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scen2-28 精霊使いになりませんか?


「てんめー、なにしやがったんだごるぁあぁあ!!!」
エーベリトの部屋に、アレクシの怒声が響いたのは朝だった。

「ふぇ?なーに?アレクシ様、おはよー、愛してるー」
「聞いてねぇよドあほう!なんでてめーを訪ねてくんだよ、国王陛下の使者が?頼むから処罰されるなら一人でされてっ!俺関係ねーからっ!」
「国王陛下の使者ぁ?」
まだ半分寝ぼけた顔で、エーベリトはアレクシに引きずられて1階に降りた。

1階のテーブル席に座っていたのは青服が二人と、マントで顔や身体を隠した一人。どう考えても、マントの人が一番偉そうで、青服二人は護衛っぽい。
「ちょっと待て、増えてる!」
慌ててアレクシは引きずっていたエーベリトをぶん投げてもう一人分のお茶を出す。どうやら、さっき扉を開けて手紙を受け取り、要件を聞いた時には、青服二人しかいなかったらしい。

「ああ、気にしないで。アレクシ・ヴァイノラ君。俺のこと、覚えてるかな?」
顔も身体も隠していた人物が立ち上がり、足元まで覆っていたマントを外した。マントの下から現れた制服の色は、黒。かつて王宮勤めをしていたエーベリトも、真っ黒の制服というのは初めて見るものだった。
後ろで結ばれた髪の毛がちょこんと見えている。見た目どおりリベラ人なのだろう、背の高さはそれなりで細身。ただ、ムネレイサスといい勝負の母親似女顔。

「くろ、…ふく?…なんで?マウリッツさん…?」
「あはは、覚えててくれてありがとう。…君がエーヴェリト・イザイア・ノルデンショルド君だね、初めまして」
「だーれぇ?」
ぶん投げられたまま、座り込んでいたエーベリトの頭をアレクシがひっぱたいた。

「僕はケント・エルヴァスティ。本名の方を、さっきアレクシ君が言っちゃったけど、それは気にしないで。今日は、君を、王宮に、国王陛下のもとへ、お招きに参りました」
「なんで俺がー?心当たり全然ないんだけどー?」
「ちょっとくらい敬語使え、ドあほう!…えっと、ケントさん?黒服が来たってことは、こいつなんか悪いことして捕まるってわけじゃないんですね?」

なんだいそれ?と、ケントは笑う。しかしアレクシは、青服を見た瞬間から、とうとうムネレイサスが訴えたんじゃないかとか、他にも未成年者に手を出していたんじゃないかとか、本気で焦っていたのだ。黄緑色が手に負えないような事件に出てくるのが青服だったから。

「心当たりはあるはずだよ、エーベリト君。君は先日、とあるお方に才能を見込まれて、国王陛下の名で招待すると、宣言されたでしょう?」
「あー、…忘れてたぁ」
「おいっ!なんでそんな大事なこと忘れんのお前?ねぇっ、なんでなの?」
エーベリトの首元を掴んで、思い切り前後に、がくがくアレクシは揺さぶった。

「そういうわけだから、出かける用意してきてね。…寝間着でいいんだったら、今すぐ連れて行くけど」
「着替えさせてきますっ!」
答えたのはアレクシだった。来た時と同じように、エーベリトを引きずって行く。

「ケントさん。…なぜ、あの黒髪の彼は、あなたの本名をご存知なのですか?」
控えていた青服が尋ねた。
「ああ、彼?実はね、彼は僕の妹の同級生だったんだ。それに、彼の本名もなかなか驚くよ。君んちと、同じくらいの名門だからね、ヘルゲ君」

にっこり笑ったケントの顔は、女の子のようだった。その顔は、どこかで見たことがあるような気がするのだが、さっぱり思い出せない。
ケント達黒服の本名や素性は、青服ですらなにも知らされていない。普段どこにいてなにをしているのかも。

ヘルゲが知っているのはせいぜい、黒服は全員、精霊使いらしいということくらいだった。だから、本当は護衛なんていらないらしいということと。
ただ今回の自分たちの任務は、帰り道、エーベリトの護衛なのであるが。

************

外に出る前に、再びケントは顔と制服を隠し、アレクシとエーベリトを伴って馬車に乗った。アレクシまで来る必要はないはずなのだが、ケントがアレクシも来るように言ったのだ。
「なんで顔とか隠しちゃうんですかー?」
「そうだねぇ、エーベリト君。…君は、王宮で働いてる間、黒服を一度でも見たことがあったかい?」

「ないでーす」
「そう。つまり、僕達のことは、あんまりおおっぴらに知られたくないんだ。国王陛下直属の、秘密部隊、だからね」
「そんなのいたんだー」

相変わらずの言葉遣いに、アレクシが隣で足を踏みつけるが、エーベリトは気にしてもいない。
「なんでアレクシ様と知り合いなのー?」
「俺とアレクシ君はねぇ、共通の知人がいて、何度も会ったことがあるんだよ。学院も一緒だったしね。で、アレクシ君のところには、2年ちょっと前、僕の先輩の黒服が、訪ねて行ってる」
黒服として、ケントがアレクシと会うのは初めてだった。

「ケントさんが、黒服なんか着てるから、一瞬固まりましたよ。いつからなんですか?」
「それは内緒。…で、二人にお願い。僕のことは、他の人には喋っちゃ駄目ね。僕が黒服やってることって、実は家族も知らないんだよねー」
「はーい」
素直なエーベリトの返事を聞いて、ケントは微笑んだ。

「さぁ、到着。ごめんね、ちょっと歩いてもらうよ」
王宮に招待されたはずなのに、やってきたのは青服の庁舎だった。
「もしかしてここから歩くのー?」

「黙って付いて行け、ドあほう」
「さすが、アレクシ君。2回目なんだもんね」
青服庁舎から王宮は、確かにほとんど回廊で繋がっているが、歩くと20分はかかる。

3人が乗っていた馬車を護衛していた青服二人に先導されて、庁舎の中に入っていく。
連れられて入った部屋は1階の奥の部屋。壁一面に布が掛けられた部屋の、その壁の前でケントは立ち止まる。

「じゃあ二人とも、僕と手、繋いでくれるかな?向こうに着くまで、絶対離しちゃ駄目だよ?」
差し出された手を、アレクシは素直に取った。
「…こうじゃ駄目なの?」

「てんめー、いい加減にしろっ!」
空いているアレクシの左腕にしがみつきながらエーベリトが言い、アレクシが思い切り手を振る。が、エーベリトはしっかりとしがみついて離さない。

「ごめんねぇ、こっちでお願いします」
ケントが空いたままの左手をエーベリトに差し出した。
「てめーなんか鏡の中で行方不明になっちまえドあほう!」
「鏡の中ってなにー?」

「着いたら説明するよ。アレクシ君もそういうこと言わないの」
エーベリトとケントがしっかりと手を繋いだのを見て、控えていた青服の二人が、壁の隅にあった、天井から伸びる紐を引いた。

「行ってらっしゃいませ」
両端に引いていく布の向こうから現れたのは、天井までの高さがある巨大な鏡。
「いってきまーす」

ケントの声がした瞬間、室内に風が吹いた。鏡を覆っていた布が舞うほどの強い風が。
3人揃って、鏡の中に吸い込まれて行った瞬間、眩しくて目を閉じてしまう。

「ちょっとなにこれ眩しいし!」
目を擦ろうと、繋いでいた手を離しかけた瞬間、強い力で握られた。どうして自分は、ケントの手を、利き手で取ってしまったんだろう。

ふわっと浮いたような感覚があって、『もういいよー』という声とともに、繋いでいた手が離れる。
恐る恐るまぶたを開けると、目の前の高くなったところに国王と王妃が座り、両端に並んだ緑色、それから、端の方で引きつった表情で立っている父。その近くに、エルフの王様とミカちゃん。

そう、一瞬で王宮の、国王の応接室に到着していたのだった。
「お待たせいたしました、国王陛下。ケント・エルヴァスティ、ただいま帰還いたしました」

すっと膝を着いて頭を下げるケントが、エーベリトとアレクシを紹介して、下がった。ずっと『アレクシ君』と呼んでいたばずなのに、しっかり本当の本名のフルネームで紹介するあたり、なかなか食えない男だなと、エーベリトはこっそり思った。へらへらした表情からは、微塵もそんなこと感じさせなかったが。

「よく来たな、エーベリト、アンシエラン。とりあえず座りなさい」
国王が声を掛け、促されて横のソファに座ると、パタパタ走ってきたムネレイサスがエーベリトの隣の隣に座った。
「えーっ、ミカちゃんなんで1個空けるのー?」
「だってぇ、エルのお父さんも一緒に話、聞かなきゃでしょー?僕オマケだしー」
「申し訳ありません、ムネレイサス様…」

やはり引きつった表情で王宮警備隊員に促されてやってきたヴィルヘルムは息子とムネレイサスの間に座った。なぜ今日、息子が呼び出されたのか、その理由をヴィルヘルムは全く知らなかった。

とにかく、父親も聞いた方がいい話だと、せっかく王宮内にいるのだから来なさいと言われ、上司にも行けと言われた。そして、やってきたはいいが、息子がなにかとんでもないことをやらかしたのではないかと、最初に青服を見たアレクシと同じ心配をしていたのである。

エーベリト達の前には、国王夫妻とヘルベルト、一番端にケントが座り、すぐにお茶が運ばれてきた。紅茶を運んできた侍女達が下がるのと同時に、壁際に並んでいた王宮警備隊員達が、出ていき、ケントがマントを外して顔を見せる。当然、黒い制服を見るのは、ヴィルヘルムはもちろん、ムネレイサスも初めてだった。

「なにから話したらいいものやら。…エーベリト、なぜ今日ここに呼ばれたか、覚えているかい?」
ヨハンネスが務めて優しい声で言った。本人はさほど緊張もしていないようだが、なんせ隣のヴィルヘルムが今にも泣き出しそうな表情だったからである。

「うんとー、こないだのー夏至の宴の時にー、ヘルベルト様に、随分強い力だな、招待するって言われたー」
両隣のアレクシとヴィルヘルムが同時に、エーベリトの足を踏みつけた。
「いったーい、もう、なにー?ああ、言われましたーって?ごめんなさいー」
エーベリトの代わりにペコペコ頭を下げるアレクシとヴィルヘルムをヨハンネスが制した。

「ムネレイサス。面白い子と友達になったのね」
クスクス笑っているのは王妃ソルヴェイ。
「でっしょー!僕ねーエル大好きなのー!」
王妃が末の孫のムネレイサスに甘いなどということをヴィルヘルムは知らなかったが、今度は隣に向かってペコペコ頭を下げる。

「覚えていたなら話は速い。お前、精霊使いにならないか?」
核心を突いたのはヘルベルト。そして、その言葉を、想像だにしていなかったのがヴィルヘルム。
「あ、あの、どういう、ことなのでしょうか?まさか、この子に、才能があるとでも?」
そんなはずはないと、青ざめてうろたえるヴィルヘルムに対してエーベリトは平然としていた。

「ああ、そういえば言ってなかったよね、父さん。あのねー俺ねー、ミカちゃんの力もらっちゃったのー。だからねー、今ねー、俺、精霊見えてるんだよー」
「な、なんだと…?ちから、もらったって、その、つまり…?」

王宮内で働いているだけあって、どうすれば力が移るのかくらいは知っていたヴィルヘルムは、ミカちゃんことムネレイサスが、まだ13歳であることに気づいて、そのまま失神しそうになった。

「今ここに来る時に、鏡の中を通っただろう?実は、この国には、他にも、中に入れる不思議な鏡がいくつかある。その中の一つに、入るとかなりの高確率で精霊に出会える鏡というのがあるわけなんだが」

「俺にー、そんなか入って、精霊捕まえてこいっていうんですかー?」
「捕まえるというのはちょっと違うかな。出会ったらまず、名前を教えてもらえるまで、仲良くなって欲しいな」
ヨハンネスとヘルベルトが交互に説明をする。

「精霊と仲良くなるとー、なにかいいことありますかー?」
「便利な力が使えるようになるかな」
「それだけー?だったら別にいいかなー俺ー。だってー、別に力が欲しいとか思ったことないしー」
アレクシが踵で思い切りエーベリトの足を踏んだ。ギロッと下から睨まれて、エーベリトはハッとなにかを思い出したような顔になる。

「うそー、あったー。俺、剣が全然駄目だから、便利な力が使えたら、こないだみたいに襲われても自力でどうにかできるよね?……でいいんでしょ?アレクシ様?」

「襲われたって、どういうことなの?」
「えーっとねー」
「話すと長いので後にした方がいいかと思います」
ソルヴェイがたずね、エーベリトが話そうとしたところで、それまで黙っていたアレクシが声を上げた。

「アレクシ様がそう言うならそーするー。…ねえ、ミカちゃんはー、俺が精霊使いになったら嬉しいー?」
「うん!僕とお揃いだよ!僕もね、精霊に出会ったの!」
「えっ?マジまじ?ホント?いつー!なにそれ聞いてないー!」
「ごめんー、後で話すよー!」
キャッキャ騒ぐ二人に挟まれたヴィルヘルムの顔色が、今にも倒れそうなほど悪い。

「ミカちゃんが喜ぶなら、俺行ってきます!」
エーベリトの判断基準は、とてつもなく単純だった。
「そうなると、この先、ヴィルヘルム殿にもしっかり聞いてもらわねばならない話になるのだが、大丈夫かな?」
名前を呼ばれて、ヴィルヘルムは驚いて顔を上げた。わざわざここに父も呼んだ理由。それは、鏡の中に入ると、帰ってこれない可能性があるということだった。帰ってくるにしても、1日2日ということはないだろう。なんせ、鏡の中は異世界なのだ、時間の流れ方が全く違う。

先ほど、エーベリトとアレクシを連れてきたケントは、鏡の中からの生還者である。彼は8日で戻ってきたが、最速記録に近いらしい。長い者だと数ヶ月から数年、戻ってこない。
「そういうわけなので、今すぐこの場で答えを出せとは言わないよ」
ヨハンネスは柔らかく微笑んだ。

「ただ、現在この国の精霊使いの数が壊滅的なのです。真っ当に力を扱える者となると更に減る。ですので、今回、エーベリトとムネレイサスの間にあったことは、聞いてなかったことにします」

「やったねーミカちゃん!」
ヘルベルトの言葉に手放しで喜ぶエーベリトとは対照的に、ヴィルヘルムは深く頭を下げた。それから隣の息子の後頭部を掴んで、無理矢理頭を下げさせる。テーブルに頭がぶつかる程激しく。

「アンシエランもどうだね。君には以前断られているが」
ケントがアレクシまで連れてきた理由はこれだった。
「もう少し、生還者の話が聞けるなら、考えてみたいと思うのですが…」

「今、僕しかいないから、僕でいいかな?あとのみんなは、鏡を使ってらっしゃらないからね」
「ぜひ、お願いします」
にっこり笑ったケントが話し始めた。自分も剣が全然駄目で、鏡の中に持っていったのは竪琴だというところから。


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