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それは、たった1枚の写真から始まった。

「うわっ、何コレ?ヅラ、カワイイ〜!!…こっちはもちろん高杉だよなァ?」
桂の部屋を訪れていた銀時が見つけたものは、1枚の古い写真だった。

寫真


坂本と高杉が一緒に住み始めて1ヶ月、その後2人が付き合い始めて約2ヶ月。後期が始まった大学で、銀時は時々桂を捕まえては、そのまま桂の部屋に入り浸っていた。もちろん、それまで通り、週に2回は坂本のマンションで飲んでいるのだが。

要するに、『今日飲もう』という、坂本からの誘いがない日は坂本の部屋には行かなくなったのだ。銀時だけでなく、桂も。
なんせ、付き合おうか!と決まった時に、こちらが捜索願いを考えた程、音信不通のまま、1週間もヤっていた2人だから。それまでのように、いきなり夜遊びに行っても、開けてくれない可能性が大で。夕方以降で2人共が電話に出ない時なんか、ほぼ8割はソレだと思っていいわけで。
それでも、週2回の飲み会はなくなっていないのだから、文句は言えないだろう。

「高杉、今よりちっちェな〜!ぷぷ、コレいつの写真よ?」
「たぶん…俺が高1だと思うから、高杉は中2だな」

幼なじみの2人で写った写真。正面を向いて、笑顔でVサインの桂の肩に右手を乗せ、その手に顔をつけるような体勢で小さく顔の前でVサインを取る高杉。

「なァ、ヅラァ?お前、この写真見て、何とも思わなかったの?」
「…何がだ?」

あららら、さすが鈍感な桂君ですね、と銀時は1人、苦笑いを噛み締めた。
はっきり言って、『嬉しそうに赤くなって、桂に寄り添う高杉』にしか、銀時には見えなかった。
高杉が中2と言うことは、きっと女遊びの激しい激しい時期だったのだろうけど、実はゲイなのを隠してたという真実を知ってしまった今なら、そういう風にしか見えない。

(この写真の高杉、めちゃくちゃお前のこと好きだろうよォ?)

銀時は、今更、5年も前のことを口には出さなかったが、この写真を、高杉と辰馬にも見せてやろうと、それは思った。

***

珍しく電話をかけたら繋がったもので、銀時と桂はそのまま2人で、坂本のマンションに遊びに来た。
坂本はバイトの日だったらしく、いかにも風呂上がりな下着1枚で首からタオルをかけ、カウンターキッチンの椅子に座って、手帳を見ながら携帯でどこかに連絡を取っていた。高杉が普通に服を着ていることを考えると、何も情事の後ではないらしい。

「ちょっと高杉、見ろよコレ!」

ソファに俯せで転がり、本を読む高杉の前に、銀時が桂の家から持ってきた写真を差し出す。

「…テメェ!なんでこんな恥ずかしいモンっ!」

どっから出てきやがった!?と怒鳴りながら、写真をひったくり起き上がる高杉。その過剰反応は、銀時が確信を持つには十分だった。ただ単に、昔の写真だから恥ずかしいというだけではなさそうな、その反応。

「何が恥ずかしいんじゃァ?」
坂本がメールを打ちながらリビングの3人のところへやってくる。

「見んな!テメェ銀時…」
「いいじゃん〜?中2の高杉クン、ちっちゃくてカワイイじゃないの?」
「誰がちっちェんだっ!」
「なんじゃなんじゃ、晋の中2の写真?わしも見たいぜよ〜」
坂本がじりじり迫って行くが、高杉は写真を後ろ手に隠したままだ。

「小太郎、テメェ何でこんなもん出してくんだ!」
必死で写真を坂本に取られまいとする高杉。
「いいではないか。俺もお前も、そんなに変わってないし、お前の髪も、もう赤いしなぁ」
だからそういうことじゃないんだよ、と銀時は心の中で1人突っ込んだ。

「晋、見せて」
「ぅーっ…」
結局、耳元で囁かれて、観念した高杉は写真を差し出す。

「…おんし、こりゃ」
(あー、やっぱり辰馬も気付いたか)
当然の反応だけど、と銀時は坂本の行動を見守る。

「まぁ、いいんじゃなかか?」
せっかく苦労して高杉から取り上げた写真を、坂本は叩き付けるようにテーブルに置いた。

「中2の話じゃしの」
言いながら坂本は、さっさと自分の部屋へ行き着替えを始めた。その坂本を高杉は追い掛けてゆく。

「しゃーねェだろ?ガキん頃からずっと一番一緒にいたんだから!」
何がよくて何が仕方ないのか、桂だけは全くわかっていない。
「そりゃ、今も一緒にいるけどよ、だけど」
「晋、わしバイト行ってくるぜよ」
完全に笑みのなくなった顔で、坂本は静かに告げた。

小さい頃一番一緒にいた。それがそのまま、今も一緒にいるけれど、という、なんでもない言葉のはずだった。
それが、どうしても坂本には、『今も一番一緒にいる』という風に聞こえてしまって仕方なかった。もちろん、どう考えても、この3ヶ月は自分とべったりなのだけれど。

「なんでっ?お前あと1時間暇だってさっきぼやいて!」
今日坂本は、客と同伴すると言っていて、待ち合わせまでまだ時間があると言っていて。同伴というだけで、拗ねた高杉はロクに口もきかぬまま、リビングで本を読んでいたのだった。ちょっと気まずい雰囲気だったから、桂と銀時が来てくれて良かったはずだったのだ。

「1時間あれば、いろいろできるからの」
じゃあ、ゆっくりしていって、とリビングの2人に告げ、坂本は部屋を出て行った。

「大丈夫か?高杉…?」
坂本のやつ、なんであんなに怒ったんだ?とぼやきながら、坂本の部屋で立ち尽くしす高杉の元へ寄ろうとした桂の首根っこを銀時が掴んだ。

「高杉、悪ィ!銀さんもバイトだったから帰るわ!ヅラもな!」
「銀時、俺は別に何も」
「うるさいの!お前が残ったら、余計ややこしいの!」
「どういう意味だ?」
慌ただしく2人は、マンションから出て行った。後に残ったのは高杉と、例の1枚の写真だけ。

***

(そんなに怒んなくてもいいだろうがよォ…)

小太郎のことが好きだったのは認める。抱きしめたい、キスしたい、なんならヤリたい(男同士でどうやるのかなんてその頃知らなかったけど)。
そう、恋愛感情で好きだった。でも今は違う。今はハッキリ、辰馬だけが好きだと、いつも言ってるのに。辰馬だって、俺と付き合う前に好きだった奴の1人や2人や、いや、あいつのことだから、10人や…いやいや、100人くらいはいるだろうが。

(…やべ、またへこんできた…)

高杉は、自分の部屋に閉じこもって、1人でグズグズ泣いていた。

きっと同伴中の辰馬に今、電話しても出ないだろうし、いや待て、なんで俺からかけなきゃならないんだ?なんで謝ろうとしてんだ俺?だいたい、アイツは今、違う男と会ってんだぞ?そんな時間あるなら俺とデートしろよ!

そうは思っていながらも、いつも口から出るのは『お前となんか行きたいとこねェ』と、逆の言葉ばかり。なんでいつも俺ってこうなんだろう。
膝を抱えていたら、足元に置いた携帯が鳴った。一瞬期待したけど、音ですぐわかる。鳴り分けもされていない相手から。誰だろう。

『今日暇だから、遊んであげますぜィ、ってかちょっと出て来なせェ』

相変わらず、人を小馬鹿にしたメール送ってきやがって、あのガキ!って言っても、1つしか変わんねェけど。

「いいぜ、新宿まで出てこいよ」
俺は、すぐに返信を送った。

***

「高杉が、俺のこと好きだったって?」

バイトまではあと2時間程度。銀時はファミレスに桂を引っ張りこんでいた。
「そ。どう見たってあの写真じゃ、高杉はお前のこと、めちゃくちゃ好きじゃないのよ」
知らなかったと絶句する桂。そりゃそうだろう。知らなかったからこそ、今がある、いろんな意味で。

「でもさ、5年も前の話で、なんであんなに辰馬は怒るワケ?お前ら、何もなかったんでしょ?」
「あるわけないだろう!」
俺は普通に女の子が好きだ!と声を大きくする桂。

(はーん、どうだかな)

銀時は思ったことは口にしない。
「それにしてもさ、高杉…。困ったヤツだよな」
なんと表現したらよいのかわからずに銀時はそう呟いた。きっと、ヅラに好きだって言えてたら、女を取っ替え引っ替えすることもなかったんだろうな、と銀時は思った。辰馬が好きだって言うのも、あんな限界まで自分追い詰めることなく言えたのだろうと。

「あ、俺、写真置いてきた!」
もう一度見てやろうと思ったところで、坂本のマンションに写真を忘れてきたことに気がついた。

「破って捨てたりはしないだろ。それよりな、銀時」
「んァ?」
「坂本は、あー見えて、独占欲の塊なんだぞ」
桂が真剣な顔で告げた。

「マジで?だってアイツ、自分はしょっちゅう浮気してんじゃん?」
言ってしまってから、自分の声のデカさに顔をしかめる銀時。

「しょっちゅうかどうかは、俺は知らんが、とにかく、あの写真で高杉が俺を好きだったってことに、坂本も気付いたなら」
気付かねーのはお前だけだよと、銀時は心の中でぼやいた。

「間違いなく俺に嫉妬したな。困った」
今更、2年以上続いてきた友達関係が崩れるとは思わないが、それでも、これから普通に接してよいものだろうか、と桂は悩んだ。

「でも、お前がいなきゃ辰馬と高杉なんて、まだ知り合ってもいないだろ?辰馬、馬鹿じゃないんだから、それくらいわかってるって。あ、イヤ、馬鹿だけどさ」
坂本と高杉の関係より、坂本と桂の方が付き合いは長い。それに、なによりも、今更距離を置くことなんてできないでしょ、お前と高杉は。
銀時は、複雑な胸の内を隠すように、深い溜息をひとつ、吐き出した。

***

そもそも、公園にいるという返事で、何やってんだ?とは思ったんでさァ。

プラプラ歩いてみても、なかなか見つからなくて、電話には出なくて。気が変わってすっぽかされたかな、と思って、もう一度電話したら、同時に鳴り出した携帯が近くにあって。
俺が切ると着メロも鳴り止む。近くにいるんじゃないかと思い、もう一度鳴らしながら、音を頼りに歩いて行くと、携帯と、見覚えのあるトートバッグと、その先にジーパンが落ちていて。

「おいおい、アンタ何やってんでさァ?」

夜の闇に隠れた、その先の繁みに目をこらす。
くぐもった呻き声と、数人の男の荒い息づかいと影。

「何やってんでさァ」
数人の、体格のいい男達に組み伏せられ、蹂躙され、無茶苦茶にヤラれまくっているのは、俺が待ち合わせた相手だった。

「お前ら、いい加減にしなせィ!」

自分や、待ち合わせた相手よりは倍近くありそうな体格の男達だが、行為に夢中になっている奴らを倒すのなんて難しくもなんともない。容赦なく殴りかかり、途中で見つけた木の棒で、全員ボッコボコにしてやった。

「高杉ィ…アンタ、何やってんでさァ?」

しゃがみ込んで、今日、何度目になるかわからない問いを投げ掛ける、この金髪の少年は沖田という。

「ハッ、見りゃわかんだろ?」
殴られて腫れ、血が滲んだ口許を歪ませて高杉は自嘲ぎみに笑った。笑ったが、沖田に口許の血を拭われると、ぐっと歯をくいしばり、手で顔を覆って、小刻みに震えはじめる。

「うっ…ふっ…っ…」
その様子と、身体中の白い液体と、太腿に伝う、血混じりの液体で、これが無理矢理だったと考えるには有り余る材料だった。

「もう大丈夫でさァ。とりあえず、立てますかィ?」
沖田は、自分が叩きのめした男達の鞄やポケットを勝手にあさり、とりあえず高杉の身体を拭いて、ジーパンを履かせてやった。もちろん、財布から金を抜き取ることも忘れずに。フラフラの高杉の、鞄と腕を肩に担いで、その場を後にした。

***

こんな予定ではなかったのに、と思いながら、沖田はボロボロの高杉をラブホに引きずり込んだ。
湯舟にお湯を張って、高杉を風呂場に押し込んだ後は、脱ぎ捨てられた白いシミのついたシャツを洗面台に張った水の中に付けてやる。

「なんで俺がこんなことしてんですかねィ」
「悪かったな。でも俺はそこまで頼んでねェぞ」

洗面台の前で呟いたら、ちょうど風呂から上がって来た高杉が立っていた。
沖田が思っていたよりも暴行の後はすさまじく、高杉の身体中には痣や傷が生々しく遺っていた。

「ヤリたきゃやれよ」

沖田が何も言えずにいると、身体を拭いたバスタオル1枚を腰に巻いた姿で、高杉はさっさと移動して仰向けにベッドに倒れた。

「嫌でさァ」
「珍し。ヤリてェ時しか連絡してこねェくせに」
「それはアンタもだろィ」

着ていたシャツとカーゴパンツを脱ぎ捨てて、下着姿になった沖田もベッドの上に転がった。

「一緒に住んでる彼氏はどうしたんでさァ?」
「知らね」
ゴロっと転がって、沖田に背を向ける高杉。それだけで、喧嘩でもしたんだろうなと察しはつく。

「お前こそ、また喧嘩かよ?」
「なんかムカついたんで、一発殴って、出てきてやったんでさァ」
「なんだ、お前も一緒かよ」

沖田と知り合ったのは4月の終わりだった。インターネットの、そういうサイトで、会おうかという話になって。最初は見ず知らずの人間に会うなんて、とビクビクしてたけど、会ってみたら普通のヤツで。お互いに、『こんなキレイな顔した奴でもネットで相手探すもんなんだ』と思ったと言い合って笑った。ネットにアクセスしたのはそれ1回きり。

実生活では、全く繋がりのない相手だったから、俺は男と別れたばかりだとか、最近大学に気になるやつがいるだとか。ある程度はなんでも話せたし(そのかわり話すだけで解決にはなり得ないから、相談ではない)、沖田も、付き合ってる奴が全然素直じゃないとか、いろいろ愚痴ってきて。

沖田は、俺より1つ年下の、高3だったけど、俺よりいろんなことを知っていた。2丁目のゲイバーに初めて連れて行ってくれたのも沖田だし、ハッテン場とか、そういうのも沖田に教えてもらった。『あのサイトは、ハズレが多いからやめときなせェ』という沖田に、じゃあなんでテメェは利用してんだ?と尋ねたら、Mが多いからだとハッキリ言われた。

とりあえず会う度にはヤってたけど、沖田に惚れるというようなことはなかった。最初から恋人がいるって、知ってたのもあるかもしれないけど、それ以前にこいつ、こんなカワイイ顔してドSなんだぜ。縛らせろとか、普通に言ってくるからな。きっと恋人はドMなんだろうけど、あいにく俺にはそんな趣味はねェ。

俺が、辰馬と付き合うようになってからは、俺から連絡したことは一度もなくて。夏休みも一度も会わなかったから、今日だって久しぶりだ。コイツは、一応受験生だから、夏休みは忙しかったんだろう。俺は俺で、辰馬にべったりだったわけだし。

「高杉ィ、アンタ、一緒に住んでんのに、喧嘩して飛び出してきて、どうするんでさァ?」
寝転がったまま、床に置かれた鞄の中の煙草を探していたら、沖田にそう、言われた。

「考えてねェ」

今回ばっかりは小太郎のとこには行けねェし、銀時のとこには伯母さんがいるし。いっそ実家に戻ろうか。でも、それもなんだか気まずい。

「アンタも馬鹿ですねィ」
「うるせェよ!だいたい、俺は悪くねェ」
俺は悪くない、だって、5年も前のことで、勝手に辰馬が嫉妬してるだけじゃねェか。

そんなことを考えていたら、沖田がポツンと呟いた。
「あんた、本当に似てまさァ」
何のことだかわからなくて、俺は寝転がったまま、やっと見つけた煙草に火をつけて黙っていた。

「その、アンタの素直じゃないとこが、十四郎に似てるんでさァ」
手を出した沖田に煙草とライターを渡してやる。一口吸って、ゲェっとむせ返った沖田は、よくこんなもん吸えますねィ、と言いながらふかし続けた。

「高杉の彼氏は煙草は?」
「ああ、辰馬は吸わねェよ」
ぷっと沖田が吹き出した。

「俺の十四郎は、アンタと一緒でさァ。もう、ヘビスモ」
まだ19のくせに、と沖田は笑うけど、俺だって、こないだ19になったばかりだ。
「俺に馬鹿馬鹿言うけど、お前だって大馬鹿野郎だろ」
結局恋人が好きなら、もっと大事にしてやれよ、と呟いたら、俺は俺なりに大事にしてまさァ、と返された。

結局俺達、2人共馬鹿なんだろう。
その日は、何もせず、そのまま2人で、手を繋いで眠った。
さっきの、襲われた夢を見て、泣きながら叫んで目覚めたら、沖田が抱きしめてくれた。コイツはドSだけど、時々優しくなる、これがコイツの本当なのかもしれない。

「もう大丈夫でさァ」

何度も何度も耳元でそう囁かれて、俺はようやく眠りにつくことができた。


END



ENDってか、「BLEED LIKE ME」に続く




















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