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恋人のことを下の名前で呼びたいサイゾウくん
でも師匠としか呼べません
そしたらハンゾウさんが「タンバ」って呼んでたよねっていうだけの話
ハンゾウさんがサイゾウくんよりちょっと前に本殿に来たっていうのは我が家の設定です
モモチ師匠とサイゾウくんが一緒の部屋なのもね!

黄蘗色の暗鬱


それは、独神に御庭番を命じられた日のことだった。
「タンバの弟子か」
八百万界に来てから、彼に合うのは初めてだった。後から師匠に確認したところ、サイゾウより少し前にやってきたのだという。

正直、彼―――ハットリハンゾウとの御庭番はすこぶる楽だった。意思の疎通も問題なかったし、役割分担も無駄がなく、時々他愛もない昔話をしながらやるべきことをやっていたら、自然と時間になって終わった、という感じだった。

「タンバの弟子にしておくには惜しいくらいだな」
ただ、サイゾウは気になってしまった。
いや、彼が師匠をそう呼んでいることはずっと前から知っていた。それこそ、まだ自分が師匠のもとでゴエモンと一緒に修行していた時代からだ。
あの頃は気にならなくて、今どうしてそれが気になってしまったのか、サイゾウは知っている。
それは、師匠と自分の関係が、この世界に顕現してから変化したからだ。

「なぁ、師匠」
夕飯を先に食べ、それから任務の汗を流して部屋に戻ると、すでに同室の師匠、モモチタンバは部屋にいて、夜着でなにやら難しそうな本を読んでいた。
「……なんだ」
面倒臭そうにそれでも返事をしてもらえたことが嬉しくて、後ろから抱きつきそうになるのを必死でこらえてサイゾウは言葉を続ける。
「俺も師匠のこと、名前で呼びたい」
「……は?」
またこの弟子は、阿呆なことを言い始めたとでも言いたげな冷たい水色の瞳が振り向いて、少し間を開けて後ろに座ったサイゾウを貫く。

「今更こンなこと言ってもカッコ悪いのなンて、わかってンだけどさ。ハンゾウが、師匠のこと名前で呼んでるの、気になっちまって」
なるほど今日の御庭番かと、それだけで師匠は察した様子だった。

モモチタンバとハットリハンゾウは旧知の仲である。家柄や年齢も近い。それこそモモチタンバが若き英雄となるより以前から一緒に修行した仲である。そんな二人が、お互いにお互いを下の名前で呼び合っているのは当然と言えば当然だった。

しかし、この八百万界にやってきて、モモチタンバと同室になった上に、長年の想いをやっと成就させたサイゾウにしてみれば、いくら幼馴染でも、自分が未だ呼べていない師匠の下の名前をあっさりと呼んでしまうハンゾウに嫉妬しないはずがなかった。

「俺は別に、駄目だと言った覚えはないんだがな」
「ええっ、マジかよ?いいのかよ?」
「だから、許さないとは言っていない」
なにかを諦めたように、モモチタンバは読んでいた本を閉じ、体ごとサイゾウに向き直った。

「二人きりのときくらい、貴殿の好きに呼べばいい」
さすがに独神や他の英傑がいる前で師匠を下の名前で呼び捨てすることは、いいと言ってもサイゾウがしないだろうと、モモチタンバは自然とそう考えた。

「た、た………た、たん………」
額から汗をダラダラ流し、頬を引きつらせながらサイゾウは必死に言葉を紡ごうとしている。その様子がおかしくて、笑ってしまいそうになるのをモモチタンバは無表情のまま、だが吹き出すのを堪えて待っていた。

「だあああああ、無理ー!ししょー!!」
半泣きで、膝に抱きついてきた弟子の思わぬ腰抜けっぷりに驚き呆れつつも、心のどこかで可愛いやつだと思ってしまう自分がいることに、モモチタンバは気づいている。

「仕方のないやつだ」
「でも師匠。……師匠のこと、一番好きなのは俺だかンな!」
ポンポンと、頭を撫でてやりたくなったが、なんとなくそれはしなかった。それは正解だったようだ。すぐに、膝にしがみついたまま頬を膨らませたサイゾウが顔を上げたからだ。
「そんなもの」
当然だ―――という言葉の代わりに、モモチタンバは弟子の顔を引き上げて、唇を重ねた。
夜は始まったばかり。






















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