■樹氷 ■蛍火 ■鶺鴒 ■浅葱

 □title list□
 ※水色部分にカーソルを合わせると
 メニューが出ます

szene2-06 ここにいさせて


潰れちゃった女の子2人は、和室に敷いた布団に寝かされた。
結局、2本目の一升瓶が半分空になっても、ケロっとしていた法学部3回の3人は、佐々木さんの部屋へ行ってしまった。部屋でゲームするか漫画読むんだって宗則君が言ってた。

俺も早く郁彦の部屋に行きたかったけど、郁彦がリビングから動かないから、その場で宗則君も入れて4人で喋ってた。
テーブルとかソファは、本来あるべき位置に戻されて、目の前に100インチのテレビがあるけど誰も見てない。

おじいちゃんとおじさんは、それぞれの部屋に行ってしまって、おばあちゃんはダイニングでテレビ見てるんだけど、きっと俺らの話は聞いてるんだと思う。変なこと言うつもりはないから大丈夫ですけどね。
途中、その宗則君とおばあちゃんがどこかへ行ったと思ったら、すぐ戻ってきて告げた。『ふみ兄、お風呂沸いたよー!』って。

「ありがと。…お風呂、どうする?」
普段自分ちではシャワーだけだし、全然シャワーで構わないんだけど、俺たちは郁彦の後にお風呂に入らせてもらうことにした。

じゃんけんで、郁彦の次は俺、それからトシの順に入ることになる。
シャワーだけでいいなら、2階のお風呂が空いてるからすぐ入れるって言われたんだけど、なんとなくたまには風呂に浸かろうかと思ったんだ。

2階のお風呂は普通で、脚も伸ばせないらしいけど、1階のお風呂は広かった。つか、ジャグジーついてて脚伸ばして湯船に入れるとかどういうことですか。風呂入るって言って正解だったわー。

聞けば、おじいちゃんとおばあちゃんが、とにかくお風呂・温泉が大好きで、この家を建てる時に、たとえ自分たちの部屋が狭くなろうともお風呂だけは、って絶対に譲らなかったそうだ。
郁彦は、本当はシャワーで全然いいらしいんだけど、おばあちゃんに『肩凝り酷すぎだから毎日浸かれ』って言いつけられてるらしい。

「毎日湯船入って、どうよ?」
トシがなかなかお風呂から出てこない間に、温まった俺達はまた、リビングでダラダラしてた。

「んー。なんか、頭痛くなることは減ったかもしれない。…わかんないけど」
最近雨降ってないだけかもしれないっていう郁彦は、雨の日は必ず頭が痛くなるらしい。もうすぐ雨が降るって時も、痛くなるからすぐわかるって。その精度は、天気予報より正確らしい。
でも、宗則君は、『ふみ兄の肩こり、だいぶ良くなってきたよー』って主張してる。

「郁彦、ちょい背中向けてみ」
俺は後ろに回って、郁彦の細い肩を揉んでやった。肩を揉むって言うよりは、リンパ管に沿って老廃物を流してやる感じだから、摩ってるんだけど。確かに郁彦の肩は凝ってて硬い。

「なんか、すごい、暖かくなってきた」
「だろだろ?明日朝起きたら、多分すっきりしてると思うけど」

実は俺の趣味は筋トレで、時々調子に乗ってやりすぎて動けなくなるから、意外とそういうのは詳しいのよんって言ったら、郁彦と宗則君に尊敬の眼差しで見つめられた。
「お風呂広かったねー!」
ようやくトシが上がってきた。俺ほど感動してないのはなんでだ?って思ったら、そうかこいつ、いっつも寮の広い風呂入ってるから、脚が伸ばせるとか普通なんだった。

「じゃあ、むね君、僕達、部屋行くね」
「はーい。じゃねー、ふみ兄、おやすみー」

宗則君はこれから入るらしい。年齢を考えたら順番逆じゃないの?って思うけど、宗則君はいっつも郁彦より後に入るそうだ。佐々木さん達は、夜中に上のシャワーに勝手に入るから、気にしなくていいとのこと。

ダイニングキッチンにいたおばあちゃんにも挨拶して、俺たち3人は2階へ上がった。
夕方この家に来てからずっと1階にいたから、初めての2階、初めての、郁彦の部屋ですよ!
階段を上がると、そこにはもうひとつ、ダイニングキッチンとリビングがあった。1階のよりは狭いけど。

で、2階のリビングでは、佐々木さん達3人がマリオカートで盛り上がってた。
「あ、郁彦たちもやる?…ってか、やらないよな、すまん。うるさかったらやめるけど」
「大丈夫だよ、まさ君、まだ寝ないから」

「あんたたち、ほんっと下手すぎ!」
「おかしい!絶対久苑イカサマしてんだろ!」
「どーやってすんのよアホ!名誉毀損で訴えんぞ!」

リビングに一番近い部屋が郁彦の部屋で、3人の声は完全にここまで聞こえてきてた。『寝る頃には辞めてくれるから大丈夫だよ』って郁彦が、なんでもないことのように言ってるってことは、きっと珍しいことじゃないんだろう。

郁彦の部屋は広くて殺風景で、ベッド、本棚、机、衣装ケースが壁沿いにあって、あとは布団が2組、床に敷いてあるだけだった。郁彦はベッドに座って、俺とトシは適当に、布団を踏まないように床にそれぞれが持ってきた鞄を置いて、座った。

「どっちでも、好きな方で寝て」
その、敷いてある布団が、俺たちの分だってことを理解したとき、俺とトシは超感動して、リビングのマリオカート組よりデカイ声を出してしまった。

「マジでかよ!床に雑魚寝とかで全然良かったのに!」
「そうそう、このソファなら寝れる、熟睡できる!って、俺ずっと思ってた!」

俺たちの発言に、郁彦は逆に驚いたみたいだけど、男友達の家に泊まるのってそんなもんじゃない?って、トシが言って、俺も大いに頷いた。
ちなみに、トシがうちに来た日、トシはうちのソファでホントに爆睡してる。部屋も空いてるし、布団もあるってのに。

「そういうもの、だったんだ。ごめん」
「い、いや、こんな、ちゃんとしたお客さん扱いされるのが、本当は一番うれしいんだぜ?な、トシ!」

郁彦が肩を落としたから、俺は慌ててフォローに入った。その言葉から、もしかして郁彦は、男友達の家に泊まって雑魚寝なんて、したことないんじゃないかって思った。
「そうだよー。雑魚寝が正しいわけじゃなくて、俺たちお客さん扱いに喜んでんだよ?」
あんなご馳走まで食べさせてもらってさー、今日ほんっと来て良かったわー!ってトシも続けて、郁彦はようやく納得したみたいだった。

「ごめんね、僕、友達いなかったから、こういうの、初めてなんだ」
初めて友達を家に呼んだんだって言われて、俺はますます感動した。どんなことであれ、初めてってのはいいもんだ。

「あれ?待てよ?雑魚寝だと思ってたから、俺、着替えなんて持ってきてないんだけど」
「さすがに敦史、その服で布団に入るのはどうかと思う」

「そう、だよね。…僕の着れるかな?深谷も?多分深谷は大丈夫だと思うけど」
郁彦が立ち上がって、衣装ケースの中をごそごそ調べ始めた。ちょ、マジか、郁彦の服借りれるのかよ!匂いとかすんのかな?くあーっ、たまんね!!…やべやべ、想像したら勃ちそうだった!

『これでいい?』って渡されたのはジャージと長袖Tシャツだった。うおー、マジだ、マジで郁彦の服だー!って思ったら、まだ値札がついていた。
「郁彦、これ、値札ついてる」
「あっ、ごめん!まだ新品なんだ」

なんだよー郁彦の匂いつきじゃねーのかよー。あ、でも、新品を俺が着てそれを郁彦がこれから着るっていうのにも萌えるからいっか。
「つーか郁彦。…これ、バーバリーだけど、寝間着になんかしていいのかよ!」
長袖Tシャツを受け取ってからずっと、トシが固まってると思ったら、そういうことか。

「だって、それしかないんだもん。僕はユニクロでいいって言ってるのに、おばあちゃんが買ってくるんだ」
おばあちゃんは、街中で気に入った洋服を見つけると、すぐに買ってくるらしい。

だけど、佐々木さんはあの日本人離れした体型で、宗則君はまだお子様サイズ。結局、おじさんかおじいちゃんが着るしかないんだけど、ひとつ困ったのは、おばあちゃんの趣味がものすごく若者向けだってことらしい。結局おじさんもおじいちゃんも嫌がって、宗則君が『僕大きくなったら着るー』って持っていったものは数知れず。

そこに、メンズ標準サイズならなんでも着れる体型の郁彦が一緒に住むことになったら、どうなるか。そんなの、言われなくても想像できるってもんだ。
「僕、実家にいる時、服なんて、買ってもらったことなかったから、ブランドとか、全然、わかんないんだ」
「まー、そういうことなら気にすんなトシ。洋服だって、着てもらえなきゃ可哀相ってもんだ。誰にも食ってもらえねーメシと一緒でさ」

「そ、そうだよね、うん」
諦めたのか、トシは受け取ったバーバリーのTシャツに着替えた。つーかこいつ、意外と似合うんだよな、なに着せても。ブランドものなんか落ち着かないとか言うけどさ。

「深谷、似合うよ、それ」
「そ、そう?」
俺と同じ事を、郁彦も思ったみたいだった。

「今度来た時も、それ貸してあげるよ。ちゃんと、深谷用に置いておくから」
あー、なにそれ!深谷だけかよ、ずーるーいー!!

「もちろん笠原もね!気に入ったんだったら、それ、笠原用においとく」
「まじかよー!」
あれ?でも、この服が俺専用になったら駄目じゃん。俺が1回着たのを、郁彦が着るから萌えんじゃん。
「俺はなんでもいいから。そのときあるもん貸してくれたらいいしー」

「そう?」
「郁彦っ!!」
首を傾げて、可愛かった郁彦の顔が見えなくなったのは、いきなり大声を出したトシのせいだった。

「呼んでくれて、ありがとう!ていうか俺、おじさんの料理食べに、いつでも来るから!」
トシが、膝立ちで、郁彦の両手を握って迫った。確かに、こいつの場合は服云々じゃなくて食い気。そっちのほうが死活問題だよな。もし、月に1回でも、ここに呼んで貰えたら、だいぶ助かるんじゃねーの?
でも、だからと言って郁彦の両手をあっさり握ったことは、俺は忘れねーぞ。

「深谷があんなに食べるとは思わなかったよ。おじさん喜んでたから、また呼ぶから」
いっつも学食で大盛りの、敦史の方が食べると思ってたのにって郁彦がいうから、トシが大盛りにしねー時って、金ないときじゃなかったの?って聞いたら、トシはあっさり頷いた。

「だってこいつ、こないだまで入学前にもらった奨学金で暮らしててさー。学費も出してんだっけ?自分で?いくらか免除なんだったか?」
「え…?」

俺たちでもはっきりわかるほど、郁彦の表情が変わった。
「そそ。俺も全額免除狙ってたんだけどなー。ま、仕方ないよなー。郁彦、一緒に試験勉強しような!教えてな、なっ!」

トシの言葉の意味がさっぱり、俺にはわからなかった。ていうかそもそも、授業料免除とか、奨学金の制度がうちの大学にあったなんてことも、トシがいなきゃ今でもきっと知らなかったし。

「なんか、…ごめん」
「なんで郁彦が謝るのさー?いや実はさー、あの受験の時俺、超冴えててさー!なんか出そうって思った問題がホントに出たりして神がかってたんだけどさー。それでも郁彦の方が、あの時点で頭良かったってことだから、俺多分一生勝てないから、よろしくです!」
ちなみに俺、3問間違ってたってトシが笑ってる。全くもって、なんの話かわからないんですけど。

「なんの話してるんだ、お前ら」
「え?…だから、入試の時の話。敦史は一般だから、違う日だと思うけど、俺たち学校推薦の、特待生入試の日だったからさー。な、郁彦」
つまり、あれか、そういうことか。

「郁彦も特待生だってこと、か?」
「……つか、敦史、まさかと思うけどお前今まで知らなかったの?郁彦、入学式の時、新入生代表挨拶読んでたじゃん。紹介されてたじゃん」
「寝てた」
2人から揃って、唖然とした表情をされてしまった。でも、入学式なんてほとんど寝てたのは事実だった。おかげでありがたいお言葉はもちろん、校歌でさえさっぱり聞いてねえ。

「深谷…。いつから、知ってた、の?」
「え?もちろん、最初に名前聞いた時。学年トップの子だー!って思った。だってさー、俺、3問しか間違えてないのに、3分の2しか免除にならないなんておかしい!!…って、学校に電話かけて聞いたら、満点出たって言われたからさー、満点がそう、何人も出たら困るじゃーん」

要するに、入試で満点取った主席の特待生と、3問しか間違ってない次席の特待生が今揃って目の前にいるってことか?
「もしかして、今一番オイシイの俺じゃね?要するにお前ら2人、めっちゃ頭いいってことだろ?テスト勉強一緒にしような!!」
「そ、それはもちろん、いいんだけど…」

郁彦が俯いてるけど、トシには全然気にした様子はない。もしかして郁彦って、自分が特待生だってこと、知られたくなかったんじゃね?まぁ、確かに、そんだけ頭いいってわかったら、勉強教えてくれって寄ってくるやつもいるだろうから、嫌かもしれないな。

「僕、全額免除に、ならなかったら、就職、してたから。…ごめんね」
「は?…郁彦なに気にしてんの?そーりゃ俺だって、全額免除だったら楽だったけどさー、それでも今、なんとかやっていけてるから気にすんなって。つか、これがお前と俺の実力なんだから、そこを気にするのっておかしくねぇ?なぁ、敦史、そう思わない?」

「つーかだな」
同意を求められたからはっきり俺は言ってやった。
「特待生だとか貧乏だとか金持ちだとか関係なくね?一緒にいて、たのしーから、こうやって泊まりに来るほどつるんでんだろ」

「笠原…。2人とも、ありがとう」
そう言った郁彦がいきなり泣き始めて俺は本気で焦った。ちょ、俺、そんな変なこと言ったか?

「僕、ほんと、友達、いなかったんだ。…だから、作る気も、なかったんだ」
「それは勿体ねーな!せっかく6年も同じ学校行くんだからよー。あ、でも、これ以上増やす必要はねーと思うぜ。多けりゃいいってもんじゃねーし」

どうして郁彦に友達がいなかったのかは知らんけど、泣くってことは本当なんだろうな。だとしたら、これまで郁彦の周りにいたやつって、馬鹿ばっかりなんじゃね?こんな可愛くてカッコイイ子俺は放っておけなかったけど?おまけに頭もいいだと?
天は見事に二物を与えたんじゃねーのか?いや、身長もあるから三物か?多少喋るの苦手だって言ったって、顔と頭だけでそこを補って余りあるだろーが。

「郁彦、俺達友達だからさ。この先もずっと。泣くなよ、な?」
トシの言葉に、郁彦は何度も頷いていた。泣きながら。

なんだか、ますます仲良くなれた気がして、俺たちは日付が変わる時間まで、ずっと他愛もない話をしてた。相変わらず郁彦は、ほとんど聞いてるだけだったけど、俺でもわかるくらいにはっきりと笑ってた気がした。ほんの僅かな表情の違いだけどさ。

カクンって、一瞬トシが落ちて『そろそろ寝ようか』って話になった頃には、リビングの声が聞こえなくなっていたことに、そのとき初めて気づいたくらい、楽しい会話の時間だった。

************

けっこう俺は、小さな物音でも目覚めてしまう方だった。

夜中に扉が開いて、誰かが郁彦の部屋に入ってきた気配を感じた俺は、身を固くしたんだけど、それが誰なのかはすぐにわかった。
「眠れないの?」
郁彦も起きたみたいで、すごく小さな声で、部屋に入ってきた人物に声をかける。俺は寝たふりを続行した。

「ふみ兄、一緒にねていい?」
「うん、おいで」
もぞもぞと布団が動く音がして、宗則君は郁彦のベッドの中に入ったみたいだった。う、羨ましい。俺も入りたいです。つか、2人を包むお布団になりたい。

トシは全然目覚めてなくて、すーすー寝息をたてて寝てる。
「まさ君はどうしたのさ?」
「兄ちゃんと一緒に、島本が寝てた」

ずずずずっと、鼻水をすする音が聞こえた。宗則君、もしかして泣いてんの?
「布団敷くの、面倒だったんだね」

うーん、いくら布団敷くのが面倒でも、バスケ部の日本人離れしたガタイの男2人がひとつのベッドで寝るかいな。それって怪しい関係なんじゃねーの?つーか、どう考えても佐々木さん一人で普通のベッドはぎゅうぎゅうなんですけど?
…あれ、もしかして、ベッドがすっごくデカイとか?可能性はあるよな、あのガタイだし。でも、それだったら、宗則君なんか小さいんだから、潜り込んじゃえばいいのに?そんなに島本さんのこと嫌ってんの?

ていうか、その前に宗則君も、もう中学生なのに、お兄ちゃんと一緒に寝たいのかよ?身体弱いから、一人だと不安だとか、そういうことか?だったら、親と一緒が一番いいと思うんだけどなー。

「ふみ兄、ちゅー」
「なに言ってんの!……もう!」
チュッと、唇が触れ合った音が、いつまでも耳に残った。

赤ちゃんにする感覚か?いやでも、宗則君中学生だぜ?あの佐々木さんの弟にしては、随分小さくて女顔で可愛いけどさ。おじさんもデカかったから、そのうち伸びるんだと思うけどさ。いや、そういうことじゃなくてさ。

「ふみ兄、もっかい」
「もう…!」

何度も何度も、唇が触れ合う音は聞こえた。
だんだんと、宗則君が鼻水をすする音は減っていって、キスで泣き止んだみたいだったけど。

俺はそれから、カーテンの向こうがうっすら明るくなるまで悶々としてしまって、一睡もできなかった。

ちょっとだけウトウトして、ハッ!と目覚めた時、トシは相変わらず、すーすー寝息を立てて眠ってて、ベッドで眠る郁彦の隣に宗則君はいなかった。
もしかして夢でも見たのか…?いや、あれは確かに、現実だったはずなんだけど…。






















No reproduction or republication without written permission.