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szene2-15 Rosmarinus


受験が終わって、合格発表が終わって、入学手続きを済ませて。受験費用や、交通費なんかは、全部おじいちゃんと叔父さんが出してくれた。
誕生日が来て、ようやく18歳になって、卒業式が終わった次の日に、まさ君が宣言通り、一人叔父さんの車で迎えに来てくれた。

僕はもう、この家に戻ってくるつもりがなかったけれど、まさ君の方が本気だった。
「えーっ、そのシャツ俺のじゃん!まだ着てたの?捨てろ捨てろ!あっちでばあちゃんに新しいの買ってもらえって!」
僕の私服は、おばあちゃんが持ってきてくれたまさ君のお下がりしかない。

「うを、懐い!それ、俺の中学んとき着てたのだし!」
言いながら、まさ君はどんどん、昔自分が着ていたものは容赦なくゴミ袋に詰めていく。あんまり捨てられると、ホントに僕、洋服持ってないんだけど。制服じゃなくなるのに大丈夫かな。

「まさ君って、中学の時で今の僕くらい?」
「確か、中3で175」
僕今、18歳高3で176なんですけど。

「このTシャツは?なんか、えらいちっちゃいけど…」
「それはダメっ!」

捨てたくない!って言ったら、あっけなくホイってまさ君は渡してくれた。それは、昔隣のお兄ちゃんが僕に買ってくれたものだった。
もう、とっくに小さくて着れなくなっていたけれど、僕にとっては宝物で、どうしても捨てたくなかった。
まさ君は、なんにも聞かなかった。『誰だってそんなの、一個くらいはあるわ』って笑われた。

「俺もさー、母さんに買ってもらったトレーナーで一個どーしても捨てらんないのがあってさー。こないだばあちゃんに、枕カバーに改造してもらったわ」
枕カバーって意外と汚れんだよな、失敗したわ!って笑いながらまさ君は話してくれた。

ベッドと机と本棚は、新しいのが用意してあるから捨てるって言われて、直接港区のごみ処分場に持ち込んだ。手続き方法から、処分場の場所まで、調べて印刷してあったのがすごい。
僕の部屋は、たった1日半で、本当に空っぽになった。
ベッド捨てちゃって、今日どうやって寝るの?って聞いたら、あっさり『出発するから車の中で寝ろ』って言われた。

いきなりすぎて強引だとは思ったけど、もうこの家に留まっていなきゃならない理由もなかったし、それに。
「なんかさっき、父さんから電話きた。…宗則、意識なくて集中治療室入ったって」
「えっ?それって…」
ヤバイんじゃない?とは口に出して、言えなかった。

「確かに入院はしてたんだ。春は毎年、いーっつも具合悪くてさ。でも、俺が出てきた日は、点滴も外れて、元気だったのに」
落ち着いてるように見えて、時々黙って唇を噛んでいたのはそのせいだったんだ。まさ君は、一分一秒でも早く、帰りたいんだと思った。僕も、そんな状態なら、はやく行かなきゃと思う。
僕が見舞いに行って、なにが変わるわけじゃないんだけれど。

そんなわけで、部屋が片付いて、僕の荷物を車に積み込んだところで、即出発することになった。
車は詳しくないんだけど、ワゴンタイプの車の、後ろのトランク部分だけで全部収まってしまうほど、僕の荷物は少なかった。

一応、自分の部屋から出て来なかったお母さんに、『今までありがとうございました』って、ドアごしに伝えた。聞いてくれたかどうかはわからない。
唯は、何も言わずにツンとしてたけど、舞は『お兄ちゃん元気でね』と、一言、言ってくれた。
「舞、ありがとう」

あの時、妹が電話してくれなかったら、今のこの未来はなかった。だから、その点は、舞に感謝している。
だから、僕の携帯の電話番号とメールアドレスは、舞だけに教えてあった。

「さぁ、行くぞ、郁彦!じゃじゃじゃじゃーん、ちゃらっらら〜」
まさ君が、車のエンジンをかけて、CDを挿すと、いきなり始まった。津軽海峡冬景色が。
今日は知多半島どころの距離じゃない。東京までずっと演歌なんだ。

あの時と同じ、運転しながらまさ君は気持ち良さそうに歌ってる。僕は助手席で、まさ君リサイタルの客だった。
なんで演歌って、別れの曲ばっかりなのかな?と思ったけど、そんなこと言ったら、そもそもJ-Popが恋愛の曲ばっかりだった。

夕方6時過ぎ、名古屋インターから東名高速道路に乗って、浜名湖サービスエリアで休憩を取る頃には、意外と演歌もいいんじゃないかと思い始めていたから怖い。
きっとこれが洗脳ってやつだ、間違いない。
「メシ食うぞメシ!」
高速に乗ってから約1時間。まさ君が、お腹すいたから休憩だったみたいだ。昼もちゃんと食べたんだけどね。

好きなもの食べろって言われたけど、僕はまさ君と違ってそんなにたくさんは食べれない。
うどんを選んだら、まさ君は当たり前に大盛り定食だった。けど。
「1食でいいの?」
確か、僕の記憶に間違いがなければ、まさ君は普通に定食2つくらいは食べるはずだった。

「あんまり食ったら眠くなるから1つにするわ。全然足りんけど」
眠気対策にエアコンの温度上げてないから、寒いかもしれないけどごめんなって言われたけど、ここまでそんなの全然気にならなかった。そもそも、今まで僕の部屋には暖房器具はなかったし。

富士川か足柄か海老名でもう一度休憩しようなって言われたけど、なんのこっちゃさっぱりわからなかったからとりあえず頷いた。
まさ君は、多分むね君用だろうお土産をいくつか買っていて、それからスタバでコーヒー買ってくれて。眠気覚ましだと思う。

「なぁ、うなぎパイって、なんで夜のお菓子なんだ?」
「えっ!?確か、夜の一家団欒に食べて欲しいとかなんとかじゃなかったっけ…」
開けたら袋に書いてあるはずって言ったら、『んじゃ帰ってから確認すっか』で、その話は終わった。
「多分、帰る頃には忘れてっけどなー、はっはっは」
確かにそうかもしれないけど…。まさ君らしいか。

さっきまさ君が次の休憩地として挙げたのが、全部サービスエリアだって気づいたのは、走ってる最中。東名は、50キロおきにサービスエリアがあるそうだ。
浜名湖の次の牧之原は飛ばして、結局富士川SAで休憩になった。
「明るかったらめっちゃ富士山見えんだけどなー、ここ」

まさ君は、2日前に、一人で名古屋へ向かってきた時に撮った写メを見せてくれた。天気が良かったその日、まさ君の写メは上手に撮れていた。
『富士山だね』としか言い様がなくて、自分の感性の乏しさにちょっとへこんだけど、別に文学部に行くわけじゃないからいいか。
「よーし、もういっちょスタバ!」
さっき、浜名湖SAで買った分なんて、2人ともとっくになくなっていた。

実は、さっきまさ君に連れられて浜名湖SAで入ったのが、僕のスタバデビューだったりなんかする。だって行かないもん。
だから、さっぱりメニューの意味がわからなかった僕は、まさ君と同じものでいいって言ったんだ。
「さっきと一緒でいい?」
「うん」

コーヒー1杯がけっこう高いんだよね、スタバって。コーヒーだよ、コーヒー?まさ君千円札出してお釣りほとんどなかったんだけどなんなの?
ただ、僕は、買ってもらう立場だったから、黙って頷いた。
超甘いなとは思ったけど、これはこういうモノなんだって思ったからまずくはなかった。ただ、これから自分で行くかって言われたら微妙だけど。
まさ君は、ここでもむね君用のお土産を買っていた。わさび漬けは、多分自分のお酒のアテだと思うけど。

「まさか、休憩の度にお土産買うの?」
「いんや、神奈川くらいならすぐ行けるからこの先は買わない。名古屋とか、伊豆より先の静岡って、ちょっと遠いじゃん」
「名古屋土産、買ったの?」
「おう、当然!」

今買ったお土産を後ろに積み込むついでに見せてくれたのは、『きしめん』と『スガキヤの袋麺』と、『味噌煮込みうどん』と、『ドアラのクッキー』と、『つけて味噌かけて味噌』だった。いつのまに買ったのか知らないけど、なかなかやるじゃないか。

「愛知県出身の子探して聞いたからな、完璧だろ?」
ほとんどが、お土産屋じゃなくてスーパーで買ってるのがリサーチの賜物だと思った。
「むねがういろーういろー言っててさ、ばあちゃんには赤福って言われたんだけど、日持ちしないんだよな」
「そうそう、日持ちするういろうは美味しくないんだよね」
同じ理由で、じいちゃんリクエストの飛騨の漬物も却下になったそうだ。スーパーで見つけたことは見つけたらしいんだけど。

「みんな、東海3県のお土産詳しすぎ」
「東海だけじゃないぞ。じいちゃんとばあちゃんのおかげで、温泉があるところのお土産は結構食ってる」
次回から郁彦も各地のお土産食えるからなーって言われたら、なんだか一緒に暮らす実感が、ますます沸いてきた。

それから先は、トイレ休憩に中井PAに一度寄っただけだった。ずーっと右車線を走ってて、前の車がことごとく避けてくれるから、多分まさ君は、けっこう飛ばしてたんだと思う。
走りながら、『お腹すいたー』って、富士川SAで買った磯揚げ全部食べちゃってたけど、お土産じゃなかったのかな。
途中、ちょこちょこ渋滞してたにも関わらず、叔父さんの家に到着したのは夜の11時過ぎだった。たぶん、早いよね、これ。
おじいちゃんもおばあちゃんも、叔父さんも、まだ寝ないで起きて、僕達を待っててくれてた。

「疲れただろう、今日はもう、お風呂入って寝なさい」
2階の、僕の部屋は、受験に来た時より、家具が増えていた。受験で来た時は、ベッドと机しかなかったのに、本棚とか、衣装ケースが増えてる。
こんな立派な衣装ケースに入れるほど、服持ってないんですけど。

1階のお風呂を沸かしててくれたから、僕はまさ君の次に湯に浸かって、その日はすぐに寝てしまった。
むね君は、まだ集中治療室で、意識が戻らないそうだ。
明日、早速お見舞いに行こうと思った。

************

布団の中にいる時から、なんだか頭が痛いなと思ったら、やっぱり雨だった。
昔からそう、雨が降りそうな時や、雨の日は頭が痛くなる。
渋い表情で1階に降りたせいか、もう起きててリビングでテレビを見ていたおばあちゃんに心配されて、事情を話すと『あんたもかい』って言われた。
どうやら、おばあちゃんも、雨の日は頭が痛くなるらしい。

薬を分けてもらって、ソファで少し横になっていたら、だんだん楽になってきた。
「ねー、おばあちゃん、むね君のお見舞いは?」
「集中治療室は、3時間しか面会時間ないんだよ」
「そうなんだぁ」

おばあちゃんの話だと、むね君は階段の踊り場で倒れているのが見つかったらしい。
多分、具合がいいからって階段を走って上がったんじゃないかって。それで発作起こしたんじゃないかと。
「なにやってるんだよむね君…」

おばあちゃんは、あの子は死んだりしないから大丈夫だって、なぜだか確信を持って言った。

それから、僕の、入学式のスーツや学校に着ていく洋服を買わなきゃって。将大が起きてきたら運転手させるから、朝ごはんは適当に食べろって言われて、キッチンにあった食パンを焼いて食べた。

昼前にまさ君が起きてきて、僕は、おばあちゃんに引っ張られるようにして出掛けて本当にスーツや洋服を買ってもらった。どこか好きなブランドあるかって聞かれたって、全くわかりません。結局、『郁彦なら細いから多分ヨージとか似合うだろ』っていうおばあちゃんの意見で、Yohji Yamamotoってところに連れて行かれた。もちろん、そんな名前初めて聞いたし、初めて入った。

「郁彦いいわぁ、あんた、これも試着してみなさい」
おばあちゃんは楽しそうで、僕はどんどん試着させられた。おばあちゃんが楽しそうだから、こんなことでおばあちゃん孝行できるならいいんだけど。

「宗則が大きくなる前に郁彦でここに来れるとはねー、嬉しいねー」
どうやら、話をつなげるに、ここはおばあちゃんが好きなブランドらしい。ただ、2年前のまさ君の時は、その、まさ君の日本人離れした体型のせいで、ここではネクタイとベルトしか買えなかったそうだ。むね君が大学に入った暁には、今日の僕と同じ目に遭うんだろう、きっと。

「お孫さんなんですか?」
「そーなのよ、大学生だからね、入学式用にね。ついでに何着かあると便利よね」

店員のお姉さん達の目が爛々と輝いてる気がする。
「こちらなんかいかがでしょう」
「郁彦、着てみて」
いつまで試着したらいいんだろう。でも、誰も助けてくれそうにない。っていうか、高い服って、手触りからして違うんだなぁ。僕の指紋なんかつけちゃっていいの?

「悩ましいねぇ。どうせなら試着したの全部買おうかね」
「1着で十分ですぅっ!!」
「えー、つまんない」
おばあちゃん、入学式にしか着ないスーツを何着も買う理由がわかりません。将来、就職活動をするわけでもないし、もしかしたら、スーツで通勤することもないかもしれないのに。

「じゃあ、今着てるそれにしましょ」
「かしこまりました」
「あ、あの、おばあちゃん、これ、値段、ジャケットだけで8万って見えるんだけど」
確かに真っ黒でカッコイイと思う。冠婚葬祭にも使えるよね。いや、冠婚葬祭の予定なんて全くないけど。

「もっと高いのが良かったかい?」
「と、とんでも、ございませんーっ!!」
「そーかい。替えのシャツとネクタイ合わせて5組くらいつけといて」
「かしこまりました」

どーなってんの?この人ホントに、僕にTシャツ1枚買ってくれなかった母親の母親?
「ま、まさ君、なんとかして…」
「郁彦もそう思うか?だよなー、だよなー。ばーちゃん、やっぱ着替えのシャツ5枚じゃ足んないぜ」
ちょ、まさ君、違ーう!!!

「そうかい?郁彦ならあんたと違って、1ヶ月かそこらで破いてくることもないかと思ったんだけどね、シャツ5枚追加しといてちょうだい」
「かしこまりました佐々木様」
「ちょ、あの、つか、破く?」
「たまーに着替えねーでバスケしちまうから、引っかけんだよなー、あっはっは」
1枚約4万円のシャツでバスケして引っかける、ですと?

「あんたのは特注で倍以上すんだから勘弁しとくれよ」
「うん、だから最近、部活のジャージでしか学校行ってない」
まさ君のその、日本人離れした体型のせいで、スーツからシャツから何から何まで特注らしい。ごく普通の体型の僕が今日買ってもらった一式を同じように揃えようと思うと、普通の人の倍以上の値段がかかるらしい。

それに比べたら、僕なんて全部既成品で済んだんだから、まだマシ?いや、既成品云々の前に、多分ここ高いって。庶民が来る店じゃないって。スーツって、1万か2万で全身揃うんじゃないの?CMでそういうのよく見るけど?

「その、大学の名前入りジャージが何万するかわかってんのかい?」
「はい、すいません」
上下セットで7万円のジャージを、年に4〜5回買い換えるらしい。ボロボロになって。

なんか僕、この家で暮らす自信なくなってきた。そうなんだ、僕の親戚んちって、金持ちだったんだ。今まで18年間、全然知らなかった。
でも、考えてみたら、じいちゃんもばあちゃんも、しょっちゅう温泉旅行してるんだから、金持ちだよな、そうだよな。なんで僕、今まで気づかなかったんだろう?

「佐々木様、以上でよろしゅうございますか?合計、63万6250円でございます」
「ま、まさ君、63万って…!」
僕は、意識が遠くなりそうなのを、辛うじてて堪えた。

「良かったな、郁彦」
「いや、あの、その…」
「いいんだよ、気にしなくて。あんたの学費、何百万浮いてると思ってんだい?」
「そうかもしれないけど…」
おばあちゃんは、金色のカードでさらっと買っちゃった。

さすがに全部袋に入れてもらうと、けっこうな量になったけど、ほとんどまさ君が運んでくれたから、苦にはならなかった。都内なのに、車で買い物に来た理由がよくわかった。
「こんな時間になっちゃったね。鞄は後回しにして真っ直ぐ宗則んとこ行こう」
「了解ー」
おばあちゃんは、まだ僕の買い物をするつもりらしかった。なんか、胃が痛くなってきた。

朝の、おばあちゃんの言葉通り、その日の面会時間直前に、むね君は意識を取り戻した。病院に着くと、おばあちゃんやまさ君とは顔見知りになっていた看護師さんが、今意識が戻ったばかりだと教えてくれた。
おばあちゃんの顔を見たむね君が最初に言ったのは『お風呂入りたい』だった。

「なーに言ってんのよっ!」
「えへ。ふみ兄、いらっしゃい!待ってたんだよー」
「宗則、心配したんだぞ?」
「兄ちゃんの馬ァ鹿」
「心配したのにそれって酷くない?」

むね君は、すぐに一般病棟に移った。面会時間が延びたから、僕は、おばあちゃんに買い物に引っ張られる時以外は毎日面会時間いっぱい病院に通った。春休みで入学前で、特にやることもなかったからだ。

「ふみ兄、新しい鞄、似合ってんじゃん」
「これ、7万もしたんだけど」
「どうせショルダーなら、もうちょっと大きいのでフタついてて10万くらいのあったじゃん、あっちにすれば良かったのに」
「ちょ、むね君?…うちって、こういううちなの?」
『あんたは黒が似合う!』って言って、ばあちゃんが買ってくれた鞄はプラダっていうらしい。

「ばあちゃんはふみ兄に買ってあげたいんだから、おとなしく買ってもらえばいいんだよ、ばあちゃん孝行だと思って」
「それは、まさ君にも、言われたんだけど…」
こないだまでの生活と違いすぎて、ほんとに胃に穴があきそうだった。

集中治療室にいる間に点滴された薬がけっこうキツイものだったみたいで、むね君はしばらく、副作用で具合が悪くてほとんど寝たきりだった。
けっこうな高熱も出していた。それでも、僕が行くと、むね君は嬉しそうにしてくれた。
僕達は、ぼそぼそと小さい声でいろんな話をした。

むね君は、意識がなかった2日の間に、三途の川を渡りかけたみたいだった。
「どこか、ずーっと先が見えないくらいの広いお花畑にいてー、そこにぽつんと駅があるの。お花畑も、変なの。紫陽花の隣に秋桜が咲いてたりして、季節ぐちゃぐちゃなの」
駅と言っても、田舎の無人駅のような建物で、壁も柱も全て真っ白。なぜだか自分は、それが駅であることを知っていて、駅名の看板は、その時は読めたけど、目覚めたら覚えてなかったらしい。

なぜだか猛烈に、その駅から電車に乗らなきゃと思ったらしい。切符は、気がつくと、いつの間にか握りしめていた。
だけど、その駅のホームにいた女の人に切符は取り上げられ、『絶対乗っちゃだめ。帰りなさい』って言われて、抱きしめられて目を閉じた。次に目を開けたら、病院の集中治療室だったという。

「…あれ、きっとお母さんだよね」
実際の夢のなかでは、『なんとなく、どこかで見たことがあるような気がしていた』らしい。そして今は、全く顔が思い出せないと。
「そっか、だからおばあちゃん……」
考えてみたら、むね君が叔母さんに守られてないわけがないじゃないか。

「走ったらダメでしょー!発作起こすんだから」
「うん、もうしなーい」
走り回りたい年頃とは言え、さすがにもう懲りたみたいだった。

僕は、帰ってから、むね君から聞いた話を、おばあちゃんと叔父さんにした。
叔母さんの仏壇がある部屋で、叔父さんは一晩中泣いてたみたいだった。

「ねぇ、ふみ兄。…誰にも言わないから、聞いてもいい?」
「…なに?」

僕とむね君は叔父さんやまさ君までもが驚くほど、親密になっていった。
本当の、兄弟みたいだと、思えた。少なくとも、僕には。








続く
タイトルRosmarinus、ローズマリー学名、花言葉「あなたは私を蘇らせる」
富士川SAからの富士山。ただしこれは上りで、しかも5月に撮った、スマヌ…orz














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