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わかっていたこととは言え、大学の入学式は、高校までとは全然、比べものにならない程の人だった。

太陽と月の序曲


買ってもらったばかりのスーツで俺は、桜舞う中入学式に出た。
式の後、学生だけが講堂に集められて、保護者(…でいいのかな?)はそのまま体育館。俺達新入生は、大学生活のアレコレについて簡単に説明を受けていた。詳しくは後日オリエンテーションがあるらしい。
とりあえず、やらなきゃならないことは、全部自分でやらなきゃ駄目だってことだ、大学ってとこは。

母さんにメールしたら、食堂だと返事が来て俺はさっきから食堂を探している。
学内案内の地図を見ながら、ウロウロしているのだけれど、全然見つからない。なんで大学ってこんなに広いんだ?4年通えば、この広さにも慣れるのだろうか。

通路沿いに、びっちりと机が並び、サークルが新入生の勧誘をしているスペースに出た。地図の通りなら、ここを出れば食堂のはずだ。

「君、君、天文部入らない?」
「ワンダーフォーゲルやってみない?」
そこを通るだけで、どんどん声をかけられる。この日にスーツなんて新入生ですって、言ってるようなものだからな。

「じゃあ〜、そこに、電話番号と誕生日とスリーサイズ書いてくれるかのー?」
「あのォ…」
「真面目にやれぇっ!」

なんだか、いかにもおカタイイメージの執行委員会のブースが変にうるさい。まだだいぶ先なのに嫌でも目についてしまう程目立っている。

「痛い、痛いぜよ、陸奥っ!」
「やかましいわっ!おんしはもう外に出るなっ!桂、変わってくれんか」
背の低い女子学生が、それまでカウンターに座っていたデカイ男の髪の毛を引っ張って、裏に引きずって行くのと交代で、表に出てきた長髪の。

(!!)

見る気はなかったけど、あんまりうるさくてついつい歩きながら見てしまっていたそのブースから、俺は目が離せなくなってしまった。急いで駆け寄って、長髪の奴をまじまじと見た。やっぱり。

「…小太郎、おまっ、1丁目の小太郎かよ!?」
「?…………晋助!晋助か?」

長髪の男は、叫ぶようなデカイ声で、俺の名前を呼びながら立ち上がった。
「やっぱり小太郎!相変わらず暑苦しい長髪だなァ、お前!」
背の高い、声のデカイ男と交代で出てきたのは、幼なじみの桂小太郎だった。しばらく会ってなかったけど、見間違えるはずがないって思ったけど、やっぱり、そうだった。

「そういうお前こそ、なんでスーツなんだ?…まさかお前、お前が大学にっ?」
本気で驚いて、目を丸くする小太郎の頭を軽く殴ってやった。

「だってなァ、お前、自分が、どれだけ悪かったか、わかってるだろ?」
「まァ、それはそうだケド…」
地元で一番悪い不良、それが、かつての俺に貼られたレッテルだった。

「桂ァ〜、そのちっこくてめんこいのは、おんしの知り合いがかァ〜?」
特徴のある話し方の、さっきの男がひょっこり、ついたての横から顔を出した。

(ちっこい?めんこい?)

「坂本!お前っ」
身体も声もデカイ、どっかの方言にくせ毛で、小太郎に『坂本』と呼ばれた奴はひょいっと机を乗り越えて俺の前に立ち、『ちっこい』と『めんこい』を連発した上に、頭を撫でてきやがった。

「おんし、ほんにキレイな顔しとるのー?」
(ぶちっ)

ベタベタベタベタ遠慮なく身体や顔を触られて。俺は坂本の襟首を掴んで、思い切り殴り飛ばした。

「テメェ、馴れ馴れしいんだよっ!!」
机も椅子も、盛大に巻き込んで坂本は頭からブースに突っ込んだ。そのけたたましい物音に、周囲からの視線が一気に集まった。小太郎は『あーあ、やっちゃった』という顔で苦笑いしながら、まだ拳を握っている俺と倒れたままの坂本を交互に見つめている。

「坂本さん!」
「委員長!」

ついたての後ろにいたのであろう委員会のメンバーが坂本に駆け寄って、俺を睨みつける。なんだよ、悪ィのは俺か?喧嘩なら買ってやる。…っつぅか、コイツが委員長だって?

「アッハッハ〜」
まさに一触即発の空気をブチ壊したのは、頭から血を流したまま、豪快に笑って起き上がった坂本だった。

「元気のイイ子じゃの〜?わしは、おんしみたいな子は大好きじゃあ〜」
ひょいと立ち上がって、懲りもせずまた近づいてくる。

「おんし、こんな細っこいちっこい身体して、なかなかやるのー!」
「坂本!少し黙れっ!」
俺が『小さい』と言われることを気にすると知っている小太郎が、坂本を抑えてブースの中に押し戻した。

「桂」
俺達のやり取りを、冷めた目で見ていたのは、さっきの小柄な女子学生。

「その新入生はおんしの知り合いがか?」
「ああ、俺の幼なじみだ」
「ちょっとくらいなら、出てきて構わんぜよ。こらモジャモジャ!その間、真面目に働けィ」

俺を睨みつけていた奴らも、彼女の指示に従って、ブースを直し片付け始める。
「すまない、陸奥。30分以内に戻る」

机の下をくぐって、こっちに出てきた小太郎に腕を引かれた。コラ、こんな注目されてる中で、何すんだテメェ!恥ずかしいだろ!
でも、その腕を振り払えない俺と、そんなことは全く気にしない小太郎。

「おばさんも来てるのか?」
「ぅ、ウン、食堂みたい」
俺は顔を上げることができなくて、俯いたまま小太郎に連れられて、食堂へ向かった。

小太郎が大学に進学して、地元を離れたことはもちろん俺も知っていた。それは知ってたけれど、どこの大学に行ったのかまでは聞いていなかった。いや、聞いたかもしれないけど、覚えてなかった。

小太郎と俺は、親父同士が友達だった関係で、生まれた時から知っていて、家族ぐるみの付き合いで、お互いの家もめちゃめちゃ近い。
食堂で、母さんも交えて、さっきもらったばっかりの真新しい学生証を見せて。それでようやく小太郎は信用したみたいだし、母さんはなんだか安心したみたいだった。

「晋助…、しかもお前、文学部なのかっ?」
うちの文学部は倍率高いんだぞ?と、小太郎は、学生証を見てまた目を丸くする。

「なんだよお前、学校のセンコーみてェなこと言うなよ」
高校の3年間俺の担任だった松陽先生以外は、全員それを理由に『お前には無理だ』と口を合わせた。

「仕方ないでしょ、晋助」
母さんだって、まだ全然実感沸かないわよ、と母親にまで言われる俺って一体。

「…だって俺、頑張ったモン」
拗ねたように呟いたら、小太郎に頭を撫でられた。

「いつまでもガキ扱いすんじゃねェ」
「まだ子どもでしょ。それに後がなかったんだから、頑張ってもらわなきゃ困るわよ」
もう一度、学生証を見ながら、母さんが返す。

「後がなかったって…、晋助、お前後期か?」
「お前の言いたいことはわかってンだよ。言うな」
たった50人の募集だから、当然倍率は跳ね上がるって、後期は難しいのにって言いたいんだろ。

「ま、お前はやらないだけで、頭は悪くなかったからな」
「うるせー」
幼なじみって厄介だ。きっと小太郎は、小学生の時、俺が2つ上の小太郎の教科書を、面白がって読んでいたことを覚えているんだ。

「じゃあ、俺は戻るな」
小太郎が、さっきのブースに戻って行って、昼ご飯を終えた俺と母さんは家に帰った。実家から大学までは、電車で約1時間。しばらくの間、俺は実家から、大学に通うことになっていた。

***

新入生達もほとんど帰り、委員会のブースもだいたい片付いた。

「桂、桂ァ」
今からちょうど2年前、入学した直後に知り合って以来なぜだか気が合ってつるんでいる坂本が、誰もいなくなったのを見計らって寄ってくる。

「おんしの幼なじみのあの子、紹介してくれんかのぅ?」
「…それは、どういう意味だ?」
坂本にしては珍しく、声をひそめ言ってきたのは晋助のことだった。

「どうって、そりゃおんし…」
あんなカワイイ子を見たのは初めてじゃ、と照れ臭そうに頭を掻く坂本。2年間見てきてよくわかっている。坂本は、男も女も、どっちも大丈夫なバイセクシャルだ。だから、紹介しろというのが、どっちの意味かわからない。

「言っておくが、晋助はお前と違って普通の男だ。変なことしないだろうな?」
「何を言っちょるぜよ!いきなりそんなこたァせんが!」
憤慨する坂本をチラリと見遣って。

「わかった、今度飲む時に誘ってみるさ」
男も女も関係なくOKで、呆れるほど手が早い遊び人の坂本だが、相手の同意もなしに、無理矢理襲うというようなことは一切ないヤツだから、大丈夫だろう。釘も刺してやったことだし。

全ての片付けが終わり、陸奥が委員会室に鍵をかけ、3人でそのまま、学校を西門から出てすぐの居酒屋に入る。

「さァて、今日はどうするかのぅ?」
「どうもこうもないが。坂本、明日は真面目にやってもらわんと困るぜよ」
「わしは真面目じゃよ〜」
付き出しを突つきながら3人共口に運ぶのは中ジョッキのビール。まだ夕方5時過ぎだけれども。

「坂本、今日はバイトなしか?」
「ないぜよ〜?ウチで飲むかのぅ?」
まだ授業も何も始まっていないから、声さえかければ何人か集まるだろう。

「わしは帰るぜよ。男だけで好きにやれィ」
ジョッキを真っ先に空にした陸奥が言った。

「どうしたんじゃ陸奥?付き合い悪いの〜?」
「委員長が頼りないから明日も早いんじゃボケェ」
学生課に出す書類できとらんわ、とぼやく陸奥。

「す、すまんの」
副委員長の陸奥に頭の上がらない委員長とは、ほかでもない坂本である。それでも、大事な時には、しっかりやることはやる坂本は、後輩に慕われていたし、陸奥とて一目置いているのだ。

「じゃ、うちに行くとするかの、桂」
『今日飲むぜよー、うちで〜』というメールを、一斉送信しながら立ち上がった坂本に促され、3人は居酒屋を出た。

***

大学生活を送るためのオリエンテーションがあって、今日はその90分だけで学校は終わりだった。

1時間以上かけて学校まで来て、たった90分で真っ直ぐ帰るのって、なんだか勿体ない気がして、俺は小太郎に電話をかけた。

「小太郎〜、今学校?…どっか行こー」
『委員会の仕事さえ終われば大丈夫だ、お前、今どこにいる?』
「えっと、9号館の前。2階から出たトコ」
9号館は、学部の学生全員が入れるくらいデカイ教室ばかりで、斜面に建っているため、2階と反対側の1階の、2箇所に出入口があった(そのせいで今朝少し迷った)。

『迎えに行ってやるから待ってろ』

学内の地図なんて、まだ全然頭に入ってなかったから、小太郎の方から迎えに来てもらえてよかった。5分もかからず小太郎と合流した俺は、15号館の3階にある、執行委員会の部屋(要するに部室みたいなものか)に連れて行かれた。

「ちょっとだけ待っててくれ」

部屋の中には小太郎しかいなくて。入学式の日の、あのうっとおしいデカイ奴とか、怖くて小さい女の人とかがいるんじゃないかって思ってた俺は拍子抜け。小太郎は、黙ってパソコンに向かいすごい速さでキーボードを打ち始める。

大学生になったら、パソコンくらい使えなきゃ困るんだろうな。俺は、壁の本棚いっぱいの漫画より、これまで、ほとんど触ったことのないパソコンが気になっていた。

***

学食で、ちょっと遅めの昼食を取った後、2人で街中に出た。どこに行こうかなんて、全然決めてなかったけど、久しぶりに小太郎と一緒に買い物に出て、服や靴を買った。制服とはオサラバしたから、これからは私服がいる。少し買い足さないと。幼なじみだけあって、俺達の服装の好みはかなり似てるから、小太郎が連れて行ってくれた店は全部覚えておこうと思った。

「晋助、今日は何時に帰る?」
歩きながらメールを打っていた小太郎に尋ねられた。

「別に、何時でもいいけど?」
不良だった俺が、何時に帰ろうと朝帰りしようとうちの親は今更何も言わない。大学に入ったって、それだけで大喜びだし。

「飲み会に誘われたんだが、行くか?」
「うん、行っていいなら行く」
「ああ、それは全然構わんよ」
メールに返信した小太郎に連れられて。なぜか降りた駅の横のスーパーに寄って訪れたのは、でっかいマンションだった。


続く



この先が長いので区切ります!「春にありて酔えるもの」に続きます






















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