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scen2-26 おめでとう


「僕からも、ひとつ、いいですか?」
フレデリクが尋ねたのは、なぜ、二千年も無事だった封印が、このタイミングで破られたのか?ということだった。なぜ、自分達の代で、今それは起こったのかと。

「実はなぁ。…封印を施してから二千年。むしろここまでよく持った方なのだよ」
これまで一度も、封印を張り直すといった作業はやってこなかった。そのため、100年程前から、いつ破られてもおかしくない状態ではあったらしい。それを知っていたからこそ、ここ100年、ヘルベルトは頻繁にリベラメンテを訪れていたのだという。ここ100年と言われても自分たちはせいぜい10年20年のことしかしらないため、むしろ年に数回ヘルベルトが訪れるのは普通だと思っていたムネレイサスとフレデリクだが、詳細は記録を調べればわかることだろう。

「どうして、封印を張り直さなかったのですか?」
「物理的に不可能だったからだよ」
ヘルベルトは多くを語らなかった。フレデリクは不満そうな顔をしていたが、ムネレイサスは恐らく、その『物理的に不可能』な理由を聞くと、エルフの大戦争の話にまで遡らなければならないんじゃないかという気がしていた。

「でも、このあいだ、僕達は森を封印しましたよね?」
やろうと思えばできたんじゃないのかというのがフレデリクの意見である。もっと前に、封印し直していれば、それができていれば、自分たちの身が危険に冒されることはなかったのかもしれないと。

「詳しく話すと長くなるのだが。二千年前にあれを封じた各属性の王がな、訳あって揃わないのだよ。精霊ではないぞ?」
「そもそも精霊の王が全員人間と契約して、揃ったなんてこたァ、過去に一度もねーしなぁ。な、フェルミウム」
今のは僕じゃないです…とムネレイサスが頭を抱えた。

「そうだな。炎の王はお前と同じで人間嫌いでサボりで引きこもり。風の王と水の王に至ってはさっぱり行方不明だ」
空の王フェルミウムはヘルベルトの中にいる。地の王チタンは、スカラ副王レオシュの中にいるらしい。

しかし、精霊ではないのならなんなのだろうと、フレデリクは一人考えていた。自分たちは確かに森を封じた。しかし、王が揃わなかったから封印し直せなかった、その理屈でいくなら、先日自分たちが作った封印も、いずれ解けてしまうんじゃないだろうか。そう、少なくとも、二千年も持たない。

「あ、あの……」
「今日はこのへんにしておこう」
フレデリクが言いかけた言葉は遮られた。
いくらヘルベルトのリーズをもらったとは言え体力だけはどうにもならない。ユスティーナは明らかに疲れていたし、ムネレイサスはセレスとも話して少し頭を整理したかった。夏至祭の間はリベラメンテにいるから、いつでもおいでとヘルベルトが言ったことで、不満そうな表情だったフレデリクも納得したようだった。

3人は、ユスティーナの離宮を後にし、それぞれの部屋に戻る。
「いつでもおいでと言ったが、今日はやることがある。フレデリク、来るなら明日以降にしてくれ」
「かしこまりました」
「僕も行ってもいいですか?」
「ああ、いいよ」
お礼を言ってムネレイサスはヘルベルトと別れた。

西の塔で兄の執務室を訪れると、大歓迎された。兄の侍女や、厨房係まで西の塔のみんなやってきて『おめでとう』の嵐になる。僕がやっと精霊使いになった、やっと一人前になった。そんな喜びようだった。

「で、でも僕、まだなんにもできないんだよ?」
「俺だってそうだったぞ?炎の力、使いこなせるようになるのに、1年ちょっとかかったかなぁ?」
「なーにカッコつけてんですか。約2年、でしょ?」
ムネレイサスを抱きしめ、頭を撫でているマルティアスの隣で言い放ったのはウルリーカだった。

「正確には1年11ヶ月と17日。森で行方不明になって炎の精霊と出会ってから、ベアトリス様に合格点もらうまでの日数です」
更にその横からオルヴァーが。ムネレイサスが精霊と出会ったらしいと聞いて、過去の記録を読み返し調べたらしい。上手く扱えなくても大丈夫だよ、と教えて安心させるために。

「ひ、酷い!弟の前でくらい、格好つけさせてくれてもいいじゃないかぁっ!」
マルティアスはしょんぼり肩を落とした。
「いや、むしろ、弟の前だから、変なカッコつけいらないんじゃないんですか?」
ウルリーカの言葉には、むしろ外で、公の場で、格好良くしてくださいというニュアンスが含まれていた。

「だ、大丈夫ですよマルティアス兄上!兄上は、違うところで、ちゃんとカッコいいですからっ!」
「ホントに?」
半信半疑の顔でマルティアスはムネレイサスを見つめた。
「本当だよ!ねぇ、オルヴァー!」

「もちろんです!春の朝焼けのごとく美麗で長い髪、端正としか言い様のないお顔にあるは切れ長で大海原を彷彿とさせる美しい蒼色の瞳。完璧と言ってもいいその造形に長い睫毛で色気をアピール!整った鼻筋に知性を紡ぐお口。さらにさらに、がっしりとして頼りがいがあって均整のとれたお身体で、背は高い、肩幅は広い足は長い!それでいて、時々詰めが甘い性格と天然発言ははまさに今流行りの癒し系!さらに!非の打ち所のない…」

「もういいっつーの!」
あーあ始まっちゃった…と言わんばかりの周りの空気など全く気にしないオルヴァーの頭に手刀を入れ、止めたのはウルリーカだった。

「なんでっ!まだカッコ良さまで達してないのにっ!」
オルヴァーにとってはまだ序章。これからいざ、格好良さを語り始める!…といったところだった。
「な、なんか、逆に恥ずかしいな…」

「兄上。わかってると思うけど、オルヴァー本気だからね、アレ」
照れたように頭を抱えるマルティアスの後ろで、精霊が『もっと言って言って!』と、胸を張っていた。

「あのね、オルヴァー。みんなわかってるから、西の塔にいるんでしょ?」
ウルリーカは、さすがに手慣れたものである。そう言われてしまっては、オルヴァーは黙るしかなかった。

「いやぁ、今日も平和だ!素晴らしい!」
誰かが言ったのを皮切りに、集まってきていた人達がそれぞれの持ち場に帰ってゆく。
(お前の周りって、変なのばっかりなんだな、ムネレイサス)
頭の中にセレスの声が響いた。

「変なのとか言わないでよ!楽しいんだから」
「だから、平和で素晴らしいって言っただろクソガキ」
ちょうど、執務室から出て行く皆をマルティアスが送っているところで、自分の口から飛び出す会話は、誰にも聞かれなかったようだ。

「うん、平和でいいね、ここは」
ムネレイサスの耳には、確かに誰かの声が聞こえた。マルティアスだと思ったのに、本人は目の前で、去って行く従者達と話している。
「もしかして、今のって、君?」

マルティアスの後ろに姿を現したままの、同じ顔の精霊。
「俺の声が聞こえるのかい?」
不思議そうな表情で、炎の精霊はムネレイサスに近づいてきた。

「よう、ネオン。久しぶり」
「ええっ、まさかのセレスなのかい?君、人間嫌いじゃなかったの?」
「うるせー!」
マルティアスの精霊相手に、一人で喋っているムネレイサスの姿に、さすがにオルヴァーやウルリーカも気がついた。

「言っておくけど、今喋ってたの僕じゃないからねっ!セレスが、マルティアス兄上の精霊と喋ってたんだからねっ!ま、まだ落ち着いてなくて、僕の精霊が勝手に、僕の口使って喋るだけなんだからっ!」

「あんた、マルティアス様の精霊の声、聞こえるの?」
「うん、聞こえるよ?…そういえば、こないだまで聞こえてなかったかも」
セレスと会話しすぎて、すっかりそのことを忘れていたムネレイサス。

「まじでまじでー!ちょっとちょっと、精霊様どんな声?すげーなおい!」
興味津々で寄ってくるオルヴァーは、ムネレイサスの精霊よりも、マルティアスと同じ顔の精霊のことの方がよっぽど知りたいのだ。
「うんとね、マルティアス兄上とおんなじ声。喋り方も一緒」
「ってことはなに?マルティアス様と精霊様が同時に喋ると、マルティアス様の声が二人分?なにその天国!」

「いや、その…。天国?あっそう…」
それはオルヴァーだけだと思うと、言うのも面倒くさい。
「とりあえず、精霊との契約おめでとう。で、師匠は誰なの?」
「へ?」
ウルリーカに突然、師匠と言われてムネレイサスはポカンと口を開けてしまった。

「だから、さっきオルヴァーが『うちの母に合格点もらうまで何日』って言ってたでしょ?あなた達って、同じ属性の精霊使いに、いろいろ習わなきゃ、マトモに力も使えないんでしょ?」
「つーかお前、そもそも属性なんだったんだ?めでたく精霊使いになったらしい、精霊と出会ったはいいけど、体力追い付かなくて寝てるらしい…しか聞いてないんだけど」
ムネレイサスはマルティアスを見た。ひきつった表情で視線を反らすマルティアスは、間違いなくヘルベルトからもっと詳しく聞いているはずだ。

「僕、空属性だよ。師匠がどうのこうのっていう話、全然聞いてないんだけど。もし、同じ属性しか師匠になれないなら、空属性なんて、ヘルベルト様しかいないよね?」
「ま、マジかお前っ!」
「そう。契約した精霊はセレス。自分より強いやつなんかほとんどいないから、名前隠さなくていいってさ」

「嘘…!あなた、それで、大丈夫なの?」
「今のところは全然大丈夫だよ」
「お前、もしかして、それで3日も寝てたのか?」
目を丸くして驚くオルヴァーとウルリーカ。てっきり、属性くらいはマルティアスが話しているものだとばかり思っていた。

「精霊使いになったよーって報告と一緒に属性なんて話すもんだと思ってたけど」
「それはあなただからよ。ねぇ、オルヴァー」
ウルリーカの言葉に、オルヴァーも頷いた。

「俺達みたいに、ある程度精霊使いと親しい関係にあると、『属性は?なにができるの?』って話になるけどさ、それ以外の人にとっては、精霊使いか否か、特別なことができるのかできないのか、それしか区別するものはねーよ」

恥ずかしい話ながら、オルヴァーもつい最近まで自分には全く関係ないと思っていた。また、身近にいる精霊使いが二人共火属性だったため、『精霊使いって炎出せるんだー』程度にしか考えたことがなかった。ムネレイサスがこの西の塔にやってくるまでは。オルヴァーでさえそうなのだから、他の人などお察し、ということである。

「そうなんだ。…まぁ、いいや。だからね、僕が今なんにもできないのは、セレスの力が強すぎて、僕じゃ扱えないからって、ヘルベルト様が封じたからなんだ。なんか今僕ね、精霊が見えるだけのただの人なんだって。呼んでもニケル来てくれないかもーって」

「お前んとこにあの小さいのがしょっちゅう来るのって、まさかなんか、力とか関係あったのか?」
「そうみたい。全然知らなかったけど…」
正確には全然違うんだけれど、ムネレイサスにとってニケルは友達のようなものだった。それが、なかなか会えなくなるかもしれないと言われては、気落ちするのも無理はない。

「あのさーお前、空属性なんだろ?ってことはさーもしかしてさー、お前、スカラ行っちゃうの?マトモに力使えるようになるまで?」
「ヘルベルト様は、そのおつもりらしい」
答えたのはマルティアスだった。
「ただ、今すぐじゃない。一旦帰って、用意が終わってから、迎えに来るらしい。だいたい、夏至祭終わってから、1ヶ月くらいは先だって」

マルティアスがなにも話さなかった理由がわかった気がした。属性を言ってしまえば、結局今のような流れになる。せっかく西の塔に迎え入れた弟をまた手放すことになるなんて、マルティアスが積極的に受け入れたがるはずがなかった。

「そう、なんだ。…でもほら、まだ先だし!夏至祭終わってないし!とりあえず、明日からは全力でマルティアス兄上の応援しまーす!」
つとめて明るく言ってみたけれど、マルティアスは納得していない表情だった。ただ、頭ではそうするべきだということがわかっているから、なにも口に出しては言わなかった。


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