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さすがに11月の末ともなると寒くなってきててさ。やっとのことでベッドから這い出して、フラフラしながらリビングに行ったんだ。

そうだ 京都、行こう・1 高台寺-祇園篇


リビングは暖房が効いてたから暖かくて。ボクサーブリーフ一丁にパジャマの上だけ引っ掛けて。とっくに起きてた辰馬は朝ご飯はもちろん着替えも済ませてて、リビングのソファに座って珍しくテレビもつけてなくてさ。
なんか本読んでんなーってのはわかったんだけどボーっとした頭じゃ『おはよう』って言葉すら出てこなくて。
黙ったまんま辰馬の隣に座って寝ぼけ眼でもたれ掛かったら、視界に入ってきたのは見事なまでの赤、赤、赤。


今年という年は
この景色で思い出すことに
なりそうです。


辰馬が見てたのは、JR東海、京都キャンペーンポスターの写真集だった。もちろん、俺の。

「勝手に出してきてすまんの」
「別にいーけどー」

たまたま本屋で見掛けて衝動買いしちまった写真集。やっぱり古典好きの俺にとっては京都って特別なところなんだよな。
修学旅行と受験でしか行ったことねェけどさ。いや、実はなんか小さい頃に家族で行ったらしいんだけど、覚えてねェ。

「きれいじゃのぅ、京都行きたいのぅ」
たまたま辰馬が開いてたさっきのキャッチコピーは永観堂のページ。

「京都はちょうど、紅葉の季節だなァ、今なら」
『奥山に紅葉ふみわけ鳴く鹿の声聞く時ぞ秋はかなしき』なんてな。ちなみに今のは百人一首。

「晋、京都行こか」
「そーだなァ、いいなァ」

紅葉シーズンはもうすぐ終わっちまうだろうけど、テストが終わってから冬の京都ってのもなかなかいいんだよな。2月の寒い日狙ってさ、運良く雪なんか降ったらさ…なんてぼんやり考えていた俺は甘かった。

「そうと決まったら早よ着替えェ」
「…………は?」
待てよ、今日って思い切り月曜日だよな?学校が昼からだからって、こんな時間までのんびりしてたけどさ、昨日辰馬と1日中家にいたんだからやっぱり月曜日だよな?寝ぼけてるわけじゃないよな?

「ほら晋!早よシャワー浴びてきィ」
「おまっ、もしかしてっ…」
今から行くつもりかよ?

***

「どんだけ『思い立ったら吉日』なんだよ、お前は」

ブツブツ文句を言いながら、それでも結局、新幹線に乗っちまった俺がいる。辰馬が取ってくれたのぞみの10号車。10号車ってのはな、喫煙車で尚且つグリーン車なんだよな。わざわざグリーンじゃなくても良かったんだけどさ、辰馬のことだから自由席なんて乗ったことねェんだろうな。まァ、このシートの広さと、乗客の少なさは有り難いけど。乗客が少ないのは昼過ぎっていう、中途半端な時間帯のせいでもあるか。

とにかく、今から京都に行くから学校サボるって、銀時に連絡しなきゃ。鞄の中に入れたはずの携帯を捜してる時に気付いたけど、寝ぼけたまんま用意したからデジカメも観光ガイドも忘れちまったじゃねェか。最低だな、パンツ忘れたくせに靴下が2つあるとか。コンビニで買えるモンだからいーけどよ。

とにかく京都は寒いだろうってことしか頭になくて、長袖Tシャツ2枚重ねにニットの上着着てさ、デニムの下にはこっそりレッグウォーマーをしのばせてる。もちろんブーツ履いてきた。

辰馬も、しっかりコート羽織ってマフラーつけてるから防寒対策だけは万全なんだけどさ、きっと地図とかは何にも持ってないんだろうな。だって、辰馬が持ってる鞄、小さすぎるんだけど。

「今から行っても遅いだろーがよォ」
「ほーなんかァ?」
辰馬が今日中に帰るつもりなんてないのはわかってんだけど。

「京都の寺ってのはなァ、5時に閉ま…」
言ってからいきなり思い出したことがあった。確かニュースでやってたじゃん。

「あ、今、夜間のライトアップやってるぜ」
確か12月2日までだ。ってことは今度の週末までか。

「晋は、そのライトアップは見たことあるがか?」
「テレビでしかねェよ」
「ちょうどええのー!わしもこの季節は初めてじゃきィ」

なんつータイミングの良さなんだよお前。悪運っつぅか、なんつぅか。俺があの写真集買ったのなんて2年くらい前で、辰馬と一緒に住み始めてからずっと部屋に置いてあったのにさ。

時々辰馬が、デッキに電話をしに行く以外はずっと他愛もない話をしてて。ちょっとだけ、万斉のことが頭を過ぎったけど、俺は連絡を取らなかった。

こっそり手を繋いだまま話していたら、2時間ちょっとなんて、あっという間だった。

***

いきあたりばったりってのは、まさに俺らのことでさ、何にも決めてなかったから、とりあえずライトアップしてる東山の方へ行こうかって話して。だって、あと15分で17時になっちまうから、普通の拝観はもう無理だから。
京都駅で新幹線を降りた後は、地下鉄烏丸線と阪急電車を乗り継いで。乗り換えたところは地下鉄では『四条』、阪急では『烏丸』って駅なんだけど、烏丸から河原町までの一駅ってのは、地下で繋がってるし、たいした距離じゃないんだから歩いたって良かったんだけど。
辰馬は歩くつもりなんかなかったらしくて、とにかく終点の河原町で地上に出たらそこは、木屋町とか先斗町なんていう、京都で一番の繁華街なわけ。

「うっわ…」
鴨川沿いの木が紅葉してて、もう俺は、四条大橋を渡りながら、そこから感動してた。

「綺麗じゃのぅ…」
辰馬も歩きながら見とれてたみたい。なんかさ、小さいことだけど、同じもの見て感動を分かち合えるのって、いいなぁって思うんだよな。

とりあえず橋を渡って八坂神社の方へ歩いて行く。平日だけどそこそこやっぱり人は多くて、都路里(つじり)には行列が出来てた。このあたりは、もう、祇園だ。

それでも俺らは、どこに行こうかなんて全く考えてなくて、まぁ、上って行けば清水寺だよな確か…、なんて思いながら辰馬の少し後ろを歩いてたんだ。並んで歩かないのは、ただでさえ狭い歩道に、結構人が多かったから。

四条通りを東に向かって歩いていたら、辰馬に腕を引っ張られた。横道に入ったそこは花見小路。石畳でさ、舞妓さんがよく歩いてる通りなんだけど、まだ完全には暗くなってなくて、明かりもまばら。お茶屋さんや料理屋さんがたくさんあるはずなんだけど、少し時間がまだ早い。

「後でここでご飯食べようの」
予約してあるからって。辰馬のやつ良く知ってんな、さすがだ。

花見小路を真っ直ぐ行けば、建仁寺があるんだけど、その手前で左に曲がって、東大路通を渡る。この先はもう、『東山』って言うだけあって、結構な山なんだけどさ。辰馬と話しながら歩いてたらなんてことはないんだよな。

「辰馬ァ、どこ行くつもりなんだよ?やっぱ清水寺?」
下河原通まで上って、たくさんの観光客に着いて行けば黙ってても清水寺に着く。あ、俺らも観光客か。とにかく、平日だけど、それだけ人が多いってこと。

「晋は清水寺、行ったことあるんじゃろ?」
「そりゃー、まァ」
修学旅行だったけどな。

「わし、高台寺行きたいんじゃけど、えいかのう?」
「高台寺かァ!いいぜ!」

実は俺も行ったことねェんだよな。修学旅行の時は勉強不足でさ、知らないばっかりに飛ばしちまったんだ。飛ばしちまった理由は、それだけじゃなくて、京都駅から清水道までバスに乗っちまったってのもあったんだけど。

「ねねの道に出んといかんのう」

高台寺ってのは、豊臣秀吉の北の政所ねねが秀吉の菩提を弔うために創建した寺なんだ。確かさ、ねねが住んでたとこがあの辺なんだよな。俺と辰馬は、石畳になってる細い道を見つけて、人が歩いて行く方になんとなく着いて行った。ねねの道に出てからわかったんだけど、この道は石塀小路っていう名前だったらしい。

2人でタラタラ土産物屋を覗きながら南に向かって歩いてたら、高台寺の駐車場入口の手前に、人力車がたくさん並んでた。

「どうですか、人力車!お2人さん!」
俺はそのまま素通りしようと思ったんだけど。

「晋、乗ろっか」
「…へ?」
お、男2人で人力車って、めちゃくちゃ恥ずかしくないか?って、それを辰馬に言うだけ無駄か?

「兄ちゃん兄ちゃん、ちっくとわし、トイレ行ってくるきに、荷物ここ置いといてのぅ」
「お、おい、辰馬っ」

高台寺の駐車場入口のところには公衆トイレがあって、辰馬は人力車に荷物を置いて1人でさっさと上って行ってしまった。

「人力車、乗ったことありますか?」
「いや、俺は…。アイツはあるかもしれないけど」

最初に俺らに声をかけてきたお兄さんと2人残されたって、どうしろってんだよ、辰馬の馬鹿。お兄さんは話しかけてくれるけどさ。

「今日は、どこか見る予定だったんですか?」
辰馬がついつい振り返って応えてしまっただけあって、そのお兄さんは話しやすそうな感じだった。

「高台寺のライトアップ見ようかって…。あと、花見小路でご飯予約してるみたい」
ライトアップは日没から夜の9時まで。この時間、日は落ちているけれど、西の空はまだ、ほんのり明るい。

「高台寺ライトアップ始まってますよ〜!そっちから入れます」
「あ、そうなんだ?マジで?」
「でもまだちょっと明るいですよねェ」

辰馬が来るまで煙草吸ってもいいかって尋ねたら、お兄さんは快く携帯灰皿を貸してくれた。

「どのコース回るかって話は…」
「アイツ来てから聞いて」
「わかりましたァ」

お兄さんがどこかへ行ってしまって、俺は1人で煙を吐き出しながら辰馬の帰りを待っていた。並んでいるのだろうか、やけに遅い。
それでも、2本目に火をつけた時に、ようやく辰馬が戻ってきて。

「すまんのー!どこ回ってもらうか決めたがか?」
「いや、お前が決めろよ」
さっきのお兄さんが戻ってきて、ペンライトで地図を照らす。

「どうしましょう?花見小路のご飯って予約何時なんですか?」
「8時じゃき、高台寺のライトアップ見て、それから花見小路行けたらえいんじゃけどのぅ」
「あと2時間以上ありますねぇ。だったら1時間くらい、この周辺回るコースっていうので…」
「前に清水寺までは行って貰ったからのう。そうじゃ、祇園のあたり行って貰おうかの」
辰馬とお兄さんの2人で、どんどん話が進んで行く。逆に、俺は何にも言わなくていいから楽だった。

「あ、もちろん兄ちゃんが案内してくれるんじゃろ?」
「もちろんです!僕が責任を持って、お2人をご案内しますよ!」
「そりゃそうじゃろ、わしらお兄ちゃんにキャッチされたんじゃから」
「キャッチとか言わないで下さいよ!」
思わず俺も吹き出してしまった。そうか、俺らキャッチされたんだったのか!

「兄ちゃんキャッチ上手いのぅ」
「あんまりキャッチキャッチ言わないで下さいよォ」
「でも俺らキャッチされたんだよな」
ついつい、面白くなって、俺まで言ってしまった。

「だからキャッチじゃないですってェ!…はーい、じゃあ2人とも、気をつけて乗って下さいねー」
まずは人力車の乗り心地に慣れて下さいって。俺と辰馬の膝の上には、毛布を3枚重ねにしてもらって。

「辰馬、お前やっぱり乗ったことあるんだろ?」
「うん、前は夏でのう。1回の時の夏休みじゃき」
「ふーん」
誰と来たんだよ?ってのは、俺は敢えて尋ねなかった。辰馬が1回の時の話なんて、知りたくないじゃん。

「はーい、じゃあ出発しまーす」
俺と辰馬を乗せた人力車が走りだした。

***

俺と辰馬を乗せた人力車は、『見ざる、聞かざる、言わざる』の発祥だっていうお寺から『八坂の塔』を回って、細い小路で原付きに煽られながら東大路通を渡る。坂を下って、建仁寺と安井金比羅宮。ここは、狛犬じゃなくて狛猪なんだって。

京都らしい町並みですよねってお兄さんが話してんだけど、俺が『でもそこにWINSあんだろ?』って言っちゃったりして。京都の人だって競馬くらいするだろうけど。

途中で、お兄さんの『この人力車高いんですよ。いくらだと思います?』って問い掛けに、辰馬が『500万!』って言っちゃって、思いっきり会話の流れをブチ壊したりなんかして大笑い。ホントは人力車は一台200万で、全部職人さんの手づくりらしい。それから、お茶屋さんが並ぶ宮川町の方を回ってもらって祇園に出る。

人力車で四条通を渡る頃には、俺もなんだかテンションが上がって来て、選挙カーのノリで往来に手を振っていた。もちろん辰馬も一緒に旅の恥は掻き捨てだ。

「坂本辰馬でございます、って感じかのぅ」
「なんだか僕、初めて恥ずかしくなってきてるんですけど…」
「何を言うちょるんじゃ、兄ちゃんとわしの仲じゃろうが」
「どんな仲なんですかっ!」
「どんな仲だってんだよ!」

俺達2人から同時に辰馬に突っ込みが入った。四条通を渡るとすぐそこはピンクのネオンが眩しい繁華街。

「おーっ、キャバクラは京都が一番ええっちゅーのぅ、兄ちゃん」
「それってどこ情報なんですかっ!」
「んー?まァ、口コミじゃのー」

ピンク色のネオンに、えらい喜んでいる辰馬の頭を一発殴ってやった。人力車の上だから、軽くだけど。

辰馬が喜んでた歓楽街をちょっと抜けると、そこはロケなんかに使われる巽橋とか、昔ながらの京都の、祇園の町並みが広がってる。ぼーっと明かりが点いててさ、白川には蛍も出るとかって、もう幻想的な雰囲気って言ってもいいような感じ。

お兄さんお勧めの甘味屋をいくつか教えてもらったから、これは後で銀時にメールしてやろう。

木造では世界最大っていう知恩院の門をチラ見して、またまた車に煽られながら東大路通を進んで行く。八坂神社の門は修理中で…って言っても、もうすぐ、30日には完成披露らしい。

八坂神社の脇から坂道を上がって、下河原通に出て。お兄さんが一番好きだっていう草わらび餅のお店と、洋食屋に親子丼の名店、それからちりめん山椒のお店を教えてもらって。この辺りは、一流どこで修業を積んだ料理人が独立して店を出したがる言わば今一番アツいエリアだったらしい。

それから、再びねねの道に戻ってきて、後ろでレーザービームが出てるのは青蓮院だとか、ねねが実際に住んでた場所だっていう圓徳院の庭をチラ見して、高台寺の入口階段前が終点。

お兄さんのトークとか、俺も知ってることをちょこちょこ言ったりしてたからなのか、1時間なんてあっという間だった。

「花見小路に行かれるんでしたら、そこの石塀小路から下って行ったらいいと思いますよ」
「あ、さっき通った」
「そうなんですか?」
石塀小路は、明治時代に、京都の古きよき町並みを再現しようってことで造られた道らしい。

毛布を外してもらって人力車を降りると、やっぱり少し寒かった。
人力車に乗った記念品は、絵葉書と季節で絵の変わるステッカーと、あぶらとり紙。

次回割引券つきの領収書に、やっぱりペンライトを出したお兄さんが金額を書き込んで、2人で1時間1万5千円なり。払うのは辰馬なんだけど、でも、キャバクラやホストに使う1万5千円のこと考えたら、全然有意義で無駄じゃなかったと思う。

「今日はたぶん並んでないと思うんですけどねぇ」
昨日までの3連休は、高台寺は1時間待ちの行列ができていたらしい。

「もし、万が一ですよ」
並んでた場合は、最初に貰ったパンフレットを出せば、並ばなくていいんだって。マジでか?スゲェな!

「わしの人力車好きが役に立ったのぅ」
アッハッハーって、いつもの調子で大笑いする辰馬。

「でもお前、タクシー代わりだとしか思ってなかっただろ?」
「お?…前も言われたのぅ」
だから誰にだよ誰に。どうせ当時の彼女か彼氏なんだろうから、聞きたくないけどさ。

最後にお兄さんは、自分が今も人力車を引き続けられてるのは、この葉書が来るからだって話をして。俺も、遅くなるかもしれないけど絶対葉書書こうって思った。辰馬に持たせたら、無くしちゃうから、記念品とかと一緒に全部俺の鞄の中へ。『またな』って言い合いながら、お兄さんに見送られて、俺と辰馬は高台寺の階段を昇って行った。

昇り切ったところで見えたのは、そんなに世の中甘くないのよって感じの大行列。だけど本当に、人力車のパンフレットを見せたらフリーパスで券売所まで行けちまった。しかも特別拝観ってとこで受け付けされてさ、ポストカードセットが着いてきてさ。これはスゲェ、人力車の価値、ありまくりじゃん!

人力車に乗ってた1時間で、空は真っ暗になってさ、ライトアップの紅葉がキレイなんてもんじゃねェ。臥龍池の水面には、紅葉が映ってて、俺も辰馬も携帯のカメラで必死に人だかりの中写真撮るんだけど、あー、やっぱりデジカメ持って来なかったのは失敗したよなァ。

「晋、上手いのぅ…」
辰馬が撮った写真を見せてもらったけど、全体が真っ黒で。

「お前、ちゃんとホワイトバランスの設定変えてるか?」
「なんじゃそりゃ?」

携帯のカメラなんか使わないのか?いや、俺の寝顔は撮ってるって…。とにかく、サブメニューにある機能の設定方法を教えてやって。辰馬の身長だと、人並の後ろからでも撮れちゃうんだよなァ。

「右ボタン押したら明るさが5まで行くだろー」
「おおっ!晋、凄いの!わし、こんな機能知らんかったぜよ!」

設定をいじってやったらさ、辰馬の携帯の方が画素数が多いからキレイに撮れてやがって、なんだかちょっとムカついちまった。

霊屋や傘亭、時雨亭まで登って、降りてくる途中の竹林もライトアップされててさ。竹林見て『竹取物語』思い出さない方がどうかしてるってんだよな。竹林の写真も撮ったけど、やっぱり200万画素じゃ限界かァ。小太郎や銀時に写メしてやろうと思ったけど、感動が伝わらないかもしれない。

そのまま竹林を下ってきたら出口で売店があって。

「晋、なんか買うがかァ?」
「とりあえず俺、コレ買う」
「買っちゃるぜよォ」

高台寺花名刺っていう和紙シールだけ買って、出口の階段を降りて行った。拝観のために並んでいる人が出口の方までずっと続いてて、凄い行列で。でもきっと、人力車のパンフレットがなかったら、俺達もまだ並んでたんだろうな。

階段を降り切ったところで俺は時計を確認しながら辰馬の腕を引いた。

「圓徳院行こうぜ!まだ時間あるだろ?」
「えんとくいん?」
「だからっ、さっき人力車の兄ちゃんが説明してくれただろうがっ!」

ねねが住んでたところが圓徳院なんだって!庭がキレイなんだって!お前、何聞いてたんだよっ?って思ったけど、普通の反応なのかもな、これが。俺が歴史好きすぎるだけかもしんない。

「いくらかのぅ…?」
辰馬が拝観料を払おうとするから、さっきの高台寺の拝観券を出して教えてやった。圓徳院と高台寺掌美術館の拝観券がくっついてるじゃねェか。

「おお、晋、凄いの!よく見つけたのぅ」
じゃからさっき無くすなって言われたんかーって笑い飛ばす辰馬。さっきって言うのは、高台寺の特別拝観ってとこで受け付けしてもらってポストカードセットもらった時の話な。鞄の中からやっと、高台寺の拝観券を出した辰馬が一言。

「お姉ちゃん、キレイじゃのう、独身がか?」

無言のまんま俺が振り上げた拳は、思い切り辰馬の頬にヒットした。さっきから高台寺でもこの調子だったけどさ。いくらライトアップしてたって基本は暗いわけ。だから段差のところには係員がいたんだけど、女とみるやいちいち声かけまくるから放っといてたんだ。

「さっさと行くぜ、馬鹿」
イライラしながら半ば辰馬を引きずって圓徳院に入って行った俺だったけど。

「うっわ…」
人力車の兄ちゃん、嘘つきじゃなかったじゃん!

「ほぉ…。こっちの方がえいかもしれんのぅ」
「うん…」

俺も思っちまった。高台寺に比べたら、断然人は少ないし、何より靴脱いで座って見れるわけだし。携帯カメラを用意している間に写したかった樹が暗くなっちまって。

「なんでなんで?」
「晋、今度ライトこっち向いたき」
「待て待てって…」
南庭のライトは、順番にあちこちを照らしていっているみたいだった。

「のんびりしよか」

何周かかけて、とりあえず写真を撮った俺は携帯をポケットにしまって、ぼーっと庭を眺めてた。そこそこ人がいて出入りもある割に静かでさ、みんな見とれてるって言い方が正しいような気がして。ここなら大丈夫かなって思って、そのまま辰馬にもたれ掛かってみたら、手を握られた。辰馬の手は暖かくてやっぱり少し寒いんだけど吹き飛ぶ感じで。

ゆうに20分くらいはそうやって南庭の前に座ってたんだけど、メインは北庭の方だった。枯山水の庭の巨石とライトアップされた紅葉がさ…。もうキレイとか凄いとしか言いようがないんだよな。でも、さすがにメインだけあってここは人が多くて、さすがに並んで座ることなんかできなかったから、写メも撮らずに出て来たんだ。
「晋、こうなったらあの、レーザービームのとこも行きたいのぅ」
「いや、行きたいけど、あと20分で8時だぜ?」
「おぅ、忘れちょったぜよ!」

忘れんなって。でも、それだけ凄かったってことなんだよな。

青蓮院は次回に回して(次回があるのかどうかは別として)、俺達は石塀小路を下って東大路通を渡って、花見小路に出た。さっきの角っこのお店では、ちゃんとカウンターに『予約席』って札があって。

「予約しちょった坂本ですが…、おお、姉ちゃん、変わりないのう!」

ホール係(でいいのかな?)の、お姉さんは不思議そうな顔をしながらも笑顔で迎えてくれて。辰馬の言い分では、3年前の夏に来た時からお姉さんと店長は変わってないらしい。本当に女の人となると忘れない奴だな、コイツは。わざわざ予約したのにカウンターなのは、店長と喋りたかったからなんだとか。

「どこ行ってきたんですか?」
「高台寺と圓徳院じゃき。圓徳院良かったのぅ」
「高台寺はイルミネーションみたいな感じですよねぇ」
「そうそう、途中の中から見るところが。面白かったけど」
ホール係のお姉さんは、料理を運びながら俺達と話してくれる。どうやら、こうやって話せるのはカウンターの特権らしい。

「写真撮る人には青蓮院の方が人気あるんですよねぇ」
「青蓮院って、あのレーザービーム出てるトコだっけ?行ってないんだよなァ…」
「レーザービーム?…ついに青蓮院もそんなことやりだしたか…」
調理の手を止めないままに、店長も話に入ってきてくれる。

「でも今年は、高台寺も1時間待ちくらいらしいし、たいしたことないんですよ」
「今年の紅葉は外れ年らしいですからねぇ」
えっ?あれで外れ年なのかよ?じゃあ、当たり年の時なんか、どんだけキレイだってんだ?

「それがのぅ、人力車のパンフレット見せたらの、並ばんでよかったんじゃ」
「本当ですか?」
「そうそう、まさか人力車にそんな特権があるとはなァ…」

辰馬がタクシー代わりに使おうとしただけなのにさ。ってか、人力車に乗ってなかったら、圓徳院に行ってなかったかもしれない。

「あ、坂本君、えびいも食べる?」
「もちろんじゃき!」

観光シーズンの今は、コース料理しかやってないんだけど、辰馬が頼んだ一品は『後でいい?』なんて言いながら全部出してくれた(多分特別扱いだ)。

そうやって、京都限定ビールを飲んで、俺は鴨料理のコース、辰馬はお造りのコースを食べながら喋っているうちに、店長もお姉さんも辰馬のことを思い出したみたいだった。

「そう言えば、凄い量飲んで食べてはったなァ、前も」
店長の記憶では、辰馬1人でコース3人前くらい食べたらしい。本人もそれを認めるし、飲む量が半端じゃないのなんて今更だ。

「なんじゃったかの、メニューに載っちょらん焼酎あったのぅ」
「ありますよ!夢想仙楽」
「晋も飲むじゃろ?」
「いるっ!」

メニューに載ってない酒の存在を知ってるなんて、常連みたいじゃねェか、お前。

ビールばっかり4杯も飲んだせいか(って言っても京都限定ビールはやたら飲みやすくてまだまだイケる)、トイレに行ったら、ここの店の支店のチラシが貼ってあった。

神楽坂店に赤坂別邸。
なんだ、辰馬のやつ、もしかしてこれでココ知ってんのか?
トイレを出てから辰馬に確認したら、案の定。

「バレてもうたかの。でも、ほんに3年前も来たんじゃよ」
元は東京で行ったのが先だったんだってさ。今度、東京店も連れて行けよな。

辰馬が頼んだ、メニューに載ってない酒は、焼酎なのに、なんて言うのかなァ…。ウイスキーみたいな味わい?俺は、辰馬みたいに酒のこと詳しくないんだけど、なんか水割りにしてるのに香りがいいっつぅか、風味があるっつぅか。とにかく美味しい。

でもお前、ここは祇園だぜ?この酒、いきなりボトルで入れちまって一体いくらするんだろう。辰馬のことだから、大丈夫だとは思うんだけどさ。

花見小路を歩く舞妓さんをパパラッチするヤツはどうなんだ、常識がないんじゃないか、舞妓さんは芸能人じゃないんだぞって話で辰馬と店長が熱く語り合ってて。確かにそうだ、舞妓さんって、あの格好で歩いてるってことは出勤途中なんだからな。無理矢理追い掛けてまで写真撮るなんて、よく考えたら非常識かもしれない。自分がされたら嫌だよな。知らない人に出勤途中にいきなり写真撮らせろって言われるなんてさ。

「そんなに舞妓はんの写真撮りたいんじゃったらのぅ、お茶屋遊びしたらえいんじゃ!」

どこの誰ってこともわからずに撮ってどうするんじゃ、って。でもさ、未だにお茶屋遊びって一見さんお断りの世界じゃねェか。『一見さんお断り』に理由がいろいろあるのは知ってるけど。辰馬はともかく、俺には一生、縁がないかもな。

「でも俺さー、外国人の観光客が『大昔にしかいないと思ってた』って、思わず撮っちゃった…、ってのは嫌いじゃねェけどなァ」

なんか、感動してる外人サン見たら、嬉しくなっちまうのは俺だけか?

「まだ外国人は可愛いげがあるけどの、マナー違反しまくっちょるのはむしろ日本人じゃき」
「そうそう、そして『京都の人はいけずだ』とか言うのも日本人なんですよ」
「いけずじゃないじゃろーが!のぅ、りょうちゃん」
(……………え?)
「あっ、スマン、晋っ!!」

焼酎をぐいぐい飲んでたせいか、さすがの辰馬も、かなり酔っ払ってきてたみたいだった。

(名前、間違えた…?)
「晋、スマン!ほんにすまん!わし、最低じゃき!」

そうか、辰馬はきっと、3年前はその人と来たんだろうな。俺は名前だけしか知らない、辰馬の先輩。フラれてもフラれても、辰馬が好きだった人。

「晋、怒った…かの?」
「別に…」

怒ったって言うよりは、ショックの方がデカくて怒れなかったって言うのが正しかった。
なんだろう、驚き過ぎて声も出なかったけど、後からじんわり襲ってくる。痛ェ。…泣くな、俺っ!

「ほい、あげる」
カウンターの向こうから、俺の目の前に出て来たのは、鮪の造りの端の部分だった。

「店長…?」
「あぁ、醤油出しますわァ」
明らかに、一瞬で雰囲気の変わった俺に、気を遣ってくれているのがわかってしまった。

「…いいの?……ありがとう」
端だから普通には出さないって言ったって、味は変わんねェんだからなァ。いいのかな、ホントにコレ、サービスなのか?

「店長ォ、ワガママ言うてえいかのぅ?…わし、きのこ食べたいのぅ」
「きのこ?すぐできるよ?」

ホイって出て来た陶版の上のきのこ達。この店の営業時間は22時半までってことで、あと40分くらいしかないもんだから、店内はだいぶお客さんが減ってきている。この季節は、飲みに来る客よりも、晩御飯を食べに来る観光客がメインらしくて、その分、食べたらすぐに帰るもんだから回転が早い。そして、普段のメニューの時には、きのこの陶版焼きも一品にあるんだって。確かに、今日の客で、腰を落ち着けて飲みまくってるのは俺達だけだ。

「ほら、晋も食べェ。うまいんじゃよ、コレが!」

なんかもう、辰馬が必死で取り繕ってるのがわかったし、ここで喧嘩したら他のお客さんやせっかくの料理と酒に失礼だよなって思って。それに、焼けてきたきのこ達とバターの香が、お腹いっぱいだったはずなのに、また食欲をそそるんだ。

「それ、きのこ6種類入ってるからねぇ」
「6種類?」
えのき、エリンギ、まいたけ、しいたけ、しめじ、マッシュルーム、ホントだ、6種類だ。

火が通ったところでエリンギからいただくことにする。ヤベェ、マジで美味しい。今度、きのこ6種類買ってきて、家でフライパンで焼いてみよう。

「ヤバイ、このきのこ達、くせになる!」
「じゃろー?」

ホッとした様子の辰馬が食べているのは鯛茶漬け。あれだけ食べた後にまだご飯食べれるって、さすが1回来ただけで覚えられてただけのことはあるよなァ。辰馬がよく食べるなんてわかってたけどさ。
もちろん、美味しいから食べれるってのは言うまでもなくて。俺だって、飲んでるのにコース完食して、それからもかなり食べれてる。
辰馬に毎日のように、『もっと食べェ』って言われちゃってるこの俺がだ。 美味しい料理のおかげか、ガンガン酒も進んでしまって、さっき入れたばっかりのボトルはあっという間になくなってしまった。辰馬も酔ってるみたいだけど、俺も結構キてる。

「もう1本入れたいんじゃけど、閉店じゃからのう…」

どっかバーでも探そうかって辰馬が言い出して。空っぽになった瓶は貰って帰るんだって。陶器でできてるから、これに焼酎入れとくと安いのでも味が変わるらしい。

あれだけ飲み食いして、しかもここは祇園で、一体いくらかかるんだろう…って。払うのは辰馬なんだけど、恐る恐る伝票を横から覗き込んだら、2万円でお釣りが来た。

(えっ?………安すぎじゃない?)
予想価格の3分の1なんですけどっ?マジですかっ?伝票間違ってないですかっ?

「長居してすまんのぅ」
「いえいえ、こんなたくさん食べてもらって!」

間違ってないらしい。なんだこの、究極のおトク感?祇園で、これだけ食べて飲んで、いろんな話教えてもらって2万円?ありえねェ!
俺達は一番最後の客だったから、お姉さんと店長に外まで見送ってもらって、店長の名刺と、全店舗が載ってるチラシを貰って。辰馬は、3年前に来た時に貰って持ってるらしい。

「辰馬、お前、いいとこ知ってんなァ…」
花見小路を先斗町に向かって歩きながら、俺が言った言葉に、辰馬が嬉しそうに微笑んだ。

「あっこなら絶対、晋に喜んでもらえる思うたんじゃよ」
凄く高くて凄く美味しいものってのは、そりゃ東京にはたくさんあるけれど。今日のところは本当に満足だ。

先斗町で2時まで開いてるバーで飲んでいたら、いい気分になってきてどんどん酒が進んで。今日、どこに泊まるのかなんて知らないけど、辰馬さえ潰れなかったらなんとかなるだろうって思いながら、俺の記憶は途中で途切れてしまった。

明日はどこに行くんだろー?


続く



あまりに長くなりすぎるので分けます!






















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