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szene2-01 小さな世界


この4月から、俺は大学生になった。

学内あちこちに植えられた桜が盛大に散っている。俺は、これから6年間をここで過ごすんだ。
入学の瞬間から、差ってのはつくもんだと思う。リア充になれるかどうかなんてもう、入学式から決まってるし、そういうやつはスタートラインから違っている。

オリエンテーションしかなくて、まだ授業の始まらない最初の数日、もう女の子に囲まれてるやつがいた。俺は多分、そういう風にはなれない。
女の子なんて、数えるくらいしかいないってのに。
…いや、でも多分、女の子と付き合ってる時間なんてないから、いいのかな?

高校までの教室とは、あまりに違う巨大な教室で、今日は最後のオリエンテーション。席は自由みたい。
あんまり後ろに座ると黒板見えないからなー。だからって前すぎるのも嫌だし、俺は、おとなしそうな子が一人で座ってた真ん中あたりの席を選んだ。
「ここ、空いてる?」
彼は、声を出さずに頷くだけで意思表示を見せた。おとなしそうな外見だけじゃなくて、本当におとなしいのかも。良かった、あんまり賑やかに騒ぐのは得意じゃない。

その彼とは、次の日の、最初の授業でも一緒になった。
「おはよう」
「………?」

不思議そうな表情を見せるから、『昨日も隣に座ったよ』って説明したら、納得したみたいだった。
「おはよう」
ようやく声が聞けたかも。キッカケなんてなんでもいいけど、せっかく新しい環境になったんだから、友達1人くらいは欲しいよね。

「名前なんて言うの?俺は深谷敏成。呼び捨てでいいよ」
眉間にシワを寄せて、あからさまに怪訝な表情をたっぷり5秒は見せた後。彼は仕方なさそうに名前を名乗ってくれた。
「吉川、郁彦」

(え?マジ??)

俺は、その名前を知っていた。
顔に出さなかったのは自分でもエライと思う。なんでもないように『そーなんだ、よろしくね、吉川くん』と言ってみせた自分。
よしかわふみひこって、その名前、学年トップじゃん。

受験の時、一緒に受けた授業料全額免除の特待生の試験。自己採点の結果ヨッシャいけたー!と思ったら、満点が出て、俺は残念ながら全額免除にならなかった。
満点とかどーゆー頭してんの?と思ったけど、その本人が目の前にいるんじゃないか。
あ、ちなみに俺は、3つしか間違ってなかったらしくて、三分の二免除になった。助かった。

どんなやつなんだろうって思ったけど、案外普通じゃないか。
ていうか、そんな頭のいい人とは、ぜひともお友達になりたいですっていう下心はありまくりますよ、俺は。明日からも見かけたら全部、吉川くんの隣に座ろう。
でも吉川くん、もう数学Tの授業始まってるってのに、ケータイを机の上に出しっぱなし。鳴ったらどうするんだろう?…って思ってたら光ったよ!
音も、バイブも切ってあるみたいで、光っただけなんだけど。

光った時に、画面に出たのは、小学生くらいの男の子の写メだった。
机の下にケータイを持って行って、こっそり返信してるみたい。
あの写メさえ表示されなければ、彼女かな〜?とか思ったところなんだけど。

その後も、授業中にも関わらず、吉川くんは何度もメールのやり取りを繰り返してた。
数学Tは2限目だったから、次は昼休み。どうしよう、なに食べよう。
「なーなーなーなー、昼メシ行こう、昼メシ!」

2列くらい後ろに座ってた子が、話しかけてきたのはその時だった。
正直、なんで俺?とは思ったけど、その子は、俺と吉川くん両方を誘ったみたいだった。
っていうかこの子、あれじゃん、オリエンテーションで女の子に囲まれてた子じゃん。最初に見た時から、あんまり小さいから覚えてたんだった。
いや、あんまり小さいなんて言ったら失礼かな。

「行くとこあるから」
教科書やノートを全部鞄にしまって、ケータイだけを左手に握った吉川くんは席を立ち、そのまま教室から出ていってしまった。
俺も、昼ごはん誘おうかと思ってたのに残念。だけど、とりあえずは誘われたから1人じゃないのか?

「つれないなー。なーなー、俺、敦史!笠原敦史。お前は?」
吉川くんとは正反対で超積極的。もしかしたら苦手なタイプかもー。悪いヤツじゃないかもしれないけどー。
「俺は深谷敏成」
「としなり、って長いなー、トシでいい?」
「い、いいけど…」

いきなり?なんかちょっと馴れ馴れしくないですか、敦史くん!
「なぁ、トシ、今出てった、隣に座ってたやつの名前知ってる?」
「え?ああ、吉川くん?」
吉川郁彦君だよって俺が話した時の敦史の嬉しそうな表情の意味は、俺にはさっぱりわからなかった。

「とりあえず、昼メシ!行こ行こ」
なんだか、テンション高くて馴れ馴れしい感じの敦史だけど、吉川くんみたいに上手く逃げられなかった俺は、仕方なく一緒に食堂へ向かった。『くん』はつけなくていいそうだ。
さり気なく聞いてみたら、オリエンテーションの時に囲まれてた女の子たちはみんな、看護学部の子で、高校から一緒の子らしい。

「今度合コンしろってあいつらうるさいんだけど」
「いいんじゃないの?君なら、友達多そうじゃないか」
「えええ〜?面倒くせェじゃん」

『友達多そう』の部分は否定しなかったから、多分見た目通りなんだろう。ちょっと苦手かもしれない。
けど、敦史がいてくれて、よく喋ったお陰で、昼食中ずっと、退屈しなかったのは事実だった。
さっきは仕方なく一緒に昼ごはん…と思ったけど、『仕方なく』なんて思って申し訳なかったかも。

「次、ドイツ語?」
「おうよ」
その次の授業から、敦史は俺の隣に座るようになった。

ギリギリに教室に入ったら、どこかへ行っていたはずの吉川くんがもう戻ってきて、やっぱり真ん中あたりの席に座ってたから、隣を選ぶ。
とは言え、4人がけの席の一番右に吉川くん、ひとつ空けて俺と敦史っていう感じだったけど。

************

僕はようやく、大学生になって、実家を離れた。
入学した大学から地下鉄2駅のところに住んでる叔父さんが大喜びで是非おいで!と言ってくれたから、部屋を探す必要はなかった。
と言うよりは、叔父さんがおいでと言ってくれなかったら、僕は進学してないんだけど。

叔父さんちは、2年前に建てなおしたっていうのは聞いてたけど、受験の時に、新しくなってから初めてきたら、めちゃくちゃデカくなってた。
玄関以外は全部、なにもかも2つずつある2世帯住宅になってた。そりゃ『部屋余ってるからおいで』って、僕言われるわ。

確かに2世帯住んではいるけど、それでも全員で5人しかいないのにこの広さが必要なの?って、あんまり驚いてばあちゃんに聞いてみたら、将来まさ君が嫁をもらった時のことまで考えて建てたらしい。だから、いつまさ君が彼女連れてきてもいいように、まさ君が大学に入るのに合わせて建てたんだって。
でも、じーちゃんばーちゃん、多分ソレ、けっこう先になるような気がする。

だって、まさ君は、彼女なんか作る気全然なくて、年の離れた弟の心配ばっかりしてるじゃないか。
そういう俺も、入院してて、中学の入学式まで出れなかったむね君のことを心配して、わざわざ昼休みにこうして、病棟を訪ねてみたりなんかしてるんだけど。僕らの大学の隣の付属病院に入院してなきゃそんなことしないけどさ。

「ふみにーーーーーー!!暇ーーー!!!!」
昼ごはんを食べ終わったところだったのか、病室に行くと、むね君はだらしなくベッドに横になっていた。最近はテレビも付けていない。平日の昼間なんて、むね君くらいの年齢の子が見て面白いものは、なんにもやってないと思うけど。

それに、同じ部屋に同年代の子はいない。おじさんどころか、じいさんばっかりだから、話も合わないんだろう。
「暇なら退院しなさい」
「できるならしたいーー!」

ひらひら振ったむね君の腕からつながった点滴。ここ数日、随分体調がいいらしくて、顔を出す度にむね君は暇だ暇だと連呼する。こないだまで、具合悪くてずっと寝たきりだったくせに。
「少し体調いいからって、調子乗って、三途の川渡りかけたの誰ですかー?」
「僕だけどー」

点滴が外れて、呼吸も随分楽だからって、調子に乗って階段を駆け上がった、らしい。
結果、見事に発作起こして、動けなくなって、助けも呼べなくて、たまたま階段を利用した看護師に発見された時にはけっこうヤバイ状態になってて、集中治療室に2日入ったのは僕がこっちに来る直前、今から2週間前の話。看護師に発見されたあたりの記憶は、意識不明に陥っていた本人にはない。

確かに階段を走りたい年頃だとは思うけど。本来、外を走り回っておくべき年齢の時に、ほとんど外で遊ぶことができなかったむね君に対して、身内がみんな甘くなるのは仕方ないことだと思う。

いつもどおりベッドの横の丸椅子に座る
「熱測った?」
「あ、忘れてた!」
昼食の後は検温の時間。毎日来ていたらすっかり覚えてしまった。
むね君は、体温計を脇に挟んでベッドに横になる。

「ふみ兄、友達できた?」
「え?なんで?」
「なんでって!1人か2人でいいから友達作んなよー」
体温計のアラームが鳴る。37.6℃。この熱が下がらないうちは、むね君は退院できない。

僕が友達を作る気がない理由は、むね君には話した。だから知ってるんだけど、多分むね君は僕の考えに反対ってことなんだと思う。
でも、僕はもう、誰も傷つけたくないんだ。
「てゆーかぁ、僕話し相手欲しいからー、ふみ兄友達作って連れてきてよー」
「なに、俺じゃ不満なの?」
「ふみ兄ほとんどしゃべんないんだもーん」

悪かったな、って思ったけど事実だから仕方ない。第一なにを喋ったらいいんだ。まさ君とむね君は、会話が途切れることすらないように見えるけど。
「今なんか、2日連続隣に座ってくる子ならいるけど」
「その子でいいじゃん!仲良くなって連れてきてよー」

まぁ、確かに、あの子、深谷君だったら、優しそうだし、俺が授業中にケータイ使っててもなにも言わなかったし、頼んだら来てくれそうな気もする。
けど、あの子もそんなにおしゃべりなタイプには見えなかったんだけどなぁ。
「あ、そー言えば、ふみ兄、なんも食べてないんでしょ?食堂行こ」

昼休みは、どうせあと30分くらいしかないから、別に食べなくてもいいんだけど、俺はむね君に手を引かれて病室を出た。当たり前だけどむね君は、点滴棒を引きずる様子も随分慣れてる。
「まさ君がしょっちゅう連れてくる友達いるじゃないか、彼でいいだろ?話し相手」
「ああ、島本?僕アイツ嫌い」

「なんで?」
「だって、将大に馴れ馴れしいんだもん。俺は将大のことならなんでも知ってますーって顔してさー!ああ、もう腹立つ!あんなやつの話しないでよ!」
「ごめん」

むね君が、実の兄に対して、兄弟愛以上の感情を持っていることに気づくのは容易だった。その気持ちのせいで、まさ君の友達を良く思えないっていうことも。
そして、おそらく、まさ君の友達の島本さんも、まさ君に対して、友情以上の気持ちを持ってる…と思う。でも、だからって、そこまで嫌わなくてもいいじゃないか。
まさ君本人はどっちも全く気づいてない、正真正銘本物の天然鈍感だったけど。

「とりあえず、その、隣に座ってる子連れてきてよ!約束だよ!」
ここに来る前にコンビニで買ったパンを食堂で食べた。なんだか、強引に約束させられてしまったけど、大丈夫かな?





















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