■樹氷 ■蛍火 ■鶺鴒 ■浅葱

 □title list□
 ※水色部分にカーソルを合わせると
 メニューが出ます

szene2-24 話したいことが、あるんだ


敦史と郁彦が揃って休んだもんだから、今日は学校で1人だった。

郁彦からは、『体調が悪いから休みます』って、今朝メールが入ってたけど、敦史からはなんの連絡もなし。
昼休みに電話してみたけど出なかった。多分郁彦となんかあったんだろーなって思ったけど。

意外と1人って寂しいのね。授業が始まってからて今まで、1人になったことなんてなかったから、どうしたらいいのか自分でもわからなかった。
1人メシの昼休みって寂しいー。

レジュメを3人分もらって声色を変えて代返して。ノートのコピー料金くらい、請求してもいいよね、俺?
コピーの終わった紙の束を、食堂で2人分に分けて折っていたら、知らない女の子2人組に声をかけられた。

「今日は一人なんですね」
「うん。2人とも具合悪いんだって」
「風邪ですかねえ?」
「もしそうだったら、次は俺が伝染るよね。2人からもらってさ」

ちょっとだけ話してあげたら、その子達はすっごく嬉しそうな顔をして、ペコっと頭を下げて去っていった。
なんだなんだ、俺のファンか?敦史に服もらってから約10日、効果出てきたか?
ああ、しまった。もし俺が風邪ひいたら見舞いよろしく、好き嫌いありませんって、アピールしときゃ良かった。

郁彦にメールしたら、ノートもレジュメも明日にして欲しい。どうしても今日なら、むね君に渡してっていうから、敦史のところへ行く事にした。
そんな、玄関までも出たくない程具合悪いなら、明日も駄目かもしれないな、敦史とは関係なく、体調崩したのかもしれない。

歩きながら電話をかけ続けてかけ続けてかけ続けてかけ続けて。着信履歴が全部俺で埋まったかなという頃になって、ようやく敦史は応答した。

『お前、しつこい』
「それが嫌ならメールでも送ってくりゃいいじゃないか。今そっち向かってるから」
『来んなよ!なんだっつーの?空気読め!』

「空気読んでるから、こーやって無理矢理でも行こうとしてんだよ。どーせ郁彦となんかあったんだろ?聞いてやるって」
『うるせー、ばか!ドあほう!』
敦史へこみすぎ。間違いないな。なんかあったっていうか、もしかしてこれは告ってフラれた可能性大?

「泣くなよ、俺がいるだろー」
『何言ってんだお前は、気持ち悪い』
「あ、ひっでーの」

まぁ、頑張った方じゃないか。俺は、慰める言葉を考えながら敦史の家への道を歩いた。

**************

玄関チャイムが鳴って、ヨロヨロとベッドから這い出して、トシだって確認してオートロックを開けた。玄関の鍵は、昨日から閉めてない気がする。

昨日帰ってきてから丸一日なんにも食ってねぇ。とりあえず、パンくらいあっただろうから食うかと思ってたけど、トシが来るならいいや、なんか作ってもらおう。そう思って、待っていた。持つべきものはやっぱり友達なんだなぁ。来るな馬鹿って言っちまったけど。

「よっ、敦史!………生きてる?」
「まぁ、一応」
「……腹、減ってる?」
「うん」

インターフォンの下に、そのまましゃがみ込んでいたら、トシに抱きかかえられて、ぽいっとソファに投げ捨てられた。
ちょ、お前、お願い、もうちょっと優しくして。
「冷蔵庫開けるよー!……おっ、焼きそば作れるね、ちょっと待ってな」

さすが何回も来てるだけあって手慣れてる。俺んちの食器とか調理器具の場所、俺より詳しいかもしれない。勝手に増やしてるし。
15分もしないうちに、キッチンから焼きそばのいい匂いが漂ってきて、ますます空腹を刺激した。
「はい、おまたせ。とりあえず食おうか」

俺は黙って、箸と口を動かした。
恐らく2玉使ったんだろう焼きそばは、野菜たっぷりで、皿に山盛りになっていた。
桜えびなんかうちにあったんだ。当然買ってきたのはトシだろうけど。うめー。

「…郁彦に、フラれたの?」
焼きそばが、残り2口くらいになったところで、それまで黙って見ていたトシがようやく口を開き、核心を突いてきた。相変わらず直球が好きな男だ。
「ううん」
フラれたわけではなかったから、俺は食いながら首を横に振る。

「違うの?だったらなに?どーしてそんな、へこんでんのさ」
本当は変化球も投げれるくせに、直球しか投げないトシに、ポツポツと、俺は昨日のことを語り始めた。
せっかくドライブデートできそうだったのに、好きだと言ってしまったことや、キスしてしまったことを。

「…で?」
「それだけだよ」
「…ハァ!?」

話を聞き終わった後のトシの反応。はぁ?ってなんだよお前、はぁ?って。
「なんで?なにそれ、そこ、これから迫って、押し倒すとこじゃないの?」
「お、お前なぁっ!!」

トシってこんなやつだったっけ?
あ、俺のせいか。俺が乗っかったからだ、多分。
お前ね、男同士だからって、毎回あんな、なし崩しにコトが進むってわけじゃないのよ。

「…今日、郁彦、どんなだった?」
「知らない。だって、来なかったもん」
「う、そ…っ!?」
「嘘ついてどーすんだよ。ホレ、今朝郁彦から来たメール。あ、今日のノートとレジュメね、忘れるところだった」

トシが見せた画面は間違いなく郁彦からのメール、今朝の日付。
そして、コピーされたノートと、わざわざもらってくれたレジュメがきっちり半分に折って綴じてあった。

「すまん。明日大盛り定食おごるから」
「今日1日全て代返もしときました」
さすがだな、トシ。今日授業3つ分×2食か?あと、このコピー代か。

「2食ずつおごります。一品も付けます」
「え?マジでいいの?」
「けっこうな枚数だから、コピー代と思ったけど、一品より現金で払った方がいい?」
ざっと見た感じだけど、この日はいつも1日に取るノートの量を遥かに越えていた。ま、トシは俺より細かく、先生の発言もメモするやつだけど。

「ちなみにコピー代の領収書。なんかさー今日に限って、ノート取る内容が多くて、1人270円もかかっちゃったんで、できれば現金で欲しいですっ!」
そうやってハッキリ言ってくれると助かるんだよな。俺は、ソファの後ろが定位置になっている鞄から、財布を引っ張り出した。

「面倒だから、コピー代も込みで、現金で今やるわ」
財布に金が入ってたから、財布から1万円札を出してトシの前に置く。
「お釣りいらん」
「ちょ、いくらなんでも多くない?」
「…授業3つ×2食の2人分とコピー代だろ。郁彦の分も俺払う。あいつが具合悪いの、俺のせいだから。あと焼きそばサンキュ。多いと思うならこの皿洗っといて」

トシが受け取るのを確認しないまま、ソファの後ろにあった鞄に財布を戻すと、俺はテーブルに突っ伏した。多いって返されても俺は知らんけど、大丈夫だろう。どうしてもって言うなら、なんか家事やってもらうだけだし。

「…郁彦と、白黒はっきりつけた方がいいんじゃないの?」
「それで、完全にフラれたら、立ち直れる気がしない」
そんなの俺だってわかってる。だけど、踏ん切りが付かないから、こーやって引き込もってんじゃねーか。情けないのは自分が一番よくわかってるよ。

「じゃあ、好きなんて言わなきゃ良かったのに」
「俺もそう思うから、こーやって昨日からへこんでんだろーがよ!」
「なんで言ったの?」
それがわかれば苦労はしていない。そんなに責めないで、少しは慰めてくれよ、馬鹿トシ。

「…勢い?」
「勢い大事!いーじゃん、青春してるねー」
「お前、楽しんでんだろ」

お前は楽しいかもしれないけど、俺は苦しいんだっつぅの。せっかくのドライブデートも全部パァなんだから。

「敦史、電話鳴ってない?」
トシに言われて耳をすますと、確かにバイブレーションの音が聞こえる。
「いいよ、どーせ宗則だから。あいつ、昨日から10回以上かけてきてる」
一応確認するよと言って、トシは立ち上がってベッドルームへ入って行った。

「ほんとだ、宗則君だ」
「だろー?」
俺の返事と、ほとんど同時に、ぷぷぷっと、押し殺したようなトシの笑い声が聞こえた。

「敦史、宗則君のメール見た?返信してやった方がいいよ?」
「んあ?なんて?」
トシが宗則からのメールを読み上げた。思いっきり棒読みで。

「くおーら敦史、てめーいつまでも無視ってたら、この画像にちゃんに貼るぞごるあー」
は?何言ってやがる?
「画像ってなんだ?」
「敦史の免許証に、ガッツリ落書きしてある」
「なんだとぉ!?」

戻って来たトシが渡してくれた俺の携帯に表示されていた画像。
免許証の番号とか、住所とか、ヤバイところにボカシが入ってる。俺の顔写真は、牛乳瓶の瓶底みたいな眼鏡が描かれてた。あとは、小学生レベルのアホとかバカっていう文字。明らかにマウスで書いたようなヘタクソな字で。あ、そうか、宗則ってこないだまで小学生だったんだな、あいつ中1なの忘れてたわ。時々、歳相応になりやがって。

「ドあほう、名前と生年月日隠れてねーじゃねーかっ!!」
「そういう問題じゃねーよ!」
と、とりあえず宗則に連絡を。俺は、電源ボタンを押して、待ち受け画面に戻した。

「宗則君の前に、郁彦に電話すべきだと思うけど」
「何言ってんだ?トシ?」
「今、未読メール2通あったんだよね。ちゃんと見なよ」
「はぁ?」

今は未読メールはなくなっている。って、トシが読んじまったんだから当然か。 つかお前、何平然と俺宛のメール読んでんの?
そりゃ俺も、メールの内容聞いたけどさ、『なんて?』って。読まなきゃトシは答えらんないけどさ。

俺は、新着から2つ目の受信メールを開いた。確かに、郁彦からのメールだった。

『電話に出てもらえなかったのでメールします。話したいことがあるんだ。連絡下さい』
おい、待て、郁彦からの着信なんていつ来たよ!!と、慌てて着信履歴を確認したけれど、着信履歴30件は全て、続けて鳴らしまくった1人の名前で埋まっていた。

「…トシぃ」
「俺に30回以上電話させるまで出ない敦史が悪いだろ」
トシは涼しい顔を見せていた。

「い、今から郁彦に電話するからっ!お前、あっち行ってろ!…あ、いや、ここにいろ!俺があっち行く!」
「どーぞどーぞ。健闘を祈る!」

やっぱりなんだか楽しそうなトシに見送られて、俺は、ベッドルームで頭から布団を被って、それから。
郁彦の電話番号に向けて発信した。

初めて郁彦に声をかけた時の3万倍くらい、緊張した。

『はい。…笠原?』
郁彦の声は、いつもと変わらない気がした。

「ごめん。お、おれ、寝てて気づかなくて…」
『え?…寝てたの?』
「郁彦も休んだんだってな。トシに聞いた」
『じゃあ今日、深谷1人だったんだ…。謝らなきゃ』
確かに、いつも3人で一緒にいるのに、いきなり1人とか寂しいかもな。後で俺も謝っとこう。

「しょ、しょーがねーよ。具合悪かったんだろ?」
『うん…。…笠原は?』
「ああああ、あ、俺?もう大丈夫。もう、元気」
『良かった。………ねぇ、僕、今から、笠原んとこ、行ってもいい?』
え?今、なんて言った?郁彦が来る?

「う、うう、うち?い、いい、いいけど」
『話したいことが、あるんだ。………聞いて、くれる?』
「おお、お、おう、もちろんだぜ!」
『ありがとう。…今から用意して、また家出る時、電話かメールするね』
「う、うん。ま、待ってる」
『ありがとう』

それで、通話は切れた。
来る。郁彦が今からここに来る。

「と、と、トシぃー!!!!」
俺は、3回程、郁彦の言葉を頭の中で繰り返して、ベッドから飛び出した。トシは、リビングにはいなかった。

「なにー?どうしたのー?」
返事が聞こえたのは、衣装部屋だった。

「ふふふふふ、郁彦が今からここに来るーっ!!!」
「あ、そうなんだ、良かったねー!じゃあ俺帰るー。皿は洗っといたし、あと、このTシャツ4枚ちょうだい」
「好きなだけ持っていけ!」

ああ、どうしようどうしようどうしようどうしよう!
昨日から風呂も入ってねーぞ?いや、それどころか、今日は顔も洗ってねぇえっ!!

「あ、そうだ、ついでにこのコピー、郁彦に渡しといてよ。…じゃあ、検討を祈る!玉砕したら、慰めえっちしてあげるから!」
「テメェはどっちを望んでんだ」
「いやーそりゃ、くっついて2人揃って幸せになってくれた方が嬉しいけどさー」

何を考えてるんだから知らないが、ケラケラ笑いながらトシは帰っていった。
どうしよう、シャワー浴びる時間あるかな?と思っていたら携帯が鳴る。なに、もう家出るって?ちょっとー!…と思ったら、宗則からのメールだった。

『敦史の免許証は、ふみ兄に渡したからねー(σ゚д`)ベー。ふみ兄今からそっち行くってさー。まだシャワー浴びてるけどー』
『俺の免許証画像全種、お前のハードディスクと携帯の中から全消去しろ!』

郁彦もシャワーなら、俺にも時間はあるはずだ。
急いで宗則にそれだけを送信して、俺はシャワールームに飛び込んだ。






















No reproduction or republication without written permission.