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LACRYMOSA


「高杉ィ、明日辰馬ん家で飲み会だってよ」

大学にもある程度慣れてきた6月のある日。授業が終わって、何の用事もない今日はさっさと帰ろうと思っていたら、携帯を操作しながら寄ってきた銀時に声をかけられた。

「今日じゃなくて明日?珍しいな」

いつも飲み会なんて「今日やろう!」って、いきなりその場の勢いで決まるのに。

「なんかあるみたいだぜ〜。辰馬もヅラも教えてくれねェんだけど」

すっかり、先輩であるはずの2人を、呼び捨てにする様が板についてきた銀時は、相変わらず携帯を操作したままだ。しかも、小太郎に至っては、本人がめちゃくちゃ嫌がるあだ名をつけて、勝手にそう、呼び続けている。

「ふーん。ま、明日ならなんにもねェし。って言うか、俺はいつでも構わねェしよ」

4月の入学式のすぐ後からバイトで忙しい銀時とは違って、俺はまだ、これといってバイトはしていない。
さっさと慣れて、それを親に認めさせて、大学の近くで1人暮らしを始めたい。バイトを捜すのはそれからでいいと思う。

「高杉ィ、銀さんバイト8時からなんだけど、暇なら遊びに行かない?」
「8時までか?構わねェけど?」

話しながら、文学部棟から出ると携帯が鳴った。

「小太郎からだ…。ああ、明日の飲み会な、ハイハイ」

『今、銀時から聞いた』と短く小太郎に返信した。
坂本のマンションに集まって、4人(時にはそれ以上)で飲むのが異様に楽しい。週に2回は集まっているが、話が尽きるなんてことは皆無だ。

「とりあえず渋谷でも出る〜?」
「お前バイトは?今日はどこだよ?」
「新宿」

いくつか掛け持ちしている銀時のバイト先なんて、いちいち覚えていない。他愛のない会話を交わしながら、学校から駅まで徒歩5分の道をブラブラ歩く。途中で、コンビニに寄って、お茶を買い、ダラダラ飲みながら歩いた。銀時は相変わらずいちご牛乳で。

「お前さァ、なんで1人暮らししねェの?」
「親がまだいいって言わねェ」
「まー、片道1時間なら、通えない距離じゃねェもんなァ」

しっかし、親が許してくれないなんて、お前んち、どんだけ過保護なんよ?と銀時に笑われて、なんだか腹が立った。

「逆だよ逆!今まで放任しすぎたからだってよ」

過保護と言うなら、小太郎の家の方が、よっぽどだ。あいつお坊ちゃんだし。でも、あいつ1人暮らしだよな。

「お前、高校までそんな悪かったの?」
「うるせェ」

そうだよ悪かったな。たぶん地元で俺を知らない奴なんていねェんじゃねェか?

「そういや、ヅラもなんか言ってたわ。お前が大学来るなんてなァって」
「小太郎の奴…後でシメる」

幼なじみってのは、便利な半面やっかいだ。新しい環境では知られたくないようなことまで、既に、最初からアイツは知ってるのだから。

「話変わるけどよォ、お前、全然コンパとか行かないよなァ?」
「コンパだァ?」

ああ、アレか。男と女がはじめましてって飲むやつか。

「そんなもん楽しいかァ?」
「いやー、銀さん最近ハズレばっかりなんだけどねー。でも、せっかく大学来てさ、彼女の1人もいないのって寂しくねェ?」
「彼女ねェ」

本当のことなんて、銀時に言えるワケねェしなァ。『俺、女には興味ないんです』なんて。言ったら銀時引くだろうなァ。

「なんかよ、1人の女に縛られるのって、ダルくねェ?」

適当な言い訳なんて、こんなもんだろう。

「ふーん…」

飲み干したいちご牛乳のパックを潰しながら、複雑な視線を送る銀時が何を考えているのか、俺にはわからなかった。

***

渋谷で適当に買い物して、煙草を吸いながらゲーセンにたむろする。はっきり言って、高校の時とやってることが変わらない。

「銀時ィ〜、お前まだやってんの?」

3本目に火をつけたところで、まだ人形を取れずにいる銀時の横へ行った。

「もうちょいなんだって!どうせ暇だろ?」

お前の暇潰しに付き合ってやってんのになァとぼやきたくなる。ま、帰ったところで、何があるわけでもないんだが。
適当にゲーセンの中をプラプラ歩いていたら、プリクラ機の前の女子高生とぶつかった。

「あ、悪ィ」
「晋助センパイっ!」
「え…?」

えらいミニスカートにルーズソックス。金髪の今時の女子高生。

「おまっ…また子…」

そいつに会うのは、高校を出て以来だった。できれば会いたくなかった。時々メールは来てたけど、ずっと無視していたし。

「悪ィ、俺、連れいるし」
「話があるッス!!」
「俺はねェ!」
「またそうやって逃げるんスか?」
「……っ!」

こいつムカつく!!俺らのことなんて、全然わかってないくせに!

「おーい、高杉ィ、取れたからよォ……」

タイミング悪く、言い合っているところに、ステファンとかいう、白いオバケみたいなぬいぐるみを持った銀時がやってきた。

「あァ、俺バイト行くからさ、ごゆっくりィ〜」

ひらひらと手を振りながら銀時はダッシュでゲーセンを出て行った。

「ちょっ、待て!銀時、お前っ!」

追い掛けたけど、もう外には見当たらない。
あー、アイツ絶対なんか勘違いしてやがる。今日のうちに、間違いなく小太郎と坂本には伝わるなァ。

「先輩、これで話できるッスね」

いつの間にか後ろにいたまた子に腕を掴まれた。

「お前は、誰かと一緒じゃないのかよ?」
「プリ撮って満足したから、もう解散ッスよ」
「はァ」

俺は溜息をついて、仕方なくこの、1つ年下の後輩と、ファーストフード店に入った。

***

「高杉の奴、女いたんだ?」

銀時は、隣のゲーセンの、UFOキャッチャーの機械の陰に隠れて、高杉と金髪の女子高生を観察していた。
名前で呼ばれてたじゃないの、高杉君。晋助先輩と。もしかしたら、元カノとか、そういうのかよ。
高杉より下の学年のことは、きっとヅラに聞いてもわからないだろうしなァ。あーあ、腕なんか組んで歩いてるよ。やっぱ、ただの知り合いってだけじゃねェだろうなァ。

「…ってか、高杉って」

どう考えても普通にモテそうな奴が全然女っ気ないから、『そうなのか』と思ってたけど。それって俺らの思い過ごしだったのかも?
合コンの話とかで、さりげなく探ってみた俺の努力ってなんだったわけよ?辰馬の馬鹿野郎ォ。でもアイツ、これ知ったら、高杉のこと諦めるんかなァ?

とりあえず俺は、ヅラに宛てて、メールを打った。ちょっと、辰馬にはまだ言えないかな。

辰馬は、高杉のこと相当気に入ってるからね。そのケがないのかどうか、探るような真似してたのも、辰馬の野郎に頼まれたんだもんね。隠したりしないのがアイツのいいとこなのかもしれないけどさ、男も女も気に入ったら見境ないっていうのはなァ。それくらいは隠せよとか言いたくなるんだけど。

つうかむしろ、いつもみたいに押せ押せで高杉に迫ったらいいじゃないのよ。何を臆病になってるんだか、辰馬らしくない。本人は、本気で惚れたからとか何とかほざいてたけど、だったら尚更グズグズしてんのって辰馬らしくないんだけどなァ。

明日の前に、今日はヅラと2人で飲んじゃおう。明日、辰馬に何があるのかも聞き出したいし。お土産もあるしな、このステファンが。

***

翌日、学校の後に、坂本のマンションを訪れると、本人だけがいなかった。なんだか少し、ガッカリしたような気もするが、その前に理由がわからないから不思議だ。
小太郎が台所で軽食の用意をし、俺より先に原付で到着していた銀時は、坂本のカシスリキュールを使って、ガチャガチャ混ぜてカシスソーダを自分で作ってリビングで飲んでいる。

「小太郎、坂本は?」
「アイツは用があるからな。終電までには帰ってくるさ」
「なんだソレ?」

わざわざ前日から飲み会を設定しておいて、不在だなんて。なんだか、せっかく来たのに、いつもと勝手が違って困る。

「まァ、晋助。アイツが帰ってきたら、普通に接してやってくれ」

普通も何も、全く意味がわからない。

「ヅラァ、昨日の賭け、覚えてんなァ?」

リビングから銀時が口を出した。

「わかっている。坂本がフラれたら、お前は千円払えよ」
「辰馬なら、頑張ると思うんだけどねェ。何にもなければ、彼女だって会う約束もしないと思うけどォ?」

2人だけでわかる会話をされるのが、何だか面白くない。とりあえず坂本が、フラれるとか、フラれないとかの、恋愛絡みの話らしい。当たり前だけど、女に。

「要するにだな、晋助。坂本は、今日とある人に告白に行ったんだ」

不機嫌な俺に気付いて、小太郎が説明してくれた。フラれたら残念会、うまくいったらおめでとう会。今日の飲み会は、そういうことらしい。

「へェ」

なんか、いつもこうやって4人で当然のように集まってるから、あまり気にならなかったけど、それが普通の青春とかいうやつだったということを思い出した。いつか、4人で集まろうとしたら、デートで誰か欠けるなんてことも有り得るんだろうな。

「今日は、愛しの先輩の、誕生日なんだってよ」

なんで銀時が知ってるんだ?確か昨日学校から出る時は、何も聞いてないって。
まさか昨日、あの後か?

俺がまた子と会ったこと、やっぱり小太郎と坂本に話したんだろう。その割に、何も言われないのは、もっと大きな、坂本のネタがあるからか。

「辰馬ならさー、意外とやる時ァやると思うんだけど?」

そういう銀時は、坂本の告白は成功する派で、小太郎は失敗する派なんだろう。

「甘いな、銀時。実は坂本は、彼女に一度フラれているんだ」

彼女。なんでもない単語が胸に突き刺さる。そりゃそうだよな。それが普通なんだもんな。女の子を好きになって、付き合って、いずれ結婚して子どもができて。それが普通。なんだか、年上の先輩が相手だなんて、坂本らしいと思った。

「何ソレっ?俺そんな情報聞いてねェよ?ズルくね?だったら俺もフラれる方に賭けるわァ!」
「馬鹿め、情報収集を怠ったお前が悪いのだ!」
「俺が入る前のことなんか知るかァ!!」

ああ〜、小太郎の、意地の悪いとこが出たぜ。あいつ、面倒見良すぎるくせに、時々意地の悪いことしやがるからなァ。

小太郎が作った野菜炒めとフライドポテトと、買ってきた唐揚げを食べながら、3人で飲む。坂本の帰りを待って。アイツ早く帰ってこないかなァ。なんとなく、坂本がいないと、楽しくない気がするのは、あいつがムードメーカーだとか、そういうことだけじゃなくて、きっと俺は、あいつに惹かれてる。あの、初対面が最悪だった坂本辰馬に。

俺の、昨日のことについて、2人共全然触れてこないのは、なんだか楽なようで、後が怖いような、複雑な気分だった。

「高杉、お前の携帯鳴ってない?」
「え?」

銀時に言われ、携帯を捜すと、2人の携帯はテーブルの上にあるのに、俺のだけ見当たらなかった。どこからか聞こえてくるバイブの振動音。
鞄の中から、まだ震えている携帯を探し出し、開いて相手を見て、俺はまたすぐに携帯を閉じた。

「どーしたのよ?出ないの?」

カシスソーダを飲みながら銀時が尋ねてきた。

「出たくねェ」
「なんでよ?…あ、お前、昨日の女子高生かァ?」
「違ェよ!!」

ここで来たか、銀時の野郎。マナーモードになっていたから、うるさくはないものの、振動はいつまでも止まらない。
ようやく切れたと思ったら、またすぐに携帯は振動を始めた。

「出なくていいのか?別に、俺達に気ィ使わなくてもいいんだぞ?」

とうとう小太郎までが気にしてくる。

「俺ら、別に聞き耳なんか立てないから出ればァ?」

なんか、出なきゃいけないような雰囲気と、いつまでも振動を止めない携帯。

「…出るよ、出ればいいんだろ?」

俺は、携帯を掴んで、玄関から飛び出した。

「ちょ、ちょっとヅラァ?なんなの、この反応は?なんでわざわざ外?」
「俺にもわからん」
「結局、誰からの電話なワケ?本当に彼女とか?」

首を傾げた銀時の疑問は、もっともだった。

***

マンションの廊下に出て、それからも散々悩んだけど、ついに俺はいつまでも鳴り続けるしつこい携帯を開いて、通話ボタンを押した。

「何の用だ?」

本当は、聞かなくたってわかっていた。昨日会ったまた子が連絡したんだろう。あいつら兄妹、めちゃめちゃ仲いいからなァ。

『何の用だ、とはずいぶんでござるな』
「ずいぶんもへったくれもねェだろうが、万斉。それとも、…河上先輩?」

わざとそんな言い方で、怒りを煽る。だって今更、こうやって電話してこられたって、苦しいだけだ。

『その言い方はキツイでござるよ。また子の話では、元気そうだったと聞いたんだが』
「ァあ。昨日会ったからな」

本当に偶然。地元でもなんでもない渋谷なんかで、会ってしまった。

『大学どう?辛いことはないでござるか?』
「お前に話したって、しょーがねェだろ」

あくまでも突き放す俺に、電話の向こうの万斉が、溜息をついたのがわかった。

『晋助、話を聞いてやることなら、今でもできるんでござるよ?』
「話だけなんか聞いてほしくねェ」

万斉の声は、最後に会った3月の末と全然変わらなくて。あれから2ヵ月以上経って、大学という新しい環境に慣れてきて、ようやく吹っ切れそうだったのに。
まだ、「懐かしい」と言える程、俺の中では消化できていない。…別れを。

『晋助…。拙者は今でもお前が好きでござる』
「うるせェ!…お前ら兄妹、おかしいぜ」

昨日のまた子に続いて今日は万斉だ。お前ら、俺のこと好きだって言ったって、側にはいてくれないじゃないか。

『晋助…泣くな』
「泣いてねェよ馬鹿野郎」

本当は泣いていた。まだ好きだって言われた瞬間から、どうしてだか涙が止まらない。別れを切り出したのは俺の方なのに。

『晋助、今から向かえば、10時には東京に着くんでござるが』
「今日は無理。連れんとこ来てるし、泊まる予定だし」

たぶん本気で言ってるから馬鹿だ、万斉の奴。

『いい感じの人見つけたでござるか?』
「そんなんじゃねェよ。みんなただのノンケ。男4人集まって飲んでる」

今日はまだ3人だけど、いちいち説明するのも面倒臭い。

『晋助、愛してるでござる』
「うるせェっ!」

叫んだ言葉はきっと、むしろ自分に言い聞かせるためのもの。

「俺はもうお前なんか好きじゃねェ。2度と会わねェ!電話してくンな!」

そのままの勢いで通話を切った。そうは言いながら、登録されたメモリはもちろん、送られてきたメールすら消せないでいるのはどこの誰だ。

こんな泣いた顔で部屋になんて戻れなくて、俺は携帯を握りしめたままグズグズ泣いていた。坂本の部屋の扉の前に座って。
もう1回だけ、万斉から着信があったけど、出ずにいたらそれきり、携帯は鳴らなくなった。

高校の1つ上の万斉と、一緒にいたのは1年半くらいの、そんなに長い期間ではないけれど。それでも俺は、アイツが居てくれてよかったと、それは今でも思っている。万斉がいなければ、俺はきっと、自分は世界で1人ぼっちみたいな気になっていただろうから。

昨日の女子高生は1つ下の万斉の妹で、『こんな音楽馬鹿と別れてあたしと付き合ってほしいッス』って、毎日言われてた。
また子は、俺達がそういう仲だと知っている、たぶん唯一の人間で。

3人で楽しくやっていた高校2年の1年間は、あっという間に過ぎていった。万斉は、なんでか、京都の学校なんかに進学してしまった。

「3年で帰ってくるでござるよ」

そうは言われたけど、俺は納得できなくて。

「晋助もこっちの大学来ればいいでござる。そうしたら、一緒に暮らそう」

ああそうか。だからわざわざ万斉は都心から離れたんだ、とわかった。実家からは通えないところに。だけど、俺が大学受かるかどうかなんて、わかんねェのにな。

「京都には大学たくさんあるから、晋助なら1コくらい受かるでござるよ」

万斉は笑って言ったけど、わかってないな。うちの親がそんなにたくさん受験させてくれるわけねェじゃねぇか。ただでさえ、地元で一番悪いとまで言われていた俺が、「大学行きたい」って言ったら、卒倒しそうになってたんだぜ。

結局俺は、前期で失敗して、後期で今の大学になんとか受かったわけだけど。おかげで小太郎に再会して、銀時や坂本って悪友に恵まれて。
今となっては、どっちがよかったのかわからない。とにかく俺は、遠距離のまま関係を続けていくってことが、耐えられなかったんだ。
何時間そうやって、1人で泣いていただろう。いきなり坂本の部屋の扉が乱暴に開いて、銀時が走って出てきた。

「待てっ!銀時お前、電車にしろっ!」

そしてすぐ後ろから小太郎が。

扉の前に座り込んでいた俺に気付いた小太郎は、一瞬足を止めたが、すぐにまた銀時を追い掛ける。

「銀時送ってくるから、お前は中で待ってろ!後で聞いてやる」

最後の一言で、泣いていたことが小太郎にバレたのだと知った。銀時は俺にすら気付かなかったようだけど。

結局誰もいなくなった坂本の部屋に戻り、俺はテレビを見ながら酒を飲み、いつの間にかソファで眠ってしまっていた。

***

誰かのデカイ手に、頭を撫でられているような気がして、俺は目を覚ました。とは言っても、まだ瞼は上がらないし、全然身体は動かないし、頭の上の手以外は何も認識できないのだけれど。
万斉の野郎、本当に来やがったのか?馬鹿な奴だな。俺だってまだ好きだっつぅの。好きだから別れたんだっつうの。それくらいお前、一応いっこ上ならわかれよな。

ゴロゴロ寝返りを打とうとしたら身体がベッドから落ちた。あれ、なんでこんな狭いとこで寝て…あ。ソファだった。そうそう、坂本ん家泊まってたんだった。
身体半分ソファから落ちた体勢のまま、しばらくそうしていると、ようやく頭が働いてくる。なんか知らないけど、銀時がダッシュで帰って行って、小太郎が送るって追い掛けて行って。
なんとか頭を上げて回りを見渡すと、窓が開いていて、ベランダに誰かいた。

「さかもと?」

這うようにして近づいて行って、最初に目に入ったのは、並べて重ねたら、エアコンの室外機よりでかくなるんじゃないかという程の大量のビールの空き缶だった。

「起こしてしまったがか?」

外がまだ真っ暗だってことを考えると、そんなに長時間寝たわけではないのかもしれない。
坂本は、本当に静かに、1人で外を見ながら酒を飲んでいた。俺なんかが横にいていいのかと思ってしまうくらい。

「小太郎と、銀時は?」

何と声をかけてやったらいいのかわからなくて、俺はあれきり姿が見えない2人のことを聞いてみた。

「メール入ってなかったがか?」
「見てない」

バイトの子が休んだから店を手伝えと言われ、一度は拒否った銀時だが、だったら出ていけと言われて慌てて下宿先の伯母さんの家に戻ったらしい。だけど、その前の時点で相当飲んでいた銀時が、それでも原付きで帰ろうとするもんだから、小太郎が送って行った。案の定酔っ払って仕事にならない銀時の代わりに、なぜか小太郎が、伯母さんの店を手伝わされていて、帰れないと、そんなことを告げたメールが届いていた。

「高杉が待っとってくれて、嬉しかったぜよ」

ビールを1本、俺に手渡しながら、坂本に頭を撫でられた。きっと、さっきの大きな手はコイツのなんだ。でも、なんだって頭なんか撫でられてたんだろう?

「わし、今相当へこんどるからのー」

アッハッハと笑った声が、いつもの坂本じゃない。
渡されたビールを飲みながら、ベランダに置かれた椅子の隣に座った。へこんでるのはこっちも同じなんだけど。

へこんでいるから、とはっきり言えること。ありのままの自分を出せること。それが俺と坂本の決定的な違いだと思った。俺なんて、幼なじみの小太郎にすら、泣き顔を見られたくなくて、何時間外に1人でいた?
そう考えると、たった2つしか違わないはずなのに、坂本がずいぶん大人に見えてきた。

「高杉、ちっくと、甘えさせてもらって構わんかの?」
「え?そりゃァ」

俺なんかでいいの?って、むしろそんな感じなんだけど?
甘えさせてくれと言われても、どうしたらいいのかわからずにいたら、いきなり身体をぎゅっと抱きしめられた。

(ちょっと待てェ!!!)

そんな風に、男の腕に抱きしめられるのは2ヵ月ちょっとぶりで。坂本は、俺がゲイだって、知らないから普通にそうしてるんだろうけど!他意はないんだろうけど!俺の方は心臓がばくばくいって平静を保てない。だって、俺が万斉のこと、吹っ切れそうな気がしてたのは、お前がいたからなんだぜ坂本?今日、電話で声聞いて、またくじけそうになってるけど。
うるさいくらい早鐘を打つ心臓の音が、坂本に聞こえてしまったら、どうしようと思った。

だけど、坂本は。

俺の細い肩に顔を埋めて、本当に静かに、声も出さずに、ただ泣いていた。

デカイ身体を縮こませて、小さく震えている坂本を見ていたら、絶対にこの気持ちは伝えてはいけないのだと思った。4人で飲んで馬鹿やって。絶妙なバランスで成り立っているせっかくのこの関係が、崩れてしまうのが目に見えていた。

そう考えたら、なんだか俺の心臓も、少しずつ治まってきた。

どれくらいそうしていただろうか。長袖Tシャツの袖で、ゴシゴシと涙を拭った坂本が、いつものようにふにゃっと笑った。

「さて、これで吹っ切れたぜよ〜!高杉、ありがとうの」

ポンポンと頭を撫でられる。え、もう立ち直ったの?と驚いたが、坂本の笑い声は、すっかりいつもの調子に戻っていた。少なくとも、表面上は、いつもと変わらない。
すっかり山積みになった空き缶を増やしながら、新しい恋を探すぜよー、なんて笑っている坂本の立直りの早さに驚いて、こっちがまだついていけていない。

だけど、俺は、部屋からの明かりに反射した、うっすら滲んだままの涙に気がついてしまって。坂本が無理矢理笑っているのだと思った。きっと、明日になれば、泣いたことなんか微塵も表には出さないんだろう。

笑顔という仮面に隠された坂本の本心の部分がちょっと見えた気がして、俺は、ますますコイツに惹かれていく自分自身を、わかっていながら、止めることができなかった。

***

「そろそろ寝ようかの、高杉」

あれからまた、2人で空き缶を増やして、しばらくたった頃、不意に坂本が言った。

「じゃあ、俺ソファで…」

3人掛けのソファは、完全に足を伸ばして眠れるから、それなりに快適で。

「今日は桂も銀時もいないんじゃ、一緒に寝よ」
「は?」
(………。ええーっ!!??)

落ち着け、落ち着け俺!コイツのはダブルベッドだ!端で小さくなって寝れば、なんでもない、なんでもない、きっと!
嫌だと断るのは不自然な気がして、俺は坂本の寝室へと一緒に入って行った。これが小太郎だったら、全然平気なんだけどな。アイツは、小さい頃から側にいすぎて色々知りすぎて、もう恋愛感情なんて通り過ぎてるから。好きなことは好きだけど、これくらいじゃ動揺しないかな。

「なんでそんな端っこで寝るんじゃあ?」

坂本は呑気にそんなことを言ってくるけど。

「端が好きなんだよ」
「ほうがか」

わかってくれたのかと思ったら、後ろから身体に腕を回された。

(ちょっ…ちょっと!やめろって!)

ヤバイ、まじでヤバイ!コラ、収まれこの馬鹿息子!

「高杉もなんかあったんじゃろー?」

背中から、坂本の声が聞こえてきた。

「さっき泣いとったぜよ。それなのに、わしばっかり甘えてごめんの」
「な、泣いてなんかいねェから、離れろよ」

なんたってこんな、広いベッドの端に、2人でくっついてなきゃならないんだ?

「ほうか」

返事はいいんだけど、全然坂本は離れてくれなくて。

「なんかあったら、なんでも相談してくれていいんじゃよ、高杉」
「なんにもねェって」

そう、お前が離れてさえくれれば、とりあえず今は。

「ほうか。…じゃ、おやすみ」

ちょっと待て!!そのまま寝るなァっ!!なんだコレ?俺、カマかけられてんのか?
いや、仮にそうだとしても、女にフラれてさっきまで泣いてた奴がすることか?
結局俺は、この日一睡もできなかった。


END



What's on your mind?に続きます!
LACRYMOSAは、モーツァルトのレクイエムニ短調「ラクリモサ」です。日本語にしたら「涙の日よ」。坂高2人共泣いてるんで。余談ですがEVANESCENCEのLACRYMOSAもイイです。
Special Thanx to 柳 翔哉様























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