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szene2-53 ひまわり


下描きを強制的に終わらせて、塗り始めてからの僕はノリノリ。僕の絵には、ほとんど輪郭線がなくて、ただ色を塗ってるだけっていうのが正しい。
一方、沙羅ちゃんは、まだエンピツで向日葵を描いていた。沙羅ちゃんは、本当に色を塗るのが嫌いで、時々ピクシブに線画を上げたりしてるらしい。塗ってもいいのよ、って。塗るのが楽しいのになぁ。

「宗則君も沙羅ちゃんもー、上手いから俺が教えることない気がするんだけどー」
「えーっ!!橋村さん、そんなこと言わずに私に色の塗り方教えてくださいっ!」
「ずるいよ沙羅ちゃん!だったら僕、デッサン習いたかったー!もう遅いけどー」

ちょこちょこ、両隣を覗きながらめーちゃんを描いてる英輔君のスケッチブック。まだ下描きの段階だけど、百日紅の樹の横で柔らかく微笑むめーちゃんがふつくしい。さっきの会話から、MEITOにされたらどうしようかと思ったけど、ちゃんと女の子のめーちゃんだ。

「んー。敢えて言うなら、2人とも、もうちょっと、ボカすべきところはボカしてもいいのになーと思うかなー。2人とも、持ってるものは筆と鉛筆で違うけど、今描いてる花、書き込みしすぎかもー。沙羅ちゃんは、もうさっさと色つけ始めちゃいなよー。宗則君はー、写真じゃないんだからー、そこまでリアルに雌しべや花粉まで描き込まなくてもいいと思うー」

英輔君は、沙羅ちゃんから鉛筆を取り上げ、水を汲みに行かせた。
「よく言われるー。でもねー僕、この細かいとこ描き込むのが大好きなんだよねー。執念燃やしてる感じ」
「…宗則君ってー、ミュシャとか好きー?…あとは、伊藤若冲とかー」
「だーいすき!!!超好き!!ミュシャも若冲も、本いっぱい持ってる!1回若冲みたいに、マス目描いて、そこに絵描いてみたい!」

うわーって、明らかに英輔君はびっくりしたような顔を見せた。
「宗則君、意外と豪快に描くねーって、さっき言ったけどー、取り消すー」
「えーっ!!」
なんか、ただでさえチビなせいか、『豪快』とか言われてちょっと嬉しかったのにな。

「そういう俺もー実は若冲好きー。昨年、京都の相国寺のさー、承天閣美術館のー、『若冲展』さー、学校休んで行ったんだよねー。動植綵絵、本物見てきちゃったー」
「えーっ!!!!!!!!!!!!」
ものすごい大きな声を出してしまった。ちょうど水を汲んで帰ってきた沙羅ちゃんがびっくりしている。

「なに?なに?なんかあったの?」
「英輔君、動植綵絵の本物見たことあるんだってー!」
「どーしょくさいえ?…なに?それ?」

「伊藤若冲の絵だよぉ!もう沙羅ちゃん、今度一緒に上野でも行くー?」
「美術館とか眠くなるもーん。あ、京都の漫画ミュージアムなら行ってみたいー」
「沙羅ちゃんは沙羅ちゃんだねー、歪みないねー、すごいわ」

沙羅ちゃんは全然興味無さそうだったけど、上野の西洋美術館とか、英輔君はよく行くんだって。今度一緒に行こうって約束になった。どんどん英輔君との約束が増えて嬉しい。

それからも、3人で喋りながら絵を描いて、お昼は一旦、学食に食べに行って、午後からまた続きを描いていたら、僕の携帯が鳴った。
鳴り分けしてるから、相手はすぐにわかる。っていうか、なんでメール来るの?ふみ兄、スタバ行ってみるとか言ってたんだけど、今朝。

『なぁ、郁彦、28日、病院で検査って言ってたんだけど、なんの検査か知ってる?』
相手は敦史。こんなメール送ってくるってことは、もうふみ兄と一緒にはいないのかな?

僕は『目』って、一言だけ、返信を送っておいた。
それから1分もたたないうちに、今度は着信が入る。もちろん敦史から。

「ねー、英輔くーん。電話、敦史なんだけど、出るー?」
「えっ?敦史さん?いいの?」
「いいよー、どうせたいした用事じゃないよー」

僕は鳴りっぱなしの携帯を英輔君に渡した。漫画だったら周りに音符でも飛んでそうなウキウキの表情で英輔君が電話にでる。
『はーい、なんですかー?なんでも応えますよー。…………だってー、宗則君がー敦史さんだから出ろって携帯渡してくれたんだもーん。まさか敦史さん、俺の声聞きたかったとか?超嬉しー』
英輔君が幸せそうでなによりだ。

「宗則君、誰?」
「んーっと、ウチの医学部の兄ちゃんいるじゃん?あの兄ちゃんの彼氏なんだけどー、英輔君の好きな人でもあるんだよねー」
「えっ!!宗則君のあの、メガネのお兄さんもこっちの人なの?しかも彼氏いるの?」

「そ。沙羅ちゃん見たことあるよ。中間テストの後、文応大学の学食行ったでしょ?あそこにいた黒髪でー、髪型こんなんでーちょっと小さくてー」
「ああ!あの、橋村さんが告白した人ね!お兄さんあの人と付き合ってるの?」
今度は沙羅ちゃんの表情が、ものすごく嬉しそうだ。目が輝いている。

「宗則くーん。敦史さんがー、夜かけ直すって言ってるけどー」
敦史の聞きがってることはわかってる。ふみ兄の28日の検査は眼科だ。なんの検査なのか、ふみ兄本人に聞けばいいのに。
…って、聞けなかったから、僕にかかってきたんだろうってことはわかってたけど。

「夜そんな暇なんかないよバーカって言ってやってー」
「夜そんな暇ないって言ってますけどー?」
そんな話、家でなんかできない。そんなに壁の薄い家ではないけれど、僕の隣の部屋はふみ兄なんだ、万が一、敦史に話してる内容が、隣の部屋なんかに聞こえたら大変だ。

本当は敦史に喋りたくない。だけど、敦史は知っといてもいいんじゃないかって気もする。
「ねー、英輔くーん」

僕は英輔君を呼んで、電話を代わってもらうことにした。それから、ちょっと今から、込み入った話をするから、ちょっとこの場を離れることを2人に告げる。ふみ兄のプライバシシーに関わることだから、ちょっと2人には聞かせられないって。

英輔君も沙羅ちゃんも、あっさり納得してくれて、僕は靴を履いて、英輔君から携帯を受け取ってその場から離れた。
「せっかくノリノリで描いてたのに」

恨み事くらい言ってやってもバチは当たらないよね。
結局僕は、自分が知ってることを敦史に話した。ふみ兄の目が悪くなる原因になった事件は、僕の生まれる前の話だから、詳しいことは知らないんだ。ただ、ふみ兄がこっちに来るっていう話が出たときに、少し、父さんから事情は聞いた。あと、兄ちゃんが、やっぱり自分の知ってることを僕に教えてくれた。

兄ちゃんから聞いた部分は、又聞きになってるから、必ずしも正確とは限らないけどって、断りを入れて、僕はなるべく簡潔に、敦史にふみ兄の家のことを話した。
「そんなわけで、ふみ兄は半年ごとに眼科で検診受けてるわけ。今すぐ失明するようなことはないらしいけど、将来的には緑内障になる可能性が高いんだってさ」

今のところは、目が疲れた時に目薬を射してる程度だけど、そのうち毎日数種類の目薬が必要になるだろうって言われてる。それでも駄目なら手術。ふみ兄本人は、普段僕らには、『大丈夫だよ』『40歳以上の約20人に1人がかかる身近な病気なんだよ?』『自分だけが特別ってことはないからさ』なんて言ってるけど、それでも敦史には話さなかったってことは、やっぱり恐れてるんだと思う。いつか見えなくなるってことを。ただでさえ、ものすごい近視だしね。見えないってことが、どういうことか、多分一番良く知ってるわけだし。

『なぁ、宗則。…話してくれてありがとな。俺、その時がきたら、俺が郁彦の目になるわ』
敦史の言葉に、僕がびっくりした。俺が目になるって、簡単に言うんじゃないよ!って言ってやりたかったけど、多分敦史は本気だ。なんか、敦史なら全て投げ出して、ふみ兄に尽くしそうな気がする。そういうヤツだと思ってるから、僕も話してるわけなんだけど。

「僕じゃなくて本人に言えって言いたいところだけど、そういうわけにもいかないから、聞いといてあげる。つか、僕忘れないからね、万が一別れたりしたら刺すからね」
『刺すとかおっかねーなお前!…ま、安心しろよ、郁彦と俺、うちの親公認になっちゃったからさ。親父が郁彦気に入っちゃってさー、別れたら学費ストップとか言われてんだぜ』

ああ、そう言えば、笠原先生に会ったとかってふみ兄言ってたっけ。そうだ、僕も敦史に聞きたいことあったんだった。
「ああ、聞いた。…そう、それで聞きたかったんだけどさ、ふみ兄となんかあった?ふみ兄泣かすようなこと言ったかあったかなんか。僕入院してる最中に」
『え?なんのこと?』

僕自身入院してたせいで、ちょっと時間が経ってしまったから、敦史が不思議そうな声を上げるのも無理は無いかもしれない。
「入院してたから僕もよくわかんないんだ。家にいたらなんとなく感じるんだけど、不機嫌なのとか。ただ、敦史となんかあったんだろうなって顔はしてた」

タリーズでコーヒーを飲んでいたあの時。あの日のふみ兄は確実になんかどっか変だった。でも、敦史のこの言い方だと、別に喧嘩したりはしてないようだ。って、ふみ兄と敦史が喧嘩することなんてないと思うけど。それは決していいことではなくて、ふみ兄が全て溜め込んじゃって、言いたいこと言わないから、喧嘩にならないってだけで、原因になるだろう事象がないわけじゃない。

結局、敦史と話して一つの可能性として見つかったのは、ふみ兄は、なにか、英輔君の痕跡を見つけてしまったんじゃないかっていうことだった。
英輔君に『諦めるの?諦めていいの?』ってけしかけたのは僕なんだよな。別に後悔はしてないけど、もう時間も経っちゃったことだし、ふみ兄問い詰めるのはやめておこうか。

敦史には、こないだタリーズでコーヒー飲んでる時にふみ兄が言った、超絶萌えセリフを教えてあげた。『僕が隣にいない敦史の写真は欲しくない』ってやつ。
『俺、もう毎日ずっと郁彦の隣にいるから!というわけで、これからお前んち遊びに行っていい?』
「それはふみ兄に聞けよばーか」

『だって郁彦図書館行っちゃったんだもーん、絶対メールになんか気づかねーだろーがよー』
そういうことだったんだ。だったら仕方ないよね。読書中のふみ兄には、僕だって近づかないよ。
「そんなの知るかーっ、ばーかばーか!!」

言いたいだけ好きなだけ、敦史に『馬鹿』って言った後に僕は電話を切った。なんか、馬鹿って言いまくったらすっきりした。敦史だから言えるんだけど。
長電話を終えて、英輔君と沙羅ちゃんのところに戻ると、2人とも寝転がっていて、写生なんてしていなかった。

「あー、宗則くーん、おかえりー!見て見てー、俺が描いた敦史さーん」
「…なにやってんの?」
「1回しか会ってないからうろ覚えなんだけどー、宗則君の医学部のお兄さん!橋村さんが会ったことないっていうからー」

要するに、寝っ転がって2人でスケッチブックにふみ兄と敦史の似顔絵を描いていたらしい。
「…沙羅ちゃん、課題は?」
「宗則君、色塗りたいでしょ?」
沙羅ちゃんの画用紙は、一生懸命描き込んでた向日葵だけが着色された状態になっていた。

「…なんで一番手前の向日葵から塗るの?」
「塗りたいところから塗っちゃ駄目なのー?」
「英輔君、なんでこうなる前に駄目出ししないのーっ!!」
「あ、ごめん、だって、面白そうだったんだもんー」

もう信じられない!面白そうってなんだよ、英輔君の馬鹿っ!!
でも、沙羅ちゃんのふみ兄と、英輔君の敦史、すんごい似てる。2人共、3割増しくらいで男前になってるけど。

「宗則君、めーちゃん2枚描いてあげるから頑張ってー!」
「…なんで僕ー?って、確かに僕、どうせ人間描けないけどー」
「だってぇー、そんな向日葵だけ塗られた絵、俺ぇ、塗りたくないしー」
「だからー、なんでこうなる前に止めてくれなかったのさー、英輔君のばかー!」

結局僕一人が課題の写生をやって、沙羅ちゃんと英輔君は、半分以上イラストの落書きをしてた。英輔君は、時々ちゃんと色塗りもしてたけど、めーちゃんの。ふつくしいめーちゃんもらえたからいいんだけど、それにしても沙羅ちゃん。…なんで向日葵だけ塗ったんだよ、泣きたい。






















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