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(早く終わらんじゃろうか…)
会社の上司に連れて行かれたスナックで、時計ばかりを気にしていた。

LOVE ME TENDER SIDE-T


上司達が、気持ち良さそうに演歌を歌う横で、普段吸わない煙草をふかしながら酒を飲んでいた。まだ社内ではペーペーの自分が提案した企画が何故だか会議を通り、中心になって進めること1ヵ月と少し。やっと一段落着いて、今日はその打ち上げで早い時間から飲みに出ていた。 この1ヵ月半は、本当に忙しく、家に帰れず、何日も会社に泊まり込んでいたこともあって、仕事以外のことには全く気が回らなかった。

「坂本、この後はどうする?どうせもう終電も間に合わないし」
「キャバクラかガールズバーか、…カラオケでもいいぞ?お前、歌上手いからなァ」

『じゃあ坂本君も歌ってよ』とデンモクを渡してくるママさんに、丁重に断りを入れた。人に聴かせるようなものではないから、と。

今日の飲み代は、全て上司達が出してくれていて、初めてこんな大きな仕事に参加させてもらって、なんとか乗り切った自分を労ってくれているのはよくわかるのだけれども。

いかんせん、嗜好が合わないと言うか、何と言うか。キャバクラなんかに連れて行かれても、困るのだ、自分は。

「すいません、わし、どうしても行きたいところがあるんですが…」
「なんだ?坂本、女かァ?」
「…えェ、まァ」

自分が、女には全く興味なんかないと、知ったらみんな、どんな顔をするのだろうか。

まだこんな、普通のスナックだったらマシだ。ママさんは感じのいい人だし、女の子達も話し上手だし。だけど、キャバクラだとか、ガールズバーなんかに連れて行かれても、どうしたらいいのかわからない。

「じゃあ、XXでも行くか!」

すぐ近くのガールズバー(らしい)の名前を上げた部長が立ち上がって、それを合図にみんな腰を上げた。1階までは、エレベーターでみんな一緒に降りたのだけれど。

「すいません、じゃあ、わし、これで…」
恐る恐る、本当に顔色を伺いながら言ってみたのだけれど。

「ああ、構わんぞ、坂本〜」
酔っていて、なぜだか上機嫌の上司達は、すんなりと自分の別行動を認めてくれた。

ああ、良かった、助かった。こういう、酒の付き合いも、仕事のうちなのはわかっているが。

上司達が、ラーメン屋のビルの中に消えて行ったのを確認してから、慌てて携帯を取り出した。

わずかコール2回で、相手は電話に出た。もしかして、そんなにも、自分からの電話を待っていてくれたのだろうかと思ったら、胸のあたりが熱くなった。

「晋助?」

受話器の向こうからは、小さく小さく、頷く恋人の声が聞こえた。ああ、もう、本当に。愛おしくてたまらない。いくら忙しすぎたとは言え、よくもまぁ、1ヵ月以上放っておけたものだ。新御堂まで出れば、タクシーくらいいるだろう。今すぐにでも、会いたくて会いたくて、たまらない。話しながら歩く足にスピードがつく。

あ、でも。自分がいきなり訪ねて行くよりは、来てもらった方がいいだろうか。部屋が片付いてないとか何とか、言いそうな恋人の姿が目に浮かんでしまって、気付いたらそう、口に出してしまっていた。

「今、家?…タクシー代出すから、出て来れんかの?」

まずは、忙しすぎて全然連絡できなかったことを謝るべきだと言うのに。しまったと思って、すぐに、できるだけ優しい声で『ごめんね』と謝った。

それから、とりあえず仕事が一段落着いて、今は梅田にいることと、会社の人達と飲んでいたら終電がなくなってしまったことなんかを告げた。

『お前、今、梅田のドコにいんの?』

そりゃもちろん堂山だと言いかけて飲み込んだ。自分が、兎我野や茶屋町の方、ましてや新地なんかには絶対行かないことくらいこの恋人は、当然のこととして知っているのだから。だからここで、堂山だと答えても、返事にはならないと思った。

「わしかぁ?中通りからTSUTAYAに向かって歩いちょるぜよぉ」
TSUTAYAまで出れば新御堂筋沿いに、タクシーくらいいるだろうと思ったのだけれど。

「晋助が来てくれるんじゃったら、わし、お好みでも食べて待っとこうかの?」
どうだろうか、電話の向こうの恋人は、梅田まで出てきてくれるだろうか?こんなに長い間放ったらかしにしていて、怒っているかもしれない、拗ねているかもしれない。

「晋、どう?来れる…?」

口数の少ない晋助のことだから、会って顔を見るまでは、感情がわからない。きっと、本人は隠しているつもりなのだろうけれど、晋助の場合は本当に、まさに目が口程にものを言うのだから。

「久しぶりに、会いたいんじゃけど…」

『行かない』と拗ねるなら、無理矢理でも押しかけてやろうと、それくらい会いたくて会いたくて我慢できなくなっていて、タクシーを確認するために顔を道路の方へ向けた時。

一瞬、信じられなかった。目の前の、現実が。

立ち尽くしたまま、ただ一点、自分だけを見つめている恋人。携帯を握ったままの手が震えていて。

自分の携帯を折りたたんでポケットにしまうと、動けずにいる恋人に近づいて、自然と、自分より背の低い彼に視線の高さを合わせて頭を撫でてやっていた。

「晋も、梅田出て来とったんか」
「…っ、うっ、ふっ……」
声を出すまいと、ぎゅっとくちびるを噛み締める晋助の右目から、とめどなく涙が溢れていた。良かった、拗ねても怒ってもいないようだ。ただし。

(すごく、苦しめた)
「晋、泣かんといて」

言っても駄目なことなんてわかっている。だとしたら、自分にできることはたった1つ。自分は、こんな人通りの多い場所で晋助を泣かせたくはないし、晋助の泣き顔を、見知らぬ誰かに、見られるのも嫌だ。

携帯を握りしめたままだった晋助の左手を取って、今歩いてきたパークアベニューを逆戻り。

「晋、ご飯は?」
「食べた」
「飲みに来たの?」
「うん」
「1人で?」
「うん」

歩きながら尋ねること全部に、晋助は泣きながらでも答えてくれていた。お腹が空いているようだったら、とにかく腹ごしらえを…とは思ったのだが、空いてはいないらしい。こっちも、1軒目は居酒屋だったから、お腹は空いていない。

「どうしよ、飲みたい?」

中通りまで戻って、四つ角の分岐点で尋ねた。今日は飲みに来たと言うから。晋助が1人で堂山に出て来るなんて、飲んで発散したかったのだろう。そしてそれは、おそらく、全く連絡できなかった自分が悪いのだろうけれど。

「いらない」
まだ泣いたままの晋助は、それでもはっきりと自分の問いに答えてくれた。

「わかったぜよ」
携帯を鞄の中にしまい込んで、長袖Tシャツの袖で涙を拭いた晋助の手を取って、今度は指をしっかり絡めて手を繋いでやった。

「今日は奮発」
今日は平日だから、男2人でもファインに泊まれるはずだった。やっぱりちょっと、あそこだけは特別で、なかなか行くことができないのだけれど。晋助も、どこに行くのかわかったようで、なにも聞いてこない。

「お前、明日仕事は?」
「代休」
ホントはこれは嘘。代休は、ホテルに着いてからメールで申請しようと思っている。

「わし、もう、1ヵ月以上、ほんとに休んどらんのじゃ」
そう。だから、明日1日くらい休んだって、罰は当たらないんじゃないだろうかと思う。何よりも、自分のせいで、大事な恋人を泣かせてしまったのだから。

ファインに入って、一番上の階の部屋を選んで。そこでもう、我慢できなくなって晋助を思い切り抱きしめた。少し痩せたかもしれない。出てくる前に浴びたのか晋助の髪の毛からは、ふんわりとシャンプーの香がして、その中に、いつもの晋助の煙草の匂い。きつく抱きしめすぎたのか、晋助の頬には、また涙が伝っていた。

エレベーターを降りて部屋に入って。またすぐに晋助の細い小柄な身体を抱きしめる。今度はもう、誰に見られる心配もなかったから、そのまま屈んで、唇を重ね合わせた。

「会いたかった」

結果的に1ヵ月も放っておいてしまったけれど、それは嘘偽りない本当の気持ち。それを口に出してしまったら、こっちまで泣いてしまいそうで、しばらく動けなかった。

「寂しかった」

鳴咽の収まってきた晋助が喉の奥からようやく、搾り出すように言った言葉を、自分は一生忘れないだろう。普段、素直じゃないだけに、そんな言葉や態度が一番、心臓を直撃する。

(ごめんね、本当にごめんね)

自分とは違って、時間に余裕のある大学生だ、晋助は。おまけに寂しがりやの甘えたがりで。本人にそれを言ったら怒るけど。

今日だけは、時間の許す限り、気のすむまで晋助に甘えさせてあげようと思いながら、口づけたままお互いを脱がせあって、シャワーを浴びてベッドに転がり込んだ。

何度も何度も『愛してる』と囁きながら。


END



辰馬サイドでした






















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