■樹氷 ■蛍火 ■鶺鴒 ■浅葱

 □title list□
 ※水色部分にカーソルを合わせると
 メニューが出ます

とめどない、とめどない、とめどないおもいを

-だれかが あなたを おもってる-


「だから、なんでてめェ俺の部屋なんでィ!」
「俺かて煙草臭いのは嫌と!」

act.12 》佐々木宗則
『月に祈る』


妹と喧嘩して家出してきた馬鹿な従兄弟が、俺の部屋に布団を敷き始める。ふざけんなよ、俺まだゲームしてんだよ!
イライラして煙草に火をつけた…と思ったら、灰皿に吸いかけがまだあった。最悪だ。

「宗則、もう11時と。寝らんっち明日起きれんけんよー」
「るせェな!まだ10時58分だ!」
言ってからしまったと思った。時計を気にしていたのに気付かれたんじゃないだろうか?

「まーだいたい11時やけん。俺は寝っぞー」
勝手にしろよ、馬鹿。俺の気にしすぎみたいだ。
俺は、携帯電話を持つと、ベランダに出た。

「むーねくーん、女に電話デスカぁ〜?」
「うるせェんだよ!」
なんで自分の家なのに、わざわざベランダに出なきゃならないんだ?しかもこのクソ暑い季節に。

電話の相手は、すぐに出た。

「杏奈…」
だいたい、毎日11時に電話するのが、ここんとこ日課になりつつある。今は学校で毎日会えるから、長電話するわけじゃないんだけど、この先はわからない。いいんだけどね、こないだLOVE定額に入って、来月から適用されるから。俺と杏奈の携帯の会社、一緒で良かったよなぁ。

『どうしたの?宗則君、なんか今日は元気ないよ』
ああ、チクショウ、杏奈にはすぐバレちゃうんだよな。

「杏奈、俺さァ…来週誕生日なんだァ」
『おめでとう!何日?お祝いしなきゃね!』
そうだよな、普通誕生日って、お祝いするもんなんだよな。

「俺の誕生日の次の日ってさァ…」
杏奈に言ってしまっていいものだろうか。でも、彼女に言わなきゃ誰に言うってんだ?誰が話聞いてくれるってんだ?

『…どうしたの?宗則君』
沈黙したままの俺を気遣うような杏奈の声。

「俺の誕生日の次の日なァ…、あんまり、嬉しくない日で…。俺、それで、毎年、自分の誕生日が大嫌いなんだ…」
ああ、なんか言いにくいな。俺って根性ナシ。

『その理由、あたしが聞いても、いいのかな?』
やばい。やばいよ今。声だけじゃなくて、今、めちゃめちゃ杏奈に会いたい。

「俺の母親の命日」
『え?……』
受話器の向こうの杏奈が絶句したのがわかってしまった。やっぱり言わなきゃ良かったのかな。

「俺産んで、すぐ死んだんだ、俺のお母さん」
その人が死んで、流れた時の分だけ俺は成長を続ける。俺を見る度に、みんなは流れた時を思えるってわけだ。

『宗則君、明日、学校終わったら、ウチ来る?』
平日に、杏奈から家に来るよう言うなんて、初めてのことだった。

『全部聞くから、全部話して。1人で泣かないの』
「誰も泣いてねェよ、バカヤロウ!」
『ハイハイ』

受話器の向こうの杏奈はやっぱり大人で。きっと強がってる俺の気持ちなんて、とっくに見透かされてて、苦笑いをこらえているんだろう。

ああ、なんで俺ってこんなにガキなのかな。杏奈を守るなんて言っといて、実際はいつも、甘えてばっかりだ。

『そーゆぅことだから、宗則君、明日はちゃんと朝から学校来るのよ』
「えー!なんでだよォ?バッチリ寝貯めして、朝まで杏奈襲う〜!寝かせねェからなッ」
『平日は駄目〜。1回だけよ』
「平日じゃなかったらいいのかよっ!」
『考えときますー』
なんだろうな、この余裕が、大人なんだろうな。

『じゃあ、あたし寝るね。おやすみ、宗則君』
「おやすみィ」
電話を切ってからも、俺はしばらくベランダにいて、空に浮かぶ上弦の月を眺めていた。

杏奈は、どうして俺なんかのこと、好きになってくれたのかな。おかげでこっちは、ますますのめりこんで、手に負えない状況だ。来る者拒まずで、なんとなく関係を続けていた女の子達とは、もう最近さっぱりだ。

じんわりわいて、流れ出した汗が、だんだん気持ち悪くなってきて、ようやくエアコンの効いた部屋の中に戻ると、悦哉兄ちゃんはもう寝たみたいだった。ベッドの上に身体を投げ出す。

「宗則」
「ん?」
なんだ、起きてたのかよ。

「今電話しよったい、教育実習ん先生?」
「て…てメェ、聞いてんじゃねェっ!!」
俺は悦哉兄ちゃんの顔面めがけて枕を投げた。

「ちごうとるがらっ、聞こえただけやけん」
枕を両腕でつかんで、悦哉兄ちゃんが叫ぶ。

「そいに俺、授業なかねら、あん先生んこつ全然知らんたい!!」
「あ、そっ!」
じゃあ、今週で実習が終わるとか、悦哉兄ちゃんには、全く関係ない話なんだろうな。

ある意味羨ましい。

「にしゃやるなー。先生落っちしたんかぁ?」
「放っとけよ」
興味津々の悦哉兄ちゃん。なんだよ、自分は彼女のこと聞かれるのは照れるくせに。

「俺、寝るから。松下さんによろしく、悦哉兄ちゃん」
「な…なっ…」
ホラやっぱり。名前出しただけで照れてんじゃん。

あー、でも、兄ちゃんたちは、卒業までずっと一緒なんだよな。堂々と、教室で話せるんだよな。羨ましいぜバカヤロウ!

俺が、好きになってしまったのは、杏奈だから、それは仕方ないことなんだけど。
明日は、朝から学校に行って、また化学実験準備室でサボってやろぅ。

俺は、悦哉兄ちゃんに背を向けたまま、やがて深い眠りの中へ、落ちて行った。


END




















No reproduction or republication without written permission.