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scen1-26 忍び逢い


抱っこしている身体が細くて小さくて。腕枕しても全然重たくなくて可愛くて。
そろそろ朝なのはわかっているけど、もう少しこのままでいよう。
そう思っていたら、いきなり名前を呼ばれた。それもフルネームで。

「エーベリト・イザイア・ノルデンショルド」
あれ?俺、ムネレイサス様にフルネーム教えたかな。っていうかムネレイサス様は今俺の腕の中。声は上から聞こえた気がするんだけど。
「おい、エーベリト」
「…誰!?」
枕元に、真っ赤な服で少年のような顔だちの、小人が立っていた。

「ちょ、な、なに、なんなのーっ!!」
「うるさいよ、お前」
「なあにいー?」
ムネレイサス様も目を擦りながら起き上がった。

「なんだよー、朝からどうしたのニケル。エーベリト、もうちょっと寝よ」
俺の腕を引っ張って、再び布団に潜り込むムネレイサス様に合わせて、俺も横になった。
うん、気にしなくていいんだ、きっと。

「おい、こらエーベリト!」
うわーん、やっぱり気になるよ、助けてムネレイサス様ーっ!!
ムネレイサスの耳にも、ニケルの声は聞こえていた。

誰かに抱っこされながら眠る心地好さってものに目覚めてしまったかもしれない。それがオルヴァーのせいだってのがなんだか悔しいけれど。
気持ちよくて、暖かくて、ずっとこのまま、微睡んでいたい。
そんな朝の一時を、突然破られた。

「おい、こらエーベリト」
「ムネレイサス様ー助けてー!」
「……もう、どうしたのニケル?朝からなに?…………あれ?」
エーベリトって、精霊見えないって、言ってなかったっけ?

「なんか変なのいるー!」
起き上がったらエーベリトが半泣きでしがみついてきた。
「失礼なやつだな!?」
「エーベリト、もしかして見えてるの?」
「この赤い小人ー?見えてるー!なんで俺ー?」

「ムネレイサスの力が移ったからだよ。教えに来てやったのに、失礼なやつ」
小さい身体で思いきりふんぞり返ったニケルを見て、眠気はぶっ飛んだ。

「移るってのは知ってたけど、なんでたった1回で?それに、僕なの?」
何度も身体を重ねていると、精霊使いの力が文字通り移る。それは知ってた。オルヴァーが平気で精霊見えてるのも、マルティアス兄上といっぱいしてるからだと思う。
でも僕は、まだ『精霊使い』じゃないし、それに、昨夜初めてエーベリトと身体を重ねたんだけど。

とりあえず、森の精霊で、イタズラ好きだけど悪い子じゃないよって、なんとか宥めたらエーベリトは納得したみたい。
ニケルが言うには、僕は、精霊使いとしての素質はけっこうなものがあるそうだ。
王子なんだから当然なんじゃないの?って聞いたら、そういうことじゃないって言われた。よくわかんない。

潜在的に、精霊と契約して精霊の強い力を使うっていう面において、かなり高い能力を持っているものだから、それがエーベリトに移ったらしい。たった1回で移るっていうのは、ニケルもほとんど聞いたことがないって言ってた。

「えーっとぉ、要するにー、ムネレイサス様は、精霊使いじゃないけどー精霊使いみたいなすごい力を持っててー、えっちしたらその力が俺に移っちゃったから、俺も精霊が見えるようになったーってことでいいのー?」

「うん、だいたい合ってる。…そういうことみたい」
普通こういうのは成人する頃習うんだって。王宮では1年早く14歳の誕生日、らしい。早めに習っておいて、いざという時に恥をかかないようにという意図があるからで、上流階級はちょっと早めの傾向があるようだ。その年齢になってないくせに、えっちなんかするからこういうことになるんだって、おかげでニケルには『マセガキ』を連呼された。

「どうせマセガキですからー」
「えーっ、マセガキだろうとなんだろうと、ムネレイサス様可愛いからなんでもいいよー!ニケルさん、これからよろしくね」
ニケルの小さな手を取って、エーベリトは握手をしていた。

「気安く触んじゃねーよ!なんなのもう、こいつ!ムネレイサス、なんとかしろ!」
「えー?なにがー?ちゅーしてあげるから怒らないでよー」
「いらねーよ!!」
「しーらないっ!!」
明らかに、自分のペースを乱されて困っているなんて。そんなニケルは初めて見た。

「ねーねー、もしかしてー、ニケルさんはー、俺が昨夜みたいなことになって困ってるような時って、ムネレイサス様遊びに来てーって、連絡取ってくれたりするのかな?」
ニケルって名前に聞き覚えがあると思ったら、昨夜僕が、窓から呼んでいたのがそうだと思ったって、だからそういうお手伝いをしてくれる精霊なのかなって、エーベリトは言った。

「俺は別に人間の召使じゃねーぞ!」
「別に召使だなんて思ってないけどー」
「ニケルは、お願いごとはよく聞いてくれるよ。ただ、何にもなしでは駄目。宝石が大好きかな」

「そうそう!」
くるんと宙を舞ってエーベリトから逃げたニケルは、僕の頭の上に乗った。実はニケルは、どこに乗ってもらっても全然重さを感じない。そもそも精霊だから、重力とか考えちゃいけないのかもしれないけど。

「宝石なんて持ってないやー、残念ー」
「僕もそんなに宝石なんて持ってないよ。だからね、黒曜石とか、孔雀石とかー。最近は天藍石の塊もらったから、小出しにしてるー」

そういった、鉱石は、街中のお店でも普通に売ってたりする。まじないとかに使うらしい。あとは、精錬して染料にしたりとか。純度の低いものは安いけど、それでも全然構わないから見つけたら買っておいたり。いろんなものが混じりすぎてて綺麗な色が出てない鉱石でも構わないっていうのは、そういった、混ざり物の鉱石を集めて、精錬するのが好きだから。誰がって?もちろんニケルが。

「なるほどねー、そういう鉱石でもいいんだー」
「小出しにしないで天藍石の塊、全部くれよ!」
「やーだよー」
ひとしきり笑った後、そろそろ帰らなきゃと思い出した。

「とりあえずお湯だけ浴びて帰りなよー。地下に行けばけっこう広いお風呂があるんだけど、時間ないかな?今度ね!…って、王宮にも広いお風呂はあるよねー」
「そうそう、中央塔ってところに、すっごい大きいお風呂あるよー」
エーベリトの部屋の端には、2人くらい入れる広さのお風呂があったから、ちょっとだけ入らせてもらってから、僕は帰ろうと思った。

お風呂に入っている間に、ニケルの姿は見えなくなっていたけど気にしない。いつも気まぐれで出てきて、気まぐれでいなくなるのが精霊だから。
「ねぇー、また来てねー」
「うん、もちろんだよー。今日行くよーって手紙、さっきのニケルに頼んだりするかもー」
「あはは、それ、超楽しみー」
笑いながら外の廊下へ繋がる扉を開いた時だった。

「!!」
なにかに気づいたエーベリトが慌てて扉を閉める。
「どうしたの?」

「なんか、ちゅーしてる音が聞こえた。アレクシ様かも!」
しぃーっと、声を出さないようにそうっと、再び扉を開けると、確かに聞こえる。ボソボソと小さな話し声と、合間合間にチュッチュッっていう、唇が触れ合う音。

「アレクシ様の好きな人、見てやるんだ」
足音を立てないように、立てないように2人は階段まで廊下を進んだ。別に僕は、アレクシの好きな人に興味はなかったけど、昨夜あれだけ『アレクシ様のカッコイイところベスト50!』とか聞かされてたから、なんだか面白そうって、思ったんだ。

「いつ来てもいいから」
「うん」
「溜め込むんじゃねーぞ?」
「うん」
結構熱烈だなー。一言なんか言う度に、頷く度にキスしてる。2人は階段の下にいて、あそこを右に曲がればお店のカウンター、更に階段を下に進めばお風呂だって、さっきエーベリトが言ってた場所。

「今度は……おいっ!」
こっそりこっそり距離を詰めて、とうとう階段の一番上まで来たけど、とうとうばれちゃった。って言うか。
「な、なんで…」
「うそぉ…」

アレクシと抱き合って、キスをしていた人物を見て、僕は固まってしまった。もちろん向こうも唖然としてる。
「フレデリク兄上、なんで?」
「なんでお前がここにいるんだよ、ムネレイサス!」
「えっ?ちょっと待って、どういうこと?今ムネレイサス様、兄上って言った?」
「エ、エル、てめえ、なにやってくれてんだぁあぁあぁ!!!」

4人がそれぞれの反応をして見せたが、ものすごい勢いで階段を上がってきたのは、下にいた2人だった。
「エルてめえちょっと来いっ!」
「ムネレイサス、帰るよっ!!」

駆け上がってきてエーベリトの腕を掴んで、手前のアレクシの部屋に入った2人だったけど、すぐにアレクシだけが出てきた。ムネレイサス様またねーっていう、エーベリトの声が聞こえてくる。

僕の腕を思い切り引っ張ったフレデリク兄上は、ちょっとでもタイミングずらしたら転げ落ちそうなくらいのスピードで階段を降りて行く。そして、店の正面の扉から、アレクシの店を後にした。振り返ると、アレクシが、『本日休業』という看板を叩きつけるように扉に出して、また店の中に入っていった。

フレデリク兄上に手を引かれたまま、路地を抜けて大通りに出ると、横から女の人の声がする。
「フラン様、こちらです」
無言のままフレデリク兄上は声の方に向かったから、きっとフランってのは、フレデリク兄上の偽名なんだろうと思った。僕だって昨夜はミカちゃんだったし。

迎えに来ていた女の人が怪訝な顔をしていたけど、とりあえずそのまま無言で僕は馬車に乗せられた。
馬車が走り始めてから、フレデリク兄上は迎えの女の人に『そこで捕まえた。第4王子のムネレイサス』と、僕のことを紹介した。女の人は、東の塔の侍女さんで、メルヴィって言うらしい。

「ムネレイサス。…お前、いつからエルと、そういう関係なの?」
「いつからって言われてもなぁ。…泊まったの、昨日が初めてだったんだぁ」
「別にいいけどさぁ、お前さぁ。…自分が未成年だってこと、わかってる?」
僕はなんだか不思議な違和感を感じた。

フレデリク兄上って、もっと怖い人だったような印象があったんだけどな。


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