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scen1-16 隠れ家


隠し部屋ではなく主人の部屋にいると、ヴィクトルに教えられて扉まで行ってみると、思いきりオルヴァーの喘ぎ声が聞こえていた。それも、完全にスイッチが入って痛みを欲しがる声だ。
「…くそっ」
申し訳ないが行為に夢中になっている間しか俺に勝ち目はないと、ヴィクトルは言っていた。

「ほら、出すぞ、締めろ」
「あっ、んああっ、ぁあああぁ、ひ、あ、いいっ」

(チャンスだ)
イク瞬間が、恐らく最も回りが見えなくなる時間だと思う。
「今しかねぇ」

ヘルゲは扉を蹴破り、一直線にベッドまで走った。
「なにっ!?」
そして、侵入者に気づいて力を出す公爵より一瞬早く、飛び掛かった自分の足が顔の横に入ったのを見た。人間の手のような形に変形して自分に向かってきた床は、目の前で消えた。

身体をつかまれていたオルヴァーが公爵と共にベッドが落ちそうになるが、それをなんとか捕まえて。落ちているオルヴァーの服を拾ってマントで身体を包んでそれから、ヴィクトルを信じてオルヴァーを抱えたまま窓に突っ込む。

自分に蹴られた上、ベッドから落ちて更に頭を打っていたが、公爵は自業自得だろう。できるなら、更に顔でも踏みつけてやりたいところなんだから。
2階から勢いよく飛び降り、そのままなら地面に激突するはずだったが、約束通りヴィクトルが力を貸してくれた。

感覚的には、自分達より遥かに大きなサイズの巨人のようなものの手に身体を捕まれて、きっちり減速したような。ムネレイサスを抱えたヴィクトルと、その横にヴィクトルと同じ顔をした精霊が見えて、4人揃って地面の中に吸い込まれていった。

************

連れて来られたのは、一軒の屋敷だった。
「ここは私の隠れ家です。私以外は誰も知りません。私以外の者が入るのも初めてです」
ヘルゲが空中を飛んでいるような感覚から抜け出し、気がついた場所はベッドが2つある部屋だった。

一つはムネレイサスを抱いたヴィクトルが、もう一つにオルヴァーを支えたヘルゲが座る。
「好きに使ってもらって構いません。あの扉を開くと階段があって、下の階はお風呂と厨房、食堂です。保存食ばかりですが、好きに食べて下さい」
置いてある服も着ていい、風呂は温泉でいつでも入れる、見られて困るようなものもないから、どの部屋に入ってもいいしどの部屋を使ってもいいという。

「ヴィクトル様…。なんで、そこまで、してくれるの?」
ベッドに寝かされた体勢のまま、ムネレイサスが尋ねた。妙にしゃべり方がゆっくりなのは気のせいか。

「父と兄の所業に嫌気が差したから。…では、納得していただけませんか?」
「…そう、なんだ。ありがとう」
少しの沈黙の後、ムネレイサスは微笑んだ。完全に納得したわけではないだろうが。
起き上がろうとしているのだろうが、上手く腕に力が入らないらしいムネレイサスである。

「そうだ」
突然ヴィクトルは、隣の部屋に駆け込んだかと思うと、水差しとグラスを持って戻ってきた。

「ムネレイサス様とオルヴァー殿に解毒剤です。多分効くと思うのですが…」
「多分ってなんですか多分って?」

受け取りはしたものの、ヘルゲが鋭い声を上げた。ここに着いて真っ先に縄はほどいた。しかし、オルヴァーの身体が異様に熱い。縄をほどいてすぐ、塞き止められていたものが溢れるように一度達したにも関わらず、中心は固いまま、肩で呼吸をしているところを見ると、なにか飲まされているのは間違いなかった。

「母が毒薬の専門家で…。媚薬は父に頼まれ作っているのですが、毎月のように新しい薬を作るんです」
ヴィクトルは、ムネレイサスの身体を支え、解毒剤を飲ませてあげた。

「今回父がオルヴァー殿に使ったのは新しいものです。もちろん使うからには、父は解毒剤を持っていますが、私の手元にはないのです。ただ、薬の成分はあまり変わらないので、確実に緩和はされるかと」
「そういうことならいい」
上手く飲み込めないのか、唇の端から水を溢してしまうオルヴァーに、ヘルゲは躊躇いなく口移しで薬を飲ませた。

「!…父が目覚めたようです。私は戻らないと。…明日になるかもしれませんが、必ず迎えに来ます。それまでゆっくり休んで下さい」
突然顔を上げ、申し訳ないと言い残してヴィクトルは消えた。実際にはまた地面に消えたのだが、速すぎて消えたように見えたのだ。それほど急いでいた。

後に残ったのは3人。
なんとなく気まずい沈黙が流れる。
「…助けてくれて、ありがとう」
「いえ、私は」

解毒剤が効いてきたのか、ムネレイサスのしゃべり方に違和感はなかった。
「オルヴァー、大丈夫そう?」
ムネレイサスからは、ヘルゲの胸のあたりに顔を埋めてしがみつくオルヴァーの手が見えていた。

「まだ身体が熱いです。が、彼は…」
彼ならタフだから大丈夫だと、自分に言い聞かせるようなつもりで言葉を紡ぐ、はずだった。

「僕、お風呂、行ってくる」
ヘルゲの言葉を遮るようにムネレイサスがマントで身体を隠しながら、立ち上がった。

「ムネレイサス様、お1人で……いえ、なんでも…」
1人で大丈夫かと心配したが、初対面の自分が一緒の方がもっと嫌かもしれないと思ったのだ。

「大丈夫だよ。…別に初めてじゃないから。何をどうすればいいかは知ってる」
「ムネレイサス様…」
13歳にそんなことを言われて、少し傷ついた気がしたヘルゲである。しかし、次の発言はもっと過激であった。

「それよりオルヴァーだけど。…もし、薬の効果がなかなか抜けないようなら一度、抱いてあげたらいいんじゃない?我慢する方が辛い状態だと思う」
「へっ!?」
「僕、ゆっくり入ってくるから、オルヴァーよろしく。…あなた達そういう関係でしょ?」

よろよろとムネレイサスは部屋を出ていった。扉が閉まっても、ヘルゲは暫くポカンと、ムネレイサスが出ていった扉を見つめることしかできなかった。
「さす、が、マセガキ。言う、ことが、違うな」

荒い息でヘルゲにしがみついたオルヴァーがようやく言葉を絞り出す。脱出の瞬間から、ずっと意識はあったのだが、ちょっと動くだけでも変な声ばかり出そうで、解毒剤を飲まされた時以外はほとんど、身体を包むマントを噛み締めていたのだった。

「オルヴァー、そうなのか?」
「…ヘルゲ、してくれ。熱くて熱くてたまんねぇんだよ、頼む。全然治まる気がしねぇ」
救出した直後よりは、さすがに余裕のありそうな表情だと思った。

「せっかく外したのになぁ」
ずいぶん綺麗な結び目だと思いながら、ほどき方がわからず、何箇所か切ってしまったのだった。

************

頭は少しぼーっとするけれど身体の火照りは引いた。
「もう1回、するか?」
仰向けで、まだ後ろで手首を縛られたままの自分の上に乗っているヘルゲの重みが心地良かった。本当は痛いもんじゃない、無理矢理するもんでもないって、教えてくれたのはコイツだった。なんでか痛いのが好きになっちまったけどな。

「いや、もう大丈夫だ」
「そうか」
身体を起こしてもらって、縄が、すべて外された。
2回、イかせてもらったらだいぶ楽になった。手や足や背中といった、普段なんでもないところを触られても喘ぎ声がでてしまう感覚は、今はない。解毒剤も効いたのだろう。

「大丈夫か?…もっと早く助けに行けなくて、すまない」
放心状態みたいになってベッドの上に座っていたら、ヘルゲに頭を抱かれて、唇が重なった。こいつはほんと、お人好しなんだから。
「なんで謝るんだよ?お前が責任感じることじゃねーだろ?」
自分からイイコトしようぜって公爵を誘ったんだから、俺が。

「俺の気が済まないんだ」
「お前はいいやつすぎるんだよ」
いいやつじゃなきゃ、そもそも俺を助けてくれたりしなかっただろうけど。仲良くもなってなかったと思うけど。

「風呂、行くか」
「でもムネレイサス様が…」
「大丈夫だろ。あいつは俺が認めたマセガキだぜー?」

ヘルゲが立ち上がり、手を貸してもらって俺も腰を浮かせた瞬間足にきてよろけ、慌てて支えようとしたヘルゲの腕に胸の突起を擦ってしまった。
「んあっ」
真っ赤に腫れたそこは、何もしなくてもじんじんと痛みがある。
「すまん。…だいぶ責めた」
「気にすんなって」

普段ならヘルゲは絶対、そんなこと言わない。
ここを責められるのは特に好きだった。椅子に縛り付けられて動けない状態でここだけを1時間以上延々と責められたこともある。痛くて痛くて気持ちいいのに他のところを触ってもらえないせいでイケなくて、我慢させられてるみたいでそれも良すぎてわけわかんなくなって、その時も、ボロボロ泣いた。

そのまま自分を支えながらヘルゲが扉に向かおうとしたから、大丈夫だと離れた。ムネレイサスが1人で行ったのに自分だけ甘えるわけにもいかない。なんとなく、それは意地だった。

「ここにピアス着けたらどうなんのかな?」
「…はぁ?」
階段を降りながら言ったら、ヘルゲにものすごく変な顔をされた。

「針を刺す痛みってどんなんなんだろーな。だってここだぜ?時々想像すんだけど。良すぎて失神しちまうかも、とか」
「君のその、探求心には感心するよ」
「お前もたいがいだと思うんだが」

ただ単に、手首を縛るんじゃなくて今日は手首と足首をそれぞれ繋いでみようとか、後ろで手を縛るにも肘を伸ばしてみようとか、立った状態で片足だけベッドの柱にくくりつけようとか、目隠ししてみようだとか。乳首だけを延々責められて泣いた時の相手もヘルゲだ。

「君がやってもいいって言うからね。それに、おかげで捕虜やとらえた敵をどうやって拘束するかっていう、ロープの技術が青服全体でどんどん向上していてね」
「お前、仕事中になにやってんだよ?」
オルヴァーが呆れた声を出した。

「いや、本当なんだよ。逃げられないよう確実に拘束するが、身体への負担は最小限に、それでいて暴れても簡単には解けないこと。練習用の人形を君に見立てて妄想していると、いろんなアイデアが湧くんだよ」
「あ、そう…」
それが軍のために役に立っているなら、それでいいやと思ったオルヴァーである。

「おーいムネレイサス、入っていいか?」
風呂の場所はすぐにわかり、一応、入り口で声をかけた。

「どーぞー」
いつもと変わらないような、のんびりした声が聞こえて2人はお風呂場の中へ足を進める。この屋敷にはヴィクトルしか来たことがないなんて言っていた割に中は広く、湯船は5人は同時に入れる広さで、何より1つだが転寝用の台まであった。

ムネレイサスは、その台の上に横になって、ゆるゆるとお湯を浴びながら微睡んでいる。
身体の中から掻き出す作業は自分でやるとオルヴァーが言うから、ヘルゲはさっさと身体だけ洗い、暫く湯船に浸かった後で先に風呂場を後にした。

時間をかけて、ようやく身体を洗い終えたオルヴァーが湯船に入ると、転寝台にいたムネレイサスも入ってきた。
「…大丈夫か?助けに行くの、遅くなってごめんな」
「いや。…助けが来るとは思ってなかったから。なんか、複雑」

「なんでだよ。そこは素直に喜んどけよ」
オルヴァーの隣に座ったムネレイサスは俯いたままだった。
「でもそれで、オルヴァーが酷い目に遭ったわけでしょ?」

ヴィクトルが言った言葉で、オルヴァーの相手が公爵とその長男ヘンリクだということは確信していたムネレイサスである。というか、自分に手は出さなくても公爵はそう言えばあの屋敷にはいつもいたのだ。公爵はがっしりした身体つきの男が好きだと聞いたことがある。その話が正しければ、オルヴァーなんかまさにぴったりじゃないか。

「あー。……俺も初めてじゃねーんだよ」
言うかどうか一瞬迷ったが、話しておくべきだと考えた。
案の定、ムネレイサスは目を見開いて自分の顔を見つめた。言葉もなく。

「一番あの屋敷に呼ばれてたのって、まだ学院生の時だから、お前が生まれる前だけどな。なんか気に入られてさ」
「…その時から縛られたり踏まれるのが好きだったの?」
せっかく話したのに、ムネレイサスの言葉が斜め上過ぎてどうしようかと思った。

「ちげーよ!初めて呼ばれた時童貞だぞ俺!他人に触られたこともなかったし!」
「そんな時代もあったんだ」
「あのな。そりゃ俺だって最初からこんな………あれ?もしかして俺が、こんな身体になったのって、公爵のせいなんじゃねーの?俺可哀想じゃね?」

「今気づくことなの?」
呆れたような、冷たいムネレイサスの視線が突き刺さる。だけどもし、『痛みを快感に変える能力』なんてものがあるとしたら、目覚めさせたのは間違いなく公爵だ。

「でも、その理屈で行くと、僕も縛られるの好きになってるはずだから違うよね。きっかけにはなったかもしれないけど、やっぱり本人の資質なんじゃない?」

何をどうやったって、拘束に対する嫌悪感がなくなるような気はしない。むしろオルヴァーは、自分と似たような体験からどうして、そんな体質になったのか不思議で仕方ない。

「…多分お前も、好きな人になら縛られたいって思うようになるって、そのうちに」
「ぶち犯すぞ」
オルヴァーがあまりにも真剣な表情でとんでもないことを言うから、つい何度も聞かされた言葉を発してしまった。

「いやーん、ムネレイサス様チョー積極的ー!でも俺、お前が15になるまで待ってるわ!どうせなら堂々といっぱいされたいしぃー」
「…………」
頬の筋肉がぴくぴくとひきつるムネレイサスである。もしかしてドMって最強なんじゃないの?そこは嫌がるところだろーが!

へらへら笑っておちゃらけていたオルヴァーが、不意に、真剣な表情になった。
「とにかく、お前が無事で、良かったわ」
「そりゃー命までは取られないよ。そんなことになったら大変だもん。一応僕、王子だからねっ」
こちらが死にたくなるかどうかというのはまた別問題なのだ。例えば自分が自殺したって、大臣や公爵の罪が表に出たり、罪を問われることはないんだろう。

「ねぇ、オルヴァー。……このこと、マルティアス兄上にだけは、言わないで。お願い、マルティアス兄上にだけは、知られたくない」
ムネレイサスも、ふざけた態度を改め、真剣な表情に、なっていた。

オルヴァーは大きな手をムネレイサスの頭に乗せて少し荒っぽく撫でてやる。
「わーってる。…俺も、あの人にだけは、知られたくない。だから、昔のことも、マルティアス様は知らない。……ヘルゲ知ってっけどな」
あいつ口硬いから安心しろと、オルヴァーは笑った。

「ムネレイサス。…泣いてもいいんだぞ?つか、泣くなら、今しかねーよ?帰ったらずっと、平気な顔してなきゃならねーんだし」
マルティアスは天然だが、なにかあったんじゃないかという空気は敏感に読み取る。話したくないなら、よっぽどの注意を払わなくてはならない。それに、明日まで帰らない言い訳も、なにか考えなければならない。

「もう涙なんて枯れ果てたよ」
「…そうか」
突然、オルヴァーの両腕がムネレイサスの細い身体を抱きしめた。お湯で身体は温まっていたけれど、それとはまた違う、人肌の体温に、ムネレイサスは戸惑った。

「ちょっと、なに…!」
「泣けば、けっこうすっきりするもんだぜ」
耳元で聞こえたオルヴァーの声が震えていた。その声を聞いて、ムネレイサスの中で張り詰めていた糸が切れたような気がした。
オルヴァーに抱きしめられて、もう枯れたと思っていた涙が、瞳からいっぱいに、溢れてきた。


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