□title list□
 ※水色部分にカーソルを合わせると
 メニューが出ます

(いや…だ…、やめろ…)
殴られて身体を押さえつけられてのしかかられて。重い、苦しい、痛い。
(助けて…たつ、ま…)

IHBA・1


「晋…!晋、晋!」
「…っ」
激しく揺さぶられて名前を呼ばれ、一番最初に視界に入ってきたのは青ざめた辰馬の顔だった。

「晋、晋っ、大丈夫がか?」
「…っ、…たつ、まっ!…辰馬ぁっ!」

高杉が坂本のマンションに帰って来て2週間。未だ『あの時』の夢を見るらしく、2、3日に1回は脂汗びっしょりになってうなされている。

「もう大丈夫じゃよ、晋」
言いながら抱きしめてやると、小さな身体をぶるぶる震わせてしがみついてくる。自分の胸に顔を押し付けて、なんとか噛み殺そうとする鳴咽は、それでも時々漏れ聞こえてきて。抱きしめて頭を撫でてやることしかできない自分がこれほどもどかしいなんて。

当然ながら、この2週間は1度も身体を繋げることが叶っていない。以前はあれ程、毎日のように抱き合っていたというのにだ。身体の痣や傷はだいぶ治ってきて、もうほとんど目立たなくなっているとは言え、心の傷の方はそう簡単に癒えるものではない。

「…ごめん…たつま…」
まだ震えたまま泣いているというのに、晋助の口から出てくるのは謝罪の言葉。

「晋、謝らんといて」
ただでさえ後ろめたい気持ちがいっぱいだというのに、そうなふうに言われてしまってはますます苦しくなる。

「水、持って来ちゃるからの」
一旦離れようとした腕をぎゅっと掴まれた。

「行くな…」
俯いたままの晋助の表情は見えないが、まだ震える指先から、痛みと苦しさだけは嫌というほど伝わってくる。

「わかった…。もう大丈夫じゃよ」
しばらくそうやって抱きしめていてやると、ようやく落ち着いた晋助が真っ赤な目のまま顔を上げた。

「ごめん、辰馬」
「晋、お願いじゃから謝らんといて」
謝らなければならないのはこっちの方だというのに。

「だってっ」
「ほんに、気にせんで」
「…じゃあ、なんで、こんなんなってんだよ?」
高杉が伸ばした手が坂本の太腿の間を撫でた。

「っ…!晋っ」
まさかばれているとは思わなくて身体が硬直した。晋助には敵わないなと思いながら。

「そりゃ、おんし」
晋助の手を取り、その甲にくちびるを押し当てて。

「わしは晋が好きなんじゃ…反応しない方がおかしいじゃろ?」
真剣な眼差しの辰馬に見つめられて、胸が熱くなった。恥ずかしげもなくそんなことを言える辰馬はずるいと思う。
俺は…思ってても言えない。

「…してやるよ」
「えっ?し、晋っ?」
さっきまで震えて泣いていた高杉だが、起き上がり坂本の下着をゆっくり引き降ろした。

「えいから!晋!」
止められるのも構わず高杉は覆いかぶさるようにそそり立つ坂本自身を口の中に含んでいく。

チロチロと舌を使いながら、頭と手を上下させる高杉の顔を見て坂本はますます張り詰めた自身を大きくさせた。

「っ、お前なァっ!」
「晋が、そんなエロい顔するからじゃー」
むせ返りながら顔を上げた晋助を抱き上げてその唇を吸い上げた。

「わしだけ気持ち良くなっても仕方ないじゃろ?」
「でもっ」
2週間もしてないなんて、2週間も我慢してるなんて、平気なのかよ、お前?

「大丈夫じゃから。そのうち治まるから」
とは言いながら、ベッドの上で抱き合ってキスなんかしていたら、ますますお互いの身体は熱くなるばかりで。身体を繋ぐことだけがセックスではないと、頭ではわかっているはずなのに。

「辰馬…。してみる…?」
何か、覚悟を決めたかのような表情の晋助に見上げられ胸がドクンと苦しくなった。

「晋、…本当にえいがか?」
この2週間、一度もしようとしなかったわけではない。晋助が行為の最中に震えはじめ、泣き出したため、そこで中断したのだ。キスしたり、抱きしめ合ったり、お互いを触り合ったり、というのは平気でも、身体を繋げるという行為は怖いらしい。

高杉本人にも、坂本に抱かれたいという気持ちがあるだけに、この矛盾した反応はこの2週間、ずっと2人を苦しめていた。

「辰馬、…抱いて」
広い広い辰馬の胸に顔を埋めて小さく呟いた。恥ずかしくて顔を見ることができない。きっと大丈夫、辰馬となら大丈夫と思いたい。信じたいから、今日は、してほしい。
だって俺は、何があったって、やっぱり辰馬が好きだから。辰馬と繋がっていたいから。

「晋助…」
俺の背中にぎゅうっと腕を回した辰馬は首筋に吸い付いた。

「んんっ…」
抱きしめられたまま俺の身体はピクンと反応した。くすぐったいが3割くらい、気持ち良いが7割。辰馬には、とっくに首筋が弱いことなんてばれちまってる。

全身の力が抜ける俺を辰馬の逞しい腕が支えてくれる。

「んァ…んん…っ…ァ…」
「あっ…スマン、跡ついてしまったぜよ」
「なっ、お前なっ!」
そんな、服着てても見える場所に跡つけるなよっ!

「まぁまぁ、晋はわしのもんじゃって印じゃよ」
俺が怒ったって辰馬は全然意に返さない。背中を支えられて、ぐるっと体勢を入れ換えた辰馬は、笑いながらまた首筋に吸い付いてくる。

「ァっ…!」
辰馬の背中に回した腕に力を込めてTシャツを掴んだ。

(怖い、怖い、怖い、怖い!)
こんな風に、覆いかぶさられるのが怖い。相手が辰馬だとわかっていても。

(辰馬、辰馬、辰馬っ)
俺が震えていることに、辰馬はすぐに気がついたみたいだった。

「やっぱり、止めとこうかの?」
「…だ、大丈夫だからっ!」
ぎゅっとしがみついて離れない晋助の頭と背中を撫でてやる。自分はどうしたらいいのだろう。

「辰馬、俺っ」
このまま辰馬とずっとできないなんて絶対に嫌だと思った。

覚悟を決めて、下着を脱ぎ、俺のすることを黙って見ていた辰馬のデカイ手を取った。
その指を口に含む。

「しん…?」

唖然とした表情で見つめる辰馬の指を十分に濡らして、身体の裾に持っていった。

「入れて」
膝で自分の体重を支えてから、坂本にしがみついて顔を伏せた高杉は小さく小さく懇願した。

ごくっと坂本が息を飲む音は高杉の耳にも届く。
「晋、力抜いてての」
左腕を俺の背中に回した辰馬は、まずは1本だけ、俺の中に濡れた指を侵入させた。

「んっ…ふっ」

ゆっくりゆっくり慣らしてやると、だんだんと熱を帯びた晋助の声が大きくなる。
ああ、そうかと、その時ようやくわかった気がした。

組伏せられるような、押さえつけられるような体勢が怖いだけなのだと。そうでなければ、案外大丈夫なのではないかと。
晋助が一番好きで(聞いたわけではないけれど)自分も一番好きな正常位でしようとしてたから、今までダメだったのかもしれない。
指を2本に増やしてやる頃には、肩に顔を埋めて喘ぎ声を漏らす晋助の耳までもが赤く火照っている。

「晋、顔上げて」

指を引き抜き、崩れ落ちそうな晋助に深い口付けを落とした。
念のためローションをたっぷりつけて、胡座をかいた自分の上に、お姫様抱っこ状態にした晋助をゆっくり降ろしていった。

「ァっ…んぁっ、ァ、ァっ…たっ、つまァァっ!!」
「晋、恐くないがか?」

根本まですっぽり収めてから尋ねてやると首に両腕を回した晋助が小さく頷いた。
それを確認してから、坂本は腰を上下に揺らし始めた。

***

全身汗びっしょりで(汗をかいているのは自分も一緒だが)、くったり横になる晋助の身体を抱いて頭を撫でてやる。愛を確認し合う行為だからセックスも好きなのだけれど、こうやって、抱き合っているのが本当は一番好きだ。

終わった後に、こうやって抱き合いたいから、セックスするのかもしれないと考えてしまう程までに。

「辰馬」
「んー?なんじゃァ?」
「……………すき」

胸に額を押し付けて、本当に小さく掠れた声で、やっと言葉を紡ぎ出す晋助が、どうしようもなく愛おしい。

「愛しとるよ」
「うん」
(俺も。)

晋助の心の声が聞こえるような気がするのは気のせいだろうか?こんな風に素直に甘えられると嬉しくてたまらない。

「晋、あのな。…言いにくいんじゃけど」
頭を撫でてやりながら切り出した。
「わし、今夜バイト行かなならんのじゃ」

電話1本で、たいした理由も話さずに、もう2週間も休んでいた。これで辞めるにしろ、続けるにしろ、一度行って、ちゃんと話さなければならないだろう。

「1人で眠れるかの?」
「…わかんねェ」
眠りにつくことはできても、またうなされるかもしれない。自分のために、坂本がバイトを休み続けてくれていることは、高杉もよくわかっていた。

「じゃ、俺、土方ん家行く」
「なんで土方君なんじゃ?桂は?」
「小太郎は、いとこかなんかが来てて、実家帰ってる」
ここ数日、桂は学校へは実家から通っていた。高杉と桂の実家は電車で1時間、通えない距離ではない。

「銀時は?」
「伯母さんいるし…、今夜だったら、あいつもパー子の日だぜ」
「そうじゃったかの?…他にいないかのぅ」

俺と沖田と土方の関係を、辰馬はよくわかっていない。辰馬が迎えに来てくれた日は、それどころじゃなかったし、その後も、どうやら聞きずらいらしい。

俺も、『沖田とはネットで知り合った』と言ってしまった後の辰馬の反応が恐くて、聞かれないのをいいことに言わずにいた。ただ、沖田と土方が付き合ってるというか、ラブラブなんだろうなと言うのは、話さなくてもきっと、辰馬だけじゃなくみんなわかっただろうけど。

「土方なら事情知ってるし、一番安全だと思うんだけど」

事実、俺の心身がボロボロだったとは言え、土方ん家にいた一週間、ほとんど何もなかったのだから。土方に口でされたことや(沖田の命令だけど)、逆にしてやったことは、辰馬には話してないけれども。あの一週間で、本当に、あの1回だけだ。

「わかったぜよ。土方君によろしくの」
渋々ながら、辰馬は俺がまた土方の家に泊まりに行くことを許してくれた。

「って言っても、土方が用事あったら泊まりになんか行けねェからなァ…。そん時は飲みに行こうかな」
1人で眠れないなら、朝まで起きてたらいいや、1日くらいとも思う。

「じゃったら、わしの店…」
「絶対ヤダ」
俺は、辰馬の言葉も終わらないうちに即答した。

「なんでじゃ?」
「仕事してるお前なんか見たくねェ」
イロ営業してるかどうかはわからないけれど、接客業なんだ、どうせ笑顔振り撒いてんだろ?なんて言ったら、辰馬は笑うだろうか。
でも、辰馬の嫉妬に比べたら、俺のなんて全然カワイイものだと思うんだけど。

「わかったぜよ。飲みに出るんじゃったら教えての。終わったら迎えに行くから」
「わかった」
くっついたまま、そうやって話しているうちに、いつの間にか俺は眠ってしまっていて。辰馬に起こしてもらって、寝不足のまま、一緒に学校に行った。

***

高杉の授業に合わせて一緒に大学に来たものの、坂本は2限目は空き時間だった。教室まで高杉を送り届けた後いつものテラスへ向かうと、銀時が1人でチョコレートを食べながらメールを打っていた。

「銀時、授業じゃないがか?」
偶然とは思えない程、高杉と銀時の授業は被っているはずだ。

「銀さん忙しいからサボり〜」
視線を携帯の画面に向けたまま銀時は答える。

「忙しいって、おんしのー」
1年のうちの教養科目なんてそんなもんだっただろうかと、2年前を振り返る。
そんなもんだったかもしれない。

「あーっ、もう誰も捕まんねーっ!」
携帯を放り出した銀時が叫んだ。

「どうしたんじゃ?」
「もー、たまにはウマイもん食いたいって思って、同伴相手探したんだけどさー、平日だしねー」
テーブルの上に顎を乗せて、焼肉ーしゃぶしゃぶー寿司ーと喚く銀時。

「銀時、今日何時からじゃ?」
「んー?11時ィ。…もうちょっとメシのタネ探してみよ」
自分でお金を出してまで、外食する気はないようだ。

「銀時、…バイトの前に、行かんか?」
どこへ、とは言わなくても声を潜めて言えばこの2人の間では通じるのだ。

「何、お前たまってんの?高杉は?」
「いや、それがのう」
ずっとしないままの2週間は、はっきり言って耐えられた。それどころではなかったのだ。

それが、不思議なもので昨夜とうとう身体を繋げたと思ったら、これまで眠っていた性欲がムクムクと顔をもたげてきたのだった。

だからと言って、まだ完全に傷が癒えたわけではない晋助に無理をさせることもできず、昨夜は1回だけで、後はずっと抱き合っていただけだった。抱き合ってイチャイチャするのは好きなんだけれど。

「なァ…辰馬。だったら銀さんとしない?」
ニヤリと下から顔を覗き込んでくる銀時。

「…えいがか?わしは」
「わかってるって。銀さん受け身は久しぶりだからァ、優しくしてェん」
オカマ言葉になって、2人きりなのをいいことに坂本に擦り寄る銀時。バイト仕込みの女の仕種で、だ。

「たまっとるのは、おんしの方じゃろ〜」
笑いながら、それでも学校の後に会う時間と場所を決める2人だった。

***

『なんだ、また喧嘩したのか?』
昼休みになって、泊めてくれと電話した俺に土方が言った最初の言葉がソレだった。

「違ェよ。今日辰馬バイトだから1人なんだよ」
『ああ、そういうことか』
事情をわかってくれている土方は話が早かった。

『いつでも来いって言っただろ、構わねェぜ』br 「ありがと」
お互いに4限まで授業があったから、俺と土方はその後で会うことになった。

『ただ、俺も9時までバイトだから、うちでゴロゴロしててくれよ。今日はちょうど、総悟も来るからよ』
「バイトって2時間くらいか?」
確か土方のバイトは家庭教師だったから、そんなに長い時間家を空けることはないんだろう。

『そうそう、7時からだからよォ』
「わかった」
辰馬が俺を探して迎えに来てくれるまで、一週間引き込もらせてもらっていた土方の家だから、2時間くらいはなんともなかった。沖田もいるなら尚更だ。また、沖田相手に古典のうんちくでも語っていればあっという間だろう。

あの一件以来、俺達3人は普通の友達みたいになってしまったことがおかしかった。沖田と土方が喧嘩になると(こいつらは3日に1回くらいはくだらないことで喧嘩しているようだ)、2人からほぼ同時にメールが来た。適当な返事を返したら、後は放っておくんだけど。お前らは放っといても勝手に仲直りするんだろうがと思いながら。

2人からのメールに返信している俺を見て、いつも辰馬が不機嫌そうな顔をしていたけど、それはあえて気付かないフリをしてやった。

土方との通話を終えた俺は、いつものテラスに向かった。

***

4限終了後、土方と待ち合わせて、一緒に土方のマンションに帰った。部屋には既に沖田が来ていて、イライラした様子で参考書に向かっている。
「高杉、待ってやしたぜィ」
土方から聞いて、俺が来ることは知っていたようだ。

乱暴にシャーペンを放り投げた沖田はいきなり立ち上がり、今部屋に着いたばかりの俺の腕を引いて玄関へ向かう。
「おい、沖田っ!」
訳がわからず、ただ引かれるがままの俺など構わず、沖田は靴を履いて外へ出てしまった。

「お前ら、また喧嘩したのかよ?」
「してねェよ!全然意味わかんねェ」
眉間に皴を寄せた、あんな沖田の顔は、正直初めて見た。いつも飄々とした、つかみどころのない奴だというのに。

「総悟は、お前が気に入ってるから、悪いようにはされないだろ。なんかあったのかもしれないから、頼む」
土方に、そう言われてしまっては断りきれない。

「高杉ィ、さっさと来なせェ!」
扉が開いて、やっぱりいらついた状態の沖田が顔を出した。

「十四郎」
「!…あ、ハイ」
久しぶりに名前で呼ばれ、ついつい敬語で姿勢を正してしまう土方。内心は、嬉しくて仕方ない、というよりは、ドキドキしまくってるはずだ。

「終電までには帰りまさァ」
土方に対して怒っているわけではなさそうだから、とりあえず俺は今脱いだばかりの靴を履いて外へ出た。

俺の話ばかり、よく聞いてもらっているんだから、たまには沖田の話も聞いてあげよう。俺でいいのなら、の話だが。
俺は、腕を引かれるがままに、今土方と歩いてきた道を今度は逆に、沖田と駅に向かって歩きはじめた。


To Be Continued



2に続きます






















No reproduction or republication without written permission.