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ヅラの就職試験が大詰めでさ。ここんとこ何日かは、真面目に伯母さんトコに帰ってるんだ。

いつからずっと


銀さんの伯母さんはさ、お登勢って言って、本当は銀さんの生みの母親だった人(だって銀さん顔知らないし)とは腹違いの姉妹でさ。
銀さんとは血が繋がってないんだよね。だから伯母さんって言うよりお祖母ちゃんに近いかなってくらい銀さんとは歳が離れてんだけど。
で、そのお登勢伯母さんは、自宅の1階でスナックを経営してる。あ、この辺の詳しい事情、誰も知らないんだからみんなには内緒ね。

「おい、銀時ー!銀時っ!」
ったくもー!銀さんが珍しく勉強してる時くらい呼ぶなっての!こういう時は決まってるんだ。1階のスナックが忙しいから手伝えって、絶対ソレ。確かに今日は金曜日なんだけどね。

「銀時、さっさと降りて来なァ!」
「わかりましたァっ!」

仕方ないから晋ちゃんに借りた『桃尻語訳枕草子』に栞を挟んで階段を降りて行く。やっぱさ、いくら最近ヅラんとこに入り浸りだって言ってもさ、追い出されちゃったら困るもんね。手伝うのヤダって言ったらさ、すぐ『出てけ』って言うんだよ、あのババァ。いや、銀さん居候だから仕方ないですけど。

1階に降りたんだけど…。アレ?そんなにお客さんの声しないよ?いつも手伝いに呼ばれる時はさ、酔っ払いの声がこの廊下まで響いてるってのに。

「なんだよババァ、そんなに忙しく……」
忙しくないんだったら呼ぶなって言おうと思ったんだけど。店に顔を出した瞬間に、銀さんは、なんで自分が呼ばれたのか、わかっちゃった。

「ヅラ…、晋ちゃん」
カウンターに座ってたのは、よく見知った顔が2つ。

「誰が晋ちゃんだ」
「ヅラじゃない、桂だ」

ほとんど同時に呼び名を改めるもんだからさ、おかしくってついつい笑っちゃった。本当に兄弟みたい。いや、本当の兄弟でいいよ。それだったら、銀さんはさ、晋ちゃんにヅラ取られる心配しなくていいじゃないのよ。

「ってかヅラ、試験だったんじゃないの?」
スーツなんか着てるのも、そのせいなんでしょう?

「とりあえず一段落なんだよ」
「晋ちゃんには聞いてませんー」
「んだとコラァ!」
「落ち着け、晋助!」

どうやら2人はこの店に、わざわざ飲みに来てくれたみたいでさ。ババァが銀さんに接客しろって。自分は煙草吸いながらボックス席に行っちゃった。

「ってかァ、なんで晋ちゃんまで来んのさァ!空気読んでよー」
「んだとォ?何もな、別に俺はここじゃなくても良かったんだぞっ?」
「何ソレ意味わかんなーい」
「脳みそまで糖分になっちまったかァ?」
「やめないか2人共!」

せっかくならヅラ1人で来ればいいのにさァ。なんだってんだよ。だいたい辰馬はどうしたのさ。晋ちゃんの保護者は。

「今日しかなかったんだから仕方ないだろ、銀時」
「だからソレどういう意味?」

ツーンとそっぽを向いて煙草を吸い始めた晋ちゃんに代わってヅラが状況を説明してくれた。
ヅラの誕生日は来週なんだけどさ、晋ちゃんが例年通りヅラの誕生日祝うのに、いつがいい?って、ヅラに連絡したのがコトの発端。晋ちゃんは、『当日は嫌だろ?いつが空いてるんだ?』ってメールしてきたんだって。
それで、ヅラが空いてる日は晋ちゃんが駄目だったり辰馬が駄目だったりで、『今日しかねェじゃん』ってことになったんだって。そんで、『だったら今から銀時のとこ行こうぜ』って、提案したのは晋ちゃんなんだって。

「それってさァ、晋ちゃん…」
「なんだよ、当日飲み会やったっていいんだぜ、俺は」

つまり、銀さんとヅラ、ヅラの誕生日当日は2人っきり…って、コト?2人っきりにさせてくれるってコト?そのために、晋ちゃん、気ィ遣ってくれたってコト?

「晋ちゃんっ!」
「んだよ?」
不機嫌な顔で思いっきり片目が睨みつけてくる。

「ありがとうっ!晋ちゃん大好き!」
「ウゼェ!お前ウゼェっ!」

カウンターに乗り上げて抱き着いてやったら、本気で嫌な顔されたけど。全然恐くないもんね。本当は、晋ちゃんがイイ子だって、銀さんわかってんだから。

「アレ?じゃあ、辰馬も来んの?」
「アイツ、まだ勉強してっから後から来る」

わざわざそのために、バイト代わってもらってるから遅くなるみたい。そういうことだったんだ。1週間早いけど、ヅラの誕生日の前祝いってやつね。

正直さァ、最近『試験だ』とか『面接だ』って、ヅラが毎日忙しかったからさ、誕生日もどうするのかわかんないって思ってて。学校の後ヅラん家行っても泊まらないで帰ってきたり、晋ちゃんと辰馬んとこ行くこととか多かったし。それでも一応26日は空けておいたんだよね。空けといて良かったァ!

『HAPPY BIRTHDAY』とか歌うのは、辰馬が来てからにしようって、3人でダラダラ『歯医者行かなきゃなァ』とか『銀さんは虫歯ないよー』とか、本当にしょーもないこと話してたらさ、1時間くらいで辰馬が顔を見せた。

「待たせたのぉ」

2つ年下の晋ちゃんのために2年間大学院に行くって決めて、そのために勉強しまくってるらしい辰馬はもう6月で暑いってのにジャケットなんか着ててさ、いつも以上に小綺麗な格好してたってことは、またどっかよその大学行ってたのかな。でも、辰馬の手にあるのは紛れもなくケーキ屋さんの箱。

「わぉ!さすが辰馬、わかってるぅ!」
「駄目じゃ!これは桂のじゃろ!」

晋ちゃんの隣に鞄を置いた辰馬自ら箱を開けて、出てきたのは『おたんじょうびおめでとう、こたろうくん』って書かれたチョコが乗ってるイチゴのケーキ。そうそうコレだよコレ。銀さん小さい頃からこういうのに縁がなかったからさァ、昨年の銀さんの誕生日に、辰馬と晋ちゃんのとこでやってもらった時に、ちょこっと涙出ちゃったんだよね。

とりあえずカラオケで『HAPPY BIRTHDAY』を入れて歌ってさ、ヅラが蝋燭を吹き消して。なんかボックス席の方からも『おめでとう』って声が飛ぶ中、銀さんがケーキを包丁で切ろうと思ったんだけど。

「俺、一口でいいからな」
「わしも。さすがにケーキ食べながらは飲めんぜよ」
「なんだよそれー」

せっかくのお祝いなんだからがっつり食べなさいっての!ま、ヅラもそんなには甘いもの食べないし、余ったら全部銀さんが頂くけどねん。

「ってか、ケーキなんか食いながら焼酎飲める変態なんかお前くらいだっ!」
「晋ちゃん!変態はないでしょーが変態は!甘いものはねェ、何とでも合うようにできてるんですぅ」
「いんや、銀時だけじゃろ、アッハッハー」

なんか、辰馬1人増えただけで、お客さんが10人増えたくらいはうるさく…いや、盛り上がる店内。さっきまでムクれてた晋ちゃんも、今は機嫌よく飲んでるし、また辰馬がいろんな曲たくさん知ってる上に、歌上手いんだわ。最近のやつ歌ってたかと思うと、5〜6年前のヒット曲、ボックス席のお客さんが演歌だったら演歌で返す。演歌は、ヅラもノリノリで歌ってたけど。

ボックスのお客さんが帰って、3人に『泊まって行きなァ』ってババァが言ったのは、もう日付も変わった頃だった。

***

3人には先に上に上がってもらってさ、順番にお風呂入っててって、タオルの場所だけ教えて、銀さんはババァと店の片付けしてたんだ。

「いいやつらじゃないのさ」
「うん。…銀さんもそー思う」

カウンターで売り上げの計算してるババァが話しかけてきた。銀さんはボックス席の掃除。

「…で。誕生日だった子がアンタの彼氏かい?」
「へっ?」

思わず声が裏返っちゃった。銀さん、ヅラと付き合ってることはもとより、ババァに『男も好きだ』って、話したことないんですけど?

「今更隠すんじゃないよ。あんなデレーっとした顔しといてさ」

だいたい、あのデッカイのとチッチャイのはデキてんだろ?ってさ。さすがン十年も水商売やってるだけのことはあるよね、よく見てるわ。でも、それ本人らの前で言うなよババァ!特に『ちっちゃい』のは気にしてんだからさ。

「銀さんさァ…」
大学行くことになって、東京まで出てきて。1人でいいから友達できたらいいなァって思ってたんだァ…って話したら、煙草に火を点けながらババァに笑われた。

「お前はそんなに友達いないのかい?」
「あいつらみたいのはいなかったの!」

田舎だったんだからしょーがないでしょ!本人の意思とは関係なく個人情報はご町内に垂れ流しなんだからねって言ってやったら、ババァもなんとなくわかってくれたみたいだった。

「それに、さ」
あいつらみたいなのは人生でもなかなか見つけらんないと思うって銀さんが呟いたら『いいんじゃないのかい』って言葉が返ってきた。

正直、銀さんは、ついこないだまで、1人でも生きていけると思ってた。1人が普通過ぎて、当たり前になってて、寂しいって感情が、麻痺してた。

「いつの間にか、あいつらに囲まれてて」
あいつらの周りにもたくさんの人がいて。いつからか、もう1人でなんか生きてなんていけないって思うくらい、みんなと離れたくないって思うくらい、銀さんは弱くなってた。

「弱くなったんじゃないだろ」
それは強くなったんだって、大事なモンがわかるようになったってのは強くなってるんだって、ババァに言われて。銀さんはちょっとだけ、目頭が熱くなっちゃった。

「ババァ…」
「誰がババァだよ」
だってババァじゃん。…って、それは置いといて。

「銀さんに、こっち来てもいいって、言ってくれてありがと」

東京に出てきて1年と3ヶ月が経ったけどさ。正直に銀さんがババァに感謝の言葉を言ったのは初めてかもしれなかった。

ババァが『来れば』って言ってくれなかったら、銀さんはきっと、住み込みの工場作業員とかになってたと思う。もしかしたら、友達はできたかもしれないけど、今みたいな楽しい生活なんて絶対なかったよね。だって銀さん、ぶっちゃけ今、一番幸せだもん。

「どうしたんだい?」
明日は雪が降るよってあのなァ!たまに銀さんが素直になったらソレですか?二度と言わねェぞコノヤロー!

「まァ、せっかくできた仲間なんだから、大事にしな」
せいぜいフラれないように頑張りなァって。それは余計なお世話だよ、もうっ!言っときますけど、超ラブラブなんですからねっ!銀さん、愛されちゃってんだから!

「でも本当さァ」
あいつらは、銀さんよりずっと、幸せがいいなァってぼやいたら、お前も一緒に幸せになりなって言われて、本気で泣きそうになった。いや、正しくはちょっとだけ泣いちゃった。

片付けを終えたババァが『さァ、もう寝るよ』って、煙草を灰皿に押し付けながら立ち上がった時、廊下から盛大に誰かがコケた音が響いた。

「どけっ!重いっ!馬鹿っ!」
「すまんすまんー!大丈夫がかァ?晋」

この声は『でっかいの』と『ちっちゃいの』の馬鹿ップルじゃない。もしかして階段から落ちたり、してないよねェ?

「…辰馬、晋ちゃん、何やってんの?」
慌ててババァと廊下を覗いたら、自分の下敷きになった晋ちゃんを、辰馬が助け起こしてるとこだった。

「い、いや、トイレ行こうと思って…」
「晋と駅弁の練習を…」
「死ねっ!」

うわ、今の絶対痛そう…ってくらい、マジで辰馬殴られてるよ。

「風呂上がったぞ。…どうしたんだ?」

一番風呂に入ってたヅラが上がってきた。あーあ、一緒に入りたかったのになァ。だってほらさ、どうせもうババァにバレちゃったし。

「おー、次はわしらじゃの!晋、一緒に入るろー」
「家じゃねェんだよ馬鹿っ!」

もう一発辰馬は晋ちゃんに殴られてるけど、全然メゲてない。さすが辰馬。

「ってかお前達、さっさと入ってさっさと寝なっ!」
ババァの一喝で、辰馬もおとなしくなって、銀さん達は4人でとりあえず2階に上がった。

面倒臭いから、布団は2組しか敷かなかったんだけど、結局辰馬と晋ちゃん、一緒にお風呂入ってんじゃん。風呂場でヤルんじゃねーぞォ。

***

小太郎が最初に風呂に入ることになって、俺はトイレに行こうと思った。あれ?トイレどこだっけ?…ああ、階段の下にあったアレかなって思って、1階に降りて行ったら、廊下に辰馬が1人で立っていた。

「たつ…」
何やってんだ?って、聞くより早く、口を辰馬のでっかい掌で押さえられて、後ろから抱きしめられた。

『あいつらみたいなのは、なかなか見つけらんないと思う』
店の方から聞こえてきたのは、呟くような、銀時の声。

『いいんじゃないのかい』
伯母さんと、2人で話してるみたいだった。お前な、立ち聞きなんかしていいのかよ?

『いつの間にか、あいつらに囲まれてて』
離れたくないって思う程、銀さんは弱くなっちゃった、って。

俺を後ろから抱えてる辰馬を見上げたら、すっげェ柔らかく、微笑んでいた。

『大事なモンがわかるようになったってのは、強くなってんだよ』
銀時に向けられた伯母さんの言葉が、俺の心に直接刺さって感情を抉って俺はつい、俺を抱えてる辰馬の腕を握っちまった。

『銀さんに、こっち来てもいいって、言ってくれてありがと』
…なんか、こんなの聞いちゃってたらヤバくない?あの銀時が、素直に『ありがとう』だぜ?ほら、伯母さんも雪が降るとか言ってるし。

辰馬に、2階に戻ろうって、目線と身振りだけで合図して。俺は辰馬の腕を離れて上に上がろうとしたんだけど。そこでいきなり、もう一度辰馬に捕まって、思い切り抱きしめられてキスされていた。

「わしが一番大事なのは晋じゃからの」
耳元でなきゃ聞こえないくらいの小さい声でそう囁かれて。ここが真っ暗闇の中で良かったと、心底思っちまった。だって、そうでなきゃ真っ赤なのがバレまくりだろ。

「俺だってなァ」
お前が大事なんだって、この暗闇の中でなら言えるかと思ったけど、それより早く『さァ、もう寝るよ』って声が聞こえてきた。

(ヤバイ…)
あんなシリアスな内容、立ち聞きしてたなんて最低じゃん?慌てて2階に上がろうとしたらさ、辰馬もおんなじこと思ったみたいで2人同時に階段を昇りかけて。同時に壁と壁の間に挟まって、ぶつかって、そのままコケた。

しかも俺の上に辰馬が乗る体勢で。

「どけっ!重いっ!」
「すまんすまんー!」

さすがに物音で銀時も伯母さんも、風呂から上がった小太郎まで出てきてさ。辰馬が馬鹿なこと言うからとりあえず殴っといた。

どうやら立ち聞きしてたのはバレなかったみたいなんだけどさ。大学来て、仲間がいっぱいできて。良かったって思ってるのは、銀時も一緒なんだなァって。いつもより狭い布団の中で辰馬の腕に抱かれながら、いつもはヘラヘラしてて、本音を言わない銀時の心の中を覗いてしまったような、そんな気がした夜だった。


END



拾萬度第2弾は「その他」の、銀時+お登勢です!お登勢出てきたの初めてかも…!
第3弾こそ桂銀やります!(先に書き始めたのに挫折して、こっちが先に仕上がった…)






















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