが、ぎゅうっと腰を抱いて背中を撫でてやると首に腕を回してしがみついてくるところがたまらなく可愛い。

「んっ、…んんっ、っう、ァ」
キスをしながら、どこが一番安定するだろうかと一通り考えて、やはり湯船の中が一番いいという結論に達した。セイの身体に負担がかかることだけは避けねばならぬ。

一旦唇を離しとろんとした表情のセイを、今度こそ尻尾には触らぬよう抱きかかえて、カタバは湯船の中に腰を下ろした。
「ゆっくり、腰を降ろすんだぞ」
「わかってる!…俺がやるから」

カタバの脚をまたぐように膝を着いたセイがゆっくりと腰を降ろしていく。
「あ、ぁあ、ア…っ」
背中を仰け反らせて喘ぐセイの腰をしっかり抱いて。時々お互いの耳や尻尾を触り合いながら、セイとカタバはお互いの身体を求め合った。

************

どこからどこまでが猫耳と尻尾のせいなのかわからないが、今までに経験のない回数しているというのに、二人共案外元気だった。脚や腰が痛いということもないし、疲れてはいるけれど、動けないほどでもない。

すっかり冷めてしまったが、スオウが運んできてくれた朝食を食べ、特にすることもないため、褥にゴロゴロと横になっていた。
セイの身体には、カタバが付けた赤い印のような点がたくさん。カタバの背中には引っかき傷、それから肩口と二の腕には、明らかに歯型としか思えぬ跡が残っていて、いかにも情事の後といった様相だ。

その、二の腕の歯型のあたりを、セイはさっきからずっと撫でていた。
「セイ、別に痛くないから大丈夫だぞ?」
「そうかもしれないけどー」

尻尾の付け根が一番ダメだということに気がついた時じゃないかと思うと、カタバは話した。
セイがしがみついてきて、なんだか少し痛みを感じたような気もするが、自分もそれどころではなかったと。歯型が内出血として残るほど噛み付かれていたことに気がついたのは風呂から上がった、ついさっきだ。

「気に病む必要はない」
不満そうな表情で、いつまでも腕を撫でているセイの肩と腰を抱いて腕の中にぎゅうっと閉じ込めた。

「こんなものよりも、お前の身体の方がよほど心配だ。猫耳と尻尾が消えた途端、あちこち痛くなったりはしないだろうかと」
「それは心配しすぎだろ、カタバ。俺だって男だ、お前ほどではないが、体力だって、ないわけじゃない。…それに」
「…それに?」

それまで黙ってカタバの左腕に頭を預けていたセイが、ぎゅうっとしがみついて、顔を伏せた。
「なにもこんなものなくたって、普段からこれくらい、してくれたって、俺はいい」
「こ、これくらい…とは」

セイの言葉の意味はもちろんわかる。
言っていることもわかる。

だが、今まで、セイの身体に負担をかけてはならないと、散々厳しく己を律してきた身としては理解が追いつかない。
セイと相談したわけではないが、なるべく2日以上連続でしないだとか、一晩にする回数は自分の都合よりセイの体調をよく見て判断すべしとか、もちろん中では絶対に出さないだとか。今までずうっと、それこそ、セイがスオウと出て行くより前の、初々しい付き合いだった頃から守ってきたことを、ことごとく破ってしまったのが今回だったからだ。

「俺は毎日してもいいと思ってるのに、カタバはしてくれないから、したくないんじゃないかって、思ったこともあった」
「ちょっと待て、セイ」
自分の胸のあたりにぎゅうっとしがみついているセイを引き離して、顔を覗き込む。セイは、今にも泣き出しそうな表情をしていた。

「セ、セイ!わ、私は、したくないなどと思ったことは、一度もないぞ!」
「良かった!」
ふにゃっと笑ったセイは、再びカタバの胸に顔を埋めてしがみついた。

「む、むしろ、お前の身体に負担をかけまいと、我慢する日の方が多いわけなのだが…」
「…そんなの言ってくれなきゃわからないじゃないか」
「そ、それもそうだな、すまん。…いや、しかしセイ、こっちとしても、まさかセイが毎日したいなどとは思っていなかったわけで…」

言葉を返しながら、カタバはひどく後悔していた。これでは話してくれなかったセイが悪いと言っているようなものではないか。セイが悪いなどと言うつもりは全くない。それどころか、セイが悪いと思ったことなど、生まれてこの方、カタバには一度もないのだ。

「い、いや、なにも、お前を責めているわけではないのだ。それならそうと言ってくれたら…いや、我慢しているのだと、言わなかった俺も悪いのはわかっている。自分のことを棚に上げているわけではなくてだな…」
しゃべればしゃべるほどに、どんどんドツボにはまっていくような気がするがどうにもならない。しかし、セイは一言も言い返さなかったどころか、しがみつく腕に力を込めた。

「毎日したいなんて言ったら、嫌われるかと思ってた」
「……は?」
顔を伏せたままのセイの肩が小さく震えている。

「四六時中こうやってくっついていたいくらいカタバのことが好きで、おかしくなりそうなくらい好きで、お前のことしか考えられなくて、こんなのが本当の俺だって知られたら、絶対幻滅されると思ってた」
いつの間にか、セイの言葉には涙が混じっていた。

絶対にそんなことはない、絶対に幻滅などしない!と、いつものカタバなら、声を荒らげて全否定しているところだろう。しかし、初めてセイが話してくれた本心が、あまりにも意外なものだったことと、明らかにセイが泣きだしたことで、カタバは言葉を失ってしまった。

「ただでさえ、カタバ忙しいのに、俺のワガママで迷惑なんて、かけられないと思ってた」
そんなことはない。断じてない。セイになにをされたって迷惑だなどと思うはずがない。だが、それをどうやって伝えたらいいのだろう。

ぐるぐると様々な言い回しを高速で考えて考えて考えて考えて。結局正直に、ありのままを伝えることしか自分にはできないのだとカタバは半ば、諦めにも似た結論に達した。ただ、必死で頭を働かせたことによって、ひとつの可能性を見つけてしまう。それも、話さねばならない。

「セイ。…順番に話すから、聞いてくれるか?」
ぐずぐずと鼻水をすすりながらではあったが、セイがこくりと頷いたのを確認してから、カタバはゆっくりと話し始めた。

「まず、お前に何を言われても、なにをされたとしても、俺が幻滅したり、お前を嫌いになったりすることは、絶対にない」
「………でも」
「断言する。この先も絶対にない。お前にそこまで好かれているとわかって、むしろ今、嬉しくてどうにかなりそうだ」

セイの頭をぎゅうっと抱き寄せてやる。心臓の音が早くなっているのが伝わるだろうか。いくら言葉を尽くしても、全部が伝わるかどうかはわからない。だったら、態度で少しでも伝わればいい。

「正直に言うと俺も、できることなら、毎日したいと思っていた。ただ、それではお前の身体に負担がかかると思って、いつも我慢していた。受け身の方が、大変なのは、間違いないからな」

お前が望むなら、逆をやっても全然構わないんだぞと、今まで思っていても口にしたことがなかった言葉を紡ぐと、セイは目を丸くして、泣くのも忘れて驚いた。

「お、俺、逆とか、考えた、こともない…」
「そうか。…なら今はいい。ただ、その気になったら、いつでも言ってくれれば、俺は覚悟はできてるからな」

迷いなく、そう言い切れてしまうカタバがかっこいいと思った。ああ、またひとつ、好きなところが増えてしまったと、セイは再び、カタバの胸に顔を押し付ける。
多分今、赤くなっていると思うから、恥ずかしい、見られたくない。

そんなセイの後頭部をゆっくりと撫でながら、カタバはついに本題を口にする。
「それからセイ。…もしかして、お前がずっと悩んでいたのは、このことだったのだろうか?」
「悩んでいたって、なにが…?」

尋ねながら。どこか怯えたような表情でそうっと上目遣いでカタバを見つめるセイに、もちろん心当たりはあった。むしろどうして今まで聞いてこないのか、無理にでも聞き出そうとしないのか、不思議に思っていたくらいだった。カタバのことだから無理に聞き出すつもりはなかったのかもしれないが、その理由すらセイにはよくわからなかった。

「以前スクナが言っていた。お前がなにか悩んでいたのだろうと。黒い霧のようなものは、そういう者に寄ってくるのだと。…お前が神力をなくした時だ」
あの時、カタバはセイになにも尋ねなかった。無理に聞き出そうとしても絶対に話してくれないだろうとわかっていたからだった。
いずれ、時がくれば話してくれるものだと信じて待つことにした。それがまさか、猫耳と尻尾の副産物になろうとは、予想もしていなかったが。

「あの時、お前が帰ってきて、お前に言われるまで、しばらくキスもしていなかったことにようやく気がついた。悩んでいたのはそれか?とも思ったが、すぐに、それだけのはずがないと考えた。あれだけの大量の黒い霧を呼び寄せてしまうのだから、もっと色々考えていることがあるのだろうと。そして、それは恐らく俺に原因があるのだろうとは思ったが、考えても考えてもわからなかった」

「わからなかったなら、どうして、聞かなかったんだ?なんか、カタバらしくない」
思ったことはだいたいすぐに口にする。少なくとも、セイはそれがカタバだと思っていたし、もちろん、そういうところも好きだった。だから、今回は本当に謎だったけれど、『どうして聞かないの?』と言ってしまって『じゃあ話して欲しい』と言われてしまえば、それこそ藪蛇だったから、セイもなにも聞けずにいた。

「今回に関しては、お前がそこまで悩むのだ、そう簡単に話せる内容ではないのだろうと思った。俺は、無理に聞き出すことで、お前を傷つけたくないと考えていた。が、お前は、自分のワガママなんて言えるはずがないと、言ってしまえば俺に嫌われると、そう思っていたんだな?」

ふっと、再び顔を埋めたセイが、小さくだがしっかりと頷いたのを見て、カタバは激しい自己嫌悪に陥った。
まさか、セイの身体を気遣っていたつもりが逆効果だったとは。しかも、傷つけたくない一心で、触れないことにしていたが、恐らくこれは、無理矢理にでも言わせた方が解決が早かったのではなかろうか。

なぜ自分は確認しなかったのだろう。なぜ、セイの気持ちを尊重しなかったのだろう。なぜ、想いが擦れ違っている可能性を考えなかったのだろう。なぜ、セイの心を理解しようとしなかったのだろうかと。

「セイ、すまない。…本当に、申し訳ない。…これからは、なんでも言って欲しい。絶対に呆れたり、幻滅したり、お前を嫌いになったりするようなことはないと、誓うから」
「…ほんと?」
「ああ、約束する。むしろ俺は、お前の本心をすべて見たい。そんなにまで想われているのなら、全部さらけ出してくれた方が、多分嬉しい」

「それは、恥ずかしいから、いや」
ようやく、セイが少しだけ笑ってくれた。
「恥ずかしいことなど、何一つないというのに…」
「そう言うと思ったけど、それでもいや」

くすくす笑うセイを抱く腕に力をこめた。自分もセイも、今すぐ変われるなどとは思っていない。ただ自分たちは人間とは違う。だから時間はたっぷりある。これから徐々に、二人共変わっていけばいいではないか。いつか、本当の意味で、なんでも話せる仲になれると信じたい。

「じゃあ、カタバ。早速、お前の尻尾、触ってもいいか?」
「えっ?…尻尾、なのか?」
いたずらを思いついたような表情でセイが尻尾を指定してきたことに、カタバは戸惑いを隠せなかった。
触られること自体には全く問題がない。ただ、その後に問題がある。触られるだけ触られて、それではい終わり、なんてことは恐らく不可能だ。カタバはついつい、上体を起こし、まじまじとセイの顔を見つめてしまった。

「うん、尻尾。……ダメか?」
「いや、全く構わないが……。その後、してもいいのだろうか。大丈夫なのか?」
ただでさえ、もう何回したのか覚えてないほど、ずーっとやりっぱなしだというのに。とは言え、先ほど食事を摂ったから、かなり回復しているのは事実で、できないことはないだろうけれど。

「大丈夫。…したい、でもその前に、カタバが気持ちよくなってる顔が見たい」
「な…っ!」
「だっていつも俺ばっかり見られてる」
「そ、それは、お前は可愛いからいいのであって、俺のようなのは…」

カタバに倣って、上体を起こし、褥の上に座ったセイの猫耳が心なしか垂れているように見える。違う、落ち込ませるつもりなどなかったのだ。違うのだ、そういう意味ではない。セイが見たいと言うのならもちろん見せることに抵抗はないが、見たところで、なんの価値もないような気しかしないのだ。

「わかった、セイ。…好きにしろ」
セイが見たいというなら叶えよう。結局カタバが出した結論はそれだった。
しゅるっと帯を解き、カタバは着ていた浴衣を脱ぎ捨てた。斜め後ろ、背中を向けて、ゆらゆらと動く尻尾をセイの腕に絡ませる。

「そっち向いてたら、見えないじゃないか」
セイはじいっと下からカタバの顔を覗きこむ。困ったような表情のカタバが新鮮だ。今更恥ずかしいのだろうか。自分はもっと、いろいろな表情も姿も、なにもかも全部見られているというのに。
広い肩幅、分厚い胸板、綺麗に割れた腹筋、はっきりと筋肉の形がわかる二の腕、ところどころ、手当もしなかったんだろう傷跡が残る上半身。案外細くて、すらりと長い脚。全部全部、たまらなく愛おしい。

「さ、触らないのか?」
容赦なく襲い掛かってくる快感を覚悟して、身構えていたカタバは、いっこうに尻尾に触れてこないセイの様子に、珍しく不安そうな声を上げた。
「触る。…カタバは、顔だけじゃなくて、身体もかっこいいなと思って見てた」
「な、何を言って…!」
反論するより早く、セイの細い指が、するすると尻尾の毛並みをなぞるように動き始めた。

「んっ…!!」
「多分俺、カタバが感じてる顔も好きだと思う。だから、見たい」
「た、楽しいものでは、っ、ないと、思うぞ」

このままずっと触られ続けていれば、いつか自分も入れられたい、欲しいと思うのではないかと言うほどの、強い快感がカタバの全身を襲う。先端の方ばかり触ってきて、付け根には一切手を伸ばさないのは、さっきまでの時間で付け根のあたりはヤバイとセイも理解したからだろう。
今自分がどんな表情をしているのかなど、考えたくもない。が、セイは真剣な表情で覗きこんでくる。

「カタバ、すごくエッチな顔してる…」
「や、やめんか!」
声が出そうになる。が、歯を食いしばって耐えた。セイのは可愛いが自分は違う。自分自身の喘ぎ声など、想像もしたくない。

「カタバ。…変な気分になってきた。俺のも、触って。それから、キスして」
正直、言ってもらえるのがもう少し遅かったら、そのまま押し倒していたかもしれなかった。
左腕で腰を抱き、カタバは右手で裾から顔を出すセイの尻尾に、そっと指を乗せた。

************

約束通り、スクナは翌日の昼頃、戦神の社を訪れた。
「悪ィ、スクナさん。セイもカタバも、多分まだ寝てんだよなぁ」
「寝てる…?」
とりあえず、応接間に通そうと出迎えたスオウの後ろから、とんでもなく不機嫌そうな声が響いた。

「僕が、ここ2、3日ロクに寝れていないっていうのに、こんな時間にまだ寝てるだって?」
それは、極限まで働かされて、寝不足に陥っている者の恨めしい声だった。

「と、とりあえずお茶でも飲んで休んでくれよ!ここまで来るのも疲れただろ?」
座布団の上に腰を降ろし、不機嫌そうな表情ながらも、スクナはスオウが運んできたお茶に口をつけた。

「でも、頭領とセイさん風邪だろ?」
「熱あるみたいだから、そこは多めに見てやってください」
スオウの後ろで、応接間を覗きこんでいた戦神達が口々に言い出して、スクナは数回、瞬きを繰り返した。

それからじいっとスオウの顔を見て。
「ああ、もしかしてそういうことになってんの?」
「ま、…まぁ」
現状、スクナ意外で唯一、真相を知っているスオウは視線を逸しなんとも歯切れの悪い答えを返した。

「えっ?違うのか?」
「スオウさん、どういうことです?」
たった今まで、なんの疑問も抱いていなかった戦神の仲間たちがスオウの周りに集まってくる。こうなったらもう、隠せない。バレるのは時間の問題だろうがそれでも自分からは言えないなと困っているスオウの前で、スクナは楽しそうに笑った。

「ああ、なるほどねー。確かにそうだよね、あの強面の頭領に猫耳が生えたとか、そりゃ部下には知られたくないよねー」
「猫耳?」
「カタバさんに猫耳?本当ですか?」

興味津々の戦神達に向かって、スクナはなおも楽しそうに続けた。
ため息を落としながら、それでもスオウは少しだけホッとしてる自分に気がついている。だって、これなら、みんなに真相がバレたのは断じて俺のせいじゃないと言い張れるではないか。

「そう!ついでに尻尾もねー。そしてまたこれが、超性感帯。触られたらヤバイくらいの代物。…まーやっと原因もわかったし、病気とかそんなんじゃないから、今から起こそうか!」
見に行こう!と、盛り上がる戦神たちは、スクナを先頭に応接間を出て行ってしまった。
後に取り残されたスオウは、スクナが何気なく言った言葉に驚きを隠せずにいた。

とりあえず皆の後を追いかけてみるものの。耳と尻尾が性感帯だと、確かにスクナは言った。
ならば、最初にカタバに叩き起こされた時に、面白がって触って殴られたのも仕方ないと思う。それと、昨日、二人の部屋を訪れた時に、セイが泣いていたような気がしたが、あれはもしかして喧嘩してたんじゃなくて、むしろいい雰囲気だったのではなかろうか。

「……ま、いっか」
あの後は2人に会っていない。離れの入り口まで食事を持っては行ったが、声を掛けたりもしなかった。せっかく二人でいるのに邪魔したくなかったからだ。
散々、見に行こう!と、盛り上がってはいたものの、離れの入り口に着いたあたりで戦神の仲間達は静かになった。

「どーすんだこれ?」
「本当に寝てるならまだいいけどよー」
「もし最中だったら、俺ら斬られるくらいで済むのか?」
普段のカタバの言動を知っているからこその行動である。

ところが、そんなものは知らないスクナに遠慮はない。
「はーい、オハヨーハヨー!!カタバくん、セイくん、起きるー!!診察に来ましたよー!」
大きな声を上げるなり、そのまま勢い良くスパーン!と襖を開いた。

「あれ?ここは仕事の部屋?寝所は奥?」
恐らく寝不足のテンションというのもあるのだろう。ずかずかとカタバの部屋に入っていったスクナは遠慮なく、奥の障子も両手で一気に開け放つ。
「はい、おはよー!カタバくん、セイくん起きましょうー!」

スクナの怖いもの知らずっぷりに、戦神の面々は、カタバの仕事部屋に入ることすらできず、廊下からこっそり中を覗くだけだ。
「うわぁあああ!!!な、何事だっ!!」
悲鳴のような声を上げながら飛び起きたのはカタバだけ。そして、すぐにハッとなにかに気づいたように掛け布団を隣に寝ているセイの頭の上まで引っ張りあげて隠す。

二人共、なにも身につけずに眠っていたからだった。
「何事だ!って言うけどさー。呼んだのは君でしょ?……っていうか、消えたんだね、猫耳。早くない?」
カタバの目の前にしゃがみ込んで、スクナはまじまじとカタバを見ながら頭を撫で回した。しかし、どこをどう触っても、猫耳がそれまであったという気配すら残っていない。

「や、やめんか!」
本当に、尻尾もなくなっていることを確認してから、カタバはスクナの手を払った。
「なくなったとは言え、結局あれがなんだったのか知りたいでしょ?あっちで待ってるから、着替えたらおいでねー」
残念だったねーと言いながら去って行くスクナの後ろ姿を見て、ようやくカタバは、戦神の仲間たちも部屋の入り口まで来ていたことに気がついた。

どうせ全員男だ、自分の裸なんぞにはなんの価値もないが、すぐにセイを布団で隠した手際については、自分で自分を褒めてやってもいいかもしれないと思う。
「セイ、聞いていたか?」
「…うん、聞こえてた。…ほんとに猫耳も尻尾も、なくなったね」
もぞもぞと、掛け布団から顔を出したセイの視線が、明らかにカタバの頭の上に注がれている。

「なんだ、不満か?」
「そんなことはないけど。…ちょっと寂しいかも」
カタバが障子を閉めてから起き上がったセイを抱きしめて、おはようの口づけを。

「あんなものなくたって、これからは毎日でもすればいい」
「うん、そうだね」

ゆっくりと着替えた二人は、スクナと仲間たちが待つ応接間へと向かった。
そして、そこで聞かされた事実に揃って絶句するのである。

「なんか人間たちがねー、戦で山っていうか丘?ひとつ削っちゃってー。実はそこに化け猫が封印されてたらしいんだよねー」
数百年ぶりに自由の身となった化け猫は嬉しくてたまらなかった。封印されている間に、溜まりに溜まった魔力が溢れていて、とにかくいたずらをしたくてしたくて仕方がなかったらしい。
3日ほど前から、化け猫は、各地を飛び回り、人間と言わず神と言わず、とにかく手当たり次第、可能な者に猫耳と尻尾を生やして回っていたという。

その、化け猫の溢れた魔力に当てられて猫耳と尻尾が生えたのは、基本的に『欲求不満』を感じていた者が多いという。
「だからね、その欲求不満を解消してあげれば、猫耳も尻尾も消えるってわけ。まーなんにもせずに放っといても、1周間もすれば消えるって、さっき当の化け猫が白状したけどね」
ついさっき、その化け猫は必中乙女の手によって捉えられ、二度と悪さはしない、今度このような事件を起こしたらまた封印するという約束で、とりあえず放免されたらしい。

「欲求不満、ね」
「なるほど…」
「だから消えたんだ…」
自分たちを取り囲むように、一緒に話を聞いていた戦神の仲間たちが全員、納得したような顔で頷いているのがいたたまれない。セイは頭を抱えて俯いたまま顔が上げれなくなって、カタバの背中にしがみついた。

「頭領。…頭領が仕事の鬼なのは知ってますけど、たまにはちゃんと、二人揃って休んでくれて、いいですからね?」
誰かが言い出した言葉に、戦神達が一斉に頷き返す。
「そうですよ!俺ら、離れには近づきませんし!」
そうだ、そうだ!と口々に声が上がる。

「ま、待てお前達、なんの話を…」
「とりあえず俺ら、さっきまで二人とも風邪で熱出してると思ってて、そのつもりでいたから、今日も休んでいいっすよ」
「そうそう、夕食は後からスオウが届けますんで!」
「なんで俺なんだよ!」
戦神達がどっと笑うのを見届けてから、スクナはすっと立ち上がった。

「じゃあ僕は次の約束があるから行くねー」
「ああ、送っていきますよ!」
「ありがとうございましたー!」
ぞろぞろと、仲間達が応接間とその周りの廊下から引き上げてゆく。今この場にいなかった者達にも、この話はどうせ、今日中に45柱全員伝わるのだろう。

「セイ。…戻って、寝直すか」
自分の背中にしがみついているセイを引っ張って抱き寄せて。どうせみんなスクナの見送りに行ってしまって誰もいないだろうと、カタバは静かに唇を寄せた。

くっついて、離れへ歩いて行く後ろ姿を、実は見送りから戻ってきた仲間たちが見ていたことなど、二人は全く気づいてはいない。
「あのさ、俺思ったんだけど、欲求不満が解消したから猫耳消えたんだろ?」
「そういうことらしいな」
「しかもさ、化け猫の魔力に当てられたってことは、欲求不満だったってことだろ?」
「つまり、セイさんの欲求不満が爆発して、大喧嘩とか家出になる前に解消できた…ってことになるよなぁ?」

戦神達の中で、『化け猫様々だ、封印するなんてとんでもない!むしろ時々来て欲しい』という考え方は、あっという間に共通の認識となった。
それ以来、戦神達は、圧倒的に猫派が増えて、社に住み着く野良猫も増えたとか増えないとかいう話である。






















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