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szene2-51 Be next to you


前は嫌がってたスタバに、突然行きたいから付き合ってとか言われて、大学の最寄り駅の前にあるスタバで待ち合わせ。
なんでも、宗則に『甘くないブラックコーヒーもあるよ』って教えてもらったんだとかで、飲んでみたいらしい。

「300円も取るだけあるよねー、ちゃんとコーヒーの香りするもんねー」
たった300円でこんなに嬉しそうな郁彦の顔が見れるとは思わなかった、ありがとうスターバックス!ありがとうマセガキ!あんまり嬉しそうだったから、写メ撮って携帯の待受に設定してやったら怒られたけど。

せっかくだったから、そのままスタバで、ドライブに行く日を相談している最中に、なんだか気になることを言われた。
結局延び延びになってしまって、8月末になったこと自体は別に問題がない。後期が始まるのはどうせ10月1日だ。9月も大学生の夏休みは続く。

「ごめん、28日は駄目。病院、なんだ」
「病院?なんの?」
「うん…。眼科で、検査なんだよね」

結局ドライブデートは、俺の希望どおり星空を見に行こうって話になって、月齢の関係で9月1日に決まったけど、『なんの検査?なんで、どうして?』って、聞けなかった俺って、案外ヘタレだったんだなと思った。いや、多分郁彦限定だから、こんなの。郁彦が俺から視線逸らしてうつむかなきゃ聞けてたから。

「検査って、そんな時間かかんの?」
「そんなことはないと思うけど…。心配なら、終わったら連絡するよ」
「うん」
「それよりも敦史」

俺の葛藤を知らない、もしくは敢えて気づかないフリなのか郁彦は、いきなり夜走って大丈夫かって心配してくれたけど、そもそも俺、教習所には夜ばっかり行ってたから、夜の方が慣れてたりする。だから多分、大丈夫。車は、佐々木さんのおじいちゃんおばあちゃんが買ったばかりのフィールダーを貸してくれるそうで、郁彦がおばあちゃんに電話したら、星が見たいなら富士五湖あたり行っといでって言われた。いきなり山梨か、静岡か?更には山道か?ちょっと遠いかもだけど、2人で交互に運転すりゃ大丈夫だよな。練習練習、なんとかなるって。超楽しみ。

…けど、やっぱり気になる。郁彦、なんの検査なんだろう。そんなに時間かからないのにその日駄目って、出かけるの夜なのに矛盾してない?

結局こうなって困った時の俺には、マセガキに頼るという選択肢しかないわけだ。
『なぁ、郁彦、28日、病院で検査って言ってたんだけど、なんの検査か知ってる?』
悩んで悩んで、やっとのことで送ったメールには、たった一文字『目』っていう、可愛くない返信がきた。

本文がたった一文字ってどーなのよ。
だいたい、眼科なんだから目の検査だってことくらいわかるわっ!眼科で大腸の検査なんかしねえっての!どあほう。
メールじゃ駄目だ、はぐらかされると思って、宗則に電話をかけた。退院して3日経ってるんだから、もう暇してんだろ。

「おい、宗則、ちょっと聞きたいことがあんだけど」
『はーい、なんですかー?なんでも応えますよー』
え?ちょっと待て。8コールくらいして、ようやく繋がったと思ったら。
「なんでテメェが出んだコラァ!」

宗則にかけた電話に出たのは、英輔だった。
『だってー、宗則君がー敦史さんだから出ろって携帯渡してくれたんだもーん。まさか敦史さん、俺の声聞きたかったとか?超嬉しー』
「んなわけねーだろ!」

宗則め。つーか、またお前ら一緒にいるのかよ。俺は1人すごすご郁彦と別れて帰ってきたってのに。郁彦とスタバ行っただけですよ?なんで帰ってきたかって?郁彦、図書館行って本読みたいんだって。俺も行くって言ったら、読書中は呼ばれても返事しないから遠慮して欲しいって。宗則情報だと、たしか勉強中もそうなんだよな、無理矢理声かけると物が飛んでくるんだっけ。ホント、すんげー集中力。

「…お前ら、なにしてんの?」
『えー?文応大学のー、農学部のあたりで絵ー描いてますー』
はぁ?

「なに、そういうデートなの?文化系ってそういうデートすんの?もうだからお前らで付き合えよ!」
『残念ながら宗則君と2人じゃないんですー。宗則君の、中学の友達っていう腐女子が一緒でー、なんか、絵描いてこいってのがー夏休みの課題らしいですー』
そういうことだったのね。っていうか腐女子ってことは女か!宗則、なんだお前、今から腐女子の友達なんているのかよ、やべーだろ。

とりあえず、宗則が暇じゃないことはわかったし、いつまでも英輔と話してても俺が欲しい情報は手に入らない。
「宗則にさー、夜かけ直すって言っといて」
『宗則くーん。……………………夜そんな暇ないって言ってますけどー?』
こ、このガキ…。俺がお前頼るのはどんな時か、わかってるくせに。どうしてやろうかと思っていたら、電話の向こうでぼそぼそ喋る声が聞こえた。宗則と英輔、それから、確かに女の子の声がする。

『敦史さーん、宗則君に代わりますねー』
え?そうなの?なんか、いきなり状況が開けた。って、あのマセガキが、素直に俺の知りたいことを教えてくれるとは限らないけど、とにかく代わってもらえるなら一歩前進だ。
遠くで、わかったーって、英輔の声が聞こえてからようやく、電話の向こうに宗則が出た。

『せっかくノリノリで描いてたのに』
「なにやってんだよ、お前ら」
『だから、写生って言ってんじゃん。夏休みの課題なんだってさ』

「学校なんて行かねーくせに?それよかお前、今から腐女子の友達なんていんの?将来やべーな」
『幼稚園から一緒の子がたまたま腐ってただけ。…敦史、そんな話がしたいんだったら切るけど?』
「あ、ごめん」

ここで切られたらなんのために電話したのか意味がわからなくなる。
「いやさ、だからさ、俺が知りたいのはさ、郁彦のさ…」
『わかってる。そんな話、家でなんか電話できないよ?隣の部屋に聞こえたら大変でしょ。だから今出た、しょーがないから』
心底嫌そうに『しょーがないから』に力を込めた宗則に、腹は立ったけど今は我慢だ、耐えろ俺!

『敦史さー、なんでふみ兄が目ぇ悪いのかって、本人に聞いた?』
「えっ?いや、なんか、幼稚園からメガネだって言ってたけど、聞いてない。なんか、聞いてほしくなさそうな雰囲気でさ…」
『じゃあ僕にも聞かなきゃいいのに、ばーか』

ふて腐れたような声を出しながら、それでも宗則は教えてくれた。自分が知ってるのは、兄ちゃんに聞いた話で、兄ちゃんもほとんどが父さんやばあちゃんに聞いた話だから、つまり又聞きになってるから、必ずしも正しいとは限らないけどって断りを入れてから。

宗則の話は、俺にとっては、とんでもなく衝撃的な内容だった。
まだ幼い郁彦を殴り飛ばした実の母親、そして、その時に吹っ飛ばされてテレビにぶつけて、あわや失明しかかったとか。

たまたま、佐々木のおばあちゃんが来てたおかげで、すぐに病院に運ばれたけれど、おばあちゃんがいなかったらどうなってたかわからないとか。その前から、郁彦の母親には育児放棄、及び虐待の兆候があって、『ならば郁彦君はうちの子にする』って、佐々木のおじさんと宗則のお母さんがしょっちゅう郁彦の家行ってたんだけど、宗則が生まれた時におばさんは死んじゃって、おまけに宗則は身体弱くて、それどころじゃなくなったとか、だから郁彦は、夏休み実家には帰らないんだとか。

それだもん、郁彦、自分ちの話したくないよな。以前は『僕も言いたくない』って言ってた宗則が、今回は教えてくれたのは、俺達が付き合い始めて、あの時とは状況が違うからか。それなりに、宗則には信用されてるってことか、俺は。っていうか。

「お前、今そこに英輔とか女友達いるんだよな?ちょ、こんな話聞かれて…」
『聞かれないように離れたー。英輔君たち見えてはいるけどー、10メートル以上離れてるから大丈夫じゃない?…こんな話聞かせられるわけないでしょ、馬鹿なの?敦史にだって言いたくないんだからね、僕』

「そ、そうか。…ごめんな」
馬鹿は余計だと思ったけど、口には出さなかった。耐えろ俺。

敦史に話すって決めたのは僕だから、謝らなくていいけど、僕から聞いたってふみ兄に言わないでよって、宗則は電話の向こうで不機嫌な声を上げた。もちろん言わないっていうか、言えない。もう既に、今現在、涙をこらえるのでいっぱいいっぱいだっていうのに、どうやって郁彦に話せっていうのよ。

『ふみ兄がこっち来るまでー、ばーちゃんはほとんど毎月ふみ兄んとこ行ってたよ。まー、ふみ兄が中学生になったくらいからー、もう母親には殴られなくなったらしいんだけどー。あ、これはふみ兄本人から聞いた。多分ふみ兄の方、力が強くなったからじゃないかなーって。男の子だからねー、細いけどー』

「…そっか」
郁彦なら、そんなイカレた母親でも、自分の方がデカくなってもきっと、殴り返したりはしなかったんだろう。優しすぎるやつだから。

『あとねー、この春にふみ兄を迎えに行ったのがにーちゃんなんだけどー、名古屋の家のふみ兄の、ベッドも机も本棚も全部処分したんだってー。だから、ふみ兄、もう名古屋に帰るとこないんだよねー。もう、うちの子だからいいけどね。まだまだ名古屋メシ食べ尽くしてないからさー、名古屋に旅行に行くことはあるかもだけど、あの家に帰らす気なんてサラサラないし、佐々木家全員』

むしろ父さんでもばーちゃんでもいいけどさ、さっさとふみ兄さらって来てうちの子にすればよかったのにって宗則はいうけど、さらうってのはちょっと物騒な言い方なじゃないの。気持ちはわかるけど。

『とりあえず、そんなわけで、ふみ兄は半年ごとに眼科で検診受けてるわけ。今すぐ失明するようなことはないらしいけど、将来的には緑内障になる可能性が高いんだってさ』
俺は、目の前のパソコンで、ブラウザを開いて緑内障をググる。名前はよく聞く病気だけど所詮、まだ教養科目しかやってないような医学部一回生程度の知識では、どんな病気なのかよくわかっていない。

要するに、眼圧が高いために視神経が障害され視野が欠けてくる病気らしい。40歳以上の17人に1人がかかる身近な病気で、目をぶつけて眼圧が上昇した場合や生まれつきの人以外は生活習慣が関係あるんじゃないかと言われてるらしい。あとは、血縁者に緑内障の人がいる人や、強度の近視の人、低体温、冷え性、低血圧、頭痛持ちは気をつけろって。なに、郁彦、目はぶつけてるし強度の近視だし頭痛持ちじゃねーのよ、当てはまりすぎ。

「なぁ、宗則。…話してくれてありがとな。俺、その時がきたら、俺が郁彦の目になるわ」
『僕じゃなくて本人に言えって言いたいところだけど、そういうわけにもいかないから、聞いといてあげる。つか、僕忘れないからね、万が一別れたりしたら刺すからね』

「刺すとかおっかねーなお前!…ま、安心しろよ、郁彦と俺、うちの親公認になっちゃったからさ。親父が郁彦気に入っちゃってさー、別れたら学費ストップとか言われてんだぜ」
気に入ったのは『優秀な学生だから』って部分も大きいんだけどさ。
『ああ、聞いた。…そう、それで聞きたかったんだけどさ、ふみ兄となんかあった?ふみ兄泣かすようなこと言ったかあったかなんか。僕入院してる最中に』

「え?なんのこと?」
まて、ホントになんのことだ?でも、宗則は、意味のないことは言わないはずだ。俺は慌てて、宗則入院中の郁彦とのことを振り返った。けっこう一緒にはいたんだよな、夏休みだし。

『入院してたから僕もよくわかんないんだ。家にいたらなんとなく感じるんだけど、不機嫌なのとか。ただ、敦史となんかあったんだろうなって顔はしてた』
あの郁彦の表情がそこまで読めるのは、恐らく世の中に宗則しかいないだろう。俺にとっては、ものすごくありがたい。

しかし、宗則が入院してる間になんて、なんかあっただろうか。うちの親に襲撃されたくらいのものだ。あ、いや、待て、その前の日に郁彦なんか言ってたっけ。
「……合ってるかどうか俺もわかんねーんだけどさ、うちの親来る前の日にさ、郁彦にさ『誰か来たの?』って言われてさ。多分ごまかせたと思うんだけど、実際は前の日に英輔が来てたわけでさ…」

『…なるほど。確認だけど、ふみ兄に英輔君のことなんか言ってないよね?僕は、英輔君の名前すらふみ兄には話したことないけど』
「俺だって話すわけねーだろーがよ!」

電話の向こうで宗則がため息をついた。ついつい、デカイ声出しちまった。
『僕の予想では、英輔君の髪の毛でも、どっかに落ちてたのかな。あの色だからねー。ふみ兄なら目ざとくそういうの見つけちゃいそうだし』
「えー、でも英輔、絶対帰る前に掃除するんだぜ?あの色の髪の毛がヤバイってのは俺よりよくわかっててさ」

『掃除してても1本くらいどっかに落ちてるかもしれないでしょー。ふみ兄ねー、こないだ、『敦史の全部が好きなわけじゃない』とか言ってたからさ、気になったんだよね。なんか表情暗かったし、絶対なんかあったんだと思ってさー。でも英輔君のことならー、僕もなにも言えないなー』

「えっ、なにそれ。全部じゃないってなんなの?なんで?俺泣いていい?」
『勝手に泣いてろばーか』
このクサレマセガキがっ!!
それにしても、どういう経緯でそんな話題になったのか知りたい。ものすごく知りたい。

『敦史はふみ兄の全部が好きだと思うよ、って言ったらさー、なんで敦史のことがむね君にわかるんだよ!って怒ってたよー、愛されてるねー、敦史』
「えっ?マジ?」
なにそれ、独占欲?嫉妬?
『そんでねー、僕だって全部じゃないのに、敦史が全部とかあり得ないからー、とか言ってたけどー、敦史、ふみ兄の写真欲しいよねー?全部欲しいよねー?小さい頃のとかでもなんでもー?』

「あったりめーだ!なに、くれんの?郁彦の写真、くれんの?小さい頃の郁彦とか、天使以外の何者でもないんだろーなー。どんだけ可愛かったんかなー、って言葉でなんか言い表せねーくらいに決まってんだけどよー、超賢そうな顔してんだろーなー、やべえ、想像しただけで勃ってきた」
『…予想通りどころかむしろ、それ以上の反応ありがとう。敦史が歪みなく敦史で嬉しいよ』
ありがとうとか嬉しいって言われても、あんまり褒められてる気がしないんだよな、このマセガキの言い方だとさ。可愛くねーな、ほんとに。

『ふみ兄はさ、自分が隣にいない、敦史の写真は欲しくないんだってさ。ふみ兄萌えキャラすぎない?なんかもう、曲にして、ミクさんにでも歌わせるべきなの?って思ったんだけど』
「お前作曲とかできねーって言ってただろ!」

とは言え、宗則の言いたいことは俺もわかる。確かにそのまんま歌詞になりそうな言葉だし、探せばきっと、そんな歌詞の曲くらいありそうだし。っていうか、それを言ったのが郁彦だっていうのに萌え死ねる。

「俺、もう毎日ずっと郁彦の隣にいるから!というわけで、これからお前んち遊びに行っていい?」
『それはふみ兄に聞けよばーか』
「だって郁彦図書館行っちゃったんだもーん、絶対メールになんか気づかねーだろーがよー」
『そんなの知るかーっ、ばーかばーか!!』

言いたいだけ馬鹿って連呼した後で、宗則はそのまま電話を切りやがった。
とりあえず、郁彦が気づいてくれることを祈ってメールを入れてみる。『今日、遊びに行っていい?』って。
暇だ、どうしよう。……筋トレすっか。






















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