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※「月明かり浴びて」の続きです

「ねーねー晋ちゃん、暇潰すの付き合ってよ」
「んあ?」

ひとりにならないで


大学2年の後期が始まって。相変わらず俺と銀時はほとんど同じ時間割。4限が終わってさぁ帰ろうかと思っていたら、銀時が暇を潰したいなんて言い出した。

「今日ヅラさ、5限まであんのよ」
「別にいーけど」

お願い、一緒にいて、なんて。なんだ、銀時にしては、らしくねェものの言い方だよな。

どっちみち今すぐ帰ったって、きっと辰馬もまだだし用があるわけじゃないし。だったら喫煙所に付き合えって、銀時と2人で法学部棟の喫煙所でダラダラすることにした。

一緒に暇を潰してもらう代わりだって、銀時が買ってくれたお茶を飲んで、煙草に火を点ける。そういえばいつの間にか銀時も吸うようになってたんだよな。煙草吸いながら、いちご牛乳ってのはどうかと思うんだけど。

「えっと、ヅラにメールメール…」
「お前まだ使い方覚えてねーの?」
「だってさー、夏休みなんてほとんど使わなかったもん」

銀時の携帯が変わったのは7月の半ばで、前期の試験の直前だった。入学して知り合った時からずっと同じの使ってたから、1年半以上だろうし、それは別に普通のことなんだけど。長く使ってたんだったら、機種変した方が良かっただろうに番号変わったんだよな。ポイントだって溜まってたんじゃないのか?って思ったけど、新しいのが出たらすぐに変えちゃう辰馬にそれを話したって『そういうもんかのぅ?』で会話は終わってしまった。

夏休みに銀時が携帯を使わなかったのは、ほとんど毎日小太郎と一緒にいたからだろう。俺や辰馬が小太郎に『飲もう』とか『遊びに行こう』って電話すると、いつもその電話の向こうには銀時がいた。

「今日もお前、小太郎んとこかよ?」
「そーそー。電車で一緒に帰るよん」
後期になってから、銀時がほとんど原付きで通学してないのもなんだか謎だった。電車代よりガソリン代の方が絶対に安くつく。

「じゃあお前、睡眠不足はヤりすぎだろ?たいがいにしろよ」
「違いますけどっ!」

最近、バイトは少し減らしたみたいだけど、それなのに目の下に隈作って学校に来ることが多くなった。授業中も、俺がノート取ってるって安心してるのか、やたら寝てることが多いし。

「そー言えば、睡眠不足で思い出したけどさ。晋ちゃんって、一時期心療内科通ってなかったっけ?」
「ああ、うん。辰馬が行けって言うからよ」

強姦されて夜は1人じゃ眠れなくて。電車も怖いってわかった時に、辰馬に連れて行かれたんだけど。結局、たとえ相手が医者だろうと自分はゲイで、彼氏と一緒に住んでて待ち合わせてたのは元セフレだなんて、自分のことを詳しく話すのが嫌ですぐに行かなくなったんだ。

「睡眠薬持ってたりなんか、する?」
「はぁ?」

俺が、本気で最近の銀時はおかしいって確信したのはこの時だった。

「ごめんごめん、今の忘れて」
いつものように銀時はへらっと笑って、それ以上は聞けなかった。だけど俺は、新しい煙草に火を点けながら、きっと何かあるんだろうなと、だけどコイツのことだから言いたくないんだろうなと、思わざるを得なかったんだ。

「お前の言うとーり。持ってんぜ、睡眠薬」
だから、少しだけ悩んでから、俺は正直にそう、告げていた。処方されてもほとんど飲まなかったから、2種類の1週間分くらい、まだ残っているはずだった。

「明日持ってきてやるよ」

心配ごとでもあって、眠れないなら病院に行けと言いたかったけど、自分だって途中から行かなくなった人間だし、銀時が自ら進んで行くとは到底考えられなかったし。

「マジで…?ありがとう晋ちゃんっ!ちゃんとお礼するからっ!」
「礼なんざいらねェよ」

どうせもう、俺には必要ないものだから。ただでさえ寝起きの悪い俺があんなもん飲んで寝たら、起きてからいつも以上に長い時間、昼過ぎまで頭働いてなくてコリャ駄目だって飲まなかった代物なんだから。
ただ単に寝起きに弱いのと、睡眠薬の寝起きってのは、なんかこう、根本から違っていて。俺自身の意思に反して脳みそだけは眠っているような、そんな感覚だったのを思いだす。
あの時、自分も学校サボってずっと辰馬がついててくれたけど、そうじゃなかったら何をやらかしていたかわからない。眠っている間だって、『寝た』と言うよりはその何時間かだけ記憶喪失になったような、そんな感じだった。
だから、安易に人にあげていい物ではないと思うんだけどな。

ダラダラ話していたら90分なんてあっという間で。授業を終えた小太郎が喫煙所に姿を見せた。

「すまなかったな、晋助」
「別にいーけどさ」

小太郎の顔を見た瞬間、ホッとしたような表情になった銀時と、一緒にいた俺に謝った小太郎。なんか、これって、俺がまさに1人で電車に乗れなかったあの時期に似てないか?1人では帰れなくて、わざわざ小太郎が各停に乗ってくれたり、銀時と辰馬の授業が終わるまで待ってたり。

「銀時、小太郎」
その時吸っていた1本が短くなるまで3人並んで喫煙所に座ってた俺達だけど。

「何かあったんだったら話せよ。俺だって、昨年は1人で帰れなくて、助けてもらったんだからよ」

そう言ってやったら、2人共一瞬驚いた顔をして、すぐに黙りこくってしまった。なんだよもう、俺そんなに変なこと言ったかよ?

ただ、銀時に何かあって、小太郎はちゃんとそれを知ってるんだろうなってことがわかったから、俺はそれで良かったんだ。こうやって小太郎がついてあげてて、小太郎がわかってることなら俺は心配してないし、今話してもらおうなんて考えてなくて、銀時が話したいと思った時に言ってくれたらそれでいい。

「もーお前ら、今から睡眠薬取りに来いや」
「睡眠薬?」
さっきはいなかった小太郎が不思議そうに銀時と俺の顔を交互に見てる。

「晋ちゃんがくれるって」 「そうと決まれば、とりあえずウチだ」
俺達3人は、西門から駅までの道をタラタラ歩き始めた。

***

3人でマンションに到着したら、俺が4限で帰ってくると思っていた辰馬が、予定を切り上げてもう部屋に帰ってきていた。

「遅かったの、晋」

ふて腐れたような表情を見せた辰馬だったけど、1人じゃないことに気がついてとりあえず3人はリビングに座った。俺はすぐに、部屋にしまってあった睡眠薬を持ってきて銀時に渡してやる。

「こっちのピンクのやつは導入剤。まー、眠くなるだけだ。んで、白い方はちょっと強いかな」
薬局でもらった説明の紙も残ってたから、それごと銀時にあげてしまう。

「なんじゃあ?寝れんがか?銀時」
桂とヤリすぎじゃろーって笑ってる辰馬。冗談のつもりだとは思うけどさ。薬局で睡眠改善薬が買える時代に、わざわざ病院の薬を欲しがるなんて、ただ眠れないだけじゃないことは辰馬もわかってると思う。

「最初は半分に割って飲んだ方がいいかもな。ホントにスゲー寝ちまうぞ」
「寝るっちゅーか、死んでるみたいじゃったのぅ。わし、ほんに焦ったぜよ」

睡眠薬で寝た時の俺の状態は、辰馬がいろいろ話してくれたから助かった。
毎朝俺は寝起き悪いけど、そんなんじゃなかったってのも含めて。放っといたら階段から落ちたり、信号が見えてなくてひかれたりするんじゃないかって心配で、辰馬は昼くらいまで俺を外には出せなかったと。ちょっと大袈裟な気もしたけど、辰馬が本気で心配してくれてたんだって実感するのは悪い気はしない。過保護だけど。

せっかく来たんだからご飯でも食べて行けって辰馬が言ったけど、小太郎と銀時の2人は帰っていった。また今度お礼するから、その時に一緒にご飯食べようって。

「なぁ、辰馬」
2人になったリビングで、俺はソファで本を読み始めた辰馬の足元に座る。

「銀時、変じゃねェ?」
「そーかのう?」
ソファに寄り掛かって辰馬の太腿に頭を預けて。

「なんかさ、携帯新しくなったあたりから、なんか元気ないなーとか、時々思ってたんだけど」
「そんな前からがか?」

パタンと本が閉じられた音が聞こえて辰馬のおっきい手が俺の頭を撫でてくれた。

「睡眠薬なんぞ欲しがるんじゃから、そーかもしれんけどの」
するすると髪の毛を滑っていく辰馬の指が心地いい。

「桂がついとったら、大丈夫じゃろ」
小太郎1人の手に負えなくなったら言ってくるんじゃないかって辰馬の言葉を頭の中で反芻する。確かにそうかもしれない。

「でもアイツ何にも話さねェじゃん」
「それはえいじゃろ?晋かて、わしにしか言わんことあるじゃろ?」
「まぁ、そりゃそーだけど」

逆に辰馬にだから、言えないことってのも、あるんだけどな、俺には。

晋は優しいのぅって言いながら、ソファを降りて下に来た辰馬に抱きしめられてキスされて。銀時が小太郎に頼ってるのもこんな感じなのかなぁって、その時は納得したんだ、俺は。

***

坂本と晋助のマンションからうちに向かう間、銀時はずっと無口だった。鍵を開けて俺の部屋に入れてやってようやく、ホッとした表情を見せる。

「ねー、ヅラ。晋ちゃんって、ホント鋭いよね」
「まぁ、そうだな」

何かあったのなら話せと。そうは言いながら、本人が言いたがらないことは無理矢理聞き出そうとはしないのが晋助だ。だからきっと、晋助は今でも銀時の家の事情は全く知らないのだろう。

「銀時、こっち来い」

テーブルの前に座っていた銀時をベッドに呼んで斜め後ろから腕を回して抱いてやった。わざわざ後ろから抱いているのは、きっと銀時は今にも泣きだしそうな自分の顔を見られたくはないだろうと思ったからだ。

「ごめん、ヅラ」

素直に俺の隣に座った銀時の声が僅かに震えていた。直したばかりの原付きが再び壊されたのは後期が始まってすぐ。その日に限って電車通学の晋助とは正門前で別れていて、とうとう学校にまで現れたと泣きながら電話してきた銀時を慌てて図書館から学校まで迎えに行った。
その足で一緒に、警察に2回目の被害届けを出しに行き、ストーカーの話もしたが、結局警察は何もしてくれないんだと、再確認しただけに終わった。

「俺の前では泣いてもいいと言っているだろう」
「うん、ごめん、ヅラ」

銀時が睡眠薬なんかを欲しがったのは、夜中にうなされるからだ。未だ正体のわからないストーカーの夢でうなされていることに気付く度に起こしてやって。嫌だ、まだ死にたくないと、うわごとのように繰り返す銀時の心の叫びがどれだけ自分にとっても痛いものか。

「…晋助にも、話した方がいいかもしれないな」
いつ現れないとも限らない。今のところ、1人でなければ相手は何もしてこないようだが。

「晋ちゃんに迷惑かかんないかなぁ?」
「もしもいきなり襲われた時に、何も知らずにいる方が危険じゃないか?」

それに、だ。銀時は知らぬとは言え、昔の晋助は、包丁を振り回されたくらいでは怯みもしなかった馬鹿だ。喧嘩ばかりしていて、いつも生傷が絶えなかった。すっかり最近は大人しくなったもんだから、今でもそうだとはさすがに言わないが。

「晋ちゃんキレたら恐そうだよね」
ふふっと銀時が笑ったような気がして俺は少しだけ安心した。

「当たり前だ。アイツはホントに悪かったんだぞ?毎日喧嘩ばっかりして」
「そうじゃなくて、さ」

なんでそんなこと今まで黙ってたんだーって、俺らにキレそうじゃない?と銀時は笑いながら話した。俺に抱かれている間に、だいぶ落ち着いたらしい。ここが俺の部屋だということもあるだろう。

「あー、それもありそうだなァ…」
殴り合いの喧嘩で晋助に勝てる自信はない。10センチ以上の身長差をものともせず、坂本を殴り飛ばすようなやつだ。

「ヅラは大丈夫だよ。晋ちゃんヅラのことは大好きだからね、ヅラだけは殴ったりしないでしょー」

銀さんとはしょっちゅう殴り合いしてるけどって言いながら笑う銀時はこっちを見ていた。しょっちゅう殴り合いしてるなんて初耳だったが、きっとふざけ合っている範疇なのだろう。

「アイツは…。いつまで俺のこと…」
坂本に嫉妬されるのだけがうっとうしくて堪らないのだ。それ以外なら、頼られようと目の前で泣かれようと、負担だということはないのだが。

「一生無理なんじゃない?晋ちゃんは、死ぬまでヅラのこと好きだと思うよ」
俺の呟きをどう捉らえたのか笑いながら銀時が逆に俺の腰に腕を回して抱き着いてきた。

今、一生と言ったか、お前。お前はそれでいいのか?

「好きにもいろいろあるからさ、銀さんの好きと晋ちゃんの好きは違うと思うけどね」
ゴロンと膝の上に頭を乗せて甘えてきた銀時が猫みたいだと思った。

「時期を見て晋助にも話すか…」
晋助が、学校で一番銀時の近くにいることは間違いないのだから。俺が四六時中側にいてやれるのなら、何の問題もないものを。


つづく



そろそろ完結させたいです、このシリーズ(泣)






















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