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※LOVE LOVE LOVEの続きです

大学の最寄り駅のホームまで、また子が来ていた。もちろん、敢えてホームにいるってのは、改札を出なきゃ金がかからないからっていう、それだけだ。

やさしいキスをして


「しんすけセンパーイ」
また子は目立つ。制服が私服に変わっただけで、相変わらずのミニスカートにヒールの高い靴。まだ5月だから、カーディガンを羽織っているものの、胸元が広く開いたカットソー。ただでさえ金髪ギャルなんだから、お前派手すぎなんだって。

「お前、ナンパされなかったのか?」
「されたッス!されまくったッス!」

そりゃそーだろうな。俺は全然なんとも思わねェけど、普通の男が黙ってるわけないよな。ましてや飢えた大学生がゴマンといる駅だ。まだこっちはマシだろうけど、ひとつ隣の、理系校舎の最寄り駅なんか行ったらもっとスゲェはず。やつらの方が女に飢えてるからな。

「めちゃくちゃウザイッス〜」
「お前がそんな格好してるからだろうが」

いつも通り腕にしがみついてきたまた子だけど、ヒールのせいで俺より背が高いこと以外は、コイツだけは全然気にならない。いつの間にか知り合って丸4年だもんな。

「で。何食うの?」
「新しくできた居酒屋があるんスよ!センパイ、一緒に行こう」
「なに、お前、酒飲みてェの?」

そんな気分でもなかったんだけどなぁ。ま、いっか。早めに帰ってやる。とりあえず、今日も遅くなるって言ってた辰馬にはまた子とご飯に行くってメールを入れておいた。

2人で電車に乗って渋谷を目指す。また子の学校は確かこの辺だから、コイツわざわざ俺を迎えにこの道則を往復したってことなんだよな。そこまでして確実に俺を捕まえたかったのか、それとも。

「また子、俺、もう電車大丈夫だぜ?」
「でもー、坂本が10分以上1人で乗せるのは怖いって言ってたッス」

やっぱりそうか。コイツにまで心配させてんだな、俺。

「そーそー、センパイ。渡す物があるッス」
言いながら鞄の中をあさったまた子が取り出したのは、サンプルとだけ印字されたCD。それが、なんなのかなんて、聞かなくてもわかる。

「あんの馬鹿兄貴、自分で渡せばいいッスよ」

昨日帰って来てたんスよ〜って、また子は笑うけど。今更どんな顔して万斉に会えって言うんだよ?いや、先月花見の時に会ったけどさ、あの時はみんないたし。これで3枚目のシングルか。結局俺は、全部サンプル盤を発売前に万斉からもらってる。

「ここッスここッスぅ」
また子に連れられるがままにやってきたのは、居酒屋というよりは創作料理屋みたいな。店内は薄暗くて、個室ではないんだけど席ごとに仕切りがあって落ち着いた感じ。さすがに開店したばかりの夕方5時とあって、まだガラガラだ。

「おい、また子!俺、そんなに金持ってねェぞ?」
いざとなりゃーカードも持ってるけどよ。

「大丈夫ッス!割引券あるし、昨日兄貴に小遣いもらったッス」
「あ、そう」

じゃあ今日はお前のオゴリなわけ?でも、年下に奢られるのもどうかと思うんだけど。

「とりあえず生2つッス」
メニューを開きもしないで、まずは1杯目のビールを頼むまた子。いいんだけど。

「そうそうセンパイ。さっき渡したCDの曲、ドラマの主題歌になるらしいッスよ」
「へぇ!タイアップがつくなんて、万斉もやるなー」
「ベッタベタのラブソングだったッスよ」

早速出てきた生ビールで乾杯しながら、また子が俺の顔を見て言った。誰のこと思い浮かべて書いたッスかねぇ、と。

「でも、ベッタベタのラブソングなのに最後は別れちゃったみたいな歌詞ッスよ」
「なんかそれ、聴きたくねー感じだなァ」

それってそのまんま、俺達のことじゃねェか。万斉と別れた後にたまたま有線で流れてた『EVANESCENCE』の『MY IMMORTAL』だけで号泣しちまった俺に聴けっていうのかよ。

軽くお勧めメニューの料理を頼みながらまた子と飲んでいたら、ふとあることに気がついた。そういえばコイツも兄貴とめちゃくちゃ仲がいいじゃねェか、って。

「なァ、また子」
「なんスかぁ?」

お前は、俺と万斉が付き合い始めた時、『お兄ちゃんとられた』とか思わなかったか、って。寂しかったりしなかったか、って。

「それはあんまり、思わなかったッスよー」

それより、あの兄貴が付き合うってことは100パーセント男だから、無理矢理なんにも知らない男の子をそっちの世界に引きずり込んだんじゃないかって心配になって、怒ったことの方が覚えてるッス、ってまた子は話す。そういえば、初めて会った時にまた子のやつ、めちゃくちゃ万斉のこと殴ってたっけ。
俺達が付き合い始めたの、別に無理矢理ではなかったけどよ。俺がなんにも知らなかったのは事実だし、キスされたのは突然だったけど。俺は嫌じゃなかったから。

「センパイ、坂田に桂さん取られて寂しいんスか?」
「なっ…!」

みんなさ、俺のこと女みたいだとか、お前には女の勘があるとか言うけどさ。本物の女の勘ってヤツはコレなんだって。だって俺、まだまた子になんにも喋ってないんだからな!

「センパイには坂本がいるじゃないッスか。悔しいけど」
「そうだけどよ、辰馬と小太郎は、また別なんだって…」

この感情をなんと言ったらいいのだろう。悔しいとか哀しいとか、そんなんじゃないのだけれど。もちろん、小太郎が銀時と幸せになるんなら大歓迎だし。だけど。

「じゃーセンパイは坂田のこと嫌いなんスかァ?」
「いや、全然。そんなことはねェんだけど」

あのな、また子って。銀時は本当は辰馬のことが好きだったんだぜって、ここだけの話にするよう念を押して告白した。だけど辰馬は、俺くらいの身長が一番好きだからさ、全然銀時の気持ちには気付いてもいなかったんだって。

「センパイ、ちょっと待つッス」

また子はゴソゴソと鞄の中からルーズリーフとペンを取り出して、そこに名前を書き始めた。
4人の名前を書いた後、その名前を矢印で繋げて行く。言ってみれば、少女漫画の最初のページによくついてるような恋愛相関図だ。

「センパイ、ビバヒルッスね〜」
「はァ?」

書き込みをする手は止めないまま。今度はそこに、『兄貴』とか『アタシ』とか、幾松さんの名前まで書き始めたんだけど。また子のやつよく見てるなぁ。幾松さんに会ったのなんて、花見の時1回だけなんじゃないか?あ、もしかしたら学祭で会ってんのかな。

「ビバリーヒルズ高校白書。昔夜中にやってたの知らないッスか?」
「ぁあ、アレか」

アメリカのドラマだったっけ。そんなに詳しくはないけれど、何回かは見たことがある。

「これで桂さんと坂本の間に、なんかあったら完璧ビバヒルッスね」
「ああ、それがな」
また子からペンを借りて辰馬から小太郎へ向かう矢印を1本引く。

「1回の時、一発ヤらせてくれーって、辰馬が迫ったことがあんだって」
「坂本らしすぎて笑えないッス、それ」

ついでに俺と銀時の間にも線を入れて。思い出したくないけど、1回ヤられたことあるし。それから、横に沖田と土方の名前も書いて、俺と沖田を繋げて。土方は近藤と繋いで近藤と辰馬はあくまで友達の1本線。ついでに少し離れたとこに、岡田と武市の名前も書いてやった。なんだかこの2人だけ完全にカヤの外って感じ。

「ぐちゃぐちゃすぎッスよ、センパイ」
「書いてて俺も思ったわ」
俺とまた子は、顔を見合わせて笑った。

「でもね、センパイ」
また子がテーブルの上に顎を乗せて俺を見上げてくる。

「なんか今の状態が一番、収まるとこに収まってるって感じがしてるッスよ」
泣くのはアタシと兄貴だけだし、と呟いたまた子。だから、ごめんって。俺がもし、普通にノンケだったら、間違いなくお前と付き合ってると思うから。

「だいたい桂さんと坂田だって、いつまで続くかわかんないッスよー?センパイみたいに長く付き合う方が少ないんだから、この世界」
「お前が言うな、お前がっ!」

確かに男同士のカップルの場合、1ヶ月やそこらで別れても『よくある話』で『当たり前』と言われてしまう。3ヶ月、半年付き合ったら『長いなぁ』って思われちゃうような世界だから。
そういう意味では、俺と辰馬よりも岡田と武市とか、沖田と土方なんて本当に珍しいカップルだと思う。ただし、一度長く続いてしまえば、そのまま10年以上とかになるのもこの世界の特徴。俺と辰馬も、そういう風になれるかな。

「兄貴も馬鹿だからァ、なんか勢いで付き合っては1、2ヶ月で別れて…みたいの繰り返してるらしいッスよ」
「そう、なのか…?」

また子にそんなつもりはなかったんだろうけど、その言葉に胸がズキンと痛くなった。そんなのってホント、この世界では普通のことなのに、なんでか万斉にはちゃんといい人見つけて欲しかったっていうか。むしろ俺なんかよりも、もっとカッコイイやつ連れて来て、自慢して欲しいくらいの。

銀時に言われなくたって自分が一番良くわかってる。俺はまだ、万斉のことが好きだし、忘れられないし、引きずってる。こうやってまた子と会っていたって、罪滅ぼしにもなんにもならないのもわかっている。

だけど、プロデビューしてから、あんまり連絡しない方がいいだろうって、勝手に判断してる俺に唯一入ってくる情報源がまた子で。万斉が元気にしてることがわかればそれでいいんだけど、やっぱりそれくらいは、万斉のことが気になるんだ。

「センパイ、そんな泣きそうな顔しないで欲しいッス」
「だっ、誰がっ!してねェよ!」

本当は泣きそうになっていたのは事実だった。どうして世の中は、みんな一緒には幸せになれないんだろう。

「センパイが気にすることじゃないッス。だいたい、坂本に告白しちゃえばって、言ったの兄貴なんでしょ?」
また子がその話を知っていたことに驚いた。万斉のやつ、本当にまた子にはなんでも話すんだなぁ。

「センパイはァ、あたし達が割り込む隙もないくらい幸せになんなきゃ駄目ッスよ」

そう言うまた子は視線を逸らしていた。なんだかまた子の方が年上みたいな感じだ。精神的には、女の方が大人なんだって言うのは本当なんだろう。明らかに、昨年までの『あたしと付き合って』とか『兄貴と仲直りして』なんて言っていたまた子とは違っていて。
制服を卒業しただけじゃなくて、コイツは本当に大人になったんじゃないかと思ってしまった。
偉そうに俺が言う権利も何もないけれど。いや、むしろ俺の方がずっとガキだ。些細なことで銀時を責めた、俺の方がずっと。

「また子、今日ウチ来るか?」
起き上がって追加で頼んだカシスウーロンを飲みながらまた子が首を傾げる。

「いいんスか?坂本は?」
「お前なら大丈夫だろ?それに最近遅いから、まだ帰ってねェと思う」
「そうッスね…」

しばらくまた子は考えていたようだったけれど。
「どっちみちセンパイ送るつもりだったし。じゃあ、泊めてもらうッス」

いや、だからもう1人でも電車乗れるっての!辰馬と喧嘩した後だとか、そういうよっぽど精神状態が不安定じゃない限り大丈夫だっての。

「じゃあ、ウチで飲もうぜ」
学生は金がないんだ。家で飲む方が断然安くつく。

「了解ッス〜」
立ち上がって伝票を持って精算へ。一応俺がその場では全額払ったけど、また子が後から半分くれた。

「センパイセンパイ、プリクラ撮るッス!」
「ハァ?」
「考えたら、2人で撮ったことないッスよ」
「お前な…」
そりゃそーだろ。なんでお前と2人で撮るんだよ。だからって、万斉と2人で撮ったこともなかったけど。

「こないだ、3人で兄貴の誕生日に撮ったやつが出てきたんスよ」

万斉の誕生日に3人で撮ったやつって言ったら、俺が高2の時のだ。あの頃が一番楽しかった。今が不幸だとは言わないけど、あの頃は苦しいこととか辛いことなんて知らなかった。知らずに済んでいた。それで毎日が過ごせてた。

どうやら本気らしいまた子に引っ張られて、ゲーセンに連れて行かれそうになってる。ちょっと、マジでどんな顔して写れってんだよ?苦手なんだよ俺、そういうの。また子は、お構いなしに喋りながら俺の腕を引っ張って行く。

「笑うッスよー。うちの母親。プリ見て『高杉君と付き合ってたのって、もしかしてあんたじゃなかったの?』って」
「……え?」

俺が万斉の家に遊びに行っている時に、おばさんが帰ってきたら、俺と万斉は学校の屋上で仲良くなった友達で、俺とまた子が付き合ってて、みたいな、そんな説明をしていて。それでおばさんも納得してたような気がしてたんだけど。

「そう言われてから見たら、確かにセンパイと兄貴が隣合ってくっついてるなんておかしかったッス。センパイ照れてたし」

ケラケラ笑うまた子に、文句を言うことも忘れて気づけばゲーセンの前まで来てしまっていた。まぁ、もうおばさんに会うこともないだろうから、いいんだけどよ。

「ちょっと、俺ホントに…」
さっさと機種を選び、お金を入れてフレームまで決めてしまうまた子。この辺は、ついこないだまでイマドキの女子高生だったまた子には絶対勝てない。

「ねぇ、センパイ」
「なんだよ?」

俺が横向いて応えた瞬間にフラッシュ。うわ、斜め横向きで、目茶苦茶マヌケな顔で写っただろうがっ!

「お前っ!」
「カメラから目離しちゃ駄目ッスよ」

なに、もー、こうなったらヤケじゃん?意地でも1枚くらいはマトモな顔作って写ってやるからな。

「アタシとセンパイって、友達ッスか?」
「え?はァ?……いや、俺はそうだと思ってるけど?」

また喋ってる間に光った。けど、今度はさっきよりはマシ。正面向いてるし。

「良かったッス」
お前、何言ってんの?友達じゃなかったらなんなんだよ。こうやって一緒にご飯食べに来て、プリクラまで撮らされてる俺はどうなるんだよ。

「じゃあ、これからもいろいろ相談してくれるッスか?今日みたいに」
今日のアレって相談だったのか…?とは思ったけど、確かにまた子に話して少し楽になってる自分がいる。

「まぁ、機会があればな」
3枚目は、一応納得のいく顔が写った。次は4枚目、これが最後。

「センパイ、やっぱり好きッス」
「お前な…………っ」

ついついカメラから目を離して横を向いてしまった俺の言葉は途中で途切れた。目を見開いたまま固まってしまった俺の目の前にあるまた子の長い睫毛。それから、唇の柔らかい感触と甘い香水の匂い。無常にも、動けないでいる間に、4枚目のフラッシュが光った。

「………でも、もう付き合ってくれとは言わないッスよ」

ニマッと笑ったまた子が確信犯だったのだとわかったけれど、それでも俺は硬直して動けなくて。女とキスしたのなんて何年ぶりだ?しかもそれが、今からシールになって印刷されて出てくるって、これはどんな悪夢だ?

印刷されて出てきたシールでは、右を向いていた俺の表情は、長い前髪のせいで全くわからない。逆だったら、目を開けっ放しでまばたきもできずに固まっているのが少しはわかっただろうに。

「お前、コレ辰馬に見つかったらどーすんだよ…」
キッチリ半分に切って渡されたプリクラを見ながら俺は溜め息をつくしかできなかった。他に入れておく場所も思いつかなくて、とりあえず財布の中へ。

「アタシとセンパイの秘密ッス!だから隠し通すッスよ」
簡単に言うけどなぁ、一緒に住んでんだぞ、俺達。
だけど。なんか不思議な感じもする。

「あのさー。なんか、お前にキスされてさー」
「そんなに嫌だったッスか?」

満足したのか、俺の腕を取って駅に向かって歩き始めたまた子が泣きそうな声を上げた。

「そうじゃなくて。あんまり嫌じゃなかったから、困ってる」
なんでだろう。確かに、俺はそこまで女が嫌いだとは思わないんだけれど。ただ、恋愛対照としての興味がないだけで。

「あ、わかった。お前、女じゃねーんだわ」
「しんすけセンパイっ?どーゆー意味ッスかっ!!」
ムキーって怒り始めたまた子が俺に詰め寄ってくる。

「いや、だってさ。お前俺らのこと理解しすぎだし」
そんなん言ったらきっと陸奥もそうなんだけど。環境ってスバラシイ。

「そりゃそうッス。筋金入りのおこげッスよ、あたし」
「お前はおこげとはちょっと違うだろーが」

ゲイと一緒にいるのが好きな女が『おこげ』だけど。また子の場合、好き嫌いじゃなくて、実の兄貴がゲイなんだから仕方ない話だと思う。万斉がいなかったら、きっと今こうやって、俺と歩いてることもなかったんだろうから。

とにかく、やっぱりまた子は『普通の女の子』とは違うんだって1人で納得しながら。俺達は電車に乗って俺と辰馬のマンションに2人で帰った。

途中のコンビニで飲む物だけ買ったけど、辰馬はまだ帰っていなかった。最近本当、帰るの遅いんだよなぁ…。

***

辰馬が帰ってきたのは0時過ぎだった。なんだか酷く疲れた顔で、明日も早いと言ってシャワーも浴びずにさっさと寝てしまう。本当に、最近忙しそうで、なんだか少し遠く感じる。一緒に暮らしてるってのに。

俺とまた子はずっと、飲みながらゲームしてて、いい加減それにも飽きて、グタグダ喋りながらまた飲む。ペースは遅いけど、ダラダラ長時間飲むってのが俺達、っていうか、ここでの宴会に来てるメンバーはほとんどみんなその飲み方だ。

「センパイ、シャワー貸して」
「いいぜ。タオルとか、場所わかるよなァ?」
そろそろ寝ようかって話になって。俺は俺の部屋に、また子のための布団を敷いてやる。

携帯が鳴ったのは、その時だった。
「どーしたんだよ、こんな時間に」
電話の相手は小太郎。

銀時が泊まりに来てるはずなのに、俺なんかに電話してていいのかよ。俺は煙草に火をつけて、俺の部屋から続く小さいベランダに出る。ちょっとまだ寒いけど、一応家賃払ってるの辰馬だし、辰馬は吸わないし。飲み会の時以外は煙草の臭いとか気にしてるんだぜ、俺。飲んでる時は無理だけど。

『ちょっと聞きたいことがあったんだが…』
やけに小声なのは銀時が寝てるからだそうだ。でもなんだろう、話し方が小太郎っぽくない。もっと言いたいことハッキリ言えばいいのにな。

しばらく口ごもった小太郎がようやく話したのは、銀時のことだった。
『銀時がずいぶん泣いていたんだが、お前何か知らないか?』
小太郎が聞いても何も話さず、そのまま泣き疲れるように眠ってしまったのだと言う。

「小太郎、ごめん。多分それ、俺が悪い」
まさか銀時が泣くと思わなかったって。俺まで小太郎と同じこと考えてしまって、胸が痛くなった。明日、どうやって謝ろう。

「俺がしょーもないことで責めたから、多分それだと思う」
『何のことなんだ?』

昼休みに小太郎と別れてから、銀時と一緒にいたのは俺だったから、小太郎は俺なら何か知っているだろうって考えたみたいだけど、まさか俺のせいだとは思ってなかったらしい。

『喧嘩でもしたのか?』
「喧嘩って程じゃないけど。言い合い?…お前は知らなくていいことだから」

何を言い合ったのか教えてくれって小太郎は返す。あんなに泣かれたら、どうしても気になるんだと。だけど、俺は『小太郎は知らなくていい』の一点張り。だって、言えるわけねェじゃん。

『晋助、そんなに俺は信用ならないか?』
「なっ、違ェよっ!」

頼むからわかってくれって。お前にだけは言えないんだっつぅの。

『じゃあ、話してくれたっていいじゃないか』
「………、お前なぁっ」

こうなったら小太郎はしつこい。絶対に自分が納得するまで引き下がらないんだから。

『晋助、俺が銀時のことを知りたいと思うのは間違ってるか?』
「ぅー」

間違ってなんかない。断じて間違ってなんかいない。むしろ、自分の恋人のことを知りたいと思わない方がどうかしている。だけど。

「これ聞いて、傷つくのは小太郎だと思う」
それでもいいのかと念を押す。後悔しないから教えろと小太郎が答える。だから結局、俺は小太郎にしゃべっちまった。洗いざらい。

「晋助センパイ、煙草ッスか?」
部屋の中からタオルで髪の毛を拭いているまた子に呼ばれてようやく俺は我に返った。ベランダに置いてる灰皿の中で、短くなった煙草はとっくにフィルターだけになって消えていた。

***

(銀時はずっと、辰馬のことが好きだったんだ)
(俺だって、お前のこと好きだし、元彼のことも忘れられてないし。なのに自分のこと棚に上げて銀時を責めた)
晋助の言葉が頭の中を回っていた。

(辰馬も、銀時が自分のこと好きだって知ってるけど、何にもしてやれないからって言ってるみたい)

知らなかったのは自分だけか。いや、それよりも、晋助は未だに自分のことが好きだったのか。どうりで坂本は俺にだけはしつこく嫉妬するはずだ。

中学生の時に、今の自分だったら、晋助の気持ちに気付けてあげられたのだろうか。悩む晋助を救ってやることができたのだろうか。でも、そんなこと今更思っても仕方がない。時はもう、戻らない。

「世の中、上手く行かないものだな」
しばらく携帯を持ったままパソコンデスクの前に座っていた。今は静かに寝息を立てる銀時を、好きだと言いながら縋ってくる銀時を、自分も好きになってしまった今は、結構なダメージだった。晋助から半ば強引に聞き出したものの、かなりのショックだった。

「よりによって坂本か」
自分だって坂本は好きだ。アイツのことを嫌いになれる人間などそういないに違いない。坂本とはそういうやつだ。
ただし、自分が思うのは、あくまでも友達としての感情で、他に特別なことがあるかと言えば、弟みたいに可愛がってた晋助の恋人だという、それだけの話。

(小太郎泣かすような真似したら許さねェからなって言っちまって)

お前な、それは昨年、お前達が付き合うことになった時に俺が坂本に言ったのと同じことじゃないか。その割に、しょっちゅう喧嘩してしょっちゅう晋助は泣かされているけれど、結局は晋助が坂本のことを好きで戻って行くんだからどうしようもない。別れちまえなんて言う権利、俺にはない。今別れて坂本が銀時狙いに変わられても困る。いや、それはないか。俺にだって、1回の時『もう少しちっこい方が良かったんじゃけどのぅ』なんて言ってた坂本だから。俺があと5センチ、身長が低かったら、坂本に襲われていたんだろうか。いやいや、アイツの場合は無理矢理したって話は聞かないから大丈夫だろう、それは。そんなことより、これ以上晋助が泣く姿なんて、真っ平ごめんだし、銀時は俺のものだ。

そこまで頭の中で考えてから、突然気付いたことがあった。

「銀時は俺のもの、か?今、そう思ったのか、俺は?」

唐突に理解してしまった。そうか、これが独占欲で、これが嫉妬という感情なのだと。坂本がいつも俺にだけはしつこく嫉妬してきて、正直うっとうしいとまで思っていた。だが、今の自分はどうだ。

「逆に、坂本に嫉妬してるじゃないか」
おかしくて笑いが込み上げてきた。これまで、誰かに嫉妬するほど、特定の1人に執着したことなんて一度もなかった。
それが今はどうだ。自分でさえ、ここまでの気持ちになるのだから、坂本なんかもっとだろう。俺と晋助の間には、幼い頃から積み上げられてきた十何年という年月が存在するのだから。

眠っている銀時の頭をそっと撫でてみた。天然パーマでふわふわで、直毛の自分とは正反対の髪の毛。銀時も、どうやら頭を撫でられるのは嫌いじゃないらしい。

「坂本のことなど忘れてしまうくらい、俺が愛してやる」

部屋の電気を消して、俺は銀時の隣、狭いベッドに潜り込んだ。明日は夕方くらいまで特に用事はなかったなと、頭の中で確認しながら。

***

『落ち込んだって仕方ないッスよ、センパイ』

昨夜のまた子の言葉が蘇る。だから、さっさと謝って、この話は終わらせてしまおうと思ってんのに、なんで来てないんだよ、銀時。時間が経てば経つ程、言いにくくなるんだっつぅの、こーゆぅのって。しかもお前、2限はドイツ語だぜ?サボって単位落としても知らねェからなっ。

『どーせビバヒルなんだから、どっかからその話がバレるのって、時間の問題ッス』

ずいぶんビバヒルって言い方気に入ったみたいだよな、また子のやつ。でも確かにそうだ。銀時が辰馬のこと好きだって話は、土方も知ってるんだからな。なんて思いながら1人で喫煙所で煙草を吸っていたら、その土方に会った。土方も、昼ご飯はまだらしい。

もう一度銀時に電話をしてみたけど全然出なくって。今日は辰馬も小太郎も学校には来ていない。小太郎と銀時はきっと一緒にいるんだろうから、小太郎がいないのは当たり前だけど。俺は土方と食堂の喫煙席を陣取った。

「マンション決めたんだ。お前らんトコと、最寄り駅一緒だぜ」
「マジで?」

6月の末に引っ越しをするんだって土方が話し始めた。なんかすげぇ、嬉しそう、悔しいな。なんか辰馬が忙しそうだから、俺もう5日も辰馬とヤってねェぞ。

「一緒に住んでてもなァ、いいことばっかでもねェぞ〜?」

ちょっとだけ、意地悪を言いたくなったってのもあったけど、でもそれは事実だ。昨日も辰馬の横でくっついて寝たし、朝は辰馬に起こしてもらったけど。朝早く出て行った辰馬と、キスもしていない。もしかしたらしたかもしれないけど寝起きの俺には記憶がない。

「そりゃそーだろうけどなァ」
今でも週の半分以上は総悟はうちに泊まりに来てるんだから大丈夫だろって、土方は煙を吐き出しながらのんびりとした声を上げる。今の土方ん家は、ここから電車で1時間以上かかるし、乗り換えも面倒だってのに、それでも行くんだから、沖田のヤツよっぽど一緒にいたいんだろうな。それを、本人に向かって言ったら、めちゃくちゃ怒られるんだけど。

「でも、お前ら5年?6年?…今更か」
「うん。そう考えたら長ェなァ、俺ら」

俺と辰馬なんか夏でようやく1年だっつぅのに。あ、1ヶ月空いてるか?とにかく、それだけ長く付き合えるのって羨ましい。って、さっきから比較して、自分のことばっか考えてんな、俺。駄目なやつ。

「でよォ。引っ越し手伝ってもらえねーかと思ってんだけど」
「ァあ!いいぜ!当たり前だろ?」

いくら辰馬が忙しいって言ったって、こういうことのためなら1日くらい空けてくれるだろう。

「どうせ銀時も暇だろ?アイツに力仕事させてェ、小太郎は…就活次第だなァ…」
「近藤さんが車出してくれるって言うから、そんなにたくさんいなくても大丈夫だぜ?」
そりゃあ、土方と沖田、両方の兄貴分なんだから、近藤は手伝うだろうなと思った。

「とりあえず、辰馬に話したら、人数集めると思うし」
辰馬の友達は、なにげにガタイのいいやつばっかりだから引っ越し業者なんか頼まなくても大丈夫だと思うって言ってやった。それに、土方の部屋って意外と荷物少ないし。それに沖田の荷物が合わさっても知れてると思う。

「引っ越す日がちゃんと決まったら、また連絡するからな」
「わかった」

昼休みが終わって、俺と土方は、食堂を出て、それぞれの学部棟へ向かうために別れた。
銀時からの着信があったのは、3限目の途中で、俺は休み時間にかけ直す。

「お前、何やってんだよ?ドイツ語と基礎演習休むなんて馬鹿か?」
あ、しまった!って思った時にはもう遅い。まず先に謝ろうと思ってたのに。

『ごめんごめん!もう着くからさ。今駐輪場』
4限目には来たんだってわかっただけでも電話した甲斐があったってわけだ。正門の横の駐輪場に原付きを停めて、学内へ入ってくるだろう銀時を3号館の前で待っていたら、走ってくるその姿が見えた。

「あれぇ、晋ちゃん、待っててくれたの?」
泣きながら眠ってしまったって、昨夜小太郎が言ってたはずなのに、こっちが拍子抜けするくらい元気なのはなんでなんだ?

「お前、単位落としても知らねェからな」
さっさと3号館の中へ入って階段を昇りながら俺は言ってやった。完全に、昨日のこと謝るタイミングを逃した。

「ごめんって!今日だけ特別!」
なにが特別だよ。昨年からサボり癖がついてるんだろーがよ。それにしても、本当になんでこんな元気なんだよコイツ。

「ねー、晋ちゃん。銀さんやっぱ、ヅラが一番好きだわぁ」
「ハァ?」

今更何言ってんだお前?俺は、『晋ちゃん』呼ばわりされたことを突っ込むことも忘れるくらい呆れてポカンと口を開けたまま銀時を見上げた。
「朝っぱらからいきなりキスされてェ、ヅラが『銀時、好きだ』とか言うもんだからァ、我慢できなくなっちゃってェ、それから今までずっと…」

バキィって、盛大な音を立てて銀時が廊下を吹っ飛んだ。もちろんそれは、俺が殴ったからだ。

「心配して損したじゃねェかっ!」
「痛ぁいっ!何よ、晋ちゃん、嫉妬?」
「違ェ!」

この野郎、朝から今の今までヤってただと?しつこいようだけど俺は辰馬と5日もしてなくて、いい加減限界っつぅか、そろそろ今日あたり自分で抜こうかなとか思ってたっつぅのによ!なんだそのノロケ話!

「じゃあ欲求不満なんだ。なに晋ちゃん、生理前?」
「銀時、テメェ、殺すっ!!」
「わぉ!」

廊下を走って逃げ出した銀時を追い掛ける。結局2人で馬鹿みたいに騒いでいて4限の『日本文学史』は2人揃ってサボっちまった。ああ〜、馬鹿野郎。文学史、好きなのにっ。

散々構内を走り回って、疲れて俺達は、留学生センター横の芝生の上に大の字で寝転がる。もうすぐ梅雨が来て、それが終われば2回目の夏だ。空は高くて、もうこの時間だってのに、陽が長くなってきたこの頃は青空がまだ広がっている。

「ねー、晋ちゃん」
「誰が晋ちゃんだ」

真上の空だけ見てた俺の視界の端に銀時の姿が映って起き上がったのがわかったけど、そっちは見なかった。

「銀さん、絶対ヅラ泣かしたりしないから」
「何言ってんだよ、お前」
当たり前だろ、馬っ鹿じゃねェの。

***

『あんなに悩んだ俺が馬鹿みたいだったぜ』

晋助センパイからのメールを受信したのは夜のこと。センパイがそう言ってくるってことは、謝る必要もなかったとか、きっとそんな感じなんだろう。

「友達って、そんなもんだと思うッスよ、センパイ」
高校までの、センパイと今のセンパイは全然違う。自分を隠して上辺だけの付き合いしかしていなかったあの頃とは。

そしてあたしは、センパイにとっては友達の1人に数えられているらしいから。
また何かに悩んだら、電話してくれたら、すぐに駆け付けるッス。何もかも放り出してすぐに会いに行くッス。
初めて2人で撮ったプリクラを手帖に挟んで、これは兄貴にも見せないッスから。

センパイはただ1人運命の人ッスから。


END



えー、たまたまカラオケでドリカム歌ったら「これってまた子じゃん!」って思ったところから始まった2部作。なのにメインは高杉と桂銀か…(汗)しかも土方君の引っ越し話に続くのか…(3部作じゃん)辰馬なんか喋ってもいないよ…(涙)

時期的には、「仲直りの方法を教えて」の後で「HOLD ME CLOSER」や「君のためにできること」の前になります。辰馬がやたら忙しいのは進学を決めたから勉強しなきゃならないせいで、高杉はまだ辰馬が進学するつもりだと知りません。土方君の引っ越しは6月末になるんで「君のためにできること」より後になります。

大学パロを始めた初期の頃に、「これって完全ビバヒルだよなァ」と話していたので、今回また子に言わせることができて良かったです(笑)皆さんも、相関図描いてみて下さい。嫌になります、マジで(爆笑)






















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