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週末なのにヘルプで入ってくれって頼まれたとかで、バイトに行った辰馬はなかなか帰ってこなかった。

週末のBaby Talk


太陽も既に高くて、昼なんだなってことはわかったけど起き上がれない。テレビは、夜中にWOWOWで映画を見ていたそのまんまになってて、いつの間に眠ってしまったのか俺には記憶がなかった。寝返りを打とうとしたら身体が半分下に落ちて、ソファだってことがわかったんだけど、目の前にテレビがあるんだからソファに決まってんじゃねェか。考えりゃわかることなのに、どうも寝起きは頭が働かなくて駄目だ。

上半身だけソファの上ってそんな格好でしばらくウトウトしてたんだけど、ズルっと滑って頭からソファとテーブルの間の床に落ちた。腕に力が入らなかったから支えられなくて。

(駄目だ…寝よ…)

確かテーブルの上に置いてたはずの携帯を床に落ちた体勢のまま手探りで探す。ストラップの感触があって引っ張ったら携帯が顔面に落っこちてきた。

(痛ェ…)

携帯が当たった頬を押さえながら何やってんだ俺は、と思ったけど、動く気にならないんだから仕方ない。いつもなら、抱き抱えて俺をベッドに運んでくれる辰馬もまだ帰ってきていない。

思っていたより時間は遅くて昼の14時23分。着信もメールもないってことはまだ営業中なのか。相変わらずスゲェ時間まで飲んでるっつぅか、飲まされてるっつぅか。お客さんがいるから営業してるんだけど、この時間まで飲む客がいるってのが二丁目のスゲェとこなんだよな。

眠いのとソファで寝てたせいで腰が痛いのとで全く動く気がしなくて俺はそのままソファとテーブルのすき間に落ちていた。もういい、このままここで寝てやるんだ。

足を伸ばしたけどテレビには届かなかったからそのまんま。もういい、どうでもいいからもう少しだけ寝かせてくれ。

***

玄関扉が閉まったような音が聞こえて、ようやく辰馬が帰ってきたんだって思った。
うっすら開いた視界には、テーブルの脚が映って、そういえばソファから落ちたまんま寝たんだってことを思い出す。握ったまんまだった携帯を見たら時刻は夕方、17時48分。エライ時間まで営業してたもんだなァ。

昨夜からこんな時間まで飲みっぱなしなんだ、いくら辰馬でも酔っ払ってんだろうなと思ったけど、いつまで経ってもリビングに辰馬が来た気配はない。いくら酔っ払ってたって、辰馬ならこんなところに落ちてる俺を見つけたら、慌てて起こしてくれそうなもんなんだけど。

ソファと床ではありながら、それなりに睡眠が取れた身体はなんとか動いてくれるみたいだった。這うようにしてすき間から抜け出してようやく起き上がって、玄関に続く廊下の扉を開けてみる。聞こえてきたのは、脱衣所の扉の向こうから、オエエッて盛大に戻す辰馬の声。

「辰馬、…大丈夫か?」

脱衣所の扉は開けっ放しになっていたけど、その先のトイレには辿り着けなかったらしく、辰馬は洗面所の前にしゃがみ込んでいた。トイレの扉の前に、間に合わなかった嘔吐物が落ちていて、ごみ箱を抱えてる。

「おい、大丈夫かよ、お前」
ごみ箱いっぱいの嘔吐物。うっ、この臭いだけでもらいゲロしちまいそうだけど我慢我慢。

「すまんのう、晋」
ある程度吐いて楽になったのか、背中を撫でてやるとタオルみたいなので口許を押さえた辰馬が、俺に向かってすまなそうに微笑んだ。

ってか、それ、タオルか?

「ちょっ、お前、それっ!」
辰馬が口を押さえるのに使っていたモノを引ったくった。

ゲロまみれのそれを広げてみた俺はスゥーッと血の気が引くのを止められなかった。
「テメェ、このシャツ何万したと思ってやがんだァっ!!」
手洗いじゃなきゃ洗えないからって、洗濯籠には入れずに別にしてあった俺の服だった。

「すまん、手の届くとこにあったもんじゃから…」
まだゼィゼィ肩で息をしてる辰馬を殴るわけにもいかなくて。ってか、殴ったくらいじゃ収まりつかなくて。

だって、辰馬は知ってたはずなんだ。俺がそのシャツ気に入ってたとか、すげー高かったんだけど買っちゃったって話してたこととか。こんなに酔っ払ってなければ絶対そんなことしてないはずなんだ。まぁ、そもそも、そこまで酔っ払ってたからこそ吐いてんだけどさ。

「辰馬の馬鹿野郎っ!!」

俺はもう、その場にいたくなくて、ゲロまみれのシャツを辰馬に叩きつけて上着1枚引っつかんでマンションを飛び出した。

「晋、晋ー!………オエエっ」

追い掛けようとした辰馬が、また戻してる声が聞こえたけど、知るもんか、あんなヤツ。きっとまたあのシャツにゲロ着いたんじゃないかとか思ったらもう許せなくて。

だから前から言ってんじゃねェかよ、そんなバイト辞めてって。

何の計画もなしに走って出てきて、とりあえず辿り着いたのは駅だった。着てきた上着の中には定期と小銭が入ってたから、それで俺は駅の改札を通る。ホームに上がって、ベンチに座って、すぐに電車は来たけど俺は乗らなかった。いや、乗れなかった。

携帯はリビングに置いてきてしまったから小太郎のとこくらいしか行くとこないって、わかってんだけど。

やっぱり電車は恐かった。

乗ろうとして、足を踏み入れて。でも、人の視線を感じるだけで、恐くて恐くてまた降りてしまう。
怒った勢いだとは言え、ここまで1人で来れたんだから大丈夫だって思ったはずだったのに。電車って密室で、不特定多数の人が乗ってて。俺は男だから、誰も痴漢なんてしてこないだろうって言い聞かせても、やっぱり恐い。

学校に行かなきゃならないからって、復帰してからは毎日乗ってて、もちろん辰馬が毎日一緒に着いててくれて。学校までならたった駅3つだから1人でも乗れるかもしれないって、ようやくそんな気になってきたのが最近。各停しか停まらないここの駅から学校までだと、ラッシュの度合いだって知れてるからってのも大きな要因だったんだけど。

休日の夕方で、全然空いてる電車にも1人じゃ乗れないなんて。小太郎のとこまでは駅5つもあるってのに。携帯を置いてきたから迎えにも来てもらえない、おまけに寒い。

このまま電車にも乗れなくて家にも帰れなくてどうしようって、膝を抱えて泣いていたら、またホームに電車が滑り込んできた。急行待ちなのか、だいぶ長いこと停まってる。これに乗れば小太郎のところに行けるって、わかってんだけど足がすくむ。女性専用車両になら、絶対乗れる自信あるんだけど、俺は男だしな。男なのに男の人の視線が恐いって、事情話せば乗せてもらえるかもしれないけど、事情なんて話したくないし、その前に今日は休日だから女性専用車両はねェか。

急行が通過して、長いこと停まってた各停の扉が閉まる。また乗れなかったって、動き出す電車を見つめていたら、誰かが近づいてきた。隣に座るだけだろうって、気にもしなかったんだけど、その人に肩を叩かれた。

「どうしたんだィ?」
「お、かだ…?」

俺の横に座ったのは岡田だった。1人で泣いてるとこ見られたって思ったけど、今更か。

「あんた、1人でもう、電車大丈夫なのかィ?」

俺は膝に顔を埋めたまま、首を横に振った。どうして俺が電車に乗れないのかって事情は、もちろん岡田も知ってくれている。

岡田は、学校に行ってきたとかでさっき長いこと停まってた各停に乗っていたらしい。ぼんやり窓の外を見ていたら、ホームに座ってる俺に気がついてわざわざ降りてくれたんだって。

「ウチ、来るかィ?」
何にも聞かずに岡田が言ってくれた言葉に驚いて俺は顔を上げた。

「俺ん家は次の駅だ、一緒に来るかィ?」
「………いい、の?」
「1泊くらいなら構わないさね」

俺がこんなところで泣いてる時点で辰馬となんかあったんだろうって、多分岡田ならわかってくれたんだろうなって勝手にいい方に解釈して。俺は甘えることにした。

「…行く」
ぎゅうっと岡田のコートを掴んだら、上からその手を握ってくれて。

「あんた、どれだけここにいたんだィ?」
冷え切った俺の手とは対象的に岡田の手は大きくてあったかかった。

「…たぶん、3時間くらい」
「風邪ひくぜ」
岡田のコートの裾を握ったまま、俺はようやく、次にホームに入ってきた電車に乗った。

1駅で電車を降りて改札を抜ける。岡田は駅前の商店街の中へ入って行った。1人の時は、だいたいこの商店街で惣菜を買って帰るんだって。じゃあ1人じゃない時はどうしてんの?って聞こうかと思ったけど、そんなの聞いても仕方ないか。

途中のスーパーでちょこちょこ惣菜を買って。古本屋があるんだァって思ったけど、こんな時間はさすがに閉まってて、黙って岡田にくっついて商店街のアーケードを抜ける。岡田のマンションはもうすぐそこらしい。確かに、道路を渡って細い路地に入ったところで見覚えのある大型バイクが目に留まった。

「もしかして、岡田って、結構近くに住んでた?」
「ァあ、あんたらのとこから、歩けないことはないよ」

エレベーターで3階まで上がって、岡田は一番奥から2番目の部屋の鍵を開けて俺を招き入れてくれた。1kのその部屋は、結構小太郎のところと間取りが似てる感じだった。

「ご飯炊けるまでゆっくり座ってなよ」
「ありがと…」

3時間もホームに座ってて、身体が冷え切ってる俺のためにエアコンを入れてくれた岡田に毛布を渡された。その岡田は、ご飯の用意をすると言ってキッチンに消える。 殺風景なくらい荷物が少ない岡田の部屋は、男の1人暮らしの部屋って感じがした。部屋の一番奥にベッド。その横には机があって、3段ボックスがひとつ。車とかバイクの雑誌はたくさんあるんだけど、本そのものの数が少ないのは、数学科だからなんだと思った。中学校や高校の数学や理科の教科書があるのは塾の先生のバイトしてるからか。

あんまりマジマジ本棚なんか見ちゃ悪いとは思ったんだけど、俺や辰馬の本棚とはあまりにも違いすぎて興味津々。

「なんか面白いものでもあったかィ?」
キッチンから出て来た岡田に渡されたのはコーンポタージュスープ。ご飯が炊けるまでそれで温まってろって。
「いや、岡田って男だなーと思って」
両手でマグカップを持って毛布を被って。なんにも聞かないでいてくれる岡田の優しさもあって、だんだん身体が暖まってきた。

「あんただって男だろう?」
「いや、そりゃそーなんだけど」

車とかバイクが好きだなんて男らしいなぁと思ったって話したら、なんとなく岡田も納得してくれたみたいだった。だってほら、今だって岡田は胡座だけど俺はお姉さん座りだし。

「たまにドライブとか行くんだけど、いいもんだよ」
「やっぱ、岡田が運転すんの?」
「ほとんど俺さね」
誰と行くの?なんて野暮なことは聞かねェよ俺だって。

「ドライブなんて行ったことねェなァ…」
免許なんて持ってない俺から『行こう』って言うことがないんだから当たり前だけど。

「たまにはいいんじゃないかィ?免許持ってるぜ、坂本」
そう言ってしまってから、ハッとした表情を見せた岡田。

「悪ィ」
「ううん、いいよ」

坂本の名前なんて今は聞きたくなかっただろって。岡田がそこまで気を遣ってくれていたのが嬉しかった。

考えてみれば、岡田って高校の時から辰馬と一緒なんだよな。俺以上に辰馬のこと知ってるんだもんな。なんか羨ましいなァ。辰馬は、同じことを小太郎に対して思ってるのかもしれないけど。

***

バイトを終えて、なんとか家まで帰ってきたものの、込み上げてくるものが我慢できなかった。トイレに駆け込む寸前で、我慢できなくなって、手近にあったモノで口を押さえたけど間に合わず。トイレの扉の前の床に戻して、残りはごみ箱へ。その間、たまたま手に取ったものが何だったのかなんてことには全く気が回らないままゲーゲー吐いていた。たまたま持ってたもので時折口を拭いて。

晋助に怒鳴られて初めて気付いたそれは、晋助が大切にしていたシャツだった。高かったーと言いながら買ってきて嬉しそうに着ていたのを覚えている。所々、素材が変わっていて部分的に透けていて。変わったデザインの服ながら、晋助にはよく似合っていた。

そのシャツが、自分のゲロまみれなのだ、晋助が怒らないはずがない。
怒って出て行った晋助を追い掛けようにも嘔吐が治まらなかった。

とりあえず洗濯機にシャツを放り込んでごみ箱を抱えたまま、雑巾で床を拭きながら電話をかけた。頭がぐらんぐらんしてメールの文章なんて打てなかったからだ。

最初にかけたのは陸奥。『なんじゃおまん、また浮気したがか?』と憎まれ口を叩きながら、自分の代わりにみんなにメールを送ってくれたのは長年の付き合いの成せる技だ。

『こっちにはまだ何の連絡もない』と電話してきたのは桂と銀時。おそらく晋助は桂のところに行くだろうと。桂のところに行くのなら、電車に1人で乗れない分、必ず迎えに来てもらうはずだから連絡が行くはずだと、ようやく治まってきた嘔吐感に、今度こそちゃんとタオルで口を押さえてリビングに行って。

晋助の携帯がソファにあるのをみつけて愕然とした。

晋助が1人で電車に乗ったのか、それとも歩いてどこかへ行ってしまったのか。歩いて行ける範囲なんて限られているが、その分捜すのは厄介だと思った。桂の家に行ってくれていればどんなに良かったか。

探しに行かなければ、と玄関へ向かったところでまた嘔吐。いくらなんでも、16時間も浴びる程に飲みっぱなしだった身体では、晋助を探しに行くことすら叶わなくて。トイレで動けないまま、情けなくて泣いていた。武市からの電話があったのは、その時だった。

『…似蔵さんが連れて帰ったそうですよ』
武市からの電話を受けて、まだ酒が残ってガンガンする頭ながら、とにかくホッとした。

武市のところには『高杉見つけたから連れて帰る』と、一行だけのメールが似蔵から届いたらしい。それを見て、自分に連絡しようと判断してくれたのは武市だ。

「晋、似蔵んとこにおって大丈夫じゃろーか?」
『坂本さん、あなたと似蔵さんを一緒にしないで下さいよ』

似蔵さんはやましいことなんかする人じゃありません!と言い切った武市に怒られた。

「すまんすまん、じゃけど、晋はかわええろー?ましてや似蔵はのぅ、昔はのー」

自分とタイプが被ってたはずなのだ、武市と知り合って付き合うことになる前までは。自分がカワイイと思う子は、無条件で似蔵もカワイイと思うハズなのだ。

『坂本さん!それ以上言うと怒りますよ!』

電話の向こうの武市の声がやばそうな気配を漂わせているから、それ以上言うのはやめにした。普段静かな分、きっと武市が怒ったら手がつけられないのだろう。

『だいたい、元をただせば、あなたが家出される程、怒らせるから悪いんじゃありませんか!』
「それを言っちゃァおしまいぜよ、武市ィ」
正論を突き付けられて坂本はがっくりと肩を落とした。

『明日には迎えに行って下さいよ!こっちだって迷惑なんですから』
最後まで怒りっぱなしのまんまで武市の通話は終わった。

恋人も友達も、信用してないわけじゃないが、タイプだけで言ったらお互いにドンピシャのはずなのだ。ただ、晋助は、似蔵が元はバリタチだなんて知らないだろうけれど。

いや、だからこそ安心しきってしまう可能性があって、尚更悪い。
とにもかくにも、この込み上げる気持ち悪さをなんとかしなければ、迎えに行くこともできないのだけれど。

***

遅すぎるくらいの時間だったけど、岡田にご飯を食べさせてもらってシャワーを借りて。
その後、岡田が喧嘩の理由とかさりげなく聞いてきたんだけど、俺が泣き出したもんだから話題を変えてくれて。ずーっとバイクの話とかしてくれて、全然わかんなかったんだけど退屈には感じなかった。
わかりやすく説明してくれたから、素直に聞いてられたし、これ以上辰馬のことが話題に出ないようにって、岡田が気を遣ってくれているのが嫌という程わかっちまったから。

そろそろ寝るかって、岡田がベッドに座る。じゃあ俺はって、さっきから借りっぱなしの毛布に包まって床に横になろうとしたら、机の上に外したメガネを置いた岡田に『こっち来い』って言われた。俺もベッドに寝る前提なのか、ちゃんと枕が2つ用意してある。

「だ、けど…」
「何にもしねェって。そんなとこで寝たら風邪ひくだろォ」

ちょっとだけ俺は悩んだけど。でも何にもしないって言ってるし、岡田も(たぶん)ネコだから大丈夫かなって思ってさ。

「1人にさせて、また泣かれたら、気になって眠れないよ」
「べ、別にっ!泣いたりしねェっ!」
言ってるそばから泣けてきた。俺ってホント、駄目なヤツ。

「こっち来いって」
信用してないわけじゃないけど、あの辰馬の友達なんだとか考えちゃうんだよな。そしてたぶん、迫られたら俺は拒否できないと思うんだ。
だってだって、似蔵って、背は高いし、ガッシリしてるし、腕の筋肉とかスゲーし、こういうタイプに抱かれるなら全然イイって思っちまう。これが、もっとマッチョの短髪になったら無理だけど。強姦されてから、ますます短髪は駄目になった俺。

そーっと、岡田の隣の布団に潜り込んだら、腰に腕を回されてぐっと引き寄せられた。

「なっ、ちょ、…っ」
「何にもしねェって」
言う通り、岡田はそれ以上はなんにもしてこなかった。

やっぱり、こうやって誰かに抱かれて寝るのって、すごく安心するんだよな。最初は、夜中に俺がうなされるからって辰馬が抱いてくれてたんだけど。あの夢もあんまり見なくなってきた今では、抱いてもらうこと自体が癖になってしまってる。抱きしめられてると、安心する。

「ホントにお前さんは細いねェ」
「うん、それ結構、コンプレックス」
だから、ガッシリした背の高い人が好きって言ったら、『悪ィが俺は浮気するつもりはないよ』って言われた。

「そういう意味じゃないって。ゴメン」
岡田と武市がラブラブなことくらい、俺だって知ってるって。今ここで抱いてくれなんて言わないから安心しろよ。それにお前、俺と一緒でネコなんだろ?

「岡田って、武市と喧嘩したりしねェの?」
「…喧嘩になったことがないからねェ」
しばらく考えていたみたいな岡田だけど、やっぱり喧嘩したことはないらしい。

「いいなー」
俺と辰馬なんか喧嘩ばっかりだって、溜息をつきながら話したら『あんたらはあんたらだろぅ』って言ってくれた。

「どうしたら、そっちみたいになれんのかなァ?」
「俺らはしたことないから、むしろどうして喧嘩になるのかがわかんねェけど。でも喧嘩ってのは、どっちも悪いモンだろォ?」
「うん。…そうだと思う」

辰馬が浮気するのだって、きっと俺に何か足りなくて、俺が悪いんじゃないかと思う。辰馬は優しいから、俺に足りない何かを口に出しては言ってくれないだけだ。あれだけ言っても、今日みたいなことがあってもバイト辞めないのだって、そうなんだと思う。

今こうやって、岡田のところにいるのも、辰馬の基準では浮気に入るかもしれない。また、帰ったら喧嘩になるかもしれない。

「ちょっと、ゴメン」
枕の下に入ってた岡田の右腕を引っ張り出して、腕枕にして俺は岡田の分厚い胸にしがみついて顔を埋めた。

「ちょっとだけ、こうさせて…」
今だけでいいからって呟くようにお願いしたら、岡田は俺の肩と腰をぎゅうっと抱いてくれた。

本当は喧嘩なんてしたくないのに、どうして上手くいかないんだろうって、悩んでも悩んでも答なんか出ない。俺が辰馬を好きなだけじゃ駄目なのかと思っちまう。泣けてくる。

だけど、黙って甘えさせてくれる、俺の好きにさせてくれている岡田の腕に抱かれて、ちょっとずつ落ち着いてそのまんま。俺はストンと眠りの中に落ちていった。


続く



長くなっちゃったんで分けました!辰馬の浮気以外で喧嘩になった坂高って感じです。似蔵は、一瞬キッチンに行った時に、こっそり武市さんにメール送ったんですよ。






















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