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診断メーカーです。国造組のお話は
「髪を切ったから、もしかしたら気付かないかもしれない」で始まり「濡れた睫毛がゆっくりと下を向いた」で終わります。https://shindanmaker.com/804548 ロン毛のオオクニヌシとスクナヒコの落書きしたけど、どっちも美人でした

願い


髪を切ったから、もしかしたら気付かないかもしれない。
水面に映る、見慣れない自分自身の姿にため息をこぼして、スクナヒコは立ち上がった。

引きずるほどあった髪を、肩でまっすぐに切りそろえたおかげで、誰にも自分だと思われなかった。常世国からの脱走は、びっくりするほど簡単で、どうしてもっと早くこうしなかったのかと、後悔するほどだった。

昔、髪を伸ばしていたことに理由があっただろうか?と考えてみるが、特に理由はなかった気がする。ロクに手入れもせず、放置していたら伸びただけだと思う。
いや、敢えて言うなら、願掛けのようなつもりはあったのかもしれない。それがなんだったのかはあまり思い出せない。だけど、髪を整えてくれようと、時々ハサミを持ってくる相棒に、なんでか断りを入れていた記憶がある。

国の基盤ができるまではオオクニヌシを手伝う。その後は常世国に帰る。そう決められていた中で触れた相棒の心に惹かれるのは当然のことだった。
あのときおれは、自分の気持ちに気づいてもらいたかったのだろうか。それとも、なにも知らないままで、なにも言わないままで、誰も傷つけることなく来るべき別れに備えたかったのだろうか。もしくは、すぐに別れがやってくるとわかっていながら、図々しくも自分の心を彼に知って欲しかったのだろうか。

今となってはもう、あまりに昔のことすぎて、正確に思い出すこともできない。
結局、予定通り自分は常世国に帰ったし、その後、無事に造り上げたはずの国を、オオクニヌシは奪われたと聞いた。常世国にいたスクナヒコには、為す術なく、手の施しようがなかった。

自分と、唯一この世で、相棒と認めた男が作り上げた国を、高天原の連中に奪われたと聞いたとき、腹が立って仕方がなかった。常世国なんかにいたせいで、平和ボケしていたせいで、情報を手に入れるのが遅くなって、なにもできなかった自分に嫌気が差した。
相棒とおれが作った国を取り戻さなければと思ったが、それは周囲に反対された。オオクニヌシは無事だろうか。あいつは今どうしてる?なにより愛した国を盗られてあいつはまだ、神としてこの世に存在しているのだろうか。

信仰がなくなれば、神など簡単に死ぬ。国造りという偉業を成し遂げたオオクニヌシに、そんなことはあってはならない。そう思ったら、ずっと伸ばしていた髪を切ることに、躊躇などなかった。

そんなわけで、何百年ぶりに訪れた出雲の国は、スクナヒコの記憶より、遥かに大きく、栄えた強い国になっていた。
なるほど、これだけ強い国を高天原が放置できなかったのも、わからなくはない。わからなくはないが、理論と感情は別問題だ。

スクナヒコはそっと、旅人に紛れて、オオクニヌシが現在隠棲するという海側へ向かった。
そうして訪れた、オオクニヌシが現在住んでいる社は、想像以上にデカイものだった。

噂に聞く限りでは、コトシロヌシもタケミナカタも、もうここには住んでいないはずである。コトシロヌシはその託宣の能力を買われて大和の方へ行ったという話だったし、タケミナカタは、諏訪に隠遁したと聞く。
となると、今この目の前にそびえ立つ、巨大な神殿には、オオクニヌシが一人で住んでいるのだろうか。

社が巨大に見えるのは、なにもスクナヒコが小柄なせいではない。遥か上空、見上げねばならぬほど、高い場所に建てられた神殿。それを上っていくだけで明日になりそうである。
もちろん、階段へと続く入り口前には警備兵がいるので、そう簡単に通してはくれなさそうだが。

行かなきゃならない。相棒と慕った男に会わなきゃならない。その一心でここまで来たスクナヒコは、ここへ来て唐突に途方に暮れてしまった。
あれを昇るのか?この足で?いやだ、面倒くさい。はて、どうしよう。空を飛ぶ方法がないわけではないが、あの高さとなると相当魔力を消耗する。さてどうしよう。とりあえず一旦は戦略的撤退をしようと、後ずさったとき、すぐ後ろを歩いていた長身の人物とぶつかった。

「すまない」
おそらく自分が小さすぎて視界に入っていなかったのだろう。すぐに頭を下げようとした、長身の男の瞳が、一瞬で驚きに包まれた。
腰まで届く赤いくせ毛の髪は跳ね、切れ長で意志の強そうな水色の瞳と、がっしりとした体躯。

しかし、男の瞳はすぐに、驚きから優しいものに変わった。
「いや、すまない。昔の知り合いに、似ていたものだから」
彼がこんなところにいるはずがないんだ、すまなかったと言って、背を向ける男に向かってスクナヒコは叫ぶことしかできなかった。
「相棒!」

ぴくんと足を止めた男が恐る恐る振り返る。
「おれに似ているというお前の知り合いは、酒飲みだったか?」
信じられないものを見るという目で、男が首を縦に振る。

「そもそも彼は酒の神だった。俺がどんなに言っても、飲まない日などなかった」
「あれ?そうだっけ?……ちなみに、そいつは医療神でもあったよな?」
「そうだ。国造りの協力神、常世の神、医薬・温泉・禁厭(まじない)・穀物・知識・酒造・石の神など挙げればキリがないほど、多才なやつだった。それでいて、小さくてな」
「小さいは余計だ」
「スクナヒコ」
名前を呼ばれたかと思うと、オオクニヌシが覆いかぶさってきて、スクナヒコの背をきつく抱いていた。会いたい一心でここまで来た心が通じたようだった。

「スクナヒコ、こっちだ」
しばらくそうして、スクナヒコの肩を抱いていたオオクニヌシだが、今にも泣き出しそうな表情でスクナヒコの手を引いて、そびえ立つ本殿とは逆の方向へ歩きだす。
「おい、どこ行くんだよ」
尋ねてもオオクニヌシは答えない。そして、すぐに現れた森のなかの小さな鳥居をくぐった瞬間、視界が歪んだ。
視界が歪んでも、オオクニヌシに腕を引かれているスクナヒコには全く不安はなく。やがてめまいのような感覚が引くと、自分たちのすぐ目の前にそびえ立っているのは、下から見上げていた神殿だった。

「あの階段、マジで昇るのかと思ったぜ……」
「そんなわけないだろう?」
参拝客や旅人、店の人に警備兵でごった返していた下と違ってここには二人しかいない。
「スクナヒコ、会いたかった。……会いたかった、相棒」
腰をかがめたオオクニヌシの顔が近づいてくる。スクナヒコは黙って瞼を下ろし、その口付けを受け入れた。


************


あのまま布団になだれ込んだ。
会えなかった期間が何百年かなんてどちらも覚えていない。ただそれでも、お互いにお互いのことがわかったし、お互いを想う気持ちに変わりはなかった。
全く変化がないかと言えば嘘になるかもしれない。会えなかった期間を経て、想いが以前より強くなっているような気がするからだ。

布団の上でスクナヒコはオオクニヌシを押し倒した。長くなった髪が布団に広がり、とても美しいと思った。以前も時々、自分が受けることがあった気がするが、そのときもオオクニヌシは同じようなことを感じていただろうか。
お互いの身体の隅々まで愛し合い、舐め合い、貪りあった。
明日のことなど、どうでもよかった。
精根尽き果てて、気絶するまで、お互いがお互いを求めあった。

「ん……」
襖から見えている太陽は朝日なのか夕日なのか、それすらわからないほど、時間の感覚が狂っている。
「起きたか、スクナヒコ」
自分を見下ろすのは、シャツ1枚だけ羽織った愛しい相棒。しかし、昨日の顔とは違う、なにか違和感がある。

「相棒、お前、その髪……」
「ああ、これか?さっき、起きてから切ったんだ。もう、必要ないからな」
「必要ない?」
起き上がって見ると、ふふっと、照れたように微笑む相棒の姿が心底愛おしい。昨日再会したときには、腰まであった長い髪がない。今のオオクニヌシは、昔スクナヒコと共に国造をしていた頃と同様、襟足は少し長めかもしれないが、短髪の、見慣れた顔をしていた。

「君がいつか、帰ってきてくれるように。そんな、願掛けだったんだ。君も、なんだか知らないが、昔髪を切らずに、願掛けしていただろう?」
「あ……」
言われた瞬間スクナヒコは思い出した。そうだ、やはりあれは願掛けだった。自分が常世国に帰っても、相棒がおれのことを忘れずにいてくれますように。
今にして思えば、なんてわがままで、自分勝手な願いごとなのだろう。所詮自分はここを去る身だというのに、いつまでも彼に自分のことを忘れて欲しくなかっただなんて。

「君の願いは叶ったんだな」
「結果的にな。……おれは、お前におれを忘れて欲しくなかったんだ、相棒」
布団の横で膝を着いたままポカーンと口を開けたオオクニヌシは。
「言っておくが、一日たりとも、君を思い出さない日は、なかったぞ?」
「ばぁか、それはこっちの台詞だ」
お互いに顔を見合わせて笑った後、どちらからともなく唇が近づいて、腕が背中に回る。
「愛してるぜ、相棒。もう、どこにも行かねえ。常世国にも、帰らねえ」
「うん……」

オオクニヌシの濡れた睫毛がゆっくりと下を向いた。






















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