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szene2-21 どうなっても知らないよ


1階では、ばーちゃんとじーちゃんと父さんが言い合いになっていた、電話で。
『篤良があんな車買うからじゃないか!』
『今言ってもしょうがないじゃないか、買ってしまったんだから。だからもう一台って話が出てたんだろ?』
「そうだそうだ、とーさんとかーさんの車買えば解決じゃないか」

まぁ、一応二世帯住んでるんだから、車が二台あってもおかしくはないよね。玄関前に停めれるだろうし。この辺、車ない家の方が多いけどさ。
「宗則」
父さんに呼ばれて携帯を渡された。僕がリビングに来たって言ったら、代われって言われたみたい。

『宗則、お前、新しい車、なにがいいと思う?』
「えー。どうせじーちゃんとばーちゃんなら、買い物に使うくらいでしょ?軽でいいんじゃないの?」
『あんた、なんにもわかってないね!』

…いや、中学生なんだからわかるわけないじゃん、車なんてさ。
とりあえず、ここにふみ兄はいないみたいだ。部屋行ってみよう。
もう大人は知らないよ、勝手に好きなの買いに行けばいいじゃない。

『車があったなら、良信さんだって車通勤するだろ?』
「いや、かーさん、絶対電車の方が早いって!東京の渋滞はすごいんですよ?」
『通勤よりも、伊豆に行くのに、わざわざ借りなくて済むのが一番なぁ』

『それもそうね』
「伊豆まで行くって考えたら、やっぱり軽じゃ駄目ですね。いっそレガシィとか」
『篤良の好みなんて聞いてないよ!』

父さんに捕まって、横に座らされて、父さんがスピーカーフォンにしたせいで、じーちゃんとばーちゃんの会話まで全部聞こえる。つか聞かされる。
だったらこんなところで話してないで、さっさと明日にでもディーラー行った方が早いんじゃないの?北海道で行っても意味ないか。

「もーすぐにーちゃん帰ってくるんだから、兄ちゃんにも聞いてみれば?」
『そうだね、将大にも意見聞こう』
僕はさっさと、1階から逃げることにした。

兄ちゃんは、父さんのインプレッサお気に入りだけどね。めちゃくちゃスピード出るからって。自分のお金で燃費計つけたくらいだし。
ふみ兄を名古屋に迎えに行く時だって、ノリノリで『ノンストップで目標3時間半!』とか言ってたもん。
そういえば、本当に4時間かからず名古屋まで行ったのか聞いてないや。僕、集中治療室だったから。

最近あんまりだけど、あの車買ったばっかりの時は、よくドライブに連れてってくれたんだ。兄ちゃんも免許取り立てで、練習したかったのかも。
…でも、今考えたら、あんな走り屋さんっぽい車に初心者マーク付けてたんだなぁ、兄ちゃん。違う意味でカッコイイ。

そ〜いえば最近バスケばっかりしてて全然ドライブ連れてってくれないなー。
今度、津軽海峡冬景色を、「鏡音リンのスターリングラード冬景色」に、こっそり変えといたら、怒られるかな?

「ふみ兄、入っていい?」
扉をノックして、返事の前に開けた。部屋の電気は付いていたけど、ふみ兄はまだ、床に座って泣いていた。
「そんなに泣いたら、明日目、腫れるよ?」
言葉はなくて、膝の間に顔を埋めてコクンと頷いてるんだけど、それでも声もなく、まだふみ兄は泣いてる。背中が震えてる。

「はい、氷持ってきたから、冷やして」
ケーキとか買うと付いてくる保冷剤。あれを凍らせたものを、ハンカチで巻いてきたんだ。
「ありかと、むね君」

眼鏡もぐちゃぐちゃじゃないか、涙が乾いて塩分固まって。
洗わなきゃきれいにならないよ、これ。

「ねぇ、ふみ兄。…敦史が心配してたよ?」
「…………知ってる。なんか、言ってた?」
なんだかんだ強気だったくせに、気になるんだ。

「自動車学校行ってるんだよーってのは話しといた。別にオートマでいいんじゃねーの?って言ってたよ」
「でもっ!…もう、おじさん、お金払ってくれたから、いくらか無駄になるんだよ?」
ふみ兄もしかしてそんなこと気にしてたの?軽く調べてみたんだけどさ、オートマとマニュアルの差額って、1万か2万じゃね?

「1万か2万無駄になることよりも、ふみ兄に泣かれる方が嫌だと思うよ、父さんも、じーちゃんもばーちゃんも。…僕も、兄ちゃんも」
「むね君…」
僕が眼鏡持ってるから、焦点が合ってない。僕の顔とふみ兄の顔は、30センチも離れてないってのに、きっと見えてないんだ。

「せっかく家族になったんだからさ、それくらい甘えちゃいなよ。だいたい、父さんお金出したって言うけど、きっとじーちゃんとばーちゃんが、ふみ兄の学費って貯めてたお金だと思うよ」
「僕…の?」
ふみ兄、もしかして知らなかったのかな?

「じーちゃんとばーちゃん、孫全員分のお金貯めてる。お年玉とかケチだったのはそのせい。ま、僕は現在進行形でケチられてるんだけど」
お年玉はケチるくせに、普段いろいろ買ってくれるから、そんなに困ってないけどね。とりあえず、物は買ってくれるけど、現金はくれないんだ、うちのじーちゃんばーちゃん。

「お年玉、ケチだったの?」
ふみ兄は、ほとんどもらったことがないって言った。あーあ。

「ばーちゃんがふみ兄の分って、伯母さんに渡したお金、ほとんど伯母さんで止まって、伯母さんが使い込んでるらしいよ。だからいっつも、ばーちゃんと伯母さん喧嘩してたの」
「…知らな、かった」

「ごめん。父さんに、ふみ兄には言うなって言われてたんだけど…」
ふみ兄は泣きながら首を横に振った。

「もう、いいんだ。僕には、帰る場所は、ここしか、ないから」
「うん。ふみ兄が兄ちゃんになってくれて嬉しいよ。だから、もっとワガママ言っちゃえ!って言ってんだよー!」
「ありがと」
ようやく、ふみ兄はちょっとだけ、嬉しそうな顔を見せてくれた。こんなにはっきり嬉しそうなのに、どうしてみんな、わかんないんだろう。

「とりあえずこれでも飲んで落ち着いて」
僕は、キッチンから持ってきたグラスをふみ兄に渡す。
ふみ兄は、なにも疑わずに、そのグラスを口に運んだ。

「…!!…むね君、これっ!!」
「実はビールでしたー」
ふみ兄、目悪いから、泡さえ出てなければ、烏龍茶と見分けつかないもんね。氷も入れてきたし。

「僕弱いって知ってるでしょ!?」
「でもー、こういう時は飲んだらいいんじゃない?」

「どうなっても知らないよ?」
「大丈夫だよ、ここ、ふみ兄の部屋なんだし。寝ちゃえばいいんだもん」
ふみ兄は、僕が遺伝的にお酒強いはずだって言ったけどさ、それ言うならふみ兄だって強いはずなんだけど。

あのじーちゃんとばーちゃんの子である伯母さんは当然強いはずだし、たとえ伯父さんが下戸だったとしても、足して2で割るんだから、人並みには飲めるはず。
ちなみに、伯父さんは、ほとんど会ったことないけど、下戸だって話も聞いたことはない。

「もう、知らない」
ふみ兄は、グラスのビールを、一気に飲んじゃった。缶に残ってた分を注いであげる。ああ、泡だらけになっちゃった。
でも、ふみ兄泣き止んだんだから、僕の作戦成功なんじゃないのこれ。

「1本しか持って来なかったの?」
「うん。…だって、ふみ兄弱いって言ってたから」
「いくら弱くたって、そんな1本くらいじゃ潰れないよ」
あれ、なんか予想外。あんなに飲むの嫌がってたから、本当にものすごい弱いのかも…っていう可能性は、ちょっとだけ覚悟してたんだけど。

「やっぱりふみ兄だって飲めるんじゃん」
「いきなり記憶なくなるから嫌なんだよ。どれくらい飲めるのか、自分でわかってないから」
「…じゃあ、せっかくだから、試してみれば?」
僕は、キッチンに行ってビールを2本持ってきた。ついでにふみ兄の眼鏡もキレイに洗ってあげた。

キッチンに行っている間、ふみ兄は僕が最初に渡した保冷剤でまぶたを冷やしていた。
「冷たくて気持ちいいでしょ」
「…うん」

僕が泣くと、いっつも父さんか兄ちゃんがそうやって、ハンカチで保冷剤包んで冷やしてくれたんだ。あれ駄目、これ駄目って言われて、しょっちゅう泣いてたから、僕。そりゃ今は慣れたけど、僕だけ、外で遊べないって、小さい頃は嫌だったんだ。まして兄ちゃんは超健康優良児だったし。
「ふみ兄、2本目はい」
「うん」
さっきのは一番搾りだったけど、コレはアサヒスーパードライ。なんか違うの?ビールの味って。ちなみに3本目にはプレミアムモルツ持ってきた。なんでこんないっぱい種類あるの?この家。

それは、兄ちゃんとかに聞いたほうがいいかな。とりあえず、味は違うんだろうから、さっきのグラスは使わないで、缶のまま渡したけど、なんにも言われなかった。
とりあえず、ふみ兄の眼鏡は、机の上に置いておこう。間違って踏んだりしたら大変だし。

2本目の350ml缶もあっという間にふみ兄が飲んじゃった。なんだふみ兄、けっこういけるじゃん。
空になったと思ったのか、ふみ兄に手渡された缶を振ってみたらちょこっとだけ残ってる。飲んじゃえー!

…苦い。こんなの何が美味しいんだろう。しかも一口分しかなかった。さすがにこんな量じゃ、酔いもしないし、喘息も出ないか。
そろそろ3本目いるかなって思ったら、急にふみ兄が、力が抜けたみたいになってしなだれかかってきた。

「…むね君かあいーねー」
「え?」
ふみ兄?酔ったの?…そういえば、なんか、ほとんど一気飲みだった気がするんだけど。一気飲みって、回るの早いって言わない?

「こんなかあいー弟できて嬉しー」
ぎゅうって、抱きしめられた。

「ちょ、ちょふみ兄?」
「ちゅーしよー」
「ええ?え、あ?ええっ?」

どこからどう見ても、僕、押し倒されてるんですけど。
覆い被さってきたふみ兄にされたのは、あの、英輔君がしてくれたのと同じキス。唇を吸われて、舌を絡められて。
やだ、気持ちいい。
何度も何度も、舌を絡めて、歯列をなぞられて。

初めてじゃなかったし、相手が何回もキスしてるふみ兄だったから、今回は僕も、なかなか冷静だったぜ!
でも、全身の力が抜けた。

「へへ。柔らかーい」
な、なにが?って思っている間に、もう一度唇を塞がれる。ちょー!ふみ兄ー!僕、勃ってきた!やめー!!
……って、ふみ兄もギンギンでした。どうしたらいいんだろう。

て言うかさ、もしかして。
ふみ兄って、酔ったら滅茶苦茶素直になるんじゃないの?

「ねぇ、ふみ兄」
「なぁにー?」
上体を起こすと、僕に体重を預けたままふみ兄は猫みたいに甘えていた。
あ、正真正銘ネコなんだった。

僕の胸のあたりに頭を擦り付けてきて、甘えてるみたい。
「ふみ兄の好きな人はだぁれ?」
「僕ー?…僕ねー、笠原好きー」
おめでとう敦史、良かったね。あーちくしょう、動画か、せめてふみ兄の声だけでも録音しておけば、向こう1週間くらいはタカれたってのに。

「深谷君は?」
「深谷もすきー。優しくしてくれるから好きー」

「敦史と、深谷君だったらどっち好き?」
「んー。…むね君!」
ふっ。悪いな2人共。これが血の繋がりってやつなんだぜ。

…って、チガーウ!!
今ちょっと嬉しかったけどっ!!

「違う違う、ふみ兄。笠原と深谷」
いつもふみ兄が呼んでる呼び方しないとわかんないのかも。

「んー」
ふみ兄はまた、首を傾ける仕種を見せて。
「どっちも好きー」
つーか、ふみ兄超絶可愛いんですけど。これ多分、本人記憶ないよね、明日。だから飲みたくないんだよね?

でも、こんな人間兵器的に可愛い姿、他人に見せるわけにはいきませんっ!!

「むにゃむにゃむにゃむにゃ」
なんか言ってるけど、ろれつが回ってない。寝そう。ちょっと、その前にっ!

「ねぇふみ兄、今、誰とえっちしたい?」
「ふー?みゅー。……かしゃはらー」
それだけ言うと、ふみ兄は、僕にもたれ掛かったまま、静かに寝息をたてはじめた。
…良かったなぁ、敦史。ふみ兄、お前とえっちしたいってさ。

さて、僕はこの体勢からどーしたらいいんだろう。残念ながら僕、ふみ兄をベッドの上に上げる腕力ないんですけど。
ま、もうすぐ将大帰ってくるから、助けてもらおう。

将大は、1時間以上帰ってこなかった。ふみ兄を支えているのにも疲れて、僕は開き直って横になった。ふみ兄は、僕の太腿あたりを枕にしてすーすー眠ってた。

いつの間にか僕も諦めて眠ってて、気がついたのは、兄ちゃんに抱き上げられた時だった。

「……兄ちゃん?」
「起きた?宗則。お前、部屋の電気点いてるし、お風呂沸いたって呼んでも降りてこないしで、心配で見に来たら郁彦と寝てるし」

「兄ちゃん、ふみ兄は?」
僕を抱いてるせいで、両手が塞がった兄ちゃんの視線の先を見ると、ふみ兄は、ちゃんとベッドに寝かされていた。眼鏡は、枕元の、いつもふみ兄が眼鏡を置いてる定位置に戻してある。目覚めた体勢のまま手が届いてなおかつ、いつも決まった場所にないと駄目らしい。

「宗則、お前、郁彦に飲ませただろ?」
「う、うん。でも、ビール2本だよっ!」
「その2本で、あーやって寝ちゃったんだろ?」
…あれ?

「俺も1回飲ませたんだー。そん時は郁彦、ビール初めてだったみたいで、3、4本飲んだけど、すぐ寝ちゃってさ」
え?じゃあ、もしかして、ふみ兄が、自分はお酒弱いって知ってたのって、兄ちゃんのせい?だって、一度も飲んだことなければ、自分が強いか弱いかなんて知らないはずでしょ?

「ふみ兄なんか言わなかった?酔っ払って、面白いこと」
「ん?…なんか言われたのか?俺ん時はいきなり寝たぞ?」
「そ、そう」
じゃあ、僕が見たあれはなんだったんだろう。現段階じゃ酔っ払ったふみ兄が滅茶苦茶素直で可愛くなる可能性は50%ってとこか。そんな確率じゃ、敦史には教えてあげられないな。

「それより宗則。起きれるんだったらお風呂入りなさい」
「あ、うん。大丈夫」
僕は、兄ちゃんのお姫様抱っこから下ろされた。

「なぁ、むね。今さー、郁彦をベッドに移動させるのに抱っこしたんだけどさー」
「んー?」
「寝言でお兄ちゃん…っていわれた。超うれしい」
「兄ちゃん…」

将大、多分それ、違う。兄ちゃんのことじゃないと思う。
きっとふみ兄、名古屋で隣の家に住んでたお兄ちゃん、要するに元彼の夢でも見てるんじゃないかと思うんだけど。
でも、ふみ兄、戸籍上は長男だもんな、兄貴なんていないんだもん、将大が勘違いするのも当たり前か。

…っていうか、将大がホントにすっごく嬉しそうだったから、僕は言わないでおいてあげることにした。
「兄ちゃん、今日、遅かったね」

「ちょっとミーティングしてきたからなー」
「…ばあちゃんに、電話、した?」
「うん」

兄ちゃんも、『どうせじーちゃんとばーちゃんなら、買い物にしか使わないんだから軽でいいんじゃないの?』って言ったらしい。
だよねー、やっぱりそう思うよねー!

結局、ばーちゃんの猛反発で軽は却下されて、こっち帰ってきてからプリウスかなんかを見に行くことになったらしい。
プリウスの名前が挙がるのは、買い物にメインで使うから、燃費のいいハイブリッドがどうとかって。だからさ、なんで軽じゃだめなのさ。

もう、トヨタでも日産でもホンダでもスバルでもスズキでもダイハツでも、好きなとこ行ってくればいいじゃない。
面倒臭いから僕は付いて行かないよ。じーちゃんとばーちゃん2人で、デート感覚で行ってきてちょうだい。

翌朝、僕がまぶたを真っ赤に腫らしたふみ兄に怒られたのは言うまでもない。
いーじゃん別に、酔ったら暴れる系とかじゃないんだからさ!!

「僕、なんか恥ずかしいこと、しなかった?」
2本目を開けたところまでは覚えてるらしい。

「ううん、全然。いきなり寝ちゃった」
「………そう」

本当に記憶ないのかな?どこまでないのかな?
なんか、あれだけじゃわかんないや。

僕はまた、今度隙を見て、ふみ兄にお酒を飲ませてみようと思ってる。






















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