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scen2-12 tragicomedy@


マルティアスの部屋に来ていた女性が、文部大臣の妻の妹の末娘、ダニエラ・ユーセフソンだと判明するのに、そう時間はかからなかった。なぜなら、西の塔の出入り口は一箇所、そこには必ず、王宮警備隊員がいるからだ。

また、広いといえど、まさに壁に耳あり障子に目ありの王宮内。必死に送って行くから帰ろうと、説得するマルティアスに、『このまま帰ったらどんな目に遭うかわからない』と、ダニエラが泣きつく姿も、ちゃんと目撃されていて、本人の証言が間違いないこともすぐに判明した。

『なにもしてないなんてマルティアス様らしい』と絶賛する派と、『このままで、妃が来なかったらどうしよう』と心配する派、西の塔の侍女も従者も厨房係も衣装係も掃除係も馬番も庭番も風呂番も、皆が口々に噂しあっていた。ただ、唯一全員に共通するのは、誰一人マルティアスが無理矢理連れ込んだなどとは、微塵も思わなかったところである。

「ムネレイサス様ならどうですか?」
「…なにが?」
「そういった状況になったら、手を、出されますか?」
「ああ、そういうことー?」
食堂で、皆の噂話を聞きながらサーラと二人でお茶を飲んでいた。自室じゃないのは、みんなの噂話が面白かったからだ。

「出しちゃうかもねー。だって、14歳って言っても、僕よりは年上だからさー」
それまで、好き勝手に噂しあっていた食堂中の人が、一斉にムネレイサスに注目した。

「いやー、さすがムネレイサス様だなぁ!」
「むしろ弟の方が大者になったりしてね!」
「さすが天下一のマセガキ!いよっ、天才」
口々に笑いながら好きなことを言ってくれるこの雰囲気。こういうところがもう、東の塔とは全然違う。

「そんなこと言ってるけど、みんな結局、純情で鈍チンなマルティアス兄上が好きで、ここにいるんでしょー?知ってるんだからねー」
一瞬、皆が、我に返ったように笑うのをやめて、それからまた。

「当たり前じゃないですか!」
「そうそう、オルヴァー見てりゃわかるでしょ?あの人は、私らの代表みたいなもんだよ!」
さすがにそれは言いすぎじゃないかとは思ったけど、みんなの気持ちは痛いほど伝わった。

「うん、僕も、みんなと一緒だよ。マルティアス兄上は、マルティアス兄上だから、大好きなんだ」
早くいい妃が来て欲しい。早く跡継ぎが見たい。
ムネレイサスは初めてだったが、各地から領主や有力者が集まる夏至祭のこの期間、毎年西の塔は、どこかの姫がマルティアスを射止めてくれないものかと、気をもんでいるのだった。

「ムネレイサス様いらっしゃいますか?」
そこに、侍女が一人駆け込んできた。

「はーい、ここにいますー」
「国王陛下が、各塔代表者一人来るようにとのことなのですが、マルティアス様は寝てらっしゃるし、ウルリーカ様は休みでいらっしゃらず、オルヴァーさんも取り込み中みたいで…」
「僕でいいなら行ってくるよ?」

ムネレイサスはサーラと一緒に立ち上がった。
「なんだろうね、急に」
一人で行けるから大丈夫と告げて、ムネレイサスは中央塔への回廊を歩き始めた。

************

ムネレイサスが中央塔に行くと、それぞれの代表がすでに到着していた。
東の塔はヴィクトル、南二の塔は王太子アルフォンス。南一の塔は第1王女パニーラ。南三の塔は、エルメルの代わりに王宮警備隊員のパーヴァリ。ひきつった表情で半分泣いていた。

「明後日から、スカラ国王とシャンナ王女が来る予定になっていたのは知っていると思うが」
困り切った表情でヨハンネスが話し始めた。
「先程連絡が入り、『会談終わっちゃってヒマだから今から行くわ』と。今夜にも、お二人が、ごく近臣だけを連れて、到着されるようなのだ」
「やったぁ!ヘルベルト様に論文見てもらおうー!」
集まった皆が、『どうすんだそれ!』といった表情でざわめく中、歓喜の声を上げたのはムネレイサスだった。

「そういう問題ではありませんよ、ムネレイサス!」
鋭い声で、ぴしゃっと言ってのけたのは、第1王女パニーラだった。

「そうなの?だって、ごく近臣だけで来るんでしょ?残りの人数は予定通り明後日。だったら、とりあえず今夜は空いてる部屋に入ってもらうしかないんじゃない?明後日に予定の部屋に移ってもらえばいいじゃない」

大人が集まって、なにを悩んでいるのだろうと、ムネレイサスは不思議に思った。
「ムネレイサス。確かにそうなのだ、お前の言うとおりなのだ。しかし、誰がそれを伝えるのだ?」
頭が痛そうな顔でたしなめたのは父だった。
「そうですよ。アンティアナ様はいいとして、いや、よくはないのですが、問題はヘルベルト様です。エルフの王ですよ?」

ヴィクトルも厳しい表情だった。どうやらみんな、エルフの王ヘルベルトが怖いらしい。確かに、強大な力を持ってるとか、なにを考えているか表情が読めないから怖いとか言われているのは知っているけれど。

「ヘルベルト様、前に僕の部屋で一緒に寝てもいいって言ってたけど?なんでみんな、そんな怯えてるの?」
「だ、だったら全員、明後日まで西の塔に入ってもらいなさいっ!私は知りませんっ!!」
ヒステリックな声を上げて、王の部屋から出て行ってしまうパニーラ。

「あ、ああ、あ、あ、あ、あの、わ、私も、お呼びじゃないので、も、も、戻っても、よろしいでしょうか?」
僅かにヨハンネスが頷いたのを見て、パーヴァリも慌てて出て行った。

「近臣だけで到着って、今日は何人いらっしゃるんですか?」
「5人だそうだ」
「じゃあ、西の塔だけで大丈夫じゃないですか?部屋空いてると思うよ?」
確かにその通りだ。しかし、ヨハンネスの眉間の皺はなくならなかった。せっかく、2ヶ月も前にシャンナに行って、あの王女に釘を刺してきたというのに、みすみすマルティアスと一つ屋根の下を許してしまうとは。この賭け、吉と出るか凶と出るか。

「そうだな、ムネレイサス。お前を信じよう」
今回は、この子に賭けてみることにしよう。

しかし、ヨハンネスの意図はさっぱりわからず、信じるってなんだろう?としか思わないムネレイサス。
「では、解散」
早速戻ってみんなに報告しようと思っていたら、国王の執務室を出たところで、父に呼び止められた。
「ムネレイサス、ちょっと来なさい」
「…?はい」

急な来賓が5人、西の塔に来ることは、中央塔の侍女が、アルフォンスの命で走った。
南二の塔の、父の執務室に入るよう言われ、父と二人きりになったムネレイサスだが、なにがなんだかさっぱり、意味がわからない。
「座りなさい」
ソファに座るよう言われて、向かいに座った父を観察してみるけれど、言ってみれば苦渋の表情だ。

「ヘルベルト様、そんな怖い人じゃないと思いますけど?こちらの用意ができてないの、わかってて来るんだろうし。…って、人じゃないけど」
「実はあの方はそんなに、心配はしていない。お前の言うとおりだ。ヘルベルト様は、お前を養子にしたいと言ってくるくらいだからな、西の塔で良かったと思う」
「えっ?そうなんですか?」
まさかエルフの王が、自分を養子にしたがっていたなどという事実は、もちろん初耳のムネレイサスである。

「おや、知らなかったか?確か5歳だったか、お前がエルフ語をすっかり覚えてしまったと聞きつけてから、私の顔を見る度に第4王子を養子にくれと言ってくる」
「全然知りませんでした」
父は断ったのだろう。だから、自分は知らなかったわけだけれど。

「…スカラに行ったら、病気、治ったりして」
「それも言われた。しかし、お前を養子に出す気はない」
父はきっぱりとそう答えた。

自分の身体が弱くて、ほとんど病院暮らしだったせいもあるとは思うけれど、ユスティーナに任せっきりで、ほとんど話したこともない父が、断ったというのが、なぜだか不思議だった。もしかしたら、全然会うことがなくても自分はちゃんと愛されていたのだろうかというふうにまで思えてくる。

でも、病気が早く治るかもしれないなら、行ってみたいと、思わなくもない。もし、好きなだけ走り回ることができたなら、自分の人生はどんなだったのだろうと、考えたことがないわけじゃないからだ。強い力を持った精霊が、自分を選んでくれただろうか。

「ムネレイサス。昨夜、マルティアスが女性を部屋に泊めたらしいと聞いたが、どうなったか知っているか?」
話題を変えた父が尋ねたのは、意外なことだった。
「知ってます。『俺はなにもしてない!指1本触れてない!』って、本人が今朝言ってました。ソファじゃ寝れなかったみたい」

「それでお前が来たのか、そういうことか、あの朴念仁め…」
アルフォンスは深いため息を落とした。無口で愛想がないわけじゃないとは思うんだけど、それは自分が弟だからなんだろうか?父が口にした言葉の意味をついつい考えてしまう。父はむしろ、ダニエラ姫と兄がいい関係になることを望んでいたんだろうか。

「お前、アンティアナ様とマルティアスのことは、知っているか?」
眉間の皺を一層深くして、更に父は尋ねた。
「…父上がご存知なら、全然秘密の関係になってないですね」
返答を聞いて、再びアルフォンスはため息をついた。

「ムネレイサス。私は、お前たちが、誰と結婚したいと言って、どんな人を連れてきても反対しないつもりでいた。もちろん今でもそのつもりだ。だが、マルティアスとアンティアナ様だけは駄目だ、わかるな」

「うん。…僕も、兄上どうするつもりなんだろうって、思ってた。フレデリク兄上は、医者になりたいって言ってるし、エルメル兄上はあのとおりだし、僕も、研究してる方が好きで、とても人の上に立つような人間じゃないと思う。ごめんなさい。…王子は4人もいるけど、お祖父様と父上の後を継ぐのは、マルティアス兄上しかいないんだ」

13歳の末の息子でも考えればわかることなのに、どうして一番上が理解しないのだろうと、アルフォンスは頭を抱えたくなった。確かに末の息子は特に聡いけれども。

「なんとかして、1日も早く、別れていただかないと」
「それは多分、アンティアナ様に言った方がいいと思うよ。マルティアス兄上は、多分駄目だと思う」
自覚がないという点に関しては、オルヴァーでさえ解決策を見つけられずにいたのだから。

なにかあったら報告してくれと頼まれ、ムネレイサスは父の部屋を後にした。
ムネレイサスは、とうとう最後まで、胸につかえた一言を言えなかった。
『僕だったら、いいんですか?』と。

どうせ、まだ男だとも思われてないだろうけど。
西の塔に行ってから、少し身長は伸びたような気がするけど、でもきっと、まだ僕の方が小さいんだろうなぁ。アンティアナ様、ウルリーカと同じくらいあるんだもんな。
「あーら、誰かと思ったらムネレイサスじゃないの、辛気臭い顔して!」
気を取り直して帰ろうと思ったら、回廊を反対から歩いてきた女性に声をかけられ、ビクッと身体が震えた。

「え、エッレン、姉上…。帰ってらしたんですか?」
「あーらあんた、まだ精霊いないの?相変わらずねー!ちょっとお茶しましょ」
がっつり肩を組まれて、そのままずるずる引きずられるように南二の塔へ逆戻り。

第3王女エッレンも、エルメル同様母方の血を濃く引き、茶色の髪を持つ、見た目が完全にセーモ人である。その特徴を活かして、彼女は『リーサ・マイヤラ』という偽名で王女の身分を隠して学院に入った。専門教育過程からはセーデン州の学院に移り、未だ在学中ながら、その伸びのある歌声には定評がある、各地を公演して回るプロの歌手でもあった。

「南三の塔行ったら、エルメルおにーさまいなかったのよねー。武術大会の予選も出てないし、どこでサボってんのかしらー?」
エッレンが離してくれないから、仕方なくまた、ムネレイサスは南二の塔の階段を昇る。

「え、エルメル兄上、予選には出ないと思うけど…?決勝に向けて、秘密の特訓でもしてるんじゃないの、かな?」
「それもそうねー。お母様、ただいまー!」
勢い良くエッレンが扉を開けた瞬間。泣いている1歳のイェレナに『たかいたかーい』をする、王太子アルフォンスの姿と、ちょうどお菓子を運んできたエミリアが、同時に二人を見た。

「あーら、お父様もいらしたの?ただいまー!夏至祭終わるまで私、こっちにいるわ!」
「む、ムネレイサス…。戻ったんじゃなかったのか?」
孫を抱いたまま、恥ずかしそうに父が顔を伏せた。

「どうしたのよ、お父様?いっつも『おじいちゃんでしゅよー?』って言ってるじゃない?お母様、なにか飲み物ちょうだい。ムネレイサス、つっ立ってないで相手しなさいよー」

エッレンの隣に座らされたものの、エミリアが頷いてくれてなんとかまだ生きていられるような心地だった。イェレナを抱いたエミリアとアルフォンスが自分たちの向かい側に座る。

ムネレイサスは瞬時にいろいろなことを理解した。
とりあえず、孫は、目に入れても痛くないというが、どうやら本当らしいというのがひとつ。さっきまで眉間にものすごい皺を寄せていた父の表情が別人のようだ。しかも『おじいちゃんでしゅよー?』って言った?姉上?あの父上からは想像できないよ。

続いて、父と第3妃エミリア様は噂に聞いた通り、本当に仲がいいんだなってこと。そして、最後に。

「エッレン姉上、最強っす」
「なに言ってんのよあんた?…ねぇ、どっかにおにーさまみたいな、体育会系で単純で、扱いやすい男いない?」
「エルメル兄上に、部下紹介してもらったらいいんじゃないかな?僕の周りは、気難しい学者しかいないよー?」

「それもそうだったわね。おにーさまどこいったのかしら?」
紅茶もケーキも、自分の分まで出してもらって、ますます逃げづらくなってしまった。

「そんなに固くならなくて、いいのよ?ムネレイサス様」
「あ、はい、すいません」

そうは言われても、ほとんど来たことのない南二の塔で、しかもエミリア様の部屋だなんて、緊張するなという方が無理な話だ。隣にいるのは間違いなく姉だし、向かいは父だし。でも、父の隣は、姉の母なのであって、自分の母親ではない。結構自分だって、複雑な生い立ちじゃんと、つい思ってしまったことがおかしかった。

「ねぇ、あんた彼女できた?」
「なに言ってるんですかっ?」
エッレンは、何事も遠慮なくずけずけ言う性格だった。特に、唯一年下の自分には容赦がない。

「ああ、その前に友達だったかしら?今、マルティアスお兄さまのところにいるって聞いたんだけど」
「友達は。…一人、できました」
「あーら、良かったじゃない!やっぱり離宮と学院や研究所の往復だけじゃ駄目ってことねー?」
もちろん友達とは、エーベリトのことである。多分、友達って言っても、いいよね、エルだったら。

さっき、中央塔に集められていたときの王宮警備隊員の気持ちがよくわかる。僕も泣きたい。
だって、なんかもう、僕、すっげー場違いすぎて、胃が痛くなりそうなんだけど?


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