■樹氷 ■蛍火 ■鶺鴒 ■浅葱

 □title list□
 ※水色部分にカーソルを合わせると
 メニューが出ます

scen2-14 据え膳食わぬは


到着時間の関係で、5人の来賓は中央塔で迎えられ、そのまま食事会になる運びである。迎えに出たのは国王夫妻、王太子アルフォンス、4人の王子と王女が2人。それぞれの従者達。それから、リベラメンテ側の厳重な警備。

「ウルリーカ、元気だった?」
国王夫妻、王太子との挨拶を終えたシャンナ王女が、真っ先に駆け寄ったのは第1王子の従者だった。

「アンティアナ様も、お元気そうで、なによりです」
「やっぱり私、リベラメンテに来ると安心するわー」
「大丈夫ですよ、私の身長は縮んだりしませんから」

自国に帰ると、ヒールの分もプラスされて周りの男性達と同じくらいの身長になってしまうアンティアナだが、リベラメンテに来れば、平均身長程度でしかない。ウルリーカはアンティアナより背が高いし、そもそも男たちは、アンティアナが見上げる必要があるほどにデカイ。やっぱりまだ、自分の方が小さかったなぁと、ムネレイサスは心の中でため息をついた。

「ようこそ、いらっしゃいました」
来賓に頭を下げるマルティアスだが、明らかにちょっと嬉しそうである。
(兄上って、案外顔に出る人だったんだー)

面の皮の厚さになら自信があるムネレイサスである。素早く兄達を観察してみたが、しれっと、王宮警備隊員の制服で、入り口に立つエルメルはいつもどおり。第2王子フレデリクは、先日の宴の後半と同じような、穏やかな表情で、明らかになんだか嬉しそうなのはマルティアス一人。これは確実に、ヘルベルトには感付かれる。いや、恐らくもう、知られてはいるだろうけれど。

「急に来て、すまなかった」
国王ヨハンネスと挨拶を交わすヘルベルト王の前に、皆に促されてムネレイサスは進み出た。
「ヘルベルト様ー!いらっしゃい。お待ちしておりました」
「おや、ムネレイサスか。身長、伸びたなぁ。だんだんと、男らしい顔つきに、なってきたな」

頭を撫でた後、少し屈み、数回ムネレイサスの頬をつまんで微笑んだヘルベルトの姿に、小さくどよめきが起こる。ほとんどの者が、エルフの王の、そんな姿を見るのは初めてだった。視線だけで人間を射殺せるとまで言われた程の力を持ち、普段全く表情が読めない王が微笑んだ、それだけで大事件だった。

「本当ですかっ?でも僕っ、ついこのあいだ、女に間違われたところなんですよ?」
「おやおや、それは災難だったね。でもお前もリベラ人だ、どうせあと数年で、私より大きくなるのだろう?」
「そうなのかなぁ?…本当に大きくなって、病気治ったらいいなっ!」

「もちろん治るさ。私が保証するよ?」
「ほんとですかぁ?」
ムネレイサスに横を歩かせて、そのままヘルベルトは国王夫妻と共にすたすた行ってしまった。

「あの子本当に気に入られてるのね、びっくりだわ」
この日に王都に帰ってきてしまったばっかりに、迎えの列に加わっていたエッレンが呟いた言葉は、ほぼ全員の心中を表していた。
かつて、スカラ建国時に土地を提供したのがリベラメンテだということで、この二国はかなり親密な関係にある。リベラメンテはスカラとの貿易においてかなり優遇してもらっているし、たくさんの留学生も受け入れてもらっている。

だから、そんなに身構える必要はないのだが、ヘルベルトに睨まれて地図上から消えた国もあるという事実には、緊張するなという方が無理だった。

「申し訳ありません、そんなに、好き嫌いが激しい方でもないはずなのですが」
皆を促した形になったのはスカラ副王、ヘルベルトの義弟レオシュだった。国内部のことを全て実際に取り仕切っているのは彼である。

「それはあなたと比べて、ではなくて?レオシュ様」
口を挟んだのはアンティアナだった。一人でスカラを訪問し、一緒にリベラメンテに来るだけあって、彼女もエルフの王に、間違いなく気に入られている。

「なんのことでしょう?」
その場にいた人達の心を表すならば『一難去ってまた一難』。まさにこれであった。さすがに王子、王女達と近臣は毅然としているものの、警備に出てきた中央塔の従者や侍女はソワソワし始めている。

こういう時、オルヴァーなら気の効いた言葉を使って、この場を和ませることができるだろうに、なぜいない、あいつめ!とウルリーカは心の中で思った。
「好き嫌いの激しさを競うのであれば、僕も参戦させてもらいますよ」
その場を収めたのは意外な人物だった。

「恐らく父上もけっこういい線行くと思いますので、僕達がリベラメンテ代表でお願いします」
「わ、私は別に、そんなつもりはないぞ、フレデリク!」
「あれ?そうでしたか?なにやら歯車やネジが相当お好きだと聞いていましたが?でも、辛いものは確か食べられなかったような」
「お前だって肉も魚もほとんど食べないじゃないか!コーヒーとかいう真っ黒い飲み物ばっかり飲みおって」
フレデリクとアルフォンスの言葉で笑いが生まれ、空気が一変した。

「それより早く行きましょう。ヘルベルト様達に置いてかれてしまった」
アルフォンスの言葉で、残っていた一同も歩き始める。フレデリクの意外な機転に、驚いていたのはウルリーカだけではなかったが、何も言えずに黙っていたマルティアスに対する不安を感じていたのは彼女だけだっただろう。

広間に用意された会場で、この日やってきた他の二人も紹介される。一人はアンティアナの執事、ステファノ・ラウリーニ。それから、シャンナ女性騎士団長ナタリーナ・ベネデッティ。初老のステファノは、長旅に疲れた様子だったが、予定を早めてしまったことを、ひたすら謝り続けてペコペコ頭を下げる。それとは対照的に『しつこいと嫌われるぞ』と、ばっさり切り捨ててしまうナタリーナ。

(そういえばシャンナは女性の方が強いって、エルが言ってたっけ)
女性騎士団なんてものが存在するのも激しく納得した。

国王夫妻の向かい側には当然ヘルベルトとレオシュが座ったものの、『お前はこっち来なさい』と呼ばれ、ムネレイサスはその隣になってしまう。本来なら、第4王子など、末席のはずなのだが、誰も反対意見を言わなかった。 どんな手を使ったかは知らないが、とりあえず本当に気に入られているらしいから、この子がいれば、対スカラ対エルフに関してこの国は安泰だと、誰もが思っていたのだ。

ヘルベルトの隣に座ったムネレイサスは、そっと、彼を見つめる。きれい、美しい、魅力的、不思議。…この世のどんな言葉を使っても、エルフの美貌を正確に言い表すことはできないような気がした。

ムネレイサスの例外を除けば、予定通りに席に着き、食事が運ばれる予定だったのだが、アンティアナも、ウルリーカとナタリーナが従者同士で偶然並んだのを見つけて『私はあっちがいい』と言い出した。

すでにムネレイサスがヘルベルトの隣にいる以上、誰も反対できず、アンティアナとウルリーカ、それにナタリーナの3人が並んでキャッキャ話ながら食事を待っている姿に、皆の視線が集中していた。第1王女パニーラと、第3王女エッレンも、女性の集まりの方に来るよう、アンティアナが声を掛けたが、二人共断っている。

「ねぇねぇ、ヘルベルト様。今僕が書いてる論文、読んで欲しいんですけど」
「いいよ。夏至祭の間は、こっちにいる予定だからね」
「やったぁ!」
「ムネレイサス、ユスティーナは元気か?」
「うん、元気だよ!1回でいいから、会って欲しいなぁ」

「もちろんだよ。私も話があるのだ」
「ほんとー?ありがとうございます!」
皆が一番心配していたエルフの王は、終始この調子で、食事会は和やかな空気のまま、何事もなく終わった。

昨年までなら、いろいろ理由を付けてこの場には出て来なかっただろう第4王子が、今年は西の塔にいるおかげで出てきた。ムネレイサスを離宮から引っ張りだしたマルティアスに、皆、ひっそりと心のなかで感謝したという。

************

食事会の後、ヘルベルトはヨハンネスと二人で話があるということで、残りの4人だけが先に西の塔にやってきた。各部屋に案内し、なにかあったら呼んでくれるよう頼むと、なんだか肩の荷が一気に降りた気分だった。

いつもと同じようにヘルベルトと話していただけなのに、パニーラやエッレンが自分を見る目が明らかに変わった。ヴィクトルなんか尊敬の眼差しだった。
「そんな怖くないと思うんだけどな」
自分は気に入られているから?でも、物心ついた頃から自分とヘルベルトはこんな感じだった。どうして、何がきっかけで気に入られたのか、さっぱりわからない。

「お帰りなさいませ、ムネレイサス様」
サーラが迎えてくれる。なんだろう、自分の部屋に、久しぶりに戻ってきたような気がした。

「ああ、ただいま。サーラ、お茶にしよう?」
「はい、用意して参ります」
サーラが運んできてくれた紅茶を飲みながら、昼間エッレンに南二の塔に連れて行かれたこと、エレノア様にどう接したらいいのかわからないことなどを話した。

「また、いつでも遊びにおいでって言われたんだけどー、そう言われたって、どんな顔して行ったらいいのかわかんないよねぇ」
侍女と二人、だらだら話しながらこうやって飲むのが、一番落ち着く。話す内容は、他愛もないものばかりだったけれど。

「ムネレイサス様。…昼間、食堂で仰っていたことなんですけど」
「昼間?食堂で?」
「自分なら、手を出すかもしれれない、と」
ああ、マルティアス兄上とダニエラ姫の時の話か。確かにそう言った。

「今夜、私と、寝てください」
「そ、それは、どういう…?」
「私、あなたがいいんですっ、だから、わたし…」
ティーカップを置いたサーラに抱きつかれた。

(ちょっと待ってこれって、『据え膳』ってやつですか?)
いくら天下一のマセガキと言われたムネレイサスでも、この展開は初めてだった。

「あのね、えっと、ありがとう。でもね、サーラは、僕の侍女だから、そう思ってくれてるだけだと思うんだよね?」
溢してしまう前になんとか腕を伸ばしてティーカップをテーブルに置いた。
「そんなんじゃありません!」
しがみつくサーラの頭を撫でて、なんとか宥めようとするが、なかなか手ごわい。

「でも。…どういうことするか、わかってる?」
「なんと、なく…」
「もちろん経験は、ないよね?」
「あるわけないじゃないですかぁっ!」
両手で顔を覆い、ムネレイサスから離れたサーラの耳が赤くなっていた。

もしかして、昨夜の宴で、東の塔の侍女メルヴィになにか言われたのかな。あの人は、精霊が見えてるみたいだったから、フレデリク兄上とはそういう関係だってことだし。でも、あの人、いつ王宮に来たのかは知らないけど、年齢的にはベテランなんだから、サーラが気にすることはないんだけどなぁ。

そう考えると、自分だったらどうするか、わざわざサーラが聞いてきた理由もなんとなくわかる。探っていたんだろう。

「あのね、サーラ。世の中に、男って、僕だけじゃないと思うんだ。いくら専属だからってさ…」
「私には、貴方様しかおりません」
再び勢い良く抱きついてきたサーラに、押し倒されたような格好になった。

「愛しい方に、求められたいと願うのは、いけないことなのですか?」
潤んだ瞳を向けられて、ムネレイサスはもう、限界だった。
「サーラ」
そっと頬に両手を当て、引き寄せて唇を重ねる。
一体、いつからサーラは、自分に対してそんなことを思っていたんだろう。

身体を起こしながら、長い口付けを交わす。今までそういう目で見たことなかったけど、この子けっこう胸大きいぞ。
唇を離すと、とろんとした表情でサーラはムネレイサスに体重を預けた。

「私、嬉しい」
「そう言ってもらえたなら、良かった」
「だって、ムネレイサス様、いつも、額とか、手の甲にしか、してくれないんですもん」
「うん。そこを責められるとは思わなかった」
まさか自分の侍女が、唇にキスして欲しいと思ってるだなんて、想像したこともなかったムネレイサスである。

「本当に、僕で、いいのかな?」
「私、ムネレイサス様が、好きです」
「ありがとう」
僕は正直、よくわからない。でも、今はサーラの気持ちに応えようと思った。

「腕、回して、うん。そう」
リベラ人にしては小柄なせいか、自分でもサーラを抱き上げることができた。
「きゃっ!…わ、わたし、お姫様抱っこなんて、されるのは初めてですっ!」
「本当に?そりゃ良かった。頑張りまっす」
なるべく素早く、サーラを抱いてベッドまで移動した。ゆっくりゆっくり下ろして上げたつもりだったけど、腕が疲れて軽く息が上がった。どうして自分はこんなに非力なんだ。

「大丈夫ですか?ムネレイサス様?」
「うん、大丈夫!…サーラは?決心、鈍ってない?」
靴を脱がせてあげて、長いスカートの中に隠れていた足首に触れた。ゆっくりと手のひらを滑らせて、すね、ふくらはぎ、それから膝。

「はい!」
笑顔で即答したサーラを抱き寄せて、押し倒しながら、もう一度、唇を重ねる。
耳、首筋、ボタンを外して鎖骨と、唇を落としてゆく。そのたびに、ぴくんぴくんと身体が跳ねた。

「サーラ、声、出していいんだよ?」
「でっ、でもっ、恥ずかしいです…」
消え入りそうな声で顔を背けたサーラをいとおしく感じた。

「大丈夫だよ。サーラは綺麗だから」
いいながら、するすると制服の袖を引いて腕を抜く。スカートも脱がせて、下着だけの姿にさせてから、自分も脱いだ。

「知ってたけど、やっぱ僕って貧弱だねー」
胸板とか、薄いとしか言い様がないし、手首なんかサーラとあんまり変わらないよ。

「でも、それもムネレイサス様ですもの。ゆっくり、鍛えていけばいいと思います!」
「そーだね。ありがとう」
再び覆い被さって、口付けを交わし、柔らかい胸に顔を埋めた。サーラが小さく、声をあげた。


►next scen2_15 変転の朝




















No reproduction or republication without written permission.