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szene2-44 たとえば今日のこの空の色と


暑ィ…。

兄ちゃんの風邪をもらって、熱出して病院運ばれてからもう3日目っていうのに、まだ熱が下がらない。
運ばれて来た時40度越えてたらしいから、38度台まで下がったと言えば下がったのだけれども。

こうも高熱が続くと、暑くて仕方ない。もうすこし下がれば、寒気がしたりするんだろうけれど。僕にうつした風邪を、最初にどっかで拾ってきた兄ちゃんは点滴1本で復活して1日大事は取ったけど今日からまた、バスケの練習に行った。

運ばれた時の当直がたまたま都築先生で、ただの風邪だからって、そのまま主治医が都築先生になってる。だから、朝晩刺していいから点滴の針外して!ってワガママも言っちゃった。それでも、朝のテープのところが痒いけど。
都築先生が言うには、兄ちゃんの点滴に使ったのと同じ薬使えば、多分僕もすぐ熱下がるんだけど、僕は身体弱いし、1回その薬で具合悪くなってる記録があるからダメなんだってさ。

昨日の昼前、ふみ兄と敦史が2人で着替えやなんかを持ってお見舞に来てくれた。こんなとこ来てないで2人でデートでも行ってこい!って言ってやったから、多分今日は来ないと思う。夕方に兄ちゃん。心なしかやつれたような気がして、ちゃんと食ってるか心配になったけど、島本君が料理を作りおきしていってくれたから大丈夫だって。

けっ。

昨日の夜ようやく、温泉旅行から帰ってきたばーちゃんは今朝来て、いつも通り午前中で帰っていった。じーちゃんと父さんは仕事。父さんは出張からまだ帰ってこないらしい。

暇だ…。

部屋が空いてないとかで、個室に入れられたもんだから、話し相手もいない。部屋には応接セットがあって、いくらでも誰かを呼べる環境だけどでも、よく考えたら僕、ほとんど友達いなかったんだ。
仕方ないからツイッターでもしようと思って携帯を開いたら、ちょうどメールが来た。英輔君だった。

『やっと暇になったよー!遊ぼうー!』
僕、友達は少ないけど、いないわけじゃなかった。その事実が、たまらなく嬉しかった。

『入院なぅ!暇だから来てー!!ヽ(*´∀`)ノ』
『え?マジ?どこ?って言うか行っていいの?(;´Д`)』
英輔君からはすぐに返信があったけど、面倒だから電話した。個室だからいいよね。

文応の5階の個室3にいるよって伝えたら、慌てた声で今から行くって言ってくれた。やったね、とりあえず夕方までは暇回避!英輔君が来るまではツイッターしてたけど。タイムラインで『出かけてきまーす』っていう英輔君の2分前のつぶやきを見つけたから、なんにもいらないよってリプ送っといた。

「失礼しまーす、宗則君?」
「英輔君きたー!わーい!」
Tシャツとカーゴパンツっていうラフな服装に、サングラスの英輔君が病室のカーテンを開けて入ってきた。そう言えば私服初めて見たかも。最初に会った時のは、厳密には『いつもの私服』じゃなかったらしいから。撮影で使った服そのままもらったんだって。

「意外と元気そうで良かった。…でも熱いね、熱あるの?」
ベッドの上から抱きついたら頭や顔を撫でてくれながら、英輔君はサングラスを外した。英輔君の大っきい手で顔触られるの好き。
「38度くらい。来た時40度越えだったみたいだけどー」
「風邪ー?」
「うん、インフルじゃないってー」
久しぶり過ぎて話したいことがたくさんある。何から話そう。

「なんにもいらないって言われたけどー、下のコンビニでコーヒー買ってきたー」
「えーっ、ありがとうー!気ぃ遣わせてごめんねー」
渡されたコンビニ袋には、マウントレーニアのエスプレッソが2本と、午後の紅茶の、ロイヤルミルクティが入ってた。

「午後ティー英輔君のじゃないのー?」
「そうそう、ありがと。…そのコーヒーさぁ、敦史さんが毎日買っていくんだけどー」
午後ティーを受け取って座りながら英輔君が話す。僕は、さっそく1本にストロー刺して、1本冷蔵庫へ。

「でもさー、敦史さんがそれ飲んでんの見たことないんだよねー」
言うべきか黙ってるべきか。だってこれね、ふみ兄の好物なんだよ、英輔君。

「こないだありったけくれって言って買い占めてったんだよね。それでわかったんだ、郁彦さんが飲むんでしょ?そのコーヒー」
「……正解」
英輔君頭いいな。多分その、敦史が買い占めてった日は、ふみ兄がお泊まりした日なんだと思う。

「郁彦さんが好きなら、宗則君も飲むかなって思ったんだー、どうー?」
まさか英輔君、僕にこれ買ってくるために悩んだの?僕のためにそんなことまで?
「なんか、すごい、ありがとね。…ふみ兄は、なんだかアレコレ好みうるさいんだけど、実は僕、コーヒーだったらなんでも良かったりして」

「そーなのー?俺、すっごい悩んだのにー!」
「ごめーん」
実は僕は、味の違いなんてさっぱりわかってない。濃いとか薄いとかも全然どうでもよくて、たまに朝のコーヒーが薄くてふみ兄に文句言われたり。ふみ兄は、コーヒー豆も自分で買ってくる。じーちゃんが会社のを買い換えたから使わなくなったとかで持ってきた業務用の10杯くらい一気に作れるコーヒーメーカーが1階リビングにあるんだけど、ふみ兄が来てからの今が一番活躍してる。

「英輔君、バイトは?順調?」
「うん、慣れてきたよー。最近敦史さんも普通に話しかけてきてくれるしー」
「まーじー?英輔君すげえ!つか英輔君、敦史としたんでしょ?」
「そうそう!ってゆーかぁ、宗則君も敦史さんとご飯行ったんでしょー?」

敦史とハンバーグ食べに行った日から、もう2週間だけど、それだけ英輔君と会えなかったんだなぁって、今更実感が沸いてきた。
僕と敦史が2人で出掛けたのは、ふみ兄と敦史がくっつくのに色々協力してあげたからそのお礼って理由で、英輔君には嬉しくないことかもしれない。

「俺さー。郁彦さんのことが好きな敦史さんも好きかもしれない」
「え?どういうこと?」
ベッドの上に顎を乗せて、なんだか見慣れた格好を見下ろすような体勢で聞いた話。英輔君は、ついつい敦史とするのが嬉しくて、抜かずの3発とかやっちゃったんだって。最後の方は、ほとんど敦史は意識が飛んでたみたいで、譫言みたいに名前を呼んでいたらしい。『郁彦』って。

「それってサイテーじゃないのー?英輔君としてるのにー」
「うん。だけど、郁彦さんの名前呼んでる敦史さんも可愛かったんだよね」
「…え?」
「この人ほんとに郁彦さんのこと好きなんだなぁって思っちゃってさ。好きって思う気持ちは止められないでしょ?」

「…う、ん」
なんだかすごく、英輔君が大人に見えた。いつもと違う人みたいだ。

「だから俺、敦史さんに、郁彦さんと別れないで下さいって言っちゃった」
な、なにそれ、ごめんやっぱり僕ガキだ。全然わかんない。

なんて言ってあげたらいいのかわからなくて黙ってた。英輔君のせいでふみ兄と敦史が別れたなんて、そりゃ僕も嫌だけど、でも英輔君も友達だし。
みんな一緒に幸せにはなれないんだろうか。みんなの願いは同時にはかなわないって、宇多田ヒカルだっけ。

「宗則君、がくっぽいど買ったぁ?」
黙っていたら、突然話題が変わった。
「ううん。ばーちゃんに、どうせ使わないでしょって言われてー」
「なんだぁ。やっと男出たのにー。がくぽ左だよね左」
「だよねー!がくカイ美味しいよー」
僕も絵が描けたら、エロいの量産するんだけどなぁ。

「左って言えばさー、敦史さんホントは右っぽいんだけどー」
あ、話戻った。

「うん、言ってたよ。ホントはされる方が好きなんだって」
「やっぱりー?それが左に化けちゃうんだから郁彦さん凄いよなー」
「ふみ兄がKAITOと一緒だからなぁー」
積極的にふみ兄が攻める日なんかが来たら、冗談抜きで世界の終わりかもしれない。

「まーいーけどー。俺、敦史さんに中出ししちゃったしー」
「ちょ、えーすけくん?」
なんか違うのそれ?僕どーてーだからワカンナイ。

「なんか征服感。俺のものにしてやったぜ!みたいな気にはなるよー」
「へー」
あーあ、もう僕、これだもんマセガキになるよ、ならないわけないじゃない。

「時々敦史さんとヤレたら満足かなー、俺ー」
「英輔君が満足ならいいんだけど…」
そもそも僕は兄ちゃんとちーさい頃にしたキス止まりだけどさ、未だに。

「あ。英輔君、敦史の写メいる?」
「いるいるー!いるに決まってんじゃん!」
そう言うとは思ったんだけどね。

「これね、敦史さー、ふみ兄のこと話してるから、超嬉しそうな顔してんだけど…」
前にびっくりドンキーで撮った写メだった。ふみ兄のこと話してる…っていうんじゃなければ、すぐにその場で英輔君に送ってた。

「いいよいいよちょうだい!やっぱ敦史さんかっこいいよねー」
うん。僕もそこは否定しない。僕が敦史を、付き合いたいって意味で好きになることはないと思うけど。

写メを添付して英輔君に送信しようと思ったらなんかエラーが出た。なんだろと思った瞬間着信があって、僕は、はからずも電話に出てしまっていた。
『宗則くーん、入院したって聞いたんだけどー!!』
僕のこと名前に君付けで呼ぶ女の子なんてこの世に数えるほどしかいないからすぐに相手はわかった。
「ちょっとごめんね、英輔君」

どーぞって言われてから僕は、携帯を耳にあてた。
「どーしたの、沙羅ちゃん」
『今、宗則君の家行ったら入院したって言われたんだけどー』
ねぇねぇ、眼鏡の人が医学部のいとこのお兄さん?佐々木先輩とはまた違うタイプだけどかっこいいね!って、えらいテンション高いなもー。
沙羅ちゃんのかっこいいは、普通と意味が違うんだから当たり前だけどね。沙羅ちゃん大正解。

「僕文大病院だけど来る?」
『えーっ、でも入院してるんでしょー?夏休みの課題で、写生してこいって言われたからー、宗則君に手伝ってもらおうと思ったのにー』
わざわざうちまで来たのはそういうことだったんだ。

「…今、芸術学科で油絵描いてるイケメンが横にいるけど」
『行きますいますぐ行きます。部屋番メールしといて』
ものすごい勢いで通話が切れた。通話が終わったから、さっき未送信になっちゃった敦史の写メを、英輔君に送り直した。あと、沙羅ちゃんに部屋番もメール。

「なんで女呼ぶのー!面倒臭いのにー」
英輔君は、僕が今までに一度も見たことがない、もの凄く嫌そうな表情を浮かべていた。
「女来るなら俺、帰るよー?」
「女って言っても沙羅ちゃんだよ?あの、学食で僕らが再会した時一緒にいた子。英輔君が載ってた雑誌見つけた子」
しばらく黙って、宙を見つめて考えてた英輔君だけど、思い出したみたいだった。

「あの腐女子か。だったらいいや」
そうです、あの腐女子です。つか僕、同い年で携帯知ってるの、男女問わずあの子しかいないし。

「英輔君、腐女子はいいの?」
「フツーの女が一番嫌い。擦り寄ってくるじゃん?俺お前じゃ勃ちませんって思うんだけどー」
腐女子は、そういう意味では寄ってこないからまだマシなんだそうだ。
でもさ、そうやって女に寄って来られるのって、英輔君がモデルにスカウトされるほどイケメンだからだと思うんだけど。

「でも、わかる気はする。僕も、兄ちゃんが連れてくる女大嫌い。僕んちけっこうデカイんだけどさ」
じーちゃんが会社のお偉いさんって聞いた瞬間に目の色変わる女とかいるからさ、英輔君はああいうのが嫌なんだと思う。僕だって、同じ女でもそういうのが一切ない久苑ねーちゃんは全然嫌じゃない。って言うか、むしろ好きな方だし。

「失礼しますっ!」
多分超ダッシュで来たんだろう沙羅ちゃんが病室に駆け込んできた。電話切ってから20分かかってないよ。

「きゃああ、美味しいです、ごちそうさまー!」
いきなり沙羅ちゃんは、携帯を取り出して写メを撮り始めた。しかもすごい連写。

「宗則君、こーゆーのなんて言うか知ってる?」
「え?」
「これはひどい」
英輔君怒ってない?語尾が伸びてないんだけど。そりゃそうだよね、だって英輔君、自分の顔が、見た目が、嫌いなんだもん。

「ちょ、沙羅ちゃん!肖像権ってのがあるからね?」
敦史の写メ撮りまくってる僕が言うのもなんだけど。
「わかった!もうちょっとくっついてくれたら最後にするからっ!ねっ!」
全然わかってないよね、それ。

「ねぇ、聞いていい?」
英輔君が凄く不機嫌な声を出している。
「俺なんかと宗則君で本当に萌えるの?」
英輔君の言葉は、あまりにも予想外すぎた。英輔君、そんなに自分の顔嫌い?『俺なんか』ってなんだよ?なんか哀しくなっちゃうんだぞ。

「萌えるに決まってるじゃないですか!」
即答した沙羅ちゃんの言葉は、予想通りだったけど。

「これで意外と宗則君が攻めだったりしたら尚良しですっ!年下攻め!イイっ!超可愛い宗則君が攻めるから萌えるんですよ?あーんでも、橋村さんならイケメンだからもうただいるだけでもいいけどー!って言うか橋村さんこのTシャツ可愛いー!なに?マンモス?これ撮っていいですかー?」

沙羅ちゃんが凄い勢いでまくし立てるから、僕も英輔君も何も言えなかった。
でも、Tシャツ可愛いって言われてから、英輔君の怒りはちょっと収まったような気がする。雰囲気だけど。

英輔君のTシャツの、胸のとこだけを撮らせてもらってからようやく、沙羅ちゃんはテーブルに鞄を置いた。僕と写生に行くつもりだっただけあって、絵の具や画板、けっこう大荷物だった。

「ほんとだ。全然見てなかったけど、可愛いね、これ」
Tシャツの肩のところにも、前面と同じマークが入ってた。

「アウトドアブランドなんだけどねー、俺もこのマンモスマークが好きで着てるんだー」
「アウトドアって。…英輔君、意外とアウトドア派なの?山とか海行くの?」
「海は行かないけどー、山は行くかなー。登山じゃないけどー」
意外すぎる。勝手なイメージだけど、インドア派でずっと室内で絵描いてそうって思ってた。あ、絵描きに行くのか、山に。そーいえば敦史が、けっこう身体ゴツいって言ってたっけ。そもそも骨格からして僕らとはちがうから、気にしなかったけど、アウトドア派だからゴツいのか。

「誰も見たことない景色が見たいとか思わないー?」
たとえば今日のこの空の色とこの雲だって、全く同じものは二度と見れないんだよって言われて、僕らは3人揃って窓の外の夏空を見上げた。
「俺、色素ないから、この日差し嫌いなんだけどね」

大人になってしまえばきっと、なんてことない歳の差なんだろうけど、大人から見たら、中学生も高校生も等しく未成年者で子どもなんだろうけど。
僕と沙羅ちゃんにとっては、確かに英輔君は、ちょっぴり大人だった。






















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