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※「BLEED LIKE ME」の続きです

今は抱きしめて


昼過ぎに、学校行ってくる、と土方が出て行って、部屋には俺と沖田2人になった。

「沖田ァ、お前、受験生だろ?勉強しろよ?」
俺は寝るから気にするなと言ったら、高杉は学部ドコでさァ?と尋ねられた。

「文学部。…お前は理系っぽいな」
「当たりでさァ。じゃあ、高杉って古典とか得意ですかィ?」
「古典?大好きだぜ?」
「教えて下せェ!」
そんなわけで、土方が帰ってきた時、俺と沖田は、寝転がって(俺が座るのがツライから)古典のワークブックを解いていた。

「だからな、この格助詞は尊卑を現す使い分けがあるんだよ」
「意味わかんねェでさァ」
「だからだなァ、ここは『奈良のみかどの』って『の』になってるだろうが」
覚えるしかねェんだよ、こんなモンは!覚えりゃできんだからっ!数学だって、公式覚えなきゃ何にも解けねェだろうがァ!

「…お前ら、何やってんだ?」

ワークブックの前に座られるまで、俺は土方が帰って来ていたことに気付かなかった。

***

朝になって、沖田はここから真っ直ぐ学校に行ったらしい。

ようやく目覚めて、なんとか梯から降りると、テレビを見ながら土方が煙草を吸っていた。まだ、頭がはっきりしないせいで、何度か梯から落ちかけた。

「おはよう」
「お、オハヨ…」
「本当にお前って寝起き悪ィんだな。朝飯いるか?」
俺は首を横に振った。まだそんな、お腹がすく程ハッキリした目覚めじゃない。

昨日、大学に行った帰りに、土方が買ってきてくれた湿布と傷薬のおかげで身体はだいぶ楽だ。
フラフラしながら(これはもちろん寝起きのせい)鞄の中をあさってみると煙草が切れている。これがなきゃ目覚めないってのに。

「これでよかったら吸えよ」
土方が、テーブルの上のマルボロを渡してくれた。

「いいのか?」
「1本くらい気にしなくていいぜ。後で買ってきてやるよ」
「…ありがとう」
吸い慣れた銘柄の方がいいに決まってるとは言え、今は吸えるなら何でもいい。

ボーっとしながら、いつもとは違う味の煙をくゆらせていたら、テーブルの上の、見慣れたレポート用紙に気がついた。あれ?俺、あんなの持ってきてたっけ。いや、7月になってから、ようやく買ったようなモノ、持って来るわけがない。

「土方、お前って、もしかしてさ…」
大学一緒だったりなんかしない?

***

やっぱり俺と土方は、大学が一緒だった。学部のところの、ラインの色だけが違う学生証を見せ合って2人で笑った。世間って狭いんだな。

「高杉、お前文学部って、頭いいんだなー」
「んなことねェよ。土方は経済学部かよ」
経済学部と聞いて、反応しなかったわけじゃない。だけど、土方は経済学科だった。辰馬は経営学科だし、学年も違うし、きっと知らないだろう。

「高杉の彼氏も、学内にいるのか?」
土方に聞かれて俺はちょっと動揺しながら首を縦に振った。

「総悟のヤローもなァ、うちの大学来るって言ってんだけど…あいつ理系だから、隣なんだよな」
隣とは、校舎が隣というわけではない。駅が、隣の駅という意味だ。だいたいどこもそうなのかもしれないけれど、大学の敷地ってのはやたら広くて、理系の校舎へ行くには、隣の駅からの方が近いくらい離れている。

「でも、違う学校とか、ましてや地方とか行かれるくらいなら…、学内なんだから、全然近いぜ?」
土方と沖田を見ていたら、昨年の俺と万斉みたいだと思った。ただ、こいつらが違うのは、土方が遠くへ行かなかったこと。

「受かればの話だけどな」
眉間にシワを寄せながら、土方はまた煙草に火をつけた。土方は土方なりに沖田を心配しているみたいだ。当然だけど。

「沖田なら、要領良さそうだから、大丈夫なんじゃね?」
「そうだな、アイツ要領いいからな」
昔から、と土方はようやく笑った。昔から、と言える程、長く一緒にいられるのが羨ましい。俺は、まだ、ここ半年分の辰馬しか知らない。いろいろ話してはくれるけど、俺は、全然辰馬のこと、まだ知らない。

今回みたいなことが続くようだったら…。辰馬は、いつまで俺の側にいてくれるんだろう。いや、黙ってたって、辰馬は俺より先に卒業する。辰馬が、卒業して、地元に帰ってしまったら…俺は、どうしたらいいんだろう。

そのことに、俺は今突然気付いてしまった。

辰馬が地元に帰ってしまったら。あのマンションでは、もう一緒には暮らせない。また俺は置いて行かれる。万斉は京都だったけど、辰馬は高知だ。もっと遠い。しかも、帰ってこない。

「っ…くっ…」

いきなり泣き出した俺に、土方が慌てている。当たり前だ、今の今まで、笑って話していたのだから。
「お前、どうしたんだよ、急に?」
膝に顔を埋めて、体育座りのまま、首を横に振ったけど、土方はどうしたらいいのかわからず困っている。こんなところで泣いたって仕方ないのはわかっている。だけど、涙は全然止まってくれなくて。

「なんだかよくわかんねェけど、泣きたいだけ泣けよ」
体育座りのままの俺を引きずって、自分の身体の前に持ってきた土方は、後ろから俺を抱いてくれた。背中に土方の体温を感じる。

「話したくなったら、話してくれたらいいからよ」
俺は、土方に甘えて、泊めてもらって、こうやってまた、泣かせてもらって。なんて駄目な奴なんだろう。

わかっていたけど、なかなか涙は止まらない。辰馬が好き、辰馬が好きだ。なんで俺はここにいるんだろうって、思ってしまうくらい辰馬が好きだ。だけど、辰馬は今怒ってるから、帰れないから。 俺がマンションを出てきた一昨日から、小太郎や銀時からの着信はあるのに、辰馬からはまだ、1回もかかってきてないから。このまま、俺と辰馬は終わってしまうのかもしれない。だけど、今辰馬が迎えに来てくれたって、いずれ辰馬は先に卒業するんだ。

泣き疲れるまで、そうやって泣いていたのに、土方はずっとくっついててくれた。
「土方、お前なんでそんなに優しいんだ?」
ようやくちょっとだけ顔を上げたら、そのままの体勢で、土方が俺の肩に顎を乗せて応えた。

「総悟が、高杉を連れて来たからだ」
沖田が連れて来たからって、理由になっているようでなっていない気がする。

「総悟のヤローが、3Pがしたいとか、言い出したのが、2年くらい前なんだよ」
おいおい、沖田、2年前って、高1で3Pとか言うのかよアイツは。ってか、沖田と土方って、付き合い長ェんだなァ。やっぱり羨ましい。

「だけど、言い出しただけで全然で」
沖田が、言ったそうだ。『俺の大事な十四郎を、そんじょそこらの奴になんか触らせたくないでさァ』と。だから、沖田が誰かを連れて来た時は、選びに選んだ人間なのだと、そこまでして、沖田が選んだ相手のことは、最初から信じようと、土方は決めていたらしい。

「で、その一番初めが高杉なんだ」
沖田が、そこまで俺を買ってくれているとは思わなかった俺は唖然としてしまった。
「だから高杉が、総悟に話した高杉のことは、俺は全部聞いてる」
まさか、あんなボロボロで来るとは思わなかったけどなと土方に笑われた。

「悪かったな」
「悪くねェよ。お前のせいじゃねェし」
だからな、とそのままの体勢で続ける土方。

「お前の彼氏は何やってんだろうなって思う」
俺と総悟は、喧嘩を1日以上引きずったことはねェ、と土方は言った。
なんでも言い合える、沖田と土方ならそうだろうなと思った。

「電話とか、かかって来ないのか?」

俺は無言のまま頷いた。もうすぐ電池が切れそうな携帯を確認してみたけど、やっぱり小太郎と銀時だけだ。一番欲しい着信だけがない。

「辰馬、きっとまだ怒ってっから」
辰馬が怒ってしまった時に、どうすれば許してもらえるのか、どうすれば仲直りできるのか、付き合ってから初めて喧嘩した俺には全くわからない。今回のが、喧嘩かどうかはさておき、普段怒るなんてことの全くないやつだから。しかも、あの笑顔の裏で考えていることは、未だに小太郎ですらわからないと言う辰馬だから。

「高杉、なんで今回飛び出してきた?やっと想いが通じ合った仲なんだろ?」

そうか、土方は、俺が沖田に話したことは知ってるんだ。気になる奴がいるってところから、一緒に住み始めたことや、付き合うことになった時も全てリアルタイムで。辰馬と付き合いだしてから、沖田からのメールが入っても、俺は2、3回断っているから。前に話した奴と、付き合うことになったから沖田とは会えねェよ、って断ったから。

そう考えたら、沖田は俺のこと、特別だと思ってくれてたのに、俺は沖田を、セフレとしてしか見てなかった。どうせ自分は、沖田のセフレの中の1人なんだろうとも思っていた。俺って最低だな。

「幼なじみの小太郎って奴がいて…」
「ああ、聞いたことあるな」
俺は、なんで辰馬のマンションを飛び出してきたのか、たった1枚の写真から始まった話を、全て土方に話して聞かせた。と言っても、事件とか、喧嘩とかいうこともない話だからすぐに終わってしまう。

「…………それだけ?」
案の定、土方は口をポカンと空けて呆れ返っていた。

「そう、それだけ」
ピシピシっと、土方の額に筋が浮かんだ。

「高杉、もう、お前帰る必要ねェ!俺と総悟で、その辰馬ってヤロー叩きのめしてやる!家教えろ!」
すごい勢いでそう言った土方は、部屋の奥に立ててあった木刀を持ち出した。
「い、いや、それは」
あー、なんか土方、本気で怒ってる?木刀とか、物騒なんだけど。何こいつ、もしかして剣道部かよ?そういえば沖田も、助けてくれた時、木の棒見つけた瞬間から急に強くなってたような。

「バイト先でもいいぜ?総悟の奴、よく知ってっから、店の名前だけで探してやる」
本当の本当に本気だよ土方は。
「いや、いいから、大丈夫だから!」
「なんでだよ?高杉は全然悪くねェだろうがよォ?」
俺はなァ、もっと、どっちも悪いだろっていうような、ド派手な喧嘩やらかしたんだと思ってたぜ!と息巻く土方。

「いいんだよ土方!…だってさ、どうせ、辰馬は先に、卒業しちまうんだ」

「高杉…」

「アイツ、ボンボンだし長男だからさ、…きっと卒業したら、地元帰ると思うんだ。どうせ置いて行かれるなら…」
楽しい思い出が、少しでも少ない、今別れてしまった方が、いいのかもしれない。このまま、再来年の3月まで一緒にいるよりは。

でも、さすがにそれを、口に出して言うことはできなかった。口に出してしまったら、本当になりそうで。こんなところでも、そこまでわかってしまった今でも、何かを信じていたい俺がいる。口に出して言うことのできない、俺がいる。

「わかったわかった。好きなだけ、ここに居て、いいからな」
ポンポンと頭を撫でて、土方はようやく木刀を戻して座った。

「んー、今日は俺、学校サボりだな。あ、後でバイトだけ行くから、煙草はその時でいいか?」

こくんと俺は頷いた。

「あ、でも、俺もう大分いいから、自分で買いに行くし」
「そうか?無理すんなよ?まだ顔の痣だって消えてねェし」
ホラ、と見せられた鏡。治りかけで色の変わってきた痣は、自分で思っていたより大きかった。

「……やっぱ、頼む。ごめん」
「だろ?」
これが、高校の途中までなら、全然平気だったのに。あ、アレは殴り合いの喧嘩の痣だったからだろうか。

痣のことばかり考えていた俺だったけど、その時土方は、全然別の心配をしてくれていたことを、俺は知らなかった。俺はまだ、自分が抱えてしまったトラウマに気付いてもいなくて。

「高杉、充電」
俺の携帯から機械音が鳴って、電池切れを知らせている。
「充電するか?…いや、できねェや。やっぱ俺、コンビニ行ってこようか?」

俺は、立ち上がりかけた土方を止めた。
「いい」
「どうして…?携帯ないと、困るだろ?」
俺は、土方の袖を掴んだまま首を横に振った。

「どうせ、辰馬から着信ないから…。携帯開くたびに、着信なくてへこむくらいなら、電池切れでいい」
「…そうか」

土方はまた、俺の隣に座って頭を撫でてくれた。
辰馬がよく撫でてくれるけど、それは辰馬がしてくれるから、気持ちいいんだと思ってた。
だけど、本気で相手のことを想ってする行為ってのは、される行為ってのは、ちゃんと、気持ちが伝わるもんなんだと、この時俺は知った。

「土方、バイトって、何やってんだ?」
「俺かァ?家庭教師」
「ふーん」
家庭教師なら、髪の毛赤いまんまでも、できるかなァ?いやいや、俺は教えるの嫌いだから、きっと向いてないな。

***

高杉がウチに来てからすでに一週間。だいぶ痣も目立たなくなったし、何より意外や意外、小さい頃から両親が共働きだった高杉は料理が上手かった。帰ってから、飯ができてる生活なんて、中学以来だったからなんだかすごく楽しみで。難題は山積みだったけど、とにかく、俺は嬉しかった。

経済学部棟の、喫煙所で煙草を吸っていたら、小学校の時から知ってる近藤さんに会った。学部だけは一緒だからな。学年も学科も違うけど。

「トシ!久しぶりだなァ!ここにいるはずなのになァ!」
授業が、ひとつも被ってないと、大学生ってのはたとえ同じ校舎にいたって全然会わないもんだ。
「元気そうだな、近藤さん!」
「飯は?食ったか?」
「いいや、俺はまだだ」
「一緒に食うかァ!」

近藤さんの実家は、剣道の道場をやっていて、小学生の時に、そこに通い始めたのが、俺達と、総悟の出会いだった。それ以来俺は近藤さんを、実の兄のように慕っている。

「トシ、聞いてくれるかァ?」
また女にフラれた話かな。近藤さんは、男気のある、いい人だとは思うんだけど、なんたって恋愛に不器用なんだ。
いや、女なんて全く知らない俺が、偉そうなことは言えないんだけど。

「うちのゼミの坂本って奴がいてな」
あれ、今回は女の話じゃないらしい。

「同棲してた恋人が出て行ったって、ヘコんでヘコんで気持ち悪ィんだわ」
「出てったってくらいだから、そいつの自業自得だろ?」
食堂に並んで座って、俺と近藤さんはAランチを食べた。

「元々ウザイ奴ではあったんだが、何せ明るい奴でなァ。ムードメーカー的な存在だったんだよ、うちのゼミでは」
出てって1週間らしいわァと近藤さんが溜息をついて、何かがひっかかったけれど、なんだかわからなかった。

「その、ムードメーカーが暗いから気持ち悪いのか?そこまで落ち込むんだったら、電話なり何なりして、さっさと謝ったらいいだろうが」
俺と総悟なんて、未だに1日以上喧嘩引きずったことないぜ?と、俺達のことを知っている近藤さんだから言ってやった。参考にはならないかもしれないけど。

「ああ、そうだなー!総悟元気してるかァ?」
近藤さんにとっては、総悟は俺よりも弟みたいなものだ。道場に入ったのは総悟が先だったし。

「相変わらず。あいつ今年、ウチ受験するんだぜ。まァ、アイツは理系だけどな」
「総悟もそんな年になったかァ!まったくなぁ、坂本も、お前らみたいに、仲良くやればいいものをなァ!」
ん?何か、その言い方おかしくないか?
近藤さんの友達だから、坂本ってのは男だと決めてかかっていたが、俺らみたいに、って、どういうことだ?

俺の疑問は、すぐに解消された。

「トシぃ、男同士って、そんなに難しいのか?」
近藤さんが、周りに気を使って、小声で俺に聞いてきたからだ。
「近藤さん…その、坂本ってやつ」
「あ、言ってなかったか?坂本は男でも女でもいいらしくてな、出て行った恋人ってのは男なんだ」
昨年までおりょう先輩にベタ惚れだったんだがなァ〜と笑う近藤さんの声は耳には入って来ない。

まさか、そんなに世間が狭いハズはない。だけど、総悟とネットで知り合った高杉が俺と一緒の大学だった、っていう方が、これより凄い確率じゃないか?だって、高杉の彼氏は学内で、年上で。それにさっき、恋人は出て行って1週間だって?

「近藤さん…その、坂本って奴、下の名前は何てェんだ?」
「んー?坂本かァ?…確かな、『辰馬』だよ」

きた!!

こんな近くで、繋がっていただなんて!
「近藤さんっ!」
俺は、近藤さんの両肩を掴んで叫んでいた。

「その、坂本の電話番号知ってっか?」
「どうしたんだトシ?そ、そんなに迫られても、俺にはソッチの気は…」
「知ってんのか知らねェのか?」
「し、知ってる。1回の時から、仲、いいから…」
「今すぐかけてくれ!」
「え?え?」
「今すぐだ!」

よく坂本のマンションでは飲み会が行われていて、近藤はしっかりそのメンバーに入っていたし、家から学校の遠い近藤は、よく坂本の部屋に泊まっていた。近藤のバイト先と学校と坂本のマンションがそこそこ近いのもあって、シャワーを借りに行くなんてこともザラだった。

「トシ…坂本と知り合いか?」
「知らねェ。会ったこともねェ」
もの凄い剣幕に押され、電話をかける近藤は、呼び出し音が鳴っている間に尋ねたが、土方は腕を組んだまま、いつも以上に激しく瞳孔を開かせていた。はっきり言ってコワイ。

「あ、坂本?近藤だけど。今な、俺の後輩が、お前に連絡取りたいって…急用みたいで…」
モタモタ話している近藤さんの携帯を奪い取った。

「テメェが大馬鹿ヤローの坂本辰馬か?」
『なんじゃ?いきなり呼び捨てがか?失礼なヤツじゃのぅ』
「テメェなんざ呼び捨てで十分だ!5年も前の写真で、くっだらねェ嫉妬しやがって!」
その一言で、坂本が黙りこくった。

『おんし…何か知って…』
「テメェは高杉の気持ち、ちょっとでも考えたことがあんのかよっ!」
俺があんまり、会ったこともないと言った相手に対して怒鳴りつけるもんだから、近藤さんに携帯を奪われた。

「すまん、坂本!トシは、普段はこんな奴じゃ…」
『近藤、今どこじゃ?』
「えっ…、8号館の食堂」
『今から行く!』
そうして、通話は切れた。

「トシ…、今から来るって」
「ァあ来い。殴ってやらァ」

***

桂と銀時に両端を挟まれて、いつものテラスで坂本はテーブルに突っ伏していた。
高杉がいなくなって一週間。相変わらず携帯は繋がらない。

「もー、モジャうざいからー」
「そんなに泣くなら最初から俺なんかに嫉妬するな」
この一週間、当然のように坂本の部屋での飲み会はない。坂本は、抜け殻の別人のようになって、二言目には晋助晋助と言っていた。

「おんしら、晋が心配じゃないがか?」
「俺達はオメーより、最初から心配してただろうがよォ」
きっと、電話が繋がっているうちに、坂本がかけて謝っていればこんなことにはならなかったのだ。

「…誰じゃ?近藤か?」
携帯が鳴って、2人の前で坂本はその電話に出た。

「なんじゃあ?連絡事かのぅ?飲み会なんかしたくないぜよ〜」
『今な、俺の後輩が、お前に連絡取りたいって』
「おんしの後輩なんか知らんぜよ〜?」
『急用みたいで…』
しかも急用ってなんじゃ?と思ったら、近藤の声が途切れて相手が変わった。

『テメェが大馬鹿ヤローの坂本辰馬か?』
いきなりの第一声。正直、かなりムカっときた。知らない奴に、そこまで言われる覚えはない。

「なんじゃ?いきなり呼び捨てがか?失礼なヤツじゃのぅ」
どうせ、こんな口の聞き方も知らない奴の急用なんてたいしたことないはずだと思った時だった。

『テメェなんざ呼び捨てで十分だ!5年も前の写真で、くっだらねェ嫉妬しやがって!』
見ず知らずの人間が、どうしてそんなことを知っているのだ。
「おんし…何か知って…」
『テメェは高杉の気持ち、ちょっとでも考えたことがあんのかよっ!』
なんじゃ、この、近藤の後輩は晋助の知り合いか?

「おんし…」
『すまん、坂本!トシは、普段はこんな奴じゃ…』
電話の相手は、近藤に戻ってしまった。

「近藤、今どこじゃ?」
8号館の食堂だと、近藤は答えた。
「今から行く!」
急いで通話を切って立ち上がった。

「どーした?辰馬?」
「桂、銀時…。晋が見つかったかもしれん!」
「何?本当か?」
「マジでか?」
走る坂本の後ろを、桂と銀時も追い掛けた。

***

扉が開いた時、高杉は狭いキッチンで夕食の準備をしていた。

「おかえり!早かったな!」
「晋助っ!!」
土方の後ろにいた坂本が、大声で、靴を脱ぎ捨てて駆け込んできた。

「うっ…あああああーっ!!」
悲鳴を上げながら、高杉は部屋の中へ逃げるように走ってゆく。
「なんでじゃ、晋!」
ただでさえ、坂本は声がデカイのに、今は必死だから余計だった。

「晋!晋!」
坂本が高杉の腕を掴んで激しく揺さぶった。

「やだ…嫌だ…やめろおっ!!」
しゃがみ込み、小さくなって震える高杉。ぶるぶる震えたまま、掴まれていない方の手で、顔を隠して、これは明らかに泣いている。

「やだ、来ないで、嫌だ、やめてっ…」
「晋…どうしたんじゃ…?」
掴んだその腕に、うっすら遺る痣に、坂本はようやく気付く。

「アンタが大声出すからでさァ!」
ロフトの上から飛んできた何かが坂本の頭に直撃した。

床に落ちたそれは、高校の物理の用語集。分厚い本の角がマトモに当たって、さすがの坂本もよろけて高杉の腕を離した。
身軽に、何段か飛ばしながら梯を降りて来たのは制服のままの沖田だった。

「総悟、来てたのか」
「土方、ちゃんと説明してから連れて来やがれィ」
「説明したからっ!」
その大きな声に、高杉は、またビクっと身体を震わせた。
とりあえず土方は無理矢理坂本を下がらせ、沖田と共に震える高杉に近づいて行く。

「嫌だ、来るな…来るなっ!!」
「大丈夫でさァ。何にもしやせんぜ」
両手を振り回して暴れる高杉を、2人がかりで押さえつけた、…というよりは、やわらかく抱きしめていた。

「もう大丈夫でさァ」
何度も何度もそう繰り返し、高杉の頭を撫でる沖田。坂本は、床にへたりこんだまま、ただその光景を茫然と見つめているしかできない。

「やだ、嫌っ、…助けてっ、うっ、ふっ」
「もう大丈夫でさァ」
しばらく時間がかかってようやく、何も見えていなかった高杉の隻眼に色が戻り始める。

「…?た、つま…?」
まだ震えたままだが、確実に高杉の瞳は、坂本を捉らえたようだった。

「恋人がレイプされてるって時に、のうのうと同伴なんぞしてた大馬鹿ヤローの彼氏はアンタですかィ?」
「やめろ沖田、聞きたくないっ!」
自分の両耳を塞いで高杉が叫んだ。

「レ…レイプ…?」
限界まで目を見開いた坂本が硬直した。

「そうでさァ!高杉の嫌いなデブとガチムチ体型の男、5人がかりでねィ」
「やめろ沖田っ!」
玄関から、中には入れずにいた近藤、桂、銀時の3人も、ちゃんと詳しくは聞かなかった土方ですらも、これには言葉を失った。

「ガチムチ体型って何だ?」
「あー、アンタをもっと2倍くらいのマッチョにした感じ」
玄関の近藤が呟いた言葉に、銀時が答えている。

「俺と、たまたま待ち合わせてなかったら、どうなってたかわかりやせんぜ」
「それ以来、大声出されると、今みたいに怯えるから、だから気をつけろっつったんだ」
沖田の言葉の後に土方が続いた。

「晋…、晋っ」
名前を呼びながら、這うように3人に近づいていく坂本の声に、だんだんと涙が混じってゆく。
「晋…、ごめんの、晋…っ」
「辰馬ァ」
僅かに伸ばされた震える手を引っ張り、坂本は思い切りきつく高杉を抱きしめた。

「晋、晋っ、ごめんの!ほんに、わしは大馬鹿野郎じゃ…」
坂本にしがみついて、声を上げて泣く高杉を見て、沖田と土方は、ホッとしたような、寂しいような、複雑な気分になる。
床に落ちたまんまだった物理の用語集を拾いながら、土方は玄関の3人に声をかけた。

「入ってこいよ」
8畳あるとは言え、さすがにワンルームに男7人は狭いけれど。
「近藤さん、久しぶりでさァ」
沖田と近藤が言葉を掛け合った。

「ねェ…沖田君って、沖田君だよね?」
一番端に座った銀時が、まじまじと近藤と話す沖田を見つめている。

「…アンタ、もしかしてパー子ですかィ?」
「パー子ォ?」
土方や近藤の声に笑ったのは桂1人。坂本と高杉の2人は、まだ部屋の一番奥で、抱き合ったまま泣いていたから。

「沖田君、高校生だとか、聞いてないんだけど」
「そりゃ、ニューハーフの店に遊びに行って、酒飲んでそんなこと言う馬鹿いやせんぜィ」
ケロっとした顔で言い放つ沖田。

「笑うんじゃないわよ!アンタだってヅラ子でしょおっ!」
オカマ言葉を使いこなす銀時は、くねくねと女の仕種をしてみせた。

「俺は無理矢理だ!」
負けじと言い返す桂だが、女装さえすれば一転、銀時以上に女らしくなる。

「君達…、さすが坂本クンの友達だね…」
引き攣った笑みを浮かべる近藤は、この中で一番、そっち方面はマトモかもしれなかった。
「失敬な!俺は無理矢理やらされただけでノンケですから」
桂があくまでも言い放つ。

「あんまりデカイ声出さねェでもらえますかィ?」
高杉を気にしながら沖田が言ったが、坂本の腕に抱かれて大丈夫そうだった。
「総悟、お前ニューハーフも行ってたんだなァ」
「あれ?言いませんでしたかィ?」
土方が溜息を尽きながら沖田と向き合った。

「綺麗な銀髪で、顔もイイってのに、やたら下ネタ連発のヨゴレオカマがいるって、言いやしたぜ」
「……。あ、聞いたかもしれない」
「ちょっとちょっと、なんなのその銀さんの紹介は?」
ヨゴレオカマって何なのよ?と銀時が文句を言った。

「俺は土方に嘘はつきたくないんでさァ」
なんだか、いつまでもベタベタ離れない高杉と坂本を見ていたら、ムカムカしてきた沖田である。土方の腕を引っ張って、倒れ込んできたところを、自分にもたれ掛かるような体勢を取らせた。土方は、突然のことに赤くなりながらも、沖田の腰に恐る恐る腕を回してみる。普段そんな風には、なかなか甘えさせてくれないのに、と思いながら。

「沖田君、土方君、ほんに、ありがとう」
呼ばれて見ると、デカイ身体を丸めて坂本が土下座していた。

「俺らは高杉が好きだから、構いやせん」
「そうだ、もう帰るなって言ったんだ、俺は」
沖田と土方の、坂本に対する視線はとにかく冷たい。

「大声に怯えるだけじゃないですぜィ?1人じゃコンビニも行けやせんぜ、今」
「毎晩うなされてるし、ご飯もあんまり食べれてねェ」

坂本が頭を上げて高杉を見ると、ぐしゃぐしゃ泣いた顔のまま、ふいっと視線を逸らした。高杉が、土方のこの部屋から、学校に行けなかった理由はそこにある。ここから1人でコンビニに行こうとして倒れ、たまたま発見して助けてくれたのが女の人だったから、その人に送ってもらって帰ってはこれたけれど。駅や学校の敷地内までなら、土方と一緒に行けても、学部の違う土方では授業に使う校舎が全然違う。校内で、例えばアメフト部の学生なんかとすれ違おうものなら、また倒れかねなかった。

「連れて帰るなら、そんだけのこと覚悟しなせェよ」
言われて坂本は、ぐっと奥歯を噛み締めた。

「高杉、帰りたくなかったら、無理して帰らなくていいからな」
「ありがと、土方」
ぐちゃぐちゃの泣き顔のまま、それでも無理矢理微笑んだ高杉の気持ちが、土方にはわからなくもなかった。結局のところ、何があったって高杉は坂本が好きで、自分が会うたび喧嘩になりながらも総悟を好きなのと一緒なのだ。

「あ、俺、ご飯作るの途中だった」
ようやく落ち着いた高杉が思い出したのは、なぜだかそのことだった。
「でも、3人分しかないけど、どうしよう」
「食ってけよ。…あとの4人は知らねェけど」
「トシ、俺までそういう扱い?酷くない?」

土方がチラっと、自分が連れてきた4人を見て言った言葉に近藤が泣きそうになりながら反応した。
「土方君さえ構わんのじゃったら、わしら買い出し行って、ここで食べさせてもらいたいんじゃけどの?」
「…好きにしろよ」
沖田の肩に寄り添って頬をくっつけて。けっこう他のことはどうでもよくなっている土方は、坂本を見もせず応えた。
「じゃあ、銀時と近藤、買い出し行ってきてくれんかの?」

***

「っつうか高杉、料理上手くね?」
今までしたことないじゃん!とぼやく銀時は、近藤と共に弁当の買い出しに行かされて不機嫌だ。だが、理由はそれだけではない。

「辰馬と小太郎がするから必要ねェだろ」
さすがにワンルームで男7人の宴会はキツイから、沖田と土方と高杉の3人は、10代限定と言いながらロフトの上にいた。しかし、『銀さんもまだ18〜』と言って、上がろうとした銀時に『ヨゴレオカマは却下でさァ』と沖田が言い放ち、銀時も下にいたのだった。

「しかし、世間は狭いものだな」
しみじみと桂が呟く。高杉や銀時が入学してくる前から、近藤はよく坂本の部屋での飲み会に来ていたから、桂とは面識があった。

「全くでさァ!高杉の彼氏が、どこぞのママのいい人の辰っちゃんだって最初から知ってたら、あの日のうちに殴り込みに行ってましたぜィ」
「…沖田ソレ、どういう意味?イイ人ってなに?」
高杉の切れ長の瞳の、視線が鋭くなる。

「お、沖田君?」
目を見開いてロフトを見上げる坂本。銀時のバイト先の話題は出ても、自分のことは一切話していないはずだったのに。ちなみに、どこぞの店とは、銀時のバイト先だ。

「なんでィ、本当に当たっちまったでさァ」
沖田はカマをかけただけだった。確信を持つには十分なだけの情報は揃っていたのだが。

「本名のまんまバイトすっからじゃねーの?辰馬」
買い出しのお金は坂本が出したため、遠慮なく持てるだけの酒を買ってきた銀時が、飲みながら冷静に言った。

「しかも高知の方言がカワイイのーって言ってやしたからねィ、あのママ」
「…俺、帰るのやめようかな…」
「そうしなせェ、高杉」
「晋っ!」
坂本のデカイ声で名前を呼ばれ、一瞬ビクっと隣の土方の腕を掴んだ高杉だが、さっきまでのようなことにはならなかった。その声を、坂本のものとハッキリ認識していたからだろうか。

「晋、こっちおいで」
立ち上がり、20代は駄目だと言われたロフトの梯の前に立つ坂本。

「わしが愛しとるのは晋だけじゃ、おいで」
両手を広げ、堂々皆の前で宣言する坂本。真剣な眼差しに見つめられて赤くなったままの高杉は言い放った。
「誰がテメェんとこなんか行くかっつーの!」
沖田は吹き出さずにはいられない。

(ほらね、誰かさんと反応が一緒でさァ)

まだ高杉に腕を掴まれたままの土方を見る。本人は気付いていないようだけど。素直じゃないところが、本当にそっくりだ。

「晋っ!」
「うるせェ、このモジャ」
高杉の赤い顔を見て、本当は嬉しくて仕方ないくせに、とは誰もが思いながら、2人のやり取りを黙って見つめていた。


END



解説

「寫真」「BLEED LIKE ME」「今は抱きしめて」と続く3部作でした。最後がちょっと長くなってしまいましたが。
「今は抱きしめて」の最初の5ページは、高杉君の携帯に電源が入っているのでわかると思いますが、時間の流れ順では、「BLEED LIKE ME」の6Pと7Pの間になります。

◎問題になった写真
どっちかというと家族写真です。高杉君と桂君は『河よりも長くゆるやかに』(吉田秋生の漫画)式で言うと「オヤジのキ○○マにいる時からの知り合い」なので、家族ぐるみのお付き合いなのです。あの写真を撮ったのは桂君のお母さんです。
あの絵を描かなきゃ今回の話はなかったかなー。

◎高杉君と沖田君
また泣かせちゃいました、高杉君…。大学パロシリーズは、1話に1回って感じになってきてますね(汗)
沖田君が高杉君のセフレだってのは、最初から決まってたんですが(沖高やりたかった)沖田君がいきなり「トシがァ」とか言い出して驚きました。土方君をどこで出そうかは全然考えてなかったの。
沖田君が高杉君にめちゃくちゃ優しいのは、土方君にヤキモキさせたいというS心の現れなんです。だから、沖田君はいつでも優しいんだけど、高杉君は、沖田君が違う人間のこと考えてるってのはわかってます。

◎沖田君と土方君
この2人は会うたび言い合いの喧嘩ップルだけどラブラブです。
どういう状態で沖田君がマンションを飛び出したのかは、ご想像にお任せします。
沖田君は、週に2回くらいは、土方君宅に来て土方君宅から学校に行きます。土方君は、高校の時から1人暮らしで、今の部屋に住んでます。
沖田君は、なかなか本人の前では「トシ」って呼んであげません(土方が寝てる時に頭撫でながらとかは絶対「トシ」)学校の知り合いが一緒の時は「土方さん」で、それ以外は「土方」かな。たまーに「トシ」とか「十四郎」って呼ばれて、土方君はそれだけで胸キュンなんです(苦笑)

◎高杉君と土方君
高土やりたかったんだけど、結局この2人は、沖田君入れた3P以外は何にもしてないかもー!キスして触りっこくらいはさせたかったなァ。いくらネコネコでも(苦笑)土方君の煙草は、アニメでフィルターが茶色だったのでマルボロに決まり。(ラファさん的にはラッキーストライクかしら?)高杉君は、セッターとか、いかにも元不良が吸ってそうなやつだと思います(フィルター白い煙草だといいなァ)

大学が一緒だって気付いたきっかけのレポート用紙には、大学のロゴが入ってたんだよ。高階が行ってた大学にはそーゆうのがあったんだけど…どこにでもあるんでしょーか。

◎パー子とヅラ子
なんか、どーしてもやらせたくなっちゃいました(女装好きだねー)でも、まさか沖田君がパー子知ってるとはね…。パー子とヅラ子だけど、かまっ娘倶楽部じゃないです。パー子の店のママは、きっと手術ズミの本物のニューハーフだと思います。坂本君は、ママが自分のことを好きなのわかってて、そこを上手く利用して銀時にバイトを紹介したと思います。パー子は、無駄に顔だけはいいので(ヲイ)酔っ払いやウザイ客とか担当で下ネタ全開のヨゴレ役やってるんだよ(手術してないのもある)。
坂本君は普通のゲイバーで趣味でバイト。ボンボンなんで金には困ってませんから。
沖田君が、土方君とは飲みに行かないのは、土方君が酒飲めないからです。近藤君も飲み会大好きですが、本当は下戸です。

◎高杉君と坂本君
結局一緒に帰ってまたラブラブ同棲♪夜眠れないのは、辰馬に抱っこしてもらいながら寝るから解消で、ご飯も少しずつ食べれるようになって。坂本君はカウンセリングとか行かそうとするんだけど、高杉君が行きたがらないから、自分で勉強して、自分がカウンセラーになれちゃうくらい勉強しまくって、自分で高杉君の話聞いてあげたらいいよ。それくらいは頑張りなさいよ辰馬! 大声出されたりするのは当分怖いと思うけど(トラウマなっちゃったし)、大学までは辰馬がべったりついて行くし、授業はほとんど銀時と一緒なんで大丈夫でしょう。 Hするのも、しばらく怖がるんだけど、結局辰馬のは優しいから大丈夫、みたいな。
ただし、辰馬が卒業したら地元に帰るのかどうか、は結局このままずっと、高杉君は聞けないままです。


えらい長い上に解説まで長くなっちゃってごめんなさい!
ここまで読んでくれてありがとうございました。






















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