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szene2-41 雪が溶けると何になる?


ハンバーグ食べながら聞いた話から出た結論は、要するに敦史は英輔君に押し倒されて、そのまんまヤラれちゃったらしい。英輔君すげえ。確かにデカイし、力ありそうだけど。
ふみ兄が受け身しかやったことないのは知ってたけどさ、敦史も本当は、どっちかって言うと受け寄りで、英輔君には入れられちゃったって、なんだよそれ。

「郁彦は特別なーの。だから俺、頑張っちゃったの」
「ふみ兄可愛いもんなー。なんかわかる気がするー」
「お前がわかってどーすんだ、この、腐れマセガキ」

どうせどうせどうせどうせどうせマセガキですよーだ。仕方ないじゃん、年上しか回りにいないんだもん。結局そーやって、敦史だって色々喋るじゃん?だからますます耳年増になるんじゃん。

「いいな、みんなヤりまくっちゃってさー。僕だけガキ扱いしてさー、ツマンネ」
「事実ガキなんだから仕方ねーだろ」
「ちぇーっ」

テーブルの上に顎を乗せてふて腐れたら、頭を撫でられるというよりは、力を入れてぐりぐりされた感じ。くっそー、絶対敦史よりデカくなってやるんだからっ。

「そー言えばよー、お前、英輔と話してて疲れない?」
「…なんで?」
「あいつ、ポンポン話飛ばない?」
「慣れればなんてことないけど?」
「あ、そ」

なんか英輔君は、頭の中で同時にいろんなことを考えてる気がする。それも、休みなく。ボーッとしてるようには見えるけど。
その、考えてることってのが、もしかしたら、他人から見たらしょーもないことだったりするのかもしれないんだけど。

「芸術家なんて、あんなもんじゃないの?僕は、面白いから、あんまり気になんない」
「なに、あいつ芸術家なの?」
「芸術学科って言ってたよ。絵描くの好きだって。たまに制服とか爪に絵具付いてる」
「そーなのかよ、なんとなく納得した」
おまけに英輔君の両親は、2人とも音楽関係の仕事らしい。芸術一家だよ、かっこいい。

「なぜパーマネントグリーンは、いつもプルシャンブルーより先になくなるのかで3日悩んだけどまだ答えが出ない…とか言ってた」
「それ絵の具の話か?より多く使う方がなくなんのは当たり前じゃねーの?」
「だから、なぜ多く使ってしまうんだろうって」
「その色使う絵を描くからだろーがよ」

いちいち返答が、理系の敦史らしいよね。多分ふみ兄に話しても、同じ答えが返ってくると思う。
兄ちゃんだったら『ついつい使っちゃうその色が好きなんじゃないのかな?』って答えるだろうな、多分。

「だから、なぜこの色が必要なんだろう、なぜこの色じゃなきゃ駄目なんだろう、って」
「意味わかんないんだけど?」
「僕だって、英輔君の求める答なんかわかんないよ。ただ、そのうちに『どうして空は青いんだろう』とか言い出して」

「それは太陽光線の青色が拡散してだな」
「そうじゃなくて、『自分が見ているこの色と、他人が見ている色は同じなんだろうか?』ってさ。同じ色でも見る人によって、青だったり水色だったりするでしょ?」
つまりどうして『青』は『青』で『あお』で『a・o』で『blue』なんだろう、って話だった。

「…お前、その話、黙って聞いてんの?」
「え?面白いじゃん!これだけ『どうして青はアオなのか』って話した後にいきなり『やっぱり林檎に手足つけたらさるぼぼだ!』とか言うんだもん」

「ごめん、俺、ついていけないんだけど。なんであいつ俺が好きなの?俺のなにがいいの?」
水のグラスを置いて、敦史は頭を抱えてしまった。なにがいいのって、多分身体って答が確実に一つ入ってると思いますけど。あと、敦史の髪、真っ黒のどストレートだから、きっとそれも好き。あ、敦史の髪は、多分うちの兄ちゃんも好き。

個人的には、敦史やふみ兄みたいな理論思考のガチ理系人は、英輔君とは合うと思う。だって、英輔君と同じタイプが2人いたら、『青がアオなのはなぜだ?』だけで3年くらい過ぎちゃいそうだもん。
深谷君は、本当は文系科目の方が得意だったって言ってたから、また違うと思う。兄ちゃん寄りの答え出すかもしれない。

「んー、僕は英輔君大好きなんだけどなー」
「だったらお前らで付き合えばいいだろ?」
「なんでー?英輔君が好きなのは敦史でしょー?だいたい僕だって、そういう意味じゃなくて好きな人、いるし」
深谷君にはあっさりバレてたから、どーせ敦史にもバレてるだろ。ふみ兄から聞いてるかもしれないし。

「にーちゃんだろ?いいじゃねーか、英輔だってデカイんだし、あいつもけっこうゴツかったぞ?」
「敦史サイテー」
やっぱり知ってた。しかも僕の好みまで。そーいやふみ兄からマッチョ好きって聞いたとか言ってたっけ。おまけに僕より先に英輔君としやがって。

「でも英輔君は敦史がいいってさー。可愛いじゃん、カッコよくてドキドキしたーとか、他の誰も言ってくんないよ?」
「お前、失礼なやつだな!恋人のいる俺様に向かって!」
「ふみ兄は思っても絶対口に出さないから、残念ながら」
「………そうかもしれないけどよ」
もう1回コーヒーのおかわりを頼んだら、敦史はビールとたこ焼きを追加した。まだ食べるのかよ。

「つーかお前、どっちの味方よ!」
「両方。ふみ兄と英輔君に挟まれて困ってる敦史、三角関係おいしいれす…ってカンジ」
「お前、意外と性格悪いな。今からそんなんじゃ、将来苦労すんぜ?」
ビールを一気に半分くらい流し込んで、べーって舌を出して来たから、僕もやり返した。

「いいんですぅ、どーせいつまで生きるかわかんないんだしー、案外ハタチ前に死ぬかもしれないしー」
「ばーか!」
ぺしって、音が聞こえるほどの力で叩かれた。けっこう痛かった。

「そーゆーこと言うんじゃねーの。お前が死んだら郁彦泣くだろーが。郁彦だけじゃねぇ、お前の兄ちゃんだって泣くだろーがよ?」
「…敦史は?」
ふみ兄は確実に泣いてくれると思う。兄ちゃんはどうかな。考えたくない。

「なんだよ泣いて欲しいのかよ?残念ながら死なせないんで泣きませんー!」
「なにそれ、ツンデレ?だいたい、死なせないって言ったってまだ学生じゃん?なんにもできないじゃん?カッコつけんなバーカ」
悔しかった。ちょっとだけ泣きそうだったから。嬉しくて、必死で涙を我慢してる自分がいたから、ついつい憎まれ口を叩いた。

「俺達が学生の間は、もしもなんかあったら親父と都築センセーに土下座して、文応の医者、総動員でなんとかしてもらうから覚えとけ、あほ。その先は俺と郁彦が直々に処置してやっからなー、ありがたく思え!」
「…馬鹿じゃないの?」
僕なんか生きてたって、なにができるかわかんないのに。将来何になりたいとか、何の勉強したいとか、そんなの全くわかんないのに。学校も行かないただの引きこもりニートなのに。

「おい、泣くなよ!」
「泣いてなんかいませんー」
「…あっそ!」
馬鹿だ、敦史絶対馬鹿だ。きっとふみ兄も何回か泣かされてると思う。もちろん、嬉し泣き。なんでこいつ、こんないいやつなのさ。ああ、なんか悔しい。英輔君、確かにこいつ、かっこいいよ、英輔君間違ってないわ。

テーブルの上のナプキンで鼻水をかんだけど、敦史は知らん顔で、さっき頼んだたこ焼きを食べてた。ちゃんとそういう時は知らんぷりしてくれるんだ、なんか悔しいなぁ、もう。

「敦史。…雪が溶けたら、何になるか知ってる?」
ツイッターで流れまくってたから知ってるかもしれないけど。

「はぁ?水に決まってんだろ」
「予定通りの答えありがと」
「なんだよ?他に何になるってんだよ?」
知らないんだ、敦史、これ。ちなみに、見た瞬間すぐに、兄ちゃんにも聞いてあるんだ。

「兄ちゃんはねー、雪が溶けたら春になる、って答えたよ」
敦史は、ただでさえ大きい目を見開いて、なんだか未知のものを見たような、そんな表情を見せた。

「くそ、かっこいいこと言いやがって」
「水って答えるのが理系で、春って答えるのが文系なんだってさー」
もちろんその後に、『そんなことが言える文系ばっかりじゃねーんだよ』ってのも流れてたけどね。

ちなみに英輔君は、ツイッターでこれが流れてきたのを見てて、『水と春しか選択肢がないのはおかしい!雪が溶けたら川になる!色とりどりになる!春休みになる!渋滞になる!』とか言ってた。
「ちなみに僕も、水に決まってんだろ、他にないだろーが!って思ったんだけどさー」

「理系うぇるかーむ」
「まーねー、どっちかって言ったら、そっちだと思うよー。だから、全然反対の、英輔君と話してても楽しいし、兄ちゃん見てても楽しいんだと思う」
「似たタイプか反対のタイプとかって言うもんな、好きになるの。…なんだよ、それじゃー俺と郁彦って、似てる方か?なんかちょっと嬉しいな、それ」

気持ち悪いくらいニコニコしてる敦史に、なんか投げたくなった。
写メ撮ったろ。

「お前な!!肖像権の侵害だぞ!いい加減にしれ」
「やだー。ふみ兄の話してる時の敦史はこんな顔してます…って、ふみ兄に送ってやるんだぁ」
「恥ずかしいからそれヤメテ!なっ、な?コーヒーもう1杯飲んでいいから」
「コーヒーよりデザートが欲しいなぁ」
「お好きなだけどうぞ!」

敦史があんまり言うから、カフェアフォガートとカフェドンキーナを追加した。結局ふみ兄に写メは送ってない。
カフェアフォガートは、1人で食べるには多くて、結局3分の1くらい敦史に押し付けた。敦史は、顔をしかめながらビールを追加してアイスを流し込んでた。
本当に甘いもの嫌いだったんだ。敦史ほど、甘いものが嫌いなわけじゃないから、無理すれば食べれないことはなかったけど、そうすると溶けちゃうんだよな、アイス。

びっくりドンキーを出たら7時前だったけど、真っ直ぐ帰ることにした。
食後のコーヒーいらねぇの?って敦史に聞かれたけど、結局カフェドンキーナ4杯も飲んだからな。

「ねぇ。…えっちって、そんな気持ちいいの?」
「…なんだお前、童貞か?」
力いっぱい腹を殴ってやったけど、びくともしなかった。悔しい。太っい胴回り。デブってんじゃなくて、お腹も脇腹もガチガチなの、筋肉で。

「そんなに焦ってするこたぁねーよ。ちゃんと大きくなってから、兄ちゃんに可愛くお願いしてみなさいって」
「…兄ちゃん、男としたことあんのかな?」
「お前としては、どっちがいいの?ないならないで、どっちも初めては多分キツいぜ?したことあるなら、あの人だよな、相手」
「絶対修君じゃん。あー悔しいー!!」

女は絶対あると思うんだ。中学あたりから家に女連れて来てたし。その前は、うちに来る女の子なんて久苑ねーちゃんくらいだったらしいんだけど、バスケ始めてからモテるようになったとかで、とっかえひっかえ何人も連れてきてるんだって。

「お前も三角関係じゃねーのよ」
「そんなの知ってますぅー」
言っとくけどこっちは兄ちゃんが中1で修君と仲良くなってから、もう8年越しのバトルやってんだから。そっちとは年季の入り方が違うんだよ。

「兄ちゃんと修君、どっちだと思う?してるかな?」
「なんで俺に聞くんだよ」
「だってー、ゲイ同士は同じ匂いがするからわかるって言うじゃん!」
「…100パーでもねーぞ?今度見とくわ」

敦史は修君の顔も覚えてないらしい。兄ちゃんは辛うじて覚えてて、なんか同じくらいデカイのが僕と睨み合ってたなぁとか、よく食うなぁとか、そんな印象しかないんだって。もちろん、ふみ兄見るのに忙しかったからだ。
全く、どんだけふみ兄のこと好きなんだか。

「お前、絶対郁彦に言うなよ、英輔のこと」
「わかってるよ。ちょっと部屋来てもらっちゃいましたー程度ならまだいいけど、そんな、アレやコレやソレまでやっちゃったなんて言えるわけないじゃん。ふみ兄絶対泣くし」
「泣くよな、そうだよな。…郁彦なら黙って泣くだけだろーなぁ」
はぁって、盛大にため息ついてるけど、なんだよもー、モテる男は辛いですよねー。

「だってさー、今日もさー、『僕は敦史と付き合ってるんだから、もうむね君とはキスしないからね』って言われちゃったよ。どーしてくれんのさ!」
「マジか!俺、超愛されてる!!嬉しい!…つーか、郁彦とキスすんな、このマセガキ。郁彦は俺んだ、ドあほ」
「ちぇっ。…っていうかもう、僕がしてって言ってもしてくんないから、その心配全然いらないよ。ふみ兄一途だもん」
2人並んで地下街を改札に向かって歩く。さっき出てきた時よりも人が多い。

「だいたい、浮気しといてよく偉そうに俺んだって言うよねー」
「それとこれは別なのっ!!」
「意味わかんねー!ふみ兄なんかさ、僕に『一緒に出かけるのはいいけど、大事な彼氏誘惑しないで』とか言ってくんのにー」
「まじ?お前それ、郁彦マジで言ったの?俺幸せ過ぎてどうにかなりそう」
「さっさとなっちまえよばーか」

笑いながら地下鉄の改札を通って、階段を降りていたら、いきなり強い風が吹いた。車輌がホームに入ってきたみたいだ。風が通り抜けた後に残る生ぬるい地下の空気。
「!!!!」
あ、やばい。これ、駄目なやつだ。早くここ、離れなきゃ。
「おーい宗則、電車来た、行くぞ!」
胸のあたりがぎゅうって苦しくなる。間に合わないかも。
「…おい、宗則?」
返事できない。苦しい。とりあえず、通路の端に寄らなきゃ邪魔だよね。

「しっかりしろ!」
ふらふらして真っ直ぐ歩けなくて、人の波にぶつかりまくってた僕の身体をぐいっと抱き上げた太い腕があった。
「どこ行ったらいい?外か?」
口と胸を抑えて首を振るだけで答えた。苦しくて声が出せない。

「すいません、ちょっとこの子喘息の発作だから外出して!俺こーゆーもんだから!今改札入ったけど、一旦出るわ」
定期入れみたいなのを改札のところの駅員さんに押し付けて、敦史は無理矢理改札を出た後、本格的に僕を担いで外に走った。抱っことかそういうんじゃなくて、マジで肩に乗せられて担がれてる。
苦しいってのに、あんまりにも目の前にあるもんだから、シャツの上からもわかるなんてすっげー背筋だなーとか思ってる自分が嫌になった。

階段を駆け上がったところで座らされて、背中をさすってもらいながら深呼吸していたら、苦しいのは徐々に治まってきた。やっぱり夏は、この程度で済むんだよなー。
「大丈夫か?薬とか持ってないの?」
「持っ、てるけど、こんくらいだったら、使わなくても、大丈夫。咳、出て、ないし」
「そっか。だったら良かった」

荒い息のまま答えたら、さっそく親父に土下座しなきゃならないかと思ったわって、敦史は笑った。
「夏は、大丈夫、なんだ。救急車、呼ぶほどの発作、ほとんど出ない」
「そっか、覚えとくわ」

30分くらい休憩してて、まだ少し苦しかったけど、これ以上良くも悪くもならなそうだったから帰ることにした。
改札まで行ったら、駅員さんはホッとしたような顔で僕らを通してくれた。
いきなりのことだったから、凄く心配されてたみたい。敦史が押し付けた定期入れには、免許証と学生証が入ってた。
医学生が『この子喘息の発作』って言ってるんだもんね、信憑性はあるよね。そこまでしなくても、外に出してくれただろうけど。

満員ではないけれど、それなりに混んでる電車の中で、敦史はずっと、僕の背中を支えてくれてたから、そのまま甘えた。敦史の腰に両腕回してしがみついて。

「…降りないの?」
敦史んちの最寄り駅に着いてもそのままだったから、顔を上げて聞いたら『送ってく』って返された。僕が具合悪くなったの気にしてるのかも。
案の定、うちで、父さんに『すいませんすいません』って謝ってたけど、『笠原君が気にすることじゃないよ』って、あっさり言われてた。

僕はそのまま、シャワーも浴びないで寝ちゃったけど、敦史はふみ兄のところに終電近くまでいたっぽい。テスト期間じゃなきゃ泊まっていったんだろう。
いいなぁ、ラブラブで、羨ましい。






















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