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szene2-52 百日紅と千日紅


英輔君と沙羅ちゃんとそれぞれ絵の具を持って、文応大学南門前で待ち合わせた。入院中に約束した写生をするんだ。

「どこで描くのー?」
大学構内は広い。医学部付属病院あたりなら僕もそれなりに知ってるけど、他のエリアは未知数だ。できれば、建物が入らないような構図にしたい。

「農学部の方いこー。池あるし、花もいっぱいできれいだよー」
「英輔君知ってるなら任すー」
「宗則君に賛成ー!お願いします橋村先生ー!」

農学部は、医学部とは全く反対側にあるらしい。ゆっくり歩いたら30分くらいかかるって言われて、嫌になったけど、英輔君も沙羅ちゃんもノリノリだった。まだ、さほど強くはない朝の日差しの中だったから、仕方なく僕も黙って、3人でのんびり歩いた。

「宗則くーん、具合はー?」
「病み上がりでダルいのか暑いからなのか、単に体力ないだけなのかわかんなーい」
少し遅れた僕を気遣って英輔君が歩くスピードを緩めてくれたけど、多分答えは全部。それと、英輔君と僕の脚の長さの違いも大いにあるよね。

「橋村さんっ!!私が3人分荷物持ちますからっ、遠慮なく宗則君抱っこしてあげて下さいねっ!」
「いくら僕の方がチビだからって、沙羅ちゃん、それは酷いんじゃない?」
「えーっ、そんなつもりないよー?宗則君はどうせすぐ大きくなるし、だいたい、3センチしか変わらないしー」

「沙羅ちゃん要するにさ、俺と宗則君がくっついてりゃなんでもいいんでしょ?」
そんなハッキリ言わないでーってキャッキャ喜びながら沙羅ちゃんが飛び跳ねる。沙羅ちゃんは歪みなく沙羅ちゃんだよね、いつでも。しかも目的達成のためなら3人分の荷物持つって言うんだから、根性あるわ。

「どーせ後で、隣座るんだから沙羅ちゃん落ち着けー」
だって、今日はどう考えても英輔君が真ん中だもん。英輔君に教えてもらうんだもん。イケメンの絵画教室とか超イイ。

「宗則くーん、抱っこはないにしても、荷物くらいなら持つから、遠慮しないで言ってねー。宗則君が無理して倒れる方が嫌だからー」
「ありがとー」

つか、こんなに歩くってわかってたらけったで来たのに。3人揃って待ち合わせ場所から2キロ以内に住んでるのに、全員地下鉄で来たのは、やっぱり画板がデカイせいかな。英輔君、画板なんて引っ張りだしたの小学生以来だって。中学入ってからはずっと油絵描いてたらしい。今日は僕らに合わせて、透明水彩絵の具持ってきてくれた。筆とか全然違うんじゃないの?あんまり詳しくないけど。どっちも扱えるとか、英輔君かっこいい!

ようやく30分歩ききって、農学部校舎前に着いた時、僕は一瞬疲れを忘れた。英輔君が言っていた通り、池にはわずかに残った蓮の花、満開の向日葵に早咲きの秋桜といちごみたいな千日紅に真っ赤なサルビア、それから夾竹桃や百日紅の花がいっぱい咲いてて、かなりキレイだった。

「校舎の裏は畑らしーよー。こっちは花ー。あっちのビニールハウスは薔薇園らしーよー」
「薔薇の園ですってぇ!!なんたるユートピア!理想郷がここに!」
「沙羅ちゃん、それ、意味違うからねっ!」

英輔君の説明に沙羅ちゃんが目を輝かせたからすぐにツッコミを入れた。あれ?もしかして、この3人だと、ツッコミ用員僕しかいないんじゃないの?もちろん、沙羅ちゃんはわざと言ってるのわかってるし、英輔君は、全く沙羅ちゃんの言葉なんて聞いてないから、さしたる問題ではないかもしれないけれど。

「とりあえずレジャーシート敷くよー」
英輔君が背負ってた、登山用のザックの中から、巨大なレジャーシートが出てきた。僕じゃなくて、沙羅ちゃんに角を持たせた英輔君は2人で引っ張り合って、芝生の上の、大きな樹の下の日陰のスペースを陣取った。

「でっか!英輔君、これ、どんくらいあるの?」
「6畳あるよー!すごいでしょ!ま、花見シーズンになると、普通にスーパーに売ってるんだけどね」
「3人で寝転がっても全然余裕ですねー」
そんなでっかいレジャーシート、そりゃお花見大好きな日本人のことだから、ないわけないに決まってるけど、それが業務用とかじゃなく、普通に手に入るものだということに驚いた。

「宗則くーん、まず座って休んでー!飲み物持ってきたでしょー?飲んでー休んでー」
僕、そんなに疲れた顔してたのかな?確かに、病み上がりでただでさえない体力が落ちてるような気はするけれど。

素直に甘えることにして、僕は靴を脱いで鞄を置いた後、レジャーシートに倒れ込んだ。ほとんど風のない日だけど、気持ちいい。僕が転がったレジャーシートの端。すぐ横に千日紅の花が咲いてて、超可愛い。
「宗則君、水分摂らないとダメー」
「はーい」

膝をついた英輔君が真上から覗きこんできたから、僕は素直に鞄からペットボトルの水を取り出して2口くらい飲んだ。カシャカシャカシャカシャ…って、すごい連写の音が聞こえる。さっそく沙羅ちゃんフル回転だな。

「これ、あんまり美味しくないけどあげるから飲んで―。沙羅ちゃんもー!倒れられたら困るからー」
「なにこれ?」
「塩サプリ。熱中症対策ー。歩き疲れてるんだったらアミノ酸もあるよー」
「アミノ酸って、あのチョーまずいやつでしょー?知ってるー!兄ちゃんの必需品!」

兄ちゃんが、毎日飲んでるから、美味しいのかと思って一口もらって吐きそうになったことがあるから覚えてた。アレに比べたら、塩サプリなんて可愛いものだ。飲めるもん、普通に。

「そこで橋村さんが口移しとかしてくれると超ウレシイ!まさに薔薇の園!」
塩っていうだけあってしょっぱい!とか言いながら、塩サプリを飲んだ沙羅ちゃんだったけど、すぐにまた調子を取り戻した。
「あのね、沙羅ちゃん…」
「沙羅ちゃんがカメラ構えてるからしなーい」
「えーっ!!」

ちょっと英輔君、その言い方だと、『沙羅ちゃんがカメラ構えてなければする』っていうふうに聞こえるんだけど。カメラ構えてなければ見られててもいいんですかっ!!

「あのねー沙羅ちゃん。俺は付き合って来ただけだしー、宗則君は学校行かないかもしれないしー、一番マジメに、課題やらなきゃならないの君なんだからねー」
「大丈夫です!いざとなったら、宗則君に手伝ってもらって、1時間で片付けるからっ!」
靴を脱いで、レジャーシートの上に画材を用意しながら言った英輔君の言葉。沙羅ちゃんは全然メゲていなかった。

「えーっ、なにそれ?宗則君手伝ってあげるのー?」
「うんー。昨年までは。でも沙羅ちゃん、今年はどうせなら、英輔君に手伝ってもらいなよー」
「橋村さん、お願いしまーす」
「自分でやりなさいよー!信じらんなーい!」

とにかく俺は手伝わないからね!と言った後、英輔君は画板の上にスケッチブックを広げた。エンピツを取り出して、するするっとスケッチブックの上に描かれたのは池と、秋桜。ものの3分ほどで、英輔君が、今目の前に広がる景色のどこを描いているのかがわかった。

「すっげ、英輔君上手ーい!さすが!」
「うわぁ…。ホントに尊敬するー」
僕とは反対側の隣に座った沙羅ちゃんも感嘆の声を上げた。

「見てないで2人とも描きなさーい」
言いながら英輔君の視線は目の前の景色と、スケッチブックからは離れない。いくらくっついて隣に座ってても、えっちな雰囲気になんて、なりようがなかった。僕は別に構わないんだけど、沙羅ちゃん残念。

英輔君と同じところを描いても仕方ないから、僕は池に辛うじて枯れずに残っていた蓮の花を主役にすることにした。
蓮の花と、伸びきった葉っぱと、手前のサルビアの花壇に千日紅と秋桜で、今日の青い空。一番奥に夾竹桃も入れておくか。

鉛筆の下書きは30分くらいで終わらせて、英輔君に教えてもらった校舎内の水飲み場でバケツに水を入れてきた。英輔君がこのへんに詳しいのは、時々絵を描きにきていたかららしい。一人で描いてたら、学生のおねーさん達が嬉しそうにいろいろ教えてくれるんだそうだ。そりゃこんなイケメンが絵描いてたら嬉しいよね。

「宗則君、もう色つけるのー?」
「うん。これ以上下書きしてもしゃーないし」
「相変わらずだねー。宗則君いっつもなんですよー」

沙羅ちゃんの画用紙は、まだほとんど真っ白。端の方に向日葵の花壇らしきものが描かれただけだった。
僕は、一番太い平筆に、たっぷりの水含ませて青と水色混ぜて作った色を画用紙の上半分に一気に塗りつける。

「宗則君意外と豪快に描くねー」
「ちまちま描きそうなのにーって良く言われるー」
言われる理由は、単に僕が小さいからってだけだろうけど。今塗った青色が乾く前に、濃さを調節した青をまた乗せる。空の色は単色じゃない。

次は池の色。とりあえず今は青で塗るけど、後からいっぱい色乗せるんだ。
これで画用紙の半分以上は青色に染まった。

「超楽しくなってきたーん」
百日紅の白とピンク、秋桜も白とピンクで時々オレンジ、夾竹桃は濃いピンク、サルビアは真っ赤、蓮は白。さて、どこから塗ろうか。

「宗則君いっつもこうなんですよー。塗るのが楽しいんだってー」
英輔君の横から覗き込んできた沙羅ちゃんはまだ鉛筆を持っている。向日葵一輪描くのにエネルギー使いすぎだって。

「沙羅ちゃんはー?まだ向日葵しか描いてないけどー」
「私は壊滅的に色のセンスがないから、せめて線だけでもちゃんと描いておかないと!」
「沙羅ちゃんは単純に色塗りに愛がないんでしょー。人間だったら喜んで塗るじゃん。男に限るけど」
つうか、沙羅ちゃんが課題で描かされた自画像以外に女を描いたってのは見たことがない。多分、全体的に肌色が多い絵男の絵なら喜んで塗るんだと思うよ。

「英輔君は?まだ塗らないの?」
「んー?俺ー?」
英輔君が広げたスケッチブックは、もう画面のほとんど全体に描きこみがなされていた。

「なんかー、気に入らなかったから描き直すー」
「ええええええっ?それでっ?」
「えええー!!」
僕と沙羅ちゃんの驚く声もなんのその。英輔君はなんで?って顔でスケッチブックのページをめくった。

「…本当に上手い人って、こういうことなんだよ、沙羅ちゃん」
「うん。………でも、宗則君も上手いからー!」
「いや、だから、漫画は沙羅ちゃんの方が上手いからね、僕人間描けないからね」

僕と沙羅ちゃんの絵の方向が、どうしてこんな真逆になってしまったのかというと、単純に、沙羅ちゃんは漫画から絵を描き始めたからで、僕は、入院中に、窓から見える景色や百科事典の花の絵から描き始めたからっていう、ただそれだけ。

「あんなに花とか上手くて人描けないとかー、宗則君おかしー!」
「いやいや、それ言うなら、沙羅ちゃんが花描けない方が、僕から見たらおかしいからね!」
「あれーーー?」
僕達が言い合っていたら、間に挟まれた英輔君が素っ頓狂な声をあげた。

「そーいえば俺ー、だいぶ前に、宗則君にめーちゃん描いてって言われた気がするー」
「あっ!そーいえば、うん、言ったよ。いつでもいいけど描いてって!」
多分英輔君が芸術学科だって知った時だから、ふみ兄と敦史が付き合い始めるより前だ。僕も、言われるまで忘れてた。描いてもらう立場だから、特に請求とか催促なんてしなかったし。

「じゃあ、せっかくだから、そこの百日紅の樹のところに立ってるMEIKO的なシチュで描くねー」
「うひょ!まじ!!英輔君すっげー!!!!」
「なんで宗則君MEIKOなのー?なんでKAITOじゃないのー?」
「僕二次元なら女の子オッケーなのー!英輔君もそう思わないー?」

宗則君もP名付くような動画作りなよ!KAITOならおしゃべりでいいんだよ?脱がせるとかしようよ!って言ってるってことは、もしそういう音声ファイル、僕が作ったら沙羅ちゃんが絵つけてくれるのかな?どうせならめーちゃんとの掛け合いとかいいけど、喋らせるネタが思い浮かばないってば。

「思わないよー。俺ー、二次元でも女いらなーい。MEITOなら愛せるかもしれないけどー。KAIKOだってあれ、実は女装子でしょ!でなきゃ萎える!」
「えーっ!!」
「さっすが橋村さん正統派!!」
















玲衣那先生に写真を提供してもらいました。


蓮(「蓮」と「睡蓮」は別の花)


千日紅(センニチコウ。紫色のもあるよ)


百日紅(サルスベリ・白)


百日紅(サルスベリ・ピンク)


サルビア(真っ赤なところは実は花ではない)


夾竹桃(キョウチクトウ。根、葉、枝、花全てに毒があるので注意)


秋桜(コスモス)


向日葵(ヒマワリ)






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