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「なァ、沖田ァ…」
情事の後のベッドの上。ぐったりした身体を俯せに投げ出して、俺は横に寝ているセフレを呼んだ。

漂揺心


「なんでさァ?」
顔だけをこっちに向けて、身体は仰向けになったままで。1つ年下のセフレは、すんなりと俺の話を聞いてくれた。いつものように。

「俺さ、好きなヤツ、できたかもしれねェ」
「良かったじゃねェですかィ。で、ドコの誰なんでさァ?」
身体もこっちを向けて。肘をついた手の上に頭を乗せた沖田は興味津々だ。

「どこの誰っつぅかさ、大学のヤツなんだけど」
沖田は、俺を、かなりいろいろ、ゲイバーやハッテン場に連れて行ってくれていたから、そこでの相手だと思ったんだろう。

「大学って。俺が連れてったトコじゃ駄目でしたかィ」
案の定、不服そうな表情を見せた沖田だけど、別に怒ってはいないようだ。

「だって、なんかああいうトコって、現実じゃないみたいな気がして」
世界に自分しか、いないかもしれないって。真剣に悩んでたのに、そういう場所に行けば自分と同じ男が好きな人間がたくさんいて。だけど、そこを一歩でも出ると、やっぱり俺は普段の生活上は1人で。ああいう場所だけが特別なんだと、そう思わざるを得ないというか、どうしても、そうとしか思えないというか。

「そもそも高杉ってェ、どんなヤツがイイんでさァ?」
これだけヤっといて今更なんだけど、と沖田は笑った。

「俺?…俺は、付き合うなら、背が高くて、昔スポーツやってました…って感じで少しガッシリしてて、できれば年上がイイ」
「なんでィ、俺と全然違うじゃねェか」
「沖田は特別。俺、デブとかマッチョとか、マジで無理だからさ。最初会った時、ホント『良かったァ』って思ったんだぜ」
それに、背の高い人は好きだけど、見下ろされるのが嫌いだから、その人の身長に慣れるまでは無理だし話もできないって言ったら、沖田はワガママすぎ!って笑って。

「要するに、会ってすぐヤルなら同じくらいの身長で、じっくり付き合いたい時は背の高い人の方がいいなって、そういうコトですかィ?」
「うん…。たぶん、そう。っていうか、同じ位の人の方が、打ち解けやすいかな…」
だって、沖田とは、お互いイケるならヤろうって、会う前から言ってたんだ。沖田が俺に教えてくれたプロフィールが嘘じゃなくて、本当に身長が一緒だったから、体型が似通ってたから、俺はすごく安心して。だからその日のうちにやれたんだ。緊張は、そりゃしまくったけれど。

「なァ、高杉ィ」
「んー?」
「元彼の身長は?」
「えっと、179」
沖田が、どうしてそんなことを尋ねるのかはわからなかったけど、俺は正直に答えた。

「アンタ、背ェ高い方がイイってのは、元彼引きずってるだけなんじゃねェですかィ?」
「えっ…」
沖田に言われて、俺は言葉を失った。言われてみればそうかもしれない。目ぇいっぱい顔を上げて、上から抱きしめられてキスされるのが好きだ。あとは、自分にはないモノだからって、憧れてるだけだ。

それに、万斉と別れたことなんて、俺はまだまだ引きずりまくってる、それこそ写メや着信履歴、メールも消せない程強烈に。自分から、切り出したってのに。

「仕方ないかァ。高杉、基本的には俺と元彼しか知らないんだもんなァ」
何が仕方ないのか、俺にはよくわからなかった。だけど、最初が万斉だったから、ってのは、やっぱり俺の中では大きなモノを占めてるんだと思う。当然、男同士でどうやるのかなんて、俺は全然知らなくて、万斉がタチだったから、ネコになったんだし、こんなにあちこち感じる身体になってしまったのも、たぶん万斉に開発されたからで。

「沖田は、どうなんだよ?」
なんでそんなドSのバリタチになったんだよ?って、半分未だに『縛りたい』とか言われる厭味も込めて聞いてやった。

「俺は自然のなりゆきでさァ」
ガキの頃からずっと一緒にいた十四郎が好きだと気付いて。好きで好きで、たまらなくなって、離れることなんか考えられなくて、他のヤツに取られることとか、他のヤツと付き合うことなんか考えられなくて。そのまま付き合っちまいやした、と沖田はペロっと舌を出しながら話してくれた。

もしも俺が、小太郎のことが好きで好きでたまらなかった時期に押し倒して、そのまま付き合っていたらそんな感じだったのだろうか…と、俺は沖田の言葉を自分に置き換えて考える。そんな根性、俺にはなかったし、今もないけれど。かつての俺がしてきたのは、自分の中のホントの気持ちを、徹底的に否定すること、それだけだったから。

「高杉ィ」
「んー?」
沖田はスゲェなぁ、と思いながら見つめていたら、改まって名前を呼ばれて。

「好きになったヤツが、どんなヤツかは知りませんが、元彼の面影を追い掛けてるだけなら、やめときなせィ」
沖田の言葉は、胸にズシンと重く、のしかかった。

***

入学式で再会した幼なじみの小太郎と、一緒にいたのが坂本だった。
ただ単に、執行委員会同士だから一緒にいたのかと思ったら、入学してすぐから気が合って、よくつるんでいると言う。
俺は、背が高くてへらへら笑いながら馴れ馴れしく話しかけてくる坂本がちょっと苦手で、しかも初めて会った時に『ちっこい』とか『めんこい』なんて、俺が気にしてる言葉を連発されて。
小太郎と会うと、いつも必ず坂本がついてくるんじゃなければ、一緒につるんだり、坂本の部屋での飲み会になんか行ってなかったと思う。

大学での昼休みは、ほとんど毎日小太郎と昼ご飯を食べていて。15号館のクラブハウスを2階まで上がって、奥に突き抜けるとガラス張りのテラスになっていた。そんな場所、あまり学生に知られていないのか、だいたいいつも空いてるそこに俺達は集まっていて。授業で会ってるうちに仲良くなった銀時と4人、昼休みはそこで過ごすのが、いつの間にか定番になっていた。

その日、4月のうちから、授業をサボりだした銀時が相変わらず来てなくて。2限終了後、1人でそこのテラスに向かったらいつもの席に坂本が1人で座っていて。坂本は、俺にはまだ気付いてなくて。いつものヘラヘラした表情は消え、真剣な顔で、1人で本を読んでいた。

その時俺は、いつもと違う坂本の表情に、ドキっとした。

テラスの入口に突っ立ったまま声もかけられなくて。後ろから小太郎がやってきて、名前を呼ばれるまで動けなくて。小太郎の声で、ようやく俺に気付いた坂本は、本を閉じ、またいつものヘラヘラした顔に戻ってしまった。

それから、毎週火曜日は、早めに授業が終わって、真っ直ぐテラスに行くと、いつも坂本が1人でそこにいて。

本や論文を読んでいたり、明らかに女の子からもらった手紙を読みながら泣きそうになっていたり。
毎週火曜日の昼休み。ほんの2、3分のその時間は、いつしか俺にとっては特別な時間になっていた。

5月の半ば、火曜日の2限が休講になった日。学校は午後からになったんだからゆっくり寝てればいいのに、俺はいつも通り登校した。2限が空き時間の坂本は、テラスにいるはずだと思って。いつもは2〜3分だけど、しばらくは、あの真剣な顔を見れるんじゃないかと思って。

喫煙所で煙草を吸って、完全に2限の授業が始まっている時間になってからテラスに行ったら、その日に限って坂本はいなかった。かなりがっかりしてしまったことに俺自身が一番驚いていた。

1時間くらい、1人でボーっとしていたら、やっぱりいつもとは顔つきの違う坂本がやってきて。

だけど坂本は、俺の姿を見るなりいつものヘラヘラした顔に戻ってしまって。

「お、高杉、今日は休講がかァ?」
「ァあ」
坂本は、なぜか俺から離れた斜め前の席に腰を降ろした。

なんだろう、なんでかわからないけど、沈黙が続いてしまう。

「なんか、2人っきりって、初めてじゃのぅ」
「…そう、だな」
沈黙に耐えられなくなったのか、最初に口を開いたのは坂本だった。なんだ、俺は一体、何がしたかったんだろう?

「なーんか高杉が、ここにおってくれるのって、不思議な感じじゃのう」
「は?…そうか?」
坂本がいきなり言い出した言葉の意味がわからなかった。

「高杉、わしのこと、嫌いじゃろ?」
「……」
俺は、否定も肯定も、できなかった。
確かに、馴れ馴れしいし、ベタベタ触ってくるし、最初は嫌いだったんだけど。一緒に飲んだり遊んだりしているうちに、だんだんと印象は変わっていっている。
ハッキリ認識したキッカケはもちろん、いつもと違う真剣な表情を見てしまったからだ。

「すまんの、わし、何しゃべっとるんじゃろ」
がしがしと頭を掻きながら坂本は俺から視線を外した。そんな困った顔の坂本も、初めて見た。新鮮だった。

「辰馬ァ〜っ!いたいた、銀さん見ちゃったよォ!」
気まずい空気が漂う中、全てを吹き飛ばすようなデカイ声でテラスに入って来たのは銀時だった。

「辰馬ァ、女の子泣かしてたじゃないのよー」
坂本の肩に腕を回してニヤニヤしながら銀時が言う。

「もー、ほがなモン見るんじゃないぜよー」
「だって見ちゃったモンは見ちゃったんだよォ!なになに?告られた?フっちゃった?」
銀時は下心丸出しって感じで、矢継ぎ早に言葉を紡ぎ出す。どうやら坂本がさっきいなかった理由は、ソレらしい。

「見とったんじゃったら、触れんといてくれんかのう」
「なんで?なんでフっちゃったのよ?結構カワイかったじゃん?」
「オイ、銀時」
興味津々って顔の銀時を俺は窘めた。

「いいじゃん?高杉も聞きたくねェ?モテモテ辰馬の恋愛事情!」
「俺は別に」
他人の恋愛事なんて、正直あんまり興味はなくて。なぜなら俺は、自分のことだけでいっぱいいっぱいだったからだ。だけど、銀時はそんなことお構いナシで。

「ねー、なんでフっちゃったのよォ、辰馬ァ」
「じゃって、わし」
坂本がその後に続けた言葉が、どうしてか気になった。

「好きな人、おるからの」
俺は、ベタベタくっついて離れない坂本と銀時を、ぼんやりと見つめていた。

「だったらあの子、銀さんに紹介してくんなァい?どうせヤルことヤってんでしょー?」
銀さんご無沙汰なんだからー!と、昼間だと言うのに構わずわめく銀時。それに対して坂本は、少し困っているみたいではあるんだけど『否定はせんけどの』なんて言っちゃってる。

「スルのと付き合うのは別問題じゃろ?…のぅ、高杉」
「え?ァア、うん」
困った坂本に話を振られて、俺はついつい応えてしまっていた。

「何よー?高杉も、スル相手いるワケ?」
俺が、誰とも付き合ってはいないと踏んだのか、銀時はそんな尋ね方をしてきて。それは事実だったのだけれど。

「うっせェな、なんでそんなこと言わなきゃなんねェんだよ!」
それ以上、自分にまでとばっちりが来るのが嫌だった。

「えーっ、高杉そんな言い方ヒドくない〜?」
ノリ悪いー!女の子紹介してェ!と、喚き続ける銀時のせいで、そのまま、昼休みになって小太郎が来るまでエロ話になってしまった。好きなタイプがどうだとか、どれくらい自家発電するだとか。

(ヤベェな…。なんかしたくなってきたな…)

***

『今日か明後日か、近いうちに会えるか?』

先週土曜日に会ったばかりだって言うのに、俺は沖田にメールを送っていた。だいたい2週間に1回くらいのペースで会っているんだけど。

『9時過ぎでいいんなら、今夜で構いやせんぜィ』
すぐに沖田からは返事が来て、いつも通り新宿で待ち合わせて。

「こないだしたばっかりなのに、もうしたくなったんですかィ?」
学ランのまま新宿に現れた沖田に開口一番、そう言われた。

「ウン。…なんか今日、みんなでエロ話してて」
実家だと、エロDVD見るのも一苦労なんだよな、と俺が言った言葉に沖田も賛同してくれて。

沖田も、家族には言ってないから、隠すのが大変だと、ほとんど1人暮らしをしている恋人の部屋に置いてると、言いながら笑った。普通の男女のエロDVDなら、ここまで気を使うこともないんだろうけど。

トイレで上だけ私服に着替えた沖田とラブホに入った。俺も用意はしてたけど、臨時収入があったから、今回は出してやると言われて。

部屋に入るなり、さっさと脱いでさっさとシャワーを浴び始めた沖田は、部活の後で相当汗をかいていたらしく、頭まで洗っていた。
さすがに最初の時のような緊張はない俺も、全身キレイにして。ベッドに横になって携帯をいじっていた沖田に覆いかぶさって唇を塞ぐ。
すぐにひっくり返されて押さえつけられ、めちゃくちゃに攻められて、感じさせられて喘がされて。ワケわかんないくらい何回もイカされたけど。

***

裸のまんま、沖田の身体に腕を回して甘えていた。沖田は、半ば呆れながらも、嫌がりはせずくっついたまま離れない俺の好きにさせてくれて。

「沖田、俺、やっぱり好きかもしんねェ」
「…何がですかィ?」
「こないだ言った、大学一緒のヤツ」
何かあったのか?と問われ、特別何かあったわけではないと説明した。ただ、いつもとは違う真剣な表情を見てしまって、ドキっとしたのだと。

「でもそいつ、好きなヤツいるみたいなんだけどなー」
「それ以前に普通にノンケの男なんじゃねーのかィ」
「うん」
だからもちろん、言うつもりはないのだけれど。いつも明るくて、友達もたくさんいて、遊ぶときはいつも中心になってるそいつといたら、元彼のことは忘れられるかもしれねェと。

「忘れなくてもいいんじゃねェですかィ?」
「…そうだよな」
だって、嫌いになったわけではないのだから。いつかきっと、また笑って会えたらいいなと、俺は思っているのだから。…万斉が、どう思っているかは、わからないけれど。もしかしたら、いきなり別れを切り出した俺のこと、恨んでるかもしれないけれど。

「高杉、今日は泊まりますかィ?」
いつまでも離れない俺の、長い前髪を触りながら沖田がそう言ってくれて。

「…いいのか?」
「っつぅか、まだ電車あんのかィ?」
言われて時計を探したけど見つからなくて。沖田が見せた携帯の画面の時刻は、とっくに24時を過ぎていた。

「ごめん、もう帰れねェや」
小太郎のところまでなら、今から走れば帰れると思うけれど。

「いいでさァ。甘えたいんだろィ?」
(高杉って、人見知りのくせに甘えたがりなんだよなァ)

「ウン」
甘えたいというよりは、人肌が恋しい。まだ、離れたくない。寂しさを、埋めて欲しい。

「ごめんな。…あと、ありがとう、沖田」
沖田の胸に抱き着いて顔を埋めたまま、俺はちょっとだけ、泣いた。


To Be Continued…



たいした話じゃないけど、「replication」に続きます






















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