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沖田に連れられて、とりあえず居酒屋に入った。全席個室のこの居酒屋なら、ゆっくり話を聞いてあげられそうだ。

IHBA・2


いきなり1杯目から焼酎ロックなんて頼む沖田にビビりながら俺は生ビールを飲む。

「…学校で、何かあったのか?」
恐る恐る尋ねてみると『そうなんでさァ』と沖田は溜息をこぼした。

「あのまま、あそこにいたら、十四郎に当たっちまいそうだったんでさァ」
下唇を噛み締める、こんな沖田の姿は、本当に初めて見る。

「俺に当たってくれても大丈夫だぜ?」
「当たりはしませんぜィ」
それでも話だけは聞いてくれと言われて俺は頷いた。

「………十四郎も、…襲われたことあるんでさァ」
思いがけないところから話が始まって、俺は何と返したらいいのかがわからなかった。土方が、襲われたことがあるだって?

「十四郎が高2の時でさァ。相手は部活の3年全員で」

吐き気がしそうだった。無理矢理自分を殴りつけて組み伏せた男達。3週間前のおぞましい記憶が蘇って、俺は自分の腕で自分の身体を抱いた。瞳を閉じて、辰馬の顔を必死で思い出そうとしても、震えが止まらない。

「十四郎は1年の時から狙われてたんでさァ。でも、1年の時は近藤さんが部長だったから、奴らは手を出せなかったんでィ」
近藤って部長だったんだ。ああ、確か、今も大学の剣道部で部長なんじゃなかったっけ?

近藤の実家は剣道場で、小学生の頃からそこに通い始めて、沖田と土方と近藤の3人は出会ったらしい。小学生の、そんな昔の頃から、2人にとって近藤は、兄貴みたいな存在だったという。

「俺がたまたま部室に行った時には、もう」
沖田の瞳に宿る怒りは本物だと感じた。きっと、俺を助けてくれた時のように、容赦しなかったんだろうと思っていたら、やっぱり沖田はこう続けた。

「もちろん、全員病院送りの上、退部にしてやったんですけどねィ」
掘り火燵の席のため、沖田は話しながら横に身体を転がせた。

「十四郎がちゃんと立直るのに、1年はかかったんでさァ。なのに、あいつら」
苦虫をかみつぶしたような、今にも泣きそうなくらい苦しそうな沖田の声。

「OBだとか吐かしやがって…来てたんでさァ」

沖田が不機嫌な理由も、土方には話したくない理由も、さっきからの話との関連も、これで全てが繋がった。

そして、それと同時に、土方が初対面の俺に、あんなに優しくしてくれた理由もわかってしまった。同じ経験が、同じ痛みが、同じ記憶があったからだったんだ。

「たまたま、野球部の練習見に行くとこだった体育教師が止めてなきゃ、あいつら殺してたかもしれやせん」
だけど、止められてしまったことで、沖田の中の気持ちは収まらないのだろう。
確かに、こんな話、土方になんて言えるわけがない。

「あの頃、十四郎も毎晩うなされてたんでさァ」
泣きながら、と言いながら沖田は身体を起こす。何もしてやれない自分が歯痒かったのだと。何度、奴らを殺してやろうと思ったことかと。
…辰馬も今、そんな気持ちなのだろうか。

2日に1回はうなされる俺。アメフト部とか柔道部の無差別級とかの奴が恐くて、学内を自由に歩くこともできない俺。幸いなのは、大学入試がスポーツ推薦の彼らは、文学部にはほとんどいないという、この一点だけだ。

「沖田、変なこと聞いて、いいか?」
「何でさァ?」
お前ら、いつから付き合ってんの?と尋ねたら、ちゃんと付き合いはじめたのは、自分が中2で土方が中3の時だと沖田は答えた。つまり、土方が襲われたという高2の時は、とっくに付き合っていたことになる。

「あのさ、ホントに変なこと聞くけどさ…」
土方が襲われた時、立ち直るのに1年はかかったと沖田はさっき話してくれたけど。

「いつから…土方と、セックスしてる?」
「は?いつからって?」
そんなもん最初から、と応える沖田の言葉を遮った。

「そうじゃなくて、…俺、今、…まだ、こ、恐くて」
沖田は手を伸ばし、テーブルに半身を乗り上げるような体勢を取って、俯いて震える高杉の頭を撫でた。頭を撫でてやると、ずいぶん落ち着くらしいとは、高杉が土方の部屋に引きこもっていた1週間で沖田はわかっていた。

「首にキスマーク付けといて、とは言いませんけどねィ」
「うっ…。これはっ、辰馬がっ…!」
「はいはい。…俺達は、2ヶ月くらいはしなかったでさァ」
頭を撫でたまま、沖田は俺を見つめていた。

「あれからまだ3週間だろィ?高杉が恐いのは当たり前でさァ」
「…そう…、かな…」
沖田に言われて、俺はほんの少しだけ気持ちが軽くなった。だけど、俺がこんなんで、辰馬はそれで、いいと思ってくれているのだろうか。

ただでさえ、前は毎日してた。毎日してるのに、1回で終わることの方が少なくて。終わった後で、抱きしめられて眠るのがすごく幸せで。俺が辰馬のマンションに戻って、仲直りして、また前みたいな生活に戻れるんだと、思ってたのに。

「高杉はエロすぎでさァ」
「ハァ?何言ってんだよ?」
俺の頭から手を離した沖田が突然言い出した。

「結局、彼氏とヤリたいんだろィ」
「っ…、うるせーな!仕方ねェだろ」
好きなんだから、好きだからしてェって、思うくらい普通だろうが。そう、言ってやりたいけど、顔がだんだん、熱くなるのが自分でもわかってしまう。

「高杉ィ、今日は飲みやすぜィ」
「なんだよ、急に?」
「飲んだところでイライラは収まりやせんが、アンタと飲んでたら、なんとかなりそうでさァ」
ぐいっと、沖田は頼んだばかりでグラスいっぱい入っていた焼酎を飲み干した。

「それにしても、高杉は本当、彼氏が大好きなんですねィ」
「なっ…!そういうお前だってっ!」
しみじみと言われて、恥ずかしくなった俺は、勢いのままに言い返した。沖田が、今日あんなに機嫌が悪かったのは、全部土方のためを想ってのことじゃないか。

「当たり前でさァ」
あまりにもアッサリと、沖田は言い放った。

「俺は十四郎が大好きでさァ」
「っ…!」
ここまで堂々と宣言されてしまうと、何も言い返せない。

「…涼しい顔でノロケんじゃねェ」
俺は、沖田に、それだけ言ってやるのが精一杯だった。

***

「なァ、沖田、なんでこんなとこ通るんだよ?」
1軒目の居酒屋を出て沖田に連れられるがままに進むのはホテル街。

「この道が一番近道なんでさァ」
「でも、お前」
「安心して下せェ。今日はアンタとするつもりはありやせんぜ」
「そんな心配してねェけど…」
今の沖田は完全に酒飲みモードになっている。こういう時の沖田は、ある程度飲んで満足してからじゃないと、エロい気分にならないことは俺も知っている。今日は土方に、終電までには帰ると宣言しているのだから、このまま飲むだけで終わるだろうとは、わかっているんだけれど。

このあたりのこんな裏道は、俺は全然知らないから、なんとか沖田について行く。
角を曲がった時、1軒のホテルから出てくるカップルが見えた。こんな街だから、珍しいことではないけれど、あの身長から、2人共男だろう。

「…!?」

自分達だって、同じように思われているかもしれないから、気にしない…つもりだった。だけど、たった今、ラブホから出てきた奴を、俺は知っていた。両方とも。

「高杉」
沖田に腕を掴まれたが、その前から、足は止まってしまっていた。

背伸びをしながら出てきた天然パーマの銀髪。そして、その後ろから、銀髪の腰を労るように、手を当てて微笑んでいる癖毛の長身は、まだこっちには気付いていない。サングラスをかけていたって、すぐにわかる。目立つ奴だ。

「っ…うっ…!」
銀髪と目が合った。あからさまに、「あ、ヤベッ」って顔をした銀髪。それだけで、十分過ぎる程だった。

「待ちなせェ、高杉っ!!」
俺は、沖田の腕を振り切って、今来た道を、逆に走った。どこをどう歩いて来たかなんて、覚えてなかったけど、どうでもいい。沖田が叫びながら追い掛けてくる。もう、いいよ、放っといてくれよ。俺なんか、構うなよ、沖田。可笑しいだろ?

「高杉っ!待ちなせェっ!」
猛ダッシュで俺を追い掛けてきてくれた沖田に腕を掴まれて。俺は沖田にしがみついて泣いた。身長がほとんど一緒の、沖田の肩に顔を押し付けて号泣した。辛い、苦しい、痛い。もう嫌だよ、沖田。俺、どうしたらいいんだよ。

***

「…銀時、今、もしかして…」
ホテルから出てきたカップルは、路地に響き渡った沖田の声に驚いていた。

「辰馬、…最悪だわ」
目が合ってしまった銀時は引き攣った顔で坂本を見上げながら呟くように言った。

「まさか、晋、助…?」
「その、まさかだよ」
サングラス越しでもわかる程、坂本の表情が変わって、青ざめたのがわかった。

***

昔、部室で十四郎を襲った奴らがOBだとか言って、学校に来ていた。学校に来るだけならいざ知らず、俺達が引退して、後輩誰も知らないと思って、部室で好き勝手やらかして暴れていた。

『沖田先輩、なんとかして下さい』
1年生が、教室に駆け込んで来た時、ちょうど、十四郎から電話があって、今夜高杉が来るという話で。だったら、もう今から、十四郎のとこに行こうって思ってたところだった。

『沖田先輩より2つくらい上みたいなんです』
1年生に言われて嫌な予感はした。だけど、この予感が当たるなら、尚更放ってはおけなかった。

結局、ぶちのめしてやることもできなくて、イライラしていたけれど、なんだか高杉と話していたらだいぶ収まった。
高杉は不思議だと思う。
十四郎といる時とはまた違う、落ち着きとか、穏やかな気持ちが手に入る。鋭い目付きとか、前髪で片目を隠していたりとか、決して人当たりの良い外見や、性格をしているとは言えない奴なのに。

なのに、彼氏の話でいちいち赤くなる高杉はカワイイと思う。昔から知っていて、一緒にいるのが当たり前だった俺と十四郎にはなかった新鮮な感情だ。

そして、今は、その高杉が、俺のイライラどころではなくなってしまった。
まだ十四郎はバイトの時間だから電話はできない。俺は、路地に座り込み、俺にしがみついて泣く高杉の背中を撫でてやりながら、十四郎にメールを送った。

『悪ィ、今日帰れないかもしれねェでさァ』

***

高杉の携帯が鳴っているが、高杉は電話に出ようとはしない。俺の肩に顔を埋めたまま、泣き続けてはいるが、電話に気付いていないわけではないのは、一瞬見せた反応でわかっている。

「高杉ィ…、俺が出てやりましょうかィ?」
ふるふると、俺にしがみついたまま首を横に振る高杉。

「辰馬のっ、声っ、なん、うっ、かっ、…聞きたく、ないっ」
「だったら泣くんじゃねェ」
「ぅっ…ふっ…だってっ」
高杉が泣きたくなるのもわかりますがねィ。
さっきまで、彼氏としたいと、襲われたトラウマで怖いけどしたいんだと、真っ赤な顔で悩みを打ち明けていたその直後なのだから尚更だ。

「とりあえず、こんなところで泣いてないで、どっか行きやしょう」
「…ぅん」
高杉は立ち上がり、俺の目の前で、うるさく鳴り続ける携帯の電源を切った。

***

(切られた…)

それも、電源を。晋助が全く電話に出てくれない。もう、どうしようもないのだろうか。
悪いのは100%自分なのだけれども。都合のいい言い訳をするならば、まさか、見られるだなんて思わなかったし、晋助が飲みに出るなんて聞いていなかったし。

「ちょっと辰、久々に出勤してきて何落ち込んでんだよオメー」
「ハァ、すいません」
晋助に何と説明しよう?無理させたくなかったから、なんて説明で納得してくれるとは思えない。ただでさえ傷ついてる晋助を、余計に傷つけてしまったことは間違いない。
それでなくても、晋助はどうにかして、しようとしてたのだ。恐怖と戦いながら、自分のために。それなのに自分は。

「おめーな、ハニーと何があったか知らねーけど、働く気がないんなら帰れよな」
ママの言葉に、携帯をにぎりしめたまま、全ての動きが止まってしまった。

「帰って、いいがか?」
「アンタが落ち込んで溜息ばっかりついてるなんて気持ち悪いーんだよ」
さっさと帰りな、と言いながら、タイムカードを押してしまうママ。今出勤したとこなんじゃけど、今日の給料はナシですか?

「そのかわり、きっちり来週説明してもらうからな」
「も、申し訳ないきに!来週はちゃんと働くぜよ!」
さっさと荷物をまとめ、店を出ようとした、が。

(そうじゃ、携帯の電源、切られたんじゃった…)

沖田君と一緒だった(と銀時が言っていた)晋助が、今、どこにいるのか、全く見当もつかなかった。沖田君の電話番号はもちろん、土方君の番号さえ、自分は知らない。そもそも、土方君の家に行ったはずの晋助が、どうして、沖田君と、あんなところを歩いていたのだろうか…?

***

どうしたらいいかわからず、とにかく銀時の店に行った。

「辰ちゃん〜」
「久しぶりじゃの〜」
銀時と話したかったのに、ママが抱き着いてきて、離してくれない。この選択は失敗したかもしれない。それでも勝手に、口から出てくる外づらのいい言葉と愛想笑い。そんなことをしている場合ではないというのに。

「辰馬、アンタバイトどぉしたのよ〜?」
綺麗に化粧をして、ドレスにハイヒールの銀時、いやパー子がオカマ言葉で、ボトルやグラスを運んできた。

「へこんでるなら帰れと言われたんじゃ」
「あー、悪かったなァ」
「ちょっとパー子!辰っちゃんはアタシのお客さんよ!いくら友達でも、あっち行ってなさい!」
「はーい、ごめんなさァい」
自分の腕に抱き着いて離れないママに言われて、パー子は違う席へ行ってしまった。とりあえず、気を紛らわすことくらいはできるだろう。

いつも通り、焼酎を緑茶で割ってもらい、他愛のない話に花を咲かせる。不思議なもので、どれだけ落ち込んでいても、口は勝手に動き、話はできるものだ。そうこうしているうちに、あっという間に1時間2時間は過ぎていく。

知らない番号からの電話で携帯が鳴ったのは、日付も変わる頃だった。

***

わざわざ深夜営業の喫茶店に自分を呼び出したのは土方君だった。なんで喫茶店?とは思ったが、そういえば土方君は酒が飲めないんだっただろうか。

「話は総悟から聞いた」
相変わらず、開き気味の瞳孔で鋭い視線を向けられる。話を、沖田君から聞いているのなら、仕方ないことだろう。

「何やってんだお前?」
先に来ていて、烏龍茶を飲んでいた土方君の言葉は、単刀直入で痛かった。


To Be Continued



3に続きます






















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