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szene2-17 Crossandra


叔父さんの挨拶で、パーティーが始まった。
いきなりビール1本飲み干したのは水野さん。さすがまさ君の幼馴染だと思う。
水野さんは知らないけど、まさ君と島本さんはバスケ部で、体育会系の飲み会って、すごいんでしょ?僕知りたくないけど。

「将大は今日は、飲める子連れてきたんだね」
チラチラとダイニングを観察しながら、サラダを食べているおばあちゃんが言った。
「そろそろあたしはひ孫が見たいんだよ!…郁彦も、可愛い子いたら、いつでも嫁にもらっていいからね」
「は、はぁ…」

ごめんばあちゃん。僕の子どもは、一生見せられないかもしれない。僕ってばあちゃん不幸だな。いや、でも、年齢順で言ったら、まずはまさ君だから。あんなに女の子連れてくるんだから、一人くらいなんとかお願いします。

「ちょ!敦史!このチャーシューめっちゃうまい!食ってみ!」
深谷が泣きそうな大声を上げて、笠原が、そのまま、深谷の箸からチャーシューを食べた。
「………なにこれ、口の中で溶けた!パネェ!…つーかこれ、マジうめぇ。これならチャーシュー丼にして毎日でも楽勝食える!」

叔父さんの料理、ホントに美味しいから、期待して来てねって言っておいた通り、深谷と笠原はさっきから、見事な食べっぷりだった。
普通は18歳の男ならあれくらい食べるんだよね。僕は、多分少食すぎるんだと思う。でも、食べられないものは食べられないんだから仕方ない。

「おお、そこまで言ってもらえると嬉しいねー!どんどん食べてくれ!」
「ま、まさか、おじさん作ったの?」
そうそう、何日か前からウキウキで今日の仕込みしてたんだ、叔父さん。

「そうだよー。一応3キロ煮込んだんだけどね」
「だからー、父さんの料理はガチだって言ったでしょー」
「郁彦君の友達来るって言うから楽しみでねー。男の子らしくたくさん食べなさい」

深谷も笠原もすっごく喜んでる。深谷は寮だけど、笠原一人暮らしだもんな、たまには家庭料理食べたいのかな。
「チャーシュー丼いいねー。僕も、ネギいっぱい乗せて食べたい」
できればネギは辛いやつで。白髪ネギ山盛りにしてくれたら嬉しい。

「ふみ兄、ネギ好きなの?」
「うん、けっこう好き」
ネギを好きなだけ入れてもいいうどん屋さんとかラーメン屋さんとか、すっごく嬉しいよね。

「ばあちゃん、ふみ兄みっくみくだね」
「ほんとだねぇ」
おばあちゃんとむね君は、2人で、『あ らっつぁっつぁーや りびだびりん らばりっだんりんらん れんらんどー』って、何かを振り回すジェスチャーつきで楽しそうに歌い始めた。明らかに日本語じゃない曲だけど、おばあちゃんとむね君なら、何語の曲聴いてても驚かない。

「敦史ー、エビチリもヤバイよー!」
深谷が、また大声を上げたせいで、おばあちゃんとむね君の歌はそこで終わりになった。

「なにこのぷりっぷり」
「だろだろ?持って帰りたい」
「ほんっとにそこまで喜ばれると気分がいいねー、郁彦君の友達いいねー」

深谷と笠原のお陰で叔父さんすっごく上機嫌だ。良かった。
叔父さん、家族が一人増える、しかも食べ盛りの男の子!…って、喜んでたみたいなんだけど、僕が予想以上に全然食べなくて少しショック受けてたみたいだから。

「お父さんわー、ハマったらなんでも、トコトンやらなきゃ気がすまないんだよ」
「宗則に栄養のあるもの食べさせなきゃ!…と思ったら、いつの間にか料理そのものが面白くなっててなぁ。肝心の宗則も、郁彦君もあんまり食べてくれないんだけど」

「僕食べてるよー!すっごくいっぱい食べてるんだから!」
「そうなのかー?」

叔父さん、僕も食べてます。この家に来る前の倍近く食べてるんですけど。おかげでこの家に来てから3キロも太りました。それでもまだ、標準体重にならないし、まさ君と比べたら食べてないけどさ。

「宗則君は、お父さんの料理でなにが一番好き?」
自分の皿に、食べ物をよそう手は止めないまま、深谷がむね君に尋ねた。

「僕〜?んーとね、やっぱり、もつ煮込みカレー!」
ああ、わかるなー。叔父さんのカレーは1回食べたけど、けっこう辛くてほんとに美味しいんだ。この季節だからもつじゃなかったけどね。牛すじ煮込みだったかな。

それからしばらく、明日のご飯の話で盛り上がったけど、深谷と笠原の食べる量が僕の予想以上だったから、多分今日の料理、僕も残らないと思う。
だって、まさ君まだ食べてないし。

あっちにも少し料理はあるけど、まさ君も島本さんも、食べる時は食べる、飲む時は飲むってタイプで、きっとあっちの料理には全く手をつけてないと思うんだ。
あの一升瓶が空になった頃、こっちにきて、全部さらっていく気がする。

で、一升瓶はどうなってるんだ?と思ったら、取り巻きの女の子2人は、潰れてテーブルに突っ伏して寝てた。もしかして、そろそろまさ君警報?僕はいいんだけど。もうけっこう食べたから。

「なぁ、そろそろ、俺そっち行っていい?」
ほらきた。多分、むね君もそろそろお腹いっぱいかも。叔父さんとおじいちゃんとおばあちゃんも大丈夫かな。問題は、深谷と笠原。

「深谷君、笠原君、食べた?十分食べた?」
多分、僕と同じ事心配してるむね君もしつこいくらい確認してる。

「兄ちゃんまだだめ!」
「無理ー!お腹すいたー!」
まさ君と、くっついてきた島本さんが、テーブルの前にどかっと座り込んだ。

「深谷、笠原、早く食べないと、この2人に全部食べられちゃうよ?…僕はもう、いいけど」
「え?マジ?」
いや、そんなこと嘘言わないってば。そう思っている間に、まさ君がエビチリを飲み込むような勢いで全部、食べちゃった。だから言ったじゃん。
「あー、エビうめー!」

深谷も笠原も、僕が言ったことが嘘じゃないってわかったみたいだった。
「赤ワイン煮込みはもらったぁ!」

深谷って、肉好きなんだ。…あんまり嫌いな人いないかな?あれ、けっこういい肉だし、柔らかくて食べやすいもんね。
笠原はチャーシューか。美味しいもんなー。あれ?今まで食べてばっかりで飲んでなかったけど、ビール3本目に入った、笠原。

「久苑ちゃん、お酒足りてるか?」
叔父さんと、おじいちゃんとおばあちゃんは、ダイニングの方に行ってしまった。多分お腹いっぱいになったから飲むんだと思う。

ソファにいた深谷と笠原が床に移って、まさ君、島本さんと早食い大食いバトルの様相を呈してきた。
見てるだけならけっこう面白いな、大食いもののテレビ番組が、なくならない理由がわかる気がする。

僕はソファにそのまま座っていたんだけど、隣が空いたところにむね君が来て、僕の膝枕でゴロゴロし始めたから頭を撫でてあげた。
やっぱりまさ君の隣には、島本さんが座ってるんだけど、食べてる時は構わないのね。ま、殺気立ってるもんなー。触らぬ神に祟りなし?

「にゃー」
「猫さんは満腹ですか?」
「にゃかにゃか!」
「良かったね」
むね君可愛い。僕の前だとほんとに素直だもんな。こんな可愛い弟ができて嬉しいよ。

最後に残った春巻きの皿を取ったのはまさ君だった。深谷との一騎打ちに見えたけど、やっぱり身長の分だけ腕も長いまさ君には勝てなかったみたい。
それでもまさ君のが食べてる横から春巻き1本奪った。深谷凄いな、そんなにお腹すいてたの?

「とーさーん、足りないみたいだから、炒飯でも作ってー」
僕の膝枕のまんま、面白がって大食いバトルを見てたむね君がダイニングの叔父さんを呼んだ。

「本当に全部なくなったのか?…嬉しいなー」
叔父さんが驚くのも無理はない。だって、どこかのホテルの、ランチバイキングくらいの量はあったよね。

「宗則、ちょっと手伝って」
叔父さんに呼ばれてキッチンへ行ったむね君が運んできたチャーシューとロールキャベツ。僕もむね君と、空になった皿を下げる手伝いをする。
「今から父さん、チャーハン作るからー。ちょっと待っててね」

叔父さんがチャーハン作るって言ってるのに、まさ君と深谷聞いてないっぽい?大食いバトル第二ラウンドかな?でも、笠原と島本さんは、チャーハン待ちの体勢になっているから、2人で分ければいいのに。

まさ君も、僕と同じ結論に達したみたいだ。
「はい、深谷くん」
「さ、佐々木さん…!」
ロールキャベツとチャーシューが半分ずつ乗った皿を渡されて、深谷は感動して泣きそうになっていた。

「こんないい勝負したのは初めてだよ!深谷くん、バスケ部入らない?」
え?
思い切り、ずっこけてしまった。僕だけじゃない、笠原も、島本さんも。

いや、確かにまさ君は、僕にまで『一緒にバスケしよう』って言ったくらいの人だからさ。まさ君にとっては『おはよう』に等しい言葉なんだから、先輩だけど遠慮無く断っていいんだよ、深谷!!

「文応大学バスケットボール部、関東一部リーグ所属。部費、月8千円、練習は、平日17時から、土曜日13時から、日曜日は朝10時から…」
「絶対無理ですごめんなさい!」
バスケ部の詳細を、笠原が読みあげた瞬間、鬼気迫った表情で深谷は即決した。そんな勢い良く断らなくても、だからまさ君にとっては『おはよう』みたいなもんなんだって、『バスケしよう』って。

「なんだぁ。残念だなぁ。な、修」
「っていうか将大、そういうスカウトはどうかと思うんだが」
「なんでだよー!ハングリー精神のないやつはダメだんだぞー?」

うーん、ハングリー精神とか、関係なくスカウトしてるよね、まさ君。だって僕にも言ったもん。
空になったお皿が全部片付いたから、洗おうかと思ったけど、叔父さんに座ってていいって言われた。チャーハンできたから郁彦君も食べなさいって。でも、僕、ほんの少しでいいです。

「チャーハンおまたせー!」
僕が少しでいいって言ったからか、深谷達4人分は小どんぶりに山盛り盛られていた。
「足りなかったらまた作るから言ってってー。ふみ兄も食べよ」
言いながらむね君が持ってきた手のひらサイズの小さい皿。これが僕とむね君の分らしい。さすが叔父さん、僕らの食べる分わかってる。

「はい、この皿だけネギ増やしてもらったから。ふみ兄あーんして」
僕は、黙って口を開けて、むね君からチャーハンをもらって食べた。ほんとだ、ネギたっぷり、美味しい。

「叔父さんのチャーシュー、もうこれで最後じゃないの?」
「うん。でも、ふみ兄がチャーシュー丼食べたいって言えば、またいつでも作ってくれるよ、ねぇ、お父さん!」
でも、今から作ったって、食べれるのは明後日になっちゃうけどねーって言いながら、またむね君が僕の口の前にチャーハンを運んでくるから、黙って食べた。

「郁彦君、他にも好物あったら言ってくれると嬉しいな」
「え、いや、あんまり、わかんないん、ですけど…。思いついたら、言いマス…」
「だってー。はい、ふみ兄」
むね君は、自分と僕の口、交互にチャーハンを運ぶから、あっという間に半分くらいなくなってしまった。

「郁彦、はい」
ずるずる膝でずってきた笠原が、僕の口の前にチャーハンを取ったレンゲを差し出した。そのまま食べたら、なんか笠原、すごく嬉しそうなんだけど、僕なんかした?
あれー?むね君が、笠原を凝視してる。このままだと、笠原も島本さんみたいな扱いになる?…いや、それはないよ、僕はまさ君じゃないし。

「むね君、頂戴」
笠原を凝視したまま固まってるむね君を突いた。
「ほい!」
そうしたら、笠原が、もう一回、自分のチャーハンを取って僕の口の前に持ってきた。

「ん。………ありがと、笠原」
やっぱりむね君、笠原凝視してる。けど、島本さんのみたいに睨んでるって感じじゃないんだよな。なんだろ。
当の本人の笠原の方は全然気づいてないみたいだけど、なんでお前そんなに嬉しそうなの?

「なんだなんだ、郁彦、モテてるなー!宗則、兄ちゃんにもちょーだい!あーん」
「うるせー将大!爆発しろ!」
「ひどいっ!!」

おもいっきり舌を出した後、むね君は皿ごと、結局全部チャーハンを僕にくれた。
やっぱり違うよね、なんだったんだろ?
考え事しながら食べたもんだから、ついつい左手使ってた。

さすがにチャーハンで、4人ともお腹いっぱいになったみたいだった。
潰れちゃった女の子2人は、おじいちゃんとおばあちゃんが和室に敷いた布団に、まさ君が運んだ。
満腹になったまさ君と島本さんは、またダイニングに移動して、叔父さん達と飲み始める。すごいわ。

僕達はそのままリビングに残って、むね君も入れて4人で喋ってた。
「ここだけの話ー、兄ちゃんもねー、高校までは『医者になる』って言ってたんだよー」
へぇ、そうだったんだ、初耳だ。でもむね君のお兄ちゃんだもんね、むしろなるって言ってなかったら、そっちの方が驚くよ。

「将大の物理はほんっと、壊滅的に駄目だったのよ、本当の話」
ダイニングから水野さんが口を挟む。なるほど、それで物理のない文系に逃げたんだ。
「言わなくていいだろ、久苑!」

「いいんだよ、将大。あんた小さい頃からずーっと医者になるって言っててさ。どうせ国立は無理だと思ってたからみんなで学費貯めてたんだけど、あんたが行かないってなったお陰でこの家建てようって決まったんだから、気にするんじゃない」

「ばあちゃん…それ、褒められてるのか、けなされてるのかわかんない…」
「けなしてるに決まってんじゃん、将大ばーか、ばーかばーか、兄ちゃんのばーか」

むね君の『馬鹿』を『好き』に、脳内変換すると、本心がわかるよって、深谷と笠原に教えてあげたいなー。でも、僕がそんなこと言ったってばれたら、むね君怒るだろうなー。
「なぁ、トシ。私大の医学部の学費って、そんなかかるのか?」
「んー、一番高いところだと4、5千万かかるんじゃない?6年で。うちはそこまでしないけど。それでも2千万だからねー」
「マジでか!そりゃ、家建つな」

「つーか敦史、知らないで学校来てたの?」
「なんで知ってんだよ、そんなもん」
僕も、他を受けるつもりはなかったから、うちの学費しか知らなかった、ごめん深谷。

しばらくして、飲むのに飽きたのか、まさ君と島本さんと水野さんは2階に上がっていった。ゲームでもするんだろう。
叔父さんとおじいちゃんもそれぞれの部屋に行ってしまった。おばあちゃんは、ダイニングでテレビ見てる。
僕の部屋に行ってもいいんだけど、僕の部屋、テレビもなんにもないからなー。なんにもないお陰で、布団敷けたんだけどさ。

お風呂が沸いて、僕の後に笠原と深谷が入って。それからようやく、僕らは2階に上がることにした。
なんか、自分の部屋に友達呼ぶのとか、初めてだから緊張する。どうしよう、なに喋ったらいいんだろう?
やっぱりむね君のフォロー欲しいかもしれない、呼んでこようか?いや、まだお風呂だよな。誰か助けてー!

2階のリビングでは、まさ君たちがゲームで盛り上がってた。
布団に2人が驚いてる。え?なに?布団敷くのって、普通じゃなかったの?
でも、布団でもいいみたいだから、良かった。え?布団だったら着替えがない?僕ので大丈夫?深谷は体型一緒だから着れるよね、笠原は?けっこうガッシリしてるからなぁ。

「つーか郁彦。…これ、バーバリーだけど、寝間着になんかしていいのかよ!」
「だって、それしかないんだもん。僕はユニクロでいいって言ってるのに、おばあちゃんが買ってくるんだ」
バーバリーってブランドの名前?でも、本当にそれしかないんだ。まさ君のお下がりは、引越しの時にまさ君捨てちゃったし。
おばあちゃんが僕にいっぱい服買ってくるんだって話をしたら、2人ともすごく納得してたみたいだった。

僕はこの後、深谷も特待生だったことを初めて知った。深谷は、僕が特待生だってことを知ってたってことも。
笠原は全然、入学式も寝てて僕のことは知らなかったみたいだけど、深谷がバイト大変だってのは知ってたみたい。
そうか、深谷、今日は叔父さんの料理、食いだめしに来てたんだ。

僕は、別にバイトもしてないし、食べるのに困ってるわけでもないし、なんか、深谷に悪いなと思ったけど、でも、僕は、特待生になれなきゃ就職してたんだし。
自分のことを、全然話してないからなんだけど、なんて言ったらいいのかわからなくて、どう説明したらいいいのかわからなくて、そもそも何から話すべきなのかもわからなくて。

「つーかだな。特待生だとか貧乏だとか金持ちだとか関係なくね?一緒にいて、たのしーから、こうやって泊まりに来るほどつるんでんだろ」
笠原の、この一言に僕は救われた。
「笠原…。2人とも、ありがとう」

言葉にならない思いが全部、涙になって溢れた。
「郁彦、俺達友達だからさ。この先もずっと。泣くなよ、な?」
深谷が困ってる。当たり前だよな、泣くなんて。でも、涙が止まらなかった。

結局そのまま、丑三つ時まで僕らは3人で話していた。
僕は、相槌を打ってるだけだったけど、2人とも気にしないでいてくれたのが良かった。
なんか、上手く言えないんだけど、嬉しかったし、楽しかった。
この2人とは、ずっと、友達でいたいと思った。








続く
タイトルCrossandra、クロッサンドラ、花言葉「仲良し」。














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