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szene2-31 このまま時を止めて


深谷が帰った後、残っていたサラダの皿をキッチンで洗っていたら、敦史が背中に抱きついてきた。
ぐっと腕に力を入れて抱きしめられて、僕は胸のあたりがきゅうっと苦しくなる。流れる水の音も聞こえなくなって、周りのすべてがスローモーションに見えた。
「あ、つし……」
「俺、先にベッドルーム行ってっから」

しばらく無言でくっついていた後、そう言い残して、敦史は先に行ってしまった。
「し、心臓が、もたない…」
今までこんなに、心臓が苦しくなったことなんてなかった。敦史が初めて、っていうか、僕は多分、それだけ敦史のことが好きなんだと思う。
ベッドルームってことは、いまからまたしよう!って言うのかな?明日は土曜日だからいいとして、せめて日曜日は、休憩させてもらえないと、僕月曜日学校行けない。こんな身体を抱きたいっていうんだから応えてあげなきゃと、思わなくはないんだけれど。

でも、それだけなの?本心は、ホントはしたくないの?って聞かれると、すごくしたい。今みたいに、抱きしめられるだけでも幸せだけど、敦史と繋がってるのって、特別だと思う。全身で敦史を感じて、頭の中が真っ白になって、気持ちいいことしかわからなくなって。できることならずっと、そのままでいたいとさえ思う。繋がったまま、身体という境界線がなくなって、溶けて混ざり合って、そのまま死んじゃいたい。

ベッドルームに入ると、敦史はもう、上半身裸になっていた。
「あ、あの…」
「くっついて寝たいから脱いだだけ。郁彦が身体辛いっていうならしない」
僕の心配なんて、敦史はお見通しだったみたいだ。

「どーせなら肌と肌くっついた方がいいじゃん!来いよ!」
僕をベッドに引き寄せようとした敦史の肩のあたりに、真新しい真っ赤な傷がいくつか走ってるのが見えた。
「…敦史、どうしたの、これ?」
そーっと触ってみると、傷は新しくて、どう見てもできてから1日か2日ってところだ。アレ?この2日、僕ずっと一緒にいるんだけど。

「ぁあ?これ?郁彦じゃん。イクーって言って縋り付いてきたときの」
「…え?」
「記憶ないの?そんなに良かったのかー、嬉しいなー」
敦史はにこにこ笑って僕をベッドに押し倒すと、Tシャツをたくしあげた。

「あ、敦史、ごめん、ごめんっ…」
そんなに爪が伸びてたつもりはなかったけど、それでも、敦史の肌に傷をつけてしまったという事実は、僕を打ちのめすのに十分だった。
「えー?なんで泣くのー?郁彦、俺、本気で嬉しいんだけど?」
「だ、だけどっ!!」

「郁彦」
Tシャツを脱がす手を止めて、敦史は僕の横に並んで、頭を抱いてくれた。
「俺はー、お前になら、なにされてもいいって、言っただろ?」
「そう、だけど」
敦史はそれでいいかもしれないけど、僕は嫌。僕のせいで敦史が傷つくなんて耐えられない。

「つかー、俺はー、この傷があるうちは、もれなく何回でも、お前とのえっちを思い出して幸せーな気分に浸れちゃったりするわけなんで、むしろもっといっぱい欲しいんだけど」
「な、なに、それ…」
「事実しか俺は言ってない!」
「そんなの、おかしいよ」

「おかしくてもいいぜ。俺が郁彦のこと好きだってのには、変わりないから」
敦史はおかしいと思う。そもそも、僕なんかのことが好きだっていう時点で相当おかしいけど。
「こんなのすぐ治っちまうし、痛くないから心配するなって。俺は治らなくてもいいと思ってるくらいなんだけどよー」
早く治って欲しくないから、昨日からアミノ酸飲んでねーさ!って敦史は笑った。

「ごめんね、敦史」
「謝んなって!おれは喜んでんだからよ!」
納得はできなかったけど、今度からは気をつけようと思った。敦史は僕が泣き止むまでずっと抱いててくれて、それから、僕に、脱ぐよう促した。
仕方ないから、Tシャツとスウェットを脱いで、下着一枚になる。敦史も僕と同じ。敦史と並ぶと、僕の身体って、ほんと貧弱だ。こんなにきれいに腹筋が割れてる人を間近で見たのは、まさ君に続いて2人目だ。

そっと手を伸ばしてみると、『触って触って』って、腹筋に力を入れた。
「僕、どうやっても、こんなふうにならないよ。…ごめんね」
叔父さんに、うちの家系の体質だって言われた。体質が一緒だって言われたこと自体は、血のつながりを証明されたみたいで嬉しかったんだけど、それでも僕だって男だ。こういうかっこいい身体に憧れないなんてことはない。
「知ってる、体質だろ?体質なら、気にしたって仕方ねーじゃん」

なんで、知ってんの?って尋ねたら、むね君の病室で話してたのを覚えてたって。
敦史って、本当に僕のこと、最初から好きだったんだ。でなきゃそんな、なにげない会話覚えてないんじゃないかと思う。
まさかそんな好かれているだなんて、考えもしなかったから、全然気づけなかったけど。むね君よく見ぬいたな。

いろいろぐちゃぐちゃ考えていたら、敦史に抱きしめられた。
「人肌って、よくない?」
「そ、それは、賛成だけど…」
「寝ようぜ。あんまり、郁彦の身体に負担かけたくないし」
そう言って、僕から離れた敦史だけど、横になってすぐ『おいで』と言うように両手を広げた。

「し、しなくて、いいの?」
僕は、望まれた通りに敦史の腕枕で横になって尋ねた。薄い布団一枚2人で被って、直ぐに敦史の太い腕は僕の背中に回される。
「そりゃーどっちかって言ったらしたいけどよー、あんまりお前に無理させんのもなー。…それに、郁彦はどうなの?俺がしたいって言ってるから、してるだけ?」
「なっ!……どうして、そんな…!」
「だってー、お前に『好きにして』とは言われたけど、まだ一回も『したい』って言われてないような気がするんだよなー」

そう言えば言ってない。だって、言う前に敦史に押し倒されるんだもん。
「無理しなくていいんだぜ?したくない気分だったら、そう言って欲しいし」
散々ヤっといて今更言うなよって言われそうだけどなって敦史は笑う。

敦史は優しい。だから、僕に気を使って、そういうこと言ってくれるんだと思う。だけど、どうしてこうなんだろう。

ちゃんと口に出して言わなきゃ僕の気持ちが伝わらないからだってのはわかってる。敦史が言うのは全部、僕の本心とは真逆。もしかして僕の態度が、敦史にそういう考えを持たせているんだろうか。
とどのつまり、僕としては、精一杯頑張って、敦史に『好きだ』って言う気持ちを、態度で表してるつもりなんだけど、実は全く伝わっていないどころか、むしろ嫌々セックスしてるように受け取られていたりなんかすると、そういうこと?

体力とか時間が許すなら、ずーっと繋がっていたいとまで思ってるのに。

「…する」
「え?なにが?」
「えっち。したいから、する」
「郁彦?」
上半身を起こして、僕から敦史の唇を塞いだ。

「ん、んん、んっ…」
舌を絡めて、長い長いキスを交わした。最初はびっくりしていたみたいだけど、敦史は唇を重ねたまま、僕の背中や頭を撫でてくれる。
そっと手を伸ばしてみると、敦史の中心は、キスだけで硬くなっていた。
下着の中に手を入れて、敦史自身を触ってやると、ぴくんと小さく身体が跳ねた。ごく自然に、舐めたいと思った。これが欲しいと思った。

「な、な、ちょ、郁彦、なに、超積極的!」
言葉では応えずに、僕は布団の中に潜り込んで、敦史の下着を下ろした。張りつめて、先端を光らせているものに唇を落として、頬張る。

「超うれしい。…気持ちいいわ」
上体を起こして、布団の中を覗きながら敦史は僕の頭や顔を撫でた。舌使いにあんまり自信はなかったけど、敦史は気持ちいいって言ってくれた。気持ちいいって言われるのが嬉しい。僕が、敦史になにかしてあげられてるというのが。

「郁彦…。出そう」
敦史が、熱っぽい声で言うから、嬉しくなってますます力が入った。ちょっと苦しいけど、喉の奥の方までくわえこんで。
「ちょ、駄目だって、出る、出るっ!マジで出るって、駄目だって、ちょ、ん、っ!!!!!!!!」
口の中に出してくれて良かったのに、敦史は勢いよく腰を引いて、枕元から取ったティッシュを当てていた。

「あー。…つか、えっちするんじゃなかったのかよ?イカしてどーすんのよ」
さすがに、何回もしているだけあって、出た量は少なかったみたいだ。

「だって」
口に出して欲しかったんだもん、敦史の舐めたかったんだもん…って思ってから、僕は自分のはしたなさに気がついて、言葉に詰まった。
そんな、口に出して欲しかっただなんて言えるわけないじゃないか!

「だ、だって、だって…」
「郁彦」
続きが言えなくて、ベッドに座ったまま俯いていた僕の頬に両手を添えて、敦史はキスをくれた。

「ありがと。嬉しかった。今度は俺の番な?」
「え?」
なんのことだか理解するより早く、ひょいと敦史に抱えられて、僕はベッドの上に寝かされていた。

「俺、郁彦のなら飲んじゃいたいくらいだからー、遠慮なく口に出してなー」
「ちょ、そんな」
敦史はずるい。自分はさせてくれなかったくせに!
…って、口に出して言わない僕が悪いんだけど。っていうか、どうしてそんな恥ずかしいこと、平気で口に出して言えるのっ?

ぐちゃぐちゃ考えているうちに下着は下ろされ、僕の中心は敦史の口の中。
「ぁ、ぅあ…」
僕が敦史のを舐めたのは今が最初だけど逆は昨夜から何回もされてる。苦しくないの?って心配になるほど深く、僕をくわえこんでくれる敦史は、多分、上手い。
「ぁ…、ふあ、ん、ぁ、あ、んあっ」

こういうことするのが2人目だからあんまりわかんないけど、気持よすぎて喘ぎ声が出ちゃう。
「ぁ、っ、あ、敦史、気持ち、いい」
「…郁彦。やっぱり入れてもいい?」

するすると内腿を撫でながら敦史が顔を上げた。
「今出したばっかりなんだけどなー、もう復活したわ!」
笑う敦史の中心は張りつめて上を向いていた。

「あ、あの」
「後ろ、痛くない?」
敦史の手がお尻を撫でてくれる。
正直言うなら、ちょっと痛かった。入れられすぎというか、突かれすぎというか。

「あ、あの」
「ん?」
「え、えっと」

起き上がって、何か言わなきゃと思うんだけど、なんて言ったらいいんだろう。痛いけど欲しいって、?そんなこと恥ずかしくて言えない。本当は、入れないほうがいいんだろうけど、欲しくて欲しくてたまらない。
2年くらい使ってなかったのに、この24時間くらいで、片手では足りないほどヤってれば、そりゃ痛くなるのも当たり前だとは思うんだけど。
第一、お兄ちゃんとだって、こんなに続けて何回もヤったことなかったし。せいぜい1日2回くらいだったし。
なにから言ったらいいのかわからなくて、困って沈黙してる間に、僕のも敦史のも通常に戻ってしまった。最悪だ。

「今日は寝るか、な?」
敦史は僕の左手に唇を寄せながら言った。
「ま、明日も明後日もあるし?それに、なにも今焦ってしなくても、これからもずーっと一緒にいるんだからさ」
「そう、だよね」

それまで、したいしたいしたいって、そればっかり思ってた僕だけど、敦史の『これからもずーっと一緒』って言葉で、なんだか急に、目が覚めた気分だった。
「敦史…。ほんとに、僕でいいの?なんで、僕なの?僕の、どこが、好きなの?」
「……わかった、俺、何回でも言うわ。俺は、郁彦が好き。世界で一番好き。郁彦の全部が好き。だから、ずっと一緒にいような」
敦史が僕の頭を撫でる。頭ばっかり撫でられてるけど、不思議と、子ども扱いされているようには感じなかった。

何回聞くんだよ、しつこいな、とは、敦史は言わなかった。でも、今でもほんとに不安。
自分に自信がない。なんで敦史に好かれてるのかわからない。だから、きっと、僕はこの先もずっと不安なんだと思う。この不安がなくなることはないのかもしれない。
それでも、その度に、敦史は、敦史なら、『好きだ』って、言ってくれそうな気がした。

「郁彦の髪、柔らかくていいなー。もうちょっと長くてもいいんだけどー」
「あ、敦史の髪だって、柔らかいじゃない」
指通りのいい敦史の髪に触れた。するすると指を滑っていく感じがする。
「自分の髪触ったってしゃーないじゃん。ほんっとに俺、お前の全部が好き。好きすぎて、どうしようってくらい」

もしかして、頭を撫でてくれるのって、髪の毛触りたいから?
敦史が僕の頭に唇を寄せた時、なんとなくそんな気がした。
「なぁ、郁彦。……俺のこと、好き?」
「えっ!?う、あ、え、あ、っと、あ、う、うん」

頷くしかできなかった僕を抱いて、敦史はベッドに横になった。最初と同じように敦史の腕枕で、薄い布団を2人で被って。
「嬉しー。ま、今は俺の方が絶対、郁彦のこと好きだけどさ!」
そんなのどうして分かるんだよ!って思ったけど、そもそも自分がどれくらい敦史のことを好きなのか、言葉で説明できない僕が尋ねてみても仕方ない気がした。もう少し、なんとか上手く喋れるようにならないものか。
「ごめん、郁彦。……俺、寝るわ」

「…え?」
「眠い…ごめん」
言ってから、10分以内に敦史の寝息が聞こえてきた。もしかして、本当は眠かったのかな?もう3時半だから、いくら昨日はちょこちょこ昼寝してたとは言え、眠くても当たり前なんだけど。
ヤって寝てヤって寝て…の一日だったとか恥ずかしい以外のなにものでもないんだけど、それが事実だし。僕が起きると、敦史は必ず先に目覚めてたし。

「好きだよ」
寝てるってわかってたら、素直に言えるんだけどなぁ。聞かれてないから。
「敦史が、好き。大好き。…離れたくない」
触れるだけの口づけを落として、僕も敦史の腕の中で眠りに落ちていった。このまま、世界中の時間が止まってしまえばいいのに。






















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