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scen2-27 リーズをください


精霊使いになった経緯を軽く、そして、しばらくは変なことを口に出してしまうかもしれないという話を、お茶を飲みながら自室でサーラにしていると、オルヴァーがやってきた。

「ムネレイサスくーん、ちょっとお話きかせてもらっていいかなぁ?」
「うっせーぞこの歩く成人指定!」
「わわわーっ!今の僕じゃない、僕じゃないからぁっ!」

キョトンとした表情を見せるサーラに、『今のが、まさに今話したやつ』と言うと納得してもらえた。
せっかくなので、オルヴァーにも座ってもらって、数日間は変なことを口にするかもしれないという詳しい説明をする。空属性は、意識にまで干渉してくるのだと。

目覚める直前『また会える?』と尋ねたら、『夢の中でならいくらでも』という返事が返ってきたから、起きてる間は出てこれないのかと思ったのに、全然そんなことはない。

実は、人間が話しているのを聞いたり、それにちょっかいを出すのも案外面白いなぁと、セレスが思い始めていたのだった。
「で?なんだ?精霊のこと詳しく知りたいってか?オルヴァー君?」
今のも僕じゃないからっ!と、すぐに同じ声で悲鳴が上がった。

「…あんたって、完全にあんたになれたりすんの?」
「できんことはねーけど、封じられちゃったからねー。コイツがブチ切れて理性なくなった時くらいしか無理かも」
サーラが、『違いがわかってきたから大丈夫ですよ』と言ってくれたことで、ムネレイサスはもう、いちいち『今のは僕じゃない』というのを諦めていた。

「そっか。じゃあ、そのまんまでいいや。単刀直入に聞く。俺も力が欲しい。どうしたらいい?」
オルヴァーの声は真剣で、今までにないくらいムネレイサスをまっすぐに見つめていた。サーラは、オルヴァーがそんなことを考えていたなどとは、夢にも思っていなかったから、言葉を失う程驚いていた。

「まず無理だな。だってお前、リーズ持ってねーもん。なんでそんなんなの?」
自分の口から出たセレスの言葉に驚いたのはムネレイサスだった。
「どうして?なんで?弱いなんてあり得るの?だって、オルヴァーって、マルティアス兄上からいっぱいもらってるでしょ?」
それが真実だとしたら、こいつの身体はおかしいという、セレスの言葉は、ムネレイサスの頭の中に響いてきた。

「これは俺が言っていいものなのか?」
口から出た言葉はセレスのもの。それと同時に、セレスの思考が頭の中に流れ込んできた。

「ちょっと待ってよ!なんで?わかったよもう!ごめんね、あのね、サーラ。あのね、オルヴァーと二人で話したいんだけど…」
「かしこまりましたわ、ムネレイサス様」
しかし、案外あっさりとサーラは立ち上がった。
「ごめんな、サーラちゃん」

「いえいえ、構いませんわ、オルヴァーさん。だって私、精霊使いになんて、全然なりたくないんですもの。話を聞いたからにはお前もなれ!って言われるより、よっぽどマシです」
ニケルちゃんは可愛いから、会えるようになって嬉しかったですけどと笑って、サーラは下がっていった。

「なんか、へこめるよね。…いや、女の子だからいいんだけどさ、かたやオルヴァーは、マルティアス兄上を守るために、精霊使いになりたいって言ってるのにさ」
「なに?お前ってもしかして、サーラのこと好きだったの?……つーか俺、お前にそんなこと言ったっけ?」

「違うよ!そんなんじゃないんだけど!ちょっとだけ、したからには責任取った方がいいのかなとか思ってたのに、あれだから、やっぱ女って怖いなって、思ってたとこ!マルティアス兄上を守るためってのは、別に聞いてないけど、それ以外オルヴァーの考えることなんて有り得ないじゃん」

「そうかなぁ、あはは。…それよりお前って、案外純粋なのね。…あ、まだ13歳だったか」
この国においては、むしろサーラの反応の方が普通である。ムネレイサスもきっと、年齢がちゃんと中身に追いついて大人になれば、平然としていられるだろう。

「そんなことより、サーラに言えないことってなんだよ?教えろよ!」
今はマセガキの恋愛相談より、そっちが気になるオルヴァーである。

「あぁ、えっとね。まずね、精霊を扱うための力、そうだな、魔術師でいうところの魔力みたいなものをリーズって言うんだけどね」
それは人間誰もが、生まれながらにして持っているものである。成長したり、身体を鍛えたり、環境によって増えたり減ったりすることもある目に見えない力。

「それがね、なんか変なんだって。だから、調べてみたいから、ちょっとキスしていい?」
「…キスでわかんのかよ?」
「わかるんだって。だから………んっ」

今更ムネレイサスとのキスを嫌がるようなオルヴァーではなかった。頭の後ろに腕を回すと、そのまま引き寄せて深く唇を落とす。
舐めて、絡めて、吸って、噛んで。長い長い口付けだった。

「も、もう馬鹿っ!やりすぎー!」
気持ちよすぎて力が抜けたムネレイサスがぱしぱしオルヴァーの腕を叩くが、全く効果はない。
「そんなことより、わかったのかよ、セレスさん?」
真っ赤になっているムネレイサスに、『してやったり』とは思ったが、気になるのはあくまでそっちである。

「わかったぜ。お前の身体の中で、ネオンからもらったリーズとタンタルからもらったリーズ」
「えっと、タンタルって、グランクヴィスト公爵ね。とりあえずその、もらったリーズが喧嘩しててね、それで、お互いの力を、打ち消し合ってるような状態みたい」

セレスの言葉は途中からムネレイサスに変わった。当然ムネレイサスもオルヴァーも、グランクヴィスト公爵の精霊の名など知らないし、逆にセレスは精霊の名は知っていても契約している人間の名など知らない。ムネレイサスの頭の中でセレスが見せた顔が、ステーンだったから、わかって、それで喋る役目を交代したというところ。

「は?」
ちょっと待て。オルヴァーは、ムネレイサスの言葉を頭の中で繰り返した。

「おいおい、俺、公爵からも力もらってたのかよ!」
「そうみたいだよ?…あのね、怒らないでね?うんと、力もらっちゃったってことは、オルヴァーって、公爵とするの、嫌じゃなかったってことみたいな…」
恐る恐る小さい声で言ったのに、すごい顔で睨まれた。

「ち、力が移ったり移らなかったり、どのくらい移ったり…っていうのは、相性とかがあるから、一定じゃなくて、こうすればいいとかっていうのもないんだけど。少なくとも、どっちかが嫌がってたら間違いなく移らないって…」

だから、ムネレイサスの力が、法務大臣や学者のパートリク、その他相手にさせられた人に移ることは絶対にないのだ。ムネレイサスが心の底から嫌っていたのだから。それを聞いて、ムネレイサスは安心したのだけれど。

「で?お互いの力を打ち消し合ってるってどういうことだよ?」
やっぱり凄い目つきで、ムネレイサスは縮こまりながら答えた。

「う、うん。そうなんだ。だから、例えるなら、ベクトルが同じ方向に向かえば、けっこうな長さになるんだけど、今はプラスとマイナス状態で…。そう、強酸と強塩基がぶつかって中和しちゃってるような感じ」
「すっげーわかりやすい例えだわ」
ため息を落としながら、オルヴァーはソファに深く座り直した。

「それでね、中和反応が終わって落ち着いてるならまだしも、絶賛喧嘩中だから、日によって、酸性だったり塩基性だったり中性だったりするんだって。多分もう、身体に異変は起こってるはずだって、セレスは言うんだけど」

「身体に異変ってなにっ?俺、どっか病気とか?」
「それはセレスでもわかんないって」
「あーのなー」

「しょーがねーだろ。俺は空属性だけど、人間の治癒はできねーんだよ。そもそも人間と契約する気もなかったしー、人間嫌いだしなー」
空属性の精霊は、かなりの割合で、怪我や病気を治す力を備えているらしい。

それよりも、だ。まさか公爵の力までもらっているとは思わなかった。確かに、それなりの回数やることはやった気がするし、それに。…それに、殴る蹴るされなくなって、ただ泣かされるだけになってからは別に嫌じゃなかったんだよな。どえらい優しく抱かれたこともあったし、終わった後で動く気力もなくて寝てたら頭撫でてくれたこともあったし。ということはあれか、俺のこと気に入ってるって、好きだって、公爵もマジだったのかよ。

「勘弁してくれよ…」
オルヴァーが口の中で呟いた言葉を、ムネレイサスは聞かなかったことにした。

もしかして、自分はマルティアス様から力をもらう以前から精霊が見えていたのだろうか。今のように、ニケルが遊びに来たり、風の精霊に助けてもらうようなことはなかったから、さっぱりわからない。いや、精霊はそいつらだけじゃない。自分は、マルティアス様やベアトリス様の精霊が見えていただろうか?

「俺、ベアトリス様の、すんげー若い頃の顔、知ってるような気がすんだけど」
「それはホラ、こないだ、ヴィクトル様の隠れ家から帰ってきた時にも会ってるよ?」
「いや、その前から知ってたかもしれん…」
恐らく、それがベアトリスの精霊だと、全く気づかずに見ていたかもしれない事実に、オルヴァーは今更驚き、肩を落とした。

「で?…解決策とかあんの?」
「ないことはないんだけど、その前にあのね、うんと、すごく言いにくいんだけど、しばらく、マルティアス兄上と、しないほうがいいかもしれない…」
「はぁっ?なんで!俺の月一の楽しみ奪うってのかよ!?」

「ごめんなさいーっ!あのね、でもね、グランクヴィスト公爵のリーズとマルティアス兄上のリーズの喧嘩がね、けっこう激しいんだって。だからね、あんまり刺激しないほうがいいみたいなのー。このまんま喧嘩続くと、最悪身体の方が耐えられなくなって死ぬよって、セレスが言ってるんだもんー」
「は?」
今、俺が死ぬって言ったか?こいつ?

「タンタルって地属性で3番目に強いんだってー!」
「ネオンも3番目。だから仲悪いんだよ、余計な。張り合ってるだけとも言うが」
「え?なにそれ、マルティアス様とグランクヴィスト公爵だから、俺の身体ん中で喧嘩してるわけじゃねーの?」
正直、マルティアスとステーンの力に、それぞれ意志があるとしたら、喧嘩しないわけがないとすら思っていたオルヴァーである。

「なんだなんだ、人間同士も仲悪いってのか?それでか、納得。いくらタンタルとネオンでもなんでそこまで意地張って喧嘩してんだろ?って思ったけど、そういうことか」
ちなみに俺も空属性では3番目だが、タンタルやネオンなんかと喧嘩しねえ。つーか圧勝だし!と偉そうにセレスは胸を張った。

「多分、『仲悪い』で済むような関係じゃないよね…」
「そうだよな。…公爵なんか、真剣にマルティアス様の命狙ってるし」
ムネレイサスとオルヴァーは同時にため息をついた。夏至祭初日の夜、自分たちを襲った黒ずくめの男達は公爵の差し金で間違いないと思っている。その後の宴の時にマルティアスとアンティアナを呼び出したのも。

ただでさえ事情が許せば斬り合いでも始めそうなほどに憎みあっている二人だ。マルティアスが、自分たちの身に起こったことまで知ったら尚更、今すぐにでも斬りつけに行きかねない。二人共、そういう意味で、それを防止するためにマルティアスだけには知られたくないと考えているわけではないのだが。

「でね、解決策は、もういっそ、諦めていろんな属性の力もらって混ぜ混ぜにしちゃうか、それか、2つのリーズをまとめて黙らせちゃうくらい超強い精霊使いから、どかんと一発力をもらうか、だって」
「いろんな人から力もらえって、つまりアレか、俺にヤリまくれってことかこのやろう!」

「えー?嫌なのー?とりあえず、エルメル兄上は水属性!兄上誘ったら絶対断らないよ?」
「嫌なの?ってなんだ嫌なのって!それじゃお前、俺が誰とでもするみてーじゃねーか!」
「エルメル兄上ならいいじゃん。すっげーモテるし遊んでるから、多分上手いと思うよ!」

自分の兄に対してなんつー言い方するんだ、こいつは?と、オルヴァーは思ったが、ムネレイサスの表情は真剣そのものだった。事実、エルメルはモテるしすぐ口説くし、まず断られたこともないという、4兄弟で一番の遊び人。そのくせ、女はほぼ、妻一筋ときている。そこがいいのかもしれないが。
「そーだな、水が混ざれば火の力が弱まるか…」

しばらくムネレイサスに喋らせていたセレスが、久しぶりに自分で口をきいた。と言っても、はたから見ている分においては、ムネレイサスがしゃべっていることに変わりはないのだが。

「ちょっとまて!それは嫌だろーが!どっちかつーと、火の方残して、公爵の方消したいんですけどっ?」
「ネオンの方残したいなら混ぜるのは風属性がいいぜ、風属性。どっかにいねーの?」
「風属性ー?いないことはないけど…。父上でしょー?ユスティーナでしょー?それから、エッレン姉上」

「いやいやいや、有り得ないだろ、絶対に」
「エッレン姉上は、エルメル兄上みたいな体育会系で単純で、扱いやすい男と結婚したいって言ってたから、多分オルヴァーの身体は嫌いじゃないと思うよ!」

「あほか!そんなことになったら、エッレン様の側近に配置換えだろーが!それじゃ本末転倒だっつーの!俺は、マルティアス様のために力欲しいし、マルティアス様のために死ぬの!」

「こいつ、本物の馬鹿だな。そうなったら側近じゃなくて旦那って言わねーか?」
「言わないであげてよ、セレス。オルヴァーって、悪い人じゃないんだからさ」
「なんなのお前らもー!」
オルヴァーは頭を抱えた。

「結局どうすりゃいいんだよ?風が駄目ならあれか?どかんと一発、超強い精霊使いってやつか?そんなやつ、どこにいるんだよ?」
ムネレイサスが無言で手を上げていた。すごくいい笑顔で。

「おい。…お前さ、さっき封じられてるって言ってなかったか?今は精霊が見えるだけの、ただの人だって言ってなかったか?」
「はっ!そうだよセレス!僕じゃ駄目じゃん!」
「あ、忘れてた。案外自由に出れるからよ」
「お前らなぁ!」
怒鳴りたくなるのを、オルヴァーは必死で我慢していた。

しかし、『リーズ』とやらは、生まれ持った力だと言っていたか?封じられたせいでニケルがなかなか出て来てくれなくなると。ということは、ムネレイサスは、セレスと契約する前から、相当のリーズを持っていたということにはならないだろうか。事実、サーラはあっさり精霊が見えるようになっている。つまり、セレスと契約する前のムネレイサスも、どかんと一発強い精霊使い…のうちに入ったんじゃないだろうか。
ムネレイサスも、オルヴァーとほぼ同じ結論に達していた。

「こんなことなら、さっさと一発、ヤっとくんだったねー」
「あああああ、なんてこったぁぁあぁあ!」

ただ、ムネレイサスがセレスと契約したからこそオルヴァーの身体の中で起こっていることが判明したのである。しかし、契約したからこそ、今ムネレイサスはただの人なのであって、このジレンマをどうしたらいいのだろう。

「他に!ほかに超強い精霊使いいねーのかよ?」
「ちょうど今いるよ?空の王、フェルミウムがヘルベルト様、地の王チタンがレオシュ様。火の王は人間嫌いだし、水の王と風の王はどこ行ったからわかんないって。セレスが、多分三千年以上会ってないって言ってる」

「ふざけんじゃねーよお前っ!!」
ただでさえ人間のような性欲はないと言われているエルフの、しかも王、もしくは副王である。その2人に、『抱いてください』などと言えるわけがないのであった。

「えっとでも、ね、とりあえず、こないだヘルベルト様に会ってるでしょ、オルヴァー。あの時に、ヘルベルト様がなにも言わなかったんだから、急に死んだりすることはないと思うよ。そんなんなる前に、きっとヘルベルト様がなんとかしてくれるような気がするし…」
「気がするってなんだよ気がするって!」

「だってぇ。ヘルベルト様って、けっこうオルヴァーのこと、好きだと思うよ。夏至祭の間に、相談に行こうか」
「……勘弁して下さい」
第1王子の側近やってるだけで妬まれるというのに、エルフの王まで出てきたらそれどころじゃない。くだらない噂を流される程度は気にもしないが、積もり積もって命まで狙われるようなことになったらどうしたらいいのだろう。


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