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szene2-34 Pastel Colors


朝練に行く兄ちゃんを起こして、朝飯食わして送り出して、仕方ないから制服に着替えて2階のリビングでコーヒー飲みながらダラダラしてたら、ふみ兄が教科書を取りに帰ってきた。
「おー、宗則君。おはよう、元気かー!」
「ちょっと、ここで、待っててよ、敦史」
「やだっ!郁彦の部屋まで行くのーっ!」
「…もうっ!」

手なんか繋いじゃって幸せそうに。なんだよコノヤロー。君付けとか久しぶりにされたわ、敦史機嫌良すぎて気持ち悪ィ。
「ふみ兄、明後日ばーちゃんとじーちゃん帰ってくるから家にいろってさー」
「あ、わかった、ありがと。…でも大丈夫だよ、きっと。車校再開するから、ずっと家にいると思う」

邪魔してやろうと思ってふみ兄の部屋の扉を、ノックも無しに開けてやったけど、別に敦史は椅子に座って黙って大人しく待ってるだけだった。ツマンネ。キスでもしてるかと思ったのに。
「ふみ兄、シャコーってなに?」
「えっ?……………まさか、車校って、全国共通の言葉じゃないの?」
助けを求められた敦史も首を横に振ってる。

「知らなかったー、もういやーっ!」
「え?なにそれ、方言なの?つーか郁彦って出身どこ?」
なんだよ敦史、まだそんなことも知らないのかよ。お前らこの何日間か、なにやってたんだ?それくらい話しなかったのか?
「じ、自動車学校のこと、車校、って、どこでも言うと思ってた」

「へーそうなんだ、僕も今日から使おうー!シャコーシャコー!」
「使わなくていいからっ!もうーやだー」
なにも恥ずかしがることないのになー、方言くらいで。
「えー、だって、名古屋弁カッコよくない?ケッタマッシーンとか僕超大好き!」

「へー郁彦、名古屋なんだ」
「もう、むね君と一緒にしんで!!」
「は?」
「なに?」

僕と敦史が顔を見合わせてるけど、ふみ兄全然気づいてない。まぁ、恥ずかしがって両手で顔を覆ってるから気づいてないのも当たり前なんだけど。
「ふみ兄、一緒に死んでって言う相手間違ってない?そりゃ僕ヤンデレ萌えるけど、恋人目の前にしてさー」
「え?……ちょ、ち、違うの!一緒にしないでって言ったの!!」
「あ、そういう意味だったんだ、へー名古屋弁面白いなー!えびふりゃあ?だぎゃー、だっけ?」
「そんな言葉使ったことないからっ!」

ヤバイ、ますますドツボにはまっていきそうなふみ兄可愛い。つーか、ついつい方言が出ちゃうって、ふみ兄にとってはいいことだよね。僕だけじゃなくて敦史もいるのにさ。なーんかちょっとだけ悔しいけど。
ふみ兄は喋るの苦手だから、3回くらい、頭の中で文章作って声に出さずに言ってみてから口に出す。だから、翻訳サイトで英文を訳したような文章になってたりする時がある。そういう場合は当然、こんなふうに方言が入る余地なんてない。

要するに、敦史とは方言が出ちゃう程度には気を使わずに喋れるようになってるってことじゃん。そんな相手、今まで僕しかいなかったのに。
「もう、酷いよ、2人とも東京人だからって、方言バカにして!」
「僕馬鹿になんかしてないよ?カッコイイって言ってんじゃん」
「つーか俺、生まれ北海道だけど。そりゃ今実家都内だけどよ」

敦史の突然の告白に、今度はふみ兄が驚いていた。つーか、だからお前ら、この何日か、なにやってたんだ。そういう話は2人きりで終わらせとけよ。
「そうだったの?敦史」
「10歳まで札幌にいたー。未だにゴミは投げてるし、手袋はいてるぜ?」

「北海道弁って言ったら、なまら!!」
「そーそーそー、もう、全然使わねえ」
なんだよ、せっかく言ってやったのに。敦史の馬鹿野郎。
「ていうか、札幌にもテレビ塔あるんだよね?碁盤の目になってるんでしょ?」
あれ?なんかふみ兄嬉しそうじゃね?敦史の手なんか握っちゃって。

「名古屋にも久屋大通公園っていう、大通公園みたいのがあってね、さすがに雪まつりはしないけど!」
「そりゃねーだろ、つか名古屋って雪降んのかよ?」
「年に何回かだけど、そん時はでら降るよー!ちゃんと真っ白になるもん!朝静かなのー!車社会なのに!」
「でらってなまら?なんか方言使う郁彦超可愛いなー。いや、黙ってても標準語でも可愛いけどよー」
「……あのさぁ」

大きい声を出して割り込んだら、2人共黙って僕を見た。
「そういうの2人きりでやったら?つか、僕学校行くね」
「行け行け。つーか2人きりでやれっつーんならお前が空気読んでどっか行けよドあほう」
「超ムカつく!いっぱい助けてやったのに!敦史のばーかばーかばーか、爆発しろ!!」

ふみ兄の部屋を出て、隣の自分の部屋に入った僕を、ふみ兄が追いかけてきた。

「むね君、学校行くの?」
「とーさんに行けって言われたから行く。行きたくないけど」
「あ、あの、むね君、なんか、いやなことあったら、話して、ね?あの、僕、聞いてあげるくらい、できるから」
「大丈夫だよ、ふみ兄。ありがと」

背伸びしてふみ兄の頭をなでなでしてあげた。年齢的にも身長的にも逆だけどふみ兄は嫌がらないんだ。今までだったら、行ってきますのちゅーくらいするところだけど、今日は隣にいる恋人に免じてやめといてやるよ。
『郁彦、俺達も行こうぜ!手ぇ繋いでっ!!』っていう敦史の声を聞きながら、僕は階段を降りて、久しぶりの学校へ向かった。

************

教室に着いたら、自分の席がわからなくなっていた。当たり前だけど、来てない間に席替えされていた。しょーがないな、職員室行くか。
突然の僕の登校に、ザワザワ驚いてたクラスメートたちだけど、その中の一人が、俺が困ってる理由に気づいたらしくて、席を教えてくれたから、結局職員室には行かなかったけど。
僕の席は窓側の一番後ろらしい。ちょうどいいや、今日は1日寝てようかな。

「あーっ、宗則君きたー!!」
俺のことを名前で呼ぶ人間なんて、学校では一人しか居ない。
冷やかしの声が飛ぶけど放置放置。

「宗則君、見て見て!見せたかったんだよー!」
ちょっとどいてって、僕の前の席の子押しのけて座ったのは沙羅ちゃん。僕は滅多に来ないからいいけど、そういうことしたら沙羅ちゃん、後々大変なんじゃないの?
「あのさぁ、沙羅ちゃん」
「見て、宗則君!」
僕の話なんて全然聞く気なくて、沙羅ちゃんは、ファイルから出した雑誌の切り抜きを僕の机の上に置いた。

「ねぇ、これ、橋村さんでしょ?」
その切り抜きに載ってたのは、薄い茶色のくせ毛に青い目で白い肌のまごうことなきイケメン。
「え?なにこれ、ほんとだ、英輔君だー」
「宗則君に見せなきゃと思って、毎日持って歩いてたのー!あげるっ!」

「なんだよ、それだったらうち来ればいいのに。近いんだから」
「え?行ってよかったの?」
「うち、兄ちゃんがしょっちゅう友達連れてくるから全然平気」
父さんの耳に入れば、とうとう宗則も女の子連れてきたって大騒ぎするだろうけどさ。

「つーかなに、英輔君、超かっこいいんですけどー!メールしよ」
「宗則君、学校携帯禁止だよ…?」
「そんなん知らねー」

その場で鞄から携帯出してメール打ってたら、僕の横に、ぬうっと立った影があった。
「おい佐々木、カンニングの次は携帯かよ?久しぶりに来ていい度胸だな」
この馬鹿共は、テストの時に僕にカンニングだカンニングだって言いがかりをつけてきたやつ。名前は知らない。

「毎日授業受けてて、僕より悪い点数しか取れない馬鹿に構ってる時間なんてありませんー」
「ちょっとやめなさいよ!カンニングの証拠なんてないんでしょ!?言いがかりじゃない!」
度胸いいよな沙羅ちゃんって。こないだもかばってくれたけど。
汚れたり触られたら嫌だから、英輔君の載ってる切り抜きは鞄にしまった。

この騒ぎを、遠くから関わらないように見てる連中は、多分僕と小学校が一緒だったんだと思う。この馬鹿共は中学で初めて一緒になった奴ら。多分だけど。
「おい、やめろって」
「ぁあ?」
「悪いこと言わないからやめろよ、佐々木に構わない方がいいって」
「なんだよ?こんなチビのなにが怖いんだよ?」

一生懸命仲裁に入ってきたのは、沙羅ちゃんに席を取られた僕の前のやつだった。怖いのは僕じゃないんだけどねー。馬鹿だから仕方ないよねー。
「おーい、お前ら、始業ベル鳴ってんぞ!なにやってんだ!」
いつの間にか、担任が入ってきて、騒ぎはそれで終わったけど、学校来るだけでこれだもんなー。
「おう、佐々木、来たのか!久しぶりだな!」

とりあえず窓の外見て無視しといた。ホームルームは何事も無く過ぎていく。
梅雨って明けたんだっけ?もうすっかり夏空なんですけど。
「佐々木、身体大丈夫なのか?」
一応担任だから心配してくれるみたいで、ホームルームの後、わざわざ僕の席のところまで先生が来た。

「別に、夏はいつもけっこう元気だし」
「そっかー。佐々木、今度来るときは、髪の毛切ってこいな。ちょっと長いぞ」
そー言えば、校則とかっていう面倒くさいのがあったんだっけ。入院してる時に一回切ってもらっただけだったなー。
「はーい」
もちろんこれは口だけ。次いつ来るかわかんないし。

1時間目の地理の時間は地図帳眺めて、2時間目の数学の時間は家から持ってきた問題集やって、3時間目の美術は資料集に載ってたミュシャの模写して、4時間目の体育の時間は保健室でケータイ。給食は、沙羅ちゃんが保健室まで運んできてくれた。

「そー言えば沙羅ちゃん、あの切り抜きのお礼になんかいる?」
「え?別にいいよー?たまたまお姉ちゃんが持ってた雑誌だったの!」
「沙羅ちゃん、おねーちゃんなんていたんだ」
幼稚園から一緒って言っても、特別仲良かったわけじゃないと思う(多分)から、そんなの知らないよ。

保健室で遅い給食を食べていたら、英輔君から返信があった。
「えーっ、英輔君遅くなんのー?もうー、せっかくのデートなのにー!」
「で、デート??」
ベッドの脇で沙羅ちゃんが驚いてる。

「宗則君、いつの間に本命変わったの?…って、でも、橋村さんなら、イケメンだからなー、目の保養よねー」
「沙羅ちゃん、本命って、なんの話してんの?」
「えーっ、宗則君、お兄ちゃんのお嫁さんになるんでしょ?お兄ちゃんとは進展あった?あ、ないから橋村さんに乗り換えたとか?」
ぶーって、僕は牛乳を吹き出してしまった。も、もったいない!身長伸ばさなきゃなんないのに!

「沙羅ちゃん???」
「進展あったら教えてねー、ネタにするんだから!」
ネタってなにー?……あ、そういえばこの子、漫画描くの上手いんだったっけ。

「………沙羅ちゃん、腐女子だったの?」
「えーっ、今更ー?あたしがこんなんなったの、宗則君のせいだよー!宗則君が幼稚園の時に、『にーちゃんのお嫁さんになるー』とかって言うから目覚めたのよー」

絶句ってこのことか。つーか幼稚園の時のことなんて、よく覚えてんなこの子。…そんなに、衝撃発言だった?僕のそれ。
つうか、きっかけは僕かもしれないけどさ、その後腐女子になったのって、完全に素質があっただけじゃないの?
「でも安心して、私、学校の中では誰にも喋ってないから!…お姉ちゃんには話してるけど」
「あっそう。別にいいけど」
ま、沙羅ちゃんなら、言いふらしたりするような性格じゃなかった気がするし、なんだかいっぱい庇ってくれるし、給食持ってきてくれたり、なんか世話になってるから、いっか。

「まぁいいや。んじゃー切り抜きのお礼にいいこと教えてあげる」
「なになに?」
すっげー目が輝いてるんですけど。
――――――僕ね、こないだ、英輔君とキスしたよ。

************

昼休みが終わってもそのまま保健室にいて、5時間目の後は教室に戻って、さっさと持ち物を片付けて帰ることにした。英輔君は遅れるって言ってたけど、学校にいても仕方ないし。
机の上に、馬鹿とか死ねとか書いてあったけど、エンピツだったからそのまま放置した。鞄の中に見慣れないプリントが入ってると思ったら、机と同じ筆跡がある。1人2人じゃないな、これ。

面倒だから、そのまんま持って帰ることにする。先生に話すより、ウチのじーちゃんに話した方が強力だもんね。明後日帰ってくるし。
教室の隅でヒソヒソ話してるやついるから、あいつらかな。まいいや、気にしない。だいたい、今から英輔君とデートだから僕忙しいんだよ。

英輔君との待ち合わせはいつものファーストフード。別にどこでもいいんだけど、英輔君コーヒー飲まないから、スタバとかドトールとか、そういう系が外れちゃう。そうするとファーストフードしかないんだよね。

沙羅ちゃんにもらった切り抜きを見せたら、びっくりしたような顔を見せて、それから『よく見つけたね』って笑ってくれた。
前に、文応の食堂に一緒にいた女の子が見つけたんだよ、あの子超腐女子だったんだけど!って話したら、実は、僕と英輔君が最初に二丁目で会った、あの日に撮影したんだって。
新宿をフラフラ歩いてたらスカウトされて、断ったんだけど、1回だけでいいから撮らせてとか言われて、らしい。

「俺、世界堂に絵の具買いに行っただけなんだけどさー、しつこくてさー」
「英輔君イケメンだもーん。背も高いしー」
「だから、そんなのいらないって言ってるでしょー!モデルとか、面倒くさいから絶対嫌ー」
なりたくてなりたくてしょうがない人も世の中にいっぱいいるのになー。

「そーだ、宗則君!俺も言うことあったんだ!!こないだのCD!!ありがとうっ!」
「あ、忘れてたぁ」
すっかり、渡したことすら忘れてた。敦史の免許証をスキャンした画像。個人情報だとは思ったけど、英輔君ならいいかなって。

「そうそう、そんでね」
英輔君は携帯を取り出してなにやら操作を始めた。
「俺んちここ」
言って、英輔君が見せてくれた地点の意味がよくわからない。

「うんとね、ここの、地下にスポーツジムのあるマンションが、敦史さんち。んで、この、矢印が、俺んち」
「!!!!!!!!!!!!!!!!」
英輔君んち、敦史んちから200メートルも離れてないじゃない。

「マジ!!??」
そんな近かったら、今までもどっかで会ってるかもしれないじゃん。
「俺もすっげーびっくりしてさー!ここのコンビニで、ちょうどバイト募集してたから、さっそく昨日面接行ってきた!」
英輔君が面接に行ったって、指さしたコンビニは、敦史のマンションの斜め前だった。
「がんばれ!」

「…っていいのー?俺、宗則君のお兄さんのライバルになっちゃうけどー」
「んー。まぁ、ライバル出現くらいで別れるんだったら、運命の人じゃないんじゃないの?」
「かっこいいこと言うねー。そういうことなら、俺も頑張っちゃうからね」

お礼って言って英輔君はコーヒーをおごってくれた。いつもどおりダラダラ喋って、それから。
これまたいつもどおり、キスして、僕と英輔君は別れた。
英輔君と喋ってたら、学校のくだらないことなんか、どうでもよくなっていた。






















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