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scen2-24 過去への旅@


目覚めた時、ベッドの横にいた兄に、3日も眠っていたことを知らされた。
「マジーでー!ってことはなに、武術大会の個人戦始まっちゃってるのー?」
「そ、そりゃ。…マルティアス兄上は、難なく1回戦勝ち抜けてるから、大丈夫だよ」
「そりゃーそうだよー!こんなところで負けてもらったら困るしー!エルメル兄上の班は、団体優勝したの?」

「あ、うん。そうみたい。結局、エルメルは一度も出て来なかったよ」
「マジ?あのルーカスって新人、超強くない?」
「……ムネレイサス。お前って、そんな、言葉遣い、だったっけ?」
「えっ?なんか違う?」

騒ぎながら階段を降りていくと、1階の応接室で兄に言われた通りヘルベルト様がユスティーナと紅茶を飲んでいた。
「実に遺憾だ」
ムネレイサスの顔を見るなり、ヘルベルトが言い放った。

「どうしたんですか?ヘルベルト様?なんかあった?」
「お、おいムネレイサス!お前、敬語、どこに忘れてきたんだよ!」
慌てて肩を叩き、小声で囁くフレデリク。

「敬語?…俺、フェルミウムが空の王だからって、敬語なんざ使ったことねーぜ?」
自分の口から飛び出してきた言葉に、むしろ驚いたのはムネレイサスだった。
「封印が甘かったようだな、セレス」
ほんの僅か、ヘルベルトの口元が引きつっているような気がする。

「えっ、ちょっと、待って、今の言ったの、僕?なんで?」
慌てて口を抑えてみるが、もはや出てしまった言葉は戻しようがない。

「ムネレイサス様。とにかく、お座りなさい。フレデリク様もどうぞ」
ユスティーナに促されて2人はそれぞれソファに座った。ユスティーナの隣にムネレイサス、ヘルベルトの隣にフレデリク。侍女が無言で紅茶を運んでくる。
フレデリクは、隣が気になって、緊張で変な汗が出ていることに気づいていたが、逃げようがなかった。

「今のあなたは、1つの身体の中に、2つの意識がある状態です。数日で、落ち着くでしょう」
「2つの意識…?要するに、僕今、二重人格ってこと?」
「わかりやすく言えばそういうことです」
「人間と契約し、常に共にある。…だけで済まないのが空の属性なのだよ」

すごい力を持ってるって聞いてたから、憧れてたけど、なんだか実際にそうなってみると面倒くさそうだなぁ…。それが、正直な、ムネレイサスの今の気持ちであった。

「他の4つの属性の精霊は、契約した人間の意識にまで干渉してくることは少ない。命令というと語弊があるが、よほど嫌な命令をされない限りは、人間の意志に従って力を振るうだけだ。しかし、空属性だけはちょっと違う」

「わかりやすく言うとね、私が今から、あなたに過去を見せようとするでしょ?私はもちろん、ランタンに今からムネレイサス様に過去を見せるわよっていう、命令のようなものを送るのだけれど、同時に、ランタンも、私のリーズと自分の力を使って、あなたに過去を見せてもいいって思ってるの。嫌だって言われたことはないんだけれど、精霊に意志がないってわけじゃないのよ」

「空属性は平気で『嫌だ』って言うのだよ、これが。それも、面倒くさいとか、相手が嫌いだとかいう理不尽な理由で」
それが例えば『あいつを殺せ』といったような命令ならば拒否されても仕方がないかもしれない。だが、空属性はそうじゃないらしい。

面倒なことにしっかり自分としての意識を持ち、眠っているときなどに身体を奪って勝手に動き回ることもあるらしい。すでにセレスは、契約した瞬間、ムネレイサスの意識を乗っ取り、力を振るって闇属性の精霊を叩き潰しているらしい。ムネレイサスが3日も眠らなければならないほど、リーズを消耗したのはそのせいだそうだ。

「じゃあ、悪いことばっかりでもないんだ」
とは言え、自分が知らない間に、勝手に自分の身体が動き回るというのは、あまり気分のいいものではない。

「長い間一緒にいれば、契約主たる人間と精霊の精神は程よく混ざり合って、上手く共存できるようになるわ。だって、契約出来たってことは、もともと相性はいいんだもの」
「そうだな、お前の場合、ユスティーナが最初に言った通り、数日もあれば、勝手にセレスが喋り出すこともなくなるだろう」

数日もすれば、セレスの言葉が突然口から出てくるのではなく、頭の中に響くようになるらしい。
(それって、混ざるとか共存するっていうより、セレスが僕の身体に慣れるってことじゃないのかな?)
「そう思ってくれていーぜ」
「あわわわ」
心の中で思ったことに対する返答として、実際に声が出る。しばらく外出は避けた方がいいかもしれない。

「私くらい長く一緒にいると、もはや同化してしまっているようなもので、気にもならないのだがね」
三千年という途方も無い期間一緒にいれば、空属性じゃなくてもそうなりそうだと、ムネレイサスもフレデリクも思った。

「ねぇヘルベルト様。その、三千年も生きてるあなたに、いろいろ聞きたかったことがあるんです」
眠っている間に、セレスといろいろな話をした。セレスは、人間と契約するのが初めてだということ。本当は人間嫌いで、面倒なことも嫌いで、だから、あの場所にいたこと。守りという名目で、寝てただけだと言っていた。本人の言葉を借りるならちょいと二千年。

二千年前と言えば、エルフの大戦争があったと伝わるのがそれくらい前だ。予想どおり、その時に、闇は、あの場所に封じられたらしい。
「どうしてわざわざ、リベラメンテの森に封じたの?」
「二千年前に、リベラメンテなんて国ねーよ」

「そ、そっか。……もしかして、人間も、そんなにいなかった?」
「森に精霊使いは住んでたぜ?それ以外は興味なかったから、俺は知らん」
基本的にやる気のなかったセレスは、ずっとあの場所に居ただけで、案外知らないことも多かった。セレスが知らないことは、ヘルベルトに聞いてみるしかないと思っていた。

「なにから話したらいいかな?」
ヘルベルトも、いろいろ聞かれるだろうことは覚悟していたような声だった。

「まず。…お母さんは、どうしてあそこにいたの?」
「えっ!?」
目の色が変わったのはフレデリクだった。ヘルベルトは、わかっていてフレデリクもこの場に同席させていた。

「それでは、ムネレイサス様。まずは、わたくしたちの、過去から、ご覧ください」
「リーズの心配はいらんぞ。いくらでも使うがいい」
伸ばしたヘルベルトの指先から、キラキラした光が出ているような気がした。あれが精霊を扱うための力、リーズなんだろうか。

「ありがとうございます、ヘルベルト様」
そう言ったユスティーナの周りから、部屋の景色が変わった。
自分たち4人だけが、異世界に飛んだようだった。間違いなく、同じソファに座っているし、目の前にはテーブルがあって触れるのに、違う景色が見えている。

少女を一人ずつ抱きかかえた馬が必死になって走っていた。
その後ろを追いかける軍勢。見えてきたのはペーデル市の城壁だろうか。

「ヴェルネリ様!ここは私が食い止めます、早くお逃げください!」
「いや、いい、カレルヴォ。俺が足止めする。早くリューディアとユスティーナを、寺院に連れて行くんだ」
走る馬の足を止めヴェルネリと呼ばれた青年は、抱いていた少女を部下に預け、馬を降りた。

「早く行くんだ」
「…必ず、戻ります!二人とも、振り落とされないように、しっかり捕まっていなさい」
「さぁ、行くよ、トリエーテッド!」
少女二人をなんとか抱き上げ、走り始めた青年の後ろで、剣を抜き、足止めを買って出た青年の周りの空気中の水蒸気が集まり、氷の柱が立った。

二人の少女はカレルヴォの手によって無事、寺院にて保護される。
「いいか、ユスティーナ。お前は絶対に、リューディア様のお側を、離れるんじゃないぞ。絶対だ」
「はい、カレルヴォお兄さま」
「心配するな、すぐにヴェルネリ様を助けて、戻ってくるからな」
青年は、二人の頭を一度ずつなでて、去っていった。それきり、二度と、会うことはなかった。

「カレルヴォお兄さまはわたくしの従兄にあたります。ヴェルネリ様はリューディア様の実のお兄さま」
リューディアの両親と兄、それからユスティーナの両親に従兄は、爵位を狙う、リューディアの叔父達に殺されていた。わずか7歳にしてリューディアとユスティーナは、二人きりになってしまったのだった。

「この後、しばらくは平和でした。私がランタンと出会ったり、リューディア様も精霊と出会ったりしたくらいです」
二人が預けられた寺院が、風の精霊を祀った寺院だったせいなのか、二人共出会った精霊は風属性だった。

「大変です、院長様!に、庭に、男の人が、倒れてますっ!」
悲鳴のような声とともに、一人の修道尼が駆け込んできた。寺院中の修道尼達が、遠巻きに男を囲んでいる。
「いってってってて、コケたぁー!」

修道尼ばかりの寺院の庭で、頭を抑えながら起き上がった男性。それこそが、若かりし頃のアルフォンスだった。
噂で聞いていた以上に、今のマルティアスにそっくりすぎて、ユスティーナの説明が入ることなしに、ムネレイサスもフレデリクも理解できたほどだった。

「私が参りましょう」
俗世間とは隔絶された女子寺院の中。男性となど、ほとんど話したこともない修道尼も多い中、前に歩み出たのはリューディアだった。7歳の少女は、すっかり成長して大人になっていた。
「リューディア様!」
「大丈夫よユスティーナ。私のソーディオは強いもの」

「あれ?もしかして落ちた場所がすんげー悪かったかな?ここって、女子寺院だったりする?」
「その通りです。ですから、どうぞ速やかにお引き取りください」
頭を下げたリューディアの顔をじいっと見つめて、アルフォンスは硬直していた。しばらくリューディアを見つめた後、すっと立ち上がって。

「俺は、グスタフ国王陛下の4番目の孫で、王太子ヨハンネス殿下の第2王子、アルフォンス・レーヴィ・マンネルヘイム。あなたは?」
アルフォンスが名乗った瞬間、修道尼たちがざわついた。明らかに怯えた様子。
「あなたに名乗る名前などありません」
しかし、リューディアは凛とした声でぴしゃりと言ってのけた。

「うわー、すごいね、俺。そこまで評判悪いんだねー、自重するよ。今日は失礼します」
すっと膝を付き、リューディアの手を取って甲に唇を落とした後、アルフォンスが剣を抜くものだから、修道尼達から悲鳴が上がる。しかし、リューディアは全く動じなかった。

「ますます好きになりそうだよ、そういうところ。それじゃあ」
剣の周りに風が舞い上がり、次第に竜巻状になって、ひらひらと手を振りながらアルフォンスは飛んでいってしまった。
「えーっ、なにあの使い方!あんなことできるの?」

「なんだ知らなかったのか?火属性も同じ要領で飛べるぞ」
「さすがに、地属性は、無理、ですよね?」
恐る恐るといった表情でフレデリクが問うた。

「お前らは重力や磁力を使えば、剣など抜かなくても飛べるだろう?ムネレイサス、お前は、そのうちわかる」
その面でもやっぱり空属性は特殊なのかな?という程度にしかムネレイサスは思わなかった。どうせセレスもリーズも封じられている。自分の体力が付けば、本当にそのうちわかるんだろう。

「今のが、父上と、母上の、出会いなのかな?」
「そうですよ。この時、リューディア様と私は17歳、アルフォンス様19歳です」
この後、アルフォンスはこの寺院を何度も訪ねて来るようになった。男子禁制の女子寺院。しかし、相手が暴れん坊と評判の悪い第2王子、しかも空から突然現れるとあっては、寺院としても手の施しようがなかった。

自分が目当てであることを悟ったリューディアは、他の修道尼達に迷惑をかけないという条件で、院長の許可を得てこっそり、人目につかぬ場所でアルフォンスに会っていた。もちろんユスティーナも一緒に。

アルフォンスの女子寺院通いは、いつしか3年目になっていた。最初は、ちょっと顔を見るだけで満足して帰っていたのが、次第に長時間話すようになっていく。しかし、初めて会ったあの日に、手を握って甲に唇を落とした以外、アルフォンスは一切リューディアには触れなかった。リューディアもユスティーナも次第に、噂ほど、悪い人ではないんじゃないか?という思いを抱くようになっていた。

更に、アルフォンスが女子寺院通いを始めた頃から、第2王子の悪い噂がどんどん減っていった。それどころか、西の海で暴れる海賊を一人で沈めてきたなど、武勇伝も出るようになっていった。勉学にも熱心で、彼の発案で作られた新型の水車にしたところ、水路の詰まりが減ったなどという話まであった。

「お前達も気づいていると思うが、アルフォンスの評判が悪かったのは、あれはわざとだ」
ヘルベルトが口を挟んだ。
「兄と、争いたくなかったから、ですね」
応えたのはフレデリク。未だしつこく王位を狙う公爵のことだ、幼い頃から、執着していた様子など、容易に想像できる。

「そうです。そして、ヘンリク様がお生まれになってすぐ、ステーン様は、アルフォンス様を、無理矢理国王の部屋に連れて行きました」
嫌がるアルフォンスの首の後ろを掴み、半ば引きずるように。
「兄上、いいのです!私は、次の王太子など、望んでいない」
「だったら証明してみせろ。とっとと行ってこい!」
アルフォンスを無理矢理蹴り飛ばした先にあったのは、大きな鏡だった。

「兄上、なにを………」
そのままアルフォンスは、鏡の中に吸い込まれていった。
「何をしているのです、ステーン様!」

最初に気づいたのは、アルフォンスの母であり王太子妃のソルヴェイだった。大きな声を聞いて、続々人が集まってくる。その中にはもちろん、国王グスタフや、王太子ヨハンネスの姿もあった。
「父上、国王陛下。この私が、必ずや、伝説の魔剣を抜いて、戻ってきてみせます」

一礼すると、ステーンも鏡の中入っていく。誰もが不安そうな表情を浮かべる中、ステーンの母でヨハンネスの第2妃ユリアだけは、むしろ誇らしげな顔をしていた。よって、ステーンが、『鏡の中の世界から剣を抜いて帰ってきた者に王の資格が与えられる』という話をこの母から聞いたことは疑いようがなかった。ユリアがどうして、その話を知っていたのかは不明だが、まだ未婚の第2王子と、すでに跡継ぎの生まれた第1王子。間違いなく、ステーンが剣を抜いて帰ってくるという自信があったに違いない。

話は逸れるが、ヨハンネスとソルヴェイは、小さい頃に親同士が決めた許嫁の仲だった。しかし、先にヨハンネスが16歳になった時、一族から王を出すことに固執するアンドレセン伯爵家が無理矢理娘を送り込む。ただ、先に婚姻関係を約束していたのはこちらだという主張が法廷で認められ、ソルヴェイが第1妃になった。が、結婚した以上やることはやらねばならない決まりである。第2妃の息子であるはずのステーンが先に生まれて第1王子となったのにはそんな経緯があった。

さて、話を戻して鏡の中の異世界である。鏡の中は時間の流れ方が違う。わずか数日で戻ってきた者もいるが、数年かかった者もいる。帰って来れなかった者すらいるという話もある。まして、王子2人がほぼ同時に入るなど、前代未聞だった。二人しかいない、ヨハンネスの血を引いた王子が二人共、いなくなってしまうかもしれないという、リベラメンテの王権にとって、かつてない未曾有の危機だった。


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