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寝返りを打ったら、なぜかベッドからずり落ちそうになって、嫌々隻眼を開けると、見慣れない天井と見慣れない白でまとめられた部屋が入ってきた。

仲直りの方法を教えて


部屋の中に充満するアルコールの臭い。ゴミ袋にまとめられてはいたが、大量の空き缶のゴミ。ごろっと反対側に寝返りを打つと、自分に背を向けている長くて真っ直ぐな髪の毛がそこにある。
動くのもダルイ。まだ頭が働かない。それでも確か、ここは小太郎の部屋だったはずだなと、ぼんやりした頭で考えた。

「起きたのか?高杉」
「うっせェ」

小太郎がなんか言ってるような気がするけど認識できない。
桂は、寝転がったまま読んでいた本を枕元に置いて、小さく丸まって、まだ半分寝ている高杉の頭を撫でた。

「ウザイ、触んな」
「はいはい」
「どっか行け」

どうせちゃんと目覚めた後は、こんなやり取りはコイツの記憶にはないのだ。長い付き合いで、高杉の寝起きの悪さにはもう慣れてしまっている。
もぞもぞ動きだしたかと思うと、手足を絡めて自分に抱き着くように身体を密着させてくる。『どっか行け』と言っといてコレだ。まぁ、本人は、言ったことはおろか、こうやって自分から抱き着いてきたことすら、記憶には残らないんだろうけれど。
半分意識がないからこそ、本当は甘えたがりの本性が出るんだろう。
無理矢理引きはがすのは不可能だとわかっているから放っておく。どうせ、もう30分もすればちゃんと起きるだろう。
寝顔は可愛いいんだがなぁと、汗で額に張り付いた長めの前髪を掻き分けてやりながら思った。

「…お前なんでパン一なの?」

しばらくそうやってくっついていると、胸の辺りから掠れた声が聞こえてきた。
「覚えていないのか?」

俯せになって、いったん全身を伸ばした高杉は、桂の問いには答えず、腕の力で上半身を起こしキョロキョロと周りを見回す。

「俺の煙草知らねェ?」
「煙草?…ああ、テーブルの上だ」

ベッドから降りて、高杉の煙草と、この部屋には1つしかない灰皿を一緒に渡してやる。
無言のまま受け取って火をつけ、ふぅーっと息を吐き出した高杉は『俺も裸じゃねェか』と低く喉を鳴らして笑った。

「思い出したか?」
「…うん」

ベッドの端に座ってまた頭を撫でてやると、不機嫌な声が返ってきた。

「いつまでもガキ扱いするんじゃねェ」
「だったら、今日は部屋に帰るんだな」
「……それはヤダ」

はぁと肩を落として溜息をつくと、ジロリと睨まれた。
「一体いつまで居座るつもりだ?…とりあえず俺は、出かけるからな」

シャワーを浴びるために、立ち上がってタオルを取り出した。
「どこ行くんだよ?」

煙草を灰皿に押し付けて、ベッドに胡座をかいて座りながら高杉が問うた。もう、今更裸体を隠そうともしないのは、良いのか悪いのか。

「今日は大学だ。お前と違って、4回生にサボれる授業なんてないんだよ」

時間もあまりないから、さっさとシャワーを浴びてしまう。まだ2年の高杉は、どうせ教養科目ばかりだから、サボるつもりなんだろう。
そろそろ上がろうと思っていたら、シャワールームの中に高杉が入ってきた。

「小太郎〜、俺も学校行く」

後ろから抱き着いてきた高杉はまだ寝ぼけているのだろうか。

「だったら早く用意しろ。俺はもう上がる」
「なんでだよ、もう一緒に入ってくれないのかよ」

小さい頃はよく一緒に入っていたのにと、ふて腐れる高杉。

「何を言ってるんだ。とにかく、俺は遅刻するわけにはいかないんだ、一緒に学校行くならさっさと浴びて用意しろ」

落ち込んでいるのはわかっていたし、へこんでいる高杉を突き放すと、ますますドン底に落ちることは嫌というほど知っている。それだけに恐かったが、今は本当に時間がないから仕方ないと、心の中で言い訳する。
シャワールームを出て衣服を整え、髪の毛を乾かしていると、ようやく高杉が上がってきた。

「高杉、3限目が終わったら電話してこい。俺は先に行くからな。」
「小太郎は2限と3限だけか?」

髪の毛から雫をポタポタ落としながら、完全に目が覚めたらしい高杉は、はっきりとした口調だ。ああ、後で掃除するのは誰だと思ってるんだ。

「そうだ。合鍵、ここに置いておくからな」

足早に鞄を抱えて部屋を出ようとした。

「あ、小太郎」
「なんだ?」

ああもう、走らなきゃ急行に間に合わない時間になってしまうじゃないか。大学までは急行で一駅だから、時間がかかりすぎる各停には乗りたくない。

「パンツ貸して。あと、服も」
「勝手に好きなの着ろ」

今度こそ俺は部屋を出て、駅に向かって走った。

***

なんとか急行に間に合って、2限目をこなし、食堂に向かう。いつもの場所には誰もいなくて、あちこち捜し歩いてようやく、好き勝手な方向に髪の毛をハネさせた長身の男を見つけた。
捜していた男は、予想通り似たような髪形の銀髪と一緒だ。
サークルでもゼミでも何でも、ムードメーカー的な存在の坂本が、遠くからでもわかる程に、あからさまに落ち込んでいる。

「坂本、銀時」

学食のトレーを持って、食堂の窓際の席を陣取っていた2人に近づいていく。

「よォ、ヅラァ」
「ヅラじゃない、桂だ」

お決まりのやり取りを交わして、銀時の隣に座り、昼ご飯のカレーライスにありついた。

「坂本、何があったか知らんが、さっさと仲直りしてくれんか?」

昼休みは限られている。俺はさっさと本題を切り出した。
2つ年下の幼なじみが明け方に転がり込んできたのも、それから、酒と愚痴に付き合わされたのも、狭いシングルベッドに2人で寝るハメになったのも、起きた時に2人共裸だったのも、結局全然睡眠時間が取れなかったのも、元はと言えば、全てこのモジャモジャのせいなのだ。

「結局何があったワケ?ヅラも来たことだし、話せよ辰馬」

いちご牛乳を飲みながら銀時も言う。ようやく坂本は、重たい口を開いた。

「昨日ゼミの皆で飲みに行ったんじゃけど」

ゼミの3回生、4回生全員で飲みに行った。2次会、3次会と酒が進む度にメンバーは減っていき、いい加減帰ろうという頃合いになった時、メンバーは3人にまで減っていた。
残っていたのは男3人。辰馬と同じ4回生の近藤、それから3回生の山崎。この山崎が、ずいぶん酔っ払っていて、肩を貸す状態になっていた。その状態で、ばったり会ってしまったのだ、高杉と。場所は新宿、正確に言うと2丁目で、深夜と言うよりは明け方に近い時間だった。
高杉は1人、こちらは3人。高杉と山崎は、面識がなかったから、誤解されても仕方ないシチュエーションだった。

「…それだけ?」

銀時が、空になったいちご牛乳のパックを潰しながらぼやく。

「山崎があんまり酔っとったからの…。少し休憩に、行ったんは行ったんじゃ」

どこに、とははっきり言わない辰馬だが、俺も銀時もすぐに察した。

「はーん、もしかして、出て来たところで会っちゃったって?最低最悪のタイミングで?」
「でも、わしは何にもしとらんのじゃ。寝とっただけじゃしの」
近藤もかなり酔っていて、真っ直ぐ歩けない状態の山崎を任せることができなかった。

「山崎君だったのも悪かったんだろうな」
カレーを口に運ぶ手を止めずに俺は溜息をついた。

「なんでよ?」
銀時が不思議そうに見つめてくる。そうか、銀時は山崎を知らないのか。

「山崎君は背格好が高杉に似てる。そんな場所からその状態で出て来て、浮気を疑われても仕方ない」
要するに、高杉も山崎も細身で小柄なのだ。

「浮気なんかしちょらんぜよ!」
坂本がデカイ声でわめいた。

「だから、さっさと仲直りしろと言っている」
カレーライスを食べ終え、お茶を口に運んだ。

「坂本、隠し事はしたくないから言うが…」

黙っていた方がいいような気もしなくもないのだが。酔った勢いとは言え、高杉も覚えているようだったから、いずれ坂本は知ることになるだろう。ああ見えて変なところで馬鹿正直なのだ高杉は。だから、後から知ることになるよりは、今言ってしまった方がきっといい。

「なんじゃ?」
坂本らしくないへこみ方に言葉が詰まる。

「酔っ払った高杉に、乗っかラレたぞ、俺は」
「桂っ!!!」

坂本の大きな手が、襟首を思い切り掴んで持ち上げた。

「やめろって辰馬!!」

なんとか銀時が間に入って、坂本を抑えつけた。
ちょっとむせ返りながら、再び席につくが、坂本の目が完全にイってしまっている。

「そんなに大切なら、さっさと仲直りしてくれ。俺の身がもたん」
「…嫌じゃ」
「坂本!!」
「どっちが浮気じゃ、わしは絶対謝らん!」

バンっとテーブルを叩きながら立ち上がり、そのまま学食のトレーを持って坂本は歩き去ってしまった。

「待てって辰馬!!」

銀時が慌てて追い掛けるが、思い切り手を振り払われて、仕方なしに戻ってきた。

「銀時、…俺は言わない方が良かったか?」
「うーん、銀さんだったらァ、ヤケんなった晋ちゃんに、公園とか行かれるより、幼なじみのお前頼ったって方が、まだ良かったって思うけど」

テーブルの上にあごを乗せて銀時は呟くように応えた。あの子前科アリだしさ、と。

「なぁヅラ、…高杉、良かったァ?」
茶化すような瞳で見上げてきたものだから、頭を思い切り殴ってやった。

「いいものか!乗っかっといて、辰馬辰馬辰馬辰馬って泣きながら抱き着いてくるんだからな。しかもそのまま寝るんだぞ?」

「お前ソッチ言ってやれよ、辰馬に」
「言う暇も与えられなかったじゃないか!」

これでしばらくは、高杉がうちに居座るのかと思うと頭が痛い。

「まー、ほっとけば。そのうち仲直りするでしょ、あの馬鹿ップルは」
銀時は携帯の時計を見ながら立ち上がった。

「じゃ、銀さんバイト行くからさ、後ヨロシク」
ひらひらと手を振りながら銀時は行ってしまった。

どうせあいつらは、俺や銀時から見てもお互いがお互いにベタ惚れだ。だから、放っておいても何日かすれば仲直りするんだろうけど、それまでの間の気が重い。間に挟まれる方の身にもなってほしい。いや、銀時が言うように高杉にはヤケになった前科がある。行方不明になるよりはマシか…?

***

いつから好きになったかなんて、正直覚えてない。
入学した大学で、再会した2つ年上の幼なじみと一緒にいたのが坂本だった。

学部も学科も同じで、よく授業で会っている間に、いつの間にか仲良くなっていた銀時も加えて、自然と4人で遊ぶことが多くなっていて。
ボンボンの坂本は、広いマンションに1人で暮らしていたから、自然とそこに集まる機会は多かった。
その時、まだ、片道1時間かけて実家から通っていた俺。そのうち環境に慣れたら1人暮らしをするつもりで親とも約束していた俺に、『それなら部屋が余っているから一緒に住んだらどうか』と言われ、渡りに船とばかりに、深く考えぬまま転がり込んだ。元々入り浸っていたから、何の違和感もなかった。

一緒に住んでいるうちに、気がついたら、好きで好きでどうしようもなくなっていた。自分とは全く違って、背が高いことも、好き放題ハネた髪の毛も、大きな手も、広い背中も、方言の混じった話し方も、将来を見据えたモノの考え方も、辛くてもいつも笑ってるところも、ちょっとのことじゃ動じないところも、全部全部好きになっていた。

これ以上黙っているのが耐えられなくなって、苦しくて苦しくて、拒絶されるのを覚悟で好きだと告げたら、唇を重ねられた。そして、『初めて見た時から好いとったんじゃ』と、照れたように返された。

だけど、坂本はかなり、モテる奴で、しかもフラフラ浮気する奴で、いつも苛々させられた。それでも喧嘩しながらもなんとかやってきた。喧嘩した時は、小太郎や銀時がいつも間に入ってくれた。 相手が女の時は、まだなんとか耐えられたんだけど、辰馬はどっちもいける奴で。ああ、手に負えない。

もう、やっと電車に乗れるようになってきたし、1人で寂しいからって、飲みになんて行くんじゃなかった。家でおとなしく待ってれば良かった。そうすれば、何も見なくて済んだのに。
普通に会っただけなら良かった。だけど、辰馬は、あそこから出て来たんだ、男3人で。
飲み会だと言っていただけあって、酔っ払っていたみたいだけど、3人のうちの1人、小柄な奴に抱き着かれるみたいに身体を支えてやっていた。

辰馬とは仲がいい4回の近藤って奴が、酔った勢いなのか無遠慮に話し掛けてきて、殴ってやることもできなかった。そのまま走って走って、始発で幼なじみのマンションに駆け込んでいた。
結構飲んだつもりだったけど、酔いなんて醒めてしまっていたから、コンビニで酒を買って思い切り煽った。
ビールじゃ足りなくて、ストレートで焼酎をがぶ飲みしてやった。

どうせなら、ここで飲む前の記憶ごと、なくなってしまえばいいのにと、たぶん俺はめちゃくちゃ泣いた。
そして、酒は、そう便利に記憶を飛ばしてくれるモノではなく、起きた時に服を着ていなかった理由まで、俺の頭の中にはしっかりと残っていた。最低だ、なんてことしちまったんだろう。辰馬を責めるどころじゃねェよ、俺。

…ごめん、小太郎。

教科書も何も持っていなかった俺は、校内で適当に時間を潰して、3限が終わる時間を待って小太郎に電話をかけた。
法学部棟まで迎えに行って、図書館に行くという小太郎に黙ってついていく。六法全書をめくりながら、うんうん唸っている小太郎の横で、俺は黙って太平記を読んでいた。
別に源氏物語でも金槐集でも粱塵秘抄でもなんでも良かったんだけど。

「高杉、結局授業は出たのか?」

ひと段落ついたのか、顔を上げた小太郎が聞いてきた。

「いや。よく考えたら、俺教科書も何も持ってねェもん」
図書館だから、限界まで声を潜めて俺は応えた。

「それもそうだな…。俺も行ってやるから、教科書くらい取りに帰れ」

パタンと、小太郎は分厚い六法全書を閉じた。

「やだよ、俺は帰らねェ」
「だから、しばらくならうちにいていいから、教科書や着替えだけ取りに帰れと言ってるんだ」

結局こうやって、俺が甘やかすのが悪いんだと、また銀時に笑われるだろう。

「小太郎!」

でも、幼なじみの哀しむ顔よりも、喜ぶ顔が見たいと思うのは止められないことで。

「そうと決まればさっさと行くぞ。確か、アイツまだ授業だろ」

学校に行かなきゃならない曜日を減らすために、坂本は1日の中に目一杯授業を詰め込んでいるはずだった。

「はーい」

えらくイイ返事をした高杉は、読んでいた太平記をさっさと本棚に戻しに行き、2人で学校を出た。

「そうだ、高杉」
「ん?」

駅まで徒歩5分の道則を歩きながら、思い出したように小太郎が言った。

「ウチにいるのは構わんが、約束しろ」
「なんだよ?」

中途半端な時間に歩いているから、大学から駅までの一本道は閑散としているのに、小太郎は周りを気にしている。

「セックスはナシだ。昨日みたいなのは、困る」
言いにくかったであろう言葉を、ようやく絞り出す小太郎。

「ごめん…小太郎」
足を止めて、俯き、小さく震える高杉。

「あーっもぅ、ホラ、行くぞ!俺が泣かしたみたいじゃないかっ!」

高杉の腕を引いて再び歩き始める。

「だいたい、そんなに泣くなら、さっさと仲直りしないか」
「…ヤダ。俺も悪ィけど、だって、辰馬…」
グズグズ泣きながら、それでも桂に手を引かれるままに歩く高杉。

「それに、坂本は浮気なんてしてないらしいぞ。謝らなきゃならないのはお前の方じゃないか?」

桂は、電車を待つ間、坂本から聞いた事の一部始終を話してきかせる。

「そんなの信用できねェ。だってアイツ、今まで何回浮気した?あんなとっから出てきて、何もしてないなんて有り得ねェ」
「…まァな」

何回だなんて数えきれない。一番大事(おおごと)になった時は、晋助が1ヶ月も行方不明だった。この2人の喧嘩の原因の8割9割方、原因は坂本の浮気にあった。
どこぞのキャバ嬢だとか、どこぞのバーで知り合った子としばらく関係していただとか。
それ以外に学内だけでも学生から教職員の類まで、相当の数になる。坂本が、晋助にバレて追求されるまで、あくまでも白は白、知らないものは知らないで通すから、自分が詳しいことを知っている数は少ないのだが、とにかくアイツのバイタリティには驚かされる。
でも、その度に喧嘩して喧嘩して、それでも結局戻って行くのはどこの誰だと、言ってやりたい気もするが。

「だいたい、銀時だって、今でもあやしい」
「お前ソレを言うか」

確かに、銀時は時々何を考えているのかわからない怪しい行動を取る。今日の『高杉、良かった?』だって、どういうつもりなのかわからない。飄々とした奴のことだから、『一晩だけ遊ばない?』なんて、軽く誘ってしまえそうな気もしなくもない。そして、『一晩ならいっか』なーんて、あっさり乗ってしまいそうな坂本がいる。

「ほら、もう、電車来たから泣くな。晋助」

昔みたいに名前で呼んでやった。一応、恋人である坂本に気を使って、2人が付き合うようになってからはずっと苗字で呼んでいたのだが、どちらかというと、名前で呼ぶ方がしっくりくる。
グズグズする晋助を引っ張って、坂本のマンションに行き、最低限必要な荷物を持った後は、スーパーで買い物を済ませて俺の部屋に帰った。正直、1kの部屋に男2人は狭いが、きっとしばらくの辛抱だ。
晋助の目を盗んで携帯を開くと、銀時からメールが来ていた。俺は、そのメールに返事は返さなかった。

***

『銀さんと一緒に一杯やらない?』

バイト中の暇を使って、そう辰馬にメールを送ると、しばらくして『OK』という簡潔な返事が来た。

『今日辰馬と飲むから。一応俺から、晋ちゃん号泣の件は話してみるわ』
と、これは桂に送ったメールだが、こっちは返事がない。寂しいなぁ…。でも、ま、いっか。たぶん晋ちゃんと一緒だから、メール見てないかもしれないもんね。

細かいことは気にしない。俺はバイトを終えて、辰馬と待ち合わせたショットバーに足を運んだ。
辰馬は既に来ていて、見るからに強そうな酒を、カウンターで1人飲んでいる。
あー、なんか辰馬がモテんのわかる気がするわ。1人で飲んでるのが似合うっつーかさ。
大学生なんかには見えないくらい、カッコイイんじゃね?老けてるんじゃなくて、いい意味でオトナ。
俺は辰馬の隣に腰かけて、カフェ・ド・パリを1つ注文する。え?いいじゃん。そういう気分なんだからさ。

「なァ、辰馬。ヅラが言ってたんだけどさ」
「なんじゃ?」

あーあ。声だけでわかる。俺を見ない辰馬がどれだけ不機嫌か。よく、俺の誘い断らなかったよねェ。って、不機嫌だから飲みたかったのかも。

「『辰馬、辰馬』って、号泣しながらヅラに抱き着いて、そのまんま寝ちゃったんだってさ。かわいくない?高杉クン」
一瞬、お酒を口に運ぶ手が止まったけど、辰馬はまた、ぐいぐい強い酒を飲み始める。

「知らん」

そんなに怒るならちゃんと捕まえておけばいいのにさ。

「だいたいヅラに嫉妬しても仕方ないっしょ?あいつら何年一緒にいると思ってんの」

高杉が生まれてからと考えたら、今年で20年。途中離れた時期はあったとしても、大学で知り合ってる自分達とは、比較にならない程の長い期間だ。

「わしは、それも悔しいんじゃ」

どれだけ晋助を好きでも、全力で愛しても、20年という時間には敵わない。
自分よりも桂の方が、きっと高杉の色んなことを知っているのだと思う、醜い嫉妬。桂だけならいい、晋助は、自分には話してくれないことを、この銀時や他の友達には話していたりする。
そんなに自分は信用がないのかと、やり切れなくなって何度も浮気した。その度に、晋助と比べてしまって、やっぱり自分は晋助が好きだと思い知る。自分が浮気するせいで、晋助はますます自分を信用しないだろう。

そして、結局泣かせてしまうことに、後悔を重ねるのだ。なんという悪循環か。

「それくらいイイじゃん?俺だったら、ヤケんなって公園とか行かれたり、また行方不明になる位なら、幼なじみ頼ってくれてて良かったと思うけどな。アイツの性格、辰馬の方がわかってるっしょ?本気でキレたら、どうなるかわかんねェよ?」

だいたい、高杉がヅラを好きなのって、恋愛感情じゃないじゃんよ?兄弟みたいなもんでしょ?と銀時は続ける。

「頭ではわかっとるんじゃがの。桂の気持ちもの。じゃが、腹の虫が収まらんのじゃ」

桂が真面目な奴なのはよーくわかっているが、それでも、今頃2人きりなのかと思う。何をしているのかと勘繰る。自分などいなくても、晋助には帰る場所があるという事実。

「…そこまで言うんならさ、いっそ別れちゃえよ」

ぐいっとカクテルを飲み干して、同じものを頼んだ。敢えて辰馬の顔は見なかったけど、動きが止まっているのが視界の端に映る。

「どうせ一回別れた仲でしょ?いっそ、銀さんに乗り換えませんか?」
唇を三日月の形に歪めながら、銀時は坂本の肩に左腕を回した。

***

晋助が転がり込んできてから、気付けば2週間が経過していた。今回は行方不明になった時を除けば、かつてない長さだ。
今日は週にたった2回、坂本が大学に来る日。今日を逃すわけにはいかないと、俺は早く起きてさっさと着替えを済ませていた。

「こたろー?」

目が開いていない状態で起き上がった晋助が呼んでいる。

「ちょっと、先に行くから。まだ早いから、お前はゆっくりしてろ」
「みゅー…ん…」

ぽすっと枕の音をたてて、また晋助はベッドに沈みこんだ。

ほとんど俺が後から寝て先に起きる。だから壁側はいつも晋助で、寝返りでベッドから落ちそうになって、目が覚める度に晋助を見た。
晋助はすーすー眠っていたけど、目尻にはたいがい涙が浮かんでいた。寝言で名前を呼んでいた時もあった。
それなのに、そこまで好きなくせに、未だ喧嘩の仲直りもできないままだとは。この2人の喧嘩は、こじれればこじれる程周りを巻き込むことを、いい加減学習してもらいたい。

はっきり言って、全く連絡がない(らしい)坂本に腹がたっていた。うちにいることくらいわかっているだろうに。いい加減迎えに来たらどうなんだ?あのスットコドッコイめ!晋助が俺と関係したというあたりで、意地になっているのだろうが、そんなもの自分の浮気に比べたらカワイイものではないか。

長い髪の毛を後ろでまとめ、1限目が終わった時間を狙って経済学部棟に行った。特徴のある、目立つ坂本は、経済学部棟の、自販機の前ですぐに見つかった。

「坂本、話がある」

有無を言わせぬ力で肩を掴んだと言うのに、へらへら笑いながら、『次も授業じゃから昼休みにしてくれんかのう』と宣(のたま)われた。顔は笑っていても、瞳が笑っていないことくらい、最初から気付いてる。だが、次に授業があるのはお互い様だ。

「今、用があるから今、声をかけている」
睨み合いに勝った俺は、坂本を校舎の外に連れ出した。

喧嘩の始まりだった。

***

ペロペロキャンディを舐めながら、校内をブラブラしていた銀時は、聞き覚えのある声が激しく言い争っている声を聞いてそっちへ行ってみた。

「ガキみたいな意地張ってないでさっさと迎えに来い!」
「わしがいなくても、おんしがおれば十分じゃろ」
「だいたい、お前が誤解されるようなところに行くから悪いんだろう!マンガ喫茶でもサウナでも行けば良かった話だ!」
「じゃあ何か?わしが悪いんか?そうじゃの、おんしはいい思いしたんじゃろ?」

2人共、完全に頭に血が昇っていて、全く自分には気付いていない。

「お前に比べたら、アイツの浮気など知れてるだろうが」
「さすが浮気相手の幼なじみは言うことが違うのぅ」

銀時は携帯を開いて発信ボタンを押した。

「晋ちゃん、大変だよ?お前のことで、ヅラと辰馬が殴り合いしてるわ。急いでおいでェ」

本当は、まだ2人共手を出してはいなかったんだけど。

「ああそうか、わかった!だったらお前ら別れろ!今すぐ別れろ!俺は今日中に晋助の携帯から、お前の番号とアドレスを消してやる!」
「何を言っちょるんじゃ」

坂本が口許を歪め勝ち誇った顔をした。

「晋はのぅ、常にロックをかけとるんじゃ。よっぽど見られたくない何かがあるんじゃろうの」
「馬鹿かお前は」

しかし、桂は全く怯むことがなかった。

「知らぬのなら教えてやる。晋助の携帯の暗証番号は1115だ」

1115。
その数字の並びを聞いた坂本が息を飲んだ。

「もっと教えてやる。晋助が昨年作った銀行の暗証番号も、大学のパソコンのパスワードも、マイヤフーのパスワードも全て1115だ」

離れたところで傍観しながら、『ヅラはなんでそんなことまで知ってるワケ?』と突っ込まずにいられない銀時。

「お前にはアイツの気持ちがわからんのか?どうしてアイツが携帯に、わざわざオートロック機能なんか使ってると思ってるんだ?開く度に暗証番号入れなきゃならない機能だ。お前の誕生日を、1回でも多く入力したいからだろうがっ!!」
「やめろ小太郎!」

2人を止めたのは、ようやく学校にたどり着いた高杉だった。全力で走ってきたのか、膝に手を乗せて、肩を上下させてゼィゼィ呼吸を整えている。

「小太郎、もう、いい」

荒い息のまま、2人に近づいていく高杉。

「っつかテメェ、なんつぅ恥ずかしいことバラしてんだよ!しかも大声でっ!!」

おもいきり息を吸い込んだ高杉は、まずは桂に向かって怒鳴り散らした。しかし、赤くなった顔で怒鳴られても、凄みはいつもの半分以下だ。

「いや、つい、馬鹿があんまり馬鹿なものだから…」
「もうお前とは買い物行かねェ!パソコンも習わねェ!」
「晋助ェ」

謝り倒す桂から、ぷいっと視線を反らしたままの高杉。

「…………晋」

その高杉に、ゆっくりと坂本が近づいて、銀時はダッシュで桂の腕を引っ張った。少し離れた茂みの中に、桂ごと隠れる。

「後は見守ってやりましょー」

へらっと笑う銀時のおかげで、なんとなく不安が消えた。

「晋」
「………」

下を向いたまま、高杉はポケットから出した携帯を坂本の顔の前にぐいっと差し出した。
無言のまま、手に取ってしまって、そのまま開くと、やはりロックがかかっている。

1115。

恐る恐る自分の誕生日を入力すると、あまりにもアッサリと、ロックは解除された。

「晋…」
「口座作りに行った時、小太郎と一緒だった。携帯買いに行く時に、ついてきてもらった。お前と一緒のにしたかったから。大学来るまで、ほとんどパソコン触ったことなかったから、小太郎に習った」

(あ、そういうことなのね)と密かに納得したのは銀時だ。

「そう言われれば、わしが前に使っとったのと一緒じゃ」
坂本はまじまじと高杉の携帯を見た。

「馬鹿!テメェみたいに半年ごとに機種変なんかできっかよ!」
坂本を睨みつけて高杉が怒鳴った。

「なァ、ヅラ。辰馬って半年ごとに機種変してんの?」
「半年持たないことの方が多いな。新しいのが出たらすぐだ」
「なァ、俺、アイツ刺していいかなァ?」

携帯なんて、もう1年半変えてませんけど、ワンセグなんて夢のまた夢ですけど、と銀時は泣いた。

「辰馬」
名前を呼んでから、足元を見たり、空を見上げたり、頭を掻いたり。ソワソワし始めた高杉。

「ごめん」
結局、坂本から顔を背けたままで、高杉はやっとのことでそれだけ、呟いた。

「偉いぞ、晋助〜」
握りこぶしを作っていた桂が感激に身を震わせている。

「ヅラ、お前大袈裟」
呆れる銀時だったが、確かに、あの高杉が、自分から謝るだなんて思いもしなかったのは事実。

「わしの方こそ…」
坂本が、高杉の背に腕を回して、そのまま抱き寄せた。

「すまんかったの」
抱きしめられている高杉は、きっと泣いてるんだろう。

「晋が、いちばん好きじゃ」
ふるふる震えただけで、無言の高杉。いや、きっと涙のせいで、声が詰まって応えられないのだ。

「晋だけおればええ」
「…ぅ…んっ…」

もう、あの2人は放っておいても大丈夫だろう。

「ねェ〜、ヅラァ〜」

桂の肩に、銀時がふわふわの頭を乗せて、ゆるーく嫌がるあだ名を呼んだ。

「なんだ?」
「そろそろ、お兄ちゃん卒業しませんかァ?」
「…何のことだ」
「高杉のお兄ちゃん止めて、そろそろ自分のこと考えなァい?」

にへらっと笑って、銀時は桂を抱きしめた。

「離せっ!俺は、ちゃんと自分のことは、自分で考えているっ!」
「でもさァ」

抱きしめたまま、銀時は桂の耳元で囁いた。
(俺がずーっと、お前だけ見てることに、気付いてないでショ?)

「銀…時…?」
まさか、そんなことがあるはずがなかった。

「辰馬なんかよりさー、銀さんの方がよっぽど、嫉妬しちゃうよー」
言ってすぐ、銀時は桂の唇を奪った。

「銀さんあいつら程、堂々とやる自信ないのよね。だから、隠れて」

チュと音を立ててもう一度、固まったままの俺は唇を重ねられた。銀色のふわふわに覆われた世界の端で、弟みたいに大事な子と悪友が、きつく抱き合って、激しく唇を重ねているのが見えた。

「ヅラには、銀さんのお兄ちゃんになって欲しいですぅ」
「…お前、何考えてるかわかんなかったけど」

押し倒されて、鞄はずり落ち、背中に地面がつくが気にならなかった。桂は、銀時の首に腕を回した。

「なんだか、全部繋がった気がする」

へらっと笑った銀髪と、今度は深い深い口づけを味わった。

ああもう、就活と卒業試験で手ぇいっぱいで、こんなことしてる場合じゃないのになと、頭のどこかで警鐘が鳴っていたけど、もうわからない。

「お前が、何考えてるかわからなかったから、考えないようにしてた」

4人で坂本の部屋に泊まる時、明らかに自分を見ている銀時に気付いていた。坂本と晋助程じゃないが、くっついてくる銀時に気付いていた。だけど、手を伸ばせばすぐに離れて行ってしまう銀時が何を考えているか、全くわからなかった。

「って言うより、晋ちゃんで頭いっぱいだったでショ?銀さんさァ、ヅラは本当は、高杉が好きなんじゃないかと思ってたからさ」

手出していいのかどうかわかんなくて。嫌われるのだけは絶対に嫌で、と呟くように話す銀時は、今まで見たことがない程、真剣な表情をしていた。

「そんなもの」
今度は桂が笑った。

「キャッシュカードの暗証番号を1115にされた瞬間にどっか行った」

高杉が、幼なじみで、かわいい弟であることに変わりはないけれど。それでも、彼が選んだ暗証番号は、『0626』でも、『1010』でもなかったのだから。

「こらっ!銀時テメェ、小太郎に何やってんだ!!」
茂みの陰に隠れていたのに、いつの間にか高杉と坂本が覗いていた。

「もー、晋ちゃん!ヅラは今から銀さんのモノなのー!名前で気安く呼ばないでくれるー?」
「だっ、誰が晋ちゃんだっ!!だいたい、テメェだって俺のモン『辰馬』って呼んでるじゃねェかっ!」
「それもそっか」

銀時は起き上がり、手を差し出して桂を立ち上がらせ、背中についた土を落としてやる。

「辰馬も小太郎も俺んだ!触んなよ!」
銀時と桂の間に割って入る高杉。

「欲張りすぎでショ!やっと仲直りしたんだから、お前らはそっちでラブラブしてろっての!」
「テメェ、もう古典教えてやんねェ!ノートも貸さねェ!」
「何ソレ!脅迫?ヒドくね?」

年下2人の言い合いを、4回生の2人は黙って見つめていた。微笑みながら。
お互いに、大事な授業をサボってしまったけれど。また4人でこうやって、馬鹿騒ぎができる日々が、やっと戻ってきたから、それでいいと。

「よしよし、ちくっと早いが食堂でも行くかの」
坂本の言葉にみんな従った。

「悔しかったら枕草子暗唱してみやがれ」
「んだとォ?いいか、『春はあけぼの。ようよう…白く…』………アレ?」
「馬ァ鹿、それでも国文科かテメェ」
「暗唱できればイイってもんじゃないの!」
「俺は口語訳も覚えてるっ」

2人のやかましい言い合いは、食堂に着くまで終わらなかった。


END



攘夷4人が大好きです!攘夷派だけで生きていける気がします!
晋ちゃんが寝起き悪いマイブームが続いてて、起きた時に、隣にいるのが辰馬じゃなくてコタだったらどうなるかなァ…って考えてたら、こんな長くなってしまいました。
(鷹司ふくちょの桂高発言に触発されまくり)



→オマケです


研究室で、パソコンに向かっている近藤の横に、山崎がいた。

「ザキ!この文字出ない!」
「…あァ、ハイハイ。『きごう』って打って、ひたすら変換してれば出ますから」

次のゼミでの、プレゼンの準備に追われる近藤と、手伝う山崎。

「ねェ、近藤さん」
「ん?…なんだ?」

近藤は手を止めて、窓の外を眺める山崎を見た。

「坂本さんって、カッコイイですよねェ…。スゴく、上手いんですよ」
「や…山崎…くん?」

『何が?』とは恐くて聞けない近藤。実は、酒に強いようでかなり弱い近藤である。普通に歩いてはいたが、あの、飲み会の時の記憶がサッパリない。
何だか、普段絶対行かない街の、普段絶対行かない場所に連れて行かれて、何時間か寝たような、そんなイメージだけが残っている。

「好きになりそうです」
「あ、あの、山崎…。あの人は、オススメはできねぇよ」

男も女もどんと来い!しかも、只今2回生の恋人(男)と同棲中にも関わらず、あっちこっちで見境いナシ。裏を返せばそれだけ、魅力があるってことだとは思うが。
坂本は、オープンで全然隠したりしないから、同じゼミの4回生ならみんな知っていることだ。
もちろん、同棲中の恋人が、文学部の高杉晋助だってことも。

「えーっ…でも、あの、おっきい手が、忘れられないです」
「…………」

近藤は、返す言葉が見つからなかった。なんせ記憶がないのだから。

「いや…、うん、…………頑張れ」






















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