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言い出しっぺは、いつも辰馬だったりなんか、するわけで。

さくら、さくら


大学は、来週まで春休みで、俺も辰馬も、ダラダラした日を送っていた。

「しーんー、花見するぜよ〜、花見」
「ヤダ」
語尾に音符でもつきそうなくらい甘えた声で、後ろから抱き着いてきた辰馬に、リビングで本を読んでいた俺は顔も上げずに即答した。

「なんでじゃあ〜?晋が来んと、つまらんぜよォ」
(…は?)
俺が行かないとつまらないってことはなんだ?つまり、花見をやることはもはや、決定事項なわけか?

「せっかく、幾松と陸奥がお弁当作ってくれるし、飲めない土方君だって…」
「オイ!」
俺は、ゴチャゴチャ言っている辰馬の言葉を途中で遮った。

「…っつうか、もう花見は、やるって、決まってんだろ?」
「さすが晋じゃのう〜」
えいこえいこ、と頭を撫でてくる辰馬の手を掴んで、思い切り殴りつけてやった。普段なら、頭を撫でられるのは大好きなんだけど。

「ひどい!家庭内暴力じゃっ、晋!」
「うっせ!テメェの、確信犯なところがムカつくんだよっ!」
やる、やらないの段階ならば、やりたくない、行きたくないという俺の言葉は有効だろうけど、やることはすでに決定してしまっていて、他のメンバーを誘ってしまっているのなら、俺に選択権はなかった。

「テメェ1人で行くのはムカつくから、俺は見張りに行く」
「結局来るんじゃなかかァ〜」
「なんか、お前の言い方ムカつく!」
今日はあっちの部屋で1人で寝てやる!と喚きながら立ち上がると、腕を掴まれて抱きしめられて。

「ほがなこと言わんといて、晋」
さっきまでの声色とは打って変わって泣きそうになってる辰馬に、ちょっとだけ罪悪感を覚えた。当然、1人で寝るつもりなんて全然なくて、ただの脅しだったのだけれど。

「馬ァ鹿。…で、いつやるって?花見」
抱き着かれたままの腕の感触が気持ち良くて、そのままの体勢で尋ねてみた。

「ああ、明後日じゃよ明後日!わしのバイトが終わった昼くらいからじゃ」
r 相変わらずゲイバーでのバイトを続けている辰馬だけど、最近は俺も、1人でも眠れるようになってきたから問題はなくて。

「そうじゃ、晋。学祭の時に来とった晋の友達も呼んだぜよ」
(……は?)

「河上君もちょうどオフだったらしくてのー。妹さんも春休み…」
「ふざけんなァっ!!」
俺の絶叫と一緒に、辰馬が吹っ飛んだ。

***

翌日の終電で、花見に参加するメンバーがどんどん集まって来た。俺はさっさと寝たかったんだけど、次々玄関チャイムが鳴るものだからなかなか眠れなくて。

「晋助センパーイ、久しぶりッスぅ〜」
「お前な…」
このマンションに集まったのは、銀時に土方、岡田、東城、幾松、陸奥に万斉とまた子。ああ。
部屋に入って来るなりダッシュで俺に抱き着いたまた子の姿に、当然だけどみんな驚いた。前の学祭の時には2人共、辰馬がいたから大人しくしていて。そうやって、ベタベタしてくる今の姿の方が素だとは知らないから。

「離れろ、また子」
「嫌ッス!センパイ好きッス!」
「何よー、高杉モテモテじゃん?」
「うっせ!黙ってろ銀時!」
「晋助、愛してるでござるよ〜」
万斉はソファに座る俺に後ろから抱き着いてくるし。

「テメェら離れ、ァっ…」
万斉の唇が首筋をすうっと這って行って、俺は慌てて両手で口を抑えた。

「馬鹿兄貴、それはやりすぎッスよ!」
また子が万斉の耳を引っ張って、無理矢理俺から引きはがしてくれた。

学祭の時に来ていた万斉とまた子のことは、今日いるメンバーはみんな知っていて。俺と、どういう関係なのかも含めてだ。
俺と万斉の関係を『ただの友達』としてしか紹介していないのは、唯一辰馬だけ。
あの嫉妬の塊の辰馬が元カレの存在なんか知ったら、しかも、その元カレが未だに俺のことを好きだなんて知ったら。俺には、辰馬がどうなってしまうのか、全然想像もつかなかった。

「ちょっと土方君〜、なんでこっち来てくれないのォ」
「お前はヤダ」
軽く飲み会が始まっていたリビングで、早速飲まされたのか真っ赤な顔の土方が、岡田にもたれ掛かっていた。反対側には銀時がいて、潰れそうな土方を上手いこと膝枕してやろうとして、拒否されたみたいだった。

「土方、沖田はどうしたんだよ?」
完全に潰れてしまう前に、土方はベッドに寝せなければと思って俺は立ち上がった。

「総悟と近藤さんは坂本のとこ行った」
「…あ、そう」
今から明日の昼まで辰馬の店で飲んで、それから花見でまた飲むなんて。辰馬や沖田はともかく、近藤は絶対潰れるんじゃないだろうか。

「土方!ベッド行くぞ!ホラ、立てって」
そのまま眠ってしまいそうな土方の腕を引っ張っていたら、もたれ掛かられていた岡田が土方の背中に腕を回して抱き上げてくれた。

「あっち連れてきゃいいんだろ?」
「あ、ありがと」
軽々と岡田は土方を運んでくれて。悔しいけど俺にはそんな力はない。

「しーんすけ!」
「!!」
油断していたら、いきなり背中と膝の裏に腕を回されて万斉に抱き上げられてしまった。

「ヤメロっ!テメェ、コラっ!万斉ッ!」
懲りずに唇を近付けてくる万斉の顔を両手で押して。もう床に落ちてもいいからってくらい暴れてるのに万斉はしっかり抱き抱えて離してくれない。

「…なんか。見慣れたつもりでしたけど…。気になってしまいますね」
腹ごしらえを終えた東城が、幾松と陸奥の間に座って俯きながら呟いた。
どう反応したらいいのかがわからないのだ。あまり見るのも悪い気がするし。確かに、男同士でイチャイチャしたりキスしたりってのは、普通のノーマルな人間が普通に生活していただけでは、そうそう目にするものではない。
東城にとっては、坂本とさえ仲良くならなければ、恐らく一生無縁の世界だった。

「そんなこと言ってる間に見慣れるッスよ」
また子が3人の側に座り込みながら会話に入っていった。

「ちょっと、今は辰馬いないからいーけどさ、アンタの兄貴、明日もあんな調子じゃないよねー?」
暴れている2人から避難するように、銀時も反対側にやってきて。

「大丈夫ッス。ああ見えて兄貴は本気で晋助先輩に惚れてるッス。先輩が困るようなことは絶対しないッスよ」
「あっそ」
だったらいいんだけどーとぼやきながら銀時は酒を飲む。
辰馬が本気で怒ったり、それで高杉が泣いたりなんていう、ややこしいことは、できるなら願い下げだった。花見くらい、楽しく飲んで問題なく終わってほしい。

「あー、それにしても、ヅラ何してんだろー」
銀時は密かにへこんでいた。当然桂も参加すると思っていたのに、集合場所のこのマンションに来てみたらおらず、電話にも出ない。いつも2人セットのはずの武市と似蔵で、武市だけ来てないことを考えると、法学部だけ何かあって忙しいのだろうか。
その似蔵が、土方を運んで行った寝室からようやく戻ってくる。運んで行っただけにしてはずいぶん時間がかかったような。

「高杉」
万斉に抱き抱えられたまま暴れていた高杉をあっさり引きはがす似蔵。

「なんでござるか?」
「あ、ありがと」
長身の2人に挟まれた高杉は、余計に小さく見えた。一方的に火花を散らす万斉に、似蔵は敢えて気付かないフリをする。

「なんか土方泣いてるから、交代してくれるかィ?」
「えっ?マジ?」
あいつ泣き上戸だったっけ?いや、もしかしてまた沖田と喧嘩したのかよ?

まだしつこい万斉の腕を振り払って一旦寝室に入って行った高杉だがすぐに顔だけをこちらに出した。

「また子、寝るならあっちにもう一部屋あるから、幾松か陸奥に聞けよ」
「高杉ィ、銀さんたちはァ?」
「男は床で十分だろ」
それだけ言い捨てると、今度こそ高杉は寝室へ消える。

「俺、ちょっと電話してくる」
携帯だけを握った似蔵が玄関から出ていって。

「とりあえず座ったらどーなんスか?兄貴」
「後で高杉に殺されたくなかったら、寝室覗くのはやめといた方がいいよ〜」
酔ってない時の土方君も怖いからねェとメールを打ちながら銀時。

「ネコ同士で気が済むまで喋らせとくのが一番イイって」
でなきゃ土方君の話なんて、銀さんがいくらでも聞いてあげてるよォ!とぼやいた銀時にまた子が一言。

「アンタ、どっちなんスか?」
兄を筆頭に、見慣れてしまったせいで見ただけで『どっちなのか』がだいたいわかってしまうまた子は、学祭の時に軽く自分を口説いてきた銀時の、土方に対する今の発言が引っ掛かってしまった。

「どっちってェ?銀さんバイリバだよん」
「ああ、納得したッス」
冷蔵庫の中から幾松が出してきた缶チューハイを受け取りながらまた子は頷いた。万斉にはビールを手渡す幾松。

「そうは言ってもおんし、最近は男ばっかり追い掛けとるじゃろ」
誰よりも一番、飲むペースが早い陸奥が銀時に突っ込んだ。

「仕方ないじゃん?普段からこのメンバーよ?」
「確かに。時々、自分の方がおかしいんじゃないかと思ってしまうことがある」
銀時の開き直りのような言葉に同意したのは意外にも東城で。

「いっそデビューしてしまったらどうでござるか?」
「兄貴、目がまじッスよ。怖いからやめろッス!」
ニヤリと笑った万斉を横から殴り付けるまた子。

「アンタさァ。…そーやって強引に高杉にも迫ったんだろー」
だらしなく足を伸ばして座った銀時がヘラヘラ笑いながら言った。

「なんのことでござるか?」
「なんでもねーけどさァ」
「兄貴、無理矢理襲ったわけじゃないって言ってたッスよねェ?」
「最初の時は、無理矢理ではないでござる」
「最初の時はって、どういう意味ッスか!」
万斉とまた子の兄妹喧嘩が始まってしまう。自分が言った何気ない一言から発展してしまって、しかも一度『無理矢理襲った』ことのある銀時はどうしようもなくなって幾松に助けを求めた。

「ちょっと、静かすぎんじゃないのォ、幾松さん」
「あー、ごめんね。ちょっと気になってることがあって」
あたし先に寝るね、と幾松が立ち上がって。

「わしも明日に備えるぜよ」
「じゃあ、あたしも行くッス!」
女の子は3人共、高杉の部屋へ行ってしまった。

電話から戻ってきた似蔵も含めた男4人は、そのまま朝まで飲み続けた。

***

夜中まで土方の話を聞いてやって、辰馬に電話して。
そっちはそっちで沖田の話を聞いてくれるよう頼んで。
でも結局、いつも通り他愛のないことから喧嘩になったみたいだったし、たぶん明日になればすぐに仲直りするんだろう。
そのまま土方が落ち着いて眠るまでついててやって、俺もそのまま寝てやった。

朝になって、俺が起きた時間には、もう幾松と陸奥の2人がキッチンでみんなのお弁当を作ってくれていて。また子はまだ寝てるらしい。

昼の11時過ぎ。後は片付けるだけだから、3人で向かうから先に行っててと辰馬から連絡があって、俺達はゾロゾロとマンションを出た。
レジャーシートやお弁当、クーラーボックスに入れた酒は、分担して男がみんなで持って。ダラダラ喋りながら歩いて電車に乗って市ヶ谷で降りた。

「とりあえず、10人座れる場所探せー」
当然、朝からの場所取りなんてしていないから、川沿いを歩いてなんとか空いていた場所を見つけてレジャーシートを広げた。

「ハイハイ〜、ビールの人〜」
早速クーラーボックスを開いて座った銀時が全員にビールやチューハイを配り始めた。飲めない土方には、焼酎を割るために持ってきたお茶を紙コップに入れて。

「辰馬達待たないのかよ?」
「いいんじゃない〜?どうせ飲んで来るんだからさァ」

言って銀時は『乾杯』と持っていたビールを上に上げた。
つられて結局全員、口々に乾杯を言い合って勝手バラバラに飲み始める。持ってきたお弁当の一部を、幾松が中央に広げ、割り箸で突きながらみんな勝手に飲む。はっきり言って、桜なんて誰も見ていなかった。とりあえず飲めればそれでいいのだから。

(もう1年なんだな)

桜舞う中緊張しながら出た入学式。母親を探している間に再会した幼なじみと、出会った辰馬と。あの時は、別れたばっかりだった万斉が、今年は隣にいるっていうのがなんだか不思議で。

「晋助、なんだか浮かない顔でござるな」
「そんなことねェよ」
辰馬が来るまでは隣から動かないつもりなんだろう万斉が俺の顔を覗き込んできた。

「先輩のことだから、和歌でも思い出してたんじゃないんスかァ?」
すっかり女同士で打ち解けあっているまた子が反対側から口を挟んできた。

「ァあ、そうだなァ。『去年(こぞ)の春 逢へりし君に 戀ひにてし 櫻の花は 迎へけらしも』ってとこかなァ」

「ねェ、それって誰のコト言ってんの?」
「!!」
どうせ誰も意味なんかわからないだろうと思って言ったのに。

「銀時テメェっ!」
ニヤニヤしながら俺の隣の万斉をチラリと見る銀時。

「お前、意味わかったのか?」
「前半はだいたい。後半は桜しかわか<んない」
その言葉に、俺はちょっとだけ安心した。どうせ銀時の口語訳だから、たいしたことないだろうし。

「ぶぁーか、それでもテメェ国文か!」
「うるさいよ古典オタク!」
ぶあっと強い風が吹いて桜の花びらが俺達の上に雨のように降ってくる。

「仕方ないッスよ!先輩は高校3年間、担任が古典の先生だったんス」
また子が銀時の腕を突きながら言った。

「テメェ、余計なコト言うんじゃねェ」
「ふーん。高杉ィ、お前その先生のコト好きだったんでしょ」
もちろんオトコなんでしょ、と笑う銀時の茶化すような言い方が気に入らなくて。

「うるせェっ!!」
「吉田先生は拙者も嫌いじゃなかったでござるよ」
よく写経させられたけどとぼやく万斉にまた子も同意した。

「そー言えば先輩、吉田先生が元気にしてるかなァって、心配してたッスよ」
「先生が?」
夏休みに1回行ったきり、そういえば俺は母校を訪れてはいなかった。

「晋助先輩。…吉田先生って、知ってたんスね、先輩と兄貴のこと」
「えっ?」
「ん?」
これには俺も万斉も、驚いて顔を見合わせた。

「学校では何にもしてないでござるよ」
「当たり前だろうが、馬鹿っ!」
学校でなんかスルわけないだろうと、お茶を飲んでいた土方に同意を求めたら、真っ赤な顔で俯かれた。…あ、そ。お前らは学校でしてたワケね。学祭の時だけじゃなかったのね。

「あの先生、時々屋上に来てたでござるからなぁ」
「!!…お前、どーゆーコトだソレ!!」
先生が屋上に来てたなんて、俺は全く記憶にない。

「たぶん晋助を授業に連れて帰ろうとしたんだと思うでござるよ」
でも、だいたい屋上ってイチャイチャしてたでござるから〜と、あっけらかんと笑った万斉を俺はグーで殴ってやった。

「最低だッ、お前!」
イチャイチャって言うか、キスしたり身体触ったりしまくってたじゃねェか、屋上でサボってる時なんて。それを、先生に見られていたなんて。

「でも晋助先輩、吉田先生で良かったんスよ。あの人、たぶん誰にも言ってないし、先輩が隠してるってこと、ずっと悩んでたみたいッス」
また子の言葉に、俺は何て応えたらいいのかわからなかった。

「だからァ、『晋助先輩は大学で新しい彼氏と仲間がいっぱいできて楽しくやってるみたいッス』って、言っといたッスよ」
「お前っ!!余計なコト言うんじゃねェっ!」
なんだよなんだよ、そんな話聞いたら、遊びに行きにくいじゃねェか!

「いいんじゃねぇか?」
一緒に悩んでくれてたなんて、いい先生じゃねぇの?なんて土方が言うもんだから、俺は当たり前だ!と返してやった。
先生がいなきゃ、俺は大学なんかに行こうとは思わなかったから。今、こんな風に、花見してることなんて、1年前は想像もできなかった。

「うわ、コレおいしい」
こっちの話などお構いなしにひたすら食べているのはやっぱり東城だ。ある意味、ありがたいけど。

「東城お前、辰馬達来る前に全部食い尽くすんじゃねーだろーなァ」
空になった空き缶をマメに集めて新しいビールを配りながら銀時がぼやく。

「大丈夫よ、銀時君。坂本君達の分は取ってあるから」
東城の食べる分なんて想定済の幾松はさすがだった。

「って言うか、坂本達遅くないかィ?」
万斉の隣にいた岡田に肩を叩かれて俺は携帯を開いたけど、辰馬からの着信はおろかメールもない。辰馬はもちろん、沖田の電話を鳴らしてみても出ない。

「土方…、あ、やっぱいい」
土方から沖田に電話してもらおうと思ったけど、あいつら昨夜から喧嘩してたんだった。参ったな、近藤の番号は知らないし。

「どうせ阿保の近藤が潰れとるんじゃなかか?」
弱いくせに飲むからのうとぼやいた陸奥の前には、すでに空き缶が4本。もしかして、陸奥って、この中で一番ペース早くて一番強くない?

「近藤さん、寝たら起きねェしなァ」
わかってるなら沖田と一緒に飲みになんか行かせるなよ!…って言いたかったけど、喧嘩して当て付け兼発散みたいな感じで沖田が飲みに出たいつものパターンだったから、俺は何にも言えなかった。それで何回も、沖田と飲みに行っている俺だから尚更。

また風が吹いて、桜の花びらが、焼酎に切り換えて飲んでいた紙コップの中に入った。この日は絶好の花見日和ってくらい晴天ではあるんだけど、少し気温が低くて、俺は自分で自分の身体を抱くみたいに腕を回して縮こまった。

「高杉、寒いんじゃないのかィ?」
「うん、ちょっと」
晴れていたからって、油断して薄着の俺に気付いたのは岡田で。

「だったら晋助、温めてあげるでござるよ〜」
目敏く万斉が後ろから俺に抱き着いてきて。

「やめっ!テメェ」
「おっ!やっとイイ感じになって来たんじゃないの〜?オカマカップル!」

酔っ払った勢いそのままにデカイ声を出した銀時に、俺はカチンときた。酔ってるのはわかってんだけど。

「誰がオカマだテメェ!それはテメェだろうがァ!このパー子がァ!」
「失礼しちゃうわね!パー子はニューハーフなんですけどォ」
立ち上がって襟首を掴んだ俺に、負けじと銀時も掴みかかってきて。

「変わんねェだろうがァっ!」
「それ言うなら、お前の方がちっちゃくてカワイくて、よっぽど女みたいなんですけどォ」
「テメェ殺すっ!」
もう、どっちから手を出したのかなんてわかんなかった。

裸足のまんまレジャーシートから降りて、取っ組み合いの殴り合い。
喧嘩しながら「テメェがオカマだ」とか「お前の方が女だ」とか言い合うもんだから、周りで花見をしていた他の人達のグループが、異様に注目していたけど、そんなの関係ない。

「やめろってお前ら!」
止めに入った土方の頬に、俺が避けた銀時の拳が突き刺さった。

「テメェら…いい加減にしろォっ!」
止めに来たはずの土方まで混ざって、3人でぐちゃぐちゃの殴り合い。

「晋助先輩ー!頑張るッスぅ!」
「ほぉ、晋助が暴れてるの、久しぶりに見るでござるなァ」
万斉とまた子は不良だった俺を知っているから、慣れっこになってしまっていて全く動じない。それどころか、『晋助と互角なんてあの2人もやるなァ』なんて感心しながら眺めている。

「ちょっと、岡田君、東城君、止めて来てよ!」
唯一マトモな反応を見せたのは幾松だったけど。

「放っておけィ。10代の男なんて、あんなもんじゃア」
しらっと言い切った陸奥の言葉で、腰を上げかけていた2人は座り直した。

「坂本の阿保と岡田も昔ようやっとったじゃろ」
男取り合って、なんてサラリと言ってのける陸奥。

「そんな昔の話は忘れたねィ」
似蔵は陸奥から視線を逸らして、まだ殴り合っている3人の方を見た。

「いや、確かにあんなモンですけど、あれだけ『オカマ、オカマ』って連呼されるとですね…」
自分までそう思われたらどうしようかと、そっちが心配になってきた東城。

「言っとくけど、一見女3人の花見ッスけど、実際はオトコがアンタ1人ッスよ、今のトコ」
「わかってますからっ!」
せめて近藤だけでも早く来ないかなァと思い始めた東城。

「晋助先輩にゴスロリ着せといて、よく言うッス」
「でも、アレは似合ってましたよねェ」
大学祭の時の高杉のゴスロリ女装は、衣装を選んだのが東城だった。

「晋助、左!」
ずっと3人の様子を見ていた万斉が叫んだ。左目が不自由な分、高杉は視界が狭い。

「のわっ!」
「いっ!」
「ぐはっ!」
叫びながら、それでも倒れる瞬間に蹴り上げた脚は銀時の胸に当たり、バランスを崩した銀時の左腕が土方の首に当たって。

3人は、ほとんど同時に芝生の上に倒れ込んだ。
どこまでも高い、青空と、舞い散る桜の花びらを見つめながら、3人共しばらくは動けなかった。

「…アハハ」
誰からともなく、自然に出てきた乾いた笑い声。

(なーにやってんだろうなァ、俺ら)
なんかもう、全てどうでもいいような。あんなに寒かったのに、今じゃ暑いくらいだ。

***

「なーにやっとるんじゃア?ほがなとこで寝ちょったら、風邪ひくぜよ〜」
仰向けに転がったままだった俺の視界に、いきなり辰馬が入ってきた。

「お前、言い出しっぺのくせに遅ェよ!」
本当は『待ってた』とか『早く来て欲しかった』って思ってたくせに、俺の口からはそんな言葉しか出て来なくて。

「すまんかったのぅ。いろいろ買い物して来たんじゃよ」
ひょいと俺を抱き上げた辰馬は、レジャーシートの、元々俺が座っていた場所に俺を降ろして自分も座って。
3人で殴り合っている間に電話がかかってきて、俺が出ないから岡田が迎えに行ってくれてたことになんて気付いていなかった。

「酒もアテも、いっぱい買って来たんじゃよー」
輪の真ん中に、3人が買ってきた酒やサラミやあたりめなんかが並んで。東城が食べ尽くしてしまったお弁当の代わりに、新しいお弁当が出てくる。
銀時もシートに戻ってきたし、起き上がって座り込んだままの土方の前には、膨れっ面の沖田がしゃがんでいて。あの分だと、勝手に仲直りするだろう。

「高杉ィ、あの2人、なんで喧嘩したの?」
銀時が不思議そうに問い掛けてくる。

「知らない方がイイってくらい、くだらない喧嘩」
俺が答えると、辰馬も近藤も頷いた。

「とりあえず、ちょっと今日は寒いから、身体動かしたらいいと思って、買って来たんだよ、はってんセット」
「はァ?ハッテンセットォ?」
「その中には何が入ってるんだィ?」
「もっちろんKYだよねェっ?」
「ゴム1個じゃ足りないでござる」
「え…?」
男4人の過剰反応の意味がわからないまま、キョトンとした顔で買ってきたバトミントンやフリスビーを取り出す近藤。
そこに書かれていたのは『8点セット』の文字。

「ああ、そういう意味でござるか!」
「紛らわしいこと言うんじゃねェっ!」
「なによー!そんなセット売ってるのかと思って銀さん期待しちゃったじゃない」
「…俺も、ちょっとビックリしたねィ」
まだ意味のわからない近藤は東城と顔を見合わせて首を傾げて。

「知らないんだったら、知らないまんまの方がイイッスよ〜」
笑いながらそう言ったまた子を筆頭に、むしろ女3人の方がわかったみたいだった。

「おんしらには縁のない場所じゃア」
辰馬は、俺達の反応を見て笑ってるだけだし。

「でも、わし、近藤が潰れた時に連れてったことあるぜよ〜」
覚えてないじゃろうけどのーって、あっけらかんとした辰馬の言いように、一瞬怒気を抜かれたけど、すぐに我に返って殴りつけてやった。

「テメェ、それ、いつの話だっ!」
「痛いぜよ〜。まだ晋と付き合う前じゃ、安心しィ」
それより晋じゃって、ずいぶん反応早かったのぅ、なんて言われて。俺もお前と付き合う前しか行ったことねェ!と怒鳴ってやった。

「なーにを昼間っから、エロ話で盛り上がってんでさァ?」
ようやく2人並んで沖田と土方がレジャーシートに戻って来て。

「エロ話じゃないからっ!誤解すんな総悟っ!」
近藤と東城の2人はやっと、俺達が過剰反応した意味に、なんとなく思い当たったらしかった。
このメンバーなんだ、会話の中に1回くらいその言葉が出て来て知っていてもおかしくなかった。現に、幾松や陸奥はわかってたみたいだし。

「せっかくだからハッテンセット使うッス!誰かバトミントンするッス!」
わざとその言葉を使って立ち上がったまた子は、とりあえずお腹が脹れて休憩に入っていた東城の腕を引いた。

「手加減しませんよ!」
「望むところッス!」
元気だなァって思ったけど、さっきまで殴り合ってた俺達も似たようなモノか。

「晋、寒くないがか?」
「ん、ちょっと」
おいで、と言われて俺は辰馬の膝の間に収まった。背中から感じる辰馬の体温が温かい。隣を見たら、沖田と土方もくっついていた。

「せっかく来てもらったのに、遅れてすまんかったのう」
辰馬と万斉が、ビールの缶をぶつけて乾杯してる。っつうか、この2人が並んで座ってるって、どうなんだよ?万斉がずっと大人しくしててくれたらいいんだけど。

「暴露しちまいやすけどねィ、ここまで遅くなったのは、坂本が悪いんでさァ」
昨夜から飲み続けていたはずだってのに、全然元気な沖田が、缶のカクテルをちょっとだけ紙コップに移して、土方に渡しながら言った。

「近藤君が起きなかったとかじゃないの?」
「いや、確かに俺も寝てたんだけど」
近藤は幾松に言い訳するみたいに応えて。

「坂本が、昼ドラ見てたんでさァ」
「!!」
みんなの視線が、一斉に辰馬に集中する。

「ほぉ。言い出しっぺが昼ドラがか」
一際冷たい視線を送るこれは陸奥。

「昼ドラはねェだろォ〜」
沖田に渡されたカクテルを飲みながら土方。知らねェぞ、潰れて寝たって。

「あたし達より昼ドラがよかったの?坂本君」
「ちょっと辰馬、それってどんだけー?」
「俺達は昼ドラに負けたってワケかねィ」
「けっこう寒い中場所取って待ってたでござるなァ」
岡田や万斉までが辰馬を非難し始めて。

「えへ、チクっちまいやした」
満面の笑みで顔が赤くなった土方の頭を撫でている沖田。

「辰馬」
ジロっと睨んだ俺の視線が、辰馬には一番堪えたみたいだ。

「し、晋!煙草買って来ちゃるぜよ〜」
もうないじゃろ?なんて言いながら立ち上がった辰馬を俺も追い掛けた。

「馬鹿辰馬、待てっ!!」

「ちょっと!あの2人で行かせたら、いつ帰ってくるかわかんないって!」
追い掛けようとした銀時を似蔵が制して立ち上がった。

「武市さんと桂も来るみたいだから、ついでに迎えに行ってくるさね」
「え?マジマジ?ヅラ、来んの?」
俺も迎えに行くーと立ち上がった銀時はまた子に捕まって、バトミントンのラケットを強制的に持たされた。

「このヒト弱すぎッス!相手にならないッス!」
「何を言うか!女の子だと思って…」
「うるさいッス、東城!」
また子は自分のラケットで、本気で東城をジバく。

「なんだよー、銀さん本気でいっちゃうよォ!」
「かかってこいッス!天然パーマ!」
「好きでハネてんじゃないんだからねェっ!」
東城は、動いたらお腹空いたーと言いながらレジャーシートに戻って来て。

「ずいぶん大人しいんじゃねェですかィ?」
高杉を追い掛けると思いやしたと、2人分空いたことで隣になった沖田が万斉に言った。

「拙者、晋助を困らせに来たわけではないでござるよ」
紙コップに半分のカクテルを飲んだだけで真っ赤な顔の土方を肩に寄りかからせたまま、沖田は続けた。

「言っときますがねィ、坂本は、アンタが高杉の元彼だって、気付いてまさァ」
「…そうでござったか」
それでも自分を誘うなんて、一体坂本は何を考えているのだろうか。

「アンタに時間があるんなら、ゆっくり話してみたらどうですかィ?どうせこの後は、坂本ん家で2次会でさァ」
「うそ、総悟マジ?俺この後バイトなんだけどォ?」
近藤が2人の会話にデカイ声で割り込んだ。

「近藤さんだけバイト行きなせェよ」
「俺だけ外さないでくれよォ!」
「やかましいわ、近藤っ!わしも帰るぜよ」
付き合いきれるかァ!と陸奥が言って。その割には、きっと一番飲んでいるのだけれど。

「土方!こんなトコで寝ないで下せェ!」
「総悟ォ、もう無理ー」
土方は、沖田の膝に頭を乗せて横になってしまった。

「トシに飲ませたの総悟だろー?」
「近藤さんが担いで帰ってくれるから大丈夫だと思ったんでさァ」
「いや、俺はいいけどさァ」
飲ませたと言っても、紙コップにカクテル半分くらいなのだけれど。

「おおーい」
「待たせたな!」
駅の方から歩いてくる4人の人影。どうして4人?と思ったら、高杉は坂本におぶさっていた。

「晋助先輩、どうしたんスか?」
「転んだ!足が痛ェ」
「アッハッハ、晋なら軽いから全然大丈夫じゃア」
「軽いのはテメェの脳みそだろうがっ!」
「ヅラァ、武市ィ!とりあえず駆け付け3杯!いっとけェ!」
「法学部は研修があったんですよ!無茶言わないで下さい!」

14人に増えた花見と言う名の飲み会は、薄暗くなり始めてもまだまだ終わりそうにない。


END



アトガキ

「どんだけー?」がわかった人は…ツウですな(苦笑)←と4月頭に書きましたが、これが流行りに流行って、3ヶ月後の今や堂山では誰も使いませんわ、古いって。

◎『去年の春 逢へりし君に 戀ひにてし 櫻の花は 迎へけらしも』
万葉集巻八、1430ですが、これは1429の反歌になります。
この歌は、平安時代を舞台にした漫画『きらきら馨る(高橋冴未)』にも出てくるので、知ってる方も…いたらいいなァ。
高杉君の呟きを聞いた銀時君の口語訳は『昨年の春に出会っちゃった君に恋したけど、桜がキレイだったよねェ』って感じで、高杉君も、銀時君訳ならそんなもんだから、間違ってるに決まってるから大丈夫!とか思ってます(笑)
本当の正しい口語訳は『去年の春お逢いしたあなたを恋しく思って、桜の花はこうしてあなたをお迎えしたらしいですね』です。
桜って、そんなに和歌に詠まれてないんですよ(当たり前ですが、和歌に詠まれてる花ナンバー1は『梅』ですよ)。
花が散るっていう方で、哀しい歌も多いし。『春風の 花を散らすと 見る夢は さめても胸の 騒ぐなりけり』(山家集・西行)でもいいけど、ちょっと場面違うしなァ…。(口語訳は自分で調べて下さい)

◎沖田君と土方君の喧嘩の理由
ぶっちゃけ『出掛ける前にヤルかヤラないか』だけです(笑)沖田君はどうしてもヤリたかったのね。
だけど土方君はしちゃったら、終電で坂本君のマンションには行けないから(暫く動けないから)したくなかったの。沖田君は、どうせ土方君は飲めないんだから、(何も前の晩の飲み会から参加しなくても)朝起きてから合流すればいいじゃん?って思ってたみたいなんだけど、土方君には伝わらなかった…っていうか、土方君は『終電で行く』って、高杉君に連絡入れちゃってるから、それは駄目だ!とか思ったんじゃないかなァ?『そんなにしたくないんなら、もういいでさァ』って、怒った沖田君は、坂本君家に向かってた近藤君を誘って飲みに出たのでした。 本当にクダラナイ理由ですよ、この2人の喧嘩はいつも(笑)

◎オマケ
幾松ねーさんが気にしてたのは、もちろん桂君のコトですよ!
あと、似蔵が何回も電話してた相手は武市君です。

とりあえず、久しぶりに万斉とまた子が書けたから楽しかったです!また子はこのまんま、坂本家の飲み会メンバーに入っちゃうんじゃないかなァ。
坂本家の2次会は、書けたら書きます(苦笑)欠席した服部君(バイト)と阿音(客と買い物中)が合流するかな?

今回のネタは、ほとんど実話でした(笑)それこそアンタ、どんだけよ!!

「すき」に続きます






















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