※「迷子の子猫」の続きです
たぶん一睡もしてないのだろう真っ赤に腫らした目で、高杉は待ち合わせの駅に現れた。
「お前…。ヒデェ顔だぜ」
「わかってる」
結局昨夜、坂本は帰ってこなかったらしい。一度だけ電話があったらしいが、出なかったと高杉は言った。
「それ出て、文句言ってやりゃ良かったのに」
「…なんか、ヒデェこといっぱい言っちまいそうだったから」
ある程度なら言ってもいいと思うけど?でも、本人には言わねェんだろうなァ、こいつの性格上。溜め込んで溜め込んで溜め込んで、最後にブチ切れるタイプだから。
「ま、いつでも家出してこいって」
「ん、ありがと、土方」
俺ん家がバレてしまっている以上、すぐに坂本は迎えに来るだろうけど。でも、坂本が高杉のストレスに気付くキッカケになるんならそれでいいと思う。どうせ別れるつもりなんかないんだからさ、コイツらは。
あまり話も聞いてやれないまま、並んでパソコンの画面と睨めっこ。午前中の入力作業をどうにか終えて昼休みになる。
「俺、なんにも食べたくないから寝る」
最低でもキッチリ6時間は寝なきゃ無理な高杉が一睡もしてないんだ、そりゃ眠いだろうなって思ったから、俺はテーブルに突っ伏したまま寝息をたてはじめた高杉を放っておいた。1時間経ったら…俺が起こさなきゃならないんだよなって覚悟を決めて。
***
ベロンベロンに酔っばらった坂本が、ようやくマンションに辿り着いたのはとうに昼も過ぎた夕方だった。
少々ややこしい色客に呼び出されて、仕方なく出掛けて行ったのだ。行こうかドタキャンしようか、直前まで悩んでいたのだけれど、とりあえず行くだけ行こうと。今日は何言われてもヤらないぞって決めて。そして、飲みに行った先で『取引先なんだけど』って紹介されたのが、昔近藤と一緒に、ちょっとだけバイトでモデルをやってた時の雑誌の編集長だった。無茶苦茶な理由をつけて無理矢理辞めていたから、2度と会いたくないって思ってたのに。当然、客は自分がバイトしてたことを知っていて、わざと会わせたのだし、編集長も編集長で、『戻ってきてくれ』の一点張り。
まさか色客の前で『彼氏と過ごす時間を裂かれるのが嫌だからできません』とは言えないし、飲んで酔うしかないと決め込んだ坂本はひたすら強い酒を一気で煽った。
六本木なんて、普段ほとんど飲み歩かない街で飲まされて、逃げるようにその場から離れて。そこまでは良かったのだけれど、今いる場所がわからない。酔っ払った頭では、どうやって帰ったらいいのか理解できない。電車はまだ走っているだろうけれど、どこからどれに乗ればいい?
何年も住んでたって所詮はお上りさんなんだなァってのを噛み締めながら、とりあえずタクシーで新宿に向かった。こんな状態で帰っては、また晋助に何をするかわからない。酔っ払った勢いだけで、また無理矢理組み伏せて、泣かせるかもしれない。そういえば、色客に呼び出されたと言えずに、陸奥の名前を使ってしまっているから、なんでそんなにベロベロなんだ?って、鋭い晋助が突っ込まないわけがない。
帰巣本能が働いたのか、そんな状態でも辿り着いたのは自分のバイト先だった。
「寝かしてくれ!」
店内に入るなり、そう叫んで倒れた辰ちゃんを、追い出せる者はいなかった。
結局、昼12時近い閉店時間まで寝かせてもらったのだけれど酒は抜けなくて。『寝ててもいいけど、寝てるなら明日の21時に店開けて』と言われて『それは無理』と外に出た。今度こそ電車で帰ろうと、ちゃんと乗ったつもりが、目が覚めたら熊谷だった。危ない危ない、もうちょっとで、高崎まで行くところだった。
…とは言っても、都内から相当離れてしまったことは事実で。途中で何度も電車を降りて水を飲んでトイレで吐いて。フラフラしながらようやく、何時間もかけて家に帰り着いたのだ。
今日もバイトのはずだから、当然晋助は部屋にはいなかった。帰ってきたら何て謝ろう。でも、それより、その前に寝たい。寝室に辿り着く気力もないまま、坂本はリビングのソファに倒れ込んだ。
***
昼休みに仮眠を取った高杉を引きずって、午後のバイトに行こうと思ったのだけれど、途中で無理だと諦めた。だいたい、連れて行ったって仕事にならないだろう。俺はそのまんま、救護室に高杉を連れて行って、夕方5時になったら迎えに来ますからって寝かせてもらうことにした。バイト先の情報処理室の室長には、体調不良とだけ伝えておく。朝から高杉の様子がいつもと違ったから、室長も気にしてくれてたみたいで、簡単に話はついた。
とりあえず、バイトが終わったら、引きずってでも連れて帰るか…。
***
きっちり5時にバイトを終わらせて、救護室に高杉を迎えに行ったら、ちょうど目覚めたところだった。最低1時間は格闘しなきゃならないかもって、覚悟を決めてた俺にとってこれは嬉しい誤算ってやつだ。完全に寝ている高杉を起こそうとすると、口より先に手を出される。殴る、ひっぱたくは当たり前。それなりに睡眠が取れている時は、手が出ず暴言だけなんだって話だけど。
「おーい、帰るぞー高杉ィ」
「うっせ、死ね」
上半身は起き上がっているんだけど、頭の方は全然働いていないみたい。総悟がうちに高杉を初めて連れて来て、1週間引きこもってた時。あの最初に総悟から、高杉の寝起きの悪さを聞いてなきゃー、とてもじゃないけど付き合いきれていない。
「ほら、帰るぞって!」
「帰らねェ。嫌だもう、ここに住むっ!」
そのまま、また横になりそうだったから、無理矢理高杉をベッドから引っ張り降ろした。
「家帰るんが嫌ならウチ来ていいからっ!ほら行くぞっ!」
「…行く」
結局俺は、電車で40分以上かかる道則を、高杉を引きずるようにして帰った。そのうち坂本から電話でもあるだろう。
***
ソファの上で目覚めたのは、陸奥からの電話のおかげだった。
『おまん、昨夜何しとったんじゃ?』
部屋の中も窓の外も真っ暗で、一瞬どこにいるのかわからなくて。
「ちっくといろいろあってのう。酔っ払って熊谷まで行ってもうたぜよ」
さすがにこれだけ寝たら、酒は抜けたようだった。
『おまん、昨夜わしの名前使うたじゃろ?わし、おまんと連絡取れんから、高杉に電話してもうたぜよ』
「は?………なんじゃとー!?」
『わしの名前使うなら先に言っておけ!口裏くらい合わせてやるぜよ』
なんせ古い付き合いじゃからの、どうせ浮気しちょったんじゃろ?って電話の向こうの陸奥は冷たい声だ。
「違うぜよ!昨日は断じて浮気じゃないぜよ!」
『ほーか。じゃけど高杉はそうは思っちょらん』
「まさか…。晋!晋?」
陸奥とは通話状態のまま、家中を探すけれど、どの部屋も真っ暗で晋助がいる気配はない。
「陸奥…。わし、また晋助に家出されてもうたぜよ」
見ると、キッチンの洗い場で、グラスがひとつ割れていた。いつも晋助が、焼酎をロックで飲む時に使っていたものだ。物に当たるなんて、相当きてる証拠だ。早く探さないと。
「陸奥、どうしよう…」
『わしは知らんぜよ。日頃の行いじゃき』
冷たく言い放つ陸奥だけど。それでも似蔵や東城のところへは連絡してくれると言った。
「晋、どこ行ったんじゃ…?」
半泣きになって、どうせ出てはもらえないだろう晋助の携帯を鳴らした。
***
電車の中で、ようやく高杉はちゃんと目を覚ましたようだった。
「………どこ?ココ」
「俺ん家向かってんだよ」
「…………ァあ、そうか」
朝も昼休みも、全然話なんか聞いてやれなかったから、2人でダラダラ話しながら俺の部屋に辿り着く。でも結局、いくら話しても、高杉の口から出てくるのは『俺じゃ駄目なんかなァ』って言葉ばかり。『そんなことないと思うぜ』って、言ってやっても『じゃあなんで浮気するんだよ?』って。そんなの俺は知らねェっつーの!!…とは言えねェし、ましてや『高杉に体力がないっての気遣って、どうしても溜まってるって時は余所でヤルらしいぜ』なんて、前に坂本から聞いた本当のことなんて、もっと言えやしねェ。結局俺が悪いんだ、って高杉がますますヘコむのが目に見えているから。
「どんだけ浮気したって、最終的にはお前んトコ帰って来るじゃねェか、坂本は」
「そりゃ、そうだけど…。いつ帰ってこなくなるかって思ったり、するんだよな」
うん、今、坂本がたぶん同じこと、思ってると思うぞ。家出した高杉が帰って来なくなるかもって。実際に一度帰らなかったことあるんだし。そろそろバイトが終わって1時間半だ。坂本はバイトの終わる時間くらい知ってるだろうから、帰ってるなら、そろそろ『遅いな?』って思い始めてもおかしくない。
家に帰ってるなら、だけど。
でも、坂本からの電話に、出ないつもりなんだろうな、高杉のヤツ。
「とりあえず何か食おうぜ」
って冷蔵庫を開けて。冷凍食品だけどパスタでいいかと思ってレンジで温め始める。昼も(たぶん朝も)何も食べていない高杉はきっとお腹が空いてるだろうと思ったのに、それどころじゃないらしくて全然食べやしない。
「高杉、ちゃんと食えって」
「なんか、あんまり、イラナイ」
喧嘩する度にそんなんじゃー身体潰すぞって、言ってやっても全然高杉は食べようとしなくて。仕方がないから、無理矢理半分くらい食べさせて、後は俺がマヨネーズをぶっかけてたいらげた。
テレビを見ながらウダウダ喋っていたら、21時を過ぎてようやく、高杉の携帯が鳴った。『誰からだ?』なんて聞くまでもない、ピクっと高杉が反応したその着信音は坂本なんだろう。
「出ろよ」
「…嫌だ」
「出ろって」
「…嫌っ!」
あー、なんでこんな頑固なんだコイツ?
一旦切れた着信音は、途切れて、また鳴り出して。
「携帯貸せっ!」
「え?あっ、おい!土方ッ!」
俺は、ギリギリ留守電になりかけていた携帯を奪い取って、通話ボタンを押した。お節介だなんて、自分が一番よくわかってるっつーの!
『晋っ?晋、今どこじゃ!』
必死そうな坂本のデカイ声が携帯から漏れる。あいつの声はデカイから、きっと俺の横で俯いて、唇を噛み締めてる高杉にも聞こえているだろう。
「土方だ」
『土方君か?晋は?…晋はそこにおるんじゃろ?』
「いるけど、お前とは話したくねェってよ」
『しん……っ、うっ、ううっ』
わざと冷たく言ってみたものの、いきなり電話の向こうから聞こえてきた鳴咽に驚いたのは俺の方だった。
『晋は…、晋は土方君ちにおるんかの?…今から迎えに行っても構わんかのう?』
「さっさと来いっつーの」
『うん』
坂本との通話はそれで終わって。俺は携帯を高杉に返してやる。
「今から迎えに来るってよ」
「何勝手なことしてんだよっ!」
本当は嬉しいくせに。なんでこう、頑固なんだかなァ。電話の向こうから、坂本の鳴咽が聞こえてきた時、一瞬ビクって反応して泣きそうな顔したじゃねェか。それなのに、ツンとそっぽを向いた高杉の姿に、なんだかちょっと、カチンときた。
「いいじゃねーか、俺なんかいつから総悟と会ってねェと思ってんだよ?」
「知らねー」
高杉は膝を抱えてそっぽを向いたまま。
「迎えに来てくれんだから、いいじゃねェか!」
「るせェ!勝手なことしやがって!辰馬の顔なんか見たくねェんだよっ!」
あ、ムカつく、こいつ。なに?会いたいのに会えない俺への当て付けですか?嘘でも冗談でも、総悟の顔が見たくないなんて、俺は言えない。
「ああ、そうかよ!だったら別れちまえばいーだろうがっ!誰もお前らなんか止めねェよっ!」
あ、言い過ぎた…って思った時は、もう遅い。
「テメェ、もっかい言ってみろ、コノヤロー!」
携帯を投げ捨てた高杉が馬乗りになって俺に掴み掛かってくる。
「何回でも言ってやらァ!別れる根性なんかねェくせに、いつまでも拗ねてんじゃねェ!」
「拗ねてんのはテメェだろうがっ!自分が沖田に会えねーからって俺に当たるんじゃねェ!」
そこからはもう、ぐっちゃぐちゃの殴り合い。くそ、高杉のヤツ、これだけちっこくて細いくせに意外とやるな。
「当たってんのはテメェじゃねェか!いちいち喧嘩に巻き込まれる周りのことも考えろや!」
「うるせェっ!いつ来てもいいって言ったのはテメェだろーがっ!」
掴み合ってお互いに数発ずつパンチがヒットして唇が切れて血が滲む。口許が腫れ上がる程殴りつける。体勢を立て直しながら脚を繰り出す。高杉が、いくら片目が不自由で視界が狭いったって、手加減なんかしてたら、ボッコボコにやられちまう。
高杉の襟首を掴んで床に叩き付けたら受け身を取られて、鳩尾を蹴られてテーブルごと壁に激突。まだ向かってくる高杉の脚を払って、倒れ込んできたところを殴りつけて。でも、床に落ちる瞬間に身体を捻った高杉の脚は俺の脇腹に突き刺さる。
「晋っ!土方君!何しとるんじゃっ!!」
鍵をかけていなかったみたいで、開いた玄関から坂本が走り込んできた。あと、もう1人と。坂本は誰かを連れてきていた。
「うるせェっ!邪魔すんなっ!」
「コラッ!離せ、岡田っ!」
なんでそうなったのか…。とにかく、走り込んで来た順か、なりゆきか、俺を後ろから羽交い締めにして押さえつける坂本と、もう1人一緒に来た眼鏡のヤツが高杉を押さえて。あ、やべ…。こうやって後ろから誰かに抱きしめられんのって、めちゃくちゃ久しぶりじゃねェか。やってんのは坂本なんだけど。
「晋、土方君やめるんじゃっ!!」
「落ち着きなさいよ、2人共」
結局、体格のいい2人に押さえ込まれて、俺と高杉の殴り合いは強制終了。あー、ここ俺ん家だぜ?ぐちゃぐちゃじゃねェか、もう。
「何しに来たっ!!」
高杉が俺に向かって、って言うより、俺の後ろの坂本に向かって怒鳴りつけた。坂本に抱き抱えられるみたいに押さえ込まれている俺は、ビクっと坂本が震えたのを直接感じ取ってしまう。
「お前の顔なんざもう…っ」
「ハイハイ、ちょっとお前さん落ち着きなァ」
腕を掴まれていなければ、また殴りかかってきそうな勢いだった高杉の身体を自分の方に向けて、そのまま自分の胸に高杉の顔を押し付けるみたいにする眼鏡のやつ。こいつは、坂本の高校からの友達で、数学科3回の岡田似蔵っていうらしい。
「言っとくがなァ、坂本。他意はねェぞ」
「わ、わかっちょるぜよっ」
俺の後ろの坂本が、スゲェ怖い顔で岡田と、岡田にしがみついて小刻みに震えてる高杉を見つめてる。視線だけで人が殺せるなら、とっくに岡田ってやつはやられてるだろうなってくらいの強い瞳。
「離せよ。…もう暴れねェから」
ずっと、俺を押さえつけたままだった坂本の腕を振りほどいて、俺は煙草に火を点けた。痛ェ、口許が切れてるから、フィルターが真っ赤になっちまった。
高杉のやつ、絶対泣いてんだろーなァと思って。声は出してねェけど。俺との殴り合いなんか、勢いみてェなもんだから全然構わねェけど。本当に、こんなに早く迎えに来た坂本に対して、どういう態度を取ったらいいかわかんねェんだろうな。ったく、素直じゃねーんだから。
「そういえば坂本、ずいぶん早かったな」
電車だと、坂本のところからここまで早くて40分、電車の接続が悪けりゃ1時間はかかっちまうっていうのに。
「似蔵のバイクで来たからの」
視線だけは高杉から離さない坂本が応える。
「陸奥から電話あってねィ。どーせまた坂本は探しに行くんだろーと思ったから、足があった方いいだろうと思ってねェ」
俺との通話を終えた坂本が外に出たところで、ちょうど岡田と鉢合って。そのまま2人乗りで飛ばして来たらしい。
「なに、坂本お前、高杉が家出する度に探して歩いてんのかよ?」
「まァ、…のぅ。心配じゃし…」
とりあえず高杉に電話して。だいたい出てはもらえないから、高杉が行きそうな友達のところに片っ端から電話しまくって。後は、1回経験があるから、2丁目あたりも探しに行くらしい。
「おい、高杉っ!お前、これだけ坂本に心配してもらえたんなら、もういいじゃねェか」
岡田にしがみついて震えたままだけど、俺らの話は絶対聞いているに決まってる高杉に声をかけた。
「…良くない。お前昨日どこ行ってたんだよっ!?」
また殴りかかりそうな勢いで真っ赤な顔を上げた高杉を押さえる岡田。もう、せっかく昨夜泣いた目の腫れが引いたとこだったのにまたそんなに泣いて。
「晋、嘘ついてもーたのは謝るぜよ。でもわし、断じて浮気はしちょらんから」
きっぱりと言い切った坂本に、驚いたのは俺だけじゃない。
「高杉、信じてやれよ。コイツ、馬鹿だから酔っ払って熊谷まで行ったらしいさね」
「似蔵っ!…それはオフレコぜよ!」
「いいじゃねーか」
坂本が、昨夜から今日の夕方まで何をしていたのか、ぽつぽつと語り始める。どうしても、色客だと言いにくくて、陸奥の名前を出してしまったことも含めて。
「…お前、馬鹿だろ?」
「そんなん言わんといてくれんかのぅ」
笑いながら言ってやったのに、がっくりへこんでうなだれる坂本。
「ほんと。…馬鹿野郎」
手の甲でゴシゴシ涙を拭いた高杉が坂本を睨みつけて。
「ごめんの、晋」
「お前の日頃の行いだねェ、坂本」
言いながら岡田が背中を押して。バランスを崩した高杉をしっかりと坂本が抱き止めた。
「しっかし、なんで晋と土方君は殴り合っちょったんじゃア?」
高杉の頭を撫でながら坂本が尤もな疑問を口にして。
「ァあ…。気にすんな」
売り言葉に買い言葉。あんな喧嘩、どっちが悪いってモンでもねェからな。
「晋、帰ったら手当てしちゃるからのぅ」
「………土方、ゴメン」
ちょっとだけ、坂本の腕の中から顔を出した高杉が、消え入りそうな声でそう告げて。視線は合わせないし、そう思うんなら見せつけんじゃねェ離れろよ!って思うけど、高杉にしては上出来かも。
「俺も。悪かったな」
「まー、喧嘩する程仲がええっちゅーしのう」
坂本が『わしと似蔵も昔よくやったのー』って、いつもみたいにアッハッハーって声を上げて笑ってる。
「そんな昔のことは忘れたねィ」
そっぽを向いた岡田の反応から、本当なんだろうな。っつか、こんなデカイやつらの殴り合いの喧嘩って、周りに迷惑すぎんじゃねーか?
「それより坂本、みんなに高杉が見つかったって連絡入れろよ?」
「おう、忘れちょったぜよ!」
高杉が家出するたんびに、坂本の友達何十人ってみんなにチェーンメールのごとく連絡が入るらしい。こいつら、ホント迷惑だな。安易にウチに来いなんて言わない方がいいのかもしれない。
「武市さんや陸奥には俺から入れるわ」
「おう、頼むぜよ!」
岡田と坂本、2人で分担して、あっという間にメールの送信は終わったみたいだった。きっと、坂本の友達やってるくらいだから、みんなこんなことには慣れっこなのかもしれない。
「ほら、お前ら、いい加減帰るぜ」
一番最初に岡田が立ち上がって。坂本と高杉はしっかり手ェ繋いでんだもんな。
「土方、また明日な」
「おう、また明日」
3人が帰っていってから、俺は軽くぐちゃぐちゃになっちまった部屋を片付けた。あれだけ2人で暴れて、皿やコップが割れなかったのって奇跡かもしれない。
『高杉と殴り合いの喧嘩してこんな顔になっちまったァ』って。総悟にメールしようかどうしようか悩んだけど、結局後から知られるよりはって写メつきでメールしちまった。総悟が心配するのはわかってたんだけど。
すぐに総悟から着信があって。
『何やってるんでさァ!!』
あー、なんか総悟の声聞くの久しぶりだなぁ。やっぱりどうしてもメールの方が多くなっちまうから。明らかに、怒ってる声だけど、それでも総悟の声だ。
「なんか言い合いになってなァ」
『その顔治るまで、毎日写メしなせェっ!』
「うん、まー、1週間もかかんねェと思うけど」
結局、そのまま1時間くらい総悟と電話して。受験勉強で忙しい時にゴメンって思ったけど、『行ってやれねェんだから今日1日くらいいいでさァ』って俺を心配する総悟の声が聞けて。高杉と喧嘩したおかげかなぁなんて考えちまった。
早く来月にならねェかなぁ?
END
たまには坂本君浮気じゃなかった…!ってのはどうだろう?と考えたら、こんな長くてウダウダな文章に…。すいませんでした。高杉君と土方君に殴り合いの喧嘩させたかったデス
No reproduction or republication without written permission.
お節介の効能
たぶん一睡もしてないのだろう真っ赤に腫らした目で、高杉は待ち合わせの駅に現れた。
「お前…。ヒデェ顔だぜ」
「わかってる」
結局昨夜、坂本は帰ってこなかったらしい。一度だけ電話があったらしいが、出なかったと高杉は言った。
「それ出て、文句言ってやりゃ良かったのに」
「…なんか、ヒデェこといっぱい言っちまいそうだったから」
ある程度なら言ってもいいと思うけど?でも、本人には言わねェんだろうなァ、こいつの性格上。溜め込んで溜め込んで溜め込んで、最後にブチ切れるタイプだから。
「ま、いつでも家出してこいって」
「ん、ありがと、土方」
俺ん家がバレてしまっている以上、すぐに坂本は迎えに来るだろうけど。でも、坂本が高杉のストレスに気付くキッカケになるんならそれでいいと思う。どうせ別れるつもりなんかないんだからさ、コイツらは。
あまり話も聞いてやれないまま、並んでパソコンの画面と睨めっこ。午前中の入力作業をどうにか終えて昼休みになる。
「俺、なんにも食べたくないから寝る」
最低でもキッチリ6時間は寝なきゃ無理な高杉が一睡もしてないんだ、そりゃ眠いだろうなって思ったから、俺はテーブルに突っ伏したまま寝息をたてはじめた高杉を放っておいた。1時間経ったら…俺が起こさなきゃならないんだよなって覚悟を決めて。
***
ベロンベロンに酔っばらった坂本が、ようやくマンションに辿り着いたのはとうに昼も過ぎた夕方だった。
少々ややこしい色客に呼び出されて、仕方なく出掛けて行ったのだ。行こうかドタキャンしようか、直前まで悩んでいたのだけれど、とりあえず行くだけ行こうと。今日は何言われてもヤらないぞって決めて。そして、飲みに行った先で『取引先なんだけど』って紹介されたのが、昔近藤と一緒に、ちょっとだけバイトでモデルをやってた時の雑誌の編集長だった。無茶苦茶な理由をつけて無理矢理辞めていたから、2度と会いたくないって思ってたのに。当然、客は自分がバイトしてたことを知っていて、わざと会わせたのだし、編集長も編集長で、『戻ってきてくれ』の一点張り。
まさか色客の前で『彼氏と過ごす時間を裂かれるのが嫌だからできません』とは言えないし、飲んで酔うしかないと決め込んだ坂本はひたすら強い酒を一気で煽った。
六本木なんて、普段ほとんど飲み歩かない街で飲まされて、逃げるようにその場から離れて。そこまでは良かったのだけれど、今いる場所がわからない。酔っ払った頭では、どうやって帰ったらいいのか理解できない。電車はまだ走っているだろうけれど、どこからどれに乗ればいい?
何年も住んでたって所詮はお上りさんなんだなァってのを噛み締めながら、とりあえずタクシーで新宿に向かった。こんな状態で帰っては、また晋助に何をするかわからない。酔っ払った勢いだけで、また無理矢理組み伏せて、泣かせるかもしれない。そういえば、色客に呼び出されたと言えずに、陸奥の名前を使ってしまっているから、なんでそんなにベロベロなんだ?って、鋭い晋助が突っ込まないわけがない。
帰巣本能が働いたのか、そんな状態でも辿り着いたのは自分のバイト先だった。
「寝かしてくれ!」
店内に入るなり、そう叫んで倒れた辰ちゃんを、追い出せる者はいなかった。
結局、昼12時近い閉店時間まで寝かせてもらったのだけれど酒は抜けなくて。『寝ててもいいけど、寝てるなら明日の21時に店開けて』と言われて『それは無理』と外に出た。今度こそ電車で帰ろうと、ちゃんと乗ったつもりが、目が覚めたら熊谷だった。危ない危ない、もうちょっとで、高崎まで行くところだった。
…とは言っても、都内から相当離れてしまったことは事実で。途中で何度も電車を降りて水を飲んでトイレで吐いて。フラフラしながらようやく、何時間もかけて家に帰り着いたのだ。
今日もバイトのはずだから、当然晋助は部屋にはいなかった。帰ってきたら何て謝ろう。でも、それより、その前に寝たい。寝室に辿り着く気力もないまま、坂本はリビングのソファに倒れ込んだ。
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昼休みに仮眠を取った高杉を引きずって、午後のバイトに行こうと思ったのだけれど、途中で無理だと諦めた。だいたい、連れて行ったって仕事にならないだろう。俺はそのまんま、救護室に高杉を連れて行って、夕方5時になったら迎えに来ますからって寝かせてもらうことにした。バイト先の情報処理室の室長には、体調不良とだけ伝えておく。朝から高杉の様子がいつもと違ったから、室長も気にしてくれてたみたいで、簡単に話はついた。
とりあえず、バイトが終わったら、引きずってでも連れて帰るか…。
***
きっちり5時にバイトを終わらせて、救護室に高杉を迎えに行ったら、ちょうど目覚めたところだった。最低1時間は格闘しなきゃならないかもって、覚悟を決めてた俺にとってこれは嬉しい誤算ってやつだ。完全に寝ている高杉を起こそうとすると、口より先に手を出される。殴る、ひっぱたくは当たり前。それなりに睡眠が取れている時は、手が出ず暴言だけなんだって話だけど。
「おーい、帰るぞー高杉ィ」
「うっせ、死ね」
上半身は起き上がっているんだけど、頭の方は全然働いていないみたい。総悟がうちに高杉を初めて連れて来て、1週間引きこもってた時。あの最初に総悟から、高杉の寝起きの悪さを聞いてなきゃー、とてもじゃないけど付き合いきれていない。
「ほら、帰るぞって!」
「帰らねェ。嫌だもう、ここに住むっ!」
そのまま、また横になりそうだったから、無理矢理高杉をベッドから引っ張り降ろした。
「家帰るんが嫌ならウチ来ていいからっ!ほら行くぞっ!」
「…行く」
結局俺は、電車で40分以上かかる道則を、高杉を引きずるようにして帰った。そのうち坂本から電話でもあるだろう。
***
ソファの上で目覚めたのは、陸奥からの電話のおかげだった。
『おまん、昨夜何しとったんじゃ?』
部屋の中も窓の外も真っ暗で、一瞬どこにいるのかわからなくて。
「ちっくといろいろあってのう。酔っ払って熊谷まで行ってもうたぜよ」
さすがにこれだけ寝たら、酒は抜けたようだった。
『おまん、昨夜わしの名前使うたじゃろ?わし、おまんと連絡取れんから、高杉に電話してもうたぜよ』
「は?………なんじゃとー!?」
『わしの名前使うなら先に言っておけ!口裏くらい合わせてやるぜよ』
なんせ古い付き合いじゃからの、どうせ浮気しちょったんじゃろ?って電話の向こうの陸奥は冷たい声だ。
「違うぜよ!昨日は断じて浮気じゃないぜよ!」
『ほーか。じゃけど高杉はそうは思っちょらん』
「まさか…。晋!晋?」
陸奥とは通話状態のまま、家中を探すけれど、どの部屋も真っ暗で晋助がいる気配はない。
「陸奥…。わし、また晋助に家出されてもうたぜよ」
見ると、キッチンの洗い場で、グラスがひとつ割れていた。いつも晋助が、焼酎をロックで飲む時に使っていたものだ。物に当たるなんて、相当きてる証拠だ。早く探さないと。
「陸奥、どうしよう…」
『わしは知らんぜよ。日頃の行いじゃき』
冷たく言い放つ陸奥だけど。それでも似蔵や東城のところへは連絡してくれると言った。
「晋、どこ行ったんじゃ…?」
半泣きになって、どうせ出てはもらえないだろう晋助の携帯を鳴らした。
***
電車の中で、ようやく高杉はちゃんと目を覚ましたようだった。
「………どこ?ココ」
「俺ん家向かってんだよ」
「…………ァあ、そうか」
朝も昼休みも、全然話なんか聞いてやれなかったから、2人でダラダラ話しながら俺の部屋に辿り着く。でも結局、いくら話しても、高杉の口から出てくるのは『俺じゃ駄目なんかなァ』って言葉ばかり。『そんなことないと思うぜ』って、言ってやっても『じゃあなんで浮気するんだよ?』って。そんなの俺は知らねェっつーの!!…とは言えねェし、ましてや『高杉に体力がないっての気遣って、どうしても溜まってるって時は余所でヤルらしいぜ』なんて、前に坂本から聞いた本当のことなんて、もっと言えやしねェ。結局俺が悪いんだ、って高杉がますますヘコむのが目に見えているから。
「どんだけ浮気したって、最終的にはお前んトコ帰って来るじゃねェか、坂本は」
「そりゃ、そうだけど…。いつ帰ってこなくなるかって思ったり、するんだよな」
うん、今、坂本がたぶん同じこと、思ってると思うぞ。家出した高杉が帰って来なくなるかもって。実際に一度帰らなかったことあるんだし。そろそろバイトが終わって1時間半だ。坂本はバイトの終わる時間くらい知ってるだろうから、帰ってるなら、そろそろ『遅いな?』って思い始めてもおかしくない。
家に帰ってるなら、だけど。
でも、坂本からの電話に、出ないつもりなんだろうな、高杉のヤツ。
「とりあえず何か食おうぜ」
って冷蔵庫を開けて。冷凍食品だけどパスタでいいかと思ってレンジで温め始める。昼も(たぶん朝も)何も食べていない高杉はきっとお腹が空いてるだろうと思ったのに、それどころじゃないらしくて全然食べやしない。
「高杉、ちゃんと食えって」
「なんか、あんまり、イラナイ」
喧嘩する度にそんなんじゃー身体潰すぞって、言ってやっても全然高杉は食べようとしなくて。仕方がないから、無理矢理半分くらい食べさせて、後は俺がマヨネーズをぶっかけてたいらげた。
テレビを見ながらウダウダ喋っていたら、21時を過ぎてようやく、高杉の携帯が鳴った。『誰からだ?』なんて聞くまでもない、ピクっと高杉が反応したその着信音は坂本なんだろう。
「出ろよ」
「…嫌だ」
「出ろって」
「…嫌っ!」
あー、なんでこんな頑固なんだコイツ?
一旦切れた着信音は、途切れて、また鳴り出して。
「携帯貸せっ!」
「え?あっ、おい!土方ッ!」
俺は、ギリギリ留守電になりかけていた携帯を奪い取って、通話ボタンを押した。お節介だなんて、自分が一番よくわかってるっつーの!
『晋っ?晋、今どこじゃ!』
必死そうな坂本のデカイ声が携帯から漏れる。あいつの声はデカイから、きっと俺の横で俯いて、唇を噛み締めてる高杉にも聞こえているだろう。
「土方だ」
『土方君か?晋は?…晋はそこにおるんじゃろ?』
「いるけど、お前とは話したくねェってよ」
『しん……っ、うっ、ううっ』
わざと冷たく言ってみたものの、いきなり電話の向こうから聞こえてきた鳴咽に驚いたのは俺の方だった。
『晋は…、晋は土方君ちにおるんかの?…今から迎えに行っても構わんかのう?』
「さっさと来いっつーの」
『うん』
坂本との通話はそれで終わって。俺は携帯を高杉に返してやる。
「今から迎えに来るってよ」
「何勝手なことしてんだよっ!」
本当は嬉しいくせに。なんでこう、頑固なんだかなァ。電話の向こうから、坂本の鳴咽が聞こえてきた時、一瞬ビクって反応して泣きそうな顔したじゃねェか。それなのに、ツンとそっぽを向いた高杉の姿に、なんだかちょっと、カチンときた。
「いいじゃねーか、俺なんかいつから総悟と会ってねェと思ってんだよ?」
「知らねー」
高杉は膝を抱えてそっぽを向いたまま。
「迎えに来てくれんだから、いいじゃねェか!」
「るせェ!勝手なことしやがって!辰馬の顔なんか見たくねェんだよっ!」
あ、ムカつく、こいつ。なに?会いたいのに会えない俺への当て付けですか?嘘でも冗談でも、総悟の顔が見たくないなんて、俺は言えない。
「ああ、そうかよ!だったら別れちまえばいーだろうがっ!誰もお前らなんか止めねェよっ!」
あ、言い過ぎた…って思った時は、もう遅い。
「テメェ、もっかい言ってみろ、コノヤロー!」
携帯を投げ捨てた高杉が馬乗りになって俺に掴み掛かってくる。
「何回でも言ってやらァ!別れる根性なんかねェくせに、いつまでも拗ねてんじゃねェ!」
「拗ねてんのはテメェだろうがっ!自分が沖田に会えねーからって俺に当たるんじゃねェ!」
そこからはもう、ぐっちゃぐちゃの殴り合い。くそ、高杉のヤツ、これだけちっこくて細いくせに意外とやるな。
「当たってんのはテメェじゃねェか!いちいち喧嘩に巻き込まれる周りのことも考えろや!」
「うるせェっ!いつ来てもいいって言ったのはテメェだろーがっ!」
掴み合ってお互いに数発ずつパンチがヒットして唇が切れて血が滲む。口許が腫れ上がる程殴りつける。体勢を立て直しながら脚を繰り出す。高杉が、いくら片目が不自由で視界が狭いったって、手加減なんかしてたら、ボッコボコにやられちまう。
高杉の襟首を掴んで床に叩き付けたら受け身を取られて、鳩尾を蹴られてテーブルごと壁に激突。まだ向かってくる高杉の脚を払って、倒れ込んできたところを殴りつけて。でも、床に落ちる瞬間に身体を捻った高杉の脚は俺の脇腹に突き刺さる。
「晋っ!土方君!何しとるんじゃっ!!」
鍵をかけていなかったみたいで、開いた玄関から坂本が走り込んできた。あと、もう1人と。坂本は誰かを連れてきていた。
「うるせェっ!邪魔すんなっ!」
「コラッ!離せ、岡田っ!」
なんでそうなったのか…。とにかく、走り込んで来た順か、なりゆきか、俺を後ろから羽交い締めにして押さえつける坂本と、もう1人一緒に来た眼鏡のヤツが高杉を押さえて。あ、やべ…。こうやって後ろから誰かに抱きしめられんのって、めちゃくちゃ久しぶりじゃねェか。やってんのは坂本なんだけど。
「晋、土方君やめるんじゃっ!!」
「落ち着きなさいよ、2人共」
結局、体格のいい2人に押さえ込まれて、俺と高杉の殴り合いは強制終了。あー、ここ俺ん家だぜ?ぐちゃぐちゃじゃねェか、もう。
「何しに来たっ!!」
高杉が俺に向かって、って言うより、俺の後ろの坂本に向かって怒鳴りつけた。坂本に抱き抱えられるみたいに押さえ込まれている俺は、ビクっと坂本が震えたのを直接感じ取ってしまう。
「お前の顔なんざもう…っ」
「ハイハイ、ちょっとお前さん落ち着きなァ」
腕を掴まれていなければ、また殴りかかってきそうな勢いだった高杉の身体を自分の方に向けて、そのまま自分の胸に高杉の顔を押し付けるみたいにする眼鏡のやつ。こいつは、坂本の高校からの友達で、数学科3回の岡田似蔵っていうらしい。
「言っとくがなァ、坂本。他意はねェぞ」
「わ、わかっちょるぜよっ」
俺の後ろの坂本が、スゲェ怖い顔で岡田と、岡田にしがみついて小刻みに震えてる高杉を見つめてる。視線だけで人が殺せるなら、とっくに岡田ってやつはやられてるだろうなってくらいの強い瞳。
「離せよ。…もう暴れねェから」
ずっと、俺を押さえつけたままだった坂本の腕を振りほどいて、俺は煙草に火を点けた。痛ェ、口許が切れてるから、フィルターが真っ赤になっちまった。
高杉のやつ、絶対泣いてんだろーなァと思って。声は出してねェけど。俺との殴り合いなんか、勢いみてェなもんだから全然構わねェけど。本当に、こんなに早く迎えに来た坂本に対して、どういう態度を取ったらいいかわかんねェんだろうな。ったく、素直じゃねーんだから。
「そういえば坂本、ずいぶん早かったな」
電車だと、坂本のところからここまで早くて40分、電車の接続が悪けりゃ1時間はかかっちまうっていうのに。
「似蔵のバイクで来たからの」
視線だけは高杉から離さない坂本が応える。
「陸奥から電話あってねィ。どーせまた坂本は探しに行くんだろーと思ったから、足があった方いいだろうと思ってねェ」
俺との通話を終えた坂本が外に出たところで、ちょうど岡田と鉢合って。そのまま2人乗りで飛ばして来たらしい。
「なに、坂本お前、高杉が家出する度に探して歩いてんのかよ?」
「まァ、…のぅ。心配じゃし…」
とりあえず高杉に電話して。だいたい出てはもらえないから、高杉が行きそうな友達のところに片っ端から電話しまくって。後は、1回経験があるから、2丁目あたりも探しに行くらしい。
「おい、高杉っ!お前、これだけ坂本に心配してもらえたんなら、もういいじゃねェか」
岡田にしがみついて震えたままだけど、俺らの話は絶対聞いているに決まってる高杉に声をかけた。
「…良くない。お前昨日どこ行ってたんだよっ!?」
また殴りかかりそうな勢いで真っ赤な顔を上げた高杉を押さえる岡田。もう、せっかく昨夜泣いた目の腫れが引いたとこだったのにまたそんなに泣いて。
「晋、嘘ついてもーたのは謝るぜよ。でもわし、断じて浮気はしちょらんから」
きっぱりと言い切った坂本に、驚いたのは俺だけじゃない。
「高杉、信じてやれよ。コイツ、馬鹿だから酔っ払って熊谷まで行ったらしいさね」
「似蔵っ!…それはオフレコぜよ!」
「いいじゃねーか」
坂本が、昨夜から今日の夕方まで何をしていたのか、ぽつぽつと語り始める。どうしても、色客だと言いにくくて、陸奥の名前を出してしまったことも含めて。
「…お前、馬鹿だろ?」
「そんなん言わんといてくれんかのぅ」
笑いながら言ってやったのに、がっくりへこんでうなだれる坂本。
「ほんと。…馬鹿野郎」
手の甲でゴシゴシ涙を拭いた高杉が坂本を睨みつけて。
「ごめんの、晋」
「お前の日頃の行いだねェ、坂本」
言いながら岡田が背中を押して。バランスを崩した高杉をしっかりと坂本が抱き止めた。
「しっかし、なんで晋と土方君は殴り合っちょったんじゃア?」
高杉の頭を撫でながら坂本が尤もな疑問を口にして。
「ァあ…。気にすんな」
売り言葉に買い言葉。あんな喧嘩、どっちが悪いってモンでもねェからな。
「晋、帰ったら手当てしちゃるからのぅ」
「………土方、ゴメン」
ちょっとだけ、坂本の腕の中から顔を出した高杉が、消え入りそうな声でそう告げて。視線は合わせないし、そう思うんなら見せつけんじゃねェ離れろよ!って思うけど、高杉にしては上出来かも。
「俺も。悪かったな」
「まー、喧嘩する程仲がええっちゅーしのう」
坂本が『わしと似蔵も昔よくやったのー』って、いつもみたいにアッハッハーって声を上げて笑ってる。
「そんな昔のことは忘れたねィ」
そっぽを向いた岡田の反応から、本当なんだろうな。っつか、こんなデカイやつらの殴り合いの喧嘩って、周りに迷惑すぎんじゃねーか?
「それより坂本、みんなに高杉が見つかったって連絡入れろよ?」
「おう、忘れちょったぜよ!」
高杉が家出するたんびに、坂本の友達何十人ってみんなにチェーンメールのごとく連絡が入るらしい。こいつら、ホント迷惑だな。安易にウチに来いなんて言わない方がいいのかもしれない。
「武市さんや陸奥には俺から入れるわ」
「おう、頼むぜよ!」
岡田と坂本、2人で分担して、あっという間にメールの送信は終わったみたいだった。きっと、坂本の友達やってるくらいだから、みんなこんなことには慣れっこなのかもしれない。
「ほら、お前ら、いい加減帰るぜ」
一番最初に岡田が立ち上がって。坂本と高杉はしっかり手ェ繋いでんだもんな。
「土方、また明日な」
「おう、また明日」
3人が帰っていってから、俺は軽くぐちゃぐちゃになっちまった部屋を片付けた。あれだけ2人で暴れて、皿やコップが割れなかったのって奇跡かもしれない。
『高杉と殴り合いの喧嘩してこんな顔になっちまったァ』って。総悟にメールしようかどうしようか悩んだけど、結局後から知られるよりはって写メつきでメールしちまった。総悟が心配するのはわかってたんだけど。
すぐに総悟から着信があって。
『何やってるんでさァ!!』
あー、なんか総悟の声聞くの久しぶりだなぁ。やっぱりどうしてもメールの方が多くなっちまうから。明らかに、怒ってる声だけど、それでも総悟の声だ。
「なんか言い合いになってなァ」
『その顔治るまで、毎日写メしなせェっ!』
「うん、まー、1週間もかかんねェと思うけど」
結局、そのまま1時間くらい総悟と電話して。受験勉強で忙しい時にゴメンって思ったけど、『行ってやれねェんだから今日1日くらいいいでさァ』って俺を心配する総悟の声が聞けて。高杉と喧嘩したおかげかなぁなんて考えちまった。
早く来月にならねェかなぁ?
END
たまには坂本君浮気じゃなかった…!ってのはどうだろう?と考えたら、こんな長くてウダウダな文章に…。すいませんでした。高杉君と土方君に殴り合いの喧嘩させたかったデス
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