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szene2-03 sachertorte


宣言通り、午前中は起きれなかった俺は、ダラダラ用意して午後から学校に向かった。
随分天気のいい日だ。どうせなら、もっと昼寝していたい…ところだけど。
1限目は空いてて、2限目の物理は、トシが代返してくれてノートも貸してくれる予定だから安泰だ。

たいして酒は残ってないけど、微妙に腰が痛い。久しぶりなのに3回はやっぱりヤリすぎたかな。
ま、深く考えるのはやめよう。気持ちよかったからいいんだ。

ちょっと早めに3限目の教室に到着すると、いたいた。やっぱり、真ん中くらいの場所に、郁彦君とトシ。いつも通り1席間を空けて。
「おはよー!」
トシの隣に座る。

「ああ、敦史、おはよう。物理ねー、出席取らなかったんだけど」
困ったような表情でトシがさっそく今日の分のノートを渡してくれた。けっこう豪快な字書くのな、お前。
「そーなん?だったら良かったじゃねーか」
「いや、俺昨日2食分もらったんだけど」

そういやそんなこともあったっけ。すっかり忘れてたわ。
「いいや、忘れてたから。今度なんかで頼むわ」
「敦史がいいんなら、もらっとくけどー」
いいに決まってんだろ。だいたい、今更500円返されても困るし。

「つかー、トシ、今日はバイトあんのか?今日こそ遊びに来いよー!」
「今日はないよー?そう言うと思って、寮には外泊届け出して来た」
「え?マジ?そんなん必要なの?俺絶対ェ寮暮らし無理だわー」
「誰も敦史に寮暮らししろなんて言わないから大丈夫だよ」
トシが声を上げて笑った。それもそうだ。

「今日、どっかでメシ食って帰ろうなー!俺自炊大ッ嫌いだから」
「なんだいそりゃ。外食ばっかりだと飽きないの?」
「作るよりマシ!」

まだ先生が来ないから、そんなことを話して笑っていた。その時だった
「あ、あの」
「え?」

1席空けてトシの隣の席に座ってた郁彦君がおずおずと俺たちに声をかけてきたんだ。
「今日、もし、暇だったら、さ、あの、ちょっとでいいから、来て欲しいところがあるんだけど」

おどおど…っていう言葉がまさに似合いそうなくらいたどたどしく、郁彦君の口から出てきた言葉に、トシが不思議そうな表情で俺の方を見た。
「オーケーオーケー!どこでも行くぜー!な、トシ?」

もちろん俺は、間髪入れずに返答する。トシの肩に腕を回して。いや、どこに行くのか知らないけど、どこでもいい!郁彦君からどこかに誘ってくれるなんてこれ夢じゃないよな?
トシももちろんOKだったけど、時間がきて、授業が始まってしまったから、結局郁彦君がどこに俺たちを連れて行きたいのかはわからなかった。けど、それは、3限と4限の間の休み時間に、教室を移動しながら話してくれた。3人一緒に廊下を歩くのがけっこう嬉しい俺がいる。

「実はね、今、附属病院に、従兄弟が入院してるんだ」
「あ、もしかして、メール来るたびに表示される写メの男の子?」
郁彦くんはトシの言葉に黙って頷いた。その写メ、俺は見たことないんだけどさ。

「もうすぐ退院できるんだけど、僕じゃ話し相手にならないから暇だって。……誰か連れてこいって、うるさくて」
低めの声でボソボソ喋る郁彦君だもんね、確かに口数は少なそうだから、その子の気持ちもわからなくもないんだけど。

ちなみに、郁彦くんは、その従兄弟の家に下宿しているらしい。地下鉄で2駅で、部屋も余ってたからおいでおいでって喜んで迎えてもらったんだって。だけど、その従兄弟は、2月から入院してるから、まだ一度も一緒には住んでないとか。

「話し相手なら、敦史が適任だよ。俺もあんまり、喋るのは得意じゃないけど、病気の子の願いなら叶えてやらないとねぇ」
だって俺たち医者になるんだろ?なんてトシが笑って、俺もその通りだと思った。俺達2人が、あっさりOKを出したことで、郁彦君は安心したようだった。表情はほとんど変わらないけど。

「ありがとう。…僕、ちゃんと自己紹介してないね、僕は、吉川郁彦」
郁彦君が俺の方だけを見ながらそう言った。あれ、そうだったっけ。そうだな、俺、郁彦君の名前は、トシに教えてもらったんだった。

「そうだったかー。俺は敦史。笠原敦史。呼び捨てでいいからなー。とりあえず赤外線!」
「う、うん」
やったぜ、郁彦君の電話番号とメールアドレスGETー!

なんだよ敦史、吉川君にはあだ名つけないの?って、トシが笑って言った。いや、俺も考えたんだけど『フミ』だとなんか違うし、『ヒコ』はもっと変だし。
たっぷり4限目の90分間悩んだけど、いいあだ名が出て来なかったから、郁彦くんはそのまま、『郁彦』って呼ぶことにした。
「じゃ、俺も郁彦って呼ぼうかな」
「い、いいけど……」

トシまでそう言い出して、教科書やノートを鞄にしまいながら、郁彦はちょっと動揺してるみたいだったけど、もう下の名前呼び捨てで呼ぶって決めちゃったもんね。なんか、動揺してるっぽい表情も、めちゃくちゃ可愛いんですけど。つか、近くで見れば見るほど、声を聞けば聞くほど好みだわ、やべえ。

「じゃあ、あの、病棟の方に…」
郁彦が立ち上がったのと同じタイミングで、携帯が光る。ひょいと覗きこんでみてようやく、俺は表示される男の子の写メってやつを見た。かなり、女顔で、前髪も長めで、服装次第では女の子に見えなくもない『男の子』だった。

男ってすぐにわかったのは、画面に出たその写メにおもいっきり『宗則』って手書き文字で名前が入ってたからだ。顔の横に誰かの腕があるし、写メっていうよりこれは、プリクラの写真をトリミングしたものだ。

「今から2人連れて行くって、メールしたから。…あの、他愛のない話でいいから、よろしくお願いします」
ペコっと頭を下げた郁彦が可愛くて息が苦しい。トシも俺の隣でニコニコ笑ってる。俺とは違うこと考えてるだろうけどさ。

郁彦に連れられて、校舎を離れ、病棟へ向かって、あのタリーズコーヒーの前を通過して、病棟用エレベーターで8階へ。向かった先の病室は、4人部屋だった。
素早く、入り口にある4人の患者の名前を確認した。田中、鈴木、高橋。『吉川さん』はいなかったけど、ひとつ、知ってる苗字があった。そんな偶然ってあるのか?

「ふみにーーー、待ってたぁ〜!!」
キャッキャ言ってベッドの上に座った状態で訪れた郁彦に抱きついたのは間違いなくさっきのプリクラの男の子。
ああ、あのくらいの年齢なら、なんの抵抗もなく抱きつけるのね、羨ましいわぁ。

確認してたみたけど、やっぱりベッドにかかってる名札は『佐々木宗則』だった。
もしかして、やっぱりあの、バスケ部の佐々木さんの弟か?この子?

そりゃ、佐々木なんて名前は別に珍しくもなんともないけどさ、小さい男の子がそんなにたくさん入院してるってこともないだろう?それに、確か昨日都築先生『宗則君の見舞いか?』って、佐々木さんに言ってたような気がするんだよな。こんなふうに繋がるとは思ってなかったから、ちゃんと覚えてないんだけど。

だとすると、この子も都築先生んちの隣に住んでることになるじゃないか。ってことは、郁彦も、都築先生んちの隣に住んでることにならねぇ?あれ?家発覚?しかもけっこう近くない?絶対夏までに遊びに行っちゃうぞ!
ベッドの名札をよくよく見ると、主治医が富井先生になってる。ああ、間違いない、富井先生ってあの口の悪いおばさんだろ?あの人呼吸器内科だもん。本人におばさんなんて言ったらグーで張り倒されるけど。

「はじめまして、僕は佐々木宗則。いつもふみ兄がお世話になってます!」
「いやいや、僕らの方こそ、お世話になってます」
活発そうな宗則の挨拶に、ニコニコ笑いながらトシが応えた。実際は、特にお世話になんてなってないと思うんだけど、こんなの社交辞令だよな。

俺たち2人も名前を言った後、宗則君がベッドから降りた。食堂に行くらしい。確かに、男4人で病室で喋ってたらうるさいかもな。個室じゃないんだし。
郁彦の話だと、もうすぐ退院できるってことだったけど、宗則君にはまだ点滴がくっついてる。手の甲が、右も左もどす黒くなってて、この子血管細いんだなー、あんなとこ射されたら痛いのになぁなんて思った。今は点滴の針は肘の少し下についてるけど。誰か上手い看護師に刺してもらったんだろうな。

「ねぇねぇ、学校でふみ兄って、どんな感じ?」
4人がけのテーブルに宗則君、隣に郁彦。宗則君の向かいに俺、その隣にトシっていう順で座った。郁彦が、紙コップに入れた4人分のお茶を持ってきてくれる。タダなんだってさ。

「ちょ!むね君、なに聞いて…」
「えー?いいじゃん、聞きたいんだもーん!」

病気で入院してるっていうのに、宗則君は元気だった。後から郁彦に聞いた話だと、熱だけがなぜか下がらないらしい。熱が下がれば退院できるんだけどって。病着の上にパーカー着てたのはそういうことか。もう4月の末で、けっこう温かいっていうかむしろ暑いくらいだっていうのに、宗則君は寒いのかもしれない。

「宗則君とメールしてる以外は、めちゃくちゃ真面目に授業受けてるよ、郁彦は」
「ふみ兄、メールばれてないの〜?」
「今んとこ全然!でも、ほどほどにしないと、怒られるのは郁彦だよー?」
そもそも、入院してるってのに宗則君はケータイ使いすぎじゃないですか?ま、最近はほとんど医療機器にケータイの電波なんて影響ないんだけどさ。

「だーって、暇なんだもーん」
「まぁ、元気そうだもんね。俺、最初に郁彦から従兄弟が入院してるって聞いた時、もっと重症の子を想像したから安心したよー」
「…深谷くんって優しい」
「なに言ってるの」

だって、2限目終わったら郁彦、すぐいなくなっちゃうんだもん、そんなに大変なのかと思ってねぇ?ってトシが俺に同意を求める。
確かにそうだ、郁彦は昼休み、毎日ここに来てたんだろう。もし最初から、病院に従兄弟の見舞いに行ってるって知ってたら、俺も『そんなに悪いのか?』って深刻に考えちまったかもしれない。実際はそうじゃなくて、だいぶ具合が良くて、元気で暇だから話し相手が欲しくて、その話し相手になるために郁彦が毎日ここへ来てたんだって、今ならわかるけど。

「大学ってぇ、なんかサークルとかいっぱい入ってるイメージだけど、2人はなんかやってるの?」
「ああ、考えたことなかったわ」
「俺も。バイト忙しくてそれどころじゃないしねー」
「なんだぁ。ふみ兄もやる気ないって言うんだよ〜?想像してた大学生と全然チガーウ」

特になんかやりたいこともなかったしなー。2丁目で飲んでる方が楽しいし。いや、目の保養に、ラグビー部とかレスリング部とかってのは考えなくもなかったけど、自分が競技をやるのが面倒くさい。見るだけでいいんだもん。
郁彦が話す前に、トシと俺でどんどん宗則君の質問に答えていく。ずーっと、ニコニコ笑って、宗則君が楽しそうだったから、トシも俺も、来て良かったって思ってたんだ。郁彦の表情はほとんど変わらなかったけど。

「宗則くんは、今いくつ?」
今度は、トシから宗則君に質問を投げかけた。

「僕〜?…12。4月から、中学生になったけど、まだ一回も制服着てない」
宗則君が不貞腐れたような表情を見せた。そういえば、2月から入院してるって言ってたっけ。そんなに悪いようには見えないんだけどな。あと、周りが郁彦とか、年上ばっかりのせいなのか、少し宗則君は大人っぽく見える。中学3年くらいかなって、受験生なら入院なんかしちゃって大変だなとか勝手に考えちゃって。とにかく、もうちょっと上かなって思ってたんだ。

「退院したら、ちゃんと学校行くんだよ」
「えー、なんでふみ兄そんなこと言うのー?」

どうやら宗則くんは学校が嫌いらしい。ってそれもそうか、入院してたせいで、スタートから出遅れたんだから。同級生たちは、そろそろ学校にも制服にも、科目ごとに先生が変わるってことにも慣れて、友達もできる頃だろう。
「中学なんか、行かなくても大丈夫だぜ?俺もほとんど行ってねえし」
ちなみに高校もしょっちゅうサボってた!なんて言ったら、宗則君の表情がパァっと明るくなった。

「ほらー!中学なんか行かなくても笠原くん医学部だよ〜!僕も行きたくなーい!」
「そのかわり、勉強はちゃんと自分でするんだぞー!勉強もしないで入れるほど医学部は甘くねーぞ?」
「僕医者になりたいわけじゃないんだけどー。でも、勉強はせっかくだからふみ兄に習うんだー!」
今もね、教えてもらってるんだよって、宗則君は笑った。ま、中1の勉強くらいならね、誰でも教えれるよね、うん。

「俺が教えなくても、まさ君がいるでしょ?」
「だって、ふみ兄の方が断然頭いいじゃん!」

後から俺は、トシに『あそこは、嘘でもちゃんと学校行った方がいい、学校は楽しいよ』って言うべきだったんじゃないのか?なんて諭すように言われたけど、相手が子どもでも、俺嘘つくの嫌だもんって言ってやった。明らかに郁彦も、そっちの言葉を俺たちに期待してたっぽかったけど。

「将大は駄目だよ、脳みそまで筋肉なんだよ、きっと」
両頬をふくらませて、宗則君は、(たぶん)兄の文句をつらつらと並べたてた。こないだ引き算間違ってたんだよアイツ!とか。その言葉を遮ったのはトシだった。
「ちょっとごめん、将大さん?まさ君??って、誰?」

そういえば、昨日下のタリーズに来て都築先生と会ったとかそのへんの話は、トシには一切話してなかったんだった。この先も話すことはないかもしれないけど。
「まさ君は、宗則の実の兄。うちの大学の、法学部の、3回なんだけど」
「あのさぁ、バスケ部の人だよなぁ?めっちゃでっかい」
俺は頭の上に手のひらを持って行って身長を表す仕種をした。多分俺より30センチくらいデカかったんじゃないかな?昨日俺は座ってたから、並んだわけじゃないけど、都築先生とは並んで立ってたからさ。

「えーっ、笠原くん、将大知ってるのー?やっぱあいつ、無駄に有名じゃん」
俺が佐々木さんを知ってたことに、3人とも驚いたみたいだった。いや、なんのことはない、昨日この下で会っただけなんだけど。

「あ、わかったかも」
入学式の時に、バスケ部の新入生の勧誘をやってたすごいデカイ人を見たってトシは言った。後ろにいっぱい女の子引き連れてたけど、あの人?って。俺はそんなの見なかったから全然知らない。サークルとか部活とか、する気なかったから一切見なかったんだ。トシは一応いくつか回ってみたらしい。

「女の子いっぱい引き連れてたんなら、間違いないよ、それがまさ君」
あれ、なんだろう?女の子連れてたって聞いたあたりから、宗則君、あからさまに不機嫌そうじゃない?

「あんまりちゃんと見てないから、アレだけど、宗則君、そんなにお兄さんと似てないね。どっちかっていうと、郁彦との方が似てる」
「そんなことないと思うけど」

吐き捨てるような口調。やっぱり間違いない。明らかにさっきまでと違うじゃん、態度。
「宗則は僕みたいに目つき悪くないから、だから似てないと思うけど?」
ちょっと困ったように郁彦が言った。

「えーっ!?お、俺はっ、郁彦が目つき悪いなんて思ったことない、ないけどっ!!!!」
むしろその突き刺さるような鋭い視線が好きですって言いそうになって慌てて俺は口を閉じた。ヤバイヤバイ、いくらなんでもそりゃ引かれるだろーが。

「僕も郁彦が目つき悪いなんて思わないけどな。…なんか、2人は中性的じゃない、顔つきとか、雰囲気が。でも、佐々木さんって、ガッツリ男でしょ?」
トシは、雰囲気が変わったことに気づいてないんだろうか?もしかして空気読めない子?そんな感じしなかったのに。

「…でもさ、宗則君は、これから、どんどん成長して、お兄さんに似てきて、男らしくなるのかもねー」
楽しみだねーってトシが微笑んだら、宗則君は、さっきまでの態度よりももっと機嫌が良くなったみたいで、嬉しそうに笑った。
トシやるな。ちょっと落としてから持ち上げる、そういう戦略だったんか。

「でしょ!僕だってきっと運動すればガタイ良くなるんだから!」
確かに、トシの言うとおり、宗則君はガッツリ女顔だし、郁彦も中性的な顔つきをしてる。2人とも佐々木さんと違って細身だってのもあるかもしれないけど。あの人デカくてゴツイもんな。

「でもむね君、多分筋肉つきにくいよ。叔父さんが言ってたじゃん。僕もだけど」
「だよねー。将大みたいなマッチョにはきっとなれない体質だよねー」
宗則君は頬をふくらませて拗ねた。へぇ、そうなんだ、郁彦は筋肉つきにくい体質なのか。だったら細身でも仕方ないよなっていうか、そういうことなら全然OKOK!

「宗則ここかー?お、いたいた」
噂をすればなんとやら。やっぱり今日も、バスケ部のジャージ姿のまんまの佐々木さんが現れた。ジャージの下はTシャツ1枚なんだろう。確かに言われてみたらマッチョだわ。俺も確かに筋トレ好きだけど、男は筋肉だけど、デカイ分この人の方がすさまじいよな。だって、佐々木さん、大学のジャージじゃなかったら、職業『自衛官』とか『レスキュー隊』って言われても誰も疑わないぜ?

「郁彦の友達?あれ、どうしよう、ケーキもらったから持ってきたけど、足りないや」
トシが初めましてって名乗って、俺も一応。昨日は一言もしゃべってないもんな。一瞬都築先生を挟んですれ違っただけだから、佐々木さんは俺のことは全く覚えてないみたいだった。

「いいっす!俺、甘いもの苦手なんで!」
苦手っていうか、正直言ってすげー嫌いだ。
佐々木さんがテーブルの上に広げたのは2口くらいでなくなってしまいそうなちっちゃいケーキが箱の中に4つ。っていうか、甘いものは嫌いだけどその箱に書かれた名前の店は有名だから知ってる。確かあのちっちゃいのが1個250円くらいするんだぜ、超高ェ!
そんなのもらったって、なんだ?女引き連れてたらしいからファンか?そういうのから差し入れもらったのか?すげえよアンタ。

「俺も遠慮します。…っていうか、敦史、そろそろ俺たち帰ろうか?」
お兄さん来たんだし、ってトシに言われて、俺達がここに来てから2時間も経ってるってことにようやく気がついた。

「そうかぁ、なんか気使わせちゃってすまないなぁ」
申し訳なさそうにしながらも、俺たちがそれぞれのお茶の紙コップを持って立ち上がって、空いた宗則君の目の前の席に佐々木さんが座った。また、宗則君がふてくされてるけど、さっきまでの不機嫌な態度とはまた違う。

「じゃあ僕、下まで送るよ」
宗則君の隣に座っていた郁彦も立ち上がった。

「そうかー?2人ともありがとうなー。ほーら宗則、お礼言いなさい」
「うるせー将大、爆発しろ」
「なにそれ、せっかくケーキ持ってきたのにひどくない?だいたい、深谷くんと笠原くんには関係ないだろ」
「深谷くんと笠原くんはまた来てね!ありがとう!将大は爆発しろ!」
「宗則…」

佐々木さんが見るからにデカイ身体を縮こませてしょんぼりしてしまった。
「どーせ取り巻きの女にもらったんだろ!つかお前いっつもなんかもらってくるじゃん!」
やっぱり俺の予想通りなのね。あんたすごいわ。全日本行くかもーとかって騒がれるだけのことはあるんだな。ま郁彦の身内だけあって顔は悪くないもんなー。なんで日本代表断ったかは知らないけどさ。

「弟入院してるからケーキがいいって言ったのはにーちゃんだぞー!」
ちょっとちょっと!その言葉だけで、あのクソ高いケーキを貢げる女もすごいです。
「自分が食べたかっただけだろーが!ばーか」
「なに?宗則の好きなケーキなかった?」

2人はまだ言い合いしてたけど、構わず俺たちは食堂を出ることにした。
「んじゃ、失礼しまーす」
頭を下げて食堂を出る直前にもう一度振り返ると、散々『爆発しろ』とか言ってたくせに、宗則君は佐々木さんのフォークからチョコレートケーキを食べさせてもらっていた。まるで口を開けてエサをねだるひな鳥みたいだと思った。そうやって素直に甘えてたら、歳相応に見えんじゃん、宗則君。

「ごめんね、まさ君とむね君、いっつもあんなんだから…」
「ま、郁彦が謝ることじゃねーだろ?つか、楽しかったわ」
「そうだね、俺も。2人によろしくね」

エレベーターまで郁彦に送ってもらって、あとはわかるからいいってトシと2人で1階に降りた。
「なんか、兄弟っていいね」
2人しか乗ってないエレベーターの中で、唐突にトシがそんなことを言い出した。
「そうだな、あんなに文句言ってたけど、宗則君って、兄ちゃんのことすげー好きなんだなー」

「敦史は?きょうだい、いる?」
「んー?…一応、すっげー年の離れたねーちゃんならいるけど、ケータイの番号も知らないくらい超疎遠」
「そっか。俺、1人っ子だからなー、ちょっと羨ましかったなー」
「………まぁ、そうだな」

俺たち2人は、帰りに学校最寄り駅近くのファミレスで腹いっぱい食べてから、俺のマンションに帰った。
それから、宗則君が退院するまで、俺は毎日、トシはバイトのない日、郁彦と見舞いに行くのが俺たちの日課になった。
宗則君のおかげで、郁彦との距離がだいぶ縮まった気がする。ありがとう、宗則君!








タイトル「sachertorte」は「ザッハトルテ」と読みまする。今回出てきたチョコレートケーキです。




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